表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第一章 フレイムゴースト
7/74

第六話

 椅子に座ったエラン達に笑顔を向けるデーブルの一番奥に座っている男。青年と言うには若すぎるし中年と言うには老けてはいないので年齢的には三十代半ばと言った所だろう。容姿もそれなりに整っており,さすがは領主の家系を受け継いだ人物と言える程にそれなりの容姿をしているが多くの女性を引き付ける程ではないが少しぐらいの女性なら引き付けられると言った感じだ。それだけに笑顔を見れば相手が誰であっても好印象を与えられる雰囲気を出している。そんな男がエランを軽く見回してから笑顔のまま口を開いてきた。

「先程もイブレ殿から簡単な紹介に与りました,私はエアリス国マーズ領主ラスリット=マーズです。どうぞよろしく」

 その言葉を聞いてエランがすぐに返事を返した。

「改めましてエラン=シーソルです。今回は身に余る歓迎に感謝しております,ラスリット様」

 思いっきり社交辞令としての返事を返したエランにラスリットは未だに笑顔のままだから気分を害した訳ではないが,社交辞令の典型例みたいな挨拶をした事に気付いているイブレは気付かれないように笑っていたのをエランとハトリ,そしてイクスまでも気付いていた。それから笑顔を崩したラスリットが返事を返してきた。

「今回の一件を考えればこの程度の対応は当然ですよ」

 返事を聞いたエランが何か引っ掛かるモノを感じたが,すぐにそれが何なのかが分かった。態度と言葉遣いだ,ラスリットは何代も続いているマーズの領主なのだから下の者に対する態度と言葉遣いは重々に分かっている筈だがエランに対しては対等の扱いをするのような態度と言葉遣いをしているのだからエランとしては気になる所だがエランの方からそれを聞くのも無礼とも言える。

 一方は領主,一方は旅人であり傭兵だ。だからこそラスリットはエランに対して威厳と立場を明確に示さなければいけないのだが何故かラスリットはそんな事をしないで今は少し苦笑いに成りながらもエランの返事を待っているがエランとしても明らかに目上の存在として接しないと行けないラスリットがこのような態度を取っているのだから下手に返事をする,というよりはどう接すれば良いのか迷っていた。

 エランとラスリットの間に生じた奇妙とも言える沈黙,それが何を示しているのかエランどころか部屋に控えていた兵士達にも分からずに小さな動揺が出ていた。そんな中でイブレだけがラスリットの心が分かっているので,ここからどうしようかと考えを巡らす。

 やはりお優しい方だね,ここの領主様は。けど今はその優しさが逆効果に行ってるみたいだね。先だってエランの実力と見た目は関係ない事は伝えておいたのだけどね。やはり実際に目にしてしまうと躊躇ってしまうようだね。さしずめ多くの兵士を死なせた盗賊団の討伐に見た目はか弱そうな少女に見えるエランを向かわせて良いのか迷っている,と言った所かな。だけどこの様子だと騎士団長の報告も間に合ってはいないみたいだね。さて,領主様の目を開かせるにはどうしたものか。

 イブレはこのような考えを巡らせていたが同時にイブレが思っていた事にラスリットも考えを巡らせていた。そんな中ですっかり沈黙が支配した中で発言の機会を失ってしまったエランも今はただ黙っているしかないと思うばかりで奇妙な沈黙が部屋を支配する中でエランの背中から金属音が鳴り響くが,それでも誰も発言をしないので沈黙が続く中でついに痺れを切らしたイクスが思いっきり無礼な口調で声を発する。

「おいおい,揃いも揃って何黙ってるんだよ。話す事は決まってんだろ,ならさっさと話を終わりにして俺様に至高の逸品を食わせろ」

 ラスリットがいる為かちゃっかりと自分の願望を言葉の最後に入れたイクス。そしてイクスが言葉を発した事で雰囲気が一気に変わった。まあ,先にイブレからイクスが喋るつるぎだと聞かされていても実際にイクスが喋ると驚くのがお約束のように周囲の兵士達もざわつかせたのでエランはイクスの柄を握りはしないが手で包むとイクスに向かって簡単に声を発する。

