◆MISSION2◆ 仕事の手伝いをしよう!
「もうダメだっ! 世界の終わりだぁ~~!」
と、マシロがパソコンに突っ伏したのは、春の嵐が吹き荒れる夜。日曜の二十三時だった。
グリムはその直前まで、文字通りマシロの尻に敷かれ、布団でうとうとしていた。
ヘン? そんなことはない。この部屋においてパソコン台(世間ではシュレッダーという)は布団のすぐ横にあるので、パソコンがしたいマシロが自然そこに腰を下ろすのは、この世で火が熱いということぐらい当たり前のことである。
「なにがダメなんだよ……」
枕にうつぶせた頭から、眠そうな声がそう訊ねた。
グリムは怪人であるので、厳密に寝る必要はない。だが、習慣とは恐ろしいもので、ヒトに合わせて生活するうち彼は寝るのにすっかり慣れた。起きすぎていると眠くなるし、なるたけ〇時前には寝たい、などと希望する有様だ。
おまけに、今は具合がいい。窓の外から適度にうるさい雨音が聞こえていて、入眠にはうってつけの環境が整っている。
「明日の会議で提出する、企画が思いつかないの……」
「きかく……」
「ああ、こうなることはわかってたのに、土曜に遊びすぎたんだ!
どうしよう、まだペーペーなのにろくな提案もないんじゃヤバいよ。
このままじゃ……、私は無謀・無計画・無責任のスリーMオンナだよ、グリム……!」
腰の上で喚くマシロに、グリムはぼんやり思い出す。
マシロは土曜、と言ったが、今は日曜の夜中である。つまり仕事をしなかったのは、土曜日曜両日のはずだ。だが、グリムはそれを言わずに、ベストなかける言葉を探した。
「……今日やりゃよかったのに」
しかし、人間社会歴四年の彼には無理だった。
「過去のことを言うのはやめろ~!」
「うっ」
グリムの腰の上で、マシロがドシンと飛び跳ねた。
「八つ当たりはよせ。午後まで寝てたのは誰だ?」
「肌寒い日の布団とグリムが魔性すぎるのが悪い」
「意志の弱いおまえが悪い」
「…………」
マシロは黙り込んだ。寝たのか? と思うほどに長い静寂のあと、
「私が仕事をクビになったら、もうグリムを養えないね……」
「……何を考えればいいんだ」
グリムは顔を上げた。もたれてくるマシロをどかして、横に座ってパソコンを覗く。
「新しいオモチャ。ゲームありきでもいいし、仕組みの面白さでもいいし、とにかく【考えてきた感】が上司に見える何かがほしいね……」
「オモチャか……」
グリムはうなった。地球の娯楽をこよなく愛したルゥルゥならばいざ知らず、自分はせいぜい料理と家事をかじっただけの兵器である。
そもそも、【遊ぶ】という行為自体、グリムはあまり得手ではないのだ。
たとえば昨日、マシロは丸一日かけてドデカい《ぱずる》を組み立てていた。グリムも手伝ったが、いったいなぜ、バラバラの絵を組む必要があるのか? 完成形が観たいなら、箱に答えが描いてあるのに……と、そればかりが気になって、楽しい要素はわからなかった。
しかも解せないのは、それだけ長い時間をかけて完成させたその《ぱずる》を、夜中マシロがあっさりと「片づけよ~!」と破壊したことだ。
「人間の感覚は、おれには難しいからな……」
「あ・あ~、でもね。私がいる部署、男児玩具がメインなので。
生まれて四年のグリムには通じるものがあるんじゃないかな? ……いや四歳は幼児か……?」
マシロはしばらく虚空を見たあと、おもむろに首を横に振った。
「いや、こんなのよくないねやっぱ……。
これは私の自業自得。寝すぎたのは意志の弱きゆえ。
宇宙生物考案の新感覚オモチャ! なんて奇跡に頼ろうとするなんて……」
そんなことを言いながら、マシロは首をゴキリと鳴らした。そして、そのまま流れるような動作で、床のリモコンに手を伸ばす。
「……おい。どうしてテレビをつけようとする?」
「このままいても捗らないから、録画してたコズフォでも観て気分転換しようかなって」
「会社に行くまで、あと八時間だぞ」
