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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第二章 戦場の白銀妖精
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第二章 第二十話

 エラン達がヒャルムリル傭兵団の天幕に戻ると中は戦勝祝いのような騒がしくなっていた。そしてエランが来た事を見付けた団員がエランをカセンネの元へと引っ張っていくとそこに座らせて団員は戻っていき再び始まるドンチャン騒ぎ。そんな騒ぎを見てハトリは溜息を着いた後に言葉を出す。

「勝ったのは確かですよ,それでもここまで騒ぐのは早すぎですよ。それと酒臭いのをどうにかしてほしいですよ」

 そんなハトリの言葉を聞いていたカセンネが大きな盃に入っていたモノを一気に飲み干すとハトリに向かって言葉を返す。

「確かにハトリの言う通りだけどね。エラン達のおかげであたし達もかなり得をしたからね,騒ぐ余裕があるだけじゃなく命を張ってんのもこちらとて同じだから,騒げる時には騒ぐってもんだよ」

「私は甘酒」

「エランっ!」

 あまり要領を得ない言葉を出してきたカセンネを見ても既に酒の酔いが回っている事が分かる。そんな中で突如として場に乗るかのように甘酒を要求するエランにハトリが驚きの声を上げていると,酒の勢いでレルーンが絡んでくる。

「エランってお酒は駄目な方なの?」

 そんな事を言いながらハトリに寄り掛かってくるレルーンの態度を無視して,エランはレルーンに向かって言葉を返す。

「甘い方が好きなだけ」

「あははっ,エランの甘味好きは筋金入りだね~」

「誰かエランに甘酒を持って来なっ!」

 エランの言葉を聞いていたカセンネがそう言うと,少しだけ酔っている配膳係の団員が騒ぎの中を縫うように進んでくるとエランの前に甘酒を出し,ハトリの前には自分達が呑んでいる酒を出した。それを見たハトリは再び溜息を付くと吐き捨てるように言葉を出す。

「明日はどうなっても知らないですよ」

 そう言いながらもハトリは手酌で小さめな盃に酒を注ぐと,しっかりと味わうように呑んだ。その隣ではエランも既に甘酒を呑んでいた。エランとハトリが酒宴に参加した事で更に騒ぎ出すレルーン達,そんな騒ぎを見ていたカセンネの目が自然と優しさを宿している事にエランは気付いたが,折角の場なのでエランは甘酒の肴として出されたサヴァランが大量に運ばれてきたから,手を出したエランはその一つを左手で取ると既に右手に持っているフォークで切った後に口に入れるとシロップの甘さとラム酒の風味が口の中に広がりエランは瞳の奥で美味を輝かせていた。

 甘さが織りなす同調をしっかりと感じてエランは甘酒とサヴァランをしっかりと堪能していた。そんなエランの隣ではハトリが味噌をつまみながら酒を堪能していた。味噌はカセンネの前にも有ったので分けてもらったのだろう,エランとは正反対にハトリとカセンネは塩気を肴にして酒を堪能し,他の団員達はエランと同じく甘味を肴にして騒ぎ呑んでいた。そんな中でイクスが小声を発する。

「絡まれたら面倒でしょうがねえな」

 と呟くように言葉を発すると静かに鞘の中へと身を収めるのだった。そしてヒャルムリル傭兵団の宴会騒ぎは夜遅くまで続き,エラン達も巻き込まれて騒ぎを楽しんだ……筈なのにエランの表情が変わる事は一度もなかった。そして宴のような騒ぎは夜遅くまで続き,その夜はヒャルムリル傭兵団だけではなく他のハルバロス軍の天幕からも騒ぐ声が途絶えないままに夜は更けていくのだった。



 翌日,エランはいつも通りの時間に目覚めると周囲にはレルーンやカセンネ,そしてハトリまでも未だに寝ていた。周囲の状況から見てエランは甘酒で酔いしれて,そのまま寝てた事に気付いた。周りも同じようで雑魚寝で寝ているヒャルムリル傭兵団員が転がっていた。すると背中から金属音が聞こえるとイクスが声を発する。