「イクス」

 名前だけを呼んでエランはイクスの柄を握ったのでイクスが何かを言おうとしたが,その前にイブレが言葉を口に出してきた。

「確かにイクスの言う通りにだね。そろそろ考える事は止めて話すべき事を話さないならないね」

 イブレがそんな事を言い出したのでエランは握っているイクスの柄から手を離したのでイクスも一安心している。もしイブレがあの様な話をしなければエランはイクスを鍔の中に押し込むつもりだったのだから。だからイクスが一安心するのも分かるし,エランとしても奇妙な沈黙をそろそろ終わらせたいと思っていたから丁度良い事は確かなので素直にイクスをそのままにして置く事にしたようだ。そしてエランを止めたイブレはそろそろ話を進める為にラスリットに顔を向けてから口を開いてきた。

「領主様,やはり私の言葉だけではエランの事を認めるのは無理なようですね。まあ,それも仕方有りません。お優しい領主様だからこそエランの姿を聞いてはいたものの実際に会うと少女のようなエランにこのような任務を与える事に躊躇したのでしょう」

「おいおい偏見も過ぎるってもんだぜ,外見を見ただけで実力まで決め付けられたら俺達はどうやってあんたに認められれば良いんだよ」

「イクス,少し言い過ぎ」

 場をわきまえてイクスを調子に乗らせないようにいさめるがエラン自身も少しはイクスと同じ事を思っていただけに強くイクスを戒める事はしなかった。そんなエランの気持ちが分かっているイクスは仕方ないとばかりに黙り込むと再びイブレが続け様にラスリットに向かって口を開いた。

「ところで領主様,騎士団長のベルテフレ殿から報告書は上がってきたのでしょうか。もし上がってきているとしたら是非ともすぐに目を通してもらいたいのですが」

 言葉を発して笑顔を向けるイブレだが笑顔の奥底にある歯がゆい気持ちが出ているのだろう,笑顔なのに逆に問い詰められているようにも感じるラスリットは先程まで処理と整理をしていた書類を一つ一つ思い出すと何かを思い出したのだろう。イブレの笑顔にまったく動じる事無くてラスリットは微笑ましい笑顔でイブレに向かって言葉を返す為に口を開く。

「そういえばベルテフレからの報告書が上がってきたが重要性は低いと思って後回しにしてしまったがその報告はそれほど重要なモノなのですか?」

「確かに重要性は低いでしょう。ですが今の領主様にとってはとても重要な報告書なので是非とも目を通して頂きたいのです。そうすれば抱いてる迷いも解き放たれる事を約束します」

 イブレがそこまで言い切ったのだからラスリットにも今の自分に必要なモノだというのはすぐに分かったので後ろで待機をしている兵士の一人を呼び寄せると癖なのだろう兵士はラスリットに耳を近づけラスリットも小声で指示を出す。それから兵士はラスリットに敬礼した後にエラン達にも敬礼をして退出して行った。まあ,先程の会話を聞いてれば分かる通りにラスリットはイブレの助言を素直に受け入れたようだ。だがそれだけでエラン達に向けた偏見を無かった事にする事が出来る程にラスリットは器用ではないので今度はエランに向かって口を開いてきた。

「エラン殿,あなたの事はあらかじめしっかりと聞いていたつもりですが見た目だけでいろいろと決め付けてしまっていた事を謝ります」

「その必要はありません」

 ラスリットはまだ何かを言おうとしていたがエランの言葉がラスリットが発していた言葉を断ち切るとエランは言葉を続けた。

「ラスリット様,あなたが抱いていたのは決め付けですか。私にはまったく違うモノを抱いていたと思います。それは迷い,ラスリット様のお優しさから生み出した迷いが困惑へと変わり躊躇を生み出した。そんなところでしょうか,なのでラスリット様が謝る必要はありません」

「……感謝します」

 ラスリットは短く心からの言葉をエランに贈った。どうやらラスリットの戸惑いはエランにも分かっていたようだ。まあ,あれだけイブレがラスリットの心にある躊躇を言い当てたのだからエランにも分かって当然だ。それだけではなくイブレがまだ何かしら用意をしてある事に検討が付いているエランはこれ以上の言葉は今は無駄。まずは実力を示す必要があると思いエランはイブレに向かって口を開く。

