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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第三章 バタフライフェザーカノン
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第三章 第十六話

 ロミアド山地の最東端まで来たスノラトが率いているフライア軍は,イブレが出席している軍議で意見が真っ二つに分かれてお互いの意見をぶつけ合っていた。一方はすぐに帰国して五千の兵を無事に本国へと戻すという意見,もう一方は更に進軍して未だに取り残されている味方を巣くうべきという意見で議論が白熱していた。そんな中でイブレは口を開く事無く,唯々黙って議論の内容を聞いており,スノラトも自らの意見を出さずに議論の内容を聞いていた。その理由は双方共に理が有るからだ。

 確かに五千もの兵を無傷でスノラトが命じられた目的だけを果たす事が出来るし,しっかりと兵力を戻す事が出来る。だが,ここで引き返せば未だに取り残されている味方を見捨てる事に成るのは当然,そうなるとブラダイラ軍に叩かれるのは時間の問題だ。とはいえロミアド山地の地形から言っても後はどれ位のフライア軍が残っているのかはここに居る者達にも分からない。つまり残りの兵を見捨てて帰国するか,しっかりと取り戻してから帰国するか,議論の争点はそこに絞られそれぞれの意見を出していた。

 軍議が始まってから数時間後,意見は出尽くしたと各隊の隊長達がスノラトに意見を求めて来たが,スノラトが軍師であるイブレの意見を聞きたいと流してきたのでイブレはやっと重く閉ざしていた口を開き出す。

「確かにここで引き返せばスノラト将軍が命じられた以上の成果を果たした事に成ります」

 その言葉を聞いて一方の隊長達が軽く声を出し始めるが,イブレはそれを断ち切るかのように話を続ける。

「ですが,目の前にそれ以上の大功が有るのに,それを見捨てるのは惜しいというモノですね」

「それ以上の大功とは?」

 抑えきれなかったのか更に進軍する意見を出していた隊長の一人がイブレに尋ねるとイブレはここぞとばかりに一気に話を進める。

「もちろん,このロミアド山地ですよ。私達はここに来るまでに多くのブラダイラ軍を叩いてきた事は承知なはず,逆に言えば確実にロミアド山地に居るブラダイラ軍は数を減らしていると言えます。ここを好機と見てロミアド山地を進軍する事はブラダイラ軍の防衛線とも言えるロミアド山地を取る絶好の機会でもあるのです。ここで引き返せば確かに五千の兵は無事に本国へと帰る事が出来るでしょうが,再びロミアド山地に進軍する時にはブラダイラ軍も充分に,いや,今回以上にロミアド山地に兵を集めてを防衛する事は目に見えています。つまり引き返しても振り出しに戻るのと同じという事です,言い換えればここでブラダイラ軍に立て直す時間を与えなければロミアド山地が取れる確率が高いという事です。軍師として居る事はここまでです,後はスノラト将軍に決断してもらいましょう」

 長々と自分の役目を全うしたイブレは言い終えると長棹の上に置いてあった水で口と喉を潤す。その間にもイブレの意見を聞いた各隊の隊長達は自然な流れでスノラトへと視線を移していた。そして当のスノラトはイブレの意見を聞いて満足げに頷いていたので一気にこれからの方針を決定する。

「イブレが言った通りにここで引き返しても得る物は取り戻した分だけに成る,だがここから時間を掛けずに進軍すれば一気にロミアド山地を取る事が出来る。フライア兵なら皇帝陛下がどちらをお望みに成るのかは聞かずとも分かるだろう,私は当然ロミアド山地を取る方を選ばれると考えている。異論が有る者は更に意見を述べろ」

 流石に将軍であるスノラトの口から皇帝陛下という言葉が出たからには軽い意見を言える訳がない,それと同時にイブレの言葉を聞いて目の前にぶら下がっている好機という符に気付いた者達が沈黙を続けるとスノラトは立ち上がって命を出す。

「異論が無いからには,これ以上の議論は無用。各隊ともすぐに進軍する準備に取り掛かれ,明日にはここを引き払って西南西方面へと侵攻を再開する。私からは以上だ,各隊はすぐに準備に取り掛かれ」

