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花殺しの罪  作者: 菊嶋聖
第1章 ある冬の日
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淡い紫色の髪を無造作に風に泳がせ、凛と強い光を纏う眼を据えて、美々しく館内を歩いている少年────名はスズラン・サザナミと言う────は、誰かに声をかけられたのを感じ、その方を向いた。すると、そこに居たのは太陽に反射して薄く煌めく、茶色の毛をした少年だった。

長めの髪を片側に結え、少し落ちていた眼鏡を指で軽く押し上げ、少年は陽気に笑う。


「やあ、スズラン。今日も綺麗だねぇ」

「………その口を縫ってやろうか、ミエル。俺は綺麗だの可愛いだの、美少女扱いされるのがこの世で一番嫌いなんだ」

「それは困る!口が無いと、女の子たちを口説けないからね!」

「やっぱ縫った方がいいぞ。世の女のためだ」

「酷いなぁ!僕はいつだって誠実だよ?ちゃぁんと、好きになってから口説く。軽い気持ちなんかじゃぶつかっていかないんだからな」


そう言って口を尖らせる茶髪の少年────名はミエル・クロードと言う────は、ガラス玉を埋め込んだ翠色の瞳を見開いた。笑ったりいじけたり、表情が硬いスズランとは違って表情豊かなミエルは、何に反応するにも少し大袈裟な表現をする。

それが1世代前に流行っていたという異国のポップなレトロアニメのようで、スズランはついつい笑みを溢してしまった。それを見て、ミエルは浅く息を吐いた。


「やっと笑ったな」

「え?」

「話しかけるまでお前、目だけで人を殺せそうなくらい顔が怖かったぞ」

「元々こういう顔の作りなんだ」

「馬鹿、何年一緒にやってると思ってんの。それに、昔から人の顔色伺うのは得意なんだ」

「やな特技」

「うっせ」


小話をしながら、2つの足音が廊下を歩いていく。和やかで小気味いい会話とは相反して、館内は冷たく静かであった。それもそのはず、2人が居るこの場所は帝国軍が所有する館という、帝国軍駐在地の1つである。彼らが所属する国、アトラス帝国は五国の中でも最初に軍を敷いたことで知られており、その伝統は長く重たい。


そもそも、五国というのは、この大陸を5つに分断する国それぞれをまとめた総称である。

貿易や流通の中間点として豊かに栄えた反面、軍隊など古くからのしきたりを守る、理想郷『アトラス帝国』。目には見えざるものを信仰する、緑豊かな幻想郷『ノーツ・ジェルヘラ城塞都市』。独自の文化を持ち、あまり他国に関与せず政治を行う独裁郷『ランスアンデ王国』。自由奔放な雰囲気と陽気な民が集う、眠らない国『モモヤ・ヨルデン共和国』。そして、国としての機能も政治も存在しないが、各地区にある暗黙のルールで静かに縛られたスラム街の国『アップル・ジャム』。


この五国は時に助け合い、時に手放し合う。微妙な関係を保ったまま、気が遠くなるような年月を重ねてきたのだ。


そして彼らがいる白いコンクリートの建物は、アトラス帝国が誇る帝国軍の所有する、4つの館の1つである。傷も汚れひとつもない純白の外装から、『無垢の館』と呼ばれている。それぞれ国の東西南北に置かれており、無垢の館があるのは、人間が暮らすには厳しい環境の土地が多い北の領土である。


中に軍人や軍備を持っているとはいえ、立派なバルコニーや煌びやかな大会場を擁するこの館は、4つの館の中でも一番美しく、ここで努めたい軍人は多い。だが、実際北の領土を任されている軍人たちに、そんな感覚を持つ人間はいない。それは、一歩踏み出せば命を晒すのと同じである、という北の領土の厳しい特性がそうさせている。

というのも、アトラス帝国の北側の土地は殆どが年中雪が積もる。加えて、生息している動物も極寒の地に合わせた凶暴的な進化を遂げている。ゆえに、人類が暮らすにはかなり悪条件なのだ。


ふと、スズランは廊下の窓から外を見た。ここには四季はなく、いつ見ても真っ白な雪が視界を奪う。柔らかな光に当たると綺麗だと、どこか儚く見える雪も、北の領土ではただの怪物である。何もかもを飲み込む、白い怒号であった。


それでも、スズランにとって雪は馴染み深い。彼の思い出には、いつも雪が降っていたからだ。彼が今、軍人として帝国の手足の一部になっていること。スズランにとって、家族のような存在の人間と見に行った景色。様々なところに、真っ白な雪があった。


「相変わらずの雪だね」


スズランの目線に気づいていたミエルが、雪より静かに声を降らせた。しんしんとしたその声にああ、と相槌を打ちながら、スズランは終わらない雪に自分を重ねてため息をついた。


「もう、正直見飽きたよ」


スズランは、北の土地から足を踏み出したことがないので、青空も、それに溶けそうなほど薄く柔らかい雲も肉眼で見たことが無い。

それよりも、太陽に反射して目を刺す雪。戦闘が始まり、生と死を紡ぐように血で真っ赤に染まる雪。そればかりが彼の中にはある。


彼は時々思う。

自身の足が埋まっているのは窮屈な世界だと。

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