「イブレ,あまり出し惜しみをしないで早く出してやろう。そうしないと話が進まないと思うよ」

 エランの言葉にイブレは軽く笑ってから口を開いた。

「別に出し惜しみをしていた訳じゃないんだけどね,それに出す必要が無ければ無用の物だし一度は納得した領主様がここまで戸惑うとは思わなかったものだからね,っと,これは領主様に失言,無礼をしたのでここに謝ります」

 イブレはラスリットに向けて頭を下げる。まあ,先程の発言は聞きようによってはラスリットを馬鹿にしてると思われても仕方ない言葉だったのだからイブレはすぐに謝罪するがラスリットは笑いながら言葉を返す。

「いえ,イブレ殿の言う通りに私も一度は納得して決めた事に疑念を抱いてしまったのは確かですから,イブレ殿も謝る必要はありません」

「寛大なお心遣いに感謝します」

 社交辞令としての返事をするイブレに今まで黙っていたイクスが声を発して来た。どうやら煮え切らない場に少し苛立ったようだ。

「イブレよ,やるならさっさとやろうぜ。これ以上の会話と言葉は時間を無駄にするだけだぜ。エランもそれで良いよな?」

 イクスがエランに乱暴な言葉遣いで問い掛けると隣に座っているハトリが溜息を付くが何も言わなかった。それはイクスが放った言葉にも聞き入れる部分があったからでそれはエランとイブレだけではなく,この場にいた誰しもが思った事だからこそハトリはイクスの言葉を選んでいるのか分からない言葉遣いに溜息を付いた。つまり先程のイクスの言葉は的を射ているのでエランはイブレに向かって言葉を放つ。

「イブレ,始めよう」

 短く発した言葉にイブレが頷くと腰にぶら下げていた袋を取り上げてテーブルの上に置くと鈍い音が微かに鳴ったので中身はかなり堅い物だと推測は付くが,イブレがすんなりと袋から中身を取り出したので部屋の中にいた誰しもがイブレが取り出した物に目線が集中する。それはガラスのように透明で長方体,四角柱のような物と言った方が分かり易いだろうか。それが縦長の形でテーブルの上に置かれた,そして置かれた時に微かに響いた音からそれがガラスだと思った物は居ない,というよりはエラン達以外はそれを知っているようであり大して関心を抱かずに部屋に居る兵士達も一時だけそれに視線を向けたが今では直立不動で自らの任務に戻っている。そんな風に部屋の中が落ち着くとイブレは説明を始めた。

「これは僕が作った鉱物で名前をカラレスファムトパーズ。鉱石としてはかなりの硬度を持ってるからハツミの騎士団に属している全員にこれが斬れるかと試してもらって今はこの状態でここにある」

「根回しが良い上に嫌みが過ぎるですよ」

 ハトリが思わずそんな感想を口にするとイブレは笑顔を浮かべながら説明を続けた。

「嫌みという訳じゃないけど事実だからね。これを詳しく見れば分かるけど斬るどころか傷さえ付いていない,つまりハツミの騎士団に属している者は誰一人としてこれを斬るどころか傷付ける事が出来なかった。けどスレデラーズであるイクスを持っているエランならどうなるかと,そういう訳だね」

「分かった」

 短い返答をするとエランは立ち上がって入口の方に向かって歩き出した。正確には入口の方にあるわざわざ作ってもらった障害物が何もない場所に向かってだ。ここに来てエランがこの部屋に入った時に感じた違和感を理解した,わざと兵士達を配置せずにテーブルをどかして作り出した何もない空間はイブレが持っている鉱石をエランに斬らせる為にわざわざ作ってもらった空間だという事を。

 わざわざ作られた遮蔽物や障害物が無い空間の中央に立ったエランはラスリット達が座っているテーブルの方へ向くと右手を斜め上に挙がりエランが何も言わなくてもイクスが勝手に鞘から飛び出て半回転するとエランの手にイクスの柄が握られた。だがイクスはエランの身長と同じぐらいある剣だからテーブルをどかした程度の空間でもイクスを振るうのには狭いと言える。だからと言って手段が無いとは言わない,狭い空間でもイクスを振るう手があるからこそ,それを出す。