『はっ!』

 先程とは打って変わって一気にイブレの意見を聞き入れた隊長達が返事をするとスノラトに敬礼してから次々と席を立ち,軍議の天幕から出て行くとスノラトはイブレだけは残るように命じて隊長達を見送った後に右側に居るイブレに視線を向けて問い掛ける。

「本当にロミアド山地を取れると思うか?」

 将軍として,この軍を率いる指揮官としてスノラトは無謀な賭けに軽く乗る訳には行かないが,確かにイブレが言っている可能性も有るからには念入りにイブレの考えを知りたいと思ったのがスノラトらしいとも言える。そんなスノラトを見てイブレはいつもの微笑みを浮かべると可能性について論じ始める。

「正直に申しますと重要に成ってくるのは集められる兵数と時間ですね。私達の動きはある程度ブラダイラ軍に伝わっていると考えるとして,そろそろブラダイラ軍も動き出すでしょうね。このような想定を下に考えるとブラダイラ軍は出来る限りの兵を集めてロミアド山地の前まで持って来るでしょうね」

「考えとか想定とか不確定要素が多い理由は?」

「確信に居たる情報が無いからには多くの不確定要素からいろいろと考えられますが相手の立場,ブラダイラ軍として動くにはどのように動いたら私達を叩けるかを考えれば筋が通る結論に至るだけです」

「なるほどな,だがブラダイラの情報は殆ど無いとイブレ自身が言っていたと思うが?」

「それはこちら,今まで行ってきた私達の行動から想定出来ます」

「というと?」

「私達はブラダイラ軍と接敵する時には必ず掃討戦を行いました。なのでブラダイラ軍にも私達がロミアド山地に居る事は分かっていても詳細は分からない,そう考えるのはブラダイラ軍の防衛線とも言えるロミアド山地にブラダイラ軍がしっかりと本国に情報を伝えるようにしているからと考えるのが妥当です。故に出来る限りの敵を叩いてきましたが,戦闘を行ったからにはブラダイラ軍にもある程度の情報は入っても詳細は入らない。要するに今のブラダイラ軍も私達と同じ問う訳です,情報量の差は殆ど無くて相手も不確定要素が多く抱えながら動くからには出来る限りの準備をして行動に移ると考えれば,しっかりと想定は出来ます」

「それで出来る限りの兵を持って来るという訳か,その前にブラダイラ軍がロミアド山地の前まで持って来ると言っていたが,ロミアド山地に侵攻して私達と戦う事には成らないのか?」

「それは無いと言えるでしょうね」

「その理由は?」

「先程も言ったようにブラダイラ軍も多くの不確定要素を抱えているからこそ大軍を動かしますが,大軍だからこそ分散させなければいけないロミアド山地に入る危険性を行わないでしょう。つまり大軍の利を生かせるロミアド山地の前に布陣して情報を得るのを第一にすると考えるのが筋は通ります」

「確かにな,そうなるとこちらとしても数を揃えたいところだが……」

「何か問題でも?」

 イブレが尋ねるとスノラトはその通りだと言わんばかりに溜息を付いた後に会話を続ける。

「皇帝陛下らからの勅命は友軍の救出だからな,最初からブラダイラとの戦いは軍上層部や皇帝陛下も想定しないからには援軍を求めるしても相当な理由が必要となる。私としても確実な情報が無い限りは本国に援軍を要請する事も出来ないのが現状だ」

「ですがスノラト将軍はブラダイラと戦って功績を挙げたい,という点は変わってはいないようですね」

「それは嫌味か?」

「いえいえ,確認しただけですよ」

 そのような言葉を出してきたイブレの顔をスノラトは見るが,いつもの微笑みを浮かべており何を考えているのか全く見当が付かないだけでなく。イブレが何処まで本気なのかも疑いたくなるが,イブレを軍師として登用したのはスノラト自身だからこそ疑念を抱いてはいけないと,スノラトは一回だけ大きく呼吸をしてから会話を続ける。

「もう分かっているだろうが,ロミアド山地に派遣した友軍は役一万ぐらいだ。ブラダイラに叩かれている事を考えても一万の兵が集まれば良い方だ,それを率いて大軍で押し寄せてくるブラダイラに勝てという訳か?」

