表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第一章 フレイムゴースト
4/74

第三話

 大地が鳴り響く音が少しだけハトリ達の居る所まで届いてきていた。武器は木製でもしっかりと鎧を着込んでいるのだから金属製の靴が一斉に大地を駆け出す音が響いており,ベルテフレ曰くハツミの精鋭兵士達は両翼を一気に伸ばしてエランを囲むつもりなのは確かだろう。そして中央には木製だが全身を隠せる程の盾を持っている兵士が前衛として立っている。そんな状況でもエランはまったく動かずに兵士達の動きに注意を向けていた。

 一方で両翼を駆けだした兵士達は手に剣や槍だけと片手で扱える武器を手にして駆けているので自然と装備の重さや足の速さなどが出てきて先端が細くなって二等辺三角形みたいな形に成っていくのは当然だ。兵士達も武器や鎧が全て同じという訳ではない,鎧は個人に合わせて作っているので自然と軽装兵と重装兵に別れるのだから両翼の先頭を走るのは自然と軽装兵になるのは当然であり身軽な装備と自慢が出来る程の足が速い為に走るがエランに向かってではなく今は真っ直ぐ前にだ。それはエランも兵士達の動きを見ただけで自然と分かる事だ。

 駆け出した兵士達はエランに向かってこなかった,それどころかエランを無視するかのように一気に前進をしてきたのだからある程度ほど進んだ所で進む向きを変えてエランの後ろ側で合流するのと同時に中央を押し出して総勢百人でエランを取り囲む事はこの時点でエランどころか遠くで見ているハトリにも分かる程だ。というより,ここまで分かり易い動きをすれば誰でも分かると言える。そしてエランが完全に囲まれれば確実に不利な状況になる事も。

 エランもそれは分かっているはずなのだが未だに動こうとはせずにただ立ち尽くしている。そんなエランにベルテフレや兵士達の指揮官は何かの策があると考えていたので自然とベルテフレはハトリに話し掛ける。

「エラン殿はどのような手を使うつもりなのでしょうか?」

「どんな手もこんな手も無いですよ,ただ本気で戦うだけですよ」

「ただ本気で戦うだけで勝てる数ではないと思うのですが」

「まあですよ,見てれば分かるですよ。甘い物が食べられなくて不機嫌になっているエランが手加減無しの本気で戦う姿をですよ」

「……はぁ」

 ハトリの答えが理解出来なかったベルテフレはとりあえずと言った形で返事をするだけだった。その間にもハツミの兵士達は動き続ける。両翼が伸びてきたので中央も少しずつ前進を始めたのでエランを包囲する態勢は形になり始めていたのだが一方でエランは未だに動かない。そんなエランとは距離を置いて両翼の先頭が横を駆け抜けていくと両翼の先頭が合流する為に少しずつ寄せながら駆け続ける。

 百人の少数とはいえ軽装の鎧を着た兵士が金属の靴で地面を蹴っているのだからエランの腰ぐらいまでのうっすらと砂煙が上がっている。それでもハツミの軍勢が成す両翼は形を崩す事が無いままに前進を続けている。そして中央が両翼に合わせて前進して距離が縮まるのと同時に両翼の中央がエランの両脇に至った時に今までまったく動かなかったエランが一気に動いた。

 長槍を左真横よりも少し下に構えたエランは左側,相手の右翼に向かって一気に駆け出した。今までまったく動かなかったエランが動いたのだからが当然のように右翼のエランに向かって最前列に居る兵士達の一団十数人が迎撃態勢を取るが,自分が動けば相手も動く事も分かりきった事だからエランは駆ける速度を落とし事をしないで駆け続けた。そして長槍の間合いに入る……一歩手前。

 エランは長槍を左下から右上に向かって思いっきり振り抜いた。そして迎撃準備をしていた兵士を襲ったのはエランの一撃では無く,長槍を振り抜いた事によって生じた砂煙だ。これで一時的にだがエランの攻撃に備えていた兵士達は視界を奪われる事になるがたった一度だけ長槍を振り抜いただけなのだから舞い上がった砂煙はすぐに薄くなって消えた。そこまでは兵士達どころか誰でも分かる事だが兵士達は別の事に驚いて迎撃をしようとしていた兵士達だけでは無くて右翼の中央に居る兵士達の足が止まってしまった。

 右翼の中央部が止まった事で後続も急に止まった事に戸惑いを覚えてエランの方を見て確認すると止まった理由が見えた。いや,正確には見えるはずのが見えなくなっていた。砂煙が上がったのはほんの一瞬で迎撃の兵達にも届いていない一撃だが,その一撃でエランの姿が完全に見えなくなった。迎え撃とうとしていた兵士達にも次の一撃が来るだろうと身構えていたのだが,まさかエランの姿が消えるとは思いもしなかった事で何が起こったのかも理解が出来ない状態が兵士達の足を止めた。だが次の瞬間には右翼の反対側で大きな音と砂煙が上がると数人の兵士が吹き飛ばされていた。

 相手はエラン一人なのだからエランが攻撃をしたのは確かなのだろうが兵士達は完全にエランの姿を見失っていた。その為に右翼だけでは無くて全体の前進が止まる事態になっており,誰一人として状況を把握すら出来ていなかった。だが指揮官が優秀なのだろう,すぐに指示を出そうとしたがその前に今度は右翼外側の後方で砂煙が上がって数人の兵士が声を上げる事すら出来ずに宙に舞い上がった。

「全軍前進中止っ! 両翼は中央と合流して密集隊形で周囲の警戒に当たれっ!」

 味方に被害が出てるのに指示を出したのだが指揮官の優秀さを示している。あのまま指示を出さないでいると被害が大きくなるばかりだからこそ今は離れている味方を呼び寄せる指示を出した。

 両翼を広げていたという事はそれだけ兵士達の間隔が開いて中央部の中央に居る指揮官では状況を把握できないし,離れれば離れる程に兵士達は自分達の判断で動かないといけない。そうなると各個撃破されるだけだと考えたからこそ指揮官は兵士達を一カ所にしかも密集する事で防御力を上げるのと同時にエランが何をしているのか,どんな攻撃をしているのかと状況を掴みやすくしようと意図したからだ。だがその間にも今度は中央部の右後ろに居た兵士達が砂煙と共に舞い上がった。



「あの動きはいったい,どうやってあのような,あれでは兵士達は状況が」

 遠くから見ているベルテフレにはエランの動きがしっかりと見えていた。それだけに驚いてはっきりとした言葉には成らない事を続けざまに口に出していた。そしてその言葉を聞いていたハトリがベルテフレを落ち着かせるようにマントを引っ張ると自分も混乱していた事に気が付いたベルテフレは座り直すとハトリに尋ねる。

