第二章 第九話
エランは明日の為に戦場を見ているとイブレとレルーンがやって来て一気に賑やかに為るとメルネーポまでエランを尋ねてきた,しかも見覚えがある男性を連れてエランの元へとやって来たのだからメルネーポはエランに言葉を掛けると,連れてきた男性がエランに向かって口を開こうとするがメルネーポの方が先に口を開いた。
「そうそう,エランにも紹介しておこうと思って連れてきたんだ。こっちはラキソス,ケーイリオン将軍との謁見で私と一緒に居ただろう?」
「うん,覚えてる」
エランがいつも通りに素っ気ない返事をするとラキソスは疲れたように息を吐くと口を開く。
「メルネーポ,どういう紹介の仕方をしてるんだ。私の事を紹介するのならしっかりと紹介しろ」
「細かい事は重くなるだけだろ」
「そう思っているのはお前だけだ,もういい自分で名乗る。そんな訳でメルネーポと同じくケーイリオン将軍の傍で副将軍をしているラキソスだ。まあメルネーポもそうだが,私も名前だけの副将軍なのでな,あまり立場を気にせずに接してもらいたい」
「ほら,重くなっただろ」
「メルネーポ」
メルネーポの言葉に名前だけを呼んで溜息を付くラキソスに親近感を覚えたハトリがラキソスの方へ向くと口を開く。
「えっとですよ,ラキソスと呼んで良いですよ?」
「あぁ,構わない」
「ならラキソスの心中を察するですよ」
「それはどういう意味だクソガキ」
しっかりと自分の事を言われてると感じたイクスが声を発してくるとハトリはワザとらしく大きな溜息を付いてから会話を続ける。
「近くに配慮が足りないモノが居ると苦労するですよ」
「なるほどな,そう言われると親近感を得るな」
『どういう意味だっ!』
同時に同じ言葉を発するイクスとメルネーポ,すると今まで黙っていたレルーンが余程面白かったのか笑い声を上げながら口を開いてくる。
「あははっ,二人とも苦労体質だね。そうそう,私は初めてだから自己紹介するとヒャルムリル傭兵団の副団長をしているレルーンだよ。立場を気にしなくて良いのなら私の事も気軽に呼んでほしいな」
「こっちはこっちで頭が軽そうだから気を付けるですよ」
「うむ,肝に銘じよう」
「そこまで言うっ!」
「冗談ですよ」
「冗談だ」
今度はハトリとラキソスが同じ言葉を出してきたので,いつの間にか空気になっていたイブレが軽く笑って自分の存在を訴えかけるとメルネーポとラキソスが改めてイブレに一礼してからラキソスが口を開く。
「イブレ殿もこちらに居らしたのですね」
「気分転換にね,そうしたらエランと出会ったからね。いろいろと話してたんだよ」
「そうでしたか」
「それはそうとメルネーポの姉ちゃんよ,このラキソスの兄ちゃんを連れてきてまでエランに会いに来るなんて何か用でもあったのか?」
会話が一区切りした事でイクスがそんな事を言い出すとメルネーポは嬉しげな笑みを浮かべてから会話を続ける。
「そうそう,真っ先にエランに伝えておこうと思ってな。明日は私も一隊を率いてエランと同じ中央の最前線で戦う事になったからな,それを伝えようとこうしてエランを探していたという訳だ」
「副官兼副将軍なのに一隊の隊長として戦場に出ると言い出したのでな。私も巻き添えを食らって明日は中央の部隊を指揮する羽目になった」
「これだからお調子者には困ったモノですよ」
「あぁ,同感だな」
『どういう意味だっ!』
再び同じ言葉を叫ぶイクスとメルネーポ。そして笑い出すイブレとレルーンを見てエランも瞳の奥で笑みを透かし出しているとハトリが会話を続ける。
「そうなるとですよ,これで揃ったという事ですよ」
「揃ったとはどういう事だ?」
そんな質問をするメルネーポにやっと笑いが止まったレルーンが続きを話す。
