第31話.園芸にチャレンジです
翌日、学園は新入生交流会の件で大いに賑わっていた。
「デークラスのメロディさんという方の歌声、素敵でしたわね」
「天使か妖精のような歌声でしたわ」
「合唱部にも声楽部にも所属していないなんて勿体ない……」
クレアちゃんの歌声のことはそりゃもう話題になっていて、さっきからひっきりなしに彼女の名前が飛び交っている。
ふふふ、そうでしょうそうでしょう。クレアちゃんが褒められると、私も自分のことのように嬉しいよ。
それにその歌声パワーのおかげか、クレアちゃんが屋上から落下した件もそんなに話題になってないみたい。
話題になっていないと言えば、もちろん、彼女と共に降ってきた謎の仮面女のことも――
「ところで、あの仮面の女性は誰だったんでしょう……制服を着てましたけど……」
……ちょっと噂になってるね。早く収まりますように。
それ以外にも、華麗にヴィオラを演奏したユナト、屋上から指揮をするという離れ業を披露したライルを讃美する声は凄まじい。二人とも今回の交流会でますますファンを増やしたみたいだ。
そして実は、イークラスの指揮者を務めた私のこともそれなりに囁かれているらしい。
だって廊下を少し歩くだけで、あちこちからいつも以上の視線を感じるのだ。
「それにしても昨日のリオーネ様、本当にお綺麗でした……」
「私はてっきり、水の精オンディーヌが舞い降りたのかと……」
「あの方の傍に居られるなら私は哀れなハンスにだってなります」
「まあ、私だって。オンディーヌに恋い焦がれて命尽きるのは私よ」
「いえ、この私だわ!」
一年生の女の子たちがウットリと――気のせいでなければ男の子たちまで似たような顔つきをして、私のことを見つめてくる。
ディアナ部長とアグの機転によって、私は辛くも交流会のステージに立つことができた。
制服を借りた後、濡れそぼった髪の毛はディアナ部長の手によってアレンジしてもらった。
アグ特製のオイルトリートメントはひまわりの種子で作ったもので、私のウエーブがかった髪にもよく馴染んだ。むしろ今じゃ、より髪がツヤツヤになった気もするくらいだ。
「濡れたような空色の髪を煌めかせながら、色とりどりの髪紐を揺らしてステージへと向かうリオーネ様は、それはそれは美しかったですものね……」
隣を歩くリィカちゃんも何だか誇らしげに、そんなことを口にしている。
濡れたようなというか、あのときの私の髪は完全にびしょ濡れだったんだけどね。
「あんまりリオーネ様が素敵で、まともに伴奏ができなかったくらいです」
「お気持ちよく分かるわ、リィカさん。誰もがリオーネ様に目を奪われてしまいましたもの」
リィカちゃんとシルビアちゃんは、そんな風に何度も楽しそうに語り合っている。そんなに大袈裟に褒めてくれなくてもいいのに。
「リオーネ様の愛好会も、いよいよ本格的に始動しそうです」
「もう、やだリィカさんったら冗談ばっかり。さすがに騙されませんわよ」
「え? 冗談ではなくて……」
ちなみにあんなに頑張った指揮に関しては、現在に至るまであんまりコメントはもらえていない。
……何でだ! そこ一番褒めてほしいのに!
今のところ、ライルからは「練習の成果が出ていたね」、ユナトからは「まずまずだったな」くらいしか……まあ、先生役のライルが褒めてくれたわけだし、良しとするかな。
それとライルに屋上での件についてお礼を言ったら、珍しく厳しい表情でこんなことを言われてしまった。
「それはいいけど……カスティネッタさんは、もうちょっと自分を大切にして。二人が屋上から落ちる姿を見て、心臓が止まるかと思ったよ」
クレアちゃんを助けるためだったとはいえ、ライルの言う通り確かに軽率だった。だって一歩間違えれば、二人とも死んでいたかもしれないのだ。
私がごめんなさい、と素直に謝ると、
「……仮面の件は、とりあえず黙っておいてあげるね。ひとつ貸しってことで」
と黒い笑顔で微笑まれた。
やっぱこの腹黒、怖いよ! そんなのほとんど脅迫じゃない!
