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捨てられ紅玉姫と蒼玉王子  作者: 口十 栂乃
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イアン視点

私は近衛騎士団第二師団に所属しているイアン・フィーブルだ。

フィーブル子爵家の三男として生をうけた。私の主はただ一人。アーノルド・ティゼーレ。このティゼーレ国の第二王子であらせられるお方だ。


我が主との出会いは7年ほど前にさかのぼる。


騎士になってしばらくたった頃、騎士団内で貴族や平民同士の身分差による争いが起きた。

騎士階級は貴族のみならず平民にも門が開かれた場所だ。騎士の誇りを持ち、この国を守らんとするものは誰でもなれる。そういう建前がある騎士団だが、依然として貴族出身の騎士は何かと優遇されるのだ。それは当時の騎士団長が貴族出身の純血主義車であったことが原因であった。

それに納得出来ず。度重なる不平等な扱いに声を上げた平民出身のものと、貴族階級に特別意識を持っているものとが喧嘩になったのだ。

その時私は貴族出身では会ったが、実家が貴族主義ではなかったことや、当時から訳合って平民のような暮らしをしていたのもあったことからどちらかと言うと平民側に立っていた。

確かに、本来なら持ち回りで回すはずの備品の管理や雑用をすべて平民出身者に押し付けたり、食堂の仕様を不当に制限したりなど目に余る行いも会った。

しかし、騎士団内のトップがそれらの行いを見逃していたからこそ、その三条は出来上がっていたのだ。閉じられた組織の中、誰に話しても状況改善がなされずに、たまり続けていた鬱憤を爆発させた結果が、目の前で繰り広げられている乱闘だった。


それを沈めたのは当時20そこそこだった第二王子であった。

ちょうど騎士団の横を通りすがった際に乱闘に気が付き、駆けつけたのだそうだ。

行動内で大暴れする騎士たちを一瞥すると、一切の躊躇なくその中に入ったかと思えば…目にも留まらぬ早業ですべての者達を地に沈め、そして言ったのだ。

「騎士同士で牙を向き合うような無能はいらない。いつこちらに牙を向くかわからんからな。それにこのような自体を引き起こした原因を作り出したものもだ。沙汰は追って言い渡す。自らの行いを省みることだな」

と。

その後第二王子お抱えの近衛騎士達によって場の聞き取り調査が行われ、いつのまにか当時の騎士団長と、機器として差別に加担していたものたちが除籍させられていた。

行動の速さや判断力、そしてあの仲裁の際に見せつけられた人を従えるカリスマ性…そういったところに惚れ込んだ。その後は鍛錬に励み、そして騎士団での成果を認められて第二王子付きの近衛騎士になったのだ。


あこがれから近衛騎士になってしばらくしてから、より自らの主の素晴らしさを実感する日々だった。

しかし、そんな日々の中で気になることが在った。

主が、心の底からの笑顔を浮かべているところを見たことがない、ということに。

確かに騎士として仕えている以上、第2王子としての責務を果たしている場面での仕事が多い。それでも、来客後や、寝る前の自室に一人いるときなど…無防備な、自らの素を出すものだ。それが、無いのだ。

いつでも完璧な王子として振る舞うかの方の、心の安寧は何処にあるのだろうかと。

それをずっと心配していた。

王とは、王族とは、きっと私が知ることも出来ないような重圧と重責、そして深い孤独のなかに立ち続けなければならないものだろう。


だからこそ、第一王子は国に抗い自らの唯一を隣に立たせる道を選び、王族の孤独と不自由を厭うた元第三王子は王籍を返上した。

どちらの王子も、自らの望みを手に入れるために奮闘し、そして勝ち取った。

けれど、我が主にそれだけの”欲”を見出したことはない。政務や職務を淡々とこなし、滅私奉公という言葉の見本としか言いようがない生活は、…なんとも、哀れにも思えるのだ。こんなことは公に口には出せないが。責任感の強いお人であるから、きっと他の王子の分まで務めを果たさねばと思われているのだろう。けれど、彼の人に守られる民の一人としては、主君には幸せになっていただきたいのだ。


アーノルド王子は、きっと自分を犠牲にすることに頓着しないお人だ。自分の時間を削りに削って、そうして民の生活を、この国の行く末を守ろうとするお方だ。

けれど、それを一人で行うには、あまりにもさびしいではないか。

ゆえに、王子の伴侶はそれを知った上で寄り添うことができるあたたかい人であったらいいのに、と一介の騎士にすぎない私は思う。


アーノルド第二王子。完璧な王子。理想の主君。

そうした身分や上辺と、かの方の美貌によりつく虫は多い。

それではだめだ。

かの方を理解した察しの良い令嬢は、私には覚悟が足りない、と隣ではなく、下で支えることを選択する。

そうして今日も、かの方は一人だ。




そんな日々がいつまで続くのかと思っていたら、ある日転機が訪れた。

欲に溺れた王族により国は荒れ、民が苦しんでいた隣国。その制圧の日。王子に付き添って向かった古めかしい石造りの塔。

そこに居たのは姫とも、もはや人間とも判別がつかないほどにやつれた少女だった。

少女を発見してから、殿下自らが衣服をかけ、横抱きに抱え…自国まで連れ帰った。

そして回復するまで甲斐甲斐しく世話をしているのだ。自らの宮に特別な部屋まで作って。

これまでひたすら執務をこなすだけだった殿下が、時間を見つけてはこっそりと、かつて姫であった少女の様子を眺めに行く。

これまで何を言っても休憩を挟まなかった第二王子の変わりように皆が首を傾げつつ、良い傾向だと笑う。


今日は、目覚めていたのだ、とぽつりとこぼした際に、初めてみた表情。

目をすこしだけ細めたその表情は、私が七年お使えしてきた中ではじめてみた”微笑み”だった。


そこでようやく、殿下が他人に義務以外で触れ合おうとしているのはあの姫だけだと気がついた。

それが、殿下のどんな感情によるのかはわからない。

けれど。

私には、あの細められた瞳に愛しさのようなものを感じたのだ。


彼女なら、この方の唯一になれるのやもしれない。

そう思う反面、あの塔で見た様子も忘れられない。

未だに、あの少女があのような扱いをされていたのかの調べはついておらず。そして、いまだにしゃべることの出来ない少女から、話を直接聞くことも出来ず。


もやもやとした思いを抱えたまま、ついに聞いてしまった。

なぜ姫に構うのか、と。

その返事から、殿下が自身の気持ちにとても鈍感であることに驚いた。

守りたい、と口にした瞬間のあの柔らかい表情といったら!この方は、こんな表情もできるのかという不敬な感想しか出てこない。

けれど、我が主はそれ気づいておられない。

だから、わざと汚した言葉を殿下にかけた。予想以上の威圧を受けたことに、体は思わず冷や汗をかくが…逆に言えば、それだけ思っている、ということ。


はやく、気がついて欲しい。そう思った。


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