「明日は私達ヒャルムリル傭兵団もエランと一緒に中央の最前線に配置される事が決まったんだよ」
「そういえば,そんな報告を聞いていたな」
レルーンの言葉を聞いて思い出したかのように言葉に出すラキソス。するとメルネーポがレルーンに近寄って右手を出してから口を開く。
「なら明日は共に戦うという事だな,改めてよろしく頼む」
「うん,こちらこそよろしく~」
そう言って握手をするレルーンとメルネーポ。すると何かを考えた仕草をしていたイブレが考えがまとまったみたいで話を続ける。
「そうなるとエランと共に戦線を押し上げるのがヒャルムリル傭兵団とメルネーポ殿が率いる部隊という訳ですね」
「はい,その通りです」
「部隊構成はどうなっています?」
「それは未だに決まっていません。ですがケーイリオン将軍がエランに付いて行ける精鋭を選んでいる最中だと聞いてます」
「なるほど,それでここまでの話を聞いていたエランはどう思っているんだい?」
突如として話をエランに振るイブレに対して,エランは首を傾げると少しだけ考えるが全く答えが出ないみたいで黙り込む。するとエランの代わりとばかりにイクスがしゃしゃり出てくる。
「どうもこうもねえ,一緒に戦う仲間が揃ったんだから良い事だろ,なあエラン」
「イクス楽観的。だけど……レルーンとメルネーポが側に居る事は嬉しい」
「エラン」
「エランっ!」
エランの言葉がよっぽど嬉しかったのかメルネーポはエランの名を呼んだだけだが,レルーンはエランに抱き付こうとするが,エランはレルーンが近づいた直前で右足を前に出して軸にすると一回転してレルーンの抱擁を避ける。そして見事に避けられた地面を抱きしめるかのように顔を埋めながら両腕を広げていた。そんなレルーンが地面から顔を引っこ抜くと駄々っ子のような声を上げる。
「エランが避けた~」
「うん,避けた」
「エランはそういうのを嫌がるですよ,だから気を付けるですよ」
「ハトリ~,注意が遅いよ~」
「流石の私も猪突する猪を止める事は出来ないですよ」
「猪扱いっ!」
「それが嫌なら猛犬注意だな」
「イクス犬も酷いよっ!」
レルーンの行動と言葉に再び笑い声が上がる。流石に賑やかなのが多いとこの少人数でも賑やかに為る事をエランは肌で感じていた。そして一通り笑った一同が鎮まるとイブレが口を開く。
「そういえばメルネーポと一緒にエランを補佐する部隊はどれぐらいの人数になるのかな?」
そんな質問をするとラキソスはメルネーポを見るが首を横に振った所を見ると知らないようだ。そんなメルネーポを見てラキソスは溜息を付いてからイブレに向かって話を続ける。
「どうやら,そこまでは決まっていないようです」
「それなら僕はそろそろ仕事に戻らないといけないようだね」
「それなら私も一緒に行きます。メルネーポは一部隊の隊長ですが私は中央どころか全軍を指揮しないといけないかもしれませんから」
「分かった,そういう訳でエラン,イクス,ハトリ,僕は戻るとするよ」
「うん」
「精々仕事を頑張るですよ」
「ちったあ真面目に仕事をやっとけや」
エランはともかく,ハトリとイクスの言葉を聞いて軽く笑ったイブレは踵を返して歩き出すとラキソスもイブレの隣に並んでハルバロス軍本陣へと戻っていく。イブレとラキソスを見送ったイクスが声を発する。
「そういやレルーンの姉ちゃんとメルネーポの姉ちゃんは,こんな所で油を売ってて良いのかよ?」
「私が居なくても団長がキッチリとやってくれるよ」
「私の方がいろいろと決まらないと動けないからな,だから今は次の命令待ちだ」
「二人揃って暇なのかよ」
「うん,思いっきり暇」
「暇といえば暇と言えるな」
「はぁ,今日は良いですよ。けどですよ,明日はしっかりとしてほしいですよ。そうしないと私達が大変な事になるですよ」
