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第35話.救世主が現れました

 


 いつもなら休日は部屋でごろごろしていることが多いけど、テスト前ともなるとそういうわけにもいかなくなってくる。


 午前中は机に向かったので、午後は気晴らしに裏庭に行ってみることにした。

 机に向かったというか、正しくは机で頬杖をついてうたた寝をしていたんだけど……細かいことはいい。勉強をしようと頑張った姿勢に意味があるんだ。きっとそうに違いない。



 珍しく裏庭には園芸部員の姿がなかった。

 テスト前で、部活動も自粛するように言われてるもんね。植物大好きな先輩達も、自室に籠って勉強しているのかも。

 でも暑い日射しを受ける花や葉っぱには水滴が光っているので、誰かしらが水やりをしてくれたみたいだ。


 私は人目がないのをいいことに白いレースの日傘をくるくると回転させつつ、裏庭の植物園を一通り見て回る。


 私の育てているブルーデイズは……おっ、また茎が伸びてるな。良い感じだね。

 このまま順調に育ったら、鉢からバスケットに植え替えても可愛いよねぇ。園芸店で屋根の下にぶら下がっていたバスケット、すごく素敵だったもん。


 あっ、プランターのサルビアの花ももうすぐ咲きそう。

 小学生の頃、放課後によく友達と一緒に花の蜜を吸ったな。真っ赤な花をつまんで、唇で吸い上げて……。

 でも実は花に毒があるとか、幻覚作用があるだとか噂になって、私は高学年に上がる頃には怖くて遠巻きに見るだけになったな。実際は幻覚作用があるのは、メキシコ原産の一部のサルビアだけらしいけど……。


「ふんふんふん~」


 上機嫌に日傘をくるくる。勉強で荒んだ心が植物達に癒されるよ~。

 今じゃ裏庭は私にとって数少ない憩いの場所だ。まぁ、たまにユナトがついてくるけどさ……あの残念王子、生徒会と部活動の両立で忙しいんじゃなかったのか?


「……えっ、リオーネ様?」


 うん? ……誰!?

 慌てて日傘回しをやめて振り返ると、私の背後には――何とクレアちゃんの姿が!


「あら、クレアさん。ごきげんよう」

「こ、こんにちは」


 おずおずと挨拶を返してくれるクレアちゃん。


「どうしてクレアさんが裏庭に?」


 率直に不思議に思って訊いてみると、


「リオーネ様が園芸部に入部したとクラスで噂になっていたので、気になって確かめてみようと思って……」


 とのことだった。

 ……思った以上に私が園芸部に入った件、各所で話題になっているようだ。

 でもちょうどよかった。人目もないし、ようやくアレをクレアちゃんに渡せそうだ。


「クレアさん、少し待っていてくれる?」

「? はい」


 私はブルーデイズにムラセリオ(植物)、そしてその隣に置いている鉢植えに近づいた。

 鉢についてる土埃をぱぱっと払って……と。


「この花、ジニアって言うのだけれど。良かったら受け取ってくださる?」

「え? ……ええっ!? あたしにですかっ?」

「ええ。クレアさんに渡したかったの」


 具体的には二週間ほど前に渡す予定だったんだけど……なかなか機会がなくて、結局自分でしばらく育てていたのだ。

 今じゃピンク色の花もきれいに二つ咲いているし、いくつか蕾もある。

 ジニアは開花時期が長いそうだから、今後も楽しめるはずだ。


 目を輝かせてジニアの花を見つめていたクレアちゃんだけど、「でも」と声の調子を沈ませる。


「あたし、こんな素敵なお花を受け取る理由がありません……」

「そんなことないわ。クレアさんはループを乗り越えるために頑張ってくれてるし、それに先日わたくしの所為で嫌な思いをしたでしょう?」

「嫌な思い、ですか?」


 きょとんとするクレアちゃん。


「屋上で上級生に絡まれた件よ。お花見会でユナト様との写真を撮られた所為なんだから、あのとき怪我をしたわたくしの所為だわ。謝るのが遅れてしまったけど……本当にごめんなさい」

「そんな! リオーネ様は何も悪くありません。それに……」


 そこでクレアちゃんは瞳を潤ませた。


「屋上から落ちかけて、もうダメだってときにリオーネ様が駆けつけてくださって。あたし夢のように嬉しくて……それこそ毎日、あの日のことを夢に見るくらいで」

「クレアさん……」


 私はそれを聞いて居たたまれない気持ちになった。

 ……そうだよね。クレアちゃんにとって、あんなのとんでもない恐怖だったはずだ。

 それなのに、そんな日のことを未だに夢に見続けているなんて。


 うう。お花を渡す程度でお詫びになるとは思ってなかったけど、本当に申し訳ない……。


「ですから、その。リオーネ様」

「え? なあに?」

「もし、 本当にこのお花がいただけるのでしたら……あたし、一生大切にします」


 そんなことを呟いて、クレアちゃんはさらにウルウルと瞳を潤ませ……真っ赤な顔をして私を見つめた。

 その表情は、女の私でも心臓が跳ねちゃうくらいに魅力的だった。


 ――可愛い!

