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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第三章 バタフライフェザーカノン
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第三章 第二十七話 二度目の戦場へ

 フォルグナーが到着してから三日後には十万のフライア兵がヘルレスト草原へと到着した。それと同時にテリングも九万の兵を集めて王都を出発したとの知らせがフォルグナーの元に届きフライア軍の各将にも伝えられていた。そこにイブレも含まれていたのは少しは知恵を貸せという意図が有ったからだろう。とはいえ,今回の戦いはロミアド山地の戦いに比べると規模がかなり大きく成っているので文字通りに総力戦の決戦に成るのは必然だ。そうなるとイブレはどう勝つかではなく,どうやってエランがイズンを倒すかという事に知恵を絞っていた。

 フライア軍はブラダイラ軍が出立したと聞いても動く事はなかったのは,援軍と共に来た大工達が既に砦の土台を作り始めていた事も有り,この場で戦いを決するしかないからだ。それに砦を作るには時間が掛かるだけではなく,完成が近づけば近づく程にブラダイラ軍にさとられるのも必然だ。なにしろ砦という大きな物を見逃す方が難しい。それに砦の完成する前に叩き潰したいというのがブラダイラ軍の本音なのだから,今回の戦いだけで済むとは最初から思っていない。完成が近づけば近づくだけブラダイラ軍は総力を挙げて戦争を仕掛けて来るのは目に見えている。だからフォルグナーはここでの戦いに慣れる為に戦場をここに決めていた。

 この地に慣れていないのはフォルグナーだけでなく兵達も同じだ。今までブラダイラ軍とはロミアド山地で戦ってきたので,山岳地帯の小規模な戦いに慣れているが平原での大規模な戦いと成ると訓練だけで実戦経験は無いに等しい。だからと言って大した差が出る訳ではない,訓練とは言えそれだけの鍛錬を積んでいるのがフライア兵だからだ。それにブラダイラ軍もディアコス軍とは幾度も戦争をしているので平地に戦いには充分に慣れている。つまり兵の力量だけでは勝てない事は両軍共に分かっている事だ。

 勝敗を分ける要は地形を組み込んだ戦略と戦術と言った将兵の力量と,エランとイズンの戦いが大きく作用してくる。スレデラーズの力がどれだけ強大かはイズンによって両軍共に分かっているからこそ下手に兵を向かわせる事無く,エランとイズンをぶつけたいと考えている。だからこそイブレはこの場で動いたとも言える。

 朝食後にイブレがエラン達の天幕を訪れると見せたい物が有ると告げたので,エラン達は揃って天幕から出るとイブレの案内で本営の後方へ向かうとそこには見た事が無い旗印が靡いていた。旗印は白を基調に鈍く輝いている銀糸で妖精を現す刺繍が施されていた。明らかにフライア軍の旗印とは似ても似つかない旗だが,ある程度を察したイクスが旗について喋り出す。

「イブレにしては随分と古典的で分かり易い事をするじゃねえか」

「まあ,分かり易くしとかないと敵には伝わらないからね」

「だからってこれですよ。これがエランの居場所を示す旗印でイズンを釣ろうという訳ですよ」

「見慣れない旗が掲げられていれば敵としても確認するのは当然だからね」

「少し不服」

「まあまあ,エラン。今度は確実にイズンとの戦いに臨めるように白銀妖精としての名声を最大限に利用するのが一番的確だからね,エランとしても無駄な戦いで消耗するよりかは良いと思うけどね」

「うん,イブレがそう言うなら使う」

「とは言っても旗を掲げるのはスノラト将軍から預かった魔法兵達だからね」

「んっ,何で魔法兵を集めてるんだ?」

「その答えは単純だよ,エランとイズンの戦いを邪魔させない為にも僕一人だけの力だと不足だからね。そこで相談したらあっさりと兵を貸してくれたよ,フォルグナー将軍もエランとイズンの戦いに兵が交わる事は防ぎたいみたいだからね。戦場から隔離する為に魔法兵達の力が必要なのさ,その方がエランもイズンとの一騎打ちに専念できるだろうからね」

