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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第三章 バタフライフェザーカノン
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第三章 第九話

 ハニアプの町に駐留していたフライア軍はロミアド山地に向けて進軍を開始しており,フライア軍に押し掛けたエラン達は当然その中に居た。だが予想外な事もありエランとイブレにも馬をあてがわれて騎乗しての進軍と成り,エランは馬に乗ってスノラトの隣で馬を歩かせるとは思いもしなかった。そしてスノラトを挟む形でイブレが同じく馬に乗っている。更に忘れてはいけないハトリはというと足の長さが足りないという理由でエランの前に乗っている状態だ。なので手綱を握っているエランの前でふて腐れているハトリだった。

 エランとイブレが騎乗している馬に挟まれているスノラトは隊列の中央に位置し,前後の歩兵に挟まれてゆっくりと馬を歩かせる形と成っていた。スノラトがエラン達を傍に置いたのにはしっかりとした理由がある。まず一つに上からの命令で念の為にエラン達を監視するように命令が届いたからで,二つ目にエラン達の実力はスノラトが自ら確かめたのだからこれ以上ない護衛だと理解をしているからだ。だからと言ってエランに甘える程にスノラトは弱気ではない。

 山道を行くからこそ隊列はどうしても長く細く成っていく,なので馬が三頭も横に並ぶとスノラトの周囲に居る兵が少なくなる。それはつまり,戦いと成ればスノラト自身も兵と共に戦う意思が有る事を示していた。それだけではなく,同行する兵から見ても後ろから怒鳴り散らす将軍よりも共に戦ってくれる将軍の方がやる気が出る。なにしろ軍を統率する者が共に命懸けの戦場に居てくれるのだから,兵から見ればこれ以上なく心強い存在であり,命懸けで守るべき存在だからだ。

 イブレは元よりエランもそうしたスノラトの気質を理解していたので,特に不思議な事だと思う事はなかった。こうしてハニアプの町を出立したスノラトの軍は進軍を続けてロミアド山地が見えてくる事には正午頃に成っていたので,スノラトはロミアド山地に入る前に兵達を思い思いに休ませて,スノラト自身もエラン達を率いて木陰を見付けてその下で休んで昼食を取っていた。

 昼食と言っても最後方の荷駄隊が積んでいた保存食であり,味よりも栄養を考えた物と成っていた。丸めたパンの様な物を口に運んでいると,隣でお湯を沸かしてスノラトが自らの手で紅茶を煎れるとエラン達の分まで煎れて差し出してきた。

「ありがとう」

 礼を言いながら茶器を受け取ったエランの鼻に紅茶の良い匂いが届くと,少しだけ昼食が美味しくなった気がするエラン。そしてずっと暇になっているイクスがここぞとばかりに喋り出す。

「将軍様が自らお茶汲みとはな,しかも手慣れているのは何でだ?」

 思いっきり失礼ない言葉と質問だが,スノラトは全く気にする事なく紅茶の香りを楽しみながら答えてくる。

「私とて最初から将軍だった訳ではない,最初の配属先ではお茶汲みなどの雑用をやっていたからな」

「副官だったのか?」

「そこまで偉くはない,ただの側近だ」

 そう言った後にスノラトは紅茶を啜りながら喉を潤していく,その姿を見ているだけでは隙だらけに見えるがエランは気付いていた。一見すると呑気な姿を見せているスノラトだが一部を除いて警戒を怠ってはいない,その一部というのがエランが居る方角だからこそエランはスノラトから少しずつ信頼を得ている事を実感する。

 小一時間程の休憩を終えてスノラトは総員に進軍準備を開始させると,スノラト自身もすぐに側に繋いでおいた馬に乗る。なのでエランとイブレも馬に乗るとハトリも跳び上がってエランの馬に着地するとそのまま座る。

 自身を目印にする為にスノラトは少し馬を走らせて進軍に適した場所に馬を止めると続々とフライア兵が隊列を成していく。だからと言って自分も急ぐ必要はないと判断したエランは馬の負担を減らす為にゆっくりと馬を歩かせていた,当然ながらイブレもそうしていた。

 これから山道に入るのだから上りと下りが入り混じった道を進むからには馬の体力を維持する為にも無駄に走らせない方が良いのが当然で,それは歩兵達にも同じ事でありエラン達が騎乗している馬も平地を行くよりも負担が多き事は明白だ。

