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第33話.密会現場を目撃しました

 


 園芸店からの帰り道。

 先輩達とお喋りしながらふと、何気なく眺めた喫茶店の中に――見知った顔を見つけた。


 私は驚愕のあまりその場で素早く身を伏せた。


「どうした、リオーネ」


 後ろを歩いていたアグの腕もむんずと掴み、そのまま隣にしゃがませる。


「おい、何だよ?」

「しーっ! お静かに!」


 だって、喫茶店の中に居たのは……ユナトとクレアちゃんだったのだ。


 二人は私達の存在には気づかず、向かい合って座っている。

 真剣な顔で、何やら話し込んでいる様子だけど……もちろん、店の外にいる私にその会話が聞き取れるはずもない。

 私は持ち前の勘の鋭さを遺憾なく発揮し、その真面目な雰囲気から――全てを察するに至った。

 ……そうか。そういうことだったのね。



 ユナトとクレアちゃん……私の知らない間に、既に付き合っていたんだ!



 きっかけはお花見の会。

 そして交際の後押しとなったのはもちろん、先日の新入生交流会だろう。

 素晴らしい歌声を披露したクレアちゃんに自分の上着を貸したというユナト。リィカちゃんによれば、その後にユナトがクレアちゃんと何か話している様子だったという。


 今ならわかる。ユナトはそこで、自分の思いの丈を告白したんだ。

 ユナト大好きなクレアちゃんもすぐさま色好いお返事をして、こうして二人は学外でデートするに至ったんだろう。


 そして今、あんなに真剣な顔つきで二人が話している内容は何なのか?

 ……決まっている。私との婚約を破棄する手立てについて考えているんだ!


「ユナト……」


 アンタ、成長したね……。

 七歳の頃からその傍若無人っぷりと、クールぶってるだけのお子ちゃまぶりを見守ってきたから、何だか感慨もひとしおだ。

 私は婚約破棄の申し出にはすぐ同意して、二人を祝福するからね。

 何なら今日園芸店で見た花のアーチ……とまでは行かないでしょうけど、二人のためにアーチでも花束でも心を込めて作るから。風船も精一杯膨らませて飛ばすから。


 だからどうかお願いします。

 リオーネ・カスティネッタの国外追放や殺害などは何卒、何卒ご容赦ください……。


「なぁ、リオ……」


 不審に思って話しかけてきたアグが、言葉を止める。

 どうやらアグもユナト達に気づいたらしい。

 私達の間にしばらく沈黙が流れた。


「……そんなに気にするなよ。その……誤解かもしれないし」

「いいえ。わたくしは何も誤解なんてしていませんわ」

「……そうか?」


 うん。私はいつだって冷静だ。

 そうだ、念のためアグにも口止めしておかないとね。


「アグ先輩。ここであの二人を見かけたことは誰にも言わないでもらえますか?」


 私がお願いすると、アグは戸惑った表情ながら「分かった」と頷いた。

 ただでさえユナトとのことで、クレアちゃんは女子の恨みを買っちゃってるみたいだからね。

 今日のことも、誰にも見られてませんように!


 私は二人に見つからないように気を付けつつ、アグと一緒に園芸部の列へと戻ったのだった。




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪




 同じ寮で過ごしているとは言っても、女子が男子の部屋を訪ねるハードルは非常に高い。

 というより校則で異性の部屋を訪ねることは基本的に禁止されているのだ。

 でも実際は、寮母さんや他の生徒の目を盗み密かに逢瀬を重ねる男女もいるらしい、というのがリィカちゃん情報。


 …………ゆ、許せん!!

 学生の本分は勉強だよ! 色恋沙汰にかまけるでないっ!

