第12話.どの部活がいいでしょう
本格的な授業が始まるのは、入学式典の翌々日から。
リィカちゃん、シルビアちゃんと寮の食堂で朝食を食べた後は、そのまま三人で校舎へと向かう。
寮から校舎は一直線で、ほんの数分で着いちゃうけど、もっと長くても良いくらい。友達とおしゃべりしながら学校行くのって楽しいもん。前世だと高校は自転車通学だったからなあ。
授業では睡魔と戦いながら必死にノートを取る。
小さい頃から専属の家庭教師の先生もつけてもらって、勉学に励んできた私だけど――勉強はとにかく苦手だ。
四月から六月だけで五周もしたのに、なぜかその間の学習内容もまったく頭に入ってない。
いつも六月の中間試験が終わったタイミングで、スーっ……と記憶がお空の向こうに飛んでいってしまうのだ。
そして肝心の試験結果も、何度ループしても中の中か、中の下……みたいな、冴えない感じだった。
キャラクターのプロフィールとか名言とかは、思い出すまでもなくしっかり頭に刻まれてるのに!
今日の授業はまだヴィオラスト王国の歩みだとか、学園の歴史だとか簡単な内容だったけど、来週あたりからはかなり本格的な内容に入っていく。
それに魔法の実技授業も増えていくから、頑張らないと。
頭の悪いパッパラパーな令嬢とは思われたくないからね!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
放課後、私の机の周りにはリィカちゃんとシルビアちゃんが集まっていた。
他のクラスメイトも、似たように仲良しの数人で集まっていたり、さっそく教室を出て見学に向かうらしき生徒も居た。
貴族の子息、淑女が多いスティリアーナ魔法学園だが、そんな学園にもクラブ活動――部活動というものが存在している。
何故って、これはもともと乙女ゲームの世界。
そして乙女ゲームの世界にはたいていの場合、部活動やらクラブやらがあるのだ。だって男の子が部活に打ち込む姿って、とにかく格好良いですからね。
ループは六周目だけど、私はその中で一度も部活には入っていない。
だがループのルールを把握した以上は、当然ながらどこかの部活に入りたいと思っている。前世では帰宅部だったし。
配られた部活動案内のパンフレットは二冊。運動部と文化部ごとにわかれている。
身体を動かすのは好きだけど運動は得意じゃないので、運動系はパスかなあ。
というか、屋外活動メインの部活を選んで日焼けなんてしたらお母様にどれほど小言を言われるか分からない。
えーっと、文化系のパンフはっと……。
吹奏楽部、管弦楽部、合唱部、声楽部、美術部、陶芸部、手芸部、演劇部、園芸部、山岳部、釣魚部、時報部、ボランティア部……へえ、ハンドベル部なんてのもあるんだ。文化系だけでも意外といろんな種類があるんだね。
それに部員数が足りないから研究会止まりだけど、魔術研究会や歴史研究会。
あっ、料理研究会なんていうのもある!
それなら私は試食研究会に入会したいな……じゅるり。カスティネッタ家の権力をフルで行使して、新たな会の設立をここに宣言します!
料理研究会の皆様、わたくしの口までお料理を運んでくださいな。
さあさあみなさん遠慮なく! わたくしの胃袋はまだまだ空きっ腹でしてよ!
「えっと、リオーネ様?」
大口を開けて天を仰いでいた私の服の袖を、リィカちゃんが控えめに引っ張ってくれた。
……危なかった! 教室のド真ん中ですっかり燕の子どもになっていたよ!
私は咳払いして、何事も無かったように話を振る。
「リィカさんたちは、気になる部活はありますの?」
「そうですねえ……私は吹奏楽部とか管弦楽部とか……」
「ワタシも文化系の部活は気になります」
それならせっかくだし、誘ってみようかな?
「わたくしも文化系が気になりますの。良かったらこれから一緒に見学に行きません?」
そう誘うと「行きましょう!」と二人からは快諾が返ってきた。おお、言ってみるもんだね。
しかし、そんな和やかな雰囲気をぶち壊すようなタイミングで――教室の後ろ扉からユナトが姿を現した。
その途端に教室の空気がガラリと変わる。主に彼に憧れる女生徒たちの目の色が変わったのだ。
「リオーネ。いるか?」
いません。
私が無声音で発した返答は聞き取れなかったらしく、ユナトはすぐに私を見つけると、ズカズカ近寄ってきた。
「暇そうだな」
そう見えるか? アンタの方がよっぽど暇そうだぞ。
「お、おほほ。わたくしは本日はリィカさんたちと一緒に、部活動見学をしようと話していまして」
「いいえ! 私たちのことなどお構いなく!」
「そうですリオーネ様。ワタシたちは二人で行ってきます」
「ですからリオーネ様はぜひ、ユナト様と!」
ええー!? そんな?!
しかし止める間もなく、笑顔の二人は教室を出て行ってしまった。
そしてポツンと取り残される私。いやあ! 置いてかないでえ!
「どこを回る予定なんだ?」
ユナトは嘆く私にも気づかず呑気に訊いてくる。
「……わたくしは、美術部か手芸部が気になっていて」
「ハハッ。面白い冗談だな」
ユナトは手を叩いて笑った。……あ? どういう意味だ?