 馬を歩かせてスノラトの左側に付いた頃にはフライア兵は殆ど隊列を成しており,もう少しで進軍が出来そうな程だった。そして程なくスノラトは進軍を命じ,遂にスノラトが率いる部隊は国境を越えてロミアド山地へと進軍していくのだった。



 ロミアド山地に入るとエランは道の先を見て,思っていた以上に道幅は狭い事を確認する。スノラトは予めその事を知っていたので先立って命令を下していた事をエランは目視する,なにしろスノラトの部隊は道が細く前から隊列ごとに歩調を変えて横幅を狭くして縦長の成るように動いていたからだ。なのでロミアド山地に入ってもスノラトの部隊は進軍速度を落とす事なく,進軍を続ける事が出来た。

 高さが異なる山々が連なるロミアド山地を行くには低地を行くのが一番良いので,ロミアド山地に入る前から両側は森と成っている道をエラン達は進んでいた。森を切り開いて作られた軽い上り坂を馬に歩かせながら進んで行くエラン,だがエランは最低限の警戒しかしていなかった。いくらブラダイラ領に入ったロミアド山地だからと言って国境近くで待つ程にブラダイラも愚かではないと考えたからだ。

 スノラトや前後に居るフライア兵も同じ考えなのがエランには分かり,当然の様にハトリとイクス,イブレにも分かっている事だ。戦いにおいて少しの知恵さえ有れば,こんな所で戦闘になる場合はブラダイラがここまで攻め上がってきた時だと分かる。残っている可能性としては商人を狙う野党などが居てもおかしくはないが行軍する軍隊を攻める程に愚かではないし,ブラダイラ側の偵察として雇われてもエランならすぐに気付くからこそ最低限の警戒しかしない。

 スノラトは国境を越えてロミアド山地に入ったからと言ってもブラダイラ軍が国境近くまで軍を進めている程に愚かではない事を知っているからだ。そもそもロミアド山地は天然の防衛線であり迷路でもあるからには,基本的にブラダイラ軍はフライア軍をロミアド山地に引き込んでから戦いを仕掛ける。

 ロミアド山地はその複雑な地形から大部隊を展開するのには適してはいない,それに地形に関してはロミアド山地はブラダイラ領だからこそ全てでは無いにしろ詳細を知っている。なのでフライア軍を誘い込み攻撃が届かない崖の上から矢を放ち殲滅した事は一度や二度ではない。スノラトはその戦いに出た事が有るからこそブラダイラは広大なロミアド山地の半ばから南側に居る事を知っているからこそ,今はまだそんなに警戒をしていないだけだ。だが意外な事は起こるからこそ,エランもスノラトも警戒だけはしている訳だ。

 進んでみれば何も起こらないままにスノラトの部隊はロミアド山地を進み,空が赤み掛かる少し前に斥候を走らせて野営に適した場所を探させていた。その斥候がスノラトの元へと戻って報告するとスノラトはこのまま進めば斥候が見付けた場所に辿り着く事が分かったのでそのまま軍を進め,先頭を行く兵達の元に斥候を向かわせて見付けてきた場所で止まって休む様に命を下した。

 斥候が見付けてきた場所はそんなに遠くなく,山の中腹当たりに出来た平地で三百ぐらいの兵なら場所に困らない程の広さを有していた。スノラトがその場所に着くとスノラトはすぐに兵に休む様に命じた,そして最後尾の荷駄隊が到着するとすぐに野営を設営する様に命を発する。

 フライア兵が慌ただしく動く中でエラン達は現場指揮をしているスノラトを見ながら草地に腰を下ろしながらゆっくりとしていた。連携が取れているフライア兵の中に連携が取れないエラン達が加わっても足手纏いなのは分かりきっているからこそ何もせずに休んでいるという訳だ。それはスノラトも承知しており,フライア兵も分かっているから休んでいるエラン達はのんびりとする事が出来た。そうなると黙っていられれないイクスが喋り出す。