「イクス,ツインプレロブレイド」

「おうよっ!」

 エランの言葉にイクスが威勢良く答えるとイクスが光り出すとイクスの全てが刀身と同じ白銀色の光りに包まれるとイクスに変化が生じ始めた。光に包まれたイクスは二つに折れるかのように柔らかく曲がっていくと切っ先だったところがエランの左手まで届いたのでエランは左手で光っているイクスの切っ先を握るとイクスが二つの剣へと別れるようにエランの切っ先だった物が柄に変化しており左手に握られた。こうして光り輝く二つの剣が両手にしっかりと握られた。それと同時にイクスが収まっていた鞘も同時に変化をしていた。

 エランの背中に有った鞘は宙に舞い上がるのと同時に背負う為に必要な革紐も同時に舞い上がりゆらゆらと揺れると突如として斬れたかのように二つに分かれると鞘も縦に二つに割れると折り畳むかのように短く為って行く。それから二つの革紐がエランの腰に巻き付くと二つの鞘もエランの腰横にある腰当てに固定されるように革紐が腰当てに結ばれた。イクスの本体と鞘が二つになった所で光が弾け飛んで変化をしたイクスが姿を現す。

 エランの両手に握られたイクスは形状は変わってはいないがかなり短くなっている全長で四十センチと少しぐらいで刀身だけだと三十センチぐらいと一本で先程の半分にも満たない。二本になったからと言って単純に二つに別れた訳ではないようだ。そして腰の両側に鞘が一つずつくっ付くように革紐が腰当てに巻き付いているので完全に固定されている訳では無く,少しは動くようになっている。それからエランは両手に持っていたイクスを交差させて右の剣を左の鞘に左の剣を右の鞘に納めた後に両方の鞘から金属音が鳴るとほんの少し刀身が姿を見せた。そんなイクスの変化を確認したイブレが鉱石を右手で持つと簡単に持ち上げる,どうやら重さはそんなに無いようだ。それからエランに向かって口を開いた。

「それじゃあやるよ」

 その言葉を聞いて再びイクスを両手に取るエランは左手に持ったイクス額まで挙げて横に向けて構え右手に持ったイクスをそのまま下に向けて構えた。

「うん,大丈夫」

「いつでも来なっ!」

 二つに別れたからと言って声も二つから発せられる訳では無いようだ。声はエランが右手に持っている剣の方から出ているのはエランがいつも最初は右手で持つからだ。そのために二つに別れたイクスも右の剣から声が発せられると言う訳だ。それにまあ,この方がうるさく無くて良いだろうが今はそんなイクスを気にしている時では無いのでエランは目の前の事に集中する。エランの合図を聞いたイブレは座ったまま投げやすいように手首を返して手の平を上にすると腕の力だけでエランに向けて投げた。

 鉱石は放物線を描きながらエランへと向かって行き短くなったイクスの間合いに入る前にエランは鉱石が飛んでくる線上から身体をずらしてイクスの間合いに入ると右足で地面を蹴り軸となる左足を思いっきり左に回転させるのと同時に身体にも左回転を掛けた。

 体幹をしっかりと鍛えておりバランス能力に優れているエランだからこそ出来る高速回転で三回転程するとピタリと動きが止まった。エランの動きは止まったが鉱石は未だに重力に従って落ちていく,そして床に叩き付けた時に生じる衝撃で鉱石は砕け散ったが床に転がった砕け散った鉱石を見てラスリットは元より部屋に居た兵士達も驚きを示した。先程イブレが言った通りにハツミの騎士団には傷すら付けられなかった鉱石を斬った事も有るが更に驚かせたのが斬り裂いて散らばった鉱石の全てが立方体に成っていた事だ。この状況を簡単に言うなら鉱石が全てサイコロに成ったようなモノ,という感じだろう。

 斬っただけでも驚愕に値するのだが斬った鉱石が精密に測ったかのように均等な大きさでそれが数え切れない程の数が立方体に成って床に転がっているのだから驚く以外に何が出来るか,と言った感じ成っているラスリットとハツミの兵士達。そんな中で冷静で居るのはこんな事をやってのけたエランと仕掛けたイブレにこうなる事が最初から分かっていたハトリだけだろう。 そしてこれこそがイクスがスレデラーズと呼ばれる力であり剣を食らう理由とも言える事を分かっているハトリとイブレは分かっているからこそ驚きもしないうえ,予定通りに鉱石を斬り裂いたエランはイクスを両方の鞘に戻した。

