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◆閑話の0◆ ハジマリの記憶


 おれの故郷に、花はなかった。

 なぜなら、おれの誕生と同時に、そこは草一本も生えぬ、燃える焦土と化したからだ。


 おれに、母はいなかった。

 なぜなら、おれは、【惑星を滅ぼす者】……ボーグの魔力を受けた炎のひとかけらから作られたからだ。


 そう。その行為は、birthというよりもcraft。

 小さな炎がこねられ、形どり、じょじょに受肉していく感覚。【おれ】に意識が芽生えた瞬間。あの得も言われぬ気色悪さを、おれは今でも夢に見る。


 酸素を燃やして躍る身体が、急にズシリと重くなり、宙から地面に縫いつけられた。膝をついた大地からは、ひどい臭気と煙が上る。できたばかりの肉体に、硬い小石が刺さって……【いたい】。


そうだ。そのとき、おれはいろいろな感覚(こと)を知った。痛み。吐き気。そして怒り。全身が内側から殴られ、沸騰する湯水のように激しく隆起・収縮して、おれの肉体を作りあげた。


 おれの誕生に、祝福はなかった。

 なぜなら───、


「おはよう、【グリム】。きみは炎だ。滅びの風だ。

 まわりをよく見るがいい。この赤き地平線が、きみが犯した最初の罪だ」


 ボーグはおれの頬に触れ、景色を見るよう促した。水に浸した鉄のように、ぞっとするほど冷たい手。おれはそっと視線を上げた。


 そこにあったのは、どこまでも続く赤い大地。満天の星の光を受けて、うっすら輝く地平線。

 その他には、なにもない。なにも、灰の一粒さえ……。


 できたばかりの目で見るおれを、横からボーグが観察していた。


 そうだ、だれが祝福してくれよう。

 なぜなら、おれが生まれたこの星は、おれの誕生と同時に、死んだ。


 ボーグがこねた小さな炎は、おれに変わるその寸前、この星のすべてを燃やした。花も、家も、命もあますことはなく。


 後で聞いた話によると───、

 おれが生まれたその土地は、多くの惑星生物が住む平和な星だったらしい。


 緑が溢れ、風は涼しく、川がさらさらと流れる土地。愛情と信仰を心に持つという彼らが、どんな形をしていたか、おれはついぞ知ることはない。


 苦しい思いをしただろうか。最期に何を思っただろうか。ひとつだけわかるのは、その光景を見るボーグは、きっと冷ややかに笑っていた……。


 ボーグには最初から、その結末がわかっていた。わかっていておれを作った。

 ボーグ。おれにも決して引けを取らぬ、おぞましい姿の怪物。


 この宙のように黒い肌。月のように輝く瞳が、おれの身体を見下ろしていた。奴が立っている側から、ほのかに冷たい空気を感じる。燃え果てた星の上で、奇妙な二人が並んでいた。


 おれは自分の身体を見下ろす。肌は燃えるように赤く、ところどころが垂れた蝋のように白い。ボーグはいわゆる、服……のような、《まんと》や《べると》といった、無機物的なデザインを身体にもともと持っていた。おれには、そういうものはない。


 例えるなら、おれは火柱の化身だ。

 大地に垂れゆく白蝋と、天に伸びる炎をそのまま、肉に落とし込んだ姿。

 ボーグはおれの、いわゆる『親』に当たる生き物だが、共通点は見かけに少しだってなかった。……いや。


「グリム。さあ、巣立ちの時だ。

 星の彼方、宇宙の果てまで、この面白くもない世のすべてを、私と共に滅ぼし尽くそう」


 おれを呼ぶボーグの背後に、いつのまにか、三体の怪物が立っていた。

 おれとは色もかたちも違う。だが、ボーグと並んでおれを見る目に、ハッキリと血族の証が見える。


 色ではない。形でもない。

 目には見えないその証を、おれはやがて狂気(luna)と呼んだ。

 (ボーグ)に喚ばれ、(ボーグ)によって地に落とされたおれたちは、まさしく狂気の戦士《lunatic worrier》だ。


 ボーグは四人の戦士を従え、天に広がる星々を見上げた。


「見ろ。すべて私たちの獲物だ。有限の狩り場だが、少しは楽しめるだろう。

 なあグリム、きみを作る前に、私たちは九十八の惑星ほしを滅ぼした。

 この惑星で九十九……実に張り合いのないゲームだったよ。

 そこで次の獲物だが、───earthと呼ばれる星にしよう。

 なぜなら、そこには我らを織りなすすべての要素が揃っている。すなわち、土。水。金。木。火。我ら五人の晴れ舞台には、おあつらえむきのステージだろう。さあ、立ちたまえ、グリム」


 立ち上がり、大地を踏む。ひび割れて乾いた土地が、ピシリと音を立てて軋んだ。

 炎は燃やす。水は流れる。そんな常識と等しいぐらいに、ボーグの命令に従うことは、おれにとっての自然だった。


「ああ───、ぜんぶ燃やし尽くしてやるさ」


 星々に手をかざし、噛みしめるように力を込める。


「それが、おれの生まれた意味だ」


 握りしめた拳から、赤い炎がにじみ、小さな鬨の声をあげた。


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