 そんな不届き者達は悉く私が呪ってやる。

 モテなくな~れ、モテなくな~れ……ついでにユナトのこともちょっぴり呪っておきましょうねぇ……。


「あれ、カスティネッタさん」

「あらライル様ごきげんよう。奇遇ですわね」


 オホホホホと笑いながら私は玄関脇のソファから立ち上がる。

 そして男性寮の階段を降りてきたライルの周囲を素早く観察。

 ……よし、他に人影はないな。ライルと二人で会っているところなんか、誰かに見られたら大変だからね。


 現在の時刻は午後四時過ぎ。

 休日の場合、寮に残っている人はあまり部屋を出ないし、外出している人はまだ帰ってこない絶好の時間帯だ。

 園芸部の作業が終わった後、一時間もこんなところで張り込んだ甲斐があったよ。


 ライルは今日は部屋でゆっくりしていたのか、片手に空になったマグカップを持っていた。

 私はソファの下に置いていたバスケットをそっと手に取り、そんなライルにすすっと近づく。


「わたくしは先ほどまで部活動に明け暮れていたのですが、偶然お会いできて良かったですわ。実はライル様にお渡ししたいものがありまして」

「僕に?」

「こちらの苗ですわ」

「……苗?」


 そう、これが私のライルへのお礼の品――スイートピーである。


 私もそうだけど、アコーティオ大公の息子であるライルは欲しいものなんて何でも手に入る身分だ。

 そんなライルに私が手持ちのお小遣いでお礼できる物――というと、貴族の息子が育てた経験がなさそうな植物くらいしか私には思いつかなかった。


 最初に思い出したのは、『恋プレ』の公式絵師さんがSNSで非公式です、と掲載していたイラストだ。

『恋プレ』の主要キャラクターが花を背負って微笑んでいるイラストだったんだけど……微笑むライルの後ろに描かれていたのが、白いスイートピーの花だったんだよね。


 ちなみにリオーネはといえば、イラスト自体描かれてなかったよ。

 まあ、うん。悪役だからね。仕方ないよね……。


「へえ、スイートピーか。綺麗だね」


 さすがにライルは植物にも詳しいようで、そんなことを呟きながら笑顔で花を見下ろしている。

 そう、スイートピーといえば春に咲く花。ライルに渡したポットも、既に可愛い白い花が咲いている状態だ。

 私の計算だと、あと一ヶ月も経てば残念ながら枯れてしまうと思われるけど、もちろんそれも計算の内。だって私が渡した花がいつまでもライルの手元で咲いたりしても微妙だし。


 そんなスイートピーの花言葉はといえば――"門出"。そして"別離"。

 お花の形が飛び立つ蝶の姿に似ていることから、そういうちょっと悲しめな花言葉がつけられている。


 ……いやいや別に、他意はないからね?

 才能溢れるライルを見送ってさよならバイバーイ、とか、そういう意図があるわけじゃないからね?


「高価なものでなくて恐縮ですが、指揮をご指導いただいたお礼に。受け取ってもらえますか?」

「もちろん。嬉しいよ、ありがとう」


 言葉通りにニコっと、そこらの女子なら一発でノックアウトするような笑顔を見せながら、ライルは私の手からポットを受け取った。よし、ミッションコンプリート。

 任務を終えて「それでは」とそそくさと立ち去ろうとした私だが、そんな私の肩にポン、とライルが手を置いた。


「そういえば白いスイートピーにはさ」

「はい?」

「"ほのかな喜び"っていう花言葉もあるよね」

「……はい?」


 ……そうだっけ?


「カスティネッタさんにとって、僕と過ごす昼休みは喜びだったのかな?」


 とんでもないことを微笑を浮かべて訊いてくるライル。

 ちょっと待て、それだとまるで私がライルに密かに恋い焦がれてるみたいじゃないか。

 ていうかこの人、何で花言葉にまで精通してるの? そんなの学校のテストには出ないよね!?


「う、うふふ。わたくし花言葉にはあまり詳しくなくて、存じ上げませんでしたわ」


 どうにか気を取り直して私が言うと、ライルは哀れむように眉を下げた。


「へえ、そうだったんだ。……園芸部員なのにね」


 ……かっちーん。


 今の……今のはムカついたぞ。

 私は負けじと言い返した。


「他にもスイートピーの花言葉には"門出"、"別離"がありますわ! わたくしだってそれくらいは知っています!」

「おお、さすがカスティネッタさん。物知りだね」

「ふふん。こんなの園芸部員としては当たり前で――」


 ――しまった。アホだ私。

 安い挑発に乗って、言ってはならないことを……思いっきり言ってしまった!


「あ。い、いえ。そのぉ……」


 今さら口元を抑えても後の祭り。

 冷や汗ダラダラで震える私に、その腹黒男は笑顔で言ってのける。


「じゃあ、ありがたくこの"別離"のお花をもらうね」


 そうしてライルは、それはそれは楽しげに笑って去って行った……。




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[一言] 簡単に挑発?に乗るリオーネ(笑)
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