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捨てられ紅玉姫と蒼玉王子  作者: 口十 栂乃
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かわりつつあるもの

あの制圧から1年がたった。

この1年の間に、かつて隣国であった国はティゼーレ国の属国となり、現在の王弟が代表となり統治を進めていた。

めまぐるしく進められた政の下地が整ってきたこの頃、国だけでなくもう一つ変化していたものがある。

かつて隣国の第三王女であった姫・・・レティーツィアである。


保護してからはベッドから身を起こすことすら難しいずっと寝たきり状態であったが、この頃は侍女の手を借りて歩行訓練を始めるまでになっていた。

サーブされた食器から、まだ少量では在るが自らの手で食べられるようになった姿を見たときは、その成長につい目頭がすこし熱くなったほどだ。

未だ、しゃべることもできず、能動的に動くことは少ないが。

あの塔に、ひとり打ち捨てられていた少女から、着実に、変化してきていた。



「今日はイアンが持って帰ってきた琥珀をじっと見つめて楽しそうにされていましたよ」

「琥珀?」

「ええ、なんでも先日の訓練で森に入ったときに見つけたんですって。光に透かすとキラキラしてきれいですよ、って渡したら、今日はずっと琥珀を手に持ってらっしゃって。女の子ですものね。きれいなものがお好きなのかしら?」

属国の統治にあたっての事務処理や国内の貴族の動きの書類業務に忙殺される日が続き、なかなかレティーツィア姫の元にいけなくなった頃から、世話役としてつけた侍女にその日のレティーツィア姫の様子を聞くことが日課になってきた。

「・・・なにか、足りないものはるか?」

「用意いただいたものに不足はございません。・・・もっとわがままを言っていただきたいくらいなんですけど・・・なにも欲しがらない方、なので・・・」

レティーツィア姫の世話役としてつけた彼女は、名をアンナという。近衛騎士であるイアンの幼馴染の子爵家令嬢である。溌剌とした芯の通った彼女は、王子である私に変に謙ったり媚びたりすることなく真面目に仕事をしてくれるので助かっていた。

「・・・そう、か。あと少しでこの仕事も一段落つく。一度様子を見に行こうと思っている」

「!それはよかったです!レティーツィア様はどうやら、殿下にお会いすることを望んでおられるようなので」

「そう、なのか?」

「ええ、お話したわけではないのではっきりとはわかりませんが。時折殿下が使われる扉を眺めてらっしゃいますよ。一度、最近はお急がしそうなのです、とお伝えしたときはしょんぼりしてらしたから」

「・・・初耳だが」

「初めて言いましたので。それに殿下の元に報告をするようになる前のことでしたから」

「随分前のことではないか!」

「ええ、ですのでお早めにお仕事終わらせてくださいね」

「・・・努力しよう」


第二王子であるアーノルド殿下の執務室を後にする。

もう日付が変わろうかという時間にもかかわらず、まだ未処理と思しき書類の山があった机を思い出す。毎日こんなに夜遅くまで執務室にこもりっきりになるほど忙しい方。それでも、なるべく時間を作ってはレティーツィア姫へ贈り物を手配していることを知っている。

ベッドから動けなかった頃は、目だけでも楽しめるようにと高名な画家の絵を部屋に飾り。姫がベッドで身を起こせるようになった頃には肩にかけられるようなショールを、歩く練習をはじめる頃には最上級の室内履きを贈っていた。今まで婚約者候補ができたときも義務として豆に贈り物をこなす方ではあったが、ここまで心を砕いたものはなかったのではないだろうか。

アンナは侍女として、かつて第二王子の婚約者になった令嬢のもとで働いていたことがあった。貴族女性間で流行っているお菓子に花に当たり障りのないカード、美しいと評判の飾り細工が施された小物。婚約者への贈り物として当たり障りのないものばかりだった。

「・・・唯一、なのかしら?」

この国の王族には、なにがしかの”唯一”が在るらしい。それは人であったり物であったり生き様であったりするようであるが。それによって第二王子以外はたしかにそれぞれが模範的な王族の枠から外れたことをしている。

国を大事に考えながら”唯一”を手に入れようと足掻いてきた彼らに、国民は好意的だ。自らのことしか考えず、国を荒らし続けた王族がいた隣国という存在のことは誰の記憶にも新しい。属国化されたにもかかわらず、かつて隣国の民であった者たちの多くがすでにティゼーレ国に忠誠を誓う。それだけでも王族が国を思って動いてくれるということがどれだけ得難いことなのかがわかる。

だからこそ、この国の民は、この国の王族の幸せを願っている。

第一王子に第三王子、第一王女はすでに自らの”唯一”をみつけて歩んでいる。

あとは、アンナの今の雇い主であるアーノルド第二王子のみ。

子爵令嬢としてはありえない気安さで接することを許し、気を配ってくれる主のことをアンナは気に入っている。


それに、今仕えている主も、アンナはとっても気に入っているのだ。

さらりとした透き通るような銀髪に、この世のどんな紅玉よりも紅く赤い神秘的な瞳。日差しを知らない雪のように白い肌に、形の良い花と唇。ドールかと見まごうほどに美しい少女。初めて会ったときから、日に日に美しさを増していくレティーツィア姫のお世話は、元来お世話好きでかわいい物好きなアンナにとっては天職だった。


