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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第二章 戦場の白銀妖精
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第二章 最終話

 メルネーポが握っていたバルディッシュが回転しながら宙を舞うと地面へと突き刺さり,左膝を地面に付けたメルネーポの喉元にはイクスが微かな手前で止まっていた。エランの攻撃を受け続けたメルネーポが遂に絶えきれずにイクスを受け止めきる事が出来ずバルディッシュを弾かれてしまった。勝負は決したとばかりにエランは回転の勢いを殺す為に地面へと一気に足を踏み込んで止まり,イクスをメルネーポの喉元へと突き出した。そして今へと至る。

 勝敗が付いても未だに鋭い眼光をしているメルネーポだが,イクスが喉元に有るという感覚を得ると不意に笑みを浮かべた。それを見たエランはイクスを引いてメルネーポから少し離れるとイクスを右上に挙げた。

「イクス」

「あいよ」

 エランがイクスを握っている右手の力を緩めると,エランの手から離れたイクスが半回転して鞘に一気に収まるといつものように少しだけ刀身が見える状態に成る。そしてメルネーポは目をつぶりながらも満足げな表情で立ち上がると改めてエランを見てから会話を始める。

「流石はエランだな,全く反撃なんて出来なかったぞ」

「うん,デスティブ,死落舞しらくまいは相手に反撃される前に次の攻撃を入れる為の戦い方」

「確かにな,反撃しようにも受け止めた手が痺れてすぐに動かす事が出来なかったな」

「それでもあれだけ絶えたメルネーポの姉ちゃんは凄え方だぞ」

「その褒め言葉は有り難く頂いておこう」

「うん,スレデラーズの力を解放しなくても,ここまで戦えたメルネーポは自分に自信を持っても良いと思う」

「ありがとう,エラン。そしてエランにイクス,改めて私との試合を受けてくれた事に感謝する。これで心置きなくエラン達を見送れるからな」

「おっ,わざわざ見送りに来てくれるのか」

「あぁ,もちろんだ。友人が旅立つというのに見送らないのは失礼だろ」

「友人……」

 エランは小声で言葉を発すると口を閉ざした。なにしろエラン達が旅に出てからエランを友人と呼ぶ者は今まで誰一人として居なかったから,その事に戸惑いながらもエランは瞳の奥で新たな新緑が萌え出ていた。すると遠巻きに会話を聞いていたハトリが会話に参加する。

「それはどうもですよ。それにしても二人ともこんな夜更けに全力で試合をしてどうするつもりですよ?」

「私はエランと戦えただけで満足だからな,今日はもう休むとしよう。祝勝会が開かれているが帝都に帰ったら皇帝陛下が直に祝勝会を開かれるつもりのようだからな,その時に責務と楽しむ事にするつもりだ」

「なるほどですよ,それでエランはどうするですよ。明日の明朝に旅立つ予定ですよ?」

「お風呂に入る」

「もう一度ですよ?」

「うん」

「……まあですよ,エランがそれで良いなら良いですよ」

 最後には溜息を付いたハトリにメルネーポは微笑み,エランも瞳の奥で硝子の器を端まで満たしていた。すると満足げな表情をしているメルネーポがエランに歩み寄ると右手を出してきたのでエランも右手を出して握手を交わす,そしてお互いに温もりを確かめるようにしっかりと握った後に離すとメルネーポからエランに声を掛ける。

「では,明日な」

「うん」

 短い会話を終えてメルネーポは左を向いて訓練場の出入り口に向かって歩き出した。そんなメルネーポの背を少しの間だけ見送っていたエランが声を出す。

「イクス,ハトリ,行くよ」

「はいよ」

「お風呂に入るなら早く戻った方が良いですよ,明日は早いと決めたのはエランですよ」

「うん,分かってる」

 エラン達も訓練場から出る為に歩き出して転送魔法の魔方陣が描かれた魔道装置に入るとエランが声を出す。

「第六迎賓室」

 魔方陣が光るとエラン達は転送されて割り振られた部屋に近い魔方陣の上に立っていた。転送が終わるとエラン達は魔道装置が設置してある柱から出たら,そのまま部屋へと向かう。部屋に入るとハトリが早速とばかりにエランの鎧を掛ける為の木組みで出来ている鎧掛けを取り出すとエランは背負っているイクスを外して円卓に立て掛けると身に着けている鎧を一つ一つ丁寧に外して掛けていく。