「あれがエラン殿が本気で戦う姿ですか?」

「正確に言うと違うですよ,あれがエランの戦い方ですよ」

「いや,しかし,ですが」

「おい,おっさん,自分眼で目の前の光景を見てるんだからその通りなんだよ」

 未だになんと言って良いのか分からない状態になっているベルテフレに対してイクスが無礼な口調で声を放つと少しは冷静になったのだろうベルテフレは再び上げる土煙と吹き飛ばされる兵士と攻撃をしたエランを再び目にして少しだけエランの動きについて分かったようだ。

「体勢が崩れる前に動いてるっ!」

 思わずそんな言葉を放つとハトリが面倒臭そうに息を吐いてから少し説明する事にした。

「確かにその通りですよ。そしてあの戦い方があるからこそエランは白銀妖精という異名を持つようになったですよ」

「それはもしや」

「どうやら分かっているようですよ。あれがエランの戦い方,白銀妖精の死落舞しらくまいとも白銀妖精のデスティブとも呼ばれるようになった戦い方ですよ」

「噂では聞いた事があります。舞うように戦えば既に相手は死に落ちている,白銀の髪と鎧を身につけている傭兵の戦闘方法,それが白銀妖精のデスティブ」

「おっ,少しは知ってるじゃねえか。そこまで知ってるんなら,他の噂も知ってるんだろ」

 イクスがぶっきらぼうに声を放つとベルテフレは頷いてから答えた。

「ええ,白銀妖精と呼ばれる傭兵は舞うような戦いをするとたった一人で千の敵を打ち倒して勝利に導くと」

「まあ,噂なんて何かと付くもんだからな,その噂の詳細はともかくとしてエランが本気で戦う所が見たいんだろう。今のうちによく見ておくんだな,次があるとは限らないからな」

 どこまでも上から言ってくるイクスの言葉にも反応が出来ない程にベルテフレの視線はエランの動きを追うだけでイクスの言葉を聞いていたかも分からない程と言っても良い程に見入っている。それだけエランの戦う姿に見入っているのではなくエランの姿を見失うと再び見つけるのが難しいからだ。ここがエランが戦っている場所から遠いとしても。

 聞こえ方によっては遠くから見ていても見失う事がある戦い方をしているようにも聞こえるが実際にその通りだ。それだけエランの動きが速く,不思議と言うより不可解と言った方が正しいだろう。それだけエランの戦い方,白銀妖精のデスティブは独特の動きをしている。それだけでは無くてエランが長槍を選んだのにもこのデスティブこと死落舞と呼ばれる戦い方をする為だ。

 順を追って説明するとエランが武器を決めた時から本気のデスティブを使った戦い方で戦う事を決めていた……甘味の為に。そもそもエランが持っている長槍は木製に見えるが実はそうでは無い,そもそもエランの身長の五倍もの長さが有るうえに長槍に加工をしているという事は握りやすい様に細くしている。そんな物を全て木で作るとなると問題と成るのは長さ故の耐久性だ。長くて細い長槍だからこそ持ち上げただけでも少し曲がるようにしなって真っ直ぐに持ち上げる事すら不可能だ。だからこそエランが持っている長槍には他にも加工がしてある,それは長槍の中心をくり貫いて鉄の棒を長さに合わせて長槍の上下を木で蓋をするように長槍の中で鉄棒が動く事は無いし,耐久性を出す為の加工だからそんなに太い鉄棒が入っている訳では無くて長槍がしならない程度に太さの四分の一ぐらいの鉄棒で補強している長槍だ。そんな加工がしてある長槍だからこそエランは手にした。

 エランが死落舞で戦う為の武器に対して重要なのは長さと重さ。そもそもイクスもエランの身長近くの長さが有るから長すぎる位がエランにとっては丁度良いと言えるがさすがに本物の剣と木製の長剣では重さが違いすぎる。だからこそエランは重さを補う為にあえて長すぎる長槍を選んだ。とは言ってもイクスは喋るだけの剣だけでは無くスレデラーズの一本だから他の何かがあるのだろうが,その何かを補う為にエランはあえてあの長槍に決めたとも言える。逆に言えばあの長槍だからこそエランは死落舞ともデスティブとも言われる戦い方が出来るとも言える。そして模擬戦が始まってからエランが最初に繰り出した一撃……そこがデスティブの始まりだ。

 エランは長槍を左下から右上に振り抜いた。普通ならば長槍を振り抜いた勢いで体勢を崩して握っている部分を中心に回り倒れるだろう,けどエランはそんな長槍を振り抜いた勢いを利用した。簡単に言ってしまえば体勢が崩れる前に動いたと言えるがそれ以上の事をエランはやっている。

 長槍を振り抜いただけでは無い,長槍を振るのと同時にエランは長槍を振った時の勢いが向く方へと跳んだ。この時の長槍に掛かってる力は右上に向かっていく力と前に居る兵士達に向かって長槍を振り抜いたのだから当然のように前に向かう力が同時に発生する。つまり長槍は右上,右前に向かって飛んでいくような力が掛かり普通ならばそちらに体勢が崩れて倒れるのが普通だろうがエランは体勢が崩れる力が掛かる時よりも前に倒れるであろう方向へ向かって跳んだ。しかしただ跳んだ訳ではない。

 左から右に,下から上に,そして前に向かって大きくて早い力が掛かっている状態なので長槍をしっかりと握っていないと右上の前へ向かって回りながら飛んでいっただろう。ここで重要なのは振り抜いた後に掛かる回りながら飛んでいくという点でエランはここで掛かる力を最大限に利用した。つまり長槍を振るのと同時掛かる右上と前に掛かる力と同時に右上前方に向かって跳ぶ事で自分の脚力が生み出す跳躍力だけではなく長槍が飛んでいく方向へ掛かる力も利用して跳んだ。そうする事で長槍と同じ方向へ移動するだけではなく,次の攻撃を繰り出す準備も出来るのは先程も述べた通りに回りながら飛んでいくからだ。更に言うとこうなる。

 回りながら飛んでいくという事は回転が掛かっているという事だ。この回転が有るからこそ次の攻撃を繰り出す準備が出来るのと同時に武器をしっかりと握っているからこそエランの体重と力が加わり回り過ぎる事は無いので回転を一回に抑える事が出来る。つまりエランは長槍が飛んで行く力を使って高く遠くへ跳んでおり,回転をする事で最初の一撃で出した勢いを殺さないどころか自ら力を加える事により最初よりも勢いに加わる力が少しだけ増すので後は回転の途中で狙いを定めて後はそこに向かって再び振り抜けば良いだけだ。理論としてはこんなところだろうか,次にエランの行動を最初から解説するとこうなる。

 エランが最初の攻撃を相手に当てなかったのは勢いを生み出す為だ。前に向かって左下から右上に振り出された長槍は右上前方へ回転しながら向かう力が生じてエランも同時に右上前方へ跳ぶと,同時に右に向かって振り抜いたのだから当然ながら右回転が生じるので跳ぶ時に長槍が振るわれた速度に合わせてエランの身体も右へ少し回転を掛けながら跳んだ。

