第三章 第二十六話 イズン=エイル登場
フォルグナー到着の知らせを受けたスノラトは数名の側近を連れて自ら出迎えに向かった。そんなスノラトに応えたのかフォルグナーはスノラト達と合流すると下馬して対面する。そして少しだけ言葉を交わした後にスノラトはフォルグナーを本営に案内する為に歩き出し,フォルグナーも馬を側近に預けてスノラトの隣を歩く。
歩いている時にも二人は言葉を交わし,遠目から見たら姉妹かと思う程に仲が良さげに見えたが上司と部下という関係に変わりはない。けどそれ以上の関係が自然と出ていたからこそ,その様な風に見えるのも当然かもしれない。久しぶりの再会を楽しみならが歩く二人はお互いに笑みが浮かぶが,本営に入るとフォルグナーは人払いしてスノラトと二人だけに成ると急に真剣な顔に成り,エラン達に会わせて欲しいと言うとスノラトは黙って頷いてから本営の外に出て見張りにエラン達を呼ぶように命じた。
戻ったスノラトはエラン達の事を出来るだけ話した。予備知識として情報は有った方が会話が早く進むからだ。フォルグナーもそれが分かっているだけに,今は唯々スノラトの話に耳を傾けており,そしてエラン達が到着するとスノラトが入るように呼び掛けてエランにイクス,ハトリとイブレも天幕内に入るとフォルグナーは観察するようにエランとイクスを見てから話を切り出す。
「さて,スノラトから少しは聞いているでしょうがフォルグナー=スノスです。私も貴方達の事をスノラトから聞いているので挨拶は省きましょう,けど一つだけ確認したい事が有りますので伺いますが貴方達の狙いもイズンで間違いはないのでしょうか?」
軟らかな物言いだが,声音に将軍らしい凜々しさも有り凡人なら恐縮すると思わせる程だ。だからという訳ではないがエランは平然と返答する。
「間違いはない」
「何故,イズンを狙うのか聞いても?」
「利害の一致」
「ふふふっ,つまりは話したくないと」
「うん」
「素直なのか,素直じゃないのか分かりませんね。まあ,良いでしょう,こちらとしても最初からエランさんとイクスさんにはイズンと対峙してもらう予定で来ましたので,そちらのお二人も異存はありませんね」
「無いですよ」
「強いて言うならエラン達が戦い易いように助けはしますけどね」
「なるほど……」
ハトリとイブレの言葉を聞いて少しだけ黙り込み考えるフォルグナーは自分の内で何かしら納得すると,少しだけ頷いてから話を続ける。
「ではフライア軍は二人の決闘を邪魔しないように動きましょう」
「おっ,随分と話が早えじゃねえか」
「もちろん,前提としてイズンが出て来るまで最前線で戦ってもらいますけどね」
「ってか,条件付きかよ」
「この駄剣は私達が傭兵としてここに居る事を忘れてやがるですよ」
「けど逆に考えるとエラン達が派手に暴れ回ればイズンはそこを目指すだろうね」
「おっ,流石はイブレだぜ」
「そうやって口車に乗せられているですよ」
「けっ,別に良いだろ。俺様達の標的にそれで戦えるんだからな」
「ハトリ,私もイクスと同じ意見」
「まぁ,エランがそう言うのなら仕方ないですよ」
エランの言葉に態度で本当に仕方ないと示しながら言葉を放ったハトリにイクスが何かを言い返そうとする。だが,その前にフォルグナーが軽く笑い出したのでイクスは何事かと黙り込むと,フォルグナーは一息付いてから会話を続ける。
「すみません,スノラトに聞いたとおりに面白い方々なので,つい笑ってしまいました」
「その中に含まれているのが不本意ですよ」
「ふふふっ,本当にすいません。……さて,話を戻しましょう。スノラトと交わした契約ではイズンを倒すまで従軍するとの事でしたが,私としても一度取り交わした契約に介入するつもりはありません。なので今後は私の命で動いてもらいます,よろしいですね?」
「問題ない」
「エランがそう言うのなら俺様もかまやしねえよ」
「今更に成って文句は言わないですよ」
「まあ,そうなると思っていましたので」
フォルグナーの問い掛けにそれぞれ答えると,満足げに頷いたフォルグナーは確認事項が済んだので話題が次へと移る。
「さて,それではエランさん達とヒャルムリル傭兵団の追加報酬ですね。フライア軍への貢献度に先の戦いでの功績を含めて充分な報酬を持って来たから納めてください。それとイブレさんとエランさんについてですね」
