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雪かき

作者: たけだしろう

雪かき


 花子は、今日も祖父の雪かきの手伝いをした。


 花子の住む町は北国の山間部にあり、12月末から3月初旬までは雪に閉ざされる。特に、1月から2月にかけては毎日のように雪が降り続き、町は春の足音が聞こえるまでひっそりと静まり返る。5歳になったばかりの花子は、今朝も祖父と一緒に、家の裏のバス通りを越えたところにある消火栓の周りの雪かきをした。この消火栓のあるところは、テニスコート半面ほどの広さがあり、雪のないときは子供たちの恰好の遊び場となっていた。みんなはここを消火栓広場と呼んでいた。この下は防火用の貯水槽となっており、毎日午前中に消防署の係りの人が点検の為立ち寄るのだった。しかし、雪の時期のなると積もった雪を払いのけてからの点検となるため、大変な作業となるのだ。それがこの町には20か所近くあり、緊急時の備えで雪かきは必須だった。

 花子の祖父は、55歳の定年を機に持病の肺の病気の療養に専念するため、仕事には付かなかった。しかし、家に籠っている訳ではなく、雪のない時には畑仕事に精を出し、雪の季節には趣味のガラス細工で忙しい毎日を送っていた。祖父は、知り合いから消防署の人が行う消火栓広場の雪かきが大変であることを聞きつけ、家の裏の消火栓広場だけでもと思い立ち、4、5年まえから自ら進んで雪かきをしている。

 花子はこの1月、祖父に連れられて雪かきを手伝って以来その楽しさが忘れられず、その後、毎日のように祖父の後を子供用の小さな赤いスコップを持って、消火栓広場に出かけるのだった。父や母は、

「寒いし、危ないからやめなさい」

と、花子に言うのだが、

「おじいちゃんと雪かきするの」

と言い張り、祖父が見てくれているから大丈夫かと、納得せざるを得なかった。雪かきは20分ほどで終わるのだが、寒い中でも汗ばむぐらいだった。家に帰ってストーブの前で食べる朝食を花子はとても楽しみにしていた。

 2月の初め、長年の祖父のそんな行為が認められ、消防署から表彰されることになった。当日は花子も祖父と一緒に消防署に出かけ、祖父の隣で一緒に感謝状を受け取った。


 それから1週間ほどした朝、花子はいつものように消火栓広場の雪かきの為、母に出かける準備をしてもらっていた。いつもは祖父が、

「花子、準備はできたか。行くぞ!」

と声を掛けてくるのだが、その日、祖父は2階から降りて来なかった。心配した母が2階の祖父母の部屋に行って見ると、

「おじいさん!おじいさん!」

と祖母が、横になって苦しそうにしている祖父の背中をさすっているのだった。普通じゃないその様子に、母はすぐに救急車を呼び、祖父は町の病院に運ばれた。しかし、その日の午後に祖父は亡くなってしまったのだ。次の朝、花子は祖父の死を理解できずに、

「おじいちゃんはどこ? 雪かきに行かなきゃだめだよ」

と、無邪気に母に言うのだった。

 祖父の死から1週間ほどして、家の中が落ち着いてきたころになっても、

「おじいちゃんと雪かきに行く!」

と、花子は駄々をこねた。母は、

「おじいちゃんは、遠いところに行ったんだから、雪かきはもういいの」

と言って聞かせるのだが、花子はどうしても行くという。仕方なしに、母は花子を連れて消火栓広場に行き、雪かきをした。花子は久しぶりの雪かきが楽しそうで、

「お母さんはあっち、おじいちゃんはこっち」

と亡くなった祖父の名前も出して、雪かきの真似事をするのだった。そして、雪かきが終わって母に手を引かれ家に帰ったのだが、

「おじいちゃん、また来ると言ってたね」

と母に嬉しそうに話したのだった。母は、

「何ばかなことを言っているの。早く靴を脱いでお上がり」

と花子をストーブの前に連れて行った後、朝食の準備のため台所に向かった。


 2月の終わりころ、この冬一番の寒波がやってきた。前の晩からものすごい吹雪となっていた。

母は、

「明日の朝は、雪かきできないからね」

と布団に入る花子に諭した。吹雪は夜中、吹き荒れていた。ところが翌朝、花子はそっと布団を抜け出し、母がいつも用意している服を着て、ストーブ横に置いてある手袋と帽子を身に着けた。そして、小さな赤いスコップを持って消火栓広場へと出かけたのだった。夕べほどの吹雪ではなかったが、時折強く吹き付ける風と雪は、花子を吹き飛ばしてしまいそうな勢いだった。花子はようやく広場に着くと、消火栓まで進み、

「おじいちゃん、何処?」

と祖父に向かって問いかけた。

 そのころ家では母が起き出し、隣に寝ていた花子がいないことに気づいた。家中探したが見つからない。父も起きてきて母の尋常でない様子に驚き、一緒に探したがやはり花子はどこにもいない。ふと玄関を見ると、そこに置いてある小さな赤いスコップがないことに気付き、まさかとは思いながら、父はすぐに消火栓広場に急いだ。

「花子! 何処にいるんだ!」

父は大声で花子の名前を叫びながら、広場の四方を探した。すると消火栓の陰に花子が倒れてうずくまっているのが目に入ったのだ。急いで花子を抱き上げると小さな体は冷え切っていて意識がない。父は花子の顔を軽くたたき、冷たい頬を胸に引き寄せた。すると花子は、ふーっと息を吹き返したのだった。花子を抱きかかえて父は急いで家に戻った。そして、ストーブの前で毛布に包んで花子をさすりながら温めた。しばらくすると、花子は目を開け、

「ここは何処? おじいちゃんは?」

と、父に尋ねるのだった。父母と祖母は、花子が大事に至らなかったことを喜び、ストーブの近くに布団を敷いてその上に花子を横にした。そして、

「どうしてこんな吹雪の時に広場に行ったの?」

と、母が尋ねると、

「おじいちゃんがいると思って行って見たの。そしたら広場におじいちゃんがいて、一緒に雪かきをしたの。でも、すぐに疲れてしまっておじいちゃんの膝の上で眠ってしまったんだ」

と話し出した。母は、花子が夢でも見たんだろうと思い、

「おじいちゃんに会えてよかったね。少し眠りなさい」

と言って、花子に添い寝した。父は一安心したが、花子のスコップを広場に置き忘れたことを思い出し、また広場に向かった。スコップは花子が倒れていた消火栓のそばにあったが、その横を見ると、雪に大人が座っていたような跡が残されているのに気が付いた。

「そうか、親父が花子を守ってくれていたんだ」

父は直感した。

「親父、ありがとう!」

父はお礼を言い、花子の小さな赤いスコップを持って家に戻った。



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