第三章 第七話
話を始める前にスノラトは作業机に備え付けてある引き出しを開けると,中から数枚の紙を取り出して羽筆を走らせて何かを書いた。手早く書き終えると羽筆を戻したらスノラトはエラン達に視線を向けて話し合いを始める。
「さて,傭兵の雇用契約をする前に……そろそろお互いに本音を出すべきだと私は思っているが,そちらの意見を聞かせてもらおうか」
エラン程の実力者が自ら売り込んで来たのだから,何かしらの理由が有る事を察していたスノラトが腹の探り合いは止めようと言ってくるとイブレがエランの代わりに言葉を返す。
「随分と斬り込んで来ますね」
「そういう性分なのでな」
「先程もその言葉を聞きましたね」
言葉を返したイブレは話ながらも思考を動かしてエランの目的を知られずに目的を果たす為の手段を考えていた。そんなイブレが結論を出したかのように喋り出す。
「でしたら,こちらも本音を晒しましょう。ブラダイラのスレデラーズを使う者を討ち果たせば,それなりの報酬を出してくれると思っていますよ」
「それなりか……確かにそれが出来るのなら皇帝陛下は幾らでも出すだろう。だが白銀妖精と呼ばれているエランが報酬だけで,ここに来たとは思えないな」
「それにフライア皇帝はブラダイラ領を欲しているのでしょう。ついでに言うならスノラト将軍は本気で戦争を仕掛けたいと思っていらっしゃいますね,ロミアド山地で上手く味方を集める事が出来たら,そのまま進軍するのでしょう」
「私が受けた命令は味方の救援で侵攻ではないぞ」
「こちらが味方を集まれば敵も増援を送ってくる,そう考えるのが当然だと思っているのですが私は間違っているのでしょうか?」
「その問い掛けは卑怯だな」
「そういう性分なので気に障ったらお許しください」
確実にスノラトを舐めているような言い方をするイブレに黙っているイクスとハトリは始まったとばかりに内心では一安心していた。そして言われたスノラトはしっかりと自制心を示す為に感情を封じ込めて言葉を返す。
「構わぬさ,気にするな。それに敵が集まれば戦うしかないと思っているは確かだからな,だがそれはブラダイラがこちらの動きを察知している事が前提に成ってくるぞ。確実にそうなるとは限らないだろう」
「ええ,その通りです」
スノラトの言葉をあっさりと肯定したイブレにスノラトは少しだけ驚きが表情に出るが,すぐに心を落ち着かせて自然と表情が戻ると会話を続ける。
「そうなるとお前達の希望には添わない事に成るぞ」
「戦況をそうさせる自信が有ると言えば,どうでしょうね」
「……」
イブレの言葉を聞いて黙り込むスノラトの頭には流浪の大軍師,そんなイブレの異名が思い浮かんでいた。だからこそスノラトはイブレに問い掛ける。
「可能なのか?」
「それを決めるのはスノラト将軍ですよ」
あっさりとスノラトの質問を受け流したイブレは微笑みを浮かべると,スノラトもまた微笑みを浮かべてイブレが言いたい事を理解する。そして全て理解したと誤解するスノラトは会話を再開させる。
「なるほどな,確かにフライア帝国とブラダイラ王国が全力でぶつかり合う戦況に成ればイズンも出て来るのは確実だからな」
「イズン?」
聞いた事が無い名前を聞いて思わず聞き返すエランに対して,スノラトは頷いてから話を続ける。
「流石に流浪の大軍師でもイズンの事までは突き止められなかったようだな」
「異名は所詮は異名,私には大軍師なんて名は重過ぎますね」
思ってもいない事を,とイクスとハトリは思ったが口に出す訳がなく交渉はそのままイブレに任せる。するとエランの問い掛けに答えるようにスノラトが口を開く。
「イズン=エイル,その女がブラダイラに寄生しているスレデラーズの使い手だ」
「寄生とは随分な言い様ですね」
「まあ隠す必要も無いから話すが,イズンは最初の戦場で実力を示すとそのままブラダイラ王に取り入って,今では賓客どころか貴族の様な待遇を受けていると聞いている。そんなイズンの欲求を満たす為にブラダイラの民は搾取されているという訳だ」