「うん,そうしてもらうと助かる」

「つまり俺様達の戦いに兵は巻き込めないと配慮した結果か」

「スレデラーズ同士がぶつかり合うと威力の凄さは私達が良く知っているですよ,それにイズンのおかげで両軍共にスレデラーズの力を良く分かっているですよ」

「うん,少し昔はほぼ毎日戦ってた」

「……ごめんですよ」

「大丈夫,今はイズンに集中してる」

「だな。まあ俺様達と対等に戦える程とは思ってはいないけどな」

「イクス」

「おう,何だ?」

「少しは対等な戦い成ると思って欲しい」

「……すまんっ! やるからには全力で行こうぜっ!」

「うん」

 短く返事をしたエランは今で見ていた白銀妖精の旗から振り返ると,用事は済んだとばかりに歩き出しハトリもそれに続いた。そんなエラン達をイブレはいつもの微笑みを浮かべて見送ると自分の仕事へと戻って行った。

 自分の天幕に戻ったエラン達はのんびりとお茶を楽しんでいたが,途中でレルーンが入って来るといつものように勝手に紅茶を煎れて,勝手に円卓を前に座るといきなり愚痴が出て来た。

「聞いてよエラン,今度の戦場だとエラン達と離された場所に配置されるみたいだよ~」

「うん,近くに居たら邪魔」

「いきなりバッサリと行かれたっ!」

「まあ,今度ばかりは諦めるんだな,レルーンの姉ちゃんよ。こっちとしても大物が掛かっているからな」

「それって例のイズンとか言う奴~」

「そうですよ,今度の戦場に出て来るという事は両軍共にスレデラーズ同士をぶつけるのが目に見えているですよ。そしてスレデラーズ同士が本気でぶつかれば両軍の兵達にも被害が出るのも分かっているですよ,それだけの影響が出る事はイブレからフォルグナー将軍に伝わっているから離されて当然ですよ」

「はへ~,そう聞くとやっぱりスレデラーズって凄いんだね~」

「ったりめえだろ,それだけ俺様達は力を持ってんだよ。それに今回は相手もかなりの使い手なら俺様達も周りを気にしてる余裕はねえからな,下手な所に居たら確実に巻き込んじまうぜ」

「あははっ,そこまで忠告されたら我が儘なんて言ってられないね~」

「分かったのなら良いですよ」

「そういやレルーンの姉ちゃん達は何処に配置される事に成ったんだ?」

「んっ,左翼の左側だよ~」

「流石は援軍としてやって来たフォルグナー将軍と言ったところですよ」

「あ~,その事なら団長も少しぼやいてたけど想定以上は稼いだから仕方ないって言ってたよ~」

「あれだけの功績を挙げたのだから仕方ない」

「エランの言う通りだな,まあ今回の戦場では適当にやっとくんだな」

「だよね~」

 同意するかのように言葉を放ったレルーンだからこそ状況をしっかりと理解したうえでの言葉だ。ヒャルムリル傭兵団はロミアド山地の戦いでフライア軍よりも活躍した,寡兵という事も有ったのが活躍しすぎたのも確かだ。つまりロミアド山地の戦いで勝てたのはエラン達とヒャルムリル傭兵団が居たからという評価が張られても仕方ないと言う事で有り,フライア軍を率いていたフォルグナーとしてはスレデラーズを使っているエランはともかく外部の者達にこれ以上の功績を挙げさせる気は無いという事だ。

 ロミアド山地でスノラトが大きな功績を挙げられない事は自然と噂という形で広まるが,その噂を上書きするようにフォルグナーとスノラトがブラダイラ軍を前にして勝てばそちらの方が噂として広まるだろうし,広めれば良いだけの事だ。まあ,噂という曖昧な情報だからこそ幾らでも思惑を入れる事が出来るという事だ。それも含めてフォルグナーはヒャルムリル傭兵団に追加報酬を多めに支払っているのだから,カセンネが追加報酬の意味をしっかりと理解している。それでも稼ぎ時を失ったのだから少しぐらいは愚痴を言っても仕方ない訳だ。

