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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第三章 バタフライフェザーカノン
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第三章 第十二話

 軍議の内容は当然ながら『これからどうするのか?』その一点について各隊の隊長や新たに加わった部隊長も含めて議論をしている。そんな中でイブレは議論に参加せずに黙り込んでおり,この議題を出したスノラトも特に口を開く事なく目を閉じてそれぞれの意見に耳を傾けている。

 イブレが立案した作戦は確かに効率的だが危険性も含んでいる。それだけではなくスノラトは各隊の隊長にイブレの作戦内容を告げずにここまで軍を戻したからこそ,スノラトの配下で支える隊長達から自分達がイブレに比べて軽く見られる様に成ったと思う者が出ても不思議ではない。だからこそ心の中に不満という形が出来る前に,意見を述べさせて部下に不満を抱え込ませないのがスノラトらしいやり方とも言える。

 一点だけ変わらない事はエラン達が居るこの地にスノラトは陣営を築いたからには簡単には動けないという事だ。そこを踏まえて今後の方針を話し合っている,まあスノラトはイブレ以上の作戦を出せると思っていないからこそ意見を出させる事でイブレを特別扱いしていない事を示し,イブレの地位は一軍師として各隊の隊長と同じ事を自覚させる為に行っている軍議とも言える。

 当のイブレもそれが分かっているからこそ黙り込んでいる訳だ。それに戦いが起こった場所に居続ければ周囲に居るブラダイラ軍が嗅ぎつけてもおかしくないからこそ,速やかに移動する必要があったのでスノラトはイブレの意見を採用した。まあ,あの状況で次を考えている者はイブレ以外には居なかったので妥当な判断とも言える。

 なんにせよ自分達の安全を一時的に確保が出来たからには次の手を考えないといけないのだが,スノラトはイブレの作戦を決行する事に決めてはいるが意見として出さないのはこれらの理由があるからだ。なので今は静観するのが一番とスノラトは目を閉じて意見に耳を傾けるがイブレの作戦を越える作戦を出せる者が居ない事を実感する。

 沈黙を続けるイブレとスノラトを置いて軍議で話し合いには成っているが,最後にはやはりというべきかイブレの作戦が一番という結論を出す隊長達が続出した。だからと言ってここで出しゃばると反感を買うと分かっているイブレは沈黙を続けると,意見が出尽くしたとばかりにスノラトが軍議の落とし所としてイブレの作戦に賛同する者が多いからこそイブレの作戦を採用するという軍議の結論を出した。そしてスノラトは軍議の間に考えていたイブレの作戦に必要な命令を実行させる為に命を下す。

「ではすぐに監視と伝令を兼ねた少数部隊を編成して,ここを取り囲む様に分散して麓に配置しろ。麓の兵にはしっかりとフライア帝国の旗を持たせる事を忘れるな,それが終わり次第イブレの作戦通りに狼煙を挙げて敵味方共に引き寄せる。この山頂に近い所に居る兵にも常に出られる様に準備を怠らない様に注意しておけ,必要な時に全体の三分の一がすぐに動ければ充分だ。それとイブレ」

「はい,なんでしょう」

「お前には情報収集も兼ねてエラン達と共に陣営の入口付近に天幕を立てるので,そこを使うように」

「かしこまりました」

 何もかもを承知した様に立ち上がってスノラトに一礼するイブレだが,スノラトはワザとイブレを自分の天幕から遠ざけた事は分かっているので文句等は無い。なにしろ先程の戦いではエランが活躍し,次にイブレの作戦が採用されたと成ると他の隊長からスノラトが配下の自分達より外から来たエラン達を優遇していると思う者が出るからだ。なのでスノラトはしっかりと区別している様に見せる必要がある事はイブレも重々承知しており,その事に気付いているスノラトも命令を変える事はせずに続ける。

「では各隊の隊長はすぐに行動に移れ,特に急ぐ必要は無いが味方と合流しても物資が不足している事は確実だ。だから今日中に終わらせろ,その後は交代で一日中敵か味方が来ても対処が出来る様にしておくように。私からは以上だ,誰か質問はあるか?」

