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告白

 11月17日、火曜日。

「アオイのコトはスキだケド……」

 玄関で新しい革靴を履いた高瀬と来栖に向かってアリスがブツブツと言う。

「ちょっと秘密の話をしなければならなくてな。アリスに外出して時間を潰せって言っても無理だろう」

「ンー! デモデモ、ズルいー!」

 高瀬は怒っているアリスの頭をそっと撫でる。

「すまんな」

 アリスはしばらく撫でられたあと、目を閉じて顎を上げる。

「ンー」

 高瀬はため息をつくと。そのアリスの頬にキスをしてから玄関を出る。

「じゃ、留守番よろしく」

「リオのバカー!」


 マンションを出てしばらくして、来栖が高瀬に話しかける。

「いいんですか?」

「何が?」

「アリスのことです」

「気にするな」

 高瀬はそう言うと首を振る。

「でも」

 高瀬は振り返り、笑顔を浮かべる。

「でも、でも!」

《愛生は、かわいいですね》

 ガーランドの突然の声に、来栖は固まり、高瀬は苦笑する。

「初対面のときの硬さは、緊張と立場とがないまぜになった結果ってやつだろう。そういえば俺の花嫁になるとかどうとかってのもあったな」

 フリーズから復帰した来栖は、高瀬の背中をポカスカと叩く。

「ああ、そうだ。これを渡そうと思っていたんだ」

 内ポケットから懐中時計を取り出す。豪華な彫金の施されたそれは櫻井の強化(リインフォース)魔法具(アーティファクト)だったものだ。高瀬は来栖の手を取り、懐中時計を載せる。

「これは……?」

「櫻井秀徳が持っていたものだ」

 来栖は目を見開き、しばらく手のひらの上の懐中時計を見つめた後、ゆっくりと高瀬を見上げる。

「ま、とりあえずはちょっと付き合え」

 高瀬はそう言うと来栖の手を取った。


 繁華街の裏手、雑居ビルの一つに入っていく。入り口には「アイギス警備」の文字の入ったスモークガラスの自動ドアがあった。

「やあ」

 高瀬が声を上げる。

『確認できました。どうぞ』

 合成音声が響き、ドアが開く。

「ここは……?」

「ウチの拠点の一つだ。今日のスケジュールは押さえてあるから俺たち以外は誰もいない。秘密の話をするにはちょうどいいだろう」

 高瀬はそう言うとスタスタと奥の部屋に入る。来栖は躊躇しつつも後を追い、部屋に入る。

「じゃあ、事情説明をしようか」

 高瀬はそう言うと来栖に椅子を勧めてから軽く咳払いをした。


「高瀬源一郎のプロジェクトの一つにAMPというのがある。お前も知っているだろうがArtificial Magicians Projectの頭文字を取ったものだ」

 高瀬はプロジェクターのスクリーンの脇に立ち、来栖を見ながら言う。スクリーンには AMP のロゴが映されている。

「魔術師は事象の確率を操作するのだが、これには特殊な才能が必要だった。ごくごく稀に産まれる魔術師を集め保護するのがAEGIS、Armored Entia of Global Intelligence Sectionの目的だ。とはいえAEGISは本来は民間軍事会社(PMSC)でな。だから愛生、お前の護衛も受けたわけだ」

 AMPのロゴが上にスクロールしながら小さくなり、AEGISのロゴと来栖のロゴが下に並んで表示される。

「AMPの出資者はAEGISと来栖だ。来栖の社員たちに家庭的に問題のある娘を養子にさせて遺伝子操作を行った子を産ませた。この子たちがAMPの第一世代。俺の両親、高瀬和臣(かずおみ)と高瀬(はるか)もこの第一世代だ。この第一世代はざっと百人ほどいる」

 高瀬が来栖を見ると彼女は小さく頷いた。画面が切り替わり、PARAM Projectと表示される。

「続いて源一郎はAEGISと来栖に資金を出させPARAM Projectを開始する。Perfect Armed and Refine Artificial Magiciansの頭文字を取ったものでより強い魔術師を生み出すためにAMPの子たちを強引に婚姻させ、子を産ませるというものだ。AMPの子たちは源一郎にコントロールされていたからな。簡単に婚姻までは持ち込めたわけだ」

 高瀬は俯いて右手で右目のあたりを覆うと首を振りながら小さくため息をつく。

「だがPARAMはほぼ失敗だった。妊娠例は十五、うち分娩まで至ったのはたった三例、そして無事出産したものの中の一例は、生後数ヶ月で亡くなっている。このあたりでAEGISは源一郎に騙されたことに気がつくが、源一郎のほうがAEGISの動きを察知して雲隠れ、以降十数年行方がわからなくなっていた、というわけだ」