 一つの仕様しかない服だけに成るとハトリから着替えを受け取ってエランは浴室へと向かって本日二度目の入浴を楽しむ。流石に二度目という事も有って一時間ぐらいで入浴を終えたエランは円卓の前に有る椅子に座ると既に寝間着を着ているハトリが紅茶を出してくれた。入浴後という事もしっかりと考慮して冷めた紅茶を味わうエラン,するとハトリが少しだけ気鬱な声で言い出す。

「ここに居るのも今日が最後ですよ」

「なんだ,生意気に寂しく成ったとでも言い出すのか」

「違うですよ。ただですよ,いろいろと有ったと思っただけですよ」

「まあな」

「うん,今回は本当にいろいろと有った。今までに経験していない事を経験したと思う程に」

「まっ,俺様達の旅は始まったばかりだろ,そういう事もあらぁな」

「うん」

「けどですよ,それだけで片付けるのには惜しい気もするですよ」

「じゃあ何だってんだ?」

「それはですよ……」

「黙るなら余計な事言い出すなよ」

「考えているだけですよ」

 イクスの言葉にハトリが少し怒りながら言葉を返すとエランが代わりとばかりに言葉を出してくる。

「私が知っている言葉では言い現す事が出来ない何か」

「それですよ」

 反論するかのようにエランの言葉に同意するハトリはイクスに向かって勝ち誇った表情を向けるが,当のイクスは特に癪に障る事も無く冷静に声を発する。

「ちっとは変わったって事だな。エランが白銀妖精と呼ばれる事も多くなったしな,噂が一人歩きしてる状態でも白銀妖精が噂に成っている事には違いはねえ。それだけに俺様達に関わってくる奴らも多くなるって訳だ」

「うん,イクスの言う通りかも」

「関わり過ぎるのもどうかと思うですよ。けど,それも良いと思えるように成っているですよ」

「そうだね」

「別に馴れ合う事がいけねえって訳じゃねえからな,それはそれで良いんじゃねえか。後はカセンネの団長さんが言っていたとおりに別れる時は笑顔で別れて旅に出られるんなら良いと思うぜ」

「うん,それは大丈夫」

「心配無用ですよ」

「けど……何かが終わるのはこういう感じなのかなと思った」

「エラン……」

 エランの言葉を聞いて心配する表情を見せるハトリはそっと紅茶が入っている茶器を置いて言葉を探しているとイクスが先に声を発して来た。

「何も終わっちゃいねえよ」

「どういう事?」

「エランよ,俺様達はまだ生き続けないといけねえし,やらなきゃいけねえ事もある。生きている限り,やる事が有る限り,何も終わらねえと俺様は思うぞ」

「つまりですよ。これも通過点だと言ってやがるですよ」

「言葉遣いにはちっとは気を付けろや,ガキが」

「はいはいですよ」

 いつものようにイクスとハトリが言い合いに成ると雰囲気に成りそうな時,エランが会話を続けてきたのでイクスとハトリは出鼻をくじかれてエランの言葉に耳を傾ける。

「そうだね,まだ何も終わっていない。一つの区切りが付いただけで私にはやると決めた事があるし,もしそれが叶っても終わりじゃない。自分の意思が有る限り,終わる事なんてない」

「だな,終わりなんて自分自身で決めりゃあいい事だからな」

「節目だと思って次に繋げるのが一番良いと思ったですよ」

「うん……そうだね」

 静かに言葉を発したエランは静かに紅茶を飲むとハトリも再び紅茶が入った茶器を手にして紅茶を堪能してイクスは黙り込んだ。エラン,イクス,ハトリ,それぞれに今回の戦いに思う事が有るだろうけど,それも経験だと気付かないままにそれぞれに想いに耽る。自分達も成長している事に気付かないままに。

 しばらくの間だけそれぞれに想っていたが,夜が更けてきた事もあり明日の事を考えるなら寝た方が良いと言い出したハトリの言葉を聞いてエランはイクスを持って隣接している寝室へと向かいハトリが後に続く。

 先程までエラン達が居た歓談室も豪華だったが寝室も劣らない程に豪華だ。大き過ぎる寝台には枕がある方は壁だが天井がありそこから残っている三方向には窓掛が付いており,部屋の一辺は雄大なタイケスト山脈が良く見えるように硝子製の壁に成っている。その中の一つが扉と成っているので,エランは窓に窓掛を締めているとハトリは翌日の旅立ちに備えて必要な物だけを取り出していた。