『……』

「イブレは天幕が出来るまで適当に時間でも潰しておいてくれ,では解散」

『はっ』

 スノラトの言葉に一斉に返事をしたフライア軍の隊長達は立ち上がってスノラトに敬礼してから天幕から続々と出て行く。なのでイブレはゆっくりと立ち上がり,スノラトに一礼してから天幕から出て行くのだった。



「やっぱりここに居たね」

 軍議が終わったイブレはエランが山頂に居ると考えたので,山頂を目指して歩みを進めた。そこにエランが居ればそれで良し,居なくても山頂ならエラン達を見付けやすいという利点があるからこそ山頂へと向かい。イブレの考え通りにエラン達がそこに居たのだからイブレはいつもの微笑みを浮かべながら話し掛けて来たのだ。

「おい,サボり魔が来やがったぞ」

「残念だけどイクス,今はサボりではないよ」

「逆に言うならサボっている時があると成るですよ」

「ははっ,否定はしないよ」

「素直に肯定すると言うですよ」

「それだと働いていないみたいだからね,僕としては嫌な」

「うん,イブレ,お疲れ様」

「ありがとう,エラン」

「ったく,こっちもこっちで相変わらずときてら」

「エランもイブレを甘やかすのを止めて欲しいですよ」

「本当に何もしていないなら怒るよ」

『……』

 エランの言葉を聞いて黙り込むイクスとハトリ,なにしろエランが本気で怒るとどうなるか分かっているだけに言葉が出ないようだ。それに元からイクスもハトリもイブレをその様に見ている訳ではない,自分達に秘密にして動いているイブレに皮肉を言える時に言っているだけの事だ。それが分かっているからこそエラン達を見てイブレは軽く笑ったらエランに問い掛ける。

「それでエラン,この地をどう見るのかな?」

「敵が駆け上がるにしても途中の森が障害となって時間が掛かり出遅れても充分に迎撃は出来るけど,少し気になる事がある」

「その気になる事は?」

「多分だけど,ここは霧が発生しやすい」

「流石はエランだね,なかなかの着目点だね。僕もそう見ているからこそ,この場所を選んだと言えるからね」

「んっ? 何で?」

 エランが首を傾げながらイブレに問い掛けると,イブレはいつもよりも優しい微笑みを浮かべながらエランの問い掛けに答える。

「ここまで派手に布陣して狼煙まで挙げているからね,遠目から見るとフライア軍であっても警戒するのは当然だからね。そこに霧まで発生したら余計に警戒する様に成る,それがフライア軍でもブラダイラ軍でも慎重に慎重を期す。だから動きが遅くなる,その分だけこちらが動きやすく成る」

「なるほどですよ,森で先の見通しが悪い状態なのに霧まで発生したら下手に斥候を出さずに全軍で動くですよ。そしてこちらも周囲を警戒しているから迎撃にしろ合流にしろ判断が出来た時点で迅速に動けるですよ」

「深い森の中で霧まで発生したら斥候を出しても迷って帰ってこない確率は高いからね。だからハトリが言った様に全軍で動くしかないんだよ」

「その間にこちとら迎撃か歓迎の準備をしておくって訳か」

「出来れば盛大に歓迎したいものだね」

「いやいやですよ,合流したぐらいで歓迎会なんてやらないですよ」

「まあそうだろうね」

「自分で言っておいてこの態度はどうなのですよ」

 会話の内容が面白かったのかイブレは自分の言った事に少しだけ笑い,そんなイブレをハトリは軽く睨み付ける。そんなハトリを煽るかの様にイクスはワザと大袈裟に笑い声を発すると今度はイクスを思いっきり睨み付けるハトリ。そんな忙しいハトリの頭に手を置いて優しく撫でるエラン,そのエランの行動があってハトリは頭を撫でられながらも渋々文句を言う事を諦めた。すると今度はイクスからイブレに問い掛ける。

「それでイブレよ,敵と味方,どちらが先に来そうなんだ?」

「流石にそれは僕にも分からないね。ここまで来たから分かるだろうけど,このロミアド山地は思っていた以上に複雑な地形をしてるからね。大凡の位置を目指して動いても次も上手く合流が出来るとは限らない,だからこその作戦だからね。敵だろうが味方だろうが,どちらが先でもおかしくはないよ」

