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捨てられ紅玉姫と蒼玉王子  作者: 口十 栂乃
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毎日花が飾られる華やかで清潔な部屋に、あたたかくて柔らかい最高級品とわかる寝具、毎食ごとに趣向が凝らされている美味しいごはん、くるくるとよく働きながらたくさん語りかけてくれる侍女。時折贈り物をくれる、青い瞳の人。

これまでの日々が嘘だったかのような生活が続いていた。

何度夢かと思ったことか。けれど、あの単調な日々の中では美味しいごはんやきれいなお花なんて考えつけるわけもなく。その事実がレティーツィアの新しい日常が夢ではないことを表していた。


目まぐるしく変わってゆく世界に、はじめはただ呆然とするしかなかった。

体が動かなかったり、意識がボーッとしていたというのもある。けれど、次第に体も頭も動かせるようになっていく中で、自分がどう振る舞ったらいいのかが分からず、途方に暮れていた。

言葉をかけられても、どう答えたらいいのか、そもそも答えていいのかも分からず、ただ与えられるがままの日々。

それを、変えてもいいのか、レティーツィアにはわからなかった。


そんなレティーツィアに転機が訪れたのはある日の朝。アンナと名乗る侍女が髪を結ってくれていたときだ。

少し前から、何かとレティーツィアに話しかけたりしていた彼女。いつもどう答えていいのか分からず、ただ聞くだけだった言葉たち。

その日、アンナが優しく語りながら見せてきたのは、きれいな2つのリボンだった。

艶のある美しい青色のリボンと、光を集めているかのようにキラキラと煌く銀のリボン。

どちらも美しかったが、レティーツィアが心惹かれたのはーー

ーーこの色、あの人の瞳の色だわ。

そう、思うと同時に、レティーツィア自身も気づかぬまま手が動いていた。


最近ようやくものを握れるようになってきた指が指していたのは青のリボン。

自分の指が、そっと青いリボンに触れていることに内心で慌てながらアンナを見上げる。

彼女の表情に浮かんでいたのは、喜びの表情だった。

いつもの何倍も嬉しそうに話しかけながら、きれいに髪を結ってくれた彼女の様子を見て、ようやくレティーツィアは悟った。

ーー私が、意思表示をすることをこの人は待っていて入れたのか、と。

私からも見えるように、わざわざ髪をサイドで結い直してくれたアンナ。

そのおかげで、その日一日、視界にひらりと青のリボンの端にこころがふわりとあたたかくなったのだった。



それからは、なるべく彼女の声に応じるようにした。

けれど、やはりまだ”選ぶ”ことは怖い。選んだことによって、いつかまたあの前のような生活に戻るのではないかという恐れがあった。

それでも、少しずつ変わろうとしていたのは。

青い瞳のあの人のため。


青いリボンを選んだと聞いたのだろう、リボンを初めて選んだ日からそう時間を開けずにきれいな青いワンピースがクローゼットに届けられた。

送り主はきっと、同じ青を瞳にもつあの人。

彼はどうやらこの国の王子らしい。以前は時折この部屋に来ていてくれていたが、忙しくなったようでしばらく会えていない。

夢で見たときからか、あのひな鳥に餌をやる親鳥のように食事を分け与えられてからか…どうにも、あの青をずっと見ていたいと、そう思うようになった。


またいつか、会えたときに。私は何をすればいいのだろうか。





「殿下がお着きになられたそうですよ。ドアを開けますね?」

こくりとうなずいたレティーツィアを見て、アンナはそっと扉を開けた。


「元気そうだな。まだ痩せすぎの嫌いはあるが。…よくここまで頑張ったな」

入室早々、立って待っていたレティーツィアをソファに座らせ、その隣に腰掛けた王子はそう告げながらレティーツィアの頭をなでた。きょとんとした顔のレティーツィアにふわりと笑いかけたのち、王子手ずから持ってきた土産をソファ前の机に広げる。