「確かにそう聞くと寄生という言い方も間違ってはいないですね」
「まあ,ブラダイラには他にも搾取するしか能が無い者が居るがな」
「ブラダイラ王ですね,愚王と呼ばれている事すらも周囲に居る貴族が遮って気付かない程に抜けている事で有名ですからね」
「そんな王だからこそイズンは簡単に取り入って,今では好き放題しているという訳だ」
「そしてイズンさえ居れば負ける事は無い,と高を括っている訳ですね」
「そうだ,と言いたい所だが実際に我らが勝てた事が無いのも確かだ」
「故にフライア軍がロミアド山地を制すればイズンも出るしかないでしょうね」
「……もう一度聞こう,それは可能か?」
「策は有りますが厳しい戦いを制さないと敵味方共に動かないでしょうね」
「……」
イブレの言葉を聞いてスノラトは黙り込んだ。そんなスノラトを見てイブレは事が思い描いた通りに運んでいるのを実感していた。なにしろスノラトの中には本格的にブラダイラ軍と戦いたい,という欲求が有る事を見抜いていたからだ。そもそもフライア軍はロミアド山地での戦況を一度整理したい,という理由だけで若い将軍であるスノラトが派遣されたとイブレは読み,その通りだからこそスノラトは黙り込む。
言い方を悪くすればスノラトはフライア軍の雑用を片付ける為に派遣されたとも言えるからこそ,スノラトは雑用の様な小規模の戦いではなくて大規模な激戦を制したいという部分が自分の中に有る事を自覚しているので,イブレの言葉に魅力を感じたスノラトは慎重さも交えて熟考する。
考えたら絶対に答えが得られるとは限らないと実感するスノラト。なので考えても答えに辿り着けないスノラトがふと顔を上げると,エランの姿が瞳に映ったら何かが繋がったような手応えを得るスノラト。イブレとの交渉を続けていた為にすっかり忘れていたエランの実力,それにイブレは流浪の大軍師と呼ばれる程の知恵者。この二人が望んでいるのは……。答えに辿り着いたスノラトが再び口を開く。
「分かった,今は信じるとしよう。それに察していると思うが私とて将軍として軍を率いているのならブラダイラとの決戦をしたいとも思っている,それが私の本音であり最も希望しているモノだ。契約をしたら私の望みを叶えてくれるのだろう?」
「予言者ではないで断言は出来ませんが,そうなるように最善を尽くします」
言った後に微笑んだイブレだが,スノラトはイブレの微笑みを見て何かしら有ると感づいたがエラン達の実力は先程目にし,今はイブレの知恵を底が見えない程に見せ付けられている。自分では計りきれない程の実力を持っている者達をこのまま不意にするのは惜しい,とスノラトの内なる何処かから欲してくる。その欲求に耐えられる程にスノラトは満足はしていない,だからこそスノラトも微笑みを浮かべて口を開く。
「ふっ,騙してはいないが私を利用しようとしている,ぐらいか?」
「さあ,何の事やら」
「まあ良い,乗るとしよう。私としても将として一軍を率いて戦いたいからな,それが出来るのなら将軍職を降ろされても構わないさ」
「そうは成りませんよ」
「そうか。ふっ,流石は流浪の大軍師と呼ばれるだけはあるな。さて,契約内容だがイズンの討伐まで従軍するで良いか」
「はい,それで構いません」
「微笑みながら易々と言ってくるのだから,頼もしいのか危ういのか分からないな」
「大丈夫,イブレは頼りに成る」
今まで黙っていたエランだがイブレが怪しまれると思ったのか,そんな言葉を発してくると良い機会と捉えたイクスとハトリも乗ってくる。
「スノラトの将軍様よ。イブレの奴は性格は悪いが味方すれば役に立つぞ,むしろ馬車馬の様に働かせろや」
「その通りですよ。イブレは性格は悪いけど味方なら頼りにして良いのは確かですよ,だから好きなだけ鞭を打って働かせるですよ」