「なら賭けるか」

「ダメ」

「ダメか~」

 調子に乗ったイクスの提案を一言で一蹴するエランに少しだけ残念そうな声を発するイクス。まあ元より本気で賭け事をやるつもりがない冗談みたいなものだったので,イクスとしても気落ちする程ではない。そんなイクスの声を聞いて軽く笑ったイブレが何かを思い出した様に話し始める。

「そうそう,スノラト将軍は相当エランを気に入ったみたいだね」

「んっ? 何でそんな風に思っているの?」

「エラン達,もちろん僕も含めて陣営の入口付近に天幕を張られるからね。来たのが味方なら出番は無いけど敵だったら真っ先に突っ込むようにって事だろうね」

「確かに入口付近なら陣営から出やすい,けどそれが気に入られた事と結び付くのが分からない」

「さっきの戦いを見たからですよ。エランならここを駆け上がってくる敵に一人で突撃しても問題は無いと思われているですよ。言い換えればそれだけ期待しているという事ですよ,まあエランの戦いを間近で見たから当然ですよ」

「つまり俺様とエランで山を駆け上がって遅くなっている敵を全て斬り伏せれば良いんだろ」

「この駄剣はまた調子づいたですよ」

「そこまでしなくても良いから,山腹のフライア軍が出るまでの時間を稼いでくれって事だろうね」

「うん,分かった」

「まっ,当分はすぐに終わる様な戦いばっかだろ。ちっとは気楽にやって行こうぜ」

「イクス」

「んっ,何だエラン?」

「調子に乗り過ぎ」

「すみませんでしたっ!」

 ハトリはともかくエランから言われると謝るしかないイクスの声は高らかに謝罪の言葉を山彦やまびこが起こる程に響き渡った。それが合図と成った訳ではないが,一人のフライア兵がエラン達の元へと駆け上がってきて,そのまま駆け寄ると敬礼をしてから口を開く。

「皆様の天幕がご用意出来たのでご案内致します」

「分かった,僕はこのまま案内してもらうけどエラン達はどうするんだい?」

「もう少しここに居る」

「なら僕は先に行くよ,なので案内をよろしくお願いします」

「えっと,よろしいのですか?」

 今度もイブレと同じ天幕だからこそエラン達が来ない事に疑問を投げ掛けたフライア兵にイブレは微笑みながら答える。

「大丈夫ですよ,手間を取らせる事などはありませんから」

「うん」

 イブレに続いてエランが発言を肯定する言葉を発したモノで,フライア兵は少しだけ呆気に取られながらもイブレを天幕に向かって案内する為に歩き出す。ちなみにエランがここに残った理由はただ一つ,まだここに居たかったからという単純な理由からだ。それにイブレならエラン達にだけ分かる印を付けてくれるから迷う事が無いと分かっているからこそエランは自分の気分を優先させた。

 フライア兵とイブレをエランは見送ると再び視線を上げて周囲のロミアド山地へと目を向ける。それから再び山頂の周囲を歩いて回るエランに隣を歩くハトリ,そしてエランがふと足を止めるとハトリに確認するかの様に問い掛ける。

「ハトリ,材料は足りてる?」

「心配しなくて大丈夫ですよ。最初から長くなる事は分かっていたですよ,だから町では充分に買い込みフライア軍からの物資も貰える様にしておいたですよ」

「分かった,後は……場所?」

「それも大丈夫ですよ,陣営を築くには設営されるのを借りられる様にしているですよ。だからエランがやりたい時にやれば良いですよ。とは言っても陣営の設営が終わらないと設備も貸しては貰えないですよ」

「うん,そうだね。なら時間があるから行くよ」

 エランの言葉を聞いて珍しく溜息を付くハトリ。これからエランが何をするのかを分かっているから出た溜息とも言え,それはイクスも分かっているからこそ何も言わずに黙り込む事にしている。その間にもエランは山頂から少し降りた森に向かって歩みを進めていたので慌てて後を追うハトリだった。



