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第一話 ゆけ! 銀河戦隊コズミックフォース!


 コズミックフォース・パジャマは、暗闇でピカピカ光るぞ! これで電気を消しても、たのし〜い!



 緑輝く、冬の朝。人で賑わう公園に、恐怖の悲鳴が響き渡った。


 ギャアッ!!


 と、まずは短く、一発。

 そして、景色にそぐわぬその声に、人々が振り向けば……、ギョッ! あとは波紋が広がるように、叫喚の輪は広がっていった。

 叫び、あるいは、惑いつつ。誰もが必死に離れんと走る、その輪の中心地には……、


『わ~っはっはァ~!』


 人に似つかぬ、化け物ひとり。


『弱い弱いズラ! 地球の生き物ってのは、どいつもこいつも軟弱ズラねぇ~!

アそれ、そ~うれ!』


【それ】は冷ややかに笑いながら、手から白い光線を出した。と、


 ビシッ。ピシリ!


 ガラスにヒビが入るような、広場のあちこちで音が鳴る。

 それは、光線を受けた人間が、あわれにも凍りつく音だ。


『おまえら人間はみぃ~んな、このアイゼンバッツ様がカッチンコッチンにしてやるズラ~!』


 凍った人々を背に、【それ】は不気味な笑みを浮かべた。そう、【それ】……おぞましき氷の化身は。


 肌は氷河のごとく青く、全身は、服とも外殻ともとれる奇形。踏みしめられた芝生は、その周囲ごと凍って朽ちる。ただ、二足歩行をしているので……、簡素に言うならば、怪人。そう呼ぶのがいいだろう。


 のどかだった公園は、もはや見る影もない。生ける氷のオブジェが並ぶ、この場はまさに氷結地獄だ。


 氷塊に泣きつく子供。

 足が凍った恋人を背負い、懸命に逃げる若い男。

 転んだ子供を踏み逃げる老爺。

 胸から下の自由を奪われ、虚空を見つめるその目。目。


 誰もが救いを求めていた。誰もが心の中で祈った。


 ああ、誰かいないのか? こいつに立ち向かう勇者は……。

 どうか来てくれ。助けてくれ!

 逃げながら惑いながら、人々の心が叫んだとき、【彼ら】は突如現れた。


『そこまでだッ!!』


 地獄に放つ大音声。怪人が振り向くと、そこには……、


『人々を襲うド悪党め! コズミックフォースが相手だ!』


 四人の、若い男女がいた。彼らは不思議なデバイスを出すと、


『変身っ!』


 お揃いのポーズを決め、極彩色の背景を背負い、変身……のような、換装のようなフェーズを経て、最後に各々名乗りを上げた。


『激しく燃える正義の炎! コズミ~ックレッドォ!』


 ドカーン!


『心くすぐれ花嵐♡ コズミックピンク!』


 ホワワーン!


『すべてを清める超濁流! コズミックブルー!』


 ザパーン!


『あたいの吹雪で頭をお冷やしッ! コズミ~ック、ホワイト!』


 ビューン!


『参上! 銀河戦隊! コズミックフォース!』


 ドッカーン!


 背後に爆炎が舞う。一方の怪人は、目に剣呑な光をたたえ、


『なぁんだ、キサマらはぁ~……?

 群れたところで人間ごとき、このアイゼン様の敵ではないズラ~!』


 青い腕を振り上げる。かくして戦いは幕を開け、しかして、体感三分後。

 そこには戦隊の大技を食らい、よろめく怪人の姿があった。


『まいったか、怪人め! これがオレたちのパワーだ!』


『ふ……、ふん。なかなかホネがあるようズラね。

 軽い偵察のつもりだったが、これなら、少しは本腰を入れて楽しめそうズラぁ……』


 刹那、怪人の周囲を、怪しげなオーラが漂う。

 空気が凍てつく音を聞き、人間が身構えたその時、


『───待て、アイゼンバッツよ……』


 低く、どこか気品のある声。怪人たちが見るとそこには、ホログラムに映し出された別の怪人の姿がある。

 アイゼンバッツは跳びあがるなり、即座に頭を垂れた。


『こ、これは……、我が主よ!』


『抵抗勢力がいるというなら、おもしろい。しばし生かしておけ。

 記念すべき百の節目に我々が滅ぼす惑星(ほし)が、あまりにあっけないようでは私も興ざめだからな』


 アイゼンバッツはうなずくと、ホログラムのそばに並んだ。

 映像にはいつのまにか、主と呼ばれた者を含め四体の怪人が映っている。


 一人は、赤い肌。白く垂れた蝋と、炎を外殻に持つ怪人。つけられた名はグリム。

 一人は、硬い鉱石の身体。全身に石を纏う怪人。つけられた名はウルスラ。

 一人は、こどものような背丈。おもちゃのような容姿の怪人。つけられた名はルゥルゥ。


 そして、三日月のように歪んだ瞳。漆黒の肌を持つ怪人───。


『コズミックフォースといったか……。貴様らに時間をやろう。

 せいぜい必死に足掻き、喚き、苦しむ姿を見せてくれ。

 私はヤラハン=ボーグ、すべての星を滅ぼす者。

 この青き星の未来を、ぜひとも守ってくれたまえ……死ぬ気でな』


 ホログラムは、怪人は消える。

 残された戦士たちは、晴れた空を見上げながら、地球防衛の使命と誓いをひしと胸に抱くのだった……!


