ジョージ・ガーデニアと時の宝玉(中)
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『ジョージ・ガーデニアと時の宝玉(中)』
〇登場人物
●イライジャ・ヴェラトラム(39)
15年前に吸血鬼になった元騎士。
●ジョージ・ガーデニア(27)
ダークマター技術を駆使して戦う魔法使い。
●マリー(17)
ジョージの恋人。
●シェリー・ウィスティリア(25)
マリーの妹。魔法技術の研究者。
アディス城内の通路。歩くジョージと浮遊して着いてくマリー。
ジョージ「吸血鬼の真祖をひとりで相手取るんだ。切り札はいくらあっても足りない」
マリー「だからこそ私達はダークマターという力を得た」
ジョージ「HDM利用式身体強化デバイス……コードネーム〝エフィアルティス〟。俺が単騎でヤツと戦えるのはこれのおかげだ」
マリー「神啓騎士団が使ってる軍事規格の正規デバイスにはリミッターがついているけど、〝エフィアルティス〟は違う。ダークマターによる肉体強化を無制限に行うことができる」
ジョージ「ダークマターの中には擬似的に無限を生み出すものも存在する。HDM……つまり、ホットダークマターと呼ばれる一群だ。この装備の場合はその中でもニュートリノを使っているわけだが、その力を制限なく使って俺の身体を強化すれば、肉体のポテンシャルは吸血鬼の真祖にすら匹敵する」
マリー「私達が真祖に勝つための絶対的な前提条件にして、最初の切り札だね」
ジョージ「その通りだ。そして2つ目の切り札が対吸血鬼用CDM兵器、魔剣〝ダーインスレイヴ〟。擬似的に負の力を無限に出力し続けるダークマターの一群をCDM……コールドダークマターと呼ぶ。この剣はアクシオンと呼ばれるCDMによって負の無限を付与された、吸血鬼を殺す剣だ」
マリー「無限の魔力で無限に肉体を再生し続ける真祖に対して通常兵器を用いて攻撃してもトドメは刺せないけど、この剣なら話は別」
ジョージ「負の力を無限に出力し続けるということは、言い換えれば無限に力を吸い続けるということだ。吸血鬼の無限の魔力を無限に吸収し続けることで、一時的にゼロを生み出すことができる。再生能力を失った吸血鬼ならば殺せる。これは騎士団が吸血鬼を倒すためにダークマター兵器を用いる理由と同じだな」
マリー「2つの切り札を使ってジョージはあの吸血鬼相手に何度も善戦した」
ジョージ「毎回、あと一歩というところで逃げられていたがな」
マリー「だけど今回は違う」
ジョージ「その通りだ。今回はこれらに加えて新たに3つの切り札と精霊使役の魔術による諜報活動で得た情報がある」
マリー「どの切り札も私とジョージが2人で作り上げた最高傑作ばかり。負けるはずがない」
ジョージ「絶対的な勝利を掴み、俺達は時の宝玉を手にする。そうすれば、またマリーと会えるんだ」
マリー「…………」
ジョージ「……? 『またマリーと会える』? いや、マリーは──、」
マリー「──ジョージ、時の宝玉は目前だよ」
ジョージ「……っ。ああ、そうだな」
マリー「必ずあの吸血鬼を殺して。生まれてきたことを後悔するくらいの苦痛を与えて、殺し尽くすんだよ」
ジョージ「もちろんだ、マリー」
マリー「…………んふ」
タイトルコール。
イライジャ(N)「ジョージ・ガーデニアと時の宝玉」
アディス城の屋上。対峙するイライジャとジョージ。ジョージに付き添うマリー。
ジョージ「マリー、〝ダーインスレイヴ〟のアクシオン操作権限を最高レベルで解放してくれ」
マリー「光よ、十の繰り糸にて冷ややかな不可視の闇を傀儡に」
ジョージの剣の機能が解放される。
通信によるシェリーの音声。
シェリー「CDMによる敵装備の強化を確認」
イライジャ「またあの剣か。おぞましいね」
ジョージ「食らえ」
剣で攻撃しようとするジョージ。
イライジャ「〝守護霊の盾( プロスタテフティキ・アスピダ)〟」