「おっ,エランはいつも通りに起きたみたいだな」

「んっ,おはよう,イクス」

「はいはい,おはようさん,それでエランは大丈夫か」

「うん,しっかりと動ける」

 身体のいろいろな箇所を動かしながら,そう答えるエランにイクスは安堵したかのように声を発してくる。

「そいつは良かった。なにしろ昨日はドンチャン騒ぎだったからな。ハトリの奴が未だに寝てるのも仕方ねえ事だな」

「イクス」

「何だ?」

「私はいつの間に寝たの?」

「俺様に聞くな,酒に酔っている奴には絡まれたくないからな。特にレルーンの姉ちゃんとかにはな,だから俺様は大人しく鞘に収まっていたんだよ」

「そう」

 短い返事をしたエランが立ち上がるとそのまま歩き出したのでイクスが声を発してくる。

「ハトリはこのままで良いのか?」

「顔を洗ってくるだけ」

「そうかよ,とは言ってもあれほど騒いだからにはハトリの奴も簡単には起きないだろうな」

「なら寝かせておけばいい」

「分かったよ」

 会話をしつつ歩みを進めたエランは天幕から出ると,未だに霧が掛かっているタイケスト山脈がしっかりと見えた。朝だからこそ見せるタイケスト山脈を見たエランはそのまま貯水槽が設置してある箇所まで行き,見張りの兵に言って浅くて広い桶に水を貰うと両手ですくって顔をしっかりと洗った。その後にいつの間にか手にしていた拭き布で顔を拭くとやっとサッパリしたかのようにエランは大きく息を吐いた。それからイクスに向かって言葉を出すエラン。

「やっぱり少し散歩していく」

「俺様は構わねえぜ」

 イクスの言葉を聞いて一息付いたエランは桶の水を地面に流すと桶をハルバロス兵に返してヒャルムリル傭兵団の天幕とは逆の方向に向かって歩き出す。エランは歩きながら周囲を確認すると昨日は何処でも騒ぎが有ったみたいで未だに静かだが,中には次の戦いに赴く為の準備に取り掛かっている兵も居た。

 ここはディアコス軍の本陣だったが今ではハルバロス軍の本陣もこの場所に移したようで外側に見える高い柵は既に撤去されており,移したハルバロス軍の本陣では人が行き交う音が聞こえて来たのでエランはそちらの方へ歩みを進めた。流石に早朝なだけに人の数は多くないが,昨日の騒ぎにケーイリオンも加わっていたのかハルバロス兵達は静かに作業を進めていると聞き覚えが有る声がエランに話し掛けて来た。

「おはようございます,エラン殿。随分とお早いですね」

 その声を聞いてエランが振り返るとラキソスの姿が有ったのでエランは言葉を返す。

「おはよう,ラキソス。私は強い酒は好まないから」

「そうでしたか」

「ケーイリオン将軍とイブレは?」

 エランがそのような問い掛けをするとラキソスはすぐに答えて来た。

「お二人共に寝ていますよ。イブレ殿はケーイリオン将軍に巻き込まれて酒宴に連れて行かれたようですから,昨日は嫌という程に酒を呑む羽目になったのでしょうね」

「そう,それでラキソスは何をやってるの?」

「私は今回の戦いでは目立った戦功を立てられませんでしたからね,ゼレスダイト要塞攻略に向けて準備をしている最中ですよ」

「んっ,って事は昨日のドンチャン騒ぎはエランと一緒に戦った奴らだけに許されたって事か?」

 今まで黙っていたイクスがそんな質問を出すと,何か面白い事でも思い出したのか軽く短く笑った後に答える。

「イクス殿の言う通りですね。それと当然ながら各将軍達もケーイリオン将軍の元で酒宴を楽しんだようです」

「そういうラキソスの兄ちゃんも将軍じゃねえのか?」

「副将軍ですよ。それにここ,モラトストの戦いではメルネーポに差を付けられましたからね。私は自ら志願してゼレスダイト要塞攻略の準備を進める役を担ったのですよ」

「っで,そのメルネーポの姉ちゃんも騒いで未だに寝てるって訳か」

「ええ,既にご存じかと思いますがメルネーポはああいう性格ですからね。昨日はヘルメト隊の者達と騒いだ後に自らの寝台に戻ったようです」

「随分と詳しいじゃねえか,ラキソスの兄ちゃんよ」

「まあ,メルネーポはああいう性格ですからね。手が掛かる分だけ面白いのですよ」

 そう言った後に再び思い出し笑いをするラキソス,それだけも二人の仲が窺えるだけではなく,酔い潰れたメルネーポを運ぶ羽目になったのがラキソスだと分かる。だからこそ酒で潰れたメルネーポがラキソスに漏らした言葉が面白かった事がイクスにも分かった。それはエランにも分かったが,エランにしてみれば興味が無い事なので別の事をラキソスに尋ねる。