「あの……」

 おずおずと来栖が手を挙げる。高瀬は手を外して顔を上げ、来栖を見る

「なんだい?」

「PARAMの残りの二人は……?」

「高瀬香織(かおり)、俺の姉だな。そして、俺、だ」

「そう……ですか……では、この時計の意味は」

 懐中時計を手のひらに載せ、高瀬に突き出す。高瀬は再びため息を付き、首を振る。

《マスター……》

 ガーランドが小さくつぶやくと、高瀬は頷いてまっすぐ来栖を見る。

「愛生、母親のことはなにか聞いているか?」

「お見合いで嫁いできて、私を産んですぐに亡くなった、とだけ。だから写真も残っていないと聞きました」

「そう……か」

 高瀬は俯いてから右手で顔を覆う。しばらく沈黙が流れる。

 しばらくしてから高瀬は顔を上げ、まっすぐ来栖を見据える。

「これから話すことは、かなり衝撃的だ。聞く覚悟はあるか?」

「どういうことなんですか?」

「俺を殺したくなるだろう」

 来栖もじっと高瀬を見つめている。

 高瀬は目を逸らすこともなくその視線を受け止め続けている。

「私に、あなたが殺せるとは思えません」

 絞り出すように来栖が言う。

「そうだろうな。だが……俺を殺したいと思うのは別の問題だ。他人を殺そうと思う心は、辛いぞ」

「諒、あまり私を侮らないでください。そこまで話しているのなら覚悟は決めているのでしょう?」

 高瀬は目を閉じて深呼吸をしてから来栖を見つめる。

「分かった。覚悟はできているな? ではいくぞ」


「愛生、お前の母親の名前は川端(かわばた)雪絵(ゆきえ)という。知っての通り、彼女もまたAMPの子だ」

 プロジェクターにピントがボケているにも関わらずその美貌がわかる優しげな女性の顔が映し出される。

「雪絵は魔術師としての能力はそれほどでもないが、非常に美しく聡明な女性だった。源一郎は彼女をPARAMに組み込んだが、流産を繰り返したためPARAMから外し、出資者の来栖にあてがった、というのがAEGISの見立てだ」

 来栖はじっと高瀬の言葉を待っている。高瀬は小さく咳払いし、話を続ける。

「そして愛生、君を出産後、亡くなったということになっている。実際に亡くなったのは愛生が1歳になる前日だ。なぜか来栖はこのことを伏せ、情報を改竄した。理由はわからん――そして、櫻井秀徳」

 不意に出された名前に、来栖は目を見開いて高瀬を見つめる。

「彼はAMPの子だと自分で言っていたようだが、AMPにはそんな名前の人間はいない。だが、その能力は間違いなくAMPのものだ。悪いが、彼の遺体から様々な調査を行った。彼は田崎(たさき)成徳(しげのり)。雪絵の前夫だということが判明した」

「そんな!」

 来栖は両手を机について椅子から立ち上がる。高瀬はガーランドを下に振って着席を促す。

「PARAMに組み込まれた田崎成徳はその失敗から離婚を強制された。その直後に消息を絶っている。そして『櫻井秀徳』が我々の世界に現れるのはそれから5年後、君の生まれた年に前経歴不明の請負人(コントラクター)としてデビューする」

 プロジェクターには櫻井秀徳の経歴が細かな字で書かれだした。

「彼はいくつかのPMSCを渡り歩いた後、最終的にはアーカム所属。デビューから10年で日系ブラジル三世として櫻井秀徳の名前で米国市民権を取得している。その後、アーカムの伝手で来栖に食い込んだようだ――それから先は愛生のほうが詳しいだろう。櫻井という男は、おそらくだが雪絵の娘を護るために来栖に潜り込んだというのが我々の調査部の推測だ」

「櫻井は、私を、アリスを殺そうとしました」

 来栖が震える声でやっと答えると、高瀬は俯いて右手で右目を押さえながら、つぶやく。

「あのときの行動はAEGISや来栖に疑われないようにするための偽装行動だと推測されている。彼は愛生を救うために俺に闘争を仕掛け、そしてお前を救い出して逃亡する予定だったのだろう。残念ながらAEGIS(我々)がきちんと情報を掴めていなかった上に、来栖の情報統制が重なって不幸な事故となった。それは我々の……いや、俺の罪、だ」

 高瀬はここまで言うと顔を上げ、来栖を見つめる。来栖は懐中時計を手のひらに乗せて高瀬に突き出す。

「この時計はなんですか」

「蓋を開けてみろ」

 来栖が懐中時計の蓋を開く。

「その女性が、田崎雪絵。赤ん坊は愛生、お前だ」


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