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第3話.お近づきになりたくありません


 

 式典が終わると同時、講堂を出て行く新入生たちの波に乗って、私はリィカちゃんとシルビアちゃんと共にのんびりと移動していた。


 私の居眠りはどうやら周囲にバレなかったっぽい。いやぁ、昨夜はしっかりと睡眠したんだけど、どうにもこういうお堅い式典とかっていつも途中で眠っちゃうんだよね。学長先生の話とか、最初の「春の穏やかな日差しが……」までしか覚えてないよ。ごめんなさい学長先生。決してわざとじゃないんだよ。


 そんな私も王都で最も有名な楽団が演奏を始めたときには、さすがに起きてたしね。そう簡単にチケットは取れないと噂のベリナ音楽団の生演奏はさすがに聞き逃せません。音が大きいからびっくりして起きたとか、そういうわけじゃないからね?




 スティリアーナ魔法学園の設備は、ゲームの背景で見た通りどれもとっても立派で豪奢な造りになっている。

 首を持ち上げて見渡すだけでも校舎は言わずもがな、敷地内に併設された講堂や庭園、植物園や時計塔はどれも絢爛豪華。さすがお金持ちばかりが集う名門校だ。

 ゲームファンとしても、やっぱりこの光景を見たときは強い感動を覚えてしまった。それと同時に、やっぱりここは『恋プレ』の世界なんだって実感しちゃった。


 ふぅ、とため息を吐いていると、「お疲れですか?」とシルビアちゃんに訊かれてしまった。おっと、いけないいけない。


「リオーネ様はこの後、どうされますか?」

「ええと、やはり寮に行って、荷物の確認をしたいですわ」


 式典の前に家の執事やメイドさんたちが私の荷物は寮に運び込んでくれているんだけど、私としても念のため、その荷物は早めに確認しておきたいのだ。

 特に『恋プレ』の情報をまとめた紙類――『恋プレノート』は重要だ。隅に穴を開けて紐で縛り、衣類の底にスカーフに包んで隠してはあるけど、あれを誰かに見られると非常に困る。カスティネッタ家のご令嬢が前世やらゲームやら言い出して異常を来した、なんてことになったら大変だし。


「では三人で行きましょうか!」

「そうですわね」


 というわけで私たちは寮に向かおうとしたのだが、そこで前方の人だかりから「きゃあっ」という黄色い悲鳴が上がった。

 しかも恐ろしいのが、その悲鳴の連鎖が、次第にこちら側……私の居る方向に向かって近づきつつあること。なんだか嫌な予感がする。うっ、胃痛が……。


「――リオーネ」


 人が密集しているのもお構いなしに、よく響くその声。

 私はその主のことをよく知っている。恐る恐ると顔を上げると……やはり思った通りの人物が、腕組みをして目の前に立っていた。



 ――ユナト・ヴィオラスト!



 動揺をどうにか隠しながら、私はスカートの裾をつまんで彼に挨拶してみせた。


「ユナト様、ごきげんよう」


「ああ」と鷹揚に頷いたユナトが、不可解そうに眉をひそめる。


「今朝、お前の屋敷に迎えを行かせたんだが……」

「申し訳ございません。わたくし、夜が明ける前には家を出立しておりましたから、入れ違いになってしまったのかも」


 嘘です。私はその頃、ぐーすかぴーと家の天蓋付きベッドで爆睡しておりました。

 しかしユナトは「……すごい気合いだな」と納得してくれたようだ。ほっとするのもつかの間、隣を挟んでいたリィカちゃんとシルビアちゃんがすすっ、と離れていってしまう。


 え!? 何で?! 目を剥く私に、しかしふたりはそれは良い笑顔を向けてくる。


「それではリオーネ様、私たちはこれで!」

「な、何を仰るのリィカさん。わたくしたち、寮までご一緒すると先ほど」

「ふふ、リオーネ様ったら。ワタシたち、馬に蹴られるのは嫌ですよ?」


 ねーっ、と仲良く顔を見合わせるふたり。いやいや、ちょっと待って!!


「おふたりとも、気を遣わなくて本当に大丈夫よ。ユナト様はわたくしを見かけて挨拶をしてくださっただけで」

「いや。この後お前と学園を回ってみようかと思ってな。式典の時からずっと探していたんだ」


 えええええ!? そうなの!?

 ちょっと周りの皆さん、きゃーっ! じゃないのよ。というかいつの間に、私とユナトの様子を遠くから窺うように丸い人だかりができてるし……。見せもんじゃないわよ。散りなっ!