「大丈夫大丈夫,明日はエランと一緒に戦えるよ」
「レルーンの言葉には説得力が無いですよ」
「私の方は確実な事は言えないが,エランと一緒に戦えるだけの精鋭を揃えるはずだ」
「メルネーポは不確定要素が多過ぎるですよ」
「そうか?」
「自覚が無いのが更に不安ですよ」
「ぎゃはははっ! まあ良いじゃねえか,明日はここに居る面子で大暴れするんだからよ,細かい事は気にすんな」
「イクスは黙っててほしいですよ,ただでさえ楽観的に拍車が掛かってるですよ」
「このガキが,せっかく俺様が不安を取り除いてやろうとしてやってんのに」
「ならもっと言葉を選んでほしいですよ。エランも何か言ってやるですよ」
このままではいつまでも話がまとまらないと思ったハトリが話をエランに振ると,エランは振り返って再び戦場へと目を向けた。そんなエランの行動に顔を合わせるレルーンとメルネーポは何も分からないままにエランの隣に立ってエランと同じように戦場に目を向けると,戦況はエランが先程まで見ていた時と全く変わっていない。
ディアコス軍は相変わらず陣形を回しながら突撃と離脱を繰り返し,ハルバロス軍は両翼を交互に中央に入れている。変わったといえばハルバロス軍の両翼の半分ぐらいが撤退している事だけだ。そんな戦場を見ながらレルーンが口を開く。
「明日はあそこで決戦だね」
そんなレルーンに言葉にメルネーポが応える。
「あぁ,その通りだ。明日は共にエランを補佐して一気に敵本陣をエランが突く」
「言うだけなら簡単ですよ,ディアコス軍は戦力を温存しているからにはですよ。明日にはその全軍のほとんどと戦わないと敵本陣に辿り着いて総大将を討てないですよ」
「大丈夫,必ず明日には決着を付ける」
ハトリの言葉にハッキリと答えるエラン。流石にエランがここまで言うとは思っていなかったハトリは驚いて声も出ないと言った感じで,レルーンとメルネーポはそれぞれエランに向かって微笑んでいる。それだけエランの言葉が嬉しかったのだろう,そんなエランが戦場を見ながら言葉を続ける。
「だから,明日は一日中戦い続けると思う。そうしないと敵本陣まで辿り着けない」
「あぁ,そうだな」
微笑みながらも内心では闘志を燃やしているメルネーポがそんな言葉を発するとレルーンが続く。
「うん,私達も頑張るから明日は絶対に決着を付けようね」
「そのつもり」
素っ気ない返事をするエランだが,その言葉だけでレルーンとメルネーポは充分過ぎる程に闘志が迸っていた。そんなレルーンとメルネーポが顔を合わせるとお互いに笑顔を見せたのは,それだけエランの言葉が自分達を頼りにしていると受け取ったからだろう。エランがそれだけの期待をしているのだから,それに応えるのが自分達の役目だと今度はお互いに頷くレルーンとメルネーポ。そんな二人を横にエランは戦場を見続けていた,瞳の奥に哀しみを薄く染めながら。
それからしばらくイクスも参加して会話をするエラン達だからこそ,賑やかに為って時折に笑い声が上がっていた。そんな中でエランだけは会話をそこそこに戦場を見詰め続ける,明日の事に想いを寄せながら。すると一人のハルバロス兵がエラン達の居る丘を駆け上がっている音が聞こえてきたのでエラン達は自然とそちらへ向くとメルネーポがそちらに歩き出して丘の少し下でハルバロス兵と合流したらハルバロス兵がメルネーポに敬礼をしてから口を開く。
「メルネーポ将軍,ケーイリオン将軍がお呼びですので本陣にお戻りください」
「分かった,すぐに行くから貴方は先に戻っていて」
「はっ,それでは失礼します」
そう言い残して再びハルバロス本陣に向かって駆け出すハルバロス兵,そんなハルバロス兵を見送るとメルネーポはエラン達に元へ戻ると話し出す。