 日が沈みかけて空が少し赤みを帯びた頃,エラン達はすっかり完成している天幕が建ち並ぶ通りを陣営の入口付近に向かって歩いていた。そしてエランは周囲を見回すとある天幕を見付けてそちらに向かって歩みを進めてから,天幕の周囲を確認したら中に入るのと同時に挨拶を口にする。

「ただいま」

 エランの声を聞いて天幕の中に居たイブレがエランの方へと顔を向けて微笑むのもエラン達がしっかりと自分が付けておいた印を見付けてくれたからだ。イブレが天幕の入口に括り付けたエラン達にだけ分かる印,小さい円形の木材に切っ先が上を向いた剣の両側に蝶の翅を模した模様が刻み込まれている物が天幕の入口に賭けられていたので,スノラトが用意してくれた自分達の天幕だと分かったのでエランは中を確認する事なくイブレに向かって帰って来た挨拶を口に出した。

「おかえり,それにしても随分と採ってきた物だね」

 イブレがそんな言葉を返したのはエランを見れば良く分かる,なにしろエランは小さな籠を両手で抱えてその中に沢山の林檎が入っていたのだから。エランが山頂で周囲を見渡したのは敵に備える為でもあるが,こうした森だからこそ果物を実らす木があってもおかしくないので探していたら林檎の木を見付けていた訳だ。そんなエランが林檎が入った籠を持ちながら天幕の中に入って間仕切りに向かいながらイブレに向かって言葉を出す。

「うん,ここは日当たりは良いみたいだから。それに数日はここに居る事は決まっている」

「それで干し林檎を作る気になったんだね」

「うん,ここの周囲を見たけど干す場所もしっかりと確保する事が出来る」

「そういう問題ではないと思うですよ,それにエランの甘味に対する執着を改めて感じたですよ」

「甘味は大事」

「はいはい分かっているですよ」

「それでイブレ,陣営の完成は?」

「あと少しみたいだけど,丁度夕食時だからね。だから借りられるのはその後になるのは仕方ないね」

「構わない」

「まあ,この事に関してはエランが構わないのなら僕としては何もする事はないよ」

「うん,ならハトリ,やるよ」

「はいはい分かったですよ」

 ハトリの返事を聞いて天幕の半分にしている間仕切りを開いてイブレとは反対側に行くと,エランは両手の籠を下ろして林檎の一つを手に取る間にハトリは荷物を置いてすぐに包丁とまな板を取り出していた。刃が白木の鞘に収められている事から,かなり上質な包丁だと分かる。包丁とまな板を受け取ったエランは膝の上にまな板を置いている間にハトリは荷物整理に入っていた。

 包丁を抜き取って器用な程に膝の上に置いたまな板を固定して,そこに置いた林檎を切り始めるエラン。既に皮は洗ってあるので四等分に切り,そこから皮をかずに浅めに芯を切り取り四等分の一つから更に薄く切っていく。そして薄く切った一つをいつの間にかハトリが取り出していたざるの上に置いていく作業を繰り返すエラン。甘味の為に行っている作業の為かすっかりイクスの事を忘れてエランは次々と林檎を切り続ける。

 全ての林檎を切り終えると流石に場所が足らないのだが,ハトリがいつの間にか設置した段重ねの棚が有るので林檎を切った笊を置いていく……主にハトリが。そして作業を終えたエランは包丁を綺麗に拭くと白木の鞘に収めて床に置くと今度はまな板を両手で持つとそのまま天幕の外に出て,水場へと行くとまな板を綺麗に洗い流すとしっかりと水を切って再び天幕へと戻って来た。そしてハトリにまな板を返すとイクスが声を発する。

「しっかし,甘い物が欲しいからって干し林檎まで作るとはエランらしい」

「うん,無いなら作れば良いだけ」

「そのうえ夕食後には調理場を借りてお菓子を作る予定ですよ。その為に材料を町で買い込んでフライア軍からも材料を提供して貰っているですよ,まあここまでやる執着ぶりもエランらしいですよ」