眉間に皺を寄せる私に気づかず、ユナトが私の背後に立って手元のパンフレットを覗き込んでくる。
後ろから長い指先がトントンと、とある部活の項目を指さした。
「お前が入るならコレだ、園芸部だろう。ムラセリオの育て方のコツが掴めるかもしれん」
「あれは食虫花ですから、園芸といっていいのかどうか……」
「なら山岳部だ。山を登りながらあらゆる植物に精通できるだろう」
「ユナト様の中のわたくしのイメージって、植物しかありませんの?」
ていうか……なんか、近いんだけど。
ユナトがしゃべるたびに吐息が耳のあたりに当たってくすぐったい。さすがにわざとじゃないだろうから、注意できないけど。
どうにかして身体の位置をずらそうとしたら、室内の様子が何かおかしいのに気がついた。
「おふたりとも、やはり仲睦まじくいらっしゃるのね……」
「見て。ユナト様の、リオーネ様を見るあの愛おしげな眼差し!」
ぎゃあ!! なんか周りの注目を浴びちゃってる!?
しかも教室だけじゃない、廊下にまで野次馬っぽい生徒が溢れて私たちのことを見物している!
私の顔をだらだらと冷や汗が伝う。これはまずい。
このことが、ユナトのことが大好きなクレアちゃんの耳に入りでもしたら――!
「……も、もうちょっと離れてくださいユナト様」
「何故だ」
「その――体臭が気になって」
私、けっこう汗っかきなので。
するとユナトはショックを受けたような顔をして、慌てて私と距離を取った。
……あれ? もしかして誤解しちゃった?
別にユナトが臭い、って意味じゃなかったんだけど……結果オーライか? ちょっと可哀想だけど、このままにしとこっと。
「ユナト様こそ、部活の見学はされませんの?」
「え、ああ俺は……どうするかな……」
ちなみにアナタ、ゲームだと乗馬部に入部してましたけど。
私は一応気遣って、ユナトに体育会系の部活が載ったパンフレットを手渡す。ユナトはどこか危なっかしい手つきでそれを受け取った。
するとそこに、また新たな闖入者がやって来た。
「やっほー。二人とも、何してるの?」
うげっ。次はライルじゃない。また周囲の女の子たちがさざめいてるよ。
しかし幼なじみの登場でユナトも少しは元気を取り戻したようだ。
「お前も見るか? パンフレット」
「ああ、部活動ね」
ライルはそう言いながらユナトからパンフレットを受け取ると、そのまま私の前の席――リィカちゃんの椅子の向きを変え、向かいに腰掛ける。
ユナトも私の傍を離れ、適当な椅子を持ってきてライルの隣に座った。ああ、ホッとした……。
本来の席の持ち主は怒っているかと一応確認してみれば、壁際に貼りついて「あのユナト様がボクの席に! 身に余る光栄です!」みたいな顔をしていた。男子まで虜にするとはユナト、恐ろしい男……!
「ユナトはどこに入るか決めたの?」
「そうだな……俺はこの中だと乗馬部が気になる」
でしょうねえ。私は訳知り顔で二人の会話に頷く。
「お前は?」
「うーん。僕はまだ決めかねてるけど……フェンシングかアーチェリー」
ちなみにライルの場合は、ゲームだとアーチェリー部に入部していましたね。
乗馬部もアーチェリー部も、マネージャー希望の女子が殺到してゲームでも大変な騒ぎになっていたけど……実はそのすぐ後、ふたりは生徒会と部活を掛け持ちすることになり、あまり部活には顔を出さないようになる。
それをきっかけに、マネージャー候補たちはひとり残らず姿を消し、他の男子部員たちは涙に明け暮れたとか。ああ、世の中って世知辛いです!
「カスティネッタさんは?」
ライルに話を振られ、「そうですわねえ」と私は頬に手を当てた。
「わたくしは、美術部か手芸部が気になっていて」
「あははっ。いいんじゃない?」
あら、そう? と溜飲を下げようかとしたところで思いとどまる。今ナチュラルに笑ってたよね?
それなら、と私は、やたら整った二人の顔をキッと睨んだ。
「……お二人はわたくしにはどんな部活が向いていると思います?」
「だから園芸部だ」
コイツはどれだけ私に園芸させたいんだ?
私がユナトに密かに歯軋りする間に、ライルがパンフレットをぺらっと捲る。
「そうだなあ……カスティネッタさんはきれいな声をしてるから、声楽部とかいいんじゃない?」
おお! それは名案かも! 私はライルの提案に目を輝かせた。
前世でもひとカラだけは上級者だったし、歌はそんなに下手じゃないと思う。
そうだ、それに――
「わたくしのクラスにも、声楽部に入部予定の男子生徒が何人か居ましたわ! これはクラスメイトと仲良くなるチャンスですわね!」
「…………男子?」
何となく、ユナトの声が一段と低く聞こえた。
驚いて目を向けると、ユナトはほぼ睨むような剣呑な目つきで、ライルは笑顔のまま、私のことをジッと見つめている。
……え? なに? 怖いんだけど。
「声楽部はやめろ」
「は? 何でです?」
「そうだね。よくよく考えると大勢の前で声を上げて歌うのは、貴族の令嬢らしくないかもしれないよね」
え、ユナトのみならずライルまでどうしたの? さっきは声楽部が向いてるって言ってたのに。
「やはり園芸部だな。女子だらけだろうし」
「うん。園芸部がいいかもしれない」
ユナトとライルが私を放置してうんうん、と頷き合った。
私はそんな仲良したちを見遣って、心の中で固く誓う。
……そこまで言うなら、私は意地でも園芸部には入りませんからね!