 ハトリが準備している間にエランはイクスを寝台の外側に立て掛けると次は寝台の中に入り備え付けてある小さな明かりを灯してから部屋の隅に移動した。そしてハトリの準備が終わるとエランは部屋の隅にある部屋の照明を消す転換器を押して寝室を暗くすると寝台の灯りだけが静かに主張していた。

 先に寝台に上がったハトリが窓掛を二つ閉めると残っている所からエランが寝台に上がり,残っている窓掛を閉めて枕元へ向かうと大きな掛け布団の一部を持ち上げてエランとハトリは布団の中へと入る。エランの方からハトリの方へ寄り添うと言葉を出す。

「おやすみ,イクス,ハトリ」

「おやすみですよ」

「あぁ,おやすみ」

 眠る前の挨拶を交わしてエランは目を閉じると見える世界が漆黒へと染まる。そしてエランは自分だけの世界に入ると自然とヒャルムリル傭兵団の面々が浮かんでは消えて行く。やはりエランの中ではヒャルムリル傭兵団という存在は心に残ったようで,エランもその事を自覚していくと意識が次第に散り行く花片のように落ちて行くのだった。



 エラン達が眠りに付いた頃,祝勝会は終わったが所々では未だに勝利を祝い騒ぐかのように灯りが灯っていた。そんなゼレスダイト要塞の中層階にある露台式の広い展望台にはレルーンの姿がただ一人だけあった。

 両腕を手摺りの上に乗せて顔をそこに伏せている様は泣いているようにも見えた。だから後ろから近づいてくる足音に気付かないのでレルーンに歩み寄った者から声を掛けてくる。

「あんたはまだしょげてるんかい」

 声を聞いてやっと顔を上げたレルーンの表情は悲しさと寂しさが入り混じったようでレルーンの心境をそのまま現したかのようだ。そんなレルーンがゆっくりと振り返って声を掛けてきた者を確認するとレルーンが思った通りにカセンネだ。祝勝会が終わってそのままレルーンを探していたみたいで未だに正装をしていた。そんなカセンネを見てもレルーンはすぐに声が出なかったので少しだけ間を置いてから声を出す。

「……団長」

「レルーン,自分がどんな顔をしてるか分かっているかい?」

「……何も分からないですよ」

「やれやれ,しょうがないね」

「今までこんな事は無かったのに」

「そいつは今までこんな出会いが無かったからだよ。けどエラン達と出会った,だからエランから別れを告げられて戸惑っているってところかい」

「そうなんですかね……」

「まったく,こりゃあ重傷だね」

 言った後に大きな溜息を付いたカセンネがレルーンの横に並ぶように歩みを進めるとカセンネも両手を手摺りに付けて,夜の闇夜に逆らうかのように照らし出している月下の下に広がっているモラトスト平原を見ながらカセンネは優しげな声で会話を続ける。

「そんなにエラン達と別れる事が嫌かい?」

「……それすらも分からないです。エラン達は団員じゃないから私達とは違う事は分かっているつもりです,けどいつまでもエランと一緒に居たい気持ちも有るから余計に分からなくなって。ただ……私の我が儘でエランの邪魔をしちゃいけない事だけは分かってます」

「頭では理解しているようだね。けどあんたは心で動く事が多いからね,これも経験だと思って受け入れな。頭でそれだけ分かっているなら後は心の問題だよ,頭と心は別物だから理解の仕方が違うのさ。後は心が受け入れるようにすれば良いだけだよ,とは言ってもそれが難しいもんなのさ」

「団長……どうすれば良いんですか?」

「それはあんたが考えな,と言いたいんだけど時間がないからね。今回だけは少しだけ教えるとするかね。レルーン,あんたはこのままエラン達と別れても後悔はしないかい。それだけを考えてみな」

「……」

「ついでに言うならあたし達も次の目的地が決まったからね。あたし達もここに長居をする事は出来ないよ」

「次は何処に行くんですか?」

「そいつは秘密,というより課題だね。レルーン,あんたがしっかりとエラン達と後悔がない別れ方をしたら教えてやるよ」

「その課題に何の意味があるんですか」

「それも含めて考えてみな,そしてあんた成りに答えを出すんだよ。その答えはどんな書物だろうが偉人の教えだろうが何も分かりゃしないよ,そしてあたしもこればかりは何も教えられない。あんたはあたしではないから,あたしはあんたではないからね。だから自分が正しいという思う答えをだしな,誰かが出した答えじゃなく自分自身が出した答えを信じて動きな。それこそが人間らしいじゃないかい」