フォルグナーはイブレには専用の天幕が与えられた事を告げた。これはフォルグナーなりの配慮と言ったところだ。何時までもエラン達と同じ天幕では何かと不便であるのと同時に変な噂が出て来るのも困るだろうと考えたからだ。まあ,年若い男女が同じ天幕に居れば誤解どころか,そういう関係だと思う者も出てくるだろう。まあ,実際にはまったく全然一欠片すら,そのような関係では無いなのはエラン達が良く分かっている。だからエランは特に気にする事無くフォルグナーが居る本営の天幕から出て行くのだった。
一方,その頃ブラダイラ王国に帰還したテリングは各将を集めて軍議を開いていたが,その場に居る誰もが一言も喋らずに黙っていた。それもそのはず,なにしろ軍議に出席する全員が集まって居ないからで,その人物が次の戦いでは重要に成るので誰もがその人物が来るのを待っていたから誰も話し出さないのだ。もちろん,その者にも軍議が開かれる事と集合時間を告げていたが,この場に居る誰しも時間通りには来ない事が分かっていたので唯々黙って待ち続けるしかない。
開始時間をかなり過ぎた頃に成って人気がない軍議が開かれている部屋に複数の足音が響いてくる,最初は小さく徐々に大きく成ってきた。そして軍議が開かれている部屋の前で止まると扉が開かれて一人の女性が入って来るなり,外に向かって何かしらの合図をしたら外から扉が閉じられた。
入って来たのは少し薄暗い部屋でも目立つ程の紺青色をした艶のある髪を腰まで伸ばしてしっかりと整えられており,薄緑色の瞳をした女性は空いた席に向かって歩き出したら当然の様に着席するのと同時にトジモが我慢の限界とばかりに立ち上がって少しだけ怒気を込めた声で女性に話し掛ける。
「イズン,軍議の開始時刻は伝えてたはずだぞ」
トジモが言った通りに,この女性こそイズン=エイル本人であり,腰に携えている剣こそバタフライフェザーカノンである。そんなイズンはトジモの怒気などまったく気にしない素振りで自分の髪をいじりながら言い返す。
「それはごめんなさいね,取り巻きの男達と遊んでいたら時間が過ぎちゃった」
「イズン,お前は」
「トジモ,良い」
「流石は軍事将相,器がでかいわね」
イズンの言葉を聞いてトジモは言い返したい気持ちを抑え込みように座り,テリングの顔を立てる事にした。そして全員が揃ったので軍議が始まると思いきやテリングはイズンに向かって話し掛ける。
「さて,イズン,次の戦争にはお前も出てもらう」
「嫌よ,泥臭い戦場なんて」
「そうはいかない,既に王の許可は取ってある。それにお前の相手は白銀妖精だ」
「随分と手回しが良いのね。それに私の相手が白銀妖精ってどういう事?」
「先の戦いでフライア軍に白銀妖精と名が高い者と遭遇した。状況から見て確実にフライア軍として参戦していると見て良い,だからこそ同じスレデラーズの使い手であるお前に対処してもらいたい」
「なるほど,ね。まあ,そういう事なら良いわよ」
束の間だけ軍議に参加している将達が驚きでざわつくがすぐに静まる。テリング以外はすんなりとイズンが参戦を表明するとは思ってはいなかったからで,王の命令も有るかもしれないがテリングはイズンを参戦させる材料をしっかりと分かっていた事も理由の一つだ。そしてそれを証明するかのようにイズンが話し出す。
「あの噂って気に入らなかったのよね,実力はともかく白銀妖精なんて異名を持つなんて可愛げがないじゃない。というか私こそ美しい異名が似合うと思わない」
「それはお前の活躍次第だ」
イズンの言葉を切って捨てるような言い方をしたテリングに,イズンは溜息を付くと話を進める事にした。というのもイズンからしてみれば軍議なんて全く面白みがない唯々退屈な場であるからこそ,すぐに終わらせたいと自分から発言しているのだ。
「分かったわよ,とにかく私はその白銀妖精を倒せば良いだけよね」
「そうだ,フライア軍にも援軍が来たとの報告を受けているからには,こちらも兵力を増強して事に当たる。イズンは白銀妖精だけに集中していれば良い」
「はいはい,分かったわよ。そういう事なら引き受けるわよ。まあ,私としても白銀妖精なんて異名を持ってるやつなんて気に入らないわ,それを私自身で倒せるのならばそれも悪くないわね。だから邪魔だけはしないでちょうだい」