「どうやらいろいろと決まったみたいだ,なので私はこの辺りで失礼させてもらうよ」
「うん,メルネーポも頑張ってね~」
「あぁ,ありがとうレルーン」
そう言うとメルネーポは踵を返して歩き出すが,突如としてエランが声を出す。
「メルネーポ,ありがとう」
突如の礼にレルーンは疑問に思って頭を左右に振るが,メルネーポにはエランの意思が分かったのだろう。手を上げて振りながら口を開く。
「あぁ,明日はお互いに頑張ろう」
それだけ言い残してメルネーポは歩き出した。そんなメルネーポを見送ったレルーンは未だに不思議そうな顔をしていたが,自分には分からなくても二人だけが分かってれば良いかと判断したので気にしない事にした。それからしばらくレルーンはイクスやハトリと会話をして楽しんでおり,時折ながらもエランが言葉を返してくるので時間を忘れてエラン達は楽しい時間を過ごした。
空が血よりも明るい緋色に染まる頃,太陽は広大なタイケスト山脈に半分程沈んでいた。その頃になってエランはやっと静かになりかけている戦場から目を離して空を見上げた。エランの瞳に空の色が映り,エランの髪は陰っている太陽によって白銀色の髪が赤みを帯びて独特の色を輝かせていた。そんなエランの髪を遊ぶように風が吹き上げるとエランは口を開く。
「ハトリ,レルーン,そろそろ戻ろう」
「へっ,あ~,もう日が暮れ始めてるね」
「イクスとレルーンがはしゃぐから全く気付かなかったですよ」
「行くよ」
歩き始めたエランにレルーンとハトリが慌てて追い付くと,エランの両側に並んで歩幅も合わせて歩き続ける。それでも黙っていられないレルーンが口を開く。
「いや~,久しぶりに休んだ気がするよ。満足満足」
「そいつは良かったな,それはそうと明日は頼むぜレルーンの姉ちゃんよ」
「はいはい,イクスに言われなくても分かってるよ~」
「その口調が説得力を失わせてるですよ」
「え~,私は真剣なのにハトリは酷いな~」
「全く真剣に聞こえないから言っているですよ」
「そっかな~,エランはどう思う?」
今まで黙って歩き続けていたエランへと話を振るレルーンは,余程エランともお喋りをしたいようなのでエランはやっと口を開く。
「私はレルーンを信頼してる」
「ほらほら,ハトリ聞いた」
「はいはい,分かったですよ」
言葉を放った後に呆れたように溜息を付くハトリを全く気にせずにレルーンは陽気な足取りで歩き続ける。そんなレルーンと一緒にエランも無言のままに歩き続けるとレルーンとイクスが再び会話で盛り上がったのでハトリも巻き込まれて更に賑やかに成った,そんな雰囲気を味わいながらエランは歩き続けたらヒャルムリル傭兵団の陣営に着いたので真っ先に中心にある大きな天幕へと足を踏み入れた。
天幕の中では数多くの団員がくつろいでいた。そんな団員達の隙間を通るようにエラン達は歩き続けると,エランに気付いたカセンネが早く来るように手招きしたのでエラン達はカセンネの元に辿り着くと円形に座ってそれぞれ楽な姿勢を取るとカセンネがエランに向かって声を掛ける。
「随分と遅かったじゃないかい,いったい何処に居たんだい?」
「丘の上」
カセンネの問い掛けに短い言葉だけで答えるエランの言葉を聞いていたレルーンが口を開く。
「団長,エランはね」
そう言って今までの事を順に話すレルーンの言葉に耳を傾けるカセンネ。そしてレルーンの話が終わるとカセンネは満足げに頷くとエランに向かって口を開く。
「エラン,今日もだけど改めて明日もよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
「それとレルーン」
「何ですか団長?」
