侵攻
11月13日金曜日、午前0時。
サービスルームのPC前にアリスがインカムをつけて座っている。
高瀬は黒い革製のスーツにインカムを装備し、アリスの後ろに立っている。その隣には来栖も立っている。
アリスはプレートの上に下げていたペンダントを置く。
「Activate」
ペンダントトップが淡く青く光る。
「おや、囁き手が翻訳システムを使うのかい?」
やや年齢を感じさせる柔らかな女声がスピーカーから流れる。
「ハイ、格闘家と姫にワカるように日本語デス」
「そうかい姫がいるのかい。私は看護師長。その二人と同じディビジョンにいる妖怪ばばあ、ってところさね」
「看護師長、姫のガードをシてクダサイ」
アリスの言葉にしばらく沈黙。
「んー……あたしゃ非戦闘員だよ?」
「デモ、Top magicianデス」
「大砲は?」
「アタックチームです。チナミに射手も地獄耳もです」
「おやおや、NEAD-2のエース勢揃いかい」
「ハイ。看護師長にはスーパーサブとしてベースにいて姫のガードをオネガイします」
「聞くまでもないだろうけど、念のために。ペネトレイターは?」
「格闘家デス。ウシロにイマすよ」
「やりすぎないようにね」
看護師長の言葉に頷く高瀬。
「じゃあ、妖怪ばばあは準備ができたらそっちに跳ぶよ」
「ジュンビ?」
「姫はロシア語無理だろ?」
「アー、ウン、ソウネ」
「じゃあまた後ほど」
「ハーイ」
アリスはペンダントをプレートから自分の首に戻す。
「じゃあ、俺は準備してくるよ」
高瀬はそう言うと、自室に戻っていく。
「あの、アリス……」
「ンー?」
「高瀬様は、私の父を殺すのでしょうか?」
アリスはまっすぐ来栖を見る。
「アオイはドウしてホシい?」
「……わかりません。私の父は私に無関心でした。櫻井が父代わりでしたが……その櫻井は私を殺そうとしました」
「そのサクライを殺したリオがキラい?」
「まだ良くわかりません。櫻井を殺さなければ、私もアリスもきっと殺されていたと思うと……」
「ソウネ。タダ、アタシもリオもMagician。ダラクしている」
「そこがよくわからないんです……」
しばらくアリスは来栖を見て、腕を組む。
「ンー、Wave functionってワカる?」
「なんですか、それ?」
「Jedenfalls bin ich überzeugt, daß der Alte nicht würfelt.ってのはアインシュタインのコトバなんだけど……」
「ドイツ語……ですよね?」
「ソウネ。マックス・ボルンってヒトに送ったテガミに書いてたの。カミサマはサイコロでキメない、ってトコカナ?」
「マックス・ボルン?」
「エート……ヴェルナー・ハイゼンベルグ、ジョン・フォン・ノイマン、ヴォルフガング・パウリのセンセイ。ヒトのナマエはジュウヨウではナイ」
アリスは慌てて手を振る。
「えーと……?」
「セカイはナミでデキてる。だからWave functionをツカう。カンソクするとコワれるの。セカイはカクリツでデキてる。カミサマならソレをスベてミるコトがデキるかもシレナイ。デモ、ニンゲンにはムリ。Magicianはニンゲンなのにカミサマみたいなコトをスル。だからダラクしてる」
サービスルームに高瀬が入ってきた。
「こらアリス。愛生が混乱しているだろう」
「リオ、セツメイしてよ!」
「必要ない。俺たちは魔術師、堕落している。それでいい。そろそろエリヴィラが来るぞ。来たら俺は現地に跳ぶ」
玄関が光に包まれ、初老の女性が現れる。女性は胸に下げている勲章を触る。
「Активизировать」
勲章のメダル部分がオレンジに光る。
そこへ高瀬がやってくる。
「やれやれ、ばばあを引っ張り出すとは」
「まだまだ老け込む歳じゃないでしょう?」
高瀬は玄関に佇む女性に肩をすくめながら言う。
「あんたの父親と母親、それにあんたのおしめも替えてやったんだ。いい加減ばばあだよ」
高瀬は小さくため息、その後微笑みかける。
「そうでしたね、おばあさま」
「……なんか腹たつなー」
「じゃあ自分でばばあなんて言わないでください」
高瀬は女性を招き入れ、リビングへ案内する。
「エリヴィラ! アオイをヨロシクね」
アリスが女性を見て来栖を紹介する。
「エリヴィラ・ゴルジェーエヴァよ。見ての通りのばばあさね」
高瀬はエリヴィラの後ろでため息。
「ばばあ扱いするなっていうのに自分でばばあって言うのはどうかと思う」
エリヴィラはここで振り返り、高瀬を真っ直ぐ見る。
「作戦書は?」
「ほぼあってないようなもんだな。中の様子はわからないんで臨機応変猪突猛進ってところ」
高瀬は肩をすくめて答える。
「まあ、魔術師らしくていいんじゃない?」
エリヴィラも肩をすくめて答える。
《マスター、そろそろ時間です》
高瀬はガーランドの言葉に玄関に移動する。来栖が後を追う。
「じゃあ、行ってくる」
「あの、高瀬様……」
「ん?」
高瀬が振り返ったところへ来栖はそっと抱きつく。
「生きて帰ってきてください」
「もちろんだ」
高瀬は雑居ビルの屋上に立っている。
見下ろす先には煌々と照らされた巨大な邸宅がある。
「第三種戦闘、限定解除」
《イエス、マスター。強化開始。防護円環展開》
「作戦開始する。支援よろしく」
高瀬はインカムの応答を聞き、ガーランドに指示を出す。
「火球」
《イエス、マスター。妖術展開》
巨大な魔術陣が空中に展開され、回転し、きらめく。魔術陣は徐々に巨大化し、回転数を上げる。
《マスター、維持限界です》
「射出」
高瀬の号令に合わせ、巨大な火球が10個、照らされた敷地に降り注ぐ。
「儀式」
《イエス、マスター。回収開始》
爆発のあった十箇所からなにかの光が高瀬に集まる。
「さあ、来栖。どう立ち回る? 楽しませてくれるよな? 俺に櫻井を殺させるという罪を背負わせたんだ。そのツケを払ってもらうぞ。あっさり降伏などしてみろ。消し炭にしてくれる」
高瀬は唇を歪ませ、紅く目を輝かせ哄笑する。
「さあ、もがけ、あがけ、苦しめ。その絶望こそが私を強くする」
高瀬は高らかに宣言した後、右手をひときわ高い建物に突きつける。
「首を洗って待っていろ。いや洗わせる暇すら与えん」
その宣言とともに高瀬の姿はかき消えた。