「それで破城槌は?」

「おや,既にお聞きでしたか」

「うん,イブレから」

「まだ昨日の掃除が多いですからね,人員を割く事が出来ずに組み立てている最中ですよ。あっ,そうそう丁度良い,ケーイリオン将軍からの伝令でエラン殿とヒャルムリル傭兵団は破城槌と共に進軍せよ,との事です」

「んっ,俺様達が破城槌を守るのは要塞を攻める時じゃないのか?」

 イクスがそう尋ねるとラキソスは苦笑いを浮かべながら答える。

「ケーイリオン将軍も敵襲は無いと考えていますが,念の為に備える為に破城槌と共に進軍してほしいそうです。それに昨日の騒ぎも有りますからね,破城槌を組み立て終わっても押して出るのは午後になるでしょうね」

「それだけ酔い潰れてる?」

「……」

 エランの問いに答える事無く,ラキソスは言いにくいと言わんばかりの苦笑いを浮かべていた。それだけでもエランが言った事が当たっている事を示しているので,ラキソスは話題を変える為にエランに向かって質問の言葉を口から出す。

「そういえば,エラン殿は昨日の騒ぎにしては平気そうですが何かコツでも?」

「強い酒は好きじゃない」

「なるほど,そういう手も有るんですね」

「エランは酒でも甘いのを好むだけだぞ」

「そうでしたか」

 エランの答えを聞いて感心しているラキソスにイクスが重要な事を伝えると,今度は面白いと言わんばかりに笑顔を見せたラキソスが笑みを浮かべたままに返事をした。ラキソスが笑顔を見せて機嫌が良いと悟ったイクスは調子に乗ったかのように声を発してくる。

「それにしても昨日の騒ぎに参加せずに次の準備に自ら志願するとはよ,ラキソスの兄ちゃんはよっぽどメルネーポの姉ちゃんが活躍した事に嫉妬でもしてんのか?」

「イクス」

 かなり調子に乗って答えづらい質問をするイクスを制するエランだが,ラキソスは笑顔のままに答える。

「まあ,イクス殿の言う通りですね。カンドを討ち取ったのはエラン殿ですけど,私は自らの手でカンドを討ち取ろうとしてましたからね」

「おっ,随分と大言を吐くじゃねえか」

「まあ,今だから言える事ですからね。自分で言うのもなんですけど,あの時は自信過剰に成っていたのでしょうね」

「それでハルバロス帝国の旗を持って出陣?」

 イクスに乗る訳ではないがエランも少し気になったので,ラキソスにそのような質問をぶつけると笑みから苦笑いに表情が変わったラキソスが声音を変えずにエランの問い掛けに答える。

「ええ,その通りです。あの時はディアコス軍は両翼を動かさなかったですからね。そこにエラン殿が深くまで道を作れば欲が出るというモノでしょう」

「っで,ケーイリオン将軍に叱られた訳だ」

「いえ,ケーイリオン将軍は私の行動を叱りはしませんでした。ただ,自分の力が分かっただろうと,だけ仰りました。その言葉を聞いて私はやっと自分の実力を実感したのですから,ケーイリオン将軍が私にハルバロス帝国の旗を持って出陣を許したのも,それ故でしょうね」

「っで,学んだ?」

「っ!」

 先程からラキソスの話を聞いていたエランが突如として,そのような質問をしてきたのでラキソスの顔から苦笑いが消えると驚きの表情になる。それでも,すぐにエランの質問を理解したラキソスは微笑みを浮かべながら答える。

「えぇ,しっかりと」

「なら良かった。ラキソスにとってもケーイリオン将軍にとっても」

「えっ?」

「……」

 再び発したエランの言葉を聞いてラキソスは驚きながらも,その言葉が意味する事を問い掛けるがエランは黙ったままで答えようとはしなかった。だからラキソスは会話を中断すると少しだけ思考を動かしてエランが言った言葉の意味を考え,その答えを出すと再び口を開く。

「私自身,それなりに壁を越えてきたつもりですけど,まだまだ目の前の壁は高いみたいですね」

「うん,高い壁だからこそ追い付きたいと思う」

「その通りですね。エラン殿にもそういう壁が有るのですか?」

「うん,ある」

 ハッキリと断言したエランにラキソスは驚きの表情を見せる。なにしろエランは昨日の戦いを見ただけでも,誰にも追い付けないぐらいの実力を持っているのに,そのエランすら越えられない壁が有る事にラキソスは驚きながらも,上には上が居る,という言葉が頭を横切るとラキソスは再び笑顔を見せた。