 右上前方に振るわれたのだから長槍はそちらに飛んで行くのと同じようにエランの身体も右上前方へと飛ぶように移動していた。この時には当然ながら相手の兵士達はエランの下で列を成していたのだが,舞い上がった砂煙が邪魔をしてエランが上に居る事に気付かせなかった。最も相手が馬のような乗り物が無いままに上を取るなどと考える者は居ないと言っても良い程に思い付かない。そしてエランは上空で長槍が回転しないように抑え込んでいた。

 抑え込むと言っても回転する力を殺した事ではない,制御していたと言った方が正確だろう。そしてそれをやる為にはエランが回転を掛けながら跳ぶ瞬間が大事で遅れれば長槍が回転する力が掛かりすぎて空中に居る間に何度も回転してしまう,逆に早ければ回転する力が生まれずに自力で回転を掛けないといけないのだがエランの身体に全く合ってない長槍を回転させる,しかも空中でそれをやるのは無理というものだ。だが正確な瞬間で跳ぶと長槍には少しだけ回転する力が掛かりながら飛んで行く。エランはイクスでなくても先程の練習で一回だけ長槍を振った事で正確に跳ぶ為の瞬間を体得していたのだ。だからエランは少しずつ回転する長槍を手にしながら下に見える兵士達を見ながら次の攻撃に備えていた。

 空中を移動しているとは誰しも考えなかった事だろう,そしてそれが出来るからこそ右翼を空中で突破するという事を意図も簡単にやってのけた。そんなエランが空中から下に見える兵士達が途切れる場所を探しており,それはエランが空中に舞い上がってからすぐに見えた。右翼の上空を横切って兵士が途絶える場所,考えるまでもなくエランが居た場所の反対側,つまり右翼の外側。そしてエランは長槍の持ち手を中心にして体勢を半回転して再び長槍を右側でしっかりと両手で握りしめられるように空中で体勢を入れ替えた。あれだけの長槍をまったく動かす事なく体勢を変えたのだからエランの空中でやってのけた身体制御はかなりのものと言って良いだろう。それからエランは空中で再び長槍を構えると一気に動き出す。

 兵士達を下に見ながらゆっくりと回転を続ける長槍の動きを体勢と腕の力だけで制御しながら狙いを右翼外側の兵士達に付けるとゆっくりと回転をしている長槍と握っている手をそのままに身体をそちらに向けて押し出す,この場合は空中に居るのだから落下すると言った方が正確だ。今までは長槍を振るった勢いを使って空中をゆっくりと漂うように移動していただけだが体勢を移動させるだけで身体の重心が変わり速度も一気に変わる。そして兵士達が長槍の間合いに入ると一回転するかのように真横に一線で振り抜いた。

 上だけではなく後ろの上空から攻撃が来るとは思ってなかったハツミの兵士達が長槍を身体で受けるのと同時に回転運動によって遠心力を得た長槍だからこそ兵士達を吹き飛ばすだけではなく地面を斬り裂くように衝撃で砂煙を上げる事に成った。そしてエランは早くも次の行動に移っていた。

 右側から振り抜かれたのだから長槍はエランの左側にあるのは当然だが長槍の持ち手はエランの身体で抑え込まれていた。先程の事を踏まえて言えばエランが取った行動は長槍の回転を抑える為で長槍は少しずつ回転はしてるがそれ以上に左側に向かって飛んでいる状態であり,エランの身体も長槍と共に空中を移動している。そしてその先には右翼最後方に控えてる兵士達が状況が理解出来ないままに足が止まっていたのだからエランとしては格好の標的だ。ある程度空中を移動するとエランは腕を動かして長槍を思いっきり左側に突き出す。

 今度は身体を落とすのと同時に一回転,ここで重要なのはエランがこれまでの行動で長槍に掛かっている力,勢いと言っても良いだろう,それをまったく止めていない事にある。だからこそ遠心力が加算されて先程よりも速く,そして威力を増した長槍が兵士達を弾き飛ばすのと同時に更に地面から砂を巻き上げる。ここでハツミの指揮官が全体に向かって指示を出すがそれよりも速くエランは動いていた。

 先程の一撃は真横ではなく左前方に向かうように振り抜いたのは次の標的に向かって一気に進む為だ。ここまでエランの戦いを見てれば分かるようにエランの攻撃は移動を含めている。そのうえ回転運動により攻撃の回数を重ねる度に速さと威力が上がっていくのだからハツミの兵士達がエランの姿を見失ったのは砂煙だけの所為ではない。よって次は中央部の右後ろに狙いを定めたエランがそこに攻撃を加えて兵士達の数を減らすのと同時に砂煙が上がった。とここまでがエランとハツミの兵士達の戦いだ。だが模擬戦はまだ終わっていないどころか次の幕が上がろうとしていた。



 ハツミの兵士達が密集隊形を取れた頃には数は半数まで減っており,エランも自分の攻撃が上から来ると相手の兵士達が気付いている事を見抜いていたからこそ今では相手を前にして地面に立ち長槍を縦に持っている。ハツミの兵士達が防御を重視した為に仕切り直し,っと言った所だろう。だがエランの戦術は分かったと思ったベルテフレは隣に居るハトリに話し掛ける。

「さすがは白銀妖精と呼ばれるエラン殿ですね。ですが,それもここまででしょうね」

「それは違うですよ」

「違うとは?」

「さっきまでの動きはデスティブの一部に過ぎないですよ。エランを白銀妖精とまで呼ばせた死落舞はそんな浅くは無いですよ」

「では違う戦術があると?」

「それも違うですよ」

「では何が違うと?」

「随分としつこいな,このおっさん。まあ,あれほど自慢をしたいみたいだったからな。ここまでと思いたいんだろうよ」

 イクスが突然として声を発してきたと思ったらいきなりベルテフレに対して悪態を付いたのだから,この駄剣は,とついつい思ってしまうハトリだがエランの状態を考えるとここで騒ぎを起こさない方が良いと考えたハトリはイクスの発言を無視して話を続ける事にした。

「簡単に言うと基礎と応用ですよ。白銀妖精のデスティブは基礎すら思い付かない程の戦い方ですよ,なのでその訓練も特殊なものですよ。そしてデスティブは基礎さえ身に付ければ応用が広いですよ」

「応用ですか?」

「そうですよ,逆に言えば基礎が無いと言える程に幅が広い応用こそが白銀妖精のデスティブですよ」

 言葉を発するとハトリは睨み付けるようにエランの戦いを再び見守るように黙り込んだ。その雰囲気からもう話し掛けるな,とも思わせる程の威圧感を感じたベルテフレはそれ以上は喋らずに今はただ見届けるしかない,とやっと悟って再び訓練場へと目を向けると未だに両方とも動きは無い。

