第28話.交流会の始まりです
やって来ました、新入生交流会!
その日の私は屋外ステージを前にして燃えていた。燃えに燃えていた。
この八日間、私はライルの指導を受け、物見遊山気分のユナトに苛立ったりしつつも、毎日一所懸命に指揮の練習をしてきた。
自分がこんなに一つのことに熱中できるなんて思わなかったというくらい、それはそれは努力して頑張ってきたのだ。
そして今日こそ――その成果を遺憾なく発揮するとき!
「今日のリオーネ様は、いつにもまして気合が入っていますね」
「淡い水色の瞳にも、決意が漲っていらっしゃるわ」
両隣を囲むリィカちゃんやシルビアちゃんも、そんな風に私を称えてくれる。
今日はお花見の会とは異なり、授業日の午後いっぱいを使って交流会が執り行われるので全員制服姿だ。
ツェークラスは舞台上で既に発表の準備に取り掛かっているけど、デー、イークラスの生徒はそれぞれステージの前に設けられたクラスごとの席に着席している。
貴族の子息令嬢ばかりが集う絢爛豪華なスティリアーナ魔法学園のこと。無論、屋外ステージといってもその様相は野外フェスなどとは全く異なる。
屋外ステージは両側に舞台用階段も設置され、全体に青みがかった布を巻いた高級感溢れる代物だし、屋根は大鷲が横顔を突き出したような前衛的な形をしている。ステージというより、いっそ一つの芸術品といったほうが正しい感じだ。
椅子も当然パイプ椅子であるはずもなく、特注で作られた小洒落たガーデンチェア。
これがステージ前に百個以上も整然と並んでいる光景はなかなかに壮観だった。ちなみに会場準備を中心的に行ったのは生徒会の方たちだという。お兄様、それに生徒会の皆様、お疲れ様です……。
私も最後列の席に着席して、リィカちゃんたちとお喋りしながら交流会の始まりを待つことにした。
ツェークラスの発表の前には学長先生の話とか、来賓の挨拶とかもある。
それにイークラスの発表は最後だと思えば、少しは気が楽になった。
「それにしてもユナト殿下の演奏が楽しみですわねぇ、リオーネ様」
おっとりとシルビアちゃんに話しかけられ、私は返答に窮した。
今もステージ上では、ユナトが凛とした表情でクラスメイトの配置を指示している。彼のそんな姿に、女の子たちはほう……とため息を吐くばかりだ。
「昨年のリオーネ様のお誕生会でも、ユナト殿下はヴィオラを演奏していらっしゃいましたね。それはもう愛おしげに、慈しむように」
シルビアちゃんが言えば、横からはリィカちゃんが、
「リオーネ様、デークラスのライル様の指揮も楽しみですよね? ライル様の指揮は、観客も演奏者も丸ごと魅了してしまうって有名ですし!」
と爛々と目を輝かせる。
そうして二人はにっこりと見つめ合う。……私を挟んで。
数日前から二人とも、ずっとこんな調子なんだよね……。
鈍感系主人公と違ってナイフよりも鋭い勘を誇る悪役令嬢な私には、一応その理由は分かっている。
どうやらリィカちゃんたちは、私がユナトとライル、どちらの男と恋仲になるべきか争っている様子なのだ。
…………意味が分からん!
私は一刻も早くユナトと婚約解消して、そしてライルとも縁を切って、素敵な恋のお相手を見つけるつもりだ。
だから二人のどちらかと恋に落ちるなんてのはゼッタイにあり得ない。そもそもユナトにもライルにも、私にそういった興味は全く無いだろうし。
私の友達がこんな話をしていることを知られたら、逆に理不尽に責め立てられそうだよ……。
「リオーネ様はどちらの演奏が楽しみですか?」
考え込んでいたら二人が声を合わせて訊いてきた。
これがもしゲームで私が主人公だったら、きっと目の前には今、
▼ユナトのクラス
▽ライルのクラス
みたいな選択肢が浮かんでいたに違いないね……。
しかし私は端役。しかも悪役令嬢ですので!