「……人間らしい……」

 呟く様に言葉を繰り返したレルーンにカセンネは優しい表情を向けると優しい微笑みを浮かべながら続きを話す。

「誰かとの別れを悲しむ事も,寂しく思う事も不思議じゃないさ。むしろそう思う事が人間らしいって事だよ,そしてあたし達は人間以外の何物でもないからね。なら人間らしい行動をしようじゃないかい,だからこそあたしは自分で正しいと思った事をする。それがあたしの出した答えだからね。そしてレルーン,今のあんたも人間らしいのさ,そうやっている所がね」

「今の私が?」

「そうだよ,今のあんたみたいに思い悩むのも足掻いている証であり人間らしいのさ。だったら足掻いて足掻いて答えを出しな,そこに正しいとか間違いとか無いから安心して自分の答えを信じて動くんだね。答えを出すのも,決めるのも,あんたなんだから。ならあんたが信じた通りに動きな,どんな時でも決めるのは誰かじゃない,あんた自身なんだからね」

「……私自身」

「あたしに言える事はこれだけだね,後はせいぜい明日は寝坊しないように早めに寝る事だね」

 言い終えるとカセンネは振り返って歩き出したので,レルーンは咄嗟にカセンネの方へと振り返ると頑張れと言わんばかりにカセンネは左手を挙げていたのでレルーンはカセンネの背を見送ると再び振り返って手摺りに両手を置くが,顔はしっかりと前を見詰めている。そんなレルーンが心にある一言を想う。

 決めるのは誰かじゃない自分自身。

 カセンネが言ったその言葉について思考を巡らすレルーンの髪を揺らすかのように軽く風が吹き抜けると長くて青白い髪が揺れ動く。そして風が止むとレルーンの青白い髪は静かに整う様にゆっくりと動いていくのだった。



 翌朝,日が昇ってから一時間後に目覚めたエランは少しだけ気だるさを感じながらも身体を起こすとハトリも起きたみたいで身体を起こして眠い目を擦っている。そんなハトリを見ていたエランが視線を硝子の壁が有る方へと向けると眩い程の光が差し込んでいた。その光を見ながらエランが口から言葉を出す。

「おはよう,イクス,ハトリ」

「おっ,目を覚ましたか,おはようさん」

「ん~,おはようですよ」

 朝の挨拶を交わしてエランは未だに眠そうなハトリの頭を優しく撫でていると,エランの身体が起きて少しずつ気だるさが消えて行くのを感じていた。それからハトリが大きな欠伸あくびをした後にもういいとばかりに頭を動かしたのでエランはハトリの頭から手を離すと,そのまま布団から出て寝台の窓掛を開けて降りると硝子の壁に掛かっている窓掛を少しだけ開けたら朝日が一気に差し込んできた。

 最初は眩しさに目を細めたエランだが慣れると広大なタイケスト山脈がハッキリと見えた。その景色を横目にエランは残りの窓掛を全て開けてまとめると,ハトリは既に寝台から降りていつもの服へと着替えて旅立つ為に荷物の整理をしていた。

 タイケスト山脈に背を向けたエランはそのまま鎧掛けに掛かっている鎧を一つずつ身に着けていく。そして全ての鎧を着け終わるとイクスの元へ行き手に取ったら背負い,固定する為の革紐をしっかりと締めてから鞘の下にある髪を出す為に手を入れて一気に後ろ髪を引き出すとエランの髪が広がり白銀色の輝きを散りばめた。

 しっかり者であるハトリは既に昨日の時点で荷物整理が終わっているので,後片付けを終えるといつでも旅立てる荷物を背負った。そしてエランとハトリがお互いの顔を見るとエランが声を出す。

「イクス,ハトリ,行くよ」

「はいですよ」

「また旅立ちだな」

 エランの言葉にそれぞれに返事をしたハトリとイクスの声を聞いて,エランが歩き出すとハトリが続いてエラン達はそのまま部屋を出ると,いつでも稼働する事が出来る転送装置で食堂に移動した。朝が早いからか食堂には誰も居ないと思っていたが厨房からは朝食らしき匂いが漂っており,数人程が動いているのが見えた。そしてエランを待っていたかのように角卓に付いているイブレの姿も有ったので合流する為に歩を進めると,食事中だったイブレがエラン達に気付いて手と口を止めるとエラン達と合流する。

