第5話.クラス発表のお時間です
スティリアーナ魔法学園の寮は噂に違わず立派な施設だった。
何より部屋が広くて、日当たりも良い。窓を開けると爽やかな風が吹き込んできて、思わずにっこり。壁が白一色なのも清潔感があってナイス! これなら三年間、特にストレスなく過ごせそうでほっとする。
生徒全員に個室が割り当てられているので、食堂でのディナーを楽しんだ後は自室に籠もってやりたい放題だ。
まずは浴室で汗を流して、持参してきたお気に入りの寝間着に着替える。
制服は確かにかわいいけど、やっぱりこの格好が一番落ち着く! 前世の頃なんて中学のときのジャージとクラTを標準装備して、ベッドでごろごろ転がりながらゲームやってたからね~。
『恋プレ』は日本のゲーム会社が作ったゲームの世界だから、ほとんど私の知っている日本の常識が適用できるところが非常に助かる。
科学はそう発展していないけど、そこは魔法によるファンタジーな力で補われているらしい。標準語も日本語で、使われている文字も日本語や英語が主だしね。中世ヨーロッパ基準だったら、間違いなくもっと苦労してただろうなあ。
フンフンフーン、と『恋プレ』のゲーム主題歌を鼻歌で口ずさみつつ、運び込んで貰った荷物を確認していく。かさばる服なんかはメイドさんたちが衣装棚にキチンと収めてくれてるから、問題なし! さすがカスティネッタ家の一流メイドさんたちは気が利いてらっしゃる!
……うん、他の物も大丈夫そう! 『恋プレノート』は机の引き出しに仕舞っておいて、と……ここはやっぱり二重底にして用心しておくべきか!? 今度ヒマなときに街に遊びに行って専用の板を買っておこうかしら?
窓際に置かれたムラセリオ(植物)も元気そうだね。日の出ている内にたっぷりと光合成はできたかい? 私はお前のために小虫を捕まえてくるような甲斐性はないからね。
って思ってたら、開けっぱなしの窓から入ってきた羽虫にムラセリオ(植物)がすぐさま反応した!
「あっ……」
バクン!!
植物の中央に鎮座するラフレシアっぽい赤い花がみょーんと伸びて、羽虫を一口で呑み込んでしまった……。
そして植木鉢の上に絡まった緑色の太い茎部分から、「ゴキュ、ゴキュ」みたいな音がする。羽虫、一瞬で消化! 次の獲物を求めてムラセリオは再び花開く! 獰猛な赤きハンター・ムラセリオ!
それにしても何度見てもこの光景には見慣れない。グロテスクだなあ。
この世界の食虫花は地球の種と違って、かなり虫取りに積極的らしい。え、これって私のムラセリオだけ? ……言っておきますが、地球の村瀬理音はこんな大食らいではなくってよ!?
まあ、ムラセリオ(植物)のことはいい。部屋の中の設備でも確認しておこうかな。
あーっ、このスツール付きの真っ白な化粧台! ここに座って、実家にはこんなの無かったなぁ、って考えながらはにかんで手ぐしで髪を整える主人公の一枚絵が印象的だったなあ!
ルートによっては、その様子をリオーネが後ろから覗き込んできて首を絞める差分イラストもあって怖いんだけどね……。わ、私はゼッタイにそんなことはしませんからご安心を!
ベッドの隣に備えつけられたランプもキノコの形でとってもキュートだ。
どれどれ、と部屋の電気を消して、ランプを点灯すると……おおっ、本当にキノコみたい――
……なんてはしゃいでいたら、気がつけば朝になっていた。
私は行き倒れた旅人のように、キノコランプに手を伸ばしたまま床で寝てしまったらしい。
リオーネ・カスティネッタ、十六歳。
特技は、暗いところなら三秒で寝られることです!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
食堂で朝食をいただいた後は、リィカちゃんやシルビアちゃんと校舎に向かう。
入学前から気の置けない友人がいるのって、なんだかすごい安心感だなあ。とは思いつつ、その日の私にはある心配事があった。
そんな私たちがまず最初に向かうところは……校舎を入ってすぐに目に入る、大きな掲示板の元だ。探すまでも無く、人だかりができているので分かりやすい。
ここに何が貼り出されるかといえば、クラス分けです。
そう、クラス分け。小学校でも中学校でも高校でも、さんざん私を苦しめてきたクラス分けと、まさかゲームの中でも戦うことになるとはね。
うー、緊張するなあ……。
「あ! 見てください、リオーネ様!」
リィカちゃんの言葉に、私ははっと顔を上げた。
彼女が指さす方向を見つめれば……ああ!
イークラス!
私とリィカちゃんとシルビアちゃん、全員同じクラスだ!
「やったぁ!」
私は思わず両手を叩いてはしゃいでしまった。だって本当に嬉しいんだもん!
ふたりとも手を取り合って喜びを分かち合う。うれしいよ~! 友達と一緒で良かったよお~! これで一年間、ぼっち生活にならなくて済んだよお~!
ゲーム内だと、リオーネは主人公や他の攻略対象のほとんどとクラスが違う、という描写はあったけど、リィカちゃんたちと同じクラスかどうかまでは全然分からなかったんだ。ゲームの内容としても、そんなに重要なことでもないしね。
「あっ、でもリオーネ様、ユナト様とはクラスが分かれてしまいましたね……? ユナト様はツェークラスですって」
しょんぼりするシルビアちゃんに、むしろラッキーですわ! とは言えない。よーし、婚約者らしい演技をしましょうか。
「あら? そのようですわね、残念ですわ~」
しまった、ニッコニコの笑顔で言っちゃった。これじゃまったく残念そうには見えないか。
私はふたりに疑いの目を向けられる前に、再び掲示板のほうに視線を飛ばす。話題を変えねば。
……あ、クレアちゃんの名前もあった! クレア・メロディちゃん。
彼女はデークラスかぁ……ここもゲーム通り、ユナトとは違うクラスだね。
ええっと、他にリィカちゃんたちの興味を引く名前といえば……
「ユナト様は、仲良しのライル様ともクラスが離れてしまったようですわね」
「まあ、本当ですね。ライル様はデークラスですって」
「私はおふたりと同じクラスが良かったです! ツェークラスとデークラスの子が羨まし……あ! もちろん、リオーネ様とシルビアさんと同じクラスで良かったですけどね!」
慌てて付け加えるリィカちゃんに、シルビアちゃんと顔を見合わせてクスッとしてしまう。
ユナト、それにライル。
この国に知らない人は居ないだろう、というくらいに有名なふたりなので、リィカちゃんが残念がるのも分からなくは無い。
そして周りの女子たちの多くが、「ユナト様と同じクラス!」「ライル様と一年間ご一緒できるなんて!」とキャアキャア騒いでいるあたり、ふたりの人気っぷりが窺える。
まあ、私としてはゼッタイに関わりたくないふたりではあるけど……
「あれ? カスティネッタさんだ」
うぐっ!
思わず息が詰まる。まさかたった今、話題にしていた相手の声が背後から聞こえるとは思わなかったからだ。
振り返ると、すぐ傍に栗色の髪の毛のとびっきり整った容姿の美少年が微笑んでいた。
で、出た。
『恋プレ』攻略対象の一人。ライル・アコーティオ……!