 今のイクスは見た目からして全くの別物に見える事は言うまでもないだろう。そして別物なのも確かな事だ。簡単に言ってしまえば今のイクスは先程までの細身で長過ぎる剣ではなく,二本一対の短い剣へと変わったのはイクス自身が一時的に剣としての姿を変えたのではなくてイクスが別の剣になったと言った方が正確だ。つまり変化ではなくて入れ替えだ。

 イクス自身が別の剣へと姿と力を入れ替えたというのがイクスに起こった事だと言える。少しややこしいがイクスという剣である事には変わりないが姿と力は先程エランが口にしたツインプレロブレイドという剣に変わったのだがイクスという喋る剣としての能力と意識も有しているという事だ。つまりイクスの基本性能とも言える意識と喋る能力はそのままに姿と能力が全く別物に変わった言えば分かり易いだろうか。そして何故に別の剣に成れるかというとイクスが剣を食らう能力こそがここに出てくる。イクスは機会さえあれば剣を食わせろと言うように他の剣を食する能力を持っているが普通の剣ならばイクスに吸収されて終わりだが,特定の剣に関しては別だ。そしてその特定の剣こそが……スレデラーズだ。

 イクスはスレデラーズを食らう事で食したスレデラーズが有している能力と姿を入れ替える事が出来る。つまりイクスが変化する前にエランが言葉にした単語,ツインプレロブレイドはスレデラーズの一本で今ではイクスに食されて姿と能力をイクスの中に納められているような状態だ。そしてエランがこの剣の力を必要としたからイクスに向かって剣の名を呼ぶ事でイクスはエランが求めた剣に自身の姿と能力を入れ替えた。そんな事が出来るからこそイクスもスレデラーズの一本となっている。そうなると気になるのがイクスが入れ替わった剣,ツインプレロブレイドの能力だろう。なにしろこの剣の力で鉱石をあの様に斬り裂いたのだから。

 ツインプレロブレイドは二本一対の短い剣で見た目としては長い剣のイクスとは違って短いからこそ限定空間,限られた広さの場所でも振る事が可能な剣なのは見れば分かる事だが,イブレが投げた鉱石をあそこまで無数で綺麗な立方体に斬り裂いたのはこの剣が有している力が発動したからだ。このツインプレロブレイドが持っている能力は増幅する刃。

 先程の事を例に挙げて説明するとイブレがエランに向かって鉱石を投げた時,鉱石は放物線を描きながら飛んできたが鉱石自体はまったく回転をしていなかったからこそエランとしては狙いが付けやすかった。それから鉱石が近づくと軸をずらしてエラン自身が回転しやすいようにだけではなくてツインプレロブレイドで斬りやすい位置に移動した。そして鉱石が間合いに入った瞬間にエランの身体が回転を始めるのと同時に手にしているイクス,つまりツインプレロブレイドの力が発動した。

 エランがツインプレロブレイドを振るい出した瞬間,エランが握っているイクスの両側にエランにしか見えないツインプレロブレイドと同じ刀身が二センチぐらいの間隔で何本もの刀身が出現した。エランから見ると自分が握っているイクスの両側に刀身だけが並んでいるように見えている。そしてツインプレロブレイドは二本一対の剣,当然ながら左右両方の剣に同じ能力が発動する。そしてこのツインプレロブレイドもスレデラーズの一本なだけに切れ味は普通では考えられない程に斬れるのでエランは易々とイブレが投げた鉱石を斬り裂いていった。ここで重要なのは何本もの刀身が出現したという点だ。

 均等間隔で並んで出現した刀身だからこそエランの一振りで一つの斬撃ではなくいくつもの斬撃が均等間隔で同時にイブレが投げた鉱石を斬り裂いた。そしてエランは左手に持っているのは横に右手に持っているのは縦に持っていたので当然ながらそのまま手にしているイクスを振るえば横と縦にいくつもの斬撃が鉱石を斬り裂いたという訳だ。つまりツインプレロブレイドの力は刀身が両側にいくつも現れるという能力だ。こんな風に言葉にしてしまうと大した能力には思えないがそんな事は無い,使い方によっては確実に驚異な能力でスレデラーズの名に恥じない力を持っているだけではなく,更なる応用が出来る。