「ならお互いに頑張らないとですね」

「うん,私はその為に旅をしているから」

「そうでしたか」

「ラキソス様ーっ!」

 エランとの会話が区切りが付くのと同時にハルバロス兵がラキソスを呼ぶ声が聞こえて来た。するとラキソスは振り返って,すぐに行く,とだけ伝えると再びエランの方へと振り返ってから口を開く。

「では,私は仕事に戻らないといけないので,これで」

「うん,頑張ってね」

「はい,ありがとうございます。それでは失礼します」

 礼儀正しくエランに深く頭を下げた後に振り返って呼ばれた方へと歩みを進めるラキソス,そんなラキソスを見送ったエランも振り返って今度はヒャルムリル傭兵団の天幕に向かって歩き出す。

 エランが元の天幕に戻って来ると数人の団員が起きていた。というよりも叩き起こされたみたいで,足取りがおぼつかないままに他の団員がやっている手伝いをしていた。現状を見る限りでは,あまり呑まないように言われていたのに呑み過ぎて酒に呑まれた者のようだ。そんな天幕内でエランは昨日の酔いで雑魚寝をしている団員を踏まないように歩みを進めるとハトリの元へと辿り着く。

 ハトリは未だに寝ており,その吐息から少し酒の匂いがするので場の勢いに呑まれてハトリも酒を呑みすぎたようだ。そんなハトリにエランはそっと自分の膝を入れると,ハトリの寝顔を見て瞳の奥で優しさの灯火を光らせていた。そんなエランはハトリの寝顔を見ながら優しくハトリの頭を撫でるのだった。



「すっかり場に呑まれたですよ」

 目覚めたハトリがそんな言葉を漏らすとイクスが反応したかのように声を発する。

「呑まれたのは酒だろ」

「今はイクスの相手をする気分ではないですよ」

 そう言って頭に手を当てるハトリにエランは問い掛ける。

「水でも飲む?」

「大丈夫ですよ,そんなに酷くはないですよ」

「大丈夫?」

「はいですよ,そこに転がっているお調子者みたいに調子には乗らないですよ」

「まったくだよ,この子もしょうがないね」

 ハトリの言葉を聞いて既に目覚めているカセンネがハトリと共に未だに寝ているレルーンを見ると,その寝顔からよっぽど幸せな夢を見ているのが分かる程だ。エランもレルーンの寝顔を見るとカセンネに尋ねる。

「レルーンはこのまま?」

「放っておきな,朝食が配られる頃には勝手に起きるさね」

「昨日はあれだけ騒いだのに現金ですよ」

「はははっ! それぐらいの胆力は持っているはずだよ」

 寝起きだというのに豪快に笑うカセンネ。やはり団長としてヒャルムリル傭兵団を率いているだけあって,そう簡単には酒に呑まれて潰れない程に酒の呑み方を知っているからだ。だからこそ昨日の騒ぎも何のそのとばかりに笑う事が出来る。だが二日酔いで頭がクラついている者達には頭に響くようで,カセンネに大声を出さないように頼んでくる。

「団長,あまり大きな声で笑わないでください。頭が更に痛くなりますから」

「ったく,呑み過ぎるからそうなるんだよ。ちっとは酒の呑み方でも覚えな,まだ戦いが終わった訳じゃないんだよ」

「うっ……」

 カセンネにそう言われると返す言葉が無いのか素直に反省する団員。そんな団員達とは正反対にレルーンは未だに寝ている。そんなレルーンを見て悪戯心が疼いたのかハトリがそっとレルーンに近づいて前髪を上げようとした瞬間,レルーンの手がハトリの腕を掴むとエランの手が上手くレルーンの手を弾くように解いた。とても寝ているとは思えない反応をしてきたレルーンにハトリが驚いているとカセンネが意地が悪い笑みを浮かべて口を開く。

「今のレルーンに悪戯をするのなら止めておきな,寝ているレルーンは手加減をしないからね。エランが上手くレルーンの手を弾かなかったハトリは思いっきり投げ飛ばされていたよ」

