第4話.出会いイベント発生しました
ユナトと花壇の花を眺めたり、時計塔を見上げたりして呑気に学園内を回りつつ、私は隣の彼に話しかけた。
「それにしてもユナト様の壇上でのご挨拶、素晴らしかったです。堂々とした佇まいがとっても素敵でしたわ~」
にこにこしつつ、全力で媚びを売る。学長の挨拶は爆睡しても、一応婚約者の挨拶は目をギラつかせて聞いていたからね。
「新入生代表に選ばれるのは、入学試験で首席だった方と聞いております。さすがユナト様ですわ!」
「そんなことはどうでもいいが、お前は何位だったんだ?」
「…………」
私は媚びを売るのをやめた。私の試験結果を目にした家庭教師の先生が泣き崩れたのを思い出したからである。
黙り込んだ私の横顔を眺めて、フッとユナトが笑う。
社交界ではクールと評判な第二王子だけど、この人はわりと私の前だとよく笑う気がするな。はっ。さては、態度を取り繕うほどの相手でも無いと思われてる……?
「今度勉強教えてやろうか?」
「……結構です」
「そうむくれるな。俺がお前とふたりで居たいだけだ」
えっ……?
それって…………。
「も、もしかして――誰もいないところで、わたくしを襲うつもりですかっ!?」
身の危険を感じた私は思わず後ずさった。
だって今のは明らかに……ふたりきりになったら貴様をブッ殺すという、死刑宣告に等しい!
既に私を追放or殺害する手筈が整っているというの?! あまりに早くない!? まだ学園にも入学したばっかりなのに!!
恐怖のあまりブルブル震える私に、ユナトはハッと口を覆って慌てて否定してきた。
「――っ! そ、そういう意味じゃないっ。誤解だ!」
「誤解も何もありますかっ。ひどいですユナト様、そういうことはしないって信じていたのに!」
「だ、だから誤解だと言っている! 俺にだってまだそのつもりはない!」
「まだ!? まだっていうことはいずれそうするつもりだと?!」
「い、いずれってお前――」
なぜかそこで僅かに赤面するユナト。いや怖いよー! 赤面するほど私を殺したくて仕方が無いっていうのか!?
いよいよこの場から逃げだそうかとパニクる私だったが、そこで何やら複数人の声がきこえてきた。
「……から、学園のルールを……」
「……新入生なら……、……恥を……」
「!!」
私は衝撃に目を見開く。
かすかに風に乗って聞こえただけだけど、間違いない。この会話は!
困惑するユナトの腕を引っ張り、私は時計塔の裏へと駆けつける。
そこで繰り広げられていたのは――
「すみません、先輩方。どうしてもあたし、時計塔の鐘を鳴らしてみたくなってしまって……」
「だからね、何度も言ってるけど、あの鐘は特別なものなの!」
「新入生、しかも名のある貴族の出でもないあなたが触れていいものではないのよ!」
こ、これ――『恋プレ』の【春 ~ユナトルート~】の出会いイベントだー!
うおおおおっ、ゲームで何度も繰り返しプレイした……というわけでもなく、二周目からは結構スキップした出会いイベントが! いま目の前で繰り広げられているっ!
あの困り顔で突っ立っている子、どう考えてもゲーム主人公のクレア・メロディちゃんだよね?