「おはよう,エラン,イクス,ハトリ」

「おはよう,イブレ」

「おはようさん」

「おはようですよ」

 それぞれに挨拶を交わしてエラン達が席に着くと食堂に配置されたハルバロス兵がわざわざエラン達の元へとやって来て朝食を持って来る事を告げてきた。丁寧すぎる対応に高級店かとハトリは思ってしまったが,今は今後の為に別の話を切り出す。

「それでですよ,フライア帝国への道は分かっているですよ」

「もちろんだよ」

 言われると思っていたのか,イブレは隣の椅子に置いてあった荷物の一番上にある巻かれている大きな紙を手に取る。そして巻き紐を解いてエラン達の前に大きく広げると,それはタイケスト五国の地図で丁寧に細かな道まで記している程に繊細に調べて事細やかに作り込まれた地図だ。イブレは地図上のディアコス国の国境線に近い真ん中を指差すと喋り出す。

「ここが僕達が居るゼレスダイト要塞だよ。ディアコス国にはエランの噂が流れていると思うからね,このままディアコス国に入ると馬鹿な報復者が現れる可能性があるよ。だから一度ハルバロス帝国に入ってこの通商路を通ればフライア帝国に入るという経路だよ」

 指を移動させながら今後の旅路について話をするイブレのおかげで道には迷わずにフライア帝国に行けるのは流石と言った所だ。だがエランはイブレが示した道が不思議に思って地図に指を差して尋ねる。

「ここ,タイケスト山脈を進む曲がり続ける道は何?」

「タイケスト山脈と言っても延々と高い山が続いている訳じゃないからね。大きな軍隊が進むのは無理だけど,商隊ぐらいの荷馬車が通れるだけの低い場所には山道はいくつもあるんだよ。まあ,場所が場所だけに道のりは厳しいけど安全だからね」

「野党もこんな所には根城を作らないって事ですよ」

「作っていたらご苦労様と言いたいぐらいだな」

「ははっ,ハトリもイクスも面白い事を言うね。それで続きを話すと,フライア帝国に入ったら真っ先に南の国境に近い町を目指すと,そんな感じだね。何か他に聞きたい事はあるかい?」

 イブレが質問を促すとエランは首を横に振ったので,これ以上は何も聞かなくても大丈夫だと示して来た。そしてハトリは地図を見ながら喋り出す。

「それにしても北東に位置するミケナイ王国は小さいですよ」

「ミケナイ王国は西にハルバロス帝国,南にフライア帝国と強大な国に挟まれているようなものだからね。よっぽどの愚王でも現れない限りはこの二国に戦いを挑んで領地を拡大しようとはしないだろうね」

「けど存続してる」

「エランは相変わらず良い所に気付くね。ミケナイ王国は高い金属加工技術を持っているからなんだ。だからここのハルバロス帝国やフライア帝国はタイケスト山脈で採れた鉱石をそのまま一度ミケナイ王国に持って行き,ミケナイ王国で不純物の排除,金属ごとに振り分け,規定の形に加工,そして戻すという事をやってるんだ」

「何なんだ,その下請け企業的な国は」

 説明を聞いてイクスは思わず思った言葉を出すとイブレは面白そうに軽く笑った後に続きを説明してきた。

「まあ,イクスの言った事も間違いではないんだよね。ミケナイ王国は独自の技術を交渉に使ってハルバロス帝国とフライア帝国の同盟と不可侵条約に成功してるからね。その代償として二国からの依頼から発生する儲けは少ないけど宣伝には成っているからね。聞いた話だとミケナイ王国は遠方の国から来た商人を優遇しているみたいだね,それで儲けているようだよ」

「わざわざ遠くに居る商人を頼るような言い方ですよ」

「隣国だと攻め込む口実になる」

「そう,エランが言った通りに隣国や近い国の商人達を優遇してしまうと簡単に儲けられるけど,軋轢あつれきが生じたら攻め込まれる口実が生まれかねないからね。そうしたら折角強大なハルバロス帝国やフライア帝国と同盟を組んだ意味が無くなる。だから近場の商人には重い関税を掛けているようだね」

「隣人戦争を起こしたくないから近所付き合いはしない感じですよ」

「ははっ,ハトリらしい表現だね」

「それはどうもですよ」

 イブレの言葉に常温でハトリが返事をすると,エラン達の朝食が運ばれてきたのでイブレは角卓の上から地図を戻すとエラン達の前に食事が並べられる。流石に勝利したハルバロス軍だけ有って見た目も華やかだし,使われている食材も高級品に入る事が分かる程に不断ふだんに使われいた。