「別に勝つ必要はないと思います」

「んっ,どういう事だ?」

「こちらが寡兵に成る事は重々分かりました。ならば押し寄せてきたブラダイラ軍に勝つのではなく『退かせれば』良いと思います」

「そんな手が有るのか?」

「先程も申し上げたように相手も不確定要素を多く抱えているからには,布陣してすぐに動く事は無いでしょう。だからこそ相手にはより多くの不確定要素を抱えてもらいましょう」

「それで何か変わるのか?」

「まあ,正直に申しますと後は蓋を開けて見なければ分からない。分かったとしてもこちらは相手を欺き続けながら追い返すしか無いと思われます」

「その追い返す事が一番出来ないような気がするのは私の勘違いか?」

「はい,フライア兵ではない強者がここには居ますよ」

「……出来るのか?」

「策があれば,まあそれを考えるのが私の仕事なので何とかしましょう。それにこちらも相手も時間は有りますからね」

「確かに大軍を成すにはブラダイラでも時間は掛かり,こちらも侵攻しながら味方と情報を得るには時間が掛かるからな。そうした意味でも時間が鍵になるという訳か」

「はい,そういう事ですね」

「分かった,ならこれ以上の会話は不毛か?」

「今のところは」

「分かった,ご苦労だったなイブレ。下がって明日からの出立に備えよ」

「はい,委細承知致しました」

 立ち上がったイブレは深々とスノラトに一礼してから踵を返して歩き出し,軍議の天幕から出て行くのだった。



 軍議が終わって慌ただしく動き出したフライア軍はエラン達が居る山頂にまで工作兵が登って来て,設置した大旗や篝火の片付けや解体を始めたのでエラン達は邪魔に成らない場所にまで移動していた。そして下でも一気に動き出したフライア軍を見ていたハトリが話を切り出す。

「この様子だと明日にはここを引き払うようですよ」

「まあ,ここ数日は静かなもんだったからな。そろそろ次に行ってもおかしくはねえからな」

「私達も荷造りでも始めるですよ?」

「まだ後で」

「んっ,何でだ?」

「もう少しだけ風に当たりたいから」

「ならもう少しだけのんびりするですよ」

「そうだな,別に俺様達が急ぐ必要はねえからな」

「そうそう,エラン達ならゆっくりしてても大丈夫だよ」

「いきなり出て来たですよ」

「どさくさに紛れて近づきやがって」

「お疲れ様,イブレ」

 イクスとハトリからは嫌味が出て来たがエランは素直に労いの言葉をイブレに贈ると,いつもの微笑みを浮かべたイブレが当然かのようにエラン達の横に並ぶと軍議で話し合った事をエラン達にも伝える。それを黙って聞いているエラン達だがイブレが全て語り終えるとイクスから喋り出す。

「ここまで来て帰ると言い出す奴が居るなんてな,フライア軍も随分と腑抜けとなってやがるな」

「それは仕方ないよ,ロミアド山地で合流した味方は明日を生きられるかという不安が常に付きまとっていたからね」

「そのうえですよ,当初の目的は味方の救援ですよ。それがある程度出来たからこそ帰りたいという気持ちが出ても不思議ではないですよ」

「けどイブレの悪巧みでブラダイラと戦う事は決まってんだろ」

「イクスも酷い言い様だけど否定は出来ないかな」

「イブレにしては素直に思えるですよ」

「まあ,僕としても個人的な事情でフライア兵を戦地に送るのだからね。それなりに感じているモノが有るのは人間としては当然だからね」

「人を死に追いやるのも人,それこそが戦争」

「確かにエランの言う通りなんだけどね。そこで策を作り上げて効率良く敵と味方を殺すのが軍師の役目だとしても,そこで何も感じなくなったらそれこそ人間ではない化け物に成ってしまうからね」