赤褐色の髪の毛に、鳶色の瞳の女の子……うんうん、実物はやっぱりすっごくかわいいなぁ。
……って、それどころじゃないっ。
ゲームをプレイしたのは体感では十六年以上も前のことだけど、このイベントのことはしっかり頭に刻まれている。『恋プレノート』にもまとめておいたしね。
まず、入学式典が終わった後に、主人公は学園内を見て回ろうとするんだけど、そこで時計塔の天辺に取りつけられた鐘が気になってしまう。国民の間だと、魔法学園の鐘の音はそれはもう耳に心地よい癒やしの音だと有名なんだよね。
主人公の場合は、自分を大事に育ててくれた祖母がその音に焦がれている、という話を小さい頃から聴いて育っていたから、どうしても自分の手で鐘を鳴らしたくて仕方が無くなってしまう。
そこで主人公は時計塔の柵を乗り越えようとするんだけど、運悪くそこに通りかかった上級生のお姉様方に厳しい叱責を受けてしまう。なんて恥知らずな子なの! 信じられないわ! という具合に。
で、そこにこれまた運良く通りかかるのがユナト・ヴィオラスト。
「あんなの放っておきましょう」と言うリオーネを放置したユナトは彼女たちへと近づき、上級生に怒られる主人公を颯爽と救うんだ。
こうしてふたりはお近づきになり、【春 ~ユナトルート~】が無事開幕。ここから怒濤のユナト関連イベントが目白押しとなる。
本当は数ある選択肢の中で、【疲れたから寮に行く】を主人公が選べばユナトとの出会いは発生しないんだけど……やっぱり、そういうわけにはいかなかったか。ユナトに散歩に誘われた時点で、その予感はしてたけどね。
そしてこうなってしまった以上、私のやるべきことは決まっている!
「ユナト様、ユナト様!」
「何だ?」
「あちらで新入生の女の子が上級生の方々に囲まれてしまっていますわ! 助けに行ってさしあげた方が良いのではないでしょうか!?」
さあ、「そうだな」と頷いて飛び出せユナト!
そうすれば私は「では邪魔者はこれにて!」とこの場からトンズラできる。あとはお若いおふたりで好きにしてちょうだい! 婚約破棄の申し出には二十四時間年中無休、いつでもどこでも対応しておりましてよ! オーホッホッホ!
だけど、ユナトはしばらくそちらの方向を隠れたまま観察したかと思えば、後ろの私を振り返ってきっぱりと言い放った。
「上級生たちは少し言葉に難はあるが、新入生に対して学園のマナーを説いているだけに見える」
「えっ……まぁそれはそうみたいですが……」
「俺があの場に出ていって新入生を庇った場合、逆に彼女の不利益となるかもしれない。ここは関わらないべきだろう」
えっ、ド正論……?
……しかもこれ、本当にユナトの言った通りだったりする。
ゲームだとユナトは颯爽と上級生たちから主人公を助けるものの、その後主人公は「庶民のくせに殿下に庇ってもらうなんて!」と彼女たちから顰蹙を買ってしまう。噂は学園中に広まり、リオーネ以外の女性からも、主人公は嫌がらせを受けることになるのだ。
それを知っている以上、無理やりユナトを引っ張っていくこともできない。
むしろ、そんな風にユナトが渋々出てきたって、クレアちゃんだって好感は抱かないよね……?
婚約者の女に引っ張られて登場する王子……ぜ、ゼッタイ駄目だ! これじゃ無敵な恋は始まらない! プレリュードはいつまで経っても奏でられないよ!
私としてはユナトと主人公が出会わない方がありがたい気もするけど、でもこれは大事な出会いイベントなのにっ!
それに誰も止めに入らなかった場合、ヒートアップした上級生たちが何をしでかすかも分からないんだし。
「この学園は、あなたみたいな庶民が入学していい場所ではないのよ!」
「す、すみません……あたし……」
ほら! ほら、もう!
……あああ駄目だ、放っておけない!