「分かっている」
「じゃ,そういう事で私は戻るわね」
勝手に席を立つイズンに将達から冷たい視線が送られるが,イズンはまったく気にする様子もなく堂々と軍議の部屋を出ると待たせてた取り巻きの男達と再び歩き出して部屋へと戻っていく。そして足音が聞こえなくなると将の一人が叫ぶように言い出す。
「何故イズンをあれ程までに引き立てるのですか,兵力を集めればフライア軍とも対等に戦える筈です」
「戦力の問題ではない,白銀妖精が相手にいる限りはイズンが必要だ。それにイズンに憤りを感じてるのは貴殿だけではない。今は慎まれよ」
「トジモ将軍」
珍しく冷静に対処するトジモにテリングは,その通りとばかりに頷く。だがトジモの頭には先の戦いで邂逅したエランの姿が思い浮かぶ。見た目は少女だが燃える剣を手に悠然と立っている姿は,どこかしら重々しい雰囲気を感じたのをトジモは今でも覚えているかえ冷静でいられた。そしてやっと軍議らしい話題が出て来る。
「そういえばテリング将相,今回はどの程度の兵力を集めるつもりなのでしょうか?」
「出来るだけとしか言い様がないな。斥候からの報告ではフライア軍は続々と援軍が到着しているとの事だ,それを鑑みてもこちらも出来るだけの兵力を集めなければならない。ロミアド山地という防衛線を突破されたからには総力戦を皆に覚悟してもらいたい」
「そのうえスレデラーズ同士の戦いと成ると予想が付きませんね」
トジモがそう付け加えるが,テリングが顔を振って否定すると理由を述べ始めた。
「イズンに関しては作戦に組み込まないようにする」
「と仰いますと?」
他の将が尋ねるとテリングはその意味を話す。
「スレデラーズはたった一本でも一万の兵を相手にしても勝てると言われている剣だ,その力は我々がイズンを見て良く知っているだろう。そんな剣が敵にも一振り,強大な力がぶつかり合えば兵達が巻き込まれるかもしれん。なので兵の損耗を防ぐ為にもイズンには本軍と少し離した場所に居てもらうつもりだ,尤もイズンの方もそれを望むだろうがな。こんなところだ」
「なるほど,承知致しました」
「うむ,それでは綿密な戦略を練り上げるぞ」
『はっ』
軍議はやっと軍議として機能し始めると出席者達から積極的な意見が出始めて様々な戦略や策が練り上がるのだった。そんな白熱した軍議をさておき自室に戻ったイズンは備え付けられた豪華な椅子に座ると取り巻きの男達がイズンの為に動き出す。ある者は酒気を渡してワインを注ぎ,またある者はイズンの為に果実の盛り合わせを持って来て仰々しくイズンの手が届くところに置いた。
ここに居る男達は誰もが容姿は良く,イズンに対しても丁重な仕事をしていた。もちろんイズンの為ではなく,それだけの金払いがイズンから出ている為である。金の出所はもちろんブラダイラ王国の国庫からだ。それだけの価値があると判断されたからこそ,というよりもそうなるようにイズンと貴族達が手を組んだからだ。
掴み取った贅沢三昧の日々に満足しているイズンはワインが入った透明な酒気を見ながら独り言のように周囲の男達に言い聞かせる。
「白銀妖精ね,噂だと神秘的とか幻を見ているようとか言われてるけど,それこそが幻想なのよ。どうせ多少綺麗な小娘ってだけでしょ,だから気に食わないのよね。まあ,そんな小娘に本当の美と力で倒すのも一興よね。久しぶりに楽しくなりそうだわ,ふふふっ,あははっ!」
イズンの笑い声が全てを掻き消すように響き渡る中でブラダイラ軍は着々と次の決戦に向けて準備を進めていくのだった。
ブラダイラ王国で重要な事が決まり始めている時,フライア帝国でも重要な話が行われていた。フォルグナーの天幕に呼ばれたスノラトは,すぐに人払いがされている事に気付くとこれから重要な話がされる事を察した。だがフォルグナーはまずスノラトを労う為に高級そうな長棹の前に置かれている,これまた高級そうな長椅子に座るように促すとフォルグナー自身がお茶を煎れて出すとスノラトと対面する形で座った。ロミアド山地を越えてきた疲れを癒やすように茶で身体を潤してからフォルグナーは口を開いた。
「まずはロミアド山地の攻略を祝わせてもらうは」
「素直にその言葉を受け止めたいのですが,今回は周りに助けてもらってばっかりで自分では大した功績を挙げていないと自覚しております」