「三日も我慢したから仕方ない」

「あ~,うん,そうだな」

「仕方ないから仕方ないで済ますですよ」

「うん」

「……言葉の意味を分かっているですよ?」

「おそらく」

「まあ良いですよ」

 エランを不機嫌にさせるぐらいなら好きにやらせた方が良い事を知っているイクスとハトリは会話を切り上げる事にした。そしてエランが干し林檎を作る作業をしている間に時間はすっかり夕食の時間となり,イブレがエラン達の分まで夕食を持って来てくれたのはエランが何をするのか分かっていたからだ。なので明日から天日干しにする林檎を見てもいつも様に微笑むだけで,その後はエラン達と一緒に夕食を口にした。

 食後はイブレの食器も含めてエランが返しに行くのを荷物を背負ってハトリまでも同行したのは,もちろんながらエランが食後の甘味を作る為の材料を持って来たからだ。ハトリが既に申請していた事も有り,すっかり後片付けが済んで誰も居ない調理場へと入るエラン達。なのでハトリは適当に見繕った材料とフライア軍から使ってよいと言われた材料を置いて行くとエランは何を作ろうかと考え,すぐに決めると作業に取り掛かろうとしたのでハトリが問い掛ける。

「それで何を作るつもりですよ?」

「バウムクーヘン」

 そう答えるとエランはすぐに作業に取り掛かる。まずは浅い鍋に水を入れてそのまま強火で加熱する。その間にボウルに薄力粉,ベーキングパウダー,砂糖,卵,サラダ油を入れる。鍋の水が沸騰したら小さな耐熱性があるボウルにバターを入れて湯煎で溶かして完全に液体化したら先程材料を入れたボウルに入れて泡立て器を取るとバターが固まらないうちにかき混ぜる。

 しっかりと混ざったら,そこに牛乳とバニラオイルを入れて更に混ぜる。こうして完成した生地を置いて,次はフライパンを熱してサラダ油を余らせない様にフライパンへと入れて薄く敷く。中火でしっかりとフライパンを熱して油を敷いたら,次は耐熱性のお玉で先程の生地をすくい取るとフライパンの中に流し入れてお玉の背で生地を丸く整える。

 火力が調整出来る魔道機器なので火力が操作する事が出来るので少し火力を弱めて,弱めの中火にすると生地が焼けるのを待つ。生地の全体に気泡が出来て焼き目が付くとフライ返しで裏返しにして,そのままフライ返しで軽く押さえ付けて全体を平らにしたら再びお玉で生地をすくい取って焼いている生地の上に薄く流して再びお玉の背で塗り広げて焼き続ける。

 新たに流した生地が固まってくるとフライ返しで裏面の焼き色を見る。しっかりと焼き色が付いたら再び裏返して押さえ付ける,そしてまた生地を薄く流して塗り広げる。ここまで来ると後は同じ事の繰り返しなのでボウルの中に有る生地が無くなるまで同じ事を繰り返す。

 こうして焼き上がったバウムクーヘンをエランは皿の上に直に乗せるのは無くて,目が大きい網を皿の上に置いてその網の上にバウムクーヘン置いて冷めるのを早めながら置いておく。冷ましている間に調理器具を洗い,後片付けを済ますと出来上がったバウムクーヘン以外は元の状態に戻った調理場からエランはバウムクーヘンが乗っている皿を持ち,ハトリと共に調理場を後にして自分の天幕へと戻って行く。

「ただいま」

「おかえり,美味しそうな匂いだね」

「うん,大きめに作ったから分量的にも充分だし味見はしてないけど自信は有る」

「ははっ,エランは料理の腕を上げてたようだね」

「料理というよりかはお菓子作りですよ」

「まあ,好きこそ物の上手なれとも言うからね」

「うん,だからイブレも一緒に」

「そういう事なら喜んで味わわせてもらうよ,それと合いそうな紅茶を煎れるから少しだけ待ってて貰えるかい」

「うん」

「まあ,たまにはこういうのも良いですよ」

 夜の帳が降りる頃のお茶会みたいな雰囲気にハトリも満足げでイブレも楽しげだったのでエランも瞳の奥で和やかな音楽を流す。そして……こうした場では会話にすら入れないイクスは拗ねた様に完全に鞘の中に収まっていた。