「そういう事はもっと早く言ってほしいですよ」

「言わない方が楽しいだろ」

「ぎゃはははっ! そいつは確かだな」

「イクスのくせに生意気ですよ」

「このガキが,朝から喧嘩を売りやがるか」

「今は売り切れですよ」

「どっちが生意気なのか教えてやろうか,このクソガキが」

「イクスに教わる程に無知ではないですよ」

「そういうのが生意気ってんだよ」

「反論と言うべきですよ」

「こいつは」

「はははっ,こっちもこっちで見てて飽きないね」

「うん」

『エランっ!』

 カセンネの言葉に即答で同意するエランに対して,驚きの声を上げるイクスとハトリ。イクスもハトリもエランがカセンネの言葉に同意するとは思ってはいなかったようだ。そしてそんないつも通りの会話をしていると美味しそうな匂いが天幕内に漂ってきた。そして次の瞬間には声が上がる。

「ご飯っ!」

 そんな声を上げながら飛び起きるレルーンにイクスとハトリは驚くのと同時に呆れた言葉を出す。

「本当に朝食が来たら起きたですよ」

「ってか,匂いだけでここまでの反応をするのか」

「……けひょ?」

 未だに寝ぼけてみたいでレルーンは意味が分からない言葉を発するとカセンネがレルーンに向かって言葉を言い放つ。

「起きたみたいだね。レルーン,せめて顔だけでも拭いてきな,いつまでも寝ぼけた面をしてんじゃないよ」

「……んっ,は~い」

 そう言って立ち上がったレルーンは未だに眠気が残っているみたいで,目を少し擦った後に大きなあくびをしながら天幕内にある炊事場へと向かった。そして濡れた顔拭きでやっと目が覚めたレルーンが戻って来る頃にはエラン達の前に朝食が運ばれている頃だ。なのでレルーンは元の位置に座ると早速とばかりに朝食を口に入れて味わうとカセンネも朝食を口にしていた。そしてエランとハトリはというと。

「いただきます」

「いただきますですよ」

 こちらもいつも通りに礼儀正しく食前の言葉を発した後に朝食を口に運び出した。流石に昨日は騒ぎまくったのかレルーンにしては珍しく静かに朝食を取っているので,エラン達も静かに朝食を味わう事が出来た。そして食事を終えて食器を配膳係に返す頃にエラン達が居る天幕にメルネーポが入って来たのでカセンネが向かい入れるが,その足取りは重く,確実に酒に呑まれている事が分かった。そしてメルネーポがエラン達の元へ辿り着くと座らずに口を開く。

「伝令だ」

「ってかメルネーポの姉ちゃんもすっかり二日酔いだな」

「あぁ,イクスの言う通りだ。我ながら情けない」

「それで伝令の内容はなんだい?」

 カセンネが促すように尋ねると未だに酒が残っているメルネーポが重い口を動かす。

「エラン達とヒャルムリル傭兵団は破城槌と共に進軍するように,との事だ」

「あいよ」

 メルネーポの言葉を聞いて肯定の返事をするカセンネ。そして用事が終わったとばかりに戻ろうと振り向こうとした瞬間にレルーンが口を開く。

「というか~,破城槌なんてあったの~?」

 そんな質問をしてくるレルーンにメルネーポの顔色が更に悪く成ると,仕方ないとばかりに説明する。

「そもそも私達が侵攻して来た目的はゼレスダイト要塞を攻め落とす為だが,途中でディアコス軍に阻まれる確率が高かったからな。だから要塞を攻め落とすのには欠かせない破城槌も一つしかない。ケーイリオン将軍もエランが参戦しなければゼレスダイト要塞まで進行する事が出来ないと思っていたようだ。だから一つしかない破城槌を守ってもらいたいが,このモラトスト平原では敵襲は無いと見ても良いが念の為に守ってほしいとの事だ」

「あぁ~,なるほど~」

 やっと納得したレルーンを見てようやく戻れると思ったメルネーポだが,今度はイクスが声を発して来た。

「ってか,その程度の伝令ならラキソスの兄ちゃんか兵卒でも良かったんじゃないか?」

 イクスがそんな質問をしてくるとメルネーポは急に不機嫌な顔に成って愚痴るように言葉を口から出す。

「ちっ,ラキソスの奴は女性しかいないヒャルムリル傭兵団には自分より私が伝えた方が良いと言い出したから私が来ただけだ」

「ラキソスの兄ちゃんからの仕返しみたいだな」

「んっ,何の話だ?」

 イクスが余計な事を言ったので仕方なく問う事にしたメルネーポは質問を口にしたがイクスは面白がって沈黙しているとエランが口を開いた。

「今朝,ラキソスに会った」

「なっ,私は聞いてないぞっ! それでラキソスは余計な事は言ってないだろうな」

「聞いてない。けど面白そうにしてた」

「くっ,ラキソスめ」

 エランの言葉を聞いてラキソスに文句の一つでも言いたくなったメルネーポは足早にエラン達が居る天幕から出て行く。そんな様子を見ていたレルーンが面白そうと言いたげな表情をしてイクスに話し掛ける。