貴族令嬢にはつきものであるわがままや傲慢さもなく、穢れを知らない無垢な少女。それがレティーツィア姫に対しての感想だ。

欲を知らず、何かを願うこと無く、与えられるままに生きる様は人形そのものとも言えたが。

けれど。あのベッドで眠り続けるだけだった頃に比べ、どんどんと人らしくなっていく姫を見守ることが、何よりも楽しかった。

どうやら甘いものが好きらしいレティーツィアに、作ったお菓子渡したとき、初めて目を細めて嬉しそうにした彼女を見て。この方の幸せを祈りたいと思ったのだった。


最初は、まどろみの間、ただぼう・・・と景色を眺めるだけだったものが、窓辺に飾っている花に視線を動かすようになり、自ら動けるようになった。

のどが渇いたと自分で水差しから水を飲めるようになったときは感動したものだ。

『いまの姫は自我を失わさせられているようだ。自ら動くことになれていない。故に、しばらくはこちらから与え続ける…はやく、自らしたいことを意思表示できるようになったならばいいのだが』

そう話しながら、瞳に憂いを載せていた第二王子。

いち早く姫の現場に気がついた人。


それからだ、自分が何をしたいか、何をして生きるものなのかを忘れてしまったかつての姫君に語りかけながら世話をするようになったのは。

「今日は庭師に聞いて朝一番キレイに花開いたバラを頂いてきたんです。レティーツィア様はこの色お好きですか?」

「今日は夏至の日なので瓜をたくさん使った料理が並んでますよ。気に入ったお味はあるかしら?」

「レティーツィア様は物語はお好き?今日はこの本を朗読しますね」

「今日は料理長がレティーツィア様に、と栄養たっぷりのご飯を作ってくれましたよ!味見させてえもらったんですけどどれも美味しかったです!」

そう語りかけながら、いつかレティーツィアからの返事が帰ってくることを待ち望んでいた。




そうして毎日を積み重ねていたから、それは必然の変化だったと言えよう。

アーノルド王子の細やかな気遣いと、アンナの献身的な看護、医師や料理人達による体へのサポート。これらは人としての生き方をレティーツィアに思い出させるには十分だった。


「おはようございます、レティーツィア様。今日のお召し物はこちらにいたしましょう。…髪の毛は・・・リボンでまとめましょうか」

アンナがいつもどおり話しかけながら部屋のカーテンを開け、そしてレティーツィアを寝間着から普段着のワンピースへ着替えさせる。その後、アンナはドレッサーの前にレティーツィアを座らせ、長い銀髪をどうまとめようか悩んでいた。

「今日のワンピースは水色ですし…こちらの青いリボンと銀糸のリボンどちらがいいかしら…どちらがいいと思いますか?」

そう言って2つのリボンを手にとって、レティーツィアに見せるように差し出した。返事を期待していないといえば嘘になるが、少しでも毎日話しかけようとする一環だった。だから、レティーツィアに見せた後は結びやすそうな質感だった銀のリボンを使おうかと思っていたアンナは、そっと動いた指に驚いた。

未だに骨が目立つほっそりとした腕。その先の指は青いリボンをそっと指していた。


「っ!レティーツィア様!……ええ!ええ!わかりました!この青色のおリボンですね!このアンナ、レティーツィアさまの御髪がきれいに見えるよう張り切って結わせていただきますね!!」

つい、涙ぐみそうになる涙腺を叱咤しながら、いつもよりもたくさん話しかけつつ髪をまとめていく。

レティーツィアが初めて示した自己だった。

そのはじめてを大切にしたくて、レティーツィアからもよく見えるよう、青色のリボンを結んだ。



それから。少しづつ、レティーツィアは自らで選ぶ。ということができるようになってきた。

今までのようにアンナがすべての用意や選択をするという日常から代わりつつあった。ゆっくり、ゆっくり選ぶ彼女のペースに合わせて、アンナは静かに待つようになった。じっと差し出された者たちを見ながら、どちらにしようかと小首をかしげながら考える可愛さに毎回悶絶していたとも言うが。


まだしゃべることはない、けれど、段々と表情がやわらかくなってきたように思う。

そして、変化はもう一つ。


「レティーツィア様、今日は殿下がいらっしゃる日ですよ。」

朝食のたまごサンドを食べるレティーツィアにそう告げた途端に、ぱっとその場が明るくなったように錯覚した。

つい、とたまごサンドからアンナに視線を移したその瞳は、キラキラと輝いているように見えた。

笑顔かと言われれば、まだ表情は硬い。が、紛れもなく彼女が喜んでいるのだとわかるような、そんな瞳の変化。

「今日は何を持ってきてくださるんでしょうか?とても楽しみですね」

アンナの言葉に、コクリとうなずくレティーツィア。

その姿が愛おしく思えて、いつもより入念にレティーツィアの支度を整えるアンナだった。



更新がなかなかできず・・・今後の展開が難産になりそうな予感がします。

ゆっくり楽しんで頂けたら嬉しいです

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