 切り分けたバウムクーヘンはエランが予想していた通りの甘さと美味しさであり,イブレが選んでくれた紅茶とよく合った。束の間とはいえ心からの休息を感じるエランは雑談をしながら自分で作った甘味を味わい,紅茶を堪能して夜の一時を過ごしていく。

 エランが作った甘味が無くなったところで寝る事にしたエランとハトリは持って来た食器をイブレに任せて間仕切りの向こうへと進む。設備として設置してある天幕内を照らす為の大きな手蛍が既に光を放っていたので,エランが甘味を作っている間にイブレが灯してくれた事が分かる

 明るい天幕内でやっとイクスを固定している革紐を緩めたエランは,イクスが落ちない様に手に取り天幕のすみに立て掛けた。その間にハトリがエランの鎧掛けを出して組み立てたので歩み寄って身に着けている鎧を一つずつ外していく,エランはすぐにいつもの白い服だけの姿に成るとハトリが荷物整理をしている間に寝床と成る布団を敷き始める。

 荷物整理が終わったハトリは小さな手蛍を取り出していたので,エランは天幕内を明るくした大きな手蛍の転換器まで歩み寄ると切り替えて光を消していく。エランが操作して大きな手蛍の灯りが消えるとハトリが持っている手蛍の灯りだけに成り,そのハトリは既に布団の上に居るのでエランも布団まで進むとすぐに身体を横たえる。そしてハトリが手蛍の灯りを消そうとしている間にエランは眠る挨拶をする。

「おやすみ,イクス,ハトリ」

 エランの言葉と共に灯りが完全に消えた中でイクスとハトリの声が聞こえてくる。

「おやすみですよ」

「今日はご苦労さん」

 ハトリが身体を横たえるのと同時にエランの方にまで届く様に掛け布団で覆うと,エランは身体をハトリの方へと向けて腕を伸ばしたが少し届かなかったので横たえた身体をハトリに寄せて腕を伸ばしてハトリの温もりをしっかりと感じる。そしてエランは久しぶりに鎧を身に着けずに寝られる心地良さを感じながら眠りの本を開いていくのだった。

 翌朝,エランが目覚めると思っていた以上に静かだったのでゆっくりと身体を起こしていく。エランが動くのを感じてハトリも目を覚ました様に身体を動かしているのでエランは久しぶりに穏やかな朝を感じながら口を開く。

「おはよう,イクス,ハトリ」

「おはようですよ」

「おはようさん」

 目覚めの挨拶を交わすエラン達,とても敵地の領内に居るとは思えない程に穏やかな心地良さを感じるエラン。だからと言っていつまでも布団の上に座っている訳にも行かないのですぐに身支度へと取り掛かり,ハトリも眠い目を擦りながら布団から歩み出ると身支度を始める。だがゆっくりとしているエラン達の知らない頃,山頂ではイブレが提案した作戦通りにフライア兵が狼煙を挙げ始めるのだった。




 さてさて,後書きです。え~,先に言っておきますが本編でエランがバウムクーヘンを作るシーンですが,私は実際に作った事を参考にした訳ではなてwebで見付けたレシピを元に書かせて頂きました。なので具体的な発言はしませんが,お菓子作りに興味がある方は『フライパン バウムクーヘン』で検索を掛けてもらえばいくつも見付かるはずなので,本編を参考にして作っても責任は取れません。まあ,材料の分量までは書いてないですからね,完全に真似をするには自分でレシピを見付けてください。

 さてさて,持病とは言え二ヶ月もの夏休みを取っていたようなモノですからね,一ヶ月ぐらいは本編を一気に書いていこうかなと思っております。その後は周一ぐらいペースで更新する予定ですが……予定は未定とも言いますからね。更新が無くても気長に待って頂ければ……私が安心します。いや,ほら,ねっ,書く方も持病を持っていると辛い時があるっすよ,これが。

 さてはて,なんだかんだと言い訳みたいなモノが終わったと勝手に決めたので,そろそろ締めましょうか。

 ではでは,ここまで読んでくださりありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願います。

 以上,何処で財布の計算を間違ったのだろうと懐が氷河期に成りそうな葵嵐雪でした。



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