 折角,調理仕立てを持って来てくれたのでエラン達は会話を止めて朝食を口にし始めるとイブレも朝食を再開させる。そして最後にはご丁寧に食事の栄養まで考慮して食後には甘味であるクグロフまで出して来た。だからエランは無表情だがイブレを含めて他の者達には分かる程の上機嫌で食事を終える。

 先に食事を終えていたイブレの前からは既に食器が片付けられていたがエラン達と共に行くからには先に行く必要が無いと待っていた。そしてエラン達の食事が終わったのでエランがイブレの目を見ると,イブレは一回だけ頷くとエランが立ち上がって言葉を出す。

「行くよ」

「じゃあ,こことはおさらばとしようか」

「はいですよ」

「まあ,すんなりと出られれば良いけれどね」

 最後に意味深な事を言ったイブレに自然とエランとハトリが視線を向けると,イブレは軽く笑ってエラン達に早く出るように促して来た。こうなると何も喋らないと知っているイクスとハトリは黙り込んだので,エラン達はそのまま旅立つ為に攻略したゼレスダイト要塞の北門に向かって歩き出すのだった。



 高い城壁に囲まれながらも要塞と城門まである空間にはしっかりと朝の匂いと清々しいと思える冷たさを感じる程だ。それに朝が早いという事も有って静かでエラン達が歩く足音がしっかりと聞こえる程に静まり返っている。そんな中を城門に向かって進むエラン達。すると城門の警備をしていたハルバロス兵がエラン達の姿を見て城門内にある部屋に入っていったがエランは大して気にはしなかった。だからそのまま歩を進めると聞き覚えがある声が聞こえて来た。

「やっと来たようだな,エラン」

「まったく,このまま出て行くなんて無粋ってもんだよ」

 声と共にケーイリオンが姿を現すと後ろからメルネーポとラキソスが姿を現した。そして反対側からに有る城門の部屋からカセンネが姿を見せると,その後ろからレルーンが一気に出て来る。そしてエランに向かって駆け出して一気に辿り着くとすぐさまエランの両手を取った。そして涙目に成りながらもレルーンは口から言葉を出す。

「エランっ! ……えっと,その……これでお別れなんだよね」

 既に涙を流しながら何とか言葉を出すレルーンにエランは少しだけ戸惑いながらもレルーンの手をしっかりと握って,表情はいつもの無表情だけど瞳の奥では自分の手に糸を巻いていた。だからこそエランはいつもと変わらない声音で話す。

「うん,縁があったらまた会える」

「そう……だよね」

「うん」

 更にエランの手を握り締めるレルーンは俯いて涙が地面に落ちるが,それも少しの間だけで顔を上げると涙は止まらないがしっかりと笑顔を作っていた。そんなレルーンが心のままに言葉を出す。

「……楽しかったっ! 一緒に戦って一緒の時間を過ごして,その全てが楽しかったっ! だから本当はエラン達と一緒に居たい,引き留めたいっ! それが無理なら付いて行きたいけど……無理だよね」

「うん,これは私の旅だから」

「分かってる,分かってるよっ! だからエランを止められないって事もっ! けど,これが私の本音だから誤魔化す事も出来ないっ! だからせめて……笑顔で送り出したいんだけど,なんで……私泣いているんだろう」

「泣ける時に泣いた方が良い,後で泣く方が辛いから」

「うっ,うわっ」

 レルーンは堰が切れたように一気に泣き出した。顔を伏せながらもしっかりとエランの手を握りながら,そしてエランもしっかりレルーンの手を握りながら泣いているレルーンを瞳の奥で消えそうな灯火を抱きしめながらレルーンを見詰める。そして少しの間だけレルーンは思いっきり泣きじゃくるをその場に居た全員が見守り続けた。

 呼吸が正常に戻るとレルーンは再び顔を上げたが涙が途切れる事は無かった。それでもレルーンは口からしっかりと言葉を出す。

「ごめんね,そしてありがとう」

「こちらこそ」

「……なんでだろうね,しっかりとエランにお別れの言葉が言いたいのに言葉が出て来ないや」

「思い付いた言葉で良いと思う,大事なのは言葉に込めた想いだから」

「うん,そうだね」

 ゆっくりと一呼吸だけするとレルーンは改めてエランの手をしっかりと握り心のままに口から言葉を出す。

「エラン……ありがとう,そしてまたね」

「うん,またいつか,どこかで」

 涙しながらもしっかりとした笑顔で言葉を発したレルーンの笑顔は,今までエランが見てきたレルーンの笑顔では一番輝いて見えた。そして言葉通りに別れる為にエランとレルーンはお互いに握っていた手を離す。すると今まで見守っていたカセンネが次とばかりにエランの前に出て来た。

