親子
「格闘家、そっちに回ってる」
「あいよ」
高瀬は物陰から出てきた男にきれいな右フックを叩き込む。
「あ……」
その頭が消し飛んだのを見て、小さく言う。
「ま、大丈夫だよ。下っ端だからな」
別の物陰から高瀬によく似た男が出てきて苦笑いを浮かべながら言う。
「おっさんも働けよ」
「俺を働かせたいならそびえ立つおちんぎんを払え」
高瀬は鼻で笑うと男を無視して周囲の警戒を行う。
「流さないでよ……」
「バカ言うからだ」
「仮にもだな」
「うるせえよバカ。仕事しろ」
おっさんはため息をつきながら手にした情報端末を操作する。
「座標設定完了。飛ぶぞ」
小さなバーのカウンターに高瀬とよく似た男が並んで座っている。
「諒、どうする?」
「ラフロイグに水を一滴垂らしてくれ。和臣はどうするんだ?」
「親父を呼び捨てにするな」
「だったら父親らしくしてくれ」
和臣はため息をつくとバーテンに向かってオーダーを出す。
「ラフロイグに水を一滴、ボウモアをストレート。それとなにかお勧めの燻製を」
バーテンは流れるような動作でオーダーをこなす。
「どう思う?」
和臣の質問に間を取るためかグラスを傾け少し唇を湿らせてから高瀬が答える。
「どうもなにも。上の考えていることはわからん。ただ、イヴはあまり良くは思ってなさそうだ」
「だろうな。もういないジジイをうまく使おうとしている気配もあるしな。あちこちにマロリーとオスカー、トルーディもいる。ジャスティンやプロッドは期待できない。せめてトレントがいればいいんだが」
「ないものねだりだな。母さんと姉さんは?」
和臣は首をゆっくりと振る。
「遥は今は使い物にならないな。香織は念願かなってラボ所属でな……好き勝手やってるんで違う意味で使い物にならん」
「母さんはまあそうだろうなと思っていたが、姉さんは良くも悪くも和臣の子だからなあ」
和臣は高瀬を小突く。
「お前だって俺の子だ」
和臣はボウモアを一口飲み込み、スモークチーズを口にする。
「ああ、それともう一つ。諒、なんであの話をあそこで? おかげでこっちはてんやわんやの大騒ぎだ」
「聞かせるためだよ。俺の手札を一部見せることでいろいろと分かることがあるからね。だからGDに来た」
「おーおーおーおー、いっちょ前にって、そうか、もう女がいるんだもんな」
高瀬はショートの鋭いボディーブローを和臣に叩き込む。
「ぐっ……俺は頭脳派なんだよ、荒事はやめてくれ」
「バカを言うからだ」
「ウォルターはどうだ?」
「まあまあキャロルとうまくやってるようだよ。飯が壊滅的にダメらしいが」
和臣は右手で目を覆い、天井を仰ぐ。
「あー、まあなあ。キャロルはあんな家だし、ウォルターは出身があそこじゃあなあ」
「頑張ってもらうしかないね」
「なんで仕込んでおかなかったんだよ」
「料理は俺がこっちで生きているって証だからだよ。だから他人に任せられない」
和臣は高瀬の背中を軽くポンポンと叩くと、アイラの女王を一口流し込んだ。
数日後、和臣が渋い顔で高瀬に言う。
「格闘家、お前帰れ」
「は?」
「囁き手から泣き言が届いた。モウムリ、だそうだ」
「あいつ……おじさんに言わずに俺に言えよ……」
高瀬がため息をつくと和臣はニヤニヤする。
「ほら、そこはかわいい女心ってやつだよ。いよっ、色男! 女殺し!」
高瀬は和臣に左ストレートを顎へ、さらに右ボディフック、返しの左フックを再び顎に叩き込む。
《痛い!》
「痛え!」
ガーランドと和臣が悲鳴を上げる。
「親をポンポン気軽に殴るな! DVだDVだ!」
「殴られるようなことを言うからだ」
《殴るなら予告してくださいよ》
「予告したらバカがガード固めるだろう?」
《そりゃそうですけど》
「おいこら誰がバカだ」
高瀬は盛大にため息をつく。
「帰るにしても任務途中でしょう。キャンセルはできないんじゃ」
「あー……それなー……来栖が動いてるんだよ。例のアレからちょっと関係が微妙とはいえ、右手で握手、左手で殴り合いってことだから、まあ、なあ」
歯切れの悪い和臣の言葉に高瀬は肩をすくめる。
「物心ついた頃からこういう稼業だからまあいいけどさ。んじゃNEADに戻ります。書類はよろしく」
「あ、こら、おい!」
「たまには親らしいことをしろよ、和臣」
「だったら名前を呼び捨てにするなバカ息子」
二人はハイタッチを交わして悪態をつく。
「ま、いいさ。貸しひとつな」
和臣がウィンクをする。
「返す気はないぞ」
高瀬もウィンクを返した。ここで和臣が笑顔を消して真顔になる。
「GDもまあまともじゃないんだが、最近のNEADはちょっと異常だ。こっちでも動いておく」
「無理すんなよ」
「無理はせんよ。孫が見たい」
「そっちは姉貴に期待したほうがいいだろう」
和臣はため息で返事をする。
「どうしてこううちの子達は……」
「仕方ないだろう。俺は魔王を自称しているし、他人からもそう見られている。魔王の嫁なんてどんなファンタジーだよ」
「なら俺は魔王の親父だし、遥は魔王の母親で香織は魔王の姉だ。なんの問題もない」
「どこがだ!」
和臣は腕を組んでから高瀬を見つめる。
「そうでも思わなきゃ、源一郎のクソッタレな計画で作られた俺の心が持たない。お前が魔王を自称するようにな」
高瀬はしばらく和臣の視線を受け止め、その後頭を下げる。
「すまん、父さん」
和臣は高瀬の肩をポンポンと軽く叩く。
「ガーランド、諒のこと頼んだぞ」
《わかっていますわ。私のマスターはまだまだ手のかかるお子様ですもの》