 動きは無いもののハツミの兵士達を率いる指揮官はいろいろと指示を出しているようであり,エランはその様子を遠くから見ている。まるでハツミの兵士達が準備を終えるのを待っているかのように長槍を横に持ちながらも足は揃えているので構えているのでは無く,ただ立っていると言える。その間にハツミの兵士達が慌ただしく動く。

 兵士達は大盾を持つ重装兵を前に押し出しながら丸い陣形,円陣の密集隊形を取ろうとしているが未だに重装兵の後ろでは何やら慌ただしく動きながらも次第に準備が整ってきているようだ。そして兵士達の準備が整うと残った兵士達は全員が盾を手にしていた。そんな兵士達の光景を見てやっとエランは長槍を手に構える。

 今度は兵士達はまったく動こうとはしない。やはり下手に動けばエランの姿を見失って自分達の数を減らす事は分かっているようだ。そしてエランも未だに動かずにいろいろと瞳を動かしていた。だがエランは相手の隙や陣形の弱点を探っていたワケではない,ただ単に負傷した兵士達の搬送がまだ終わっていないからだ。さすがに負傷した兵士達が地面に転がっている状態ではエランも戦いづらいのだろう。まあ,ただ単に邪魔だから早く片付けて欲しいとも思えるが,どちらにしろエランは負傷者の搬送が終わるのを待ちながらも兵士達の動きにもちゃんと注意を払っていた。そして負傷兵の搬送が終わった。

 一気に飛び出たエランは真っ直ぐに兵士達に向かって駆け出す。今度は長槍を右後ろに構えながら一気に兵士達との距離を詰める。そして兵士達も迫ってきたエランに向かって盾をしっかりと構える……いつでも動かせるように。そして長槍の間合いに入る一歩前。

 エランが左足で思いっきり踏ん張るのと同時に右後ろから左真横に来るまで一気に振り抜いた。先程と同じように砂煙が舞い上がる,それと同時に兵士達が盾を上に構える。円陣の外周に位置している重装兵は盾が斜めに成りながらも完全に上からの攻撃からは全身が隠れるように,そして中で密集している兵士達は持ち上げた盾同士を合わせて隙間が無いようにした。この行動を見るだけでエランの攻撃が上から来ると分かっていたし,読んでいた事も間違いは無いようだ。だが一つだけ間違いはあった。それはエランだ。

 エランは上には跳んではいない,というよりもデスティブの特性から少しでも上に振らないと相手の上を取る事なんて出来ない。エランも相手が上を警戒してくると読んでいたからこそ左真横に向かって長槍を振り抜くのと同時に踏ん張っていた左足で左前に向かって跳んだ。

 少しでも前に出たのだから兵士達との距離が詰まり完全に長槍の間合いに入った事は確かだ。そして左足で跳んだ時には身体全体で左に回転するように動いている,その動きに合わせて長槍が砂煙から勢い良く飛び出すと盾を上に向けている事で真横が無防備に為っている重装兵達を一気に弾き飛ばした。

 完全に読み違えて不意を突かれたハツミの兵士達。だがエランから見れば少し違うが思い描いていた展開だ。エランは先程の攻撃で全滅させるつもりだったがハツミの兵士達が対応してきたのでエランも手段を変えるしか無い,ただそれだけの違いでありハトリが言っていた基礎すら思い付かない戦い方だ。

 エランが最初と同じように土煙を上げたのは相手の視界を遮る為でも自分の姿を消す為でも無い,ただイクスでは無い武器で戦うにはこの動作が絶対に必要だからやっただけに過ぎない,これがハツミの兵士達が読み違えた点だ。砂煙が上がった時点でエランが空に舞い上がると読んだのだろうがデスティブの基礎たる基礎は円形運動だ。

 先程の攻撃も円形運動を使って重装兵達を弾き飛ばしたに過ぎない。エランは一番最初に砂煙を上げる程の勢いで長槍を振り抜いたのは勢いを付ける為で右から左に振り抜いた勢いが衰える前にエランは長槍と同じ速さで身体を回転させていた。そして相手が上を警戒して横が開いている事は分かりきっている。だから砂煙の中でも左足で左前に跳んだが先程のように高い跳躍ではなく距離を詰める為の軽く浮く程度の跳躍だ。だが,その跳躍の間にエランは一回転をして遠心力を乗せるとそのまま振り抜いただけだ。

 エランの攻撃に再び驚きと読み違えた焦りが湧き出るハツミの兵士達。一刻どころかすぐさま終わりにしたいエランは一気にたたみ掛ける。

 再びエランの左足が地面に付く頃には別の重装兵がエランの目の前に並んでいる。理由は簡単で相手が円陣を組んでいるからこそ外を回るように跳んだだけだ。それからエランは左足を軸にするように踏み込むと再び長槍を振るって目の前に居た重装兵を遠くへと弾き飛ばすのと同時に左足で左前に相手の円陣に合わせて跳んでいた。

「総員,右舷前方に全力前進っ!」

 エランの動きを見切った指揮官が大声で指示をさせたのは先程の経験が生きているからと言える。というよりもエランの攻撃が激しい程に威力があるから重装兵でも弾き飛ばされるが逆に言えばそこにエランが居ると教えているようなものだ。だから指揮官は兵士達が組んだ円陣を時計回りに周りながら攻撃をしていると理解が出来たから,これ以上の被害が出る前にエランから距離を取ろうと今は真後ろまで来ているエランから離れるように前進する様に指示を出したが,指揮官の対処が早い事は先程の戦闘で理解をしているエランはこれを狙っていた。

 兵士達が一斉に右に曲がりつつも前に向かって駆け出すのを見たエランは動きが遅れた重装兵を左真横に向かって弾き飛ばすと長槍を左真横から真上を通るように動かしてエラン自身も前に向かって高く飛び上がった。

 左から円を描くように真上に振り上げられた長槍だけに振る速さはまったく落ちてはいないのでこのまま行けば長槍は誰もいない地面に切っ先から叩き付ける事になるからこそ遠くで見ていたベルテフレはそこから長槍の動きが変わると思っていたがエランは手にした長槍を思いっきり地面に叩き付けるように振った。その事に驚く暇すら与えずにエランは次の行動に移っていた。

 地面に叩き付けられた長槍の切っ先を中心にエラン自身が円を描くように空中を移動していた。これもハトリが言っていた応用なのでエランは長槍を地面に叩き付ける前に自ら前に向かって高く跳んでいたの後は長槍を下に叩き付けた勢いでエランの身体は先にエランが跳んだ方向へと向かっていく。