「こうして来てみると本当に山だらけだな,しかも場所が悪いと先の方が見えやしねえときてら」

「だからブラダイラ側としては奇襲を主に戦っている訳だよ。まあ,そうならない様にスノラト将軍もエランもしっかりと警戒だけはしているようだからね」

「そういうテメーは警戒してないのかよ」

「ははっ,僕が警戒してもエランやスノラト将軍の方が先に気付くから警戒する意味がないんだよね」

「その言い方は言い訳としか聞こえないですよ」

「全くもってその通りだな」

「ハトリとイクスも酷いな,それに僕なんかよりイクスの方が先に気付けるからね。僕としてはイクスを頼りにしているんだよ」

「あ~,何だろうな,お世辞を言われている事が分かっているからな。ちっとも嬉しくはねえぞ」

「それは残念」

「残念がるなですよ」

「なら笑えば良いかい?」

「そういう事を言ってるんじゃねえよ」

「話題をすり替えるなですよ」

 イクスとハトリに言われて軽くイブレが笑い出すと,現場での仕事が終わった様でスノラトがエラン達の元へとやって来て話し掛けて来る。

「随分と賑やかだな」

「この大軍師の所為ですよ」

「それ程でもないよ」

「褒めてねえよっ!」

「褒めてないですよっ!」

 イクスとはハトリが異口同意の言葉を発するとイブレは軽く笑い出し,やり取りを見ていたスノラトも自然と顔が緩んで微笑みを見せる。そんなスノラトがエランの右側に腰を下ろすと今度はイクスがスノラトに話し掛ける。

「将軍様がこんな所で休んでて大丈夫なのかよ」

「私が全て指示しなければ動けない程に無能揃いではないという事だ」

「ある程度の指示,というよりかはスノラト将軍が決めてしまえば特に指示しなくても動ける程にフライア兵は統率の訓練が出来ているという訳ですね」

「イブレ殿の言う通りだな。それで我が軍はロミアド山地に入ったので目にしたからこそ尋ねたい,この地をどう見るか是非とも意見が欲しいのだが」

「そうですね,奇襲を防ぐ為に数人程の斥候に進軍経路を確認させるのが大事かと思いますね」

「進軍経路だと?」

「下手な道を進むとこちらから手が出せない所から攻撃が来てもおかしくはない」

「ふむ,なるほどな」

 イブレの意見にエランが補足を入れて納得するスノラトにイブレは何かしらを見出した様に話を続ける。

「味方と合流する事が大事なのは分かっていますが,今は攻撃を受けない事を第一に考えた方が良いでしょうね」

「ふむ,その理由は?」

「このままロミアド山地の奥まで行けば,ブラダイラ軍はエランが言った通りにこちらが手が出せない場所から奇襲を仕掛けて来るはずです。それを防ぐ為にはこちらも進み道が受けない道を選んで進むしかないからです」

「具体的にはどの様な道を進むのが最適だ?」

「まずは崖下ではないこと,この数だと上から何かが落ちてくるだけでも甚大な被害に成りかねないですからね。それと上にこのような平地が無い道,幸いにもこの下には道は有りませんが道が有るとしたら一気に駆け下りて奇襲を仕掛けて来るでしょうね。しかも森が有るとしても高低差を一気に駆け下りてくる軍を細長い陣形では受け止めるのは不可能,簡単に分断されますね」

「なるほど,確かにその通りだな。助言に感謝する」

「いえいえ,これも仕事だと思っていますから」

「ふっ,ならこれからもエランとイブレ殿に頼っても良いという事だな」

「えぇ,もちろん。ですが頼る時を間違えないようにしてくださいね,少しでも間違えれば部下から不満が出るでしょうね。自分達よりも押し掛けてきた者達の意見ばかりを聞いている,と言われてしまいますからね」

「ふむ,言われてみればその通りだな。気を付けるとしよう,だが流浪の大軍師殿が発した意見を無為にする程に私の傍に居る者達も愚かではないと思っているのだがな」

「そうでしょうね」

「認めやがったな」

「認めたですよ」

 イクスとハトリがここぞとばかりに皮肉を言い出すが,イブレは無視してスノラトとの会話に集中する。

「だからこそ頼る時を間違えないようにと言ったのです。私にしか思い付かないことなら異論は出ないと思いますが,私以外でも思い付く事を私に頼ると側に居る方々は不満が募るでしょうね」

「そういう事ならば重々承知しよう。それはそうとイクスはスレデラーズの一本なのは間違いないのか?」

「おうよ,俺様は間違いなくスレデラーズの一本であるイクスエス様だぜ」

 スノラトがイクスの事を尋ねてきたので,ここぞとばかりに威張る様に又は自慢する様な言い方をするイクス。それでもスノラトの表情が変わらない事を確認したからこそエランはイクスを止めることなく会話を続けさせる。