「なになに,イクス,何があったの~?」

「んっ,あぁ」

「イクス」

 イクスが何かを言おうとしたがエランがイクスを呼んで,それ以上は何も言うなと無言の圧力を加えるとイクスもすんなりと言わない事にした。流石のイクスもエランの機嫌を損ねてお仕置きをされるのは嫌だからだ。だからイクスは言おうとした事とは別の言葉を発する。

「まっ,人それぞれ事情があるって事だよ」

「ぶーぶー,イクスの根性無し」

「エランに比べると,その程度の言葉なんて意味はないぜ」

「なら仕方ないか,私もエランには嫌われたくないし。ねっ,ハトリ」

「どうしてこっちに話を振るですよ。私としては是非ともイクスがお仕置きされている様を見てみたいですよ」

「このガキが,ここぞとばかりに言いやがって」

「あっ,私もそんなイクスを見たいかも~」

「元凶までも不吉な事を言い出すなっ!」

 エラン達が来てから,このような展開に成ると周囲から笑い声が上がるように成っていたが,流石に昨日は騒ぎすぎたのかイクスの声に多数の団員が頭を擦る要因と成ってしまった。

 朝食後も未だに二日酔いの団員が横になっていたが,命令というよりもメルネーポが来てから何の命令も伝令も来ないのでカセンネは二日酔いの団員に酔い覚ましの薬を与える様に指示するとゆっくりとだが動ける団員が増えてきた。とは言っても未だに出立準備をするような命令が来ないからにはエラン達とレルーンとカセンネはのんびりと時間を過ごした。

 太陽が南に近づく程に団員達も次第に次の準備がすぐに出来るように動き始めたが,肝心のハルバロス軍からは何の命令も来てはいない。だから待機するしかないエランはヒャルムリル傭兵団の天幕に居座ると言い出すと,レルーンがエランの為に甘味を作ると言いだして炊事場へと向かった。それからしばらくしてレルーンは満足げな顔で戻って来るとエランの前に大きな籠を置くと,エランは籠を開けてみる。するとその中には沢山のクリームパフが有ったので,エランはその一つを手に取ると口を小さく開けてかじるとサクッとした食感の後にクリームの甘みが口の中に広がるのを感じて感想を述べる。

「うん,美味しい」

「本当本当,やった~」

 エランの感想を聞いて嬉しそうな声を上げるレルーンは他の団員にもクリームパフを配って回り,ハトリとカセンネもしっかりとレルーンが作ったクリームパフをしっかりと味わっていた。そこに配り終わって戻って来たレルーンがクリームパフを食べ続けているエランに満足げな顔をするとレルーンも自信作と言いたげな顔で自ら作ったクリームパフを味わう。肝心な事をここに居る全員が忘れている中で……。

 太陽はすっかり南にあり,ハルバロス軍の本陣内にある厨房と呼んでも良い程に広い炊事場では全員分の昼食が作られていた。もちろん,エラン達とヒャルムリル傭兵団の分も含まれているのは言うまでもなく昼食は次第に出来上がって行くのだった。




 さてさて,前回がかなり重い内容に成ってましたからね~。今回はかなり軽くした話にしてみました~。まあ,これでバランスが取れたと思っている次第でございます。ちなみにこの作品はフィクションなので酒はしっかりと二十歳に成ってからたしなみましょう。そしてフィクションのファンタジーである本作だからこそエランとハトリは当然の様に酒をたしなみます。ファンタジーだからこそ出来る話ですよね~。

 さてはて,私個人ではエランは酒を好まない,というよりも甘酒しか呑まないという設定にしていますが,酒に酔って色気を出してくるエランも見てみたいな~。とか思っておりますが,画力が無い私にはとても描けないものなので誰かが描いてくれたら嬉しいな,とか勝手に思ってしまいます。まあ,エランに関しては前章ではお風呂シーンがありましたからね,それも含めてエランはいろいろと絵にはなると私は勝手に思い込んでおります。まあ,今回は次に繋ぐ為の話のようなものですからね,これ以上は語る事が無いので,そろそろ締めましょうか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長によろしくお願いします。更に感想もお待ちしておりますので,簡単で良いので書いてくださると私が歓喜致します。

 以上,酒を呑むシーンを書いているからか,書いている途中で酒が呑みたくなった葵嵐雪でした。




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