 流石はスノラトが慕うフォルグナーと言ったところで,細かい事を含めてしっかりと気を回し手配している。そしてヒャルムリル傭兵団を率いているカセンネが愚痴を漏らすだけで何もしないのは何もしないのはフォルグナーの意図をしっかりと理解しているからだ。そう言った意味ではしっかりと相互理解が出来ていると言えるだろう,なので次の戦いでは自分達の出番が無いと理解したレルーンが話を続ける。

「最左翼の予備兵として配置されえたからには適当にやるかしかないね~」

「適当とは随分と無責任ですよ,少しだけはやる気を見せた方が良いですよ」

「そうだね~,じゃあ,頑張ってエラン達の戦いを見てるよ~」

「すっかり観客気分だな,こりゃあ」

「イクスにしては的確な表現ですよ」

「そりゃあどうも」

 珍しく口喧嘩に成らないのはレルーンがこの場に居るからだ。例えイクスが言い返しても最後にはレルーンが落としてまとめるのがいつも通りだけど,イクスもハトリもそんな展開に飽きたからイクスは大人しく話を大人しく話を終わらせたのだ。そして茶菓子を一つだけ口に運んだレルーンから話題が変わる。

「そういえばブラダイラ軍が出陣したって聞いたけど,開戦はいつ頃に成るんだろうね」

「時間的猶予なら有るですよ,こちらは殆ど動いていないのも同然ですよ。それを考えると前回と同じぐらいの時間が掛かると考えるのが普通ですよ」

「前回の四万から九万に増えているから~,それを考えると八日ぐらいかな~」

「まあそれぐらい掛かるだろうな。その間は俺様達も用無しだからな,ぜいぜいのんびとしてようぜ」

「そうだね~,のんびりとしよ~」

「って,レルーンの姉ちゃんはいろいろとやる事が有るんじゃねえのか?」

「それはそれ,これはこれだよ」

「いや,どれだよ」

「以前にも似たような言葉を聞いた気がするですよ」

「ハトリ,それはね」

「なんですよ」

「気のせいだよ」

「絶対に違うですよっ!」

 ハトリの言葉を聞いて思いっきり笑い出すレルーン,それに釣られてイクスも笑い出すとすっかり賑やかに成る。そんな中でエランはいつも通りに茶菓子で甘味を堪能しながら紅茶の香りを楽しみながら口にする,レルーンの影響ですっかり賑やかに成った天幕内でエラン達は呑気な時を過ごす。

 その一方でフライア軍はフォルグナーを中心にスノラトが補佐に回りフライア軍をまとめている。そして軍議の場にイブレは必ず呼ばれたが意見を求められる事が無かったので,まるで自分には関係無いと言った表情で唯々座っているだけだ。それだけフォルグナーとスノラトが良い仕事をしていると言えるし,イブレとしてもスレデラーズがぶつかり合うのだからそちらの方に気を回している。

 着々とブラダイラ軍を迎え撃つ姿勢が出来てきているフライア軍,その後方には大工達が砦の土台作りに励んでいた。フライア軍の将兵もロミアド山地で散々やられた事もあり士気はしっかりと挙がっており,戦いが始まれば大いに戦ってくれる事をフォルグナー達は肌で感じていた。そして士気が挙がっているのはフライア軍だけではなかった。



 行軍中のブラダイラ軍はほぼ全員が緊張を士気に変えて行軍していた。その理由として出陣前にテリングが行った鼓舞が大きく作用している,なにしろブラダイラ軍にしてみれば防衛線と言えるロミアド山地を取られたと言えるからだ。

 大義名分としてはロミアド山地を取り戻すという事に成るが,それ以上にブラダイラ兵を奮い立たせたのはロミアド山地を抜けたところにフライア軍が居る限り,いつでもフライア軍の王都進軍が行われても不思議ではないという事だ。