「ふふふっ,まあ,そう堅くならないで,その為に二人っきりにしたのだから」
「うん,分かったよ,フォルグナー様」
まるで姉妹のような口調になるフォルグナーとスノラトは表情までも穏やかに成り,本当の家族みたいな雰囲気なり話を続ける。
「それでスノラト,随分と思い悩んでいるようね」
「あはは,分かっちゃうか。流石に今回は周囲の力が大きすぎて,私は大した事はないなと実感させられたよ」
苦笑いを浮かべながらその様に言ってきたスノラトをフォルグナーは暖かい視線で見ながら話を続ける。
「白銀妖精の力と流浪の大軍師と称される知略,それに傭兵団の奇策と報告には聞いているわ。確かにそれだけ揃うと自分自身が見劣りしていると思っても仕方ないわね,けど大事な事を忘れているわね。戦争では個の力も重要だけど集団の力がもっと重要なのよ,とは言ってもスレデラーズの使い手が居る事はかなり大きいけどスノラトはしっかりと助言を受けて良く決断と結果を残したと思っているわ」
「ありがとう,フォルグナー様。その言葉だけでも自分自身に少しは自信が付くよ」
「ふふふっ,それは早とちりというものよ」
「えっ,どういう事?」
「スノラトはもっと大きな事をやってのけているのよ」
「そんな事をやった記憶は無いけど?」
「自覚が出来ないのも,まだまだ未熟な証拠ね。いいスノラト,ここ数ヶ月で貴方自身は大きなモノを得たのよ。それは『絆』よ,白銀妖精に流浪の大軍師と傭兵団と共に戦った日々は貴方が思っているのより大きいのよ。今後の戦いに白銀妖精や大軍師が関わってくるかは未知数だけど,傭兵団も含めて同じ時を過ごしたスノラトとは敵対する事は避けるでしょうね。それは彼女らを対等に扱った絆が尾を引いて敵対する事を躊躇わすからよ,逆に不利な状況だからこそ私達に加勢してくれる可能性だってあるわ。それが絆の力というモノだからね」
「絆の……力」
「そう,それは得るのはかなり難しいわね。特に常に味方じゃない人達とはね」
「そういうモノなの?」
「自覚が無いというなら頭の隅にでも置いておきなさい,今まで通りに精進していれば分かる時が来るからね」
「うん,ありがとうフォルグナー様」
スノラトの返事を聞いて微笑んだフォルグナーは少しだけ暖かい茶器を手に取ると,そのまま口に運び緑茶で身体と心を潤す。そして茶器を置くと本題とばかりに少し険しい表情をスノラトに向けて,それを見たスノラトも心の準備を終えると頷いたのでフォルグナーは話し出す。
「さて,そろそろ本題に入りましょうか」
「はい」
「今回の決戦にあたり陛下から勅命が下りたわ,その内容はスレデラーズの使い手同士を戦わせて負けた方のスレデラーズの回収なのよ」
「それは流石に無理と言わざる得ないです。スレデラーズ同士の戦いに普通に兵士が近づく事は出来ないうえ,敵も同じ事を考えてたら乱戦に成ってますます回収は不可能です」
「そうね,けど回収が可能な者が一人だけ居ます」
「それは誰ですか?」
「もちろん,イズンと戦う白銀妖精ことエランさんですよ」
「ならエランにスレデラーズの回収を命ずる事に?」
「先程,話した限りではそれは無理でしょう。理由は分かりませんが,エランさんはイズンと戦う事に執着しており,そこには何かしらの思惑が有るのならスレデラーズに関する事ですからね」
「では,先程はそれを確かめに?」
「それも有りますが,それ以上に白銀妖精と噂されているエランさんをしっかりと見ておきたかっただけです。それ以上の理由はありません,なにしろスレデラーズの回収は振りだけをしておけば良いのですから」
「振りですか?」
「えぇ,別方面から別の勅命が下りましたから」
「別の勅命って,その様な事が出来る方が居るとは思いませんが」
「それが居るのですよ,同じ皇族ならどうですか?」
「……あっ」
「分かったようですね,キトラス皇太子よりロミアド山地を手に入れよと勅命を受けました。スノラトもキトラス皇太子に付いては知っていますね」
「それはもちろんです」
「どうやら皇太子は国境線を押し上げるつもりです。その為にロミアド山地を抜けたヘルレスト草原に幾つかの砦を作るように手配をしています,そのついでに私がスレデラーズの回収を失敗しても何も咎められないように手配もしているのでしょう」