魔法の盾が出現し、ジョージの剣を止める。
ジョージ「防御魔法か」
イライジャ「〝炎爆( エクリクスィ・フォティアス)〟」
魔法が爆発する音。
ジョージ「ぐっ」
イライジャ「〝降り注ぐ氷槍( リクテ・カート・パゴス・ロンヒ)〟」
攻撃魔法の音、ジョージが剣でそれを弾く音。
ジョージ「っと……」
マリー「本当に厄介な吸血鬼」
ジョージ「無詠唱で何発魔法を撃てば気が済むんだ?」
イライジャ「真祖だからね。無限に撃てるよ」
くすりと笑うマリー。
マリー「無限、ね」
ジョージ「俺はそれが欲しいんだよ吸血鬼」
イライジャ「……時の宝玉」
ジョージ「その通りだ。ダークマター技術は人類に擬似的な無限をもたらした。しかし、真の無限は未だ手にできていない」
マリー「けれどこの世には真の無限が存在する」
ジョージ「吸血鬼の真祖。その心臓が生み出す無限の魔力だ」
イライジャ「君達の目的は、僕を殺すことそれ自体ではなく、心臓を奪うこと。何度も聞いたよ」
ジョージ「お前の心臓は目的ではなく手段だよ。俺の目的は……マリーだ」
マリー「んふ……愛してるよ、ジョージ」
イライジャ「馬鹿げたことはやめるんだ」
ジョージ「馬鹿げたこと? 馬鹿げたことと言ったのか?」
イライジャ「そうだ。君は自分のやっていることが何なのか理解すべきだ」
ジョージ「理解しているさ!」
掛け声と共に突撃するジョージ。
イライジャ「〝炎の剣( クスィフォス・フィロウガ)〟」
一合打ち合い、鍔迫り合いになる2人。
ジョージ「タイムリープ。俺は過去に戻って、もう一度マリーに会うんだ」
マリー「うふふ。早く会いたいよ、ジョージ」
イライジャ「愚かなことを……!」
弾き合い、距離を取る2人。
ジョージ「理論上、未来や過去に時間移動するいわゆるタイムトラベルは実現可能だが、意識のみを時間移動させるタイムリープは実現不可能とされている」
イライジャ「そうだね。時間は様々な条件によって進み方が変わる。光を超える速度での移動や重力操作によって、時間を擬似的に操ることは可能とされている。これがタイムトラベルが実現可能であるとされる所以だ」
シェリー「イライジャ? 今は無駄話は……」
イライジャ「しかし意識のみを時間移動させることはどんな理論を展開しても不可能。タイムリープを実現しようとするならば、世界を作り直した方が早いレベルだ」
ジョージ「大正解だ」
イライジャ「だからといって、まさか本当に世界を作り直そうとするなんて、愚かにも程がある」
ジョージ「そうする他、マリーともう一度会う手立てがないんだ。マリーもそれを望んでいる」
イライジャ「何度も言うが、君をそそのかしてタイムリープだの何だのと言っているのはマリー君ではない」
マリー「ジョージ、寝言に貸す耳はないよ」
ジョージ「黙れ吸血鬼。俺は世界を再構築してマリーに会うんだ。10年前、お前の恋人に殺されたマリーに。そして次はマリーが死なない未来を迎える」
イライジャ「自分で言っていておかしいと思わないのかい? 君は君の隣にいるその子を誰だと認識しているんだ」
ジョージ「何を言っている?」
マリー「私は私だよ」
シェリー「イライジャ、無駄です。彼には届きません」
イライジャ「…………」
ジョージ「世界再構築……疑似タイムリープの実行には莫大なエネルギーが必要になる。だがこの宇宙に存在する全てのリソースをかき集めても、足りないんだよ。ダークマターを駆使してもなお足りない」
マリー「有限を全て注ぎ込んでも足りないのなら、無限を使えばいい。この世で唯一真の無限を生み出す存在は、真祖の心臓」
ジョージ「わかるだろう吸血鬼。お前の心臓が俺を過去へと運ぶ、時の宝玉なんだ」
イライジャ「何度説明されても、僕は僕の心臓を渡す気はないよ」
シェリー「もう十分ですイライジャ。対話による解決は不可能です!」
イライジャ「……ジョージ君、やはり君は理解していない。世界再構築には大きすぎる問題がある」