好き勝手に言い出してきたイクスとハトリの言葉を聞いて呆気に取られるスノラトに対して,イブレはいつもの様に微笑みなら少しだけ言い返し,またイクスとハトリから言われる。そんな光景を見ていると今まで考え込んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなったスノラトが笑い出して言う。
「はははっ! あぁ,すまない,なかなか面白い光景だったからな」
そう言って微笑むスノラトは今までに見せなかった微笑みを浮かべていた事に,エランはスノラトに何かしらの変化が有った事を察したが何故こうなったのかが分からずに首を傾げる。そして気が済んだスノラトが話を続けてくる。
「さて,契約内容をイズンの討伐までにすると報酬金額を今の時点では決められないが構わないな」
「はい,私達の働きに見合った報酬額を頂ければ文句は言いません」
「ふっ,ならそういう事で契約しよう」
言った後に目の前に有る紙に再び羽筆を走らせるスノラト。その表情は先程とは比べモノに成らない程に柔らかく成っている事に気付いたエランが,やっぱりその理由が分からない為に反対側に首を傾げると羽筆を置いたスノラトが先程まで書いていた紙をエラン達に差し出してくる。
「契約書だ,それぞれ確認して名を記してもらおう」
「分かりました」
イブレが返答すると立ち上がってスノラトの前に有る作業机にまで歩み寄ったのでエランとハトリも立ち上がる。確認したのか分からない程の時間しか契約書を見ていたイブレが羽筆を取って名を記すと,エランとハトリは確認もせずに名を記したのはイブレが何も言わなかったからだ。契約書に何かしらの不備が有ればイブレが指摘いた筈だが,何も指摘しないという事はエラン達の希望に添った契約内容だと分かっているからだ。
エラン達が名を記すとスノラトは名前に不備がないかしっかりと確認し,それが終わるとエラン達に向かって口を開く。
「契約は成立だ。だがこちらにも事情が有るからな,ロミアド山地に出立するのは二日後だ。なので契約が施行されるのも二日後に成るのでな,二日後にここに来てくれれば良い」
「分かりました,突然の訪問なのに契約をして頂きお礼申し上げます」
「構わぬさ。期待している,と言えば応えてくれるのだろう」
「ええ,必ず」
「ふっ」
イブレの言葉を聞いて軽く笑ったスノラトが立ち上がると,付いて来いと言わんばかりに歩き出したのでエラン達はスノラトの後を追うとそのまま天幕から出る。するとスノラトは既に兵を呼び寄せてエラン達を出入口まで送るように命じていたので,兵がスノラトに敬礼するとスノラトは天幕へと戻って行くが途中でエラン達と擦れ違う時に声を掛けて来た。
「充分過ぎる程に備えておくので頼む」
言葉だけを残して天幕に入って行くスノラトを見送ると,フライア兵がエラン達の元へと歩み寄って敬礼しながら出口まで送ると言って来たのでエランが短い返事をするとフライア兵がエラン達を促してから歩き出したので付いて行く。
駐留軍の出入口まで送られたエラン達にしっかりと敬礼して見送るフライア兵にエラン達は黙って歩みを進め,城門を抜けてハニアプの町に戻ると出て行った時の静かさは消えており今では活気が満ちる程に町は目を覚ましていたのだった。
貿易都市ならではの活気を出しているハニアプの大通りを,左右に並んでいる開いたばかりの店を見ながら歩いているとイクスが今まで黙っていた時間を取り戻すかの様に喋り出す。
「にしても出発は二日後と来たもんだ,二日も暇になっちまったぞ」
「うん,取り敢えず宿の心配は無いけど時間は余る」
エランとしては先程のまま駐留軍に留まるつもりだったみたいだが,すっかり当てが外れた様に言うとイブレが予定の提案を出してくる。
「なら芸術にでも触れてみるかい,ハニアプの様な貿易都市には多くの美術品が集まるからね。だから美術館や博物館が多いんだよ」
「俺様には似合わねえな」