「それはつまり……代替わりすればブラダイラを一気に攻め取るという事ですか」
「まあ,キトラス皇太子はその様に考えているのでしょう。だから今回の戦いでイズンという最強の敵を廃止,砦を構築する事で国境線を押し上げるつもりなのでしょう」
「けど陛下の勅命を誤魔化すのは危険では?」
「帝国の玉座は運や血統で取れる程に甘くはないのです。陛下すら説得する事が出来る実力が有るからこそキトラス皇太子は次の皇帝候補第一位と言われているのです,次期皇帝だからこそ現皇帝にもいろいろと手を回せるという訳です」
「なるほど,言われてみればその通りですね」
「そこでスノラト,貴方の配下から回収する振りをする部隊を上手く動かしてください。私はこれだけの規模で戦うと成れば総指揮から離れられませんから」
「はっ,承知致しました」
「それともう一つ,貴方だからやって欲しい事があります」
「何なりと」
「では……」
フォルグナーから直接指示を受けたスノラトは,すぐに動くべきだと判断してフォルグナーに敬礼してから天幕から出て行った。そんなスノラトをフォルグナーは穏やかな微笑みを浮かべながら見送った。命じた内容は重要だが重要性で言えば高くはない,やっておいた方が後々に優位に立てる程度の事だ。それでもフォルグナーを慕っているスノラトからしてみればどんな命令でも全力で取り組むのであり,そんなスノラトをフォルグナーは妹のように可愛がっているのだった。
翌朝,エランは外から聞こえて来る喧騒で目を覚ましたが,心地良さが勝ってなかなか布団から出ずに近くで寝ているハトリを軽く抱きしめる。そして少し時が過ぎるとハトリが動き出して目覚めだしたので,エランはハトリを離してやっと身体を動かして掛け布団を押しのけるようにめくるとハトリは完全に目を覚ました。
珍しい事にエラン達の目覚めを遅くした理由は今まで寝ていた寝台に有る。今まで寝ていた布団はかなりの弾力と柔らかさがあり,掛け布団も軽く肌触りが良いからだ。理由は他にも有るがひとまず置いておき,目覚めたエランは口を開く。
「おはよう,イクス,ハトリ」
「おはようですよ」
「おはようさん,随分とゆっくり寝られたみてえじゃねえか」
それぞれに挨拶を交わすとエランは動き出して寝台から下りると,天幕に備え付けてある鏡の前に座ると置いて有った櫛で自らの髪を梳く。元から櫛通りが良いエランの髪が整って行き,少し梳いただけでいつもの髪型に戻った。それから手拭を持つと少しだけ水を溜めてある所で顔を洗うとしっかりと拭いてから,いつも身に着けている鎧を身に着けていった。
最後の鎧を身に着けるとハトリの髪もいつもの形に結び終わっており,エランと同じように顔を洗う。その間にエランはイクスを背負うと革紐をしっかりと締めるといつもの装いになるとハトリも準備を終えておりエラン達は朝食の配給を取りに天幕の外に出る。
朝食を持ち帰ってくるとエランとハトリは円卓を前に朝食を置くと,エランはお湯を沸かしハトリがその間に紅茶の茶葉を用意する。お湯は魔道装置ですぐに沸いたのでハトリにお湯の入った容器を渡すとハトリは紅茶を煎れる。そしてエランとハトリは円卓を前に座るとのんびりと朝食を頂くのだった。
朝食を終えた後に食器を返したエラン達は昨日のうちに作っておいたロックチョコクッキーを円卓の中央に置いて,のんびりとモーニングティーを堪能していた。そうなると暇になってくるイクスから喋り出す。
「それにしても随分と待遇が変わったもんじゃねえか,イブレの野郎とは別の天幕だし他にもいろいろと付いていると来るた~な」
「イブレが言うにはエランのご機嫌取りみたいですよ」
「要は必ずイズンを倒せって事だろ」
「まっ,その通りですよ。豪華な寝台に丁寧な装飾が付いている円卓と椅子,それにお菓子作りの台所と簡易的な小さいお風呂まで有るからにはエランの好みを知っているスノラト将軍が手配したと考えて良いと思うですよ」
「うん,お風呂が有るのは嬉しい」
相も変わらず無表情でその様な事を言って来るエランだが,声音は少し嬉しそうに聞こえたのが本心だからだ。なので再びイクスが会話を再開させる。
「兵が揃ったからには,イズンの討伐に励めって事だな」