「まったく仕方ない子だね。けどレルーン,あんたにしては上出来だよ。さて,エラン今回はありがとうよ。あんたのおかげであたし達も稼ぐ事が出来たからね,また会った時はよろしく頼むよ。まあ,そんなに長い時間を掛けずとも会う事に成るだろうけどね」

「どういう意味」

「なに,あたし達にはあたし達の予定が有るって事だよ」

 最後の最後まで意味が分からないとばかりに首を傾げるエランを見て,カセンネは思った通りとばかりに笑顔を浮かべる。そんなカセンネが一度だけ真剣な表情に成るが,やはり場違いだと思ったのか微笑むと右手を出してきたのでエランも右手を出してお互いにしっかりと握手を交わす。

「じゃあエラン,また会える時を楽しみにしているよ」

「うん,また」

 別れの挨拶を交わした後にカセンネは思いっきり笑ってみせるが,エランは相変わらず無表情のままだが瞳の奥では向日葵が太陽を向いていた。そしてエランとカセンネが手を離すと反対方向から足音が聞こえて来たのでエランが振り返るとラキソスが出て来ようとしたが邪魔をするようにメルネーポがエランの前にやって来た。

「さて,次は私の番だな。エラン,一緒に戦えた事を光栄に思ってる,それに学ぶ事も多かったからな。だから心の底からエランと出会えた事に感謝しているよ」

「それは私に言われても困る」

 エランがそう答えるとメルネーポは微笑んだ。

「それもそうだな。それと昨日の約束通りにしっかりと見送らせておう,だがその前に」

 それだけの言葉を発した後にメルネーポも右手を出してきたのでエランもしっかりと握手を交わす。そして満足げな表情を見せるメルネーポにエランは瞳の奥で流れ落ちる滝糸を紡いでいた。お互いにしっかりと感じ取った後に手を離し,メルネーポは満足げな表情で退がると今度は順番を取られたラキソスがエランの前へとやって来た。

「やれやれ,最後までエラン殿は人気者ですね」

「そんな自覚は無いけど」

 エランがそう答えるとラキソスは微笑んだ。

「では,エラン殿。今回の戦に加わってくださり,本当に感謝しております。エラン殿と一緒に戦えた事こそが一生の宝となる事でしょう」

「そこまで大袈裟なものじゃないと思う」

「私自身がそう思いたいだけですよ」

「分かった」

「本当に最後まで飽きないですね。さて,エラン殿おかげで私達はこのゼレスダイト要塞を手に入れるという念願が叶いました。その全てをお返しする事は私には出来ませんが,せめてものお礼として旅路が幸有るモノだと願わせて貰います。それでは良い旅路を」

「うん,昨日も同じような言葉を聞いた気もするけど,ありがとう」

「はははっ,そうでしたね」

 ワザとなのか,それとも雰囲気を和ませる為なのか,あるいは本当に忘れていたのかエランには分からなかったが,笑いながら退がって行くラキソスを見ているとどうでも良いように思えた。すると最後とばかりにケーイリオンが口を開く。

「最後は儂だな」

 ケーイリオンがエラン前まで歩みを進めると優しい微笑みを浮かべてケーイリオンらしい言葉を出してくる。

「エラン,此度の戦いは感謝を述べると尽きぬだろう。それ程の働きをしてくれた事に,このケーイリオン=メルヘスは心底から礼を述べる。そして其方達の旅が実り多いモノに成る事を遠い空の下で願って居るぞ。ではエランよ,ありがとう,そして再開の時までさらばだ」

「はい,縁が紡ぐ再会の時まで」

「うむ,元気でな」

「はい,ケーイリオン将軍も」

 最後にお互いの顔を見てケーイリオンとエランがお互いに一度だけ頷く。そして満足げな表情を見せるケーイリオンにエランは心地良さを感じた。そして別れは済んだとばかりにエラン達に道を開けると城門が静かに開いていく。開かれた道をエラン達が歩み出すとエラン達は振り返る事無く進み続けると後ろから叫ぶように声が聞こえて来た。