 応用と言ったのは今まではエランが中心点となって長槍を振るっていたが今度は逆に長槍の切っ先が中心点となってエランを運ぶ,というよりはエランの移動を手助けしていると言った方が正確だ。エランは前に向かって高く跳んだのだからエランが自ら跳んだ力に長槍に掛かっていた遠心力が加わったのだからより高く,より遠くへとエランは一気に移動する事が出来る。長槍を地面に叩き付けた時に加わっていた力が削がれたとしても兵士達の上を取り,なおかつ空中から狙いを付けるのには充分だ。

 長槍に加わっていた遠心力を自分に移したエランが円形運動に従って移動していると頂点を少し過ぎた所でエランは長槍を思いっきり引いた。再び遠心力が長槍に戻ると普通なら暴れるようにどこかに飛んで行きそうな長槍だがエランは長槍に掛かっている力を抑え込むのでは無くて流れを変えて完全に自分を中心点として再び空中で長槍を自由に操れるようになったエランは狙いを定めた頃にはエランの身体が上下が反転して真逆になっていた。

 縦に回転をしていたのだから中心点となっているエランの身体も回転するのが当然だがそこから長槍を振るうエラン。縦回転だからこそ長槍は真下に移動していたがエランはそこから右上へと長槍を振るう事で縦回転から横回転に移行するだけでは無くて長槍を振るう速さも勢いもまったく落ちていないのだからエランが空中での体勢制御が完璧に出来ている事が分かる。そして右に振るったのだから右回転になった長槍を回転しながらも構える。そしてエランは上空から狙った者に向けて左から右に向かって,相手から見れば突如として前方に長槍が現れたように見えただろうが,それを確認するだけの時間が無い程にエランが振るった長槍は一気に通り抜けるのと同時に兵士達の中心部分の少し後方に当たる場所の兵士を弾き飛ばした。

 エランは弾き飛ばした兵士達に目を向ける。それは刹那の瞬間と言っても良いだろうがたったそれだけの時間でエランは弾き飛ばした兵士達の全員を確認した。だからこそ一気に殲滅する為に再び回転を掛けて長槍が兵士達に襲い掛かる。



 遠くから見ていたハトリにもエランの狙いが分かっていたし,それが上手くいった事も分かっていたからこそベルテフレの裾を引っ張って話し始めた。

「そろそろ終わるですよ,だからすぐに甘味処に行く用意をした方が良いですよ」

「そういや,俺様達は歩いて領主の城に行くのか?」

「いえ,もちろん馬車を用意させてもらってますが,なぜ終わるとお分かりになるのですか?」

 そんなベルテフレの質問に何を見ていたと言わんばかりに呆れた顔をするハトリにイクスは周りに構う事無く思いっきり笑い,イクスの笑いが止まった所でハトリがその理由を話し始める。

「地上戦から空中戦に切り替えた最初の一撃をしっかりと見ていたですよ?」

「ええ,まあ,しっかりと見ていたつもりですが」

「ならですよ,その時にエランが指揮官達を倒したのを見えていたですよ?」

「なんですとっ!」

 さすがに驚きの声を上げて立ち上がったベルテフレ。まあベルテフレもエランの動きを追うだけで精一杯だったのだから倒された自分の兵士達一人一人までは見ていなくても不思議でも無いし,薄情でもないのは確かだ。そして指揮官が倒された,その意味をベルテフレはしっかりと分かっていた。

 数の大小に関わらず集団で行動するには必ず全員に指示を出す者が居るのは当然だ。指示を出す者が居ないと自分の判断で動くか,動く事に迷いながら動くかと二つのどちらかだ。つまり指示を出す者が居るからこそ集団は集団で動けるのであって,指示を出す者が居なければ集団はバラバラになるか混乱するのどちらかであり,しかも戦闘の指揮官となると集団戦闘を行う為には必ず必要な存在だ。

 指揮官が居る事で兵士達は動きを合わせる事が出来るし,自分がどう動けば良いのかも分かるうえ自分が担う役割も理解させる事が出来るのだが,その指揮官が居ない状況になると兵士達は混乱する。更にベルテフレ曰くハツミの精鋭達だからこそ指示や命令には慣れているが,逆に自分で周囲の状況を観察して動くなんて事はまったく出来ないと言っても良い程の訓練をしているのは当然とも言える。更にハトリの言葉をしっかりと聞いていたからこそベルテフレは驚く事になったのだ。

 何らかの事情で指揮官が指揮が出来ない状態になる事を考えるのは軍では当たり前の事であり,ベルテフレもその事はしっかりと分かっていた。だからこそ指揮官の側には副官として指揮官が倒された時に代理で指揮を執る者を数人程だが配置して居たのだがハトリはしっかりと「指揮官達を倒した」と言ったのだ。この言葉と先程のエランの攻撃で指揮官だけでは無く副官に付けていた者達も一度に倒されたという意味だ。

 指揮官を狙ってくる事はベルテフレも考えていたからこそ副官として他の指揮官を近くに付けていたのだが,まさかそれを逆手に取られて一気に指揮官達が居る所を一撃で粉砕してくるのは予想すら出来なかった事だ。なのでベルテフレは確かめる為に訓練場に目を向けると宙を素早く移動しながら攻撃をしているエランに対して兵士達の足は完全に止まっており,ここから見ただけでも分かる程に中には何かを言い争う兵士達の姿を目にする事になった。

 ハトリが言った通りだったので敗北を悟ったベルテフレは力を無くすように再び座ると近くに居た兵士を呼び寄せると指示を出して急ぐように促して兵士は走って訓練場を後にした光景を目にしたハトリが口を開く。

「それはそうとですよ,さっきの約束を覚えてるですよ?」

「約束ですか……あっ,甘味処ですね」

「覚えているなら良いですよ。城に行く途中で甘味処に寄ってもらってエランが満足するだけの甘い物を買ってもらえればですよ」

「え,えぇ,それはもちろん。こちらが出した条件のようなモノですから」

 ベルテフレの言葉に面白そうに笑ったイクスが声を発してくる。

「ぎゃはははっ! 言っておくけどエランはかなり甘い物にはうるさいし,かなり食うからな,そこはしっかりと覚悟しとけよ。なにしろ,そっちがエランを炊きづけたんだからな」

「はい,ハツミの騎士団長として約束はしっかりと守らせてもらいます」

「後悔後先立たずですよ。まあですよ,そんなにしない内に自分の言葉と責任に後悔をするですよ」

「だなっ! まあ,騎士団長様よ。ご愁傷様って言っておいてやるよ。それとも誠に残念な事でかっ!」

 思いっきり調子に乗りまくってるイクスがそんな暴言を発しているといい加減にうるさく感じてきたハトリがイクスに向かって呟く。

「イクス調子に乗りすぎですよ。この話を盛りに盛り上げてエランに話しても良いですよ。なにしろまだエランは甘い物を食べてない甘味不足ですよ」

「俺様が悪かったっ! すまんっ!」

 ハトリの言葉にすんなりと謝るイクス。不機嫌なエランがイクスをここまでにさせるのだから不機嫌なエランがイクスに何をするのかを見てみたい気持ちも湧き上がってくるというものだが,ハトリがイクスを静止させるのと同時に甲高い音が訓練場に鳴り響いたのでハトリとベルテフレが訓練場へ目を向けるとエランに倒された兵士達が地面に転がっており立っているのはエランただ一人だ。そんな光景を見てハトリが呟く。