 この主人公、めちゃくちゃ可愛いよ!!


「もちろんよ! お詫びにはならないだろうけど……でも、是非もらってちょうだい。クレアちゃんのことを思って選んだのよ」

「あ、あたしのことを想って……? 嬉しいです、リオーネ様!」


 感激した様子のクレアちゃん。喜んでもらえて良かったぁ。


 ちなみにそんなジニアの花言葉は"不在の友を思う"、それに"注意を怠るな"です。

 離れていても私はクレアちゃんのことを思ってるよ、という意味と、攻略対象や他の悪役令嬢達に気をつけてね! という気持ちを込めて選びました。

 それに明るくて可憐なジニアはクレアちゃんのイメージにぴったりだと思ったんだ。


「ブリキの器にでも移したら可愛いかも……」なんて呟きながら鉢をうっとり見つめるクレアちゃんに、私は気になっていたことを訊いてみることにした。


「クレアさん、それで、あれから誰かから嫌がらせを受けたりはしていない?」

「ええ、大丈夫ですよ。歌のことが話題になったからか、最近は何も」


 そう言って微笑むクレアちゃん。

 うーん、本当かなぁ……クレアちゃんは困り事があっても、抱え込んじゃうタイプのような気がするよ。乙女ゲームの主人公は大体そうだからね。

 今後は私もなるべく、クレアちゃんの様子に気をつけないと。

 といっても別のクラスだし、出来ることは限られてるだろうけど……


 …………。


「それと……この前、街でクレアさんを見かけたような気がするのだけど」


 ああっ、言ってしまったー!

 気になって気になって仕方が無くて、思わず口が勝手に動いちゃったよ!


 さすがにユナトに直接訊くわけにはいかないけど、クレアちゃんなら疑わずに答えてくれるかも、と思ったんだ。

 するとクレアちゃんは困ったように目を泳がせた。


「……人違いかと思います」

「え?」

「あたし、入学してから街には一度も行ってないので」


 ええ?

 でも確かに、あれはユナトとクレアちゃんだったと思うけど。


 ……もしかして、ユナトの婚約者である私に気を遣ってくれてる?

 そんなのどうでもいいのに! だけどクレアちゃんは気まずそうに目線を逸らしたままだ。

 これ以上は無理強いみたいになっちゃうよね……私は大人しく追及を諦めることにした。


「そうだったのね。ごめんなさい、わたくしの勘違いだったみたい」

「いえ、そんな」

「ではわたくし、寮に戻るわ。明後日提出の課題も終わっていないし、テスト勉強も一向に進んでないから……」


 しまった。動揺して不必要なことを口走っちゃったよ。

 そうしてトボトボと立ち去ろうとした私だったが、後ろからクレアちゃんが声を掛けてきた。



「……あの! もしよければあたしが、勉強を教えましょうか?」



 ――クレアちゃんがっ!?


 私は驚きのあまり勢いよく振り返った。

 でも確かゲームだと、クレアちゃんはそんなに勉強は得意じゃなかったハズでは……。

 そんな私の失礼な思考が顔に出ていたのか、クレアちゃんは慌てたように言う。


「ちょっとズルかもしれないんですが、何度も中間試験を受ける中で問題の傾向が掴めたというか……五回目のテストでは学年十七位だったので、お役に立てるかもと」

「十七位?!」


 十七位って、もはや私にとっては天上人の域だよ。


「って……すみません、あたしなんかじゃリオーネ様のお役に立てませんよね」


 我に返った様子で、クレアちゃんは引き下がろうとしてるけど……このチャンスは逃せない。


「そんなことないわ! わたくし、テストは毎回赤点だから!」


 ええい、テストの恥はかき捨て!

 隠していても仕方が無いので事実を率直にぶちまけると、クレアちゃんは「毎回赤点?」と目を丸くした。だよね、私もビックリしてるんだよ!


「だからクレアさんが勉強を教えてくれるなら、本当に助かるわ。良かったら……お願いしてもいいかしら」

「も――もちろんです! むしろこちらからお願いしたいくらいです!」


 え、何故クレアちゃんから?

 と思いつつも、快く引き受けてもらえて私はホクホク。

 ああ、偶然だけど裏庭に遊びに来て良かった。まさか切望していた優しい家庭教師にこんなところで出会えるとは。



 こうして私は、救世主クレア・メロディ様に勉強を教わることとなったのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] えーっと…リオーネさん?イベント忘れて無いですかね?(笑)
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