「流石はスレデラーズという訳か。まさか剣が意思を持って喋るとは思いもよらなかったが,もちろんそれだけではないのだろう?」

「あ~,実を言うとな,そう言われると困るんだよな。俺様の能力は言葉では簡単に説明が出来ない程にいろいろと有るんだよ」

「ほう,そうなのか」

「あぁ,だからどんな力を持っているかと聞かれるのが一番困る質問だな」

「まあ,イクスの能力については敵との戦いに成れば自然と目にするでしょうから,今は無理に聞いても意味は無いと思いますよ」

 イブレがあまり詮索するなと言いたげな横槍を入れてきたが,スノラトはイブレの真意までは気付かないが言葉の意味は理解したので言葉を返す。

「なるほど,確かにそうかもしれないな。エランもそうだったが,聞くよりも実際に目で見た方が実力というのは分かるモノだからな」

「えぇ,その通りですよ」

「言い方を変えるとブラダイラと戦う事が前提に成っているな」

「スノラト将軍もそれはお望みかと,それに上手く味方と合流する事が出来れば兵数が増えますからね」

「だが今は三百程度だぞ」

「だからこそスノラト将軍はエランを傍に置いておきたいのでは」

「……」

「……」

 急に黙り込むイブレとスノラト,お互いに隠し事があり探り合っている事が分かっているのでスノラトは言葉を探しているがイブレは微笑んでスノラトの言葉を待っている様だ。すると一人のフライア兵がスノラトの元へと駆け寄ってきて敬礼をしながら報告をしてくる。

「スノラト将軍,将軍とエラン殿達の野営地が整いましたので,ご報告に参上致しました」

「ご苦労,なら私は野営地で休むので作業が終わった者から休む様に伝達してくれ」

「はっ,承知致しました」

 敬礼を解いて振り返るとすぐに駆け出すフライア兵を見送るとスノラトは立ち上がってから振り返り,イブレを見ながら言葉を掛ける。

「なかなか楽しかったよ,たまにはこういう戦いも悪くはないな」

「戦いなどと物騒ですね,ただの遊戯ですよ」

「ふっ,ならばそうしておこう。それとエラン達の野営地は私の隣だからな,一緒に行くか?」

「分かった,そうする」

 それだけ言って立ち上がるエランに続く様にハトリとイブレも立ち上がるのを見てから,スノラトが歩き出したのでエラン達はスノラトの後を追って歩く。目的地に行く途中で天蓋てんがいが張られ地面に布が敷いてある場所を目にするエラン,進軍中の野営地だからこそ天幕と言った組み立てに時間が掛かるモノは作らないのは当たり前だ。だがエランは少し気になる物を見付けていた。

 天蓋の他に四方を囲む様に布が張られた野営地が存在したからだ。その意味が分からないままに歩いて行くとスノラトが目的地に着いた事を口に出す。するとスノラトの目の前には四方を布で囲まれた他とは少し広い天蓋に覆われた場所だ。そしてスノラトが隣を指差したのでエランがそちらへと目を向ける。

 天蓋の下には布が敷いただけの場所と四方が布で覆われた場所があるので,それを見てエランはやっと理解した。フライア軍の中にはスノラトも含めて女性が居るからこそ,このような配慮が成されていようだ。なのでエランはスノラトに礼を言おうとしたがスノラトは既に布で囲まれた野営地に入ってしまったのでエランは振り返って先程スノラトが示した野営地にまで進むと布をめくり上げて中を確認する。当然ながら男性のイブレは隣の布だけが敷いてある場所に腰を下ろして既に休んでいた。

 布で囲まれた中には何もなく,ただ下に厚手の布が敷かれているだけだ。それでも男女が入り混じる軍隊の中では,このような配慮は双方に有り難いからこそエランは戸惑う事なく中へと入るとハトリも続いた。

 中に入ると脛当と一緒に成っている靴を外してから周囲を見ると,天蓋と囲み布の隙間から夕日が差し込み囲みの中を赤く染めている。エランが布をめくり上げた時に分かったが四方を取り囲んでいる布はあまり厚手の布ではなく,影が出来ても外には分からない程度の厚さと成っていた。あまり厚手の布を使っては外で何が起こっても気付き難いので,この程度の厚さを持っている布を使っている事がエランとハトリには分かった。なので充分にのんびりする事が出来ると分かったエランは囲いの中央に座る。

 イクスを固定している革紐を緩めると背負っているイクスを下の布地に置いてから,エランは身体をほぐす様に両腕を上に伸ばして身体を引っ張り上げる。そして両腕を降ろすと少しだけ疲れが取れた感覚を得る。

 馬に乗っているのだから楽だと思っているのなら,騎乗し続ける事がどれだけ疲れる事かを知らない事を示している。意外かと思えるかもしれないが,一日の殆どを騎乗していればかなり疲れるモノだ。エランもそれなりに馬に乗る事には慣れているが,そんなエランでも長時間に渡って馬に乗り続ければ疲れるのも必然だ。