「あの様子だとですよ,倒れてる兵士は確実に入院が決まりですよ。なにしろ不機嫌になっていたエランが一切,まったく,一撃に至るまで,手加減をしなかったですよ。そんなエランを相手にしたタイミングが悪すぎたですよ」

「けど文句は言えねえだろうな,なにしろそこの騎士団長様がどうしても今のタイミングでエランを試したいと言ったんだからな。まあ,ハツミの現状が焦りになってあんたの判断を鈍らせたとでも思っときな」

「ぐっ,うっ,ええ,そう思っておきます」

 調子に乗ったイクスの言葉が刺さったのだろうベルテフレはエランの相手をした兵士達に悪いと思うのと同時に自分の判断で兵士達に無用な怪我をさせた事に罪悪感を心の中に留めておく事にした。それはこの結果が良い意味で二つの予想を裏切っていたからだ。

 一つは盗賊団に対してもハツミの軍勢はまったく相手にすらならなかった。それと同じようにエラン一人に対してベルテフレが自ら選んだ精鋭がまったく相手にならずにエランに打ちのめされたのだからエランなら盗賊団を討伐が出来る可能性を示した。なにしろ数に差があるのだからエランが勝つとしてもかなりの怪我を負う事になると思っていたベルテフレだが,実際にはエランは傷一つさえ負う事も無く,無傷で百人もの兵士達を倒して見せた。さすがに無傷でエランが勝利を収めるとは予想すら出来なかっただろう。そしてもう一つはやはりエランの戦い方だ。

 死落舞ともデスティブとも呼ばれる独特の戦い方。あの戦い方で今回使った木製の武器では無くてスレデラーズの一本と聞かされているイクスを使ってデスティブのような戦い方をするとどこまでの力を発揮するのかは予想すら付かないと言っても良い程にベルテフレを驚かせる事になった。これらが有るからこそベルテフレは騎士団の誇りよりもハツミの事を優先して考えると確かに盗賊団の討伐をエランに任せるのが最適と言える。一方でそのエランは戦いが終わったので先程までの殺気を纏った雰囲気が消えてのんびりとした雰囲気に変わっていた。

 最後の相手を倒してから模擬戦の終わりを告げる笛が鳴り響くのを聞いたエランはゆっくりと武器棚の方へ向かって歩いて行くと手にしていた長槍を戻す。それからエランは纏っている服と鎧を確認すると予想通りに埃まみれになっていた。まあ,あれだけ砂埃が上がる訓練場で戦ったのだから当然とも言えるだろう。

 エランは埃まみれになった服を軽く叩いて細かい砂を落とし,鎧を軽く撫でる事で細かい所まで入り込んでいた砂が鎧から落ちていく。そして少しの時間で服は真っ白に戻り鎧も白銀色の輝きを放っていた。最後にエランは両手を首の後ろに回すと両手で髪を振り上げ,大きく広がった髪から砂が落ちて浮き上がっていた髪が戻る頃には綺麗な白銀色になっており,エランは右側から髪を少しすくい上げると確認する為に目の前を滑らせる。

「うん,落ちた」

 独り言を呟いたエランは振り返って訓練場を見渡すとすぐにハトリ達を見つけてそこに向かって歩き出した。ハトリ達もイクスの言葉でエランの底が見えない程の実力に驚いているベルテフレは無言になっていたがハトリがこっちに向かっているエランの事を告げるとやっとベルテフレは落ち着きと自らが威厳を持たなければいけない立場である事を思い出した。

 エランがハトリ達と合流すると真っ先に立ち上がってベルテフレが口を開いてきた。

「いやはや,これほどの実力をお持ちとは驚きました。重ねてエラン殿の実力を試すような事をして,ここに謝意を示します」

 言葉の後に大きく頭を下げたベルテフレに対してエランは何も言わなかった。調子に乗っているイクスは声を発しようとしたが止めた,ハトリもイクスが声を発しない理由が分かっているからこそ今は黙っている。そして少しの沈黙が続くとベルテフレが頭を上げたのでエランがやっと言葉を発した。

「甘い物」

「へっ?」

 エランの言葉に思わず声が出る程に戸惑うベルテフレだが,先程ハトリが確認の質問をしてきた事を思い出したのでエランが言いたい事が分かったベルテフレは少し慌てて言葉を放つ。

「ええ,もちろん約束通りに甘味処でお好きなだけ召し上がってもらって構いません,お約束通りに私が奢りますのでお好きなだけお買い上げください」

「買い上げ?」

 今まで出てこなかった単語にエランは何を意味しているのかと聞き返す。

「はい,先程は申し上げませんでしたが皆様にはこれから馬車で領主様の城にお送りしますので道中でお好きなだけ買ってもらって馬車の中で食してくれるようお願い申し上げます」

「おいおい,聞いていない話がいきなり出てきたように聞こえるぜ。そこはきっちりと説明をしてもらおうか」

 イクスがそんな声を発するとベルテフレは何かを考えるかのように顎に手を当てて黙り込んでしまったのでエランが口を開く。

「読み違えた」

「どういう事ですよ?」

 ベルテフレが何も答えていない状態でエランが口を開いてきたのでハトリは反射でエランに意味を尋ねたののでエランが答える。

「私の実力を読み違えたから,今の結末を予想すら出来なかった。だからどう説明をして良いのか考えてる,と思う」

 エランがベルテフレに目を向けると驚きのあまりに頷く事しか出来なかったベルテフレ。まさかここまでエランが自分の心中を読み当ててくるとは思ってもいなかったのだろう。まあ,エランから見れば戦いの場に立った時点でベルテフレの意図も結末も分かっていたのは戦場に立った時に感じられるモノがあるからだ。エランの言葉でここまで理解したハトリが口を開いてきた。

「なるほどですよ。だけどさすがエランですよ。そこまで読み切るのはさすがですよ」

 鋭い思考の指摘でハトリは自分の事の様に喜ぶが,ここまで思考を読まれたベルテフレは声を出す事すら出来なかった。そんな中でエランは再び鋭い目付きになるとイクスが声を発してきた。

「おっ,どうしたんだエラン。いきなり真面目になってよ,なにか大事な事があるのか?」

 イクスがそんな質問をするとエランは頷いたのでハトリが確認するように尋ねる。

「まだ何か大事な事があるですよ?」

 エランは頷いてからはっきりと口を開いて声に言葉を載せた。

「甘い物がまだ」

「……まあ,そうだな」

「……ですよ」

「……」

 何を言うかと思えばこれだったのでイクスとハトリは返す言葉も無いので適当に相槌を打つだけだが,ここまで甘味を主張してくるエランにベルテフレは引き攣った笑みを浮かべる事しか出来なかった。