「そうでもないと思うよイクス,芸術も文化や文明を現すモノだからね。だから見るだけでも充分なんだよ」
「見るだけで?」
エランが不思議そうにイブレに問うと,微笑んだイブレは一度だけ頷いてから話を続ける。
「芸術と聞くと難しい印象が有ると思うけど,難しく捉える必要はないんだよ。ただ見て自分なりに捉えれば良いだけだよ。まあ,少しだけ難しく言うのなら自分の感性で鑑賞するだけで充分に芸術だけじゃなく,その地方の文明や文化に触れるのと同じなんだよ」
「イブレに同意する訳ではないですよ。よく考えてみたら今までそういたモノに触れる機会が無かった事だけは確かですよ」
「うん,そうだね」
「なら決まりかい?」
「うん」
「その前に言い出したのはイブレですよ,だから何処に行くかはイブレに任せるのが一番ですよ」
「分かった,イブレお願い」
「それは良いんだけど,折角のんびりとする機会だからね。いろいろと見て回るとしようか」
「うん」
最後の決め手となるエランの返事で予定が決まると,イブレは頭の中で地図を広げたら一番近い美術館を見つけ出す。そしてエラン達を案内するかの様に歩き出したのでエラン達もイブレと並んで歩く。
大通りから左に入ると少しずつ町の賑わいが遠のく様に静かに成っていく。道幅は広いものの行き交う人は数える程に少なく,エラン達が進めば進む程に擦れ違う人の数は少なくなっていく。そして到着したのは石造りで出来た古代の神殿を思わせる建物だ。
入口の前には石の柱が並び立ち,柱の上には底辺が長い二等辺三角形に成っており,その中には彫刻が彫られていた。外観からして古くから建っていた物だと分かる程に石造りの建物には塗られていた塗料が剝げた後が残っており,何度も改修した形跡も見て取れた。
このような建造物が残っているだけでも充分にハニアプの町が古くから存在し,栄えていたのが分かるので先程のイブレが言った言葉は間違ってはいないと思ったエランはイブレが建物に入っていくので後に続く。
イブレは建物の入口で入館料を払うとエラン達に長方形の紙を渡してきた。紙にはトスカロッサ美術館という文字の下に何かしらの絵が描かれている事が分かる,そんな紙を渡してきたのだからエラン達の分までイブレが入館料を払ったのが分かったのでエラン達は何もせずに館内へと足を踏み入れる。
館内に入ると出迎える様に大きな彫像が有り,大きさだけでもエランが見上げる程に大きな彫像だ。その彫像は大きな男性が右脇に大蛇の首を絞めており,左足で大蛇の頭を踏み付けている彫像だ。それを見ていたエランの隣にイブレが並ぶと説明するかの様に語り出す。
「神話に出て来るソガネテツがタトウハフと戦う彫像だね。タトウハフは十の頭を持つ大蛇でソガネテツが人間の国である,コネリアの王に成る為に神々から試練として最初に倒した怪物だよ」
「それぐらいの神話なら知っているですよ。けどですよ,タトウハフの頭はソガネテツと同じくらい大きいと聞いたですよ。これはどう見てもタトウハフの頭が小さいですよ」
「まあ神話だからね,表現をするのも限界が有るという見本かな」
「えっ,何事も真に受けるなって意味じゃないのかよ」
「それは流石にイクスの偏見が過ぎているよ」
「もしくは虚勢は大きい方が良いという表現」
「……美術館ではお静かに」
「うん」
「わーったよ」
イクスとエランの意見を聞いて,然しものイブレとしても返す言葉が見付からずに受け流す様に話題を逸らす事にした。イクスだけならともかく,エランまで個性的な意見を出して話していたら話題の出口が全く見えてこない,とイブレは頭ではなく肌で感じたからだ。
順路に従って進みながら幾つもの彫像を見ていると,区画が変わって展示品が彫像から絵画へと変わった。なのでエラン達は最初から絵画を見ていると,幾つかの作品を見たハトリが思った事を口に出す。
「神話を題材にするのは良いとするですよ。けどですよ,どれも同じ場面ばかり書いているような気がするですよ」