 基本性能としては刀身が増えるという点だ。これだけを聞けば意味が分からないかもしれないが刀身が増えるという事はたったの一撃でいくつもの斬撃を繰り出す事が出来るうえ増えた刀身はエランにしか見えないからこそ眼には見えない刃が襲ってくるのだから下手に横に避けると本体とも言えるエランが握っている斬撃は避けられても目には見えない増えた斬撃は避けられない。しかもスレデラーズの一本に数えられるだけ有ってこの程度では済まない。例えエランが持っている本体となる刀身の斬撃を防いでも増えた刀身は止まらずに斬撃の軌跡を描く事になる。これだけでも厄介というのが分かったと思うが更なる応用が出来るのだから更に厄介,いや,さすがはスレデラーズと言った所だろう

 応用としては先程エランが二センチ間隔でいくつもの刀身を出したがエランの意思によって間隔を自由に操作が出来るという点とこちらもエランの意思によって出現する刀身の数を自由に変えられるという点だ。例えるのなら間隔を広く本数を少なくすればたったの一撃でエランの身長以上ある相手を何段かに斬り裂く事が出来るうえ逆に間隔をほとんど無くて本数をかなり多くすれば斧よりも遥かに高い破壊力を生み出す事が出来るのは斧といえども所詮は一本なので力が掛かる点は一カ所だが,この場合は力が掛かる点が密集して寸分の狂いがなくて同時に力を掛けるからこそ斧よりも遥かに高い破壊力を生み出せるというだけだ。何にしてもさすがはスレデラーズと言った所だろう。

 ツインプレロブレイド及びイクスの力を詳細に説明するとこのようにかなり長くなるのでイブレは未だに驚いているラスリットに向かって口を開いた。

「如何でしょうか,スレデラーズと使い手であるエランの実力は。このような場所なので実戦に近い事ではなくてエラン達の実力を示す事にしましたが,実戦でもかなりの実力をエランは示しております」

「確かにエラン殿の実力には驚きましたが実戦での実力とは?」

「それは騎士団長殿からの報告書をお読みください」

 ラスリットが驚いている事もあるがイブレは皆が驚いている事を利用して余計な質問をさせなかった。もし質問が出てくればイブレやエランはイクスの力,ひいては先程使ったツインプレロブレイドまでの力を説明しないと行けなくなる。エランとしてはイクスの力はもちろん自分の力についても話したくはない,そしてイブレとしても余計な質問が出てきて答えに悩む前に話題をすぐに逸らした。騎士団長であるベルテフレからの報告書がより重要な意味があると思い込ませて。そんなイブレの思惑に全く気付かないハツミの者達を含めてラスリットは近くの兵士を呼び寄せると報告書を早くするように言いつける。その間にエランも行動をしていた。

「イクス,戻って」

「おう」

 小声でそんな会話をするとイクスは再び白銀色の輝きを発するがイブレ達から離れている事といつの間にか部屋の隅で少し柱に隠れるような位置に移動していたのでエラン達の行動に気付く者は居なかったどころか,未だにエランが居る位置とは逆にある砕け散った鉱石に目を向けている兵士がいる程だ。そんな中でイクスを鞘に収めながらエランはイクスに戻るように言った。

 二つの輝きを放つイクスはエランの腰から空中に浮くと固定していた革紐も白銀色の光を放ちながら空中へと舞い上がり,二つになったイクスは素早くエランの背中に移動すると右側にあった方を上にして再び一つに為って行くのと同時に二つに別れていた革紐も解かれて再び結び付くように一本に成った。そしてその頃にはすっかり元の長さになったイクスに革紐が縛り付くと光は消えてエランの背中にいつもの軽すぎる重量感が戻ったのでエランは歩き出した。

 エランが自分の席に戻った頃にはラスリットの元に騎士団長であるベルテフレからの報告書が届いていたようでラスリットはエランが戻った事にも気付かないままに今は報告書にしっかりと目を通していた。そして報告書を読み終えるとエランが戻っている事に気付いたラスリットは真っ先にエランに向かって口を開く。