私は深呼吸すると、ユナトの傍を静かに離れた。
「――あら? そこにいらっしゃるのはもしかして、マンドレ家のカナ様では?」
「え……? か、カスティネッタ様!?」
突然名前を呼ばれたカナ・マンドレ嬢が、私の顔を見て驚いた顔をする。
クレアちゃんを取り囲んでいた三人の内のひとりは、私も何度かパーティで会ったことのあるご令嬢だったのだ。
挨拶したことがある程度で大して親しくはないけど、向こうも私の顔はしっかり覚えていたらしい。
カナ様の取り巻きのおふたりは……ううん、見覚えがないな。あんまりカスティネッタ家とは交流がないお家の方なのかも。
「入学したその日にカナ様にお会いできるなんて、光栄ですわ」
「こちらこそ、カスティネッタ様にこんなところでお会いできるとは思いませんでした! ご入学、おめでとうございます」
「うふふ、ありがとうございます。ところで、こんなところといえば……カナ様たちはこんなところで何をやってらっしゃいましたの?」
「ああ、私たちはマナーに欠けた新入生に、学園の心得を教えている最中でしたの」
悪びれなく微笑むカナ様。隣のふたりもうんうん、と頷いている。なんだかちょっぴり誇らしげ?
まぁ、ユナトの言うとおり、この件はどちらかというとクレアちゃんの方が非常識だからね……。いくら事情があったとしても、許可なく時計塔に入るのは学園の校則ではっきりと禁じられている。新入生に三人がかりでプレッシャーを与えたのは事実だけど、カナ様たちに悪気があるわけでもないのだ。
私は頬に手を当て、「まぁ」とわざとらしく目を丸くした。
「カナ様は、本当に配慮に富んだお優しい方ですのね。……あの、よろしければわたくしにも、学園の決まりをご教授いただけませんか?」
「えっ!? カスティネッタ様のような高貴な方に、私なんかが教えられることなんて――」
「そんなことありませんわ。わたくし、この学園には兄くらいしか知り合いもいませんから。同性のカナ様が学園のことを教えてくださるなら、安心ですわ」
私がその手を取り、にこっ……と控えめに微笑むと、カナ様がうれしそうに顔を輝かせる。
「もちろん、私なんかでお役に立てるのなら!」
私たちは予定を合わせて、来週の週末に学園内のカフェでお茶することになった。
当然、カナ様のご友人たちもその場に誘う。カスティネッタ家の人間に近づけるとあらば、返事は一も二もなく承諾だ。自分の家の威光を振りかざすようでアレだけど、使えるもんは使っておかなきゃね。
そうして気に入らない新入生の行いのことは綺麗さっぱり忘れてしまったカナ様たちは、上機嫌そうにその場を去って行った。
……ふぅ。これで何とか波風立てず、この場を収めることができたかな?
私がカナ様たちと話している間、クレアちゃんはその場に呆然と突っ立っているだけだった。突然知らない女が乱入してきたから、驚いてしまったのかもしれない。
「お、おほほ。ではわたくしも失礼しようかしら」
私もドキドキしつつ、その場を立ち去ろうとする。
しかし。
それまでずっと黙っていたクレアちゃんが、かっと目を見開いたかと思えばこう叫んだ!
「あ、あなたのお名前はっ!?」
えっ、名前?! な、名乗りたくない……っ!
「名乗るほどの者ではありませんわ」とか言っちゃう? でも結局、ちょっと調べれば私の正体なんてすぐ分かっちゃうよね。水色の髪の毛の新入生なんて、私以外いないもの。
私はなるべくクレアちゃんと目を合わせないようにしながら、どうにか答える。
「ええっと、リオーネ――リオーネ・カスティネッタですわ」
「リオーネ・カスティネッタ様……」
「そ、それでは人を待たせておりますのでっ」
一目散にダッシュ!
時計塔に寄りかかっていたユナトの腕を引っ張って回収。目を白黒させるユナトに「説明は後で!」と一言だけ伝えてその場を大慌てで離れる。
ああ~っ、こんな余計なことして本当に良かったのかなあ!?
でも元はといえばユナトが積極的に動かないのが悪いんだよ! それで私が地味に目立っちゃったじゃない!
うぅ。クレアちゃんが私に変な印象を抱いていませんように!
私は決してあなたをいじめたりする、悪役令嬢じゃありませんからねー! 天地神明に誓って、無害で潔白な公爵令嬢ですからねー!
「リオーネ様…………なんて素敵な方…………」