というわけで私はうふふ、と微笑んでこう返した。
「もちろん、どちらのクラスの演奏も楽しみですわよ」
新入生交流会は、和やかなムードの中始まった。
まずは学長先生による挨拶から。でもそれを聞いているとどんどん目蓋が重たくなってくる。
こういう行事のときの校長先生の話とかって、何だか右から左に流れていっちゃうんだよねえ……。
眠気を紛らわすために、私は何となく生徒の席を見回してみた。
ふむふむ。ユナトはツェークラスの一列目で、ライルはデークラスの九列目か。近づかないように重々気をつけよう。
そういえばライルと同じクラスのクレアちゃんは……と赤褐色の後頭部を探してみるけど……あれっ? 見つからないな。
というかよく見たら、お隣のデークラスだけ一つ席が余ってない?
妙にそれが気になった私は、いよいよツェークラスが舞台に上がり直すタイミングで、こっそりとライルに近づいていった。
デークラスにも仲良しの友達が居ればよかったけど――残念ながらクレアちゃん以外だと、顔見知りはライルくらいしか居ないのだ。
ああ、お友達を切実に増やしたいよう!
「あの、ライル様」
「カスティネッタさん。一体どうしたの?」
九列目の右端に座っていたライルは、近づいてきた私を見て目を丸くした。
「その……デークラスの生徒数が、何だか少ないような気がして」
「え?」
それを聞いたライルは素早く立ち上がり、後列まで下がる。
私もそれについていくと、早くも確認を終えたらしいライルが少しだけ困ったような顔になっていた。
「メロディさんが居ないみたいだ」
「メロディさんというのは……」
「クレア・メロディさんっていう、赤褐色の髪をした女の子なんだけどね。午前の授業はふつうに出ていたけど……どうしたんだろう」
首を傾げるライル。
私は急に、嫌な予感を覚えた。
『恋プレ』の【春 ~ユナトルート~】では――主人公はリオーネに、交流会の場に来ないようにと脅されてしまう。
主人公は仕方なく交流会を欠席し、屋上でひとり寂しげに屋外ステージを見下しながら、一所懸命に練習した歌を口ずさむ……。
唯一、主人公の不在に気がついたユナトだけはその歌声に気づいて、屋上にたどり着くんだけど。
…………まさか。
私は背後に聳え立つ校舎を振り返る。
六階建ての校舎の屋上の様子は、この距離だと肉眼じゃほとんど確かめられない。
だけど、もしかしたら――
「……ライル様。最近のメロディさんには、何か変わった様子はありませんでしたか?」
真剣な表情で問うと、ライルは少し考える仕草をしてから答えてくれた。
「お花見の会の後に、号外新聞の騒ぎがあったよね」
「はい」
「あの新聞にほんの小さな記事だけど、ユナトと彼女のツーショットの写真が載っていたんだ」
「え……」
思いがけない言葉に、私は固まった。
号外新聞って、ユナトが私をお姫様抱っこした件をすっぱ抜いたあの新聞だよね?
あれに、ユナトとクレアちゃんの写真まで載っていた?
「それでメロディさんは少し、周りから睨まれていた感じだった。僕も彼女とは親しくないから、詳しくは分からないけど」
「そう……だったんですわね」
だとすると、クレアちゃんがこの会場に来ないのはやっぱり――
「……わたくし、急用を思い出しましたわ」
私がそう呟くと、ライルは唖然としていた。
「え? でも、イークラスだってもう少しで発表でしょ?」
「大丈夫ですわ! それまでには戻りますから!」
私はそう言い切り、校舎に向かって走り出した。
ただの私の思い過ごしならいいけど。というより……思い過ごしであってほしいんだけど。
とにかく今は、屋上まで確かめに行かなければ!