でも指揮を教えてもらった件もあるし、まったく気は進まないけど、近いうちにライルには何かお礼をしないとだな。
それとクレアちゃんの歌声に関してユナトにそれとなく訊いてみたところ、「良い歌声だった」というコメントが返ってきた。
デークラスに歌が得意な子が居るんですって~、お友達に聞いただけでわたくしはよく知らないのですが~、いったいどんな子なんでしょ~、とか数日かけて吹き込んでおいた甲斐があったかも。
しかも実はユナト、デークラスの発表が終わった直後にクレアちゃんに駆け寄り、全身ずぶ濡れの彼女に自分の上着を貸してあげたのだという。
その後は何やら二人でこそこそ話をしていたのだとか。リィカちゃんの情報網でも話の内容は不明だけど、私はその件を聞いて拳を握りそうになった。
これ、とんでもない進歩じゃない!?
あの面倒くさがりのユナトが女子に自分の上着を貸すだなんて、すごいことだもん。婚約者の私はそんな風に優しくされたこと、一度もないし!
ただ、ユナトと仲良くしている関係でクレアちゃんは女生徒に睨まれてしまっているみたいだから、私もなるべく目を光らせておかないと。
――こうして、ゲームとは違って二人の即興は聴けなかったが、クレアちゃんの「類い希なる歌声でユナトをメロメロ魅了大作戦」は大成功に終わったようだ。
……え、私? 特に何もしてませんけどね!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
交流会後の初めての部活では、珍しく部員全員が裏庭の一角に集められていた。
私達を集めた張本人であるディアナ部長が、意気揚々と告げる。
「明日は、花壇の苗の交換をします!」
ほほう、花壇の苗の交換かぁ……なるほどね。
私は横に立っていたアグの袖をちょんっと引いた。
「アグ先輩、苗の交換って何ですか?」
「いまお前、訳知り顔で頷いてなかったか?」
知ったか振りは、私の数少ない特技の一つですので。
「ハァ……あと二週間で六月だろ? 花壇やプランターの春苗を、雨季が来る前に夏苗に取り替えるんだよ。その方が土に馴染みやすいからな」
なるほど。梅雨の前に夏のお花を育て始めるってことか。お花に雨の季節は天敵だもんね。
アグの言葉にふんふん頷いている間にも、ディアナ部長の説明は続く。
「午前十時に、学園の正門前に集合して街の園芸店で苗や肥料などを買いに行きます。作業自体は遅くても午後三時には終わると思うけど、明日は土曜日なので、参加できない人は今のうちに教えてね」
へぇ、苗を買いに街まで行くんだ!
普段は学園と寮の往復をしてるだけで、街に出たことはぜんぜん無いからな……部活動だけど何だか楽しみかも。
と目を輝かせていたら、ディアナ部長が私の方を向いた。
「今回からリオーネさんにも、何か好きな植物を育ててもらいたいと思ってるわ」
「えっ!」
突然の言葉に驚いたけど……。
よくよく考えると私は四月下旬に入部してから、今まで本格的に植物を育てたことはない。部活にはしょっちゅう顔を出していたけど、共用で育てている植物や畑のお世話をたまにしていたくらいだ。
そんな私が、いよいよひとりで植物の面倒を!
「やっぱりリオーネさんは食虫花が好みなのかしら?」
「いえ! わたくし食虫花とは違う植物にもチャレンジしたいと思っていまして!」
ディアナ部長の言葉に周りの部員の皆が「そうよね」と頷く前に慌てて遮る!
ムラセリオ(植物)の存在で誤解されてるけど、私は別に食虫花が特別好きなわけじゃないし、専門家でもないんだ!
どちらかというと、もっと可愛げのある、見ていて癒されるようなお花を育てたいよー!
食虫花キャラを払拭しようと必死に言い募ると、ディアナ部長も納得してくれたようだ。
「そうなのね……分かったわ! 食虫花以外なら行きつけの園芸店に行けば大抵の苗は見つかると思うから」
よ、良かった。何とかなったみたい?
明日の活動にはもちろん参加することにした私だけど、不安もある。
だって唯一育てたムラセリオ(植物)は、あんまり手が掛からなかったからね。基本的に日向で放っておいただけなのに、九年間も元気に育ち続けているし。でも普通のお花は、そういうわけにはいかないよね。
ううーん。どんな花を育てようかなあ?
今から悩んじゃうよ!




