第38話.誕生パーティーの始まりです
ヴィオラスト王国の王城にて開かれるパーティー。
第二王子ユナト・ヴィオラスト十七歳の誕生日というのもあり、王族主催のそのパーティーの規模はとんでもなく盛大で、絢爛豪華なものだった。
馬車を降りた私は、実の兄であるフリート・カスティネッタに手を引かれ、王城の大ホールの入場口へと立っていた。
今宵の私の装いは、純白のロングドレス。
水色の長い髪の毛は頭の上でまとめ、前髪と後れ毛はコテで巻いた。
ひとたび歩けば柔らかなシフォンがふわりと広がり、すれ違う人の視線は釘付け。
そしてドレスのシルエットはゆったりしているので、お城の美味しい料理も食べ放題!
……なんてね。今日の私は残念ながらそれどころじゃない。
ゲームのエンディングが刻一刻と迫りつつある今、断続的に発生する動悸・息切れ・めまい。
実はユナトに誕生パーティーのことを告げられてから、心労で体重がごっそり三キロも落ちてしまったんだ。
足が生まれたての子鹿のように震えるから、お兄様の袖に縋るようにここまで何とか歩いてきたしね。
ううっ。この尋常じゃない鳥肌、ボレロでも隠しきれない……。
「リオーネ。何だか顔色が悪い気がするけど大丈夫?」
私にぎゅっとしがみつかれた隣のお兄様は、服に皺がつくのも気にせず、様子のおかしい私のことを心配してくれていた。
「お兄様……今日はずっとリオーネのことをエスコートしてくださいませんか?」
と馬車の中でダメ元で訊いたときは、「ユナト君に怒られるよ?」と苦笑していたお兄様。
嗚呼……愛しのお兄様。
優しくて格好良い、私の自慢のお兄様。
リオーネはもう駄目かもしれません。お兄様にお目にかかれるのも、今日が最後になるかも。
「お兄様。わたくしが遠くに行くときは、どうか笑顔で見送ってくださいね」
瞳に涙を浮かべながら切に訴えると、お兄様の顔色が変わった。
「……ちょっと待ってリオーネ。遠くに行くってどういうこと? まさか……え? 冗談だよね?」
優秀なお兄様は、何とこれだけの言葉で私の事情を察してしまったらしい。
私はそれには答えず、化粧が落ちないようそっと涙を拭ったのだった。
「リオーネ。よく来たな」
会場に入場すると、知らせを受けたらしい正装姿のユナトがすっ飛んできた。
こうした公の場では、婚約者であるユナトが私のエスコートをするのはいつものことなんだけど。
でも今日ばかりは、「もう逃がさないからな、この悪役令嬢」みたいな心の声が聞こえた気がして……私はうまく返事も返せなかった。
この顔を見ると動悸・息切れ・めまい……動悸・息切れ・めまい……ダイヤルは110番……。
「ユナト君。ちょっといいかい?」
しかしそこでお兄様が、何故かユナトのことを呼んだ。
二人は私を置いて壁際に行き、何やら話を始めてしまう。
私はもう緊張で倒れそうだったが、音楽団の奏でる演奏に耳を傾けつつ周囲を観察してみることにする。
ホールには人々がひしめき合っており、その中には見覚えのある顔が多い。
ユナトの誕生祝いという名目ではあるが、結局貴族同士の腹の探り合いの場だからね。
あ、あっちで貴族のご令嬢たちに囲まれているのはライルだな。遠目でも目立つからよく分かる。
こうして見ると、ちらほらユナトの友人っぽい男子達が招かれているようだ。いいなぁ、友達同士集まって君らは楽しそうだねぇ。呑気だねぇ。
そして私はその中に――彼女の姿を見つけてしまった。
「!」
『恋プレ』の主人公である……クレア・メロディちゃん!
今までの五周のループでは、一度もパーティーに招待されていなかった彼女がこの場にいる!
私の緊張はさらに高まった。
これでゲームと同じ条件は整ってしまったからだ。
やっぱりユナトは今日この場で私に婚約破棄を告げ、クレアちゃんとの婚約を大々的に発表するつもりなんだ!
