第2話.いよいよ入学です
そして九年の時が経ちました。
四月一日。春のうららかな日射しが降り注ぐその日。
十六歳に成長した私――リオーネ・カスティネッタは、スティリアーナ魔法学園への入学の時を迎えていた。
ヴィオラスト王国が建国された当初に教育機関としていち早く設立されたスティリアーナ魔法学園。この学園こそ、乙女ゲーム『恋プレ』の舞台となる全寮制の学園だ。
三年制の学園では、魔力の制御を始め、より強力な魔力を使役できるよう教育を受けることとなる。優秀な成績を収めれば魔法省や各研究機関への配属という出世コースへの道が開けるというわけだ。
私のような貴族令嬢の多くは卒業後は結婚するのが一般的だけどね。多くの女子にとっては、「あの有名な学園のご出身だなんて!」っていう、ステータスとしての意味合いが強いのだ。
魔力の才能を開花させた貴族の子息令嬢の八割方はスティリアーナ魔法学園に通うことになるので、十歳の頃に魔法の才に目覚めた私も、当然ここに通わなくてはならない。
本当は十歳になったとき、水の魔法が使えるようになったのを親に誤魔化せれば良かったんだけど……残念ながらそうはいかなかった。というのもゲームの設定通り、リオーネの魔力はわりと強力。朝目覚めたとき、部屋が水浸しになっていたのを十歳の子どもが親やメイドに隠すなんてほぼ不可能だよ……。
私は「もしかしてこの年でおねしょしちゃった!? いやあああ!!」と別の意味で大パニックになっていたけどね。魔力で良かったです、はい。
しかし、私はひとりじゃない。
今の私には頼りになるお友達がいるのだ!
「リオーネ様! おはようございます!」
「リオーネ様、本日もご機嫌麗しゅうございます」
馬車から降り立った私はそう声を掛けられ、にっこりと微笑んだ。
「リィカさん、シルビアさん、ごきげんよう」
まず一人目。リィカ・ウッドブロウちゃん。
彼女は国内の商会では圧倒的な力を誇るウッドブロウ商会長の娘さんだ。前から顔見知りではあったけど、前世の記憶を取り戻した後から、特に仲良くなった子である。
家柄で言えば公爵令嬢のリオーネとリィカちゃんにはかなりの差があるのだが、ウッドブロウ家はカスティネッタ家が長年贔屓している商会なので、私たちが仲良くしていることに関して周りは何も言ってこない。お母様なんかは、仲良くする相手は選べって口を酸っぱくして言ってるからなあ。
リィカちゃんは明るくて活発な子だ。さすが商会長の娘というべきか、新しいものや流行品にも目ざといおしゃれな女の子。私にとっては参謀のような立ち位置の友人である。これからも頼りにしておりますよ、参謀閣下。
そして二人目。シルビア・ギロちゃん。
王家と強い結びつきのあるエーレ神殿の本拠地を管理するギロ神官長の娘さんだ。
この国では魔力が発現した子どもは神殿に赴き、祝福を受けるのがならわしとされている。私も両親に連れられて神殿に行き、そこでシルビアちゃんと出会ったのだ。すっかり意気投合して、今じゃリィカちゃんと三人でしょっちゅう遊ぶ間柄である。
リィカちゃんとは違って、かなりおっとりしているのがシルビアちゃん。神官補佐としてお父上の仕事を手伝っているときはしっかり者なのに、それ以外のときはポヤ~ンと空を眺めていたりする。私もそんなシルビアちゃんの隣でポヤ~ンしつつ、鳥に餌やりする時間がお気に入りなのだ。
ふたりは私の大切な友人だ。子どもの頃からずっと仲良くしてきて、こうしてスティリアーナ魔法学園にも一緒に入学した。
ちなみにゲーム内だと、リオーネの取り巻きである彼女たちは、専用のイラストこそあるものの顔が影になって見えないようになっていた。