 本当なら鎧も外したいと思っているエランだが,ここは既にブラダイラ領のロミアド山地だからこそ予測不可能な事態が起こっても不思議ではないので鎧を身に着けたままエランが横に成り白銀色はくぎんいろの髪を敷かれている布地の上に広げるとイクスが話し掛けて来る。

「ここに来るまでに周りを見たけどよ,何か同じような景色ばっかりで迷っても不思議じゃねえと程だぞ」

「うん,更に奥にまで行くから,もっと迷う確率は高い」

「全くもってその通りだな」

「エランもイクスも他人事の様に言うのは止めて欲しいですよ,聞いているこっちが迷う事が確実だと思えてくるですよ」

「気にしすぎだろ,もうちっと気楽に構えてろや」

「なら話題を変えて欲しいですよ」

「そう言われてもな」

 ハトリに言われてすぐに話題に出来そうな事が思い浮かばなかったイクスが黙り込むとエランも疲れたとばかりに黙り込んで少しの間だけと目を閉じる。するとイクスが喋り出してハトリが反論の様な言葉を発していつも通りの賑やかな雰囲気に成ったので,エランは閉じた瞳の奥でイクスとハトリの声を聞きながら雲の上に横たわる。

 夜の帳が降りて野営地には篝火が焚かれてあちらこちらで灯りが灯ると共に外に気配を感じたエランが目を開けてからゆっくりと上半身を起こしたら,布地の向こう側からイブレが声が届いてきた。

「灯りと夕食を持って来たんだけど,両手が塞がっているから開けてもらえないかな」

「はいはい,分かったですよ」

 イブレに返事をしたハトリがそのまま声がした方の布地を開けるとイブレはしっかりと靴を脱いで上がり込んできたエランを含めて文句が出ないのは,それだけエラン達の事を理解しているという証でもあるのはイブレだけが知っているだけの事実だ。なのでイブレはハトリに灯りと成る手蛍しゅけいを渡して,エランが場所を空けて囲まれている中の中央に三人分の夜食を置いた。

 イブレがハトリに渡した手蛍とは手の持つ事が出来る灯りだ。詳細を記すと魔道装置で発光して周囲を照らし,また魔力が漏れない様に発光している部分は硝子で覆われている物である。そして発光する為に魔力の吸収装置と,魔力を発光させる為の装置が発光している下の部分に有り金属で厳重に囲まれている。それだけ魔道装置というのは一度でも壊れると簡単には修理が出来ない物だからこそ,壊れにくい設計と成っているのが当然に成っている。まあ旅をする者なら誰しも持っている物だが,今回はハトリが荷物から取り出す前にイブレが持って来たのでフライア軍が支給してくれた物をそのまま使う事にしたエランは今度は夕食に注目する。

 野営地を設営しているだけに簡易的な調理場が作られたらしく,夕食は肉を中心とした簡単に調理した物に成っていた。なのでエランが皿を取って切ってある部分を串で刺して口に運ぶと,それなりに美味しさがエランの味覚を一気に刺激する。そしてこういう時はすっかり暇になるイクスは当然の様に喋り出す。

「それでイブレよ,最初の味方はここからどの辺の所に居そうなんだ?」

 イクスがそんな質問をしてきたのでイブレは口の中を空にしてから答える。

「それは行ってみないと分からない,としか言い様がないね」

「おいおい,さっきまでスノラトの将軍様と話をしてきたんじゃねえのかよ」

「確かに軍議に呼ばれたけど,今は特に言う事が無いからね。終始黙っていたよ」

「ならいつになったら言うつもりだ」

「それも分からないね」

「さっきから聞いていると何も分かっていないと聞こえるですよ」

 ハトリも会話に参加してきてイブレに皮肉を込めた言葉を贈るが,当のイブレは笑って流す。

「ははっ,全くもってその通りなんだよね」

「おいおい,認めんのかよ」

「まあね,と言いたいところだけどこれ以上イクスとハトリに皮肉を言われるのも何だからね詳しく説明するよ」

「最初っからそうして欲しかったですよ」

「まったくだ」

「ははっ,まあ愛嬌って事で話を進めると,今の時点では不確定要素が多いからね。だから予測,というよりも決め付けて行動する事が一番危ういんだ。それにこの部隊がどの程度の速度で移動しているかも完全に分かっていないからね。後は気付いていると思うけどロミアド山地は思っていたより地形が複雑だからね,それに味方に関しては大凡おおよその位置しか分かっていないし,敵であるブラダイラに関しては全く情報が無いに等しいからね。だから目的地を定めて,後は後手に回ってでもその場その場で対応した方が良いんだよ」