 あっ、でもそういえばこれ、ゲームのシナリオ通りかも? 確か入学式典の後、婚約者同士のユナトとリオーネは学園内を連れ立って散歩するんだよね。

 だけど変だな。ゲームだとユナトはリオーネに連れられて、嫌々ながら付き合うはずだ。だから私も自分から誘わなければ平気だと思って、友達とのんびり歩いていたのに。


 それなのにユナト、わざわざ探してまで自分から私のところに来ちゃってるじゃない。

 これってどうして――


(……わ、わかった! 新入生たちに婚約者の存在をアピールして、牽制するためね!?)


 そういえばユナトは主人公に会うまでは、公爵令嬢であるリオーネのことを体の良い虫除け代わりに使っていたもんね。今回もそうしようってわけね!

 くうう。私は便利な虫除けスプレー代わりってわけですか! そうですか! 第二王子がそんなに偉いもんなんですかねぇ!


 憤慨しつつ、私は改めてユナトの情報を頭の中で整理する。




 ユナト・ヴィオラスト。金髪に青みがかった灰色の瞳をした彼は、『恋プレ』の攻略対象の一人だ。

 パッケージとかでも必ず大きな扱いをされているし、アニメは彼のルートの話だったので、『恋プレ』の顔みたいな存在でもある。

 ヴィオラスト王国の第二王子であるユナトはクールな青年で、何でもそつなくこなすのだが、それ故に少し無気力なところがある。

 主人公はそんなユナトが心に抱えたものに気がつき、彼の心をやさしく解きほぐしてくれるのだ。そんな主人公にユナトも次第に心を開いていき、ふたりは惹かれ合っていく……。


 このユナトだが、婚約者であるリオーネのことを非常に疎ましく思っている。自分の身分にばかり執着して、中身にまったく見向きもしないリオーネなのだから、それも当然と言えよう。

 そして恐ろしいのが、主人公がユナトルートに入った場合なのだ。

 さて、もう一度確認しておこう。



 ハッピーエンドの場合……王城にてユナトはリオーネに婚約破棄を告げ、その場でヒロインと婚姻を結ぶ。リオーネは国外へと追放される。


 バッドエンドの場合……リオーネがヒロインをいじめている現場にユナト遭遇。抵抗するリオーネと魔法をぶつけ合った末に殺害。その後、その場の人間全員を殺して口封じをし、ヒロインの記憶を魔法で奪って婚姻関係を結ぶ。



 ……どっちもバッドだよ!!

 私にとっちゃものすごいバッドエンディングだよ!!


 というわけで、攻略対象の中でも、私は特にこの男には近づきたくないのだ。

 だからこの九年間、ユナトにはかなり注意深く接してきた。なるべくお近づきにならないように、しかし不敬とは取られない程度の位置を調整してきたつもり。


 だけどなぜかユナトは、昔から積極的に私に絡んでくることが多いんだよなあ。

 子どもの頃から「ムラセリオの様子を見せてください」と私の家にしょっちゅう遊びに来るのだ。そんなに気に入ったのか、ムラセリオ(植物)のことが……。

 にしてもあの頃のユナトは天使みたいで可愛かった。今じゃすっかりクールな美青年、って感じだけど。


 ちなみに元々は架空の存在だったムラセリオ(植物)だけど、七歳の頃にすぐリィカちゃんの家から異国の種を取り寄せて育てだしたので、今では立派な食中花に成長している。

 ユナトが見たがるかと思って一応、寮の自室にも運び込んでもらった。私の前世の本名の花なんだから、もっと可憐な植物が良かったけどね……。花咲いたときは、ユナトはおなか抱えて喜んでいたけど……。



 しかしこうやってユナトがお誘いに来てくれた以上、それを素っ気なく断ることは私には出来ない。人目がある手前、婚約者である私が誘いを断ったら恥をかかせてしまうからだ。

 何せ相手は第二王子、こっちは公爵家の娘。どうしようもない格の差があるのだ。ピラミッド社会の恐ろしさよ……。


 ユナトと共に学園を回るということは、もちろん、()()()()()()の発生に立ち会うことになるだろうが――こうなったら仕方ない。むしろ立会人になった方が、今後の身の振り方の参考になるかもしれないし。


「……では、ご一緒させていただいても?」

「ああ、もちろん」


 私が引き攣った笑顔で応じると、ユナトも安心したように口の端に微笑を浮かべる。

 それがまたすごい破壊力なので、周りがキャアキャア騒ぎ出している。私はそんな人だかりの中を、ユナトに手を取られて歩き出した。


 ほ~れ、よく効く虫除けスプレーだよ~。ホームセンターで二つセットで安売りされてますよ~。

 さあ、ギャラリーはとっとと散った散った! お嬢様方は、そんな嫉妬深い目でわたくしを見るのはおやめになってくださいまし!!




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― 新着の感想 ―
[一言] 虫除けスプレーって(笑) ま、余計なのは寄って来ませんねー。 虫除けはミストタイプがオススメですww
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