名前に関してもリィカちゃんは【取り巻きA】でシルビアちゃんは【取り巻きB】と表示されているだけだったが、髪型や話している内容で何となく、私はふたりの正体を悟ったのだ。あらこの子たち、いずれ出会うわたくしの取り巻きちゃんたちではなくって……? と。
もちろん今は、彼女たちは私の取り巻きじゃなくて友達。で、いいんだよね? きちんと確認したことはないけど、私はそうだと信じているよ。
「おふたりとも、学園の制服がよく似合ってますわね」
私がそう言うと、リィカちゃんもシルビアちゃんもうれしそうに顔を綻ばせた。
「リオーネ様こそ、よくお似合いですよ!」
「リィカさんの言うとおりです。リオーネ様の空色の髪と瞳を、制服の色合いが引き立てていますわ」
えへへ、そう? お世辞かもしれないけど、そう言ってもらえると私もうれしい。
私、リオーネのウェーブがかった長い髪の毛も大きな瞳も、どちらも淡い空色をしている。
これはカスティネッタ家の身体的特徴のひとつで、湖の一族、なんて呼ばれて雲上人扱いされる一因にもなっている。その呼び方に気を良くして実際に屋敷を湖畔近くに移動させたご先祖様も、はしゃぎすぎだと思うけどね……。
そして学園の女子制服は青いラインに縁取られた、ボレロっぽいジャケットタイプ。胸元のサファイアグリーンのリボンがアクセントになっている。男子生徒の場合は、このリボンがネクタイになっているのだ。
裾がふわっと広がるスカートも、とっても上品で可愛い。ゲームで見たときから思ってたけど、このデザイン良いよねぇ。『恋プレ』のコスプレ人気が高い要因も、このオシャレな制服にあるんだろうな。
ちなみに冬服は、夏服と色違いの黒いジャケットに赤いラインが入ったデザインだ。リボンはストライプのコーラルレッド。
まぁ、それが無事に着られるかどうかは今後の私の頑張りにかかってるわけだけど……場合によってリオーネは、冬服を着る前に追放されるか死んじゃうかだからね。うぅ、気を引き締めていこう!
「そろそろ講堂に向かいましょうか。もうすぐ入学式典が始まりますから」
私がそう呼びかけると、ふたりも笑顔で頷く。私たちは連れ立って、校舎の隣にある講堂へと歩き出した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
講堂の入り口で案内係から入学祝の花を受け取った私たちは、それをジャケットのポケットに挿してから席に向かった。
広々とした講堂の中は既に席はけっこう埋まっている。早めに支度を済ませて家を出たつもりだったけど、遅い方だったのかも?
「自由席のようですから、なるべく後ろの方がいいですわね」
なんて微笑すると、そうですわね、とリィカちゃんとシルビアちゃんが頷いてくれる。私の言葉を、「リオーネ様は控えめな方だから」なんて良い方向に勘違いしてくれたっぽい。本当は居眠りがバレたくないだけなんだけどね。
右後方の席に並んで座ってから、周囲を見回してみる。
今もゲーム通りに物事が進行しているなら、この講堂内には、私がよく知る人物たちが何人か居るはずなのだ。その中でも特に気になる、彼女――の姿を必死に探してみたけど、残念ながら見つからなかった。うーん、まだ来てないのかな。
諦めて、ふぅとため息をついて背もたれに寄りかかってみると、誘導係の上級生の中に目立つ人物の姿を発見した。お兄様だ。
最上級生のお兄様は私の視線に気がつくと、にっこりと微笑み、軽く手を振ってくれた。私もうれしくなって夢中で手を振り返す。
周囲の女子も美形なお兄様の存在を既に意識していたのだろう、その惜しげもない微笑にときめいたようで、そこかしこから感嘆の吐息が上がった。ふふふ、みなさんの気持ちはよーく分かります!
ああ、お兄様。今日もとっても素敵です!