ジョージ「倫理か? タイムパラドクスか? いずれにせよ初めて聞く話だ。遺言としてお前の話を聞いてやる」
イライジャ「タイムパラドクスは無関係だと君は理解しているはずだ。君がやろうとしていることは時間移動ではなく、10年前を再現した世界の構築なのだから。倫理に関しても僕みたいなのが口を出せる話ではないね。問題というのは世界の同一性や因果律に関する話さ」
ジョージ「続けろ」
イライジャ「ドッペルゲンガーの話は聞いたことがあるだろう? タイムトラベルによって訪れた過去や未来の自分に対面すると恐ろしいことが起きるというあれだ。同一性保持に問題が生まれ、自身の存在自体が概念的に崩壊すると言われている。これがもし単体の生命間だけでなく世界規模で起きたらどうなると思う? 現存するこの世界が、新たに生まれた世界を、自分と同じ存在だと認識したら最後、世界そのものがその存在の痕跡すら残さずに消えることになるんだよ」
ジョージ「…………」
イライジャ「わかるだろう? 世界再構築は、事実上の世界滅亡なんだ! そして新たに作り上げた世界はジョージ君個人の思想や精神に強く依存する不安定なものになる。君の脳内世界の具現化を、現実の世界とは呼べないはずだ。現実はここにしかないんだよ」
ジョージ「……世界の、滅亡?」
イライジャ「!」
シェリー「届いた……?」
ジョージ「いや、確かに可能性としてはありえる。同じ世界は同時に2つ存在できない」
イライジャ「その通りだジョージ君。世界再構築などしてはいけない」
ジョージ「……だが、マリーがそれを望んでいる」
イライジャ「目を覚ませジョージ・ガーデニア! マリー君は10年前に亡くなっている。君はその事実を受け入れなくてはいけない! 過去は変えられないんだ!」
ジョージ「マリーは……俺の目的はタイムリープ……世界再構築を……いや、ダメだ……マリー……マリーは──、」
マリー「──ジョージ」
ジョージ「!」
マリー「私に会いに来て? そして今度こそ永遠に一緒にいるんだよ」
ジョージ「マリー……!」
イライジャ「ジョージ君、その女の言葉に耳を貸してはいけない!」
マリー「痛い、寒い、寂しい……死の苦しみが私を襲うの。ジョージ……助けてジョージ」
イライジャ「それ以上口を開くな!」
マリーを攻撃するイライジャ。掛け声。
マリー「んふっ」
イライジャ「くそ、やはり攻撃が透過する……!」
シェリー「霊体に対する有効な攻撃手段は、現状存在しません。イライジャ、どうにかジョージの注意をこちらに向けてください!」
マリー「ダメだよジョージ。敵の言うことなんて信じてはダメ」
ジョージ「マリー……?」
イライジャ「ジョージ君、そいつの話を聞くな!」
マリー「私を信じて? 時の宝玉さえあれば、ジョージは私に会える。幸せを取り戻せる」
ジョージ「だけど……世界を滅ぼすわけには──、」
マリー「──そんな話嘘に決まってるよ。どうしてジョージがタイムリープするだけで世界が滅亡するの?」
イライジャ「ジョージ君!」
ジョージ「タイムリープで、世界は滅亡しない……?」
マリー「ジョージ、私はジョージを愛しているの」
イライジャ「嘘だ! その女はマリー君ではない! そいつは君に取り憑いて甘言を囁き惑わせる悪霊だ!」
マリー「私のお腹を見てジョージ。ほら、もうすぐ赤ちゃんが産まれる……」
ジョージ「マリーと、俺の……」
マリー「そう。時の宝玉さえあれば、これが現実になる! さあジョージ! 敵を、その吸血鬼を苦しめて殺して! それが私達の幸せのためなの!」
ジョージ「わかったよマリー」
イライジャ「目を覚ませジョージ君! 君に取り憑いているそいつは、君の目にはマリー君に映っているかも知れないが、彼女ではない! むしろそいつは10年前、マリー君を殺した張本人──、」
ジョージ「敵は殺さないとな」
イライジャ「──ジュリア・コルチカムだぞ!」
マリー「……んふっ」
続く