 領主の城へ向かう馬車の中にはイクスを左横に置いたエランとハトリが馬車の後方に座っており向かい側にはベルテフレが座っていた。そしてエランとハトリの間には大量の甘味物が小分けの袋に入って山積みとなっていた。

 模擬戦が終わった後にベルテフレは失礼が無いように大きめな馬車を用意していたようだが,すぐ近くの甘味処を部下に調べさせて,エラン達が馬車に乗る頃には一番近くにある少し大きめな甘味処を見つけていたので馬車はまずそこに向かった。

 甘味処でのエランは容赦はしなかった。というよりもさすがのエランも色とりどりで甘い匂いに釣られて片っ端から食べたい物を買わせたと言った方が正解だろう。それに普段では金銭管理をしているハトリが幾らまでと買える値段を決めるのだがさすがに今回ばかりはハトリはエランを止める事はしなかった。そのおかげでベルテフレは馬車に揺られながら軽く為り過ぎた財布の中を見る事をしないで軽さだけを感じて懐に仕舞い込んだ。そんなベルテフレの目の前ではエラン達が甘味をしっかりと味わっていた。

 普段から無表情なエランなのだが,さすがに模擬戦という運動とここまで待たされた事あり少しだけ微笑みを浮かべながら甘さをしっかりと感じながら甘味を口の中で消えていき,ついでとばかりにハトリも大量に買い込んだ甘味をちゃっかりと手を出して味わっていた。一方でベルテフレは改めてエランとハトリの実力,というよりも怖さを実感していた。

 騎士団長なだけあってベルテフレはそれなりの給料を貰っているのだが,そのほとんどが一気に無くなるとは思ってもいなかったしハトリの言葉が今でも頭に残っている。それは『エランが不機嫌だったから模擬戦があんな結果になったですよ,だからここでケチるとどうなるか分からないですよ』と。さすがにエランが更に不機嫌に為る事をベルテフレは避けたかったので自然と財布の紐がかなり緩くなったので目の前に大量の甘味が山積みに為っているというワケだ。だがベルテフレとしてもエランが更に不機嫌にさせてはいけない理由があった。

 ベルテフレはエランの顔色と外の景色から城までの距離を測る。それに御者をしている兵士にはゆっくりと時間掛けて進むように命じてあるので城に着くまでの時間はかなりあるのでエランの顔色を窺って少しは満足しただろうと思い,次の甘味を取るタイミングを計ってからベルテフレは口を開いてきた。

「エラン殿,実を申し上げますと個人的な頼み事をしたいのですが,どうぞ食べながらでも良いので聞いてくれたら幸いです」

 ベルテフレの言葉を聞きながらも袋を開いて甘味を口に運ぶ選んだがその瞳はしっかりとベルテフレを捉えており,口を動かして甘味をしっかりと味わうとエランは左手を開けてイクスを撫でると再び両手で甘味を味わう。すると金属音が鳴ってイクスが少しだけ出てくると声を発してきた。

「まあ,見ても分かる通りに,今のエランは喋るどころじゃないけど話はしっかりと聞いてるから安心しな。あとエランの代わりに俺様が話をしてやるぜ」

「はぁ,どうも」

 自分の代わりにイクスに喋らせるとは思ってはいなかったベルテフレなだけに返事もかなり変に為り,相槌を打つような感じに為ったがイクスがはっきりとエランが話を聞いていると言ったのでベルテフレは話を始める。

「実を申し上げますと先程の模擬戦はイブレ殿と領主様の許可を取らないで私が勝手にやった事ですから,出来れば城の中では私がエラン殿に模擬戦を仕掛けた事を話さないで頂きたいのです。もちろん身勝手な事は分かっておりますが,なにとぞお願い申し上げます」

「そう言われてもなぁ,理由が分からない限りは内緒にする理由も分からないってもんだぜ。そこの事もしっかりと説明して貰おうか」

「はい,分かりました」

 イクスの追及を受けたベルテフレははっきりと返事をすると模擬戦を内緒にして貰いたい理由を話し始めて,その内容はこうだ。

 ハツミがたった一つの盗賊団を討伐すら出来ない事は先にも述べた通りだが,自分達の傲りと誇りがハツミを更に悪い状況に追い込んでしまい今では軍隊の信用だけではなくてハツミの信用と信頼,そしてハツミの存亡にも関わるまで問題を大きくしてしまった。そして問題が大きくなった理由が討伐の失敗にある。

 一回や二回の失敗ならハツミの軍勢にもなんら問題は出ないだろうがベルテフレが言うには自分達が失敗続きどころか誰一人として帰ってきた者が居ない状況に怒りが出始めて自分達の誇りが後押ししてすっかり冷静さを失ってしまい,気が付いた時には既にハツミの軍隊は信頼と信用が少し落ちる程に討伐の失敗を続けていた。失敗を続けた回数は八回,これだけの討伐失敗を続けたのだから当然だ。そこでこれ以上はハツミの軍隊だけでは無くハツミの町自体が信頼を失う事に為る,民だけでは無くエアリス国王からもだ。

 ハツミとしては更に討伐隊を差し向けても失敗すれば更に状況が悪化して信頼を失うのは分かりきっている。だからハツミとしては討伐隊すら出せない状況にまで陥っている。そんな時にイブレが領主に謁見を求めてエランをハツミが困っている盗賊団の討伐に向かわせる事を推薦してきた。確かにエランは白銀妖精の異名を持つ程の傭兵でハツミの軍勢よりも実戦経験が多いのは分かる。だからと言ってその提案をすんなりと受け入れる事が出来なかったとベルテフレは語った。

 ベルテフレからしてみれば今までに八回も部下を死に追いやったという自覚があったからこそ盗賊団の力を今では自分達ではどうする事も出来ない程に強大だと認識をするしか無い。そこに年端もいかない少女を送り込む事に賛同が出来なかったのであのような模擬戦を思い付いた。

 今に思えば部下達を死地に送り死なせたという責任がベルテフレの心に重く乗り掛かりあのような模擬戦を思い付いたのだろう。それだけ八回もの討伐失敗は失敗をした回数よりも失敗で死なせた部下の方がベルテフレの心に響いたのだろう。だからこそ今度は誰も死なせたくなという想いが強く為り過ぎたので勝手に絶対に勝つ事は出来ないと思うような模擬戦をエランに仕掛けた。とベルテフレは語った後に更に言葉を続けてきた。

「このような経緯が有ったのでエラン殿に無礼とも言える模擬戦を勝手に仕掛けてしましましたが,それは私の間違いでした。あれほどの実力を持っているとは想像も出来ませんでしたので,本当に申し訳ございません」