 広いヘルレスト草原だからこそ王都へ続く道には村や町がある,兵の中にはそこから上京して軍に入った者も多い。つまりフライア軍の侵攻が始まれば確実に戦火に見舞われるという事だ。そんな事態を避ける為にもブラダイラ軍はフライア軍を退けて戦線を再びロミアド山地に戻さないと行けない,とテリングが述べたので自分達の故郷や国を守らないという使命感が将兵達を動かしていた。その中で異色とも言える集団が一つ。

 派手で大きな馬車とそれを取り巻くように騎乗している男達,イズンとその取り巻き達の集団だ。進軍速度こそ合わせているが軍隊に似合わない馬車に男達の服装といい,まるで何処かに遠出をする貴族の様だ。そんな馬車の中で男の一人に膝枕をさせて横たわり,もう一人の男に扇を使って扇がせている。そしてもう一人の男がイズンの手が届くところにいろいろな果実を載せた大皿を持っていると,その中から葡萄を一つ掴んで実だけを食べたイズンが口を開く。

「まったく,折角の乗り心地が台無しね。けど,たまには戦場で運動でもしないと太るから我慢するしかないのよね」

「イズン様は今のままでもお美しいかと」

「それは当然よ,けど私の完璧な容姿と体型を保つのも大変なのよ。まあ,貴方達には分かると思うけど」

「当然ですイズン様,常日頃から御身のお世話をさせて頂いている私共にはイズン様のご苦労が良く伝わっております」

 そう言われるとイズンは言葉を発した相手,膝枕をしてくれている男の頬を軽く撫でると話を続ける。

「それにしてもフライア軍がロミアド山地を抜けて来るとはね,まったく軍務将相もなにをやっているのよ。今まで何回も助けてあげたのに,また助けて欲しいとはね。本当は無能なんじゃない」

「今回はフライア軍にスレデラーズの使い手が居るので仕方ないかと」

「フライア軍は私が相手をして上げても上手く逃げてたじゃない,それに比べてこちらと来たら私が居ないと何も出来ないのかしら」

「それだけイズン様のお力が凄い事の証明かと」

「ふふふっ,その通りね」

 こう答えたイズンは大皿から小さく切った林檎を手に取ると,そのまま口へと運び味わうと仕方ないという口調で話を続ける。

「まあ,何にしても私が出るからには,すぐに終わるわよ。そして帰りには温泉宿に泊まってのんびりとしましょう」

「はい,イズン様」

 既に勝ったつもりでいるイズンに馬車に乗っている男達も愛想を振りまく,そんなイズンと共に行軍しているブラダイラ軍の胸中は少なからずも不安が募っていた。領土の侵攻もそうだが,今度の戦いはスレデラーズ同士の戦いだからこそ,いつものように勝算が確実に有るとは思えないからだ。

 イズンの事をどう思っていようと,今まではイズンが出る戦は勝利続き。だが今回はロミアド山脈という防衛線を失ったうえスレデラーズ同士の戦いと成るから,イズンが今回も活躍をする保証などはない。少なくともフライア軍にエランが居なければブラダイラ軍も少しだけは楽観視する事が出来ただろうが,今までに無い状況なだけに不安に成るのは仕方ないと言えるだろう。だからと言って士気が下がらないのはテリングの鼓舞が有ったからだ。

 侵略されたという事が今までに無かった為にブラダイラ軍に不安が広がっている事をいち早く察したテリングは見事と言える程の鼓舞で士気を高めた,なのでイズンと共に今ではテリングもブラダイラ軍を支える精神的な柱と成っている。それが元々の役目と成っている軍務将相のテリングは毅然とした姿を崩す事なく進軍の真ん中で前後左右に展開しているブラダイラ兵に気を配っていた。そのおかげでブラダイラ軍は隊列を乱す事なく進軍する事が出来た。