「明日はあんたが最前線の部隊を率いて戦いな,全隊の指揮はあたしがやるからあんたはエランを補佐する事に集中しな」
「はいは~い」
かなり重要な事を指示されたのに陽気な返事をするところはレルーンらしいと言えるだろう。そしてその陽気さがあるからこそ重要な役割でさえ重さで混乱する事が無く,平然と冷静な判断が出来ると言える。だからレルーンが軽い返事をしてもカセンネは特に注意する事は無く,ただ黙って頷くと改めてエランの方を見ると口を開く。
「そんな訳でエラン,明日はレルーンをこき使っても構わないよ」
「団長がいきなり酷い事を言い出したよ」
「分かった,そうする」
「エランも酷い事を軽く承諾したっ!」
「ぎゃはははっ! レルーンの姉ちゃんよ,明日は死なねえように気を付けるんだな」
「イクスがもっと酷い事を笑いながら言い出したっ!」
「奴隷,もといレルーンは生かさず殺さず働かせる」
「エランが酷いを通り越して怖い事を言い出したっ!」
「じゃあ,今からしつける?」
「誰をっ! 私をっ!? 私に何をやらせるつもりっ!?」
「……」
「ここで黙り込むのが一番怖いよっ!」
「この漫才はいつまで続くですよ」
遂には黙っていられなくなったハトリがそんな事を言い出すとイクスを含めて周囲から笑い声が上がる。そしてすっかり弄ばれたレルーンは疲れたように息を吐いたら,一緒に楽しんでいたカセンネは笑いが止まると一息ついてからエラン向かって口を開く。
「まあ,冗談はここまでにしてエラン,明日は分かってるんだろうね?」
「うん,敵本陣まで駆け上がるから相当な激戦に成る」
「だろうね,ディアコス軍としては今の戦力を保持して援軍を待ちたいところだけど,ケーイリオン将軍は明日には決着を付けるつもりのようだね」
「敵に増援を与える程甘い戦略は執らない,という考えだと思う」
「あたしもそう思うからね,まったくケーイリオン将軍もすっかりエラン頼りの戦略に出たもんだよ」
「けど私達だけなら敵本陣まで駆け上がれる,後は味方がどれだけ付いてこれるかだけど単騎で駆け上がっても限界があるからレルーンとメルネーポには頑張ってもらう」
「はははっ! エランにここまで言われたんだ。レルーン,明日は気合いを入れてしっかりとやりな」
「言われなくても分かってますよ~」
「なら構わないさ」
一度だけ頷くカセンネは何処かしら満足げな顔をしており,レルーンはいつも通りに笑顔で軽く笑い声を出していた。そんなレルーンに釣られて周囲も賑やかな笑い声が上がる。事の重要さは,この場に居る団員にも分かっているがそれでも笑えるという事はそれだけ今を楽しんでいると言える。
傭兵なんて明日にはどうなるか分からない存在と言えるから,だからこそ自分の命を重要視するのが一般的だ。命あっての物種とも言うからには生きて,命懸けで戦うのが当たり前だから自然とそれが重荷と成って重圧が掛かる。だがヒャルムリル傭兵団はそんな重ささえも笑い飛ばす程の陽気さを持っている,それこそがヒャルムリル傭兵団の強さに繋がっており,重要な役目を与えられても役目の重圧を分け合い笑い飛ばす事でしっかりと役目を果たせる実力を持っているのだと感じるエランだった。
エラン達を含めて明日に備えて団員達ものんびりと身体を休めていると配膳係の団員達が天幕に入って来る。魔道装置で地面から軽く浮いている四段の台車に多くの夕食を乗せながら天幕に入って来ると,次は台車から夕食が乗っている板を両手に持って真っ先にエラン達の元へとやって来ると夕食を受け取るエランとレルーンはハトリとカセンネにも夕食を回して夕食が行き渡るとエランとハトリは両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますですよ」
相変