第一話 ゆけ! 銀河戦隊コズミックフォース!
コズミックフォース・パジャマは、暗闇でピカピカ光るぞ! これで電気を消しても、たのし〜い!
◆
緑輝く、冬の朝。人で賑わう公園に、恐怖の悲鳴が響き渡った。
ギャアッ!!
と、まずは短く、一発。
そして、景色にそぐわぬその声に、人々が振り向けば……、ギョッ! あとは波紋が広がるように、叫喚の輪は広がっていった。
叫び、あるいは、惑いつつ。誰もが必死に離れんと走る、その輪の中心地には……、
『わ~っはっはァ~!』
人に似つかぬ、化け物ひとり。
『弱い弱いズラ! 地球の生き物ってのは、どいつもこいつも軟弱ズラねぇ~!
アそれ、そ~うれ!』
【それ】は冷ややかに笑いながら、手から白い光線を出した。と、
ビシッ。ピシリ!
ガラスにヒビが入るような、広場のあちこちで音が鳴る。
それは、光線を受けた人間が、あわれにも凍りつく音だ。
『おまえら人間はみぃ~んな、このアイゼンバッツ様がカッチンコッチンにしてやるズラ~!』
凍った人々を背に、【それ】は不気味な笑みを浮かべた。そう、【それ】……おぞましき氷の化身は。
肌は氷河のごとく青く、全身は、服とも外殻ともとれる奇形。踏みしめられた芝生は、その周囲ごと凍って朽ちる。ただ、二足歩行をしているので……、簡素に言うならば、怪人。そう呼ぶのがいいだろう。
のどかだった公園は、もはや見る影もない。生ける氷のオブジェが並ぶ、この場はまさに氷結地獄だ。
氷塊に泣きつく子供。
足が凍った恋人を背負い、懸命に逃げる若い男。
転んだ子供を踏み逃げる老爺。
胸から下の自由を奪われ、虚空を見つめるその目。目。
誰もが救いを求めていた。誰もが心の中で祈った。
ああ、誰かいないのか? こいつに立ち向かう勇者は……。
どうか来てくれ。助けてくれ!
逃げながら惑いながら、人々の心が叫んだとき、【彼ら】は突如現れた。
『そこまでだッ!!』
地獄に放つ大音声。怪人が振り向くと、そこには……、
『人々を襲うド悪党め! コズミックフォースが相手だ!』
四人の、若い男女がいた。彼らは不思議なデバイスを出すと、
『変身っ!』
お揃いのポーズを決め、極彩色の背景を背負い、変身……のような、換装のようなフェーズを経て、最後に各々名乗りを上げた。
『激しく燃える正義の炎! コズミ~ックレッドォ!』
ドカーン!
『心くすぐれ花嵐♡ コズミックピンク!』
ホワワーン!
『すべてを清める超濁流! コズミックブルー!』
ザパーン!
『あたいの吹雪で頭をお冷やしッ! コズミ~ック、ホワイト!』
ビューン!
『参上! 銀河戦隊! コズミックフォース!』
ドッカーン!
背後に爆炎が舞う。一方の怪人は、目に剣呑な光をたたえ、
『なぁんだ、キサマらはぁ~……?
群れたところで人間ごとき、このアイゼン様の敵ではないズラ~!』
青い腕を振り上げる。かくして戦いは幕を開け、しかして、体感三分後。
そこには戦隊の大技を食らい、よろめく怪人の姿があった。
『まいったか、怪人め! これがオレたちのパワーだ!』
『ふ……、ふん。なかなかホネがあるようズラね。
軽い偵察のつもりだったが、これなら、少しは本腰を入れて楽しめそうズラぁ……』
刹那、怪人の周囲を、怪しげなオーラが漂う。
空気が凍てつく音を聞き、人間が身構えたその時、
『───待て、アイゼンバッツよ……』
低く、どこか気品のある声。怪人たちが見るとそこには、ホログラムに映し出された別の怪人の姿がある。
アイゼンバッツは跳びあがるなり、即座に頭を垂れた。
『こ、これは……、我が主よ!』
『抵抗勢力がいるというなら、おもしろい。しばし生かしておけ。
記念すべき百の節目に我々が滅ぼす惑星が、あまりにあっけないようでは私も興ざめだからな』
アイゼンバッツはうなずくと、ホログラムのそばに並んだ。
映像にはいつのまにか、主と呼ばれた者を含め四体の怪人が映っている。
一人は、赤い肌。白く垂れた蝋と、炎を外殻に持つ怪人。つけられた名はグリム。
一人は、硬い鉱石の身体。全身に石を纏う怪人。つけられた名はウルスラ。
一人は、こどものような背丈。おもちゃのような容姿の怪人。つけられた名はルゥルゥ。
そして、三日月のように歪んだ瞳。漆黒の肌を持つ怪人───。
『コズミックフォースといったか……。貴様らに時間をやろう。
せいぜい必死に足掻き、喚き、苦しむ姿を見せてくれ。
私はヤラハン=ボーグ、すべての星を滅ぼす者。
この青き星の未来を、ぜひとも守ってくれたまえ……死ぬ気でな』
ホログラムは、怪人は消える。
残された戦士たちは、晴れた空を見上げながら、地球防衛の使命と誓いをひしと胸に抱くのだった……!