「こちらとしてもそれが目的だから文句は無いですよ,まあフライア軍から見ればエランの機嫌を取っておいた方が良いのと体調管理がし易いという利点があるですよ」
「エランが体調を崩すとは考えねえけど,ここまでの好待遇に切り替えるとは相当俺様達に期待しているって事だな」
「まあこれを目の当たりにしているから同意せざるえないですよ,後は気に成っているのはこの天幕がフライア軍の最左翼付近に有るという点ですよ」
「右翼は増援が来るから巻き込めない」
「確かにエランの言う通りですよ,今回は両軍ともスレデラーズの威力を知っているからには普通に兵をぶつけてくるとは思えないですよ。だからロミアド山地から近い右翼には戦力を集中させないのは当然ですよ」
「ってことは,俺様達は最初から敵味方共に兵が少ない左翼で戦えって事か」
「流石に十万の援軍となれば未だにロミアド山地を抜けていない兵も多いですよ。まあ決戦には間に合わせるつもりだから右翼にも兵は揃うと思うですよ,けど兵力を中央に集中させる方がフライア軍としては動きやすいですよ」
「っで,相手のブラダイラ軍としては中央に壁を作って両翼を伸ばすのが定石だけどな。まあ,相手さんもそんな定石通りの戦い方なんてしねえだろうな。なにしろ相手も俺様達の相手をイズンにやって欲しい筈からな」
「それを考えるとフライア軍としても最初からエラン達の位置を知らせるようは布陣にするつもりですよ。まあ,実際にどうなるかは今の私達には分からないですよ」
「だな,けど俺様としては早々にイズンと戦えるのならやる気は出るけどな」
「この駄剣は相手の実力を過小評価しているですよ」
「ぁん,なんだと」
「イブレが言った事を覚えているのなら今回のスレデラーズ,バタフライフェザーカノンは遠距離戦に特化した剣ですよ。正確に言うなら距離を選ばすに戦える剣ですよ」
「あぁ,確かにイブレの野郎はそう言ってたな。確か今までの戦いでは遠距離で多数の敵兵を排除して,遠距離攻撃を抜けてきた兵にも対処が出来るだったか」
「やっと思い出したようで良かったですよ,つまりエラン達も近づくには考えが必要という事ですよ」
「うん,少し厄介」
「そうだな,例えるのなら弓と剣が一体となった相手って事か」
「相手はスレデラーズですよ,弓程度の例えで会っているのか分からないですよ。むしろそれ以上の攻撃をしてくるからスレデラーズと言えるですよ,だからエランは距離が有ったとしても注意した方が良いですよ」
「うん」
「ってか,おい,まるで俺様が考え無しのような言い方だな」
「気のせいですよ」
「おい……っち,そういう事にしておいてやるよ」
いろいろと言いたいのをイクスは自ら言わない事にした。なにしろここでハトリと口論になればエランから文句が出るのを察したからだ。朝からエランの機嫌を損ねると後で何を言われるのか分からないので仕方なく会話を終わらせたという所だ。
イクスはそこから話題を変えるとのんびりした会話が続く,すると何の遠慮も無しにレルーンがエラン達の天幕を尋ねてくると自ら紅茶を煎れて円卓に付くと会話に加わり賑やかに成った。そんな賑やかな天幕の中でエランはロックチョコクッキーを口に入れて甘みを味わい,紅茶で更に甘味を堪能するのだった。
さてさて,ようやくエラン達の相手と成るイズンが出て来ましたね。当初の設定だともう少し上品な女性だったのですけど,書いているうちに性格を悪くした方が良いなと思いまして,このような登場と成りました。なにしろブラダイラ王国での穀潰しですからね,今以上でも良いかと思う程です。逆にフォルグナーの方はかなり性格を良い方へと軌道修正しました。
さてはて,まあ七月中の更新は無理でしたが,八月の始めに更新が出来たのだから良い方でしょうね。ようやく更新のペースが上がってきたので,この調子で行きたいところですね。まあ……行けるかどうか分からないけどねっ!! と言い訳だけはしておきます。何にしても今の状態を,出来ればもっと良く出来れば幸いです。と意気込みだけをのたまいたところでそろそろ締めましょうか。
ではでは,ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからも気長によろしくお願いします。
以上,アニメは一気に見をしたいので放送されても見る事を我慢している葵嵐雪でした。