───第一話 ゆけ! 銀河戦隊コズミックフォース! 完───

───CMのあとは、いっしょにダンスをおどろう!───



「……なんだ、これ?」


 六畳に敷いた布団の上で、グリム(・・・)は呆気に取られていた。


 時刻は、日曜朝十時。暖房が効いた部屋の床には、食べかけのトーストがのった皿が直に置かれている。

 六畳の……実際の面積以上に、それは狭苦しい部屋だ。


 グリムの視線の先では、テレビジョンがタンスの上で陽気な音楽を流している。

 冷蔵庫の上に電子レンジ。そのさらに上に炊飯器。シュレッダーの上にパソコン……と、とにかく足りない面積を縦で補うインテリアに、床の半分を占める布団。

 隅に立てられた全面鏡には、巨躯を縮めて座っているグリムの姿が映っている。


 烈火のごとく赤い肌。

 白く垂れた蝋と、炎のデザインを持った外殻。

 テレビに映った【グリム】とは容姿こそ異なるが、意匠の点ではおおいに被るところがある……それは立派な怪人だった。少なくとも、この日本、東京の片隅においては。


「なんだ? この……変身とかいう無駄な時間は。こいつらが着替えてる間、バッツは黙って見てたのか?

 だいたい、なぜ悠長に名乗る? 凍って死にかけの人間がまわりに山といるのに、どうしてこんなふざけた真似を……いや。これもアイサツ……人間のマナーなのか?」


「そ~れ~は~」


 そのとき、部屋の引き戸がガラリと開き、


「お約束、だからでーす」


 キッチン兼玄関から、ひとりの女が現れた。

 カゴには山盛りの洗濯物。たれ目をゆるく歪ませて、女はニンマリと笑った。


「どうだった? 自分たちがモデルのドラマは!」


 一週間溜めに溜めた、女一人分の服を、バタバタ振ってシワを伸ばす。


 グリムは、テレビに映るコマーシャル(戦隊キャラをプリントしたパジャマや魚肉ソーセージなどの)を注意深く見つめながら、口に大きな手を当てた。

 表情こそろくに変わらないが、深く考えこんだ様子で、


「細部はいろいろめちゃくちゃだが、おおすじは事実と近いな。

 オレたちボーグの怪人だけは、名前まで同じで奇妙だが……

 というか、アイゼンバッツの異様な語尾とキャラ付けはいったいどうして……」


「ルゥルゥに嫌われてたんじゃない? ホン書いてるの、あの子でしょ?」


「……ハッ。なら、おまえもか?」


「わたし?」


 洗濯物を振るのをやめ、女はグリムを見つめた。


「おまえの名乗りの口上だけ、すげえバカっぽかったぞ。

 ルゥルゥに憎まれてたか? ……【コズミックホワイト】さんよ」


 そのときまた、テレビに四人の戦士が映り、爆発を背にポーズを決めた。


『コズミックフォース・グミを食べて、僕らのシールを集めてね!』


 赤とピンクと青と白。全身タイツの戦士を見て、女はニ~ッと目を細めた。


「それは……、たくさんいじめたからねぇ」


 いたずらっぽく囁くなり、その女は……、

 名前をマシロ・チユキという、ちっぽけなその人間は、グリムの肩に飛びついた。

 洗濯物も投げ出して、卒倒でもしたかのように、勢いよくベッタリと。


「グリム。グリムグリム、グリムぅ~」


「……なんだよ、邪魔くせえな」


 テレビに映る映像は、今はもう人間たちの情報番組に変わっている。


 グリムは手持ち無沙汰に、リモコンを捨ててマシロに触れた。

 脆い頭蓋を覆う髪が、撫でつけるたびにフワフワ動く。自分にはないこのパーツを、細くてやわいこの感触を、グリムはとても気に入っていた。


「あれから、もう三年なんだね。最後の戦いが終わってから」


 マシロは顔を上げると、子供のような笑顔を浮かべた。えくぼをつくって、からかうように、


「あの日のヒーローと悪役が、今はいっしょに暮らしてる。世界のみんなが知ったら、どんなふうに思うかな?」


 マシロはグリムに体重をかける。

 それぐらいではびくともしない、硬く重い肉体から、フ、と小さな吐息が漏れた。


「文句言う奴は……こうだ」


 マシロがグエ、と声を上げる。怪人の太い腕が、人間の首にまきついていた。


「よせっ。それ以上やると変身するぞ~。

 こ……、なんだっけ。ナンタラ戦隊ビームを撃って爆発四散させてやる~!」


「抜かせ、ばか」


 天気のいい日曜の朝。物だらけの六畳には、ふたつの笑い声が満ちる。


 これは、かつて地球を守ったヒーローと、その地球を滅ぼしにきた怪人の日常。日本は東京の片隅で、ひっそりと寄り添って生きたふたりの物語である。


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