───第一話 ゆけ! 銀河戦隊コズミックフォース! 完───
───CMのあとは、いっしょにダンスをおどろう!───
◆
「……なんだ、これ?」
六畳に敷いた布団の上で、グリムは呆気に取られていた。
時刻は、日曜朝十時。暖房が効いた部屋の床には、食べかけのトーストがのった皿が直に置かれている。
六畳の……実際の面積以上に、それは狭苦しい部屋だ。
グリムの視線の先では、テレビジョンがタンスの上で陽気な音楽を流している。
冷蔵庫の上に電子レンジ。そのさらに上に炊飯器。シュレッダーの上にパソコン……と、とにかく足りない面積を縦で補うインテリアに、床の半分を占める布団。
隅に立てられた全面鏡には、巨躯を縮めて座っているグリムの姿が映っている。
烈火のごとく赤い肌。
白く垂れた蝋と、炎のデザインを持った外殻。
テレビに映った【グリム】とは容姿こそ異なるが、意匠の点ではおおいに被るところがある……それは立派な怪人だった。少なくとも、この日本、東京の片隅においては。
「なんだ? この……変身とかいう無駄な時間は。こいつらが着替えてる間、バッツは黙って見てたのか?
だいたい、なぜ悠長に名乗る? 凍って死にかけの人間がまわりに山といるのに、どうしてこんなふざけた真似を……いや。これもアイサツ……人間のマナーなのか?」
「そ~れ~は~」
そのとき、部屋の引き戸がガラリと開き、
「お約束、だからでーす」
キッチン兼玄関から、ひとりの女が現れた。
カゴには山盛りの洗濯物。たれ目をゆるく歪ませて、女はニンマリと笑った。
「どうだった? 自分たちがモデルのドラマは!」
一週間溜めに溜めた、女一人分の服を、バタバタ振ってシワを伸ばす。
グリムは、テレビに映るコマーシャル(戦隊キャラをプリントしたパジャマや魚肉ソーセージなどの)を注意深く見つめながら、口に大きな手を当てた。
表情こそろくに変わらないが、深く考えこんだ様子で、
「細部はいろいろめちゃくちゃだが、おおすじは事実と近いな。
オレたちボーグの怪人だけは、名前まで同じで奇妙だが……
というか、アイゼンバッツの異様な語尾とキャラ付けはいったいどうして……」
「ルゥルゥに嫌われてたんじゃない? ホン書いてるの、あの子でしょ?」
「……ハッ。なら、おまえもか?」
「わたし?」
洗濯物を振るのをやめ、女はグリムを見つめた。
「おまえの名乗りの口上だけ、すげえバカっぽかったぞ。
ルゥルゥに憎まれてたか? ……【コズミックホワイト】さんよ」
そのときまた、テレビに四人の戦士が映り、爆発を背にポーズを決めた。
『コズミックフォース・グミを食べて、僕らのシールを集めてね!』
赤とピンクと青と白。全身タイツの戦士を見て、女はニ~ッと目を細めた。
「それは……、たくさんいじめたからねぇ」
いたずらっぽく囁くなり、その女は……、
名前をマシロ・チユキという、ちっぽけなその人間は、グリムの肩に飛びついた。
洗濯物も投げ出して、卒倒でもしたかのように、勢いよくベッタリと。
「グリム。グリムグリム、グリムぅ~」
「……なんだよ、邪魔くせえな」
テレビに映る映像は、今はもう人間たちの情報番組に変わっている。
グリムは手持ち無沙汰に、リモコンを捨ててマシロに触れた。
脆い頭蓋を覆う髪が、撫でつけるたびにフワフワ動く。自分にはないこのパーツを、細くてやわいこの感触を、グリムはとても気に入っていた。
「あれから、もう三年なんだね。最後の戦いが終わってから」
マシロは顔を上げると、子供のような笑顔を浮かべた。えくぼをつくって、からかうように、
「あの日のヒーローと悪役が、今はいっしょに暮らしてる。世界のみんなが知ったら、どんなふうに思うかな?」
マシロはグリムに体重をかける。
それぐらいではびくともしない、硬く重い肉体から、フ、と小さな吐息が漏れた。
「文句言う奴は……こうだ」
マシロがグエ、と声を上げる。怪人の太い腕が、人間の首にまきついていた。
「よせっ。それ以上やると変身するぞ~。
こ……、なんだっけ。ナンタラ戦隊ビームを撃って爆発四散させてやる~!」
「抜かせ、ばか」
天気のいい日曜の朝。物だらけの六畳には、ふたつの笑い声が満ちる。
これは、かつて地球を守ったヒーローと、その地球を滅ぼしにきた怪人の日常。日本は東京の片隅で、ひっそりと寄り添って生きたふたりの物語である。