「それじゃあねエランっ! またいつかねっ!」

「エランっ! またいつかなっ!」

 声からしてレルーンとメルネーポが叫んだ事が分かったがエランは振り返る事はせずに歩き続ける。それでも最後に左手を軽く挙げて軽く振って見せたのは,エランなりに最後の別れを告げた。そして城門を抜けると静かに城門が閉まっていく,そして完全に城門が閉まると今まで黙っていたイクスが喋り出す。

「それにしても最後の最後まで賑やかな連中だったな」

「五月蠅い駄剣にだけは言われたくないと思うですよ」

「このクソガキが,早速とばかりに喧嘩を売りやがって」

「売ってないですよ,文句を言っただけですよ」

「それを喧嘩を売っているって言うんだよっ!」

「ははっ,すぐにいつも通りに成るね」

「お前は笑うなっ!」

「イブレは笑うなですよっ!」

 イブレが言葉を発するとイクスとハトリがいつも通りに叫ぶと,エランはいつも通りという言葉に少しだけ不思議さを感じていた。確かにこのような会話は今までに何度も行ったので,いつも通りだと言える。だがエランはいつものようには感じる事がなかったから不思議に思えた。そんなエランに気付かずに会話は進んで行く。

「それでですよ,タイケスト山脈を越えるですよ。まさか歩き続けるですよ?」

 ハトリがそのような質問をするとイブレは軽く笑いながら答える。

「ははっ,出来れば商隊の荷車に乗せて貰えば楽なんだけど。最悪の場合は歩いて行くしかないね」

 イブレの言葉を聞いて雄大なタイケスト山脈を見たハトリが視線をイブレに戻して会話を続ける。

「低い場所を行くと言ってもタイケスト山脈はかなり高いですよ」

「山道も道だからね」

「それで上手い事を言ったつもりですよ?」

「ダメかな」

「もういいですよ,最悪の場合は流浪の大軍師様が何とかしてくれるですよ」

「ハトリも責任を押し付けてくるね」

「それぐらいはやって貰うですよ」

「だな,ちっとは俺様達の為に頭を使いやがれ」

「エランに背負われているイクスまでそんな事を言って来るのかい」

「このやろ,随分と言って来るじゃねえか」

「ははっ,冗談だよ,冗談」

「何がだっ!」

「何がですよっ!」

 イクスとハトリの叫びがモラトスト平原に響き渡ると吹き渡る風に流されて行った。そしてエランは不思議に感じていたモノに気付く,いつも通りという言葉が意味するのが先程まで違っていた事に。

 イブレも含めてイクス,ハトリと旅をするのは,エランからすればいつも通りに普通の事だ。だが先程までは今のいつも通りに更に含めたモノに成っていた,その事に気付いたエランは瞳の奥で花を散らしながらもしっかり前を見て歩き続ける。

 一陣の風がモラトスト平原を駆け抜けると,エランの髪で遊ぶかのように乱すので左手で軽く押さえると朝日がエランの髪に反射して白銀色の輝きを散りばめる。タイケスト山脈から降りてくる風はエランを後押しする様でもあり,白銀色の輝きをエランに見せるようでもあった。

 白銀色の輝きを纏いながらエランは歩き続ける。次なる目的であるスレデラーズを手に入れる為に,次なる戦いへと向かう為に。強者達が争った地を背にして最強の剣に成る為に,そしてエランが祈り願う事を叶える為にエランはスレデラーズを集める為に風が吹き荒れるモラトスト平原を振り返る事なく歩み続けるのだった。




 さてさて,後書きです。え~,私の都合で二度程に成りますが長く更新をしない期間がありましたが,何とか第二章を書き終える事に成りました。いやはや,読んでくださる方にはご迷惑をおかけ致しましたが,気長に待ってくれていた(と信じたい)皆様方のおかげです。なのでこれからもいろいろとあるかと思いますが気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 さてはて,次は第三章ですが……一気に第二章を書き終えたから少しだけ間を開けようかと思っております。まあ,今月末には書き始めて第三章を始められれば良いなと思っております。プロットは既に書き終わっているのでね,私的にはそこは安心して始められるので,その次の第四章に関してはまだまだいろいろと考えている次第でございます。

 さてさて,何かいろいろと有って様々な思いをしてきた第二章ですが,これにて終わり第三章が始まります。なので,これからもいろいろと有るかもしれませんが,気長によろしくお願いします。と懇願したところでそろそろ締めましょうか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願いします。

 以上,時間と精神に余裕が有ったらホロライブの二次創作をやってみたいなと思っている葵嵐雪でした。

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