「人間世界の女王であるリリルラを失脚させる為に従姉妹でもあるユメラキが狂気の薬を飲ませた後の場面だね。女王リリルラは狂気に取り決まれて民達の前で服を脱ぎ捨てながら踊り出した話は有名だからね」
「有名なのは分かるですよ,どれもこれもほぼ全裸のリリルラをかなり精密かつ計算して描かれている気がするですよ」
「まあ人間の肉体を表現するのが芸術の原点とも言うし,実際に見たままを描くのにはかなりの技術が必要だからね」
「それ以外の理由は?」
「無名の画家としては,こうした絵を描いた方が売れるからね。最初は誇りよりも生活というのが現実という訳だよ」
「お金は大切って事ですよ」
「うん,そうだね」
辛辣過ぎるエランとハトリの意見にイブレは声を出さずに笑うしかなかった。それでも先に進むとエランやハトリが立ち止まって見入る程の作品が有るのも確かで有り,エラン達はそれなりに充実した時間を過ごす。
美術館を出るとお昼頃に成っていたので,早めの昼食にする事にしたエラン達は店を決めて店内に入る。路銀にまだまだ余裕が有るだけではなく,二日後には食事と寝場所はフライア軍が提供してくれるので,エラン達は外見から一品の値段が高そうな店を選び,思った通りに絶品の料理に満足する。
エランは食後の甘味を食べながら,ハトリとイブレは食後の珈琲を飲みながら残っている時間をどう過ごすかを話し合う。先程の美術館が気に入った訳ではないがエランが博物館に行きたいと言い出し,イブレが折角だからと明日も芸術鑑賞にしようかと問い掛けるとエランが即決でそれが良いと決めたので空白だった予定が埋まる。
別に買い物に出ても良かったのだが,この町で買い物をするとまたハトリからいろいろと言われる可能性が有るので避けたかったのもエランが即決した理由でもある。ハトリとしても特に行きたい場所も無かったので拒否する理由が無いから話がすんなりと進む。……ちなにイクスも意見を出したがハトリとイブレが却下して最終的にはエランが却下したのでふて腐れて鞘の中に閉じ籠もるのだった。
飲食店を出るとイブレは既にエラン達を案内する博物館を決めていたようで,案内すると言い出したのでイブレを先頭に歩き出した。そして博物館に到着するとタイケスト山脈を有しているフライア帝国だけ有って加工前の宝石や貴重な鉱石の断面などと確かにタイケスト五国ならではの展示物が数多く展示されていた。
博物館を出る頃には日の光が赤みを帯びていたので宿に戻る事にした。宿に戻ると今日も含めて残り二日分の宿代を前もって払ってから部屋へと戻る。それからはいつも通りと言わんばかりにエランはお風呂に入り,ハトリは部屋でのんびりとしていた。そしてエランがお風呂から出ると夕食の為に食堂へと向かい,案の定イブレも居たので一緒の夕食となる。
夕食を済ますとエラン達は再び部屋へと戻り,ハトリがお風呂に入っている間はエランとイクスが他愛のない話をしながらエランは紅茶を堪能していた。ここまで来るとすっかりのんびりとした雰囲気に成っていたのでエラン達は珍しく夜更かしをしていろいろと話すのだった。
翌日はいつもより少し遅い時間に目覚めだった。けど特に急ぐ必要がないのでのんびりと出かける支度を済ましてから食堂へと向かった。エラン達を待っていたのか,それとものんびりとしていたのか分からないがイブレの姿が有ったので朝食からイブレと一緒に行動するエラン達は,夕刻になって夕食を済ますまでイブレと共にゆったりとした時間を過ごした。
夜が更けるとお風呂から出て来たハトリが窓から外を見ているエランの姿を見ると声を掛ける。
「エラン,どうしたですよ?」
ハトリの声を聞いても振り向かずに首だけを振って,白銀色の後ろ髪を揺らしたエランがハトリの問い掛けに答える。
「どうもしてない,ただ明日から戦いの日々が始まると思ったから」
エランの言葉を聞いて少しだけ心配な表情に成るハトリの顔を見た訳ではないが,エランは話を続ける。