「へぇ~,イブレにしては随分としんみりとしているじゃねえか」

「まあ,たまにはね」

「ロミアド山地の奥に行けば行く程,合流する味方の数が少ない」

 エランが呟く様にいつもの口調で言葉を出すとイブレは軽く笑った。それはエランに心の一部を見透かされているように感じたのと同時にエランが成長した事をしっかりと実感する事が出来たからだ。だからイブレの頭に昔のエラン達が横切るが,昔の事と自分に言い聞かせて思考を現実に戻すイブレは会話を再開させる。

「ブラダイラ軍はロミアド山地の奥に入れば入る程に兵数を増やして配置しているようだからね。そこに迷い込んでフライア軍が徹底的に叩かれていても不思議じゃないけど,こちら側としても出来るだけの味方が生き残っている事に賭けるしかないね」

「要するにですよ,これから合流する味方の数には期待する事が出来ないですよ?」

「その通りと言うしかないのが僕としても何とかしないといけない部分だね」

「こっちの数が集まらないとブラダイラは動かねえし,動いたとしてもまとも戦う事なんて出来ねえだろ。それに今から帰りたいと言い出す奴が居るんだぜ,郷愁に駆られても不思議じゃねえわな」

「まあ,そこは問題ないと僕は考えているけどね」

「また何か企んでいるですよ」

「あぁ,確実に悪巧みだな」

「ははっ,イクスもハトリも酷いな。僕としては駆け引きと言ってもらいたいな」

「むしろ如何様いかさまと言い直すですよ」

「そう言われると否定は出来ないかな」

「相変わらずふざけた野郎だな,こいつは」

 イクスとハトリが悪態を付きながらもイブレはそれも含めた会話を楽しみ,エランも時折ながら会話に参加して一時の賑やかで穏やかな一時を風が駆け抜けるかのように楽しんだ。

 日が高くなり最も南へと登るとエランは腹の感じから昼食時だと悟り,山頂から降りて昼食の配給所へと向かった。合流した味方が多い事も有り,すっかり昼食を貰うのにも時間が掛かるように成ったが文句を言える訳がないので素直に列に並び順番を待つエラン達。そして昼食を貰うとエランは自分の分をイブレに預けて厨房に声を掛けて奥へと入って行くと,すぐに両手で布が掛かった物を持ち出すとハトリ達が待っている所へと戻り,それから自分達の天幕へと向かった。

 天幕内,主にイブレの場所で昼食を終えたエランは厨房から持ち出してきた物を円卓の上に出すと布を取って中身を露わにすると,それはベイクドチーズケーキだった。ハトリが言うには昨日の夜に甘味が欲しくなったエランが早朝から厨房を借りて作っていた物だ。それならば遠慮は要らないとばかりにイブレも新たに紅茶を煎れてから味わう事にした。文字通りに甘くまったりとした時間を過ごしたエラン達はベイクドチーズケーキを食べ終わると……殆どエランが食べたが,まあエランらしいという事でイブレがエラン達の分までの食器を返しに行ってくれたのでエラン達は間仕切りの向こう側に有る自分達に与えられた天幕の半分で荷造りを始めた……ハトリが。

 こうなると自分の出る幕が無いエランは鎧だけ外して再びイクスを背負うと荷造りをしているハトリを置いて天幕から外に出た。すぐに気付いたのは出入口と成る物見櫓は既に解体されており,高い柵まで撤去されていた事だ。なのでエランは歩を進めると下を確認する事が出来る場所にまで来ると足を止めて下を見る。

 麓のフライア兵達もそれぞれ明日の出立に向けて準備を進めているようで,ある程度の人数が登ったり下ったりしているのが見えた。そんな場所に佇むエランの髪で遊ぶかのように下から風が駆け上がり白銀色の髪が大きく揺らすと,揺れる髪をそのままにエランの瞳はどこか遠くを見ているのでイクスがエランに向かって喋り出す。