……ただ、そんなクレアちゃんの様子を目で追っていて、私は心配になってきてしまった。
平民の生まれである彼女はゲームと同じく、ピンク色のドレスを着ておめかししていて、とっても可愛らしいけど……。
当たり前だけど、こういう場には慣れてないんだろう。さっきから挙動不審で、人にぶつかってはぺこぺこと頭を下げ、ウェイターに飲み物を訊かれては狼狽えている。
本当なら声を掛けてあげたいけど。
ユナトが居る前で、さすがにそこまで命知らずな真似は出来ない。うう、恩知らずな教え子でごめんよ……。
「リオーネ。行くぞ」
心の中で謝っていると、ユナトが後ろから話しかけてきた。
恐る恐ると振り返ってみると――何で?
さっきよりものすごく不機嫌そうな顔なんだけど!
もしかしてお兄様と何かあったのか?
でもお兄様は私に向かって微笑むと、軽く手を振って離れていってしまった。
「まず挨拶回りからだが、いいか?」
結局、詳しいことは聞けずじまい。
私は怒ったような顔で訊いてくるユナトに、ただコクコクと頷く他なかった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
……ハァ。疲れた。
一通りの挨拶回りを終えた私はバルコニーでぐったりしていた。
ユナトについていき、まずは彼の家族――つまりこの国の王様と王妃様や、兄君に挨拶をして。
その後は名門貴族を中心に、またまた挨拶。気を抜けばすぐ剥がれそうになる猫を何度も被り直して、どうにか無事に終えることができた。
ずーっと笑顔だったせいで、頬の筋肉は途中からピクピク痙攣してたけど。
それが終わった後は休む暇もなく、ダンスホールでユナトに手を取られダンスを一曲踊った。
昨年、社交界デビューしてから何度かユナトとは踊った経験があるけど、今日はお互い気もそぞろで、何だかうまくかみ合わなかった感じ。どうにか足は踏まずに済んだけどね。
その後はそれなりに名の知れた貴族の子息からダンスの誘いがあったけど、何故かユナトが素っ気なく振り切って私をバルコニーまで連れてきたんだ。
たぶん、自分を囲んでいた令嬢達に嫌気が差してたんだろうな。私まで巻き込まないでほしいけど、虫除けスプレー代わりだから仕方ないかぁ。
それにやっぱり……今日は私を逃がさないってことなのかも。おかげで私は今も、疲労困憊しつつ心臓がドキドキしっぱなしだ。
そんなユナトは現在、隣で手すりにもたれかかって私よりも疲れた表情をしている。
そもそもユナトは「孤高の王子様」なんて呼ばれるくらい無愛想でクールな王子だ。こういう社交の場もあんまり得意じゃないので、気疲れしてるんだろう。
実際はただのお子ちゃま王子だしね。普段はクールっぽく装うことで人払いをしているだけで、コイツは昔なじみのライルや私の前だとわりと年相応だし、表情も変わりやすい。
「……面倒だな、いちいちこういう行事に駆り出されるのも」
ため息を吐きながらユナトがそんな言葉を呟いたので、私は思わず口をへの字に曲げた。
ユナトの目的はこの場で、私への婚約破棄を言い渡すことだけだもんね。それ以外はそりゃ面倒でしょうよ、よーく分かっていますとも。
「あら、面倒だなんて。せっかくの誕生パーティーではありませんか」
自棄になってそんなことを言ってみると。
ユナトは私を流し目で見つつ、低い声で呟いた。
「俺にとって、お前が関わること以外はだいたい面倒なんだ」
ふーん。
……………………うん?
今のって確かユナトルートのエンディング直前で……ユナトが主人公に告げる台詞じゃなかった?
クールを気取った無気力気味なユナトが、主人公のことだけは気にせずにいられない……そんな本音が出てしまったこの台詞に、ときめくプレイヤーは数知れず……
「なぁ、リオーネ。お前に一つ訊きたいことがあるんだが」
「は、はい。何でしょうか?」
ユナトの固い声音に意識を遮られ、私は慌てて居住まいを正す。
青みがかった灰色の目には、どことなく、私を試すような色が浮かんでいるように見えた。
「お前――俺に隠してることはないか?」
隠してること!?
「何か、俺に言うべきことがあるんじゃないのか?」
言うべきこと?!
いくらでもありますけど!? ……なんて言えるか!
「お、おほほ。何のことやらサッパリ分かりませんわ」
「……まぁ、そう言うと思ったから、アイツを呼んだんだけどな」
そこでユナトはゆっくりと……視線を移す。
私はつられて、彼の見ている方向を見遣り――そして固まる。
コツコツ、と響く足音。
バルコニーに……強張った表情のクレア・メロディちゃんが、やって来ていた。