「どうやらエラン殿には重ねて謝らないといけないですね。私もエラン殿の姿を見てから疑いましたがベルテフレはそれよりも前に非礼をしたみたいですし」

「その必要は無いかと思います」

 ラスリットの言葉を斬るかのようにエランが口を出してきた。

「騎士団長様からは個人としての謝礼は貰っておりますし,失礼を承知で申し上げますがラスリット様なら騎士団長様のお気持ちをお分かりになるのでは」

 個人としての謝礼とはベルテフレの財布を空にした大量の甘味物を指しており,エランは誤解を招かないように言葉に気を遣いながらも問題が起きないようにした。

 エランの実力を最初に疑ったのは確かに騎士団長であるベルテフレだがラスリットもエランの姿を見てから実力を疑ってしまった。つまり結果としてはどちらも同じだからベルテフレだけを責めるのは責任違いと言える事だからこそエランはこのような言葉を出した。そしてエランの言葉をしっかりと聞いていたラスリットはエランに向かって微笑むと口を開いた。

「エラン殿の言う通りですね。ここで私がベルテフレを責める事は出来ない,私自身も同じような行いをしたのですから。それにしても報告書を読んでから更にエラン殿の実力に驚かされました。ベルテフレが選んだ精鋭百人を全員倒しただけではなく一人として怪我人すら出さないとは」

 微笑む瞳の奥には感激の色すらエランには見えたが,その隣に居るハトリには誰にも気付かれないように溜息を付いた。まあハトリが溜息を付くのは無理もない,イブレの脅しのような説得でベルテフレには報告書に誰も怪我はしなかったと書くように言ったが実際に報告書に虚偽の文章を入れただけではなくて素直に信じたラスリットにも少し呆れたからだ。主従の信頼もあるかもしれないが,これではイブレの画策通りに話が進んでいる事もありハトリとしては呆れるしかなかったのだろう。そして黒幕とも言えるイブレがラスリットに向かって口を開いてきた。

「さて領主様,これでエランの実力は充分に理解は出来たと思いますので私がエランを今回の一件に推薦をした理由もご理解頂いたかと思います。後はエランに盗賊団と今のハツミに付いてしっかいと話してください。エランはしっかりと情報の重要性を理解していますし,話せばハツミの為に全力で働いてくれるでしょう」

 イブレの言葉を聞いてラスリットは頷いた。いろいろとあったもののこれでやっとエラン達はハツミの町に起こっている事の全てを知る事が出来るという訳だ。だがそんなエラン達の予想とは全く違う言葉がラスリットからエランに向けて出された。

「先程は謝罪は無用という意味の言葉を頂きましたが,やはり謝罪だけはさせてください,どうも私の気性なのか理が通らない事は出来ないのです」

「分かりました,そこまで仰るのなら」

 ラスリットの言葉を聞いてエランも素直にラスリットの提案を受け入れる事にした。まあ,この程度の事でいつまでもグダグダと言い合っていても仕方ないと思ったエランはラスリットの気が済むのならと承諾の言葉を口に出したが,そんなエランの影に隠れるかのようにハトリが小声で呟いていた。

「随分と真面目が過ぎてるですよ」

 ハトリの言葉はしっかりとエランだけには聞こえていたようでエランは誰にも気付かれないように素早くハトリの肩を撫でるように下げたので元から身長と座高が低いハトリはテーブルと椅子の影にハトリの頭が隠れるとエランが小突いた。場をわきまえず思わず出てしまったラスリットの悪口にも聞こえる言葉にエランがハトリを叱ったのでハトリもすぐに小声で声を出す。

「ごめんなさいですよ」

 すぐに謝ったので今度はハトリの頭を撫でるエラン。このような光景が見えていればほのぼのとしそうだがハトリが発した言葉が言葉なのでエランは誰にも見えないようにそのような事をしながらラスリットの言葉を待っているとラスリットは改めてエランの方に身体を向けると軽く頭を下げながら口を開いた。

「エラン殿,見た目だけを見て一度決めた事に疑いを持つような事をしてしまって申し訳ない。それと同時にイブレ殿の推薦を無にする所だった事をここに謝ります」

 謝罪を言い終えるとラスリットは頭を上げたがエランは無表情ながらも少しだけ驚いていた。謝罪をすると言ってもまさか領主がただの旅人とも言えるエランに頭を下げるとは思わなかったからだ。だからか先程のハトリが言った事も間違いでは無いのは重々承知していたがここまでするとは,いや,ここまでするからこそラスリットはマーズの領主としてやって行けるのだろうとエランは改めてラスリットの優しさと器の広さ,そして生真面目さを感じ取っていた。そして謝罪をしてラスリットの気が済んだ事をしっかりと見抜いていたイブレが質問をしてきた。