「いったい何処を見てるんだ?」

 イクスの問い掛けに答える前に少しだけ髪を掻き上げてからエランは答える。

「分からない」

「そっか……旅を始めてからだな,エランがそんな目で何処かを見るように成ったのはよ」

「そう?」

「あぁ,俺様が言うんだから間違いねえよ」

「うん,そうだね。あそこに居た時には話を聞いてばかりだから,実際にいろいろと体験すると自分の中にいろいろと有る事を実感する」

「そいつが一つの話より一つの経験って事だな」

「うん,よくそう言ってた。だからいろいろと経験しているんだと思う」

「そいつ自体は悪い事じゃねえだろ,肝心なのは歩み続ける事だろ」

「そうだね,イクスとこうして話して決めた事だから」

「とは言ってもよ,ちっとは止まってみるのも良いんじゃねえか。俺様も偉そうな事は言えねえが,そういうのも必要だと思うぞ」

「……うん,分かった」

 短い会話を終えた後にエランとイクスは再び黙り込む。イクスは鞘から少しだけ刀身を出しているだけで,エランも山風を感じながら何処か,或いは至る所を見ているだけだ。そのまま日がタイケスト山脈に沈み始め,空が燃え始まるまでエランは唯々佇んで何処かを見続けた。

 流石に風が冷たくなってくるとエランは振り返って自分の天幕へと戻り,ハトリは未だに荷造りをしているので暗くなってきたからエランは設備として天井から吊り下がっている大きな手蛍を転換器で灯りを付けると天幕内が明るく成り,ハトリはエランが戻って来た事に気付いた。それでも未だに荷造りをしているのだから一言だけ言葉を交わしてハトリは荷造りを続け,エランはイクスを背負ったままに天幕内でくつろぐ事にした。

 夕食時に成るとイブレが声を掛けて来たのでハトリも手を休めて共に夕食を貰いに行くエラン。夕食を手に自分達の天幕へと戻ったエランは心地良いと思う程の夕食を済ましたら,あと少しで荷造りが終わるとハトリが言ったのでエランはイブレと共にハトリの分までの食器を返しに行って戻って来ると,ハトリは終わったとばかりに仰向けに成って疲れていたのでエランはイブレの所で紅茶を煎れて茶碗を出してあった小さな角卓の上に置いてハトリを労った。

 イクスを天幕の隅に置くとハトリと向かい合う形で紅茶を堪能するエラン,隣ではイブレが荷造りをしている音を聞きながらイクスとハトリはワザと声を大きくして喋り,大いに嫌味を出すが,それすらもエランは楽しみながら他愛のない会話を続けた。そしてイブレの方がすっかり静かに成る頃には持って来た紅茶も無くなったのでハトリは茶器を天幕の隅に角卓と共に置いて,その間にエランは布団を敷き就寝の準備をする。

 今までの経験上から明日は朝が早い事を承知しているエラン達は吊り下がっている手蛍を消して布団に潜り込むとエランは口を開く。

「おやすみ,イクス,ハトリ」

「おやすみですよ」

「ゆっくり休めよ」

 それぞれに眠りに付く前に挨拶を交わしてからエランは目を閉じて意識を眠りの帳が降りている向こう側に向かって歩き出すのだった。



 翌朝は日の出と共に起きると念入りにいつでも出られる準備を済ましたら朝食を取りに天幕から出る。そして朝食の配給所は行列と成っていたのは,それだけ人数が増えた事と先遣隊として出立する兵が既にここに居るからだ。なのでエラン達も行列の最後尾に並ぶ。意外と早く朝食を得られたのは,それだけ厨房のフライア兵が効率良く配給が出来るように昨日のうちから準備をしていたからだ。なのでエラン達は朝食を持って自分達の天幕に戻ると朝食を取るが,今回もスノラトの近くにされる事が分かっているからこそのんびりとはしていられないエラン達は黙々と朝食を平らげるとエランとイブレは食器を返しに行き,ハトリは出られるように準備をしていた。

 エランとイブレが戻って来る頃にはハトリはイブレの分まで荷物をまとめ終わっており,イブレはハトリに感謝の言葉を出すがハトリからは相変わらず少し嫌味が籠もった言葉がイブレに帰って来た。それから開け放たれている間仕切りの向こう側からハトリが荷物を背負うとエランは口を開く。