「さて、今日はゲームをしよう。今日はこのうちのどれをしようか?読書にチェス、そして最近流行っているカードも在るぞ。」

じっとそれらに視線を写したレティーツィアは、どうやらカードに興味を持ったらしい。きれいな絵が書かれたカードの背をそっと撫でた。

「カードか。それならば…まずはババ抜きをしよう」

ババ抜きを知らなかったのだろうレティーツィアに、ゆっくりとカードの柄を見せながら説明をしていく王子。

その日はアンナもいれて3人でのババ抜きを何度も行った。

最初は王子の一人勝ちだったのが、段々とレティーツィアもカードの差し出し方を覚えたようで最後は勝率が五分五分にまでなっていた。

「殿下もレティーツィア様もお強すぎます…!一度も1位になれなかったっ!」

悔しげにカードを片付けるアンナに、レティーツィアが申し訳無さそうな顔をした。それにいち早く気づいた王子はアンナに素早く目配せをする。

「あっ!あのレティーツィアが悪いわけではないんですよ?!…私の場合、顔に出てしまいやすいのはわかっているので」

「アンナがジョーカーを持ったときはわかりやすいからな」

ふふふ、と王子が笑い、こっちは真剣なのに!笑い事じゃないんです!と最初は真面目そうに告げたアンナも笑っていた。

「…ふふ」

「っ!」

2人の笑いに釣られ、初めて笑みをこぼしたレティーツィアに思わず息をのむ。

控えめに、けれど楽しげに笑う姿はこの世の何よりも美しく見えた。



初めての笑顔に見とれたせいで、笑いが止まった二人に気付いたレティーツィアが何処か困惑げに笑みを消すまでのほんの数瞬の出来事。

それはレティーツィアが心を開きかけていることを表していた。





「今日は君に提案があってね。でも今から話すことは強制じゃない。だから君のやりたいように選ぶんだよ」

今日もまたゲーム農地のどれかをするのかと思っていたら違うようだ。

何度か似たような前置きを話してから、ようやく王子は本題を口にした。


「実は、君にいろいろなことを学んでみないか?と思ってね」

「レティーツィア様に、お勉強…ですか?」

小首をかしげるレティーツィアの代わりのように、アンナが疑問の声をあげる。

「ああ、この頃は体の調子もいいようだし、少し暇を持て余し気味のようだと聞いたから。」

これまで体の調子が戻らず、ずっとベッドの上でまどろみを繰り返していた頃ならいざしらず。この頃歩行もしっかりできるようになり、ご飯も少なめではあるが完食できる程度までに回復したレティーツィアは、はっきり言って暇を持て余していた、と言っていいだろう。

花を眺め、窓から見える中庭を眺め、時折アンナに教えられるままに刺繍をするのみ。


そんな中で、暇つぶしになれば、とゲームをいくつか持ち込んだ王子は、そのときに気がついたことがあった。それはレティーツィアをよく見ていたからこそ気がつけたこと。

ーー字が、読めないのか、ということだ。


6つか7つの教育が本格的に始まる、というタイミングであの塔での幽閉暮らしになっていたレティーツィアのことを思えば当然なのかもしれない。


カードも、数字を認識していると言うよりはかは、似た形の柄としてしか認識していないようだった。

文字を読まねばならないようなゲームを持ってきていなかったことが幸いして、先日は最初から最後まで楽しくゲームをすることができた。

が、これからはどうなる?

今は第二王子という国で有数の有力者が後見人としてなっている。しかし、もし仮にここで王子になにかあったら、一気にレティーツィアの立場は危うくなる。


未だ話すことは無いが様子を見ている限り、こちらの言葉は通じているようであるし、ちゃんと理解もしているようだ。そしてゲームをした日、後半はゲームであまり負けたことのない王子を何度か負かせた。つまり学習能力や思考力はある、それも人並み以上のものが。

それならば、彼女が望むようであれば学びの機械を与えてやりたいと思った。



ゆっくりとでいい、レティーツィアが生きるために必要な知識を学んでいけたら、そう思ってのことだった。

それが事件を引き起こすことになるとは、だれも予想していなかった。

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