「ご満足しましたか?」

 イブレの言葉にラスリットは再び身体を戻して正面を向くと顔だけをイブレに向けて頷いた。どうやらこれでラスリットの気が済んだようだ。それが分かったイブレは改めて口を開く。

「それでは領主様,まずは何から説明します」

 どうやらやっと本題となる話に移ったようでイブレの言葉を聞いたラスリットは瞳を閉じて両手を椅子の膝置きに乗せると瞑想しているかのように動かなくなる。どうやらラスリットはこうする事で頭の中を整理しているようだ。そして整理が付いて話す事が決まったのかラスリットは瞳を開けるとエランに顔を向けた。

「エラン殿,マーズ領主として依頼します。ハツミを困らせている盗賊団の退治を引き受けてくれますか?」

「はい,報酬がしっかりとでるのなら」

「では報酬として盗賊団の首領が持っていると思われるスレデラーズと必要な時間だけ我が城へと滞在して鋭気をやしない事に当たってください」

「承知しました」

「では契約の成立とします」

「はい」

 生真面目なラスリットらしく改めてエランに領主からの依頼として受けるような会話で口約束だが依頼契約の完了とした。だが生真面目なラスリットならここでしっかりと契約書を用意していてもおかしくはないのだが,それが出来ない理由があるのだろうとエランは考えた。それでも話を聞けば分かるだろうと今は何も言わない事にしたエランは黙っている事にした。そしてラスリットが口を開く。

「では,まず盗賊団と私が置かれている状況からお話ししましょう」

「分かりました」

 短く答えたエラン。こうしてやっとエランの実力を領主であるラスリットだけでは無くて,その場に居た兵士達にも示した事になる。その成果はこの謁見が終わりもすれば一気に広がるだろう,なにしろ部屋に居る兵士達が謁見で示したエランの行動とラスリットが口に出したベルテフレからの報告書に書いてある概要を聞いているのだから,箝口令かんこうれいでも出さない限りは誰も喋らないだろうが,そこでイブレの登場という訳で既にラスリットに対して謁見で立ち会う兵士達に箝口令を出さない事を約束させていた。本当にどこまでも手回しが良いイブレだ,そのイブレが約束させた事でこの場に居た兵士達は謁見で見たエランの事を話回って城中にエランの実力が広まるのはすぐだろう。何にしてもこれで誰かに邪魔や文句を言われる事なくエランは今回の一件に当たれるようになった事は確かだ。

 後は敵の情報をラスリットから聞くだけだ。先程よりもよりラスリットの話に耳を傾けるエラン,それは当然だ,その先にあるのが……スレデラーズだから。




 それでは初めましての方は初めまして,お久しぶりの方はお久しぶりです。今回も楽しんでくれたのなら良かったです。

 はい,そんな訳でお送りした第六話ですが,ここで自分で言うのも何ですが話が少しややこしく成ったかな~,とか思っております。まあ出来るだけ話がすんなりと頭の中に入ってくるように書いたつもりなんですけどね,さすがに自分自身ではそこまでの評価というか理解が出来ないので,まあ分かりづらかったら感想にでも文句を書き込んで置いてくださいな(笑)

 さてさて,何かいろいろと話が進まなかったように感じる第六話ですが次にはようやくいろいろな事の核心が明らかに成っていく……予定ですっ!! まあ,その辺は次の話をお楽しみという所で……まあ,次の更新がいつに成るのかは私自身にも全く分からないですけどね。

 何にしても第六話もですが全部含めて白銀妖精のプリエールという物語を楽しんで頂いたのなら幸いです。まあ,自分で言うのもなんですが今回と次回は会話と説明だけの話になりますけどね~,っと軽く次回紹介をした所でそろそろ締めましょうか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからもよろしくおねがいします。次の更新がいつになるかは分かりませんが気長にお付き合いくださいな。

 以上,ただ単にこれ以上書いてると文字数が凄い事になりそうだから一回斬っとくか,とか思って実行した葵嵐雪でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