「それじゃあイブレ,先に行く」

「また後でね」

「うん。行くよ,イクス,ハトリ」

「はいですよ」

「まあ,先に言って将軍様をじっくりと待つとしようじゃねえか」

 エランの言葉にそれぞれの言葉を返したイクスとハトリの声を聞いてエラン達は天幕から出て行くと,その足でスノラトの天幕へと向かった。そしてスノラトの天幕へ着くと護衛をしている女性のフライア兵から集合場所を伝えられたので,今度はそちらに向かって歩き出すとすぐに馬が繋がれた場所に辿り着いたのでエランは自分に供給された馬に近づくと首の横を撫でながら馬に話し掛ける。

「またよろしくね,アミメト」

 何度も背に乗っているからすっかり馬からの信頼を得たエランの言葉に応えるようにアミメトと呼ばれた馬は鼻を鳴らし,その間にハトリは鞍に背負っていた荷物を括り付ける。それから時間を持て余しているエランは馬用の刷子さっしを見付けると馬の毛に沿って掛けていき,馬も心地よさそうに頭を振った。しばらく馬の世話をしているとスノラトがイブレよりも先にやって来たのでエラン達はスノラトと他愛のない会話を始める。

 将軍であるからこそ部下の前では,そんなに砕けないが外部のエラン達を前にするとスノラトも気が休まり取り留めの無い会話をするのは,それだけエラン達を信用しているのと今まで過ごしてきた時間によってスノラトの信頼を得た証しとも言える。なのでイクスとハトリはすっかり無作法な話し方をするように成り,エランは……まあ,相手によってあまり話し方を変える方ではないのでいつも通りに他愛のない会話に時折参加している。

 スノラトがエラン達と合流してからしばらくするとイブレが出立の準備が出来た事を伝えに来た。なので手綱を解いて馬に乗るとスノラトを先頭にエランとイブレが続くと既に集合しているフライア兵達の前にまで馬を進めたらスノラトは檄を飛ばして出立を宣言するとフライア兵達は前進を開始し,フライア帝国の旗を掲げている兵が来ると馬を返してエランはスノラトの左側に付きながら進軍が開始された。

 イブレが言うにはスノラトは第五軍を率いて進軍しているから,前に四軍が居るという訳だ。だが,その割にはブラダイラ軍と出くわさなかったので侵攻は足止めされる事無く行われ,当初の予定通りに西南西に向かってフライア軍は進軍していく。再侵攻から五日目,駐留が出来そうな場所を発見したとの報告を得たスノラトはすぐにイブレに命じてその場所に向かう。その間は全軍共に進軍を停止して周囲を警戒している,そしてイブレからの伝令が戻って来るとスノラトは見付けた場所に向かうように全軍に命を発した。

 エランはスノラトの横を馬で歩かせながら進み,新たな駐留地に辿り着くと山腹の広場でそこそこ森と成っていた。今までもこういう場所を切り拓いて駐留地にしていたのでスノラトはすぐに軍が駐留を出来るように場所を整えるように命じると,既に木を切り倒して切り株を引き抜いていた工作兵に新たな工作兵が加わり作業が一気に加速して次々と木が切り倒されていく様を見ながらスノラトはエランに来るように言われてスノラト共に既に切り拓かれている場所に辿り着く頃にはすっかり昼食時と成っていたのでエラン達はスノラトと一緒に昼食を取る。

 エラン達がのんびりとしている間にも次々とフライア兵が到着して,工作兵以外も作業に加わっているのは人数が増えた分だけ場所も作業も必要だからこそ手が足りないのを補う為だ。更にブラダイラ軍との戦闘が無かった為に負傷兵も居ないので,全ての人員を駐留地作成に費やす事が出来たのも大きい。なので昼食を終えて三時間後にはスノラトの天幕が完成したので,エラン達と別れて自分の天幕へと向かって行くスノラトを見送ってから一時間半後にはエラン達の天幕が完成したとの報告が来たのでエラン達は登って来た方に向かって歩き出す。

 相も変わらずに陣営の出入口付近に天幕が張られていると分かるのは,エラン達の天幕の近くで既に物見櫓が組み立てられているからだ。だからという訳ではないがエランはすぐに自分の天幕に入らずに柵が作られる予定地を歩み進むとふと足を止める。そこから下を見ると次々と登ってくるフライア兵と次々と木を切り倒しているフライア兵がしっかりと見えた。流石に五千にまで膨れ上がると駐留地を作るのにも時間が掛かる,その事をしっかりと確かめたエランは自分の天幕に向かって歩き出すとそのまま天幕内へと入る。