「つまり臨機応変に対応した方が良いですよ?」

「そうだね,僕としてもロミアド山地がここまで複雑な地形だとは思っていなかったからね。ここまで複雑だと少し計画を変えないといけない程に先を読む事が出来ない状況と言えば分かり易いかな」

「ここだとイズンと戦えない?」

 余程気になったのかエランが食事を止めて質問をしてきたので,イブレは一度頷いてから答える。

「その通りだね,それに上手く味方を集めてもブラダイラが切り札と言えるイズンを簡単に出すとは思えないからね。どうにかして一度は深手を負わせて撤退させないとスレデラーズの回収は難しくなるね」

「ここまで聞いた話でもよ,そのイズンって奴は調子に乗って豪勢な暮らしをしてんだろ。そんな奴が簡単に戦場に出るとは思えねえから,そこは仕方ねえよな」

「イクスにしてはよく覚えていたですよ」

「茶々を入れてくるんじゃねえよ」

「はいはい悪かったですよ,それでイブレは当面の方針は有るですよ?」

「そこは変わらないかな,ここで出来る限りのフライア兵を集めてブラダイラ側を挑発するしか出来ないからね。ロミアド山地にフライア軍が集っているという報告がブラダイラ軍の上層部に届いたら,ブラダイラ軍としても動くしかないという訳だよ」

「そこにイズンが居なくても撤退にまで追いやればイズンが出て来る」

「そう,エランが言った通りにするのが今の段階では確実かな。だから僕はフライア兵が集まる様に尽力するだけだね」

「って事は俺様達が大暴れするのは当分先って事だな」

「そう思っているイクスだけでエランは思っていないですよ」

「だから横から入って来るんじゃねえよ」

「それはそれは悪かったですよ。まあ今はフライア軍に協力するしかないのは分かったですよ,その後も戦局を見ながら動き方を決めるしかないですよ」

「ハトリが言ったのが,今の僕達に出来る唯一の事だね」

「分かった」

 イブレの言葉を聞いて納得したエランは夕食を再開させるとハトリとイブレもそれぞれに夕食を口にし始めたので,そうなると黙るしかないイクスは喋る事が出来ただけで満足していたので今は黙る事にした。そして食後,イブレがわざわざエラン達の分まで食器を持って行ってくれたのでエラン達は野営地でのんびりと過ごす事が出来た。

 他愛のない会話をしながら夜が更けるとエラン達は眠りに付き,朝日と共に目を覚ますと朝食を取ってすぐに進軍が開始された。流石にロミアド山地に入ったからには昼食も馬に乗りながら取る事に成ったが,その分だけ進む事が出来た。そして夜になる前に斥候が走り野営地を見付けて,そこで身体を休める。エラン達を含めたフライア軍はこのよな進軍を三日続けた時だった。




 さてさて,後書きです。気付いている方は気付いているかもしれませんが,私はこの作品では出来る限りカタカナで記す和製英語を使わない様にしてます。意味は特に有りません,私がそうしようと思ったから,そうしているだけです。なので時には辞書を引いても同じ意味の言葉が無いので『なら作ってしまおう』と辞書には無い言葉を勝手に作っております。今回の話で出て来た手蛍も私が勝手に作った言葉ですね。

 ちなみに和製英語にするとランタン,日本語にすると提灯ですね。けど,私的には提灯という言葉だとちょっと違うなと思ったので手蛍という言葉を作りました。意味合いとしては持つ事から手という感じを選び,古代中国では灯りに短命の蛍を使っていた事から手と蛍を選び手蛍という言葉を勝手に作りました。

 まあ,ここまでにいろいろと勝手に言葉を作ってきたから気付いている方も居るかもしれませんね~。ちなみにすぐに思い出せるのは糸湯,ぶっちゃけシャワーです。他にも異口同音ではなく,異口同意という言葉を今回の話で使ってますね。……後は作っても忘れている可能性が有るの気になる単語を調べても出て来なかったら私が勝手に作った造語だと思ってくださいな。

 さてさて,ちょっと気になったので今回の後書きにこのような事を書き始めたのですが……結構書いたな~,とか思ってしまったので,そろそろ締めようと思います。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願いします。

 以上,やっと頭が回る様になったと思ったら腹を下した葵嵐雪でした。



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