「ぎゃっ!」
耳を塞いだマシロの手から、リモコンをそっと取り上げる。
パソコンの画面は真っ白で、【コレクション】【バトル】【やすい】などの単語がただ並ぶだけだ。グリムは息をついたあと、あぐらをかいて居直る。
「しかたない。これは、おれが考えた遊びだが……」
途端、マシロがぱっと顔を上げる。グリムは床に落ちていたマシロのノートを一枚破ると、指でちぎって形を作る。
「紙をこう、ヒトのような形にしてだな……真ん中で折る。
と、置いても立つようになるだろ」
「うんうん」
「これは戦士だ。二つ同じのを作って、向かい合わせて立たせる。
これを何か台の上に……、振動が伝わりやすいように、箱の上がいいかもな。そこに戦士を置く」
「うん……、続けて?」
マシロが目を輝かせてうなずく。グリムは、紙の人形を台の上に置いた。
「あとは簡単だ。試合開始の合図と同時に、台の両側を……指で叩く!」
言葉の通りに実演する。紙の人形はぶつかりあって、やがて片方がはらりと倒れた。
「こうして、競い合って遊ぶ。先に倒れた方が負けだ。
紙の大きさや厚さを変えれば、戦略もいろいろ増える」
「う~ん……」
マシロは顎に手を当てて、グリムの視線をたっぷり受けたあと、
「いいね。シンプルで誰にでも作れるし、老若男女関係なく参加できるゲームだし」
「ホントか?」
「うん。でももう一つ魅力があると……、あ、そうだ。顔描いてみようよ。グリム描いて、ほら」
ペンをサッと差しだされ、グリムは言われるままに描いた。
人形は二つあったので、マシロと自分に似せて描く。丸い目の笑顔のヒトと、牙の生えた釣り目の怪物。それを見たマシロは、輝くほどの笑顔を浮かべた。
「私とグリム? かわいい!」
そして、二つの人形をそっと手のひらに乗せて、
「うんうん。実はまあこういう遊びは古くから日本にあるし、これの発展形のオモチャはたくさん世に出てるけど……、ようするにいつの時代も愛されるベースは同じで、それを無意識のうちに会得してるグリム、スゴイよ」
流れるように言いながら、いそいそと人形を手帳に挟む。グリムはしばらく、言葉の意味を吟味していたようだったが、やがて低い声で、
「……あるのか? すでに、こういうのが……。ならなぜ描かせた? 顔を……」
マシロは、笑いをかみ殺すような微妙な笑顔を浮かべた。複雑な想いが胸をよぎるが、とにかく今のは不採用だ。グリムは改めて思考を巡らし、一本の輪ゴムを取り出した。
「じゃあ、こんなのはどうだ? 二本の指に輪ゴムをかけて、こう……ビー玉でも、ボトルのキャップでもを乗せて引っぱるんだ。そして、目標となる物めがけて……撃つ!」
ぴゅーんと飛んでいくように、キャップが床を滑っていく。グリムがどうだとマシロを見ると、彼女はまたしても複雑な顔で、
「いいね。テクニカルな遊びって、すごく研究しがいがあるんだよ。力もいらないし、誰でもヒーローになれるところが良いテーマだと思うなホント」
「……」
グリムは、視線をそらしたマシロを見つめた。
「あるんだな? これも、もう……」
うつむいたまま震えるマシロを、覗きこむようにかがむ。
「あるんだな……?」
その後、どう見ても笑いをこらえている家主に輪ゴムを弾いて、グリムは布団に寝転がった。マシロは結局テレビをつけ、例の戦隊ドラマをうつろな顔で眺めていたが、
「そういえば……、こういうドラマの悪役って、最後にだいたい巨大化するよね」
眠そうな声でそう呟く。日付は、すでに月曜に変わっていた。
「あのさ~、水に入れるとブクブク膨らむ、そういうオモチャがあるんだよね。
あれでこ~ゆ~悪役のフィギュアを作ったらどうかな……。劇中の演出再現! って銘打つ感じで……ダメかな……」
語尾はどんどん元気をなくし、外の雨音に負けていく。それでも、マシロはブツブツ言った。
「ま~、こどもはヒーローしか欲しがらんとか、そんな精巧なデザインは無理とか、どうせケチはつくだろうけど、一案としてはまあ……なくは……」