 今までと同じように半分は間仕切りで閉ざされている天幕内は既に薄暗くハトリと共に間仕切りの向こう側へ行くと,やっと着いたとばかりにハトリは背負っていた荷物を天幕の端に置いている間にエランは天井から吊り下げられている手蛍の転換器を押して大きな手蛍の灯りが天幕内に広がる。時間を持て余す事が分かっているからこそ,そしてイブレも戻っては来ないと分かっているからこそ,ハトリは円卓と自分達が買った紅茶の茶葉と茶器を出した。エランは水を貰いに一旦外に出て荷駄隊から水を貰って自分の天幕へ戻るとすぐに魔道式湯沸器でお湯を沸かす,その間にハトリはエランの為に補給隊に注文して買った砂糖漬けにしてから天日干しにした干しマンゴーをある程度の数を大皿に盛ってから円卓に置いた。

 お湯が沸くとエランはハトリが用意していた紅茶の茶葉が入った容器に入れてからじっくりと茶葉の風味と色合いが出るまで待つと茶器に移して紅茶を煎れて,二つの茶碗と紅茶が入っている茶器を同時に持ちながら円卓まで運ぶと茶碗の一つをハトリの前に出し,茶器を置いてから円卓を前に座ると真っ先にハトリが取り出した干しマンゴーを堪能してから紅茶に更なる風味を付ける。外では慌ただしく動くフライア兵の喧騒を聞きながらエラン達はのんびりとお茶会を楽しむのだった。

 外が夕暮れ時に成るとイブレが戻って来てエラン達に夕食だと告げる。時間的にも早いのは今回は駐留地を見付けるのが時間的に遅い時間帯だった事と五千もの数と成ればそれぞれの天幕を立てたり高い柵を作ったり,周囲の木を切り倒して切り株をも引き抜くのに時間が掛かるので手が空いている者から食事にした方が効率的だとイブレから聞かされた。そして今日中には作業は終わらないので本格的に目立つのは明後日からとも聞いてエラン達は夕食を済ませる。そして二日後にはしっかりとした陣営が築かれ,切り拓かれた山頂にはフライア帝国の大旗と狼煙が上がっており篝火が設営されており,陣営から麓までの森は綺麗に切り拓かれて麓には既に監視隊が目を光らせていた。こうして駐留が始まった翌日,いきなりという訳で無いが早速とばかりに周囲が動き出した。

 陣営内に銅鑼の音が何カ所からも大きく響き渡ると,今までイブレの居場所でくつろいでいたエランとハトリが立ち上がったらエランが真っ先に口を開く。

「行くよ,イクス,ハトリ」

「はいですよ」

「ちゃっちゃとやっちまおうぜ」

 銅鑼の音は敵襲,つまりブラダイラ軍がこの陣営を目掛けて駆け上がってくる合図だからこそエラン達はすぐに動き出し柵の外側にまで出ると麓を確認する。すると右側の一カ所から黄色い旗が挙がっており,そこから少し離れた場所からブラダイラ軍が駆け上がって来るのが見えたのでエランはすぐに右手を上に挙げた。

「イクス」

「はいよ」

 イクスが鞘から一気に飛び出してエランに握られると,エランは続け様に口から言葉を出す。

「イクス,オブライトウィング」

「おうよ」

「抜刀,フェアリブリューム」

 エランとイクスが魔力に包まれてイクスはオブライトウィングに変わるのと同時にエランの中で剣が抜かれてフェアリブリュームの能力がエランの身体に宿ったら,エランとイクスを包み込んでいた白銀色の魔力が同時に消えた。

「行くよ,イクス,ハトリ」

「はいですよ」

「雑魚共をさっさと蹴散らすか」

 ハトリが急斜面を全力で駆け出すのと同時にエランは体重を軽くして常人離れした跳躍力で前に跳んだのは,既に上を取っているのと斜面が急であるからこそ前に跳ぶだけで一気に駆け上がってくるブラダイラ軍に接近する事が出来るからだ。そしてエランが地面に足を付けると今度は一気に体重を軽くして勢いのままに斜面を滑り降りる。