「まあ,あんたの気持ちも分かるけどな。それに少し焦っちまったんだろうな」

 未だに甘味物で口が塞がっているエランに代わってイクスがそんな事を声に出した。

「焦りですか……確かにそれもあったかもしれません」

「それにイブレの野郎が細かく説明をしていなかったろう。なにしろあいつは用意は周到だが回りくどいからな,なにかエランの実力を証明する手段を用意しているに違いないが未だにあんたらに分からせてはいないんだろう。あいつはそういう奴だからな」

 そんなイクスの言葉を聞いたベルテフレは何か思い当たる事が有ったのだろう,何かを思い出したようで手のひらで拳を軽く叩くと口を開いてきた。

「そういえばイブレーシン殿が我らに試した事がありますが,それが関係しているのでしょうか?」

「まっ,イブレの事だから間違いなくそうだろうな」

 はっきりと言い切ったイクスにベルテフレは何かしら納得が行くように何度か頷くとエランの方へと目を向ける。エランとハトリの間には大量の甘味物が山積みに成っていたのだが今では甘味物よりも包装していたゴミの方が多い程に甘味物の量が減っていた事に少し驚いたベルテフレは癖とも言える咳払いをすると再びエラン向かって口を開いた。

「それでエラン殿,皆様もですが私の申し出を受けて内緒にしてもらえるでしょうか?」

 エランは手にしていた甘味物の最後になる一欠片を口の中に入れるとしっかりと甘味を味わいながら包装していた紙で手を拭きつつ甘味物を味わい尽くすとやっとベルテフレに向かって口を開いた。

「無理だと思う」

 はっきりと言い切ったエランに対してベルテフレは言葉を失う代わりにイクスが声を発してきた。

「おいおいエランよ,さすがにそれは無慈悲過ぎないか」

「そういう意味じゃ無い」

「なら何でだ?」

 イクスが問うとエランは再び甘味物を手にするが封を開けずにベルテフレに視線を向けながらイクスの問い掛けに答えた。

「私達が到着した事を知っているのはあなただけでは無いはず。イブレやハツミの領主にも連絡が行っているから」

「ええ,その通りですが,そこに何か問題でも?」

 ベルテフレがそう問い掛けるとエランは頷いて再び口を開く。

「私達の到着が大きく遅れてるはず」

「……あっ!」

 エランの言葉を理解したベルテフレは思わず声を上げて驚き,イクスもその意味が分かった事をエランは理解したようなので手にした甘味物の封を開けながらベルテフレに言う。

「イブレの事だから私達が城に到着した理由を聞いてくるのは確か,けど心配は無い。イブレの事だからこの程度で怒りはしないし逆に利用すると思う。だからあなたが咎められないようにする」

「あぁ,なるほどな,確かにイブレの奴ならそれぐらいはやるだろうな」

「……済みませんが,私には理解をしかねますので少し説明して頂きたいのですが」

「な~に,何の心配は要らないって事だよ」

「あと,イブレに聞かれたら素直に話した方があなたの為」

 それだけを言うとエランは再び甘味物を少し口の中に入れたので,これ以上は喋る気は無いという意思表示だと感じたベルテフレは思わずイクスへ目を向けるとイクスは楽しそうに声を発する。

「まっ,イブレの奴に聞かれたら素直に話す事だな。忠告を無視しても良いけど,その時は俺様は知らないからな」

「……はい,分かりました」

 諦めが付いたのだろうベルテフレはうな垂れると承諾の返事をした。そんな事をしているうちにエランとハトリの間にあった甘味物が無くなろうとした時には馬車がゆっくりと止まったのでハトリが外を確認しようと窓から確認する前に『開門っ!」と大きな声で御者が叫んだのであまり大きくは無い城門が開いていく。

 領主の城だけあって深い堀に橋が架かっており城壁で覆われている。さすがは城塞都市と呼ばれるだけの事はあるが城の門が大きくないのはハツミの軍勢が城の中に居ないからだ。ハツミに駐在している軍勢は城を囲むようにある四つの駐留地とハツミを取り囲む城門に備えてある三つの駐留地に別れているからこそ,領主の城には最低限の兵士しか常駐していないので大きな門は必要が無い。それに町中に軍を別ける事で例え城門を突破されようともすぐさま別の部隊が迎撃が出来るようになっている。

 最もハツミは城塞都市と呼ばれる程だから今まで町を囲む城門を突破された事は無いし,ハツミまで攻め上がってきた軍勢もいない比較的に安全な町とも言えるがエアリス国の奥地にある町なので戦略的には重要な拠点には成り難い。最もエアリスの奥まで侵略をしていれば別の話だが今のところはハツミに盗賊や山賊が襲ってきても軍勢が襲ってきた事は無い。それだけに町を守る城壁と城門は強固で常に兵が詰めているが城の城壁と城門は形だけの物と言っても良い程の作りとなっている。そんな城門をエラン達を乗せた馬車が進んでいく。

 馬車が城の城壁を越える頃にはエランが買い込んだ甘味物は全てエランとハトリによって消滅していた。そして馬車は城に向かって進むと少しずつ左回りに為って行くとエランが座っている窓の景色が少しずつ城の壁や窓に変わって言ってるので馬車がゆっくりと向きを変えている事が分かる。そして馬車が止まると城の正門前でそれなりに距離を開けた所で止まる。

 馬車が止まったのでエランはイクスを手にしてハトリはエランの為に馬車のドアを開けるともう片方は既にベルテフレが開けていた。そして大量のゴミを馬車に残してエランはイクスを手にして下りると背負い,ハトリは何故か呆れたような顔をしてハトリとは逆にエランは微笑む。

 城門の前で待っていた大きな杖を持っている男性に向かって。




 さてさて,お久ぶりの方はお久しぶりです。初めましての方は初めまして。さてはて,そんな訳でなんか久しぶりに長くなってしまった白プリの第三話をお送りしました。まあ,長すぎて自分でも途中がちょっと怪しい部分があるかな~,とか思ったり(笑)

 まあ,今回は解説? を中心にお送りしたつもりですが自分で言うのも何ですが分かりづらかったかな? とか思っている次第でございます。う~ん,自分で書いておいて何ですが今回はイクスを使って無いですからね~。その点を入れて言えばエランはいつもとは違う戦いを繰り広げたとも言えますからね~。それだけに分かりづらい点が有ったと自分でも思っている次第でございます。

 けど,まあ,デスティブに付いてはイクスを使った戦闘をかなり後で書く予定ですので,そこで改めてデスティブの説明をするかもしれません。まあ,今回は分かりづらかったという方は少しでも面白いと感じたのならこれからもお付き合いをお願いします。と今回はかなり本編が長いので後書きはこの程度で締めておきますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

 以上,本編が長く為り過ぎたので更新が遅れたんです,と言い訳をする葵嵐雪でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