「……ましろ、寝るな」
グリムの爪につつかれて、マシロはハッと顔を上げた。時を越えてきたばかりのタイムトラベラーのごとく、キョロキョロあたりを見回したあと、また夢心地の様子で言う。
「そ~いえばさぁ。グリムたちって怪人だけど、巨大化とかしなかったよね。私たち、巨大ロボとか持ってないし、それは助かったけどぉ~……」
「別に、なろうと思えばなれたはずだが。形や大きさ……器の部分を変えることは、おれたちボーグの戦士にとってはそれほど大したことじゃない。
まあ、おれは練習もしていないし、得意ではないだろうだが……、ルゥルゥやバッツは以前から、人間に化けたりしてただろう」
「あぁ~……」
うなずいたのか船をこいだのか、マシロの首がガクッと垂れる。再び脇腹をつつくと、
「うっ……じゃあ、巨大化もできるのぉ? グリム」
マシロは、ふわふわと訊ねた。
グリムは、むくりと起き上がる。このまま仕事をせずに眠れば、朝、マシロは絶望するに違いない。ならば、苦手ではあるが、ここで一芸披露して目を覚まさせてやるのもいいだろう。
「ああ、やって見せてやる」
グリムは目を閉じると、全身の細胞に強く語りかけた。
大きくなれ。大きくなれ! マシロが驚くぐらいに!
ギュンッ! ガッ! パリーン!
三つの音と振動が、部屋に鳴り響いたあと、
「ぎゃあーっ!?」
マシロが明瞭な悲鳴を上げた。それは、うつらうつらしていたところに、急に冷たい雨水を浴びせられた叫びであった。
「なっ? あっ? グリム……腕が!」
完全に覚醒したマシロが、グリムを驚愕の視線で射抜く。そこには、ああ無残……、
左腕だけが巨大化し、窓を割り貫いている赤い怪人の姿があった。
「し……失敗した。おれは想像が苦手なせいで……」
びゅうびゅう吹き込む雨に紛れ、その声はよく聞こえなかった。
これは万物の摂理だが、壊れたものは戻らない。大穴の開いた窓を前に、二人は混乱に陥った。
「う、腕がー! 腕だけすごく大きい!」
「おちつけましろ、これはすぐに戻せる……ほら! それより、窓を塞ぐものを……あ! パソコンを守れましろ!」
「ぎゃっ! これ壊れたらホントまずい! ていうか塞ぐもの……段ボールとか!?」
「ダン……昨日捨てたな」
「おわった……」
部屋干しの洗濯物が、暖かい布団が、雨風を受けて濡れていく。マシロも髪をビショビショにして一瞬放心していたが、
「あっ……、そうだ!」
パッと希望を見たように、グリムに笑顔を向けた。
三時間後。
「で~きた! 大事な大事な、企画書~!」
マシロが万歳するさまを、グリムは見下ろしていた。まだ嵐は収まっていない。六畳の部屋には今、適度に巨大化したグリムが、みっちりと詰まっている。
「背中が冷たい……」
「嵐長いね、ごめんね」
グリムの大きな足の間から、マシロがこちらを見上げて言う。
マシロの提案により、自らの身体でもって窓を塞いでいた彼は、だが、いつもより大きな手でマシロの小さな頭に触れた。
「もう夜が明けちまうぞ。起こしてやるから、少し寝ろ」
「んん……」
マシロは猫か何かのように、グリムの指にすり寄った。何かむにゃむにゃしゃべっていたが、すでに限界だったのか、それはすぐに寝息に変わった。
膝の上で転がるマシロを、覆うように手で包む。その温もりを感じながら、グリムはフッと息を吐いた。
「今日は寝損ねたな」
そして、どうしても無視はできない、背中を打つ冷や水を思い、
「変身、少しは練習するか……」
朝が来るまで、もう少し。
天気予報では、今朝は太陽が出るらしい。雨がやんだら、マシロを布団でくるんで朝食を作ろう。弁当には、甘い卵焼きを作る。
会議が終わったあと、疲れたマシロがうれしいように……。
そんなことを思いつつ、朝を待つ胸は暖かかった。
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