「私達が最強の剣と成る,そう決めた時から戦う事に迷いも戸惑いもない。けど……」
「けど何ですよ?」
「自分でもよく分からないけど……慣れてはいけない気がするし,越えてはいけない一線が有る様な気がする」
「……エラン」
掛ける言葉が見付からないハトリは名を呼ぶ事しか出来ないでいるとイクスが喋り出す。
「まあ,そんなに気にすんなよ。そういう事を思ったり考えたりする事が出来るだけでも上出来だと俺様は思うぞ。決意と覚悟で自分の生き方まで変える必要はねえと思うぞ,だからエランはエランらしく生きれば,それで良いんじゃねえか」
「……うん,そうだね。ありがとう,イクス」
「気にすんなよ」
「うん」
ハトリの頭にイクスの正式名称が思い浮かび,そしてあそこを出る前の日々がハトリの頭に浮かんでは消えて行く。それはもう戻れない過去,戻る事すら許されない過去,それがエランの決断でありハトリが生きていく理由でも有るからだ。そんなハトリがエランの背中を見ると,既にエランは戦場に立っているような気がした。そんな気持ちを隠しながらハトリは顔を拭いて表情を戻すと椅子に座って珈琲で喉を潤した。それから喋り出す。
「何にしてもですよ,こんな高級な宿にいつも泊まれる訳ではないですよ。だから今は精々贅沢をしていた方が良いですよ」
「……うん,そうだね」
ハトリの言葉を聞いてやっと振り返ったエランは瞳の奥に弁慶草の花を咲かせて歩き出すと,ハトリと同じ円卓に付くと紅茶を味わいながらのんびりとした時間を過ごし,いつもの様にイクスとハトリとのお喋りを楽しむ。そして夜が更けるとエランはイクスを持って寝室へ向かうとハトリは照明の転換器を押して部屋の灯りを消す。
イクスを寝台の横に置いたエランが大きな窓に窓掛を掛ける。その際に見える月明かりはどこか優しい光に感じるエラン,そんな月明かりを受けながら窓掛を締めると部屋の灯りは既に消えて寝台の枕元だけが静かに小さく灯っている。エランが寝台に上がるのと同時に布団をめくったハトリの傍までエランは身体を寄せると,寝台の転換器を押して寝室が月明かりだけに成ると布団に包まれてから口を開く。
「おやすみ,イクス,ハトリ」
「おやすみですよ」
「おやすみよ」
いつも通りに聞こえて来たイクスとハトリの声に,何処かしら安心感を得たエランはそのまま意識を虚空の彼方に向かって落として行くのだった。
さてさて,後書きです。あ~,ツイッターでは昨日更新すると言っておきながらも,翌日の更新となってしまいました。すいやせんでしたっ!! いやね,なんかこう,昨日は私の持病が顔を出してきて,なんかこう,いろいろといろいろとなんやかんやだったんですよ。さてはて,最早自分が何を言っているのかも分からないけど,これだけは言っておきます。……本当にお待たせしてすみませんでしたっ!!
さてさて,話は変わりますけど,今回の話ではエラン達は美術館へと行きましたね~。そこで出て来る神話ですが……ガチで神話を書いております。ってか,ここで少しだけ使う為にブレールースの神話を作るました。なので神話に関しては今後も使うか全く分かりませんが,存在はしています。けど,ここに載せる程に作り込んだ訳ではないので本編で神話を書く事は無い事だけは明言しておきますね。
さてはて,予定としてはもう少し早めに更新をする予定だったんですけど……この時期は私の身体が思いっきり弱まり,いろいろと厄介な季節なんですよ,これがっ!! まあ,そんな訳で更新が遅れたので,いつも通りに大目に見て気長に待っていて頂けると幸いです。という言い訳が終わった所でそろそろ締めましょうか。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そして,これからも気長によろしくお願いします。
以上,六月ももうすぐ終わりだし,次は六月以内じゃなくても良いか,と思っている葵嵐雪でした。