 順調に進軍しているブラダイラ軍だが気掛かりな事があるトジモはゆっくりとテリングの元へと馬を近づけて,並ぶとひっそりとテリングに話し掛けた。

「将軍のお言葉で落ち着いているようですが兵達に不安があるようです」

「うむ」

 テリングは短く静かに返事を返して,密かな会話を続ける。

「やはりスレデラーズの存在は大きいのだろう,イズンの実力は知っているが相手の実力が分からないのでイズンでも勝てるかと不安に成っているのだろう。なにしろイズンが倒されれば今度は我らがスレデラーズの力を思い知らされる事に成るのだからな」

「確かに,私が対峙した白銀妖精は一矢も放てない程の実力者。如何にイズンといえども勝てるかどうか」

「トジモよ,その言葉は封じておれ」

「承知致しました。それでテリング将軍,今度はどのように戦うおつもりでしょうか?」

「前回と違って今回はしっかりと情報が挙がっておる。ロミアド山地を取られたのは痛手だが兵数では少し劣る程度,ならば正攻法で戦うだけだ」

「白銀妖精への対応はどうなさるつもりです?」

「それはイズンに任せる,フライア軍もスレデラーズ同士の戦いを望んでいるからには下手に兵を巻き込ませる戦いはしないだろう」

「それはつまりイズンと我らを分けると」

「うむ,それにフライア軍も白銀妖精を隠す事はしないどころか,分かり易く見せてくるだろう。そこにイズンを向かわせ好きにさせれば良い」

「イズンがそう素直に行きますでしょうか?」

「そこは行かせるだけだ。白銀妖精さえ倒せば帰って良いと言えば精神的に堕落しているイズンなら喜んで行くだろう,それにイズンは白銀妖精の事を良く思ってはいないようだ。その理由は女ならではの理由だから述べるのも煩わしい程だ」

「なるほど,流石はテリング将軍です。そうなると我らはフライア軍と真正面から立ち向かえば良いだけですね」

「うむ,その時は頼むぞ,トジモよ」

「はっ,お任せ下さい」

 会話を終えたトジモがゆっくりとテリングから離れていく。先程の会話で納得が行く程の事が聞けたので離れたのだ。話を聞いている限りでは何一つして問題は解決していないように思えるが,トジモはしっかりとテリングの意図を汲み取っていたから離れたと言える。そのテリングの意図はこのような感じだ。

 スレデラーズという強大な力を持った剣を振るう者が両陣に居るかには,両軍共にスレデラーズ同士をぶつけたいと考えるのは当然であり,その場合にはどのような影響が出るのか分からないので軍とは分断して戦わせる。そう相手も考えると確信を得ているからだ。

 テリングは長年ブラダイラ軍を率いて戦ってきたからには,今度のフライア軍を率いるフォルグナーの事も良く知っているという訳だ。つまりテリングとフォルグナーが戦うのはこれが初めてという訳ではない。実力で言えばテリングが少し勝ると踏んでいるのは経験してきた戦いの数が違うからだ。そして強いて言うなら熟練の差だ。

 イズンを切り離すと成ればブラダイラ軍とフライア軍の戦いと成る,兵数では一万程劣っているブラダイラ軍だがテリングはしっかりと数の差を埋めるだけの考えを持っている。それはヘルレスト草原でも大軍を自由に動かせないようにする事だ。その要と成るのがスレデラーズ同士の戦いという訳だ。

 両軍共にスレデラーズ同士の戦いに兵が巻き込まれるのは避けたい,だがテリングとしてはあえて被害が出ない線まで近づきフライア軍を牽制,足止めさえ出来れば数の差が無くなるのと同時に戦場の範囲が限られてくる。それにヘルレスト草原は見渡しが良いのでお互いに不意打ちの伏兵は使えないからこそ両軍共に正面からの激突に成るのは目に見えている。

 ここまでの状況に持って行ければ対等に渡り合える自信がテリングには有ったが,正直なところスレデラーズがぶつかり合うとどうなるのか想像すら出来ない。だからと言って戦略に組み込まないのは愚かともテリングは思っている。それにブラダイラ軍にはトジモが鍛えた弓兵達が多く居るからには初戦での優位は確実だと考えているが,やはり戦いの要と成ってくるのがスレデラーズだ。