「敵,」

 天から降ってきたように現れたエランにブラダイラ軍の先頭を駆けていた接敵した事を知らせようとするが,その前にイクスによって周囲に居た六人程を巻き込んで斬り裂かれていた。そんなエランに少し遅れてハトリが急斜面を駆け下りてくると自分の前にマジックシールドを展開させるとそのままブラダイラ軍へと突っ込んだ。当然ながらマジックシールドを勢い良くぶつけられたブラダイラ兵は地面を転げ落ちるが,地面にぶつかる度に血飛沫が大地を濡らすのはハトリがマジックシールドをぶつけた際にしっかりと髪を操って敵の胸元を貫いていたからだ。

 ブラダイラ軍としては突如として現れたエラン達を攻めようと押し寄せてくるが,急坂を横切るので歩みは遅く攻撃態勢を取る前にエランかハトリにやられていた。そんなエラン達に気を向けていると上の方から鬨の声が聞こえて来たので,エラン達から遠いブラダイラ兵は上を見上げると迎撃の為に待機していたフライア兵達が一瀉千里いっしゃせんりの如く突撃して来た。

 攻めて来たブラダイラ軍は瞬く間にフライア軍に飲み込まれて先頭の兵達が倒されると乱戦と成り,それでも勢いがあるフライア軍を止められる筈がなく瞬く間にブラダイラ兵は倒れていく。そんな中でエランは一気に麓の近くにある森まで降りて,周囲に居るブラダイラ兵を次々とイクスで斬り裂いていく。

 エランとハトリはかなり離れて戦っているが二人の能力を考えればブラダイラ軍は退路を断たれたのだが,未だに気付かないのはそれだけエラン達とフライア軍の動きが速いからだ。なので攻めて来たブラダイラ軍の隊長は戸惑い混乱している中でエランに発見されると考える暇も与えずにエランは一気にイクスで斬り裂いた。エラン達の急襲と指揮系統の崩壊が重なってすっかり混乱するブラダイラ軍を一気に殲滅するエラン達とフライア兵。なので敵襲の報告から三十分も経たないうちに攻めて来たブラダイラ軍は全滅した。その中でフライア兵達が注目していたのはブラダイラ軍ではなくエラン達だ。

「すげ~,殆どあの二人でやっちまったぞ」

「これが噂に聞く白銀妖精の力か」

「それに小さい方もこんなに強かったんだ」

 合流した味方には初めてエランが戦う姿を見る者が未だに多く,そんなエラン達の戦いを目にしてスノラトがエランを近くに置いている理由をやっと理解する。そしてエランはすっかり斬り込み隊長のとして認識されているのを気づきもしないのだった。




 さてさて,後書きです。いやはや,なんか……久しぶりに長くなったよ~。いや~,何か久しぶりに一万字を突破したのですよ,今回は。役一万二千字にまで及んだんですよ,それを隔週と言える程のペースで書けたのだから少しは調子が良くなって来たのかな~,とか思っております。まあ……この調子が続くとは思えないのはいつも通りなので,いつも通りに気長によろしくです。

 さてはて,既にお気付きな方が居るかとは思いますが,ここまで……というよりも第三章はエランよりもイブレの方が目立っているんです。まあ,今でもイブレはいろいろと謎が多い人物……に成ってれば良いなと思っている私ですが,そんなイブレの実力を発揮する話に成っていれば良いなと思っている次第でございます。

 さてさて,そろそろ第四章についても考えようかなと思っております。まあ,未だにネタが無いことには変わりないですが,あと少しで充分な数が揃うのでのんびりとしていても良いかなと思っております。まあ,既にネタが出来ている部分は一気に整理したいなと思ってます。まあ,周一とは言わないけど,今回のように隔週ぐらいで更新が出来るように無理せず頑張りたいと思っていると意思表明をしたところでそろそろ締めますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そして,これからも気長によろしくお願いします。

 以上,映画とかを見ようと配信サービスに入っているのに未だに目的の映画を見ていない葵嵐雪でした。



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