 一振りで千から万の大軍を相手にしても勝てる言われているスレデラーズだからこそ無視は出来ないが,イズンが負けそうならば助けなければいけない。そうなると兵の損害もやむなし,多大な被害を出してもイズンを助ければフライア軍を相手に戦わせる事が出来るとテリングは考えおり,トジモはそこまで汲み取っていた。そんなブラダイラ軍は着々と進軍を続けていた。だがそこでも問題を起こすのはイズンだった。

 馬車での進軍が疲れたと言い出したイズンはテリングに直接取り巻きの男に言わせると,テリングは分かったと言って進軍を中止して各自に休憩を取らせた。その為に進軍速度はフライア軍の予想よりも遅くなったが,当のブラダイラ軍は慣れたモノで休憩が多い進軍に不満を漏らす者はいないモノの,その心底ではイズンへの不満が少しずつ降り積もっていた。

 予定してよりもブラダイラ軍の進軍が遅い事にフライア軍も気付いており,その原因がイズンだという事も感づいていた。つまり,このような進軍をするという事は,そこにイズンが居るという証明でも有るのだ。その事はフォルグナーから全軍に伝えられイブレも含めて知らされていた。そんなイブレがエラン達の天幕を直接訪ねたのは更に二日後の事だった。



「さて,そんな訳で確実にイズンを釣れたみたいだけど,どうだいエランにイクス?」

「はんっ,釣れたのなら俺様達が上手く調理してやるだけだぜ」

「確実にスレデラーズを手に入れる」

「意気込みは良いとしてバタフライフェザーカノンに付いては僕もあまり知らないから充分に気を付けないと苦戦する事に成ると思うからね,だからエランは最初は慎重に相手の能力を把握した方が良いね」

「うん,分かった」

「イクスも分かったなら暴走しないようにするですよ」

「言われなくても分かってら」

「なら次はフォルグナー将軍の考えを伝えるよ」

「あん,将軍様は俺様達を切り離した場所で戦わせるつもりじゃなかったのかよ」

「そうしたいけど,そうは出来ないと考えているみたいだね。その理由にテリング将軍が手堅い戦をするからだね。どうも相手のテリング将軍はエラン達の戦いに兵達が巻き込まれない瀬戸際まで兵を展開されると,フォルグナー将軍は読んでいるようだね」

「どうしてそんな危ない真似を自らやるですよ?」

「一番大きな理由はこちらの左翼を抑える為だろうね。一つ間違えればエラン達の戦いに兵達が巻き込まれるから,両軍共にエラン達と距離は取るけど瀬戸際まで近づく事で下手に動けばエラン達の戦いに巻き込まれる危険性を見せ付けて接触を避ける。それでもフライア軍が動けば矢を射かけて大打撃を与えられるからね」

「つまりエラン達の戦いが壁に成っているですよ?」

「そう,ハトリの言う通りだね。敵将テリングはその壁を利用して兵力差を無くそうとしているからね,流石に手堅すぎて崩す事は容易ではないだろうね。なにしろ下手に動けばエラン達の戦いに巻き込まれるか,矢が降ってくるかのどちらかだからね。これは僕の予測だけど敵軍の右翼は弓兵を多く入れる事で中央にも攻撃が出来るのが厄介だろうね」

「すっかり他人事ですよ」

「まあ,既に僕はお呼びではないからね,フライア軍に期待する事しか出来ないよ」

「そう言いながら危なくなったら動くんだろ,なにしろイズンを倒してもフライア軍が負けてちゃ俺様達が帰るのに一苦労だからな」

「僕としてはそうならないと読んでいるから,結構楽観視してるんだけどね」

「堂々と言いやがったですよ,この屁理屈軍師はですよ」

「まったくだ,ちっとは俺様達の為に働けやってんだ」

「あははっ,僕としては充分に働いているつもりなんだけどね」

「そう思えないから言ってるんですよ」

「まったくだぜ」

「イクスもハトリも酷いね,けどまあ,イズンとの一騎打ちに成れば自然と理解が出来ると思うよ」

「それが分かっているから尚更腹立たしいですよ」

「ったく,結局はお前の考え通りってのも俺様の刀身を熱くさせやがる」

「あははっ,そう言われもね」

「イブレは自分の仕事をしてるだけ」

「やっぱりエランは分かってくれるね」

「それもそれで少し頭に来るですよ」

「その通りだな,大体」

「イクス,ハトリ,そこまで」

「……分かったですよ」

「仕方ねえな」

 エランに制止させられたなら黙るしかないイクスとハトリにイブレは軽く笑っているので,ハトリは仕方なく別方向へと話題を変えながらもイブレに愚痴を出してくる。イクスもそれに便乗するがイブレはいつものように微笑みを浮かべながら平然と対応している。そんな中でエランだけは静かに紅茶を堪能していた。ここまでエランが落ち着いているのにもしっかりと理由がある。

 両軍共にスレデラーズ同士の戦いは早めに終わって欲しいと思っている,とエランは考えていた。イブレも同じ事を考えているだろうから,あえて同意を求める事はしないが察してはいる。なにしろフライア軍にとってはスレデラーズ同士の戦いが邪魔に成ってしまうので早々終わらせてブラダイラ軍との戦いに集中したい,ブラダイラ軍はイズンの勝利に期待しているので早めに終わらせて援軍として参加させたいとエランは考えていた。けどエランは自分の考え自体が何も意味を持たない事をしっかりと理解していた。

 両軍共に早めにスレデラーズ同士の戦いを終わらせる事で,相手の士気を挫く事が目的なのだから。それは今までの戦いでイズンの力を通してスレデラーズの強大さをしっかりと認識しているからだ。そして両軍共に自分達のスレデラーズの使い手が勝つ事を信じている,スレデラーズ同士の戦いで勝つ事で自軍の士気が大きく挙がる事を分かっているからだ。だからこそエランとイズンの戦いは今回の戦いでは一つの要と成るのは当然とも言える。

 エランもそう簡単には勝てないと踏んでいるが負けるとは思っていない,それにスレデラーズ同士の戦いで何度も負けているエランにとってはイズンが敵に成るかも怪しいとイクスは考えている程だ。何にせよ,スレデラーズを手に入れる為には負けられない戦いで有る事はイブレを含めてエラン達はしっかりと理解している。全てはエランが祈り願う事の為に……。



 更に六日後,ブラダイラ軍の斥候がフライア軍を発見したとの報告がテリングの元へと届いた。念の為にテリングは陣形を組むように命じるとブラダイラ兵達はしっかりと横陣を組んで進軍を開始した。そしてブラダイラ軍の到着はフォルグナーの元へと報告が挙がっていた。だがフライア軍は本陣から出ずに臨戦態勢だけに留めてブラダイラ軍の到着を待った。そして遂に両軍は戦場と成るロミアド山地の出口,ヘルレスト草原で相対するのだった。




 さてさて,ようやく終盤を迎えた第三章ですが……長かった。まさかここまで長くなるとは思っていなかった。まあ,一話当たりの文字数を減らした事も要因なんですけどね,それでもまだまだ終わらないって本当に先が見えないですね。なにゆえここまで長くなったのかと私自身が思っていますが,まあ,これが私の小説で見られる醍醐味と言い訳をしておきましょう。

 さてはて,今回も更新が遅くなりましたが……まあ,こんなもんでしょうと大目に見てください。まあ,一万字程の小説を短いペースで挙げるのは流石に今の私では無理ですね。調子が良かった昔が懐かしいとも感じてしまいますね。ってか,今に成って思うけど何であんなに長い小説を短い期間で更新が出来たのかと不思議に思っております。とまあ,昔を懐かしんだところでそろそろ締めますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願いします。

 以上,最近だと本は元より漫画も読んでないなと,活字から離れているのか付いているのか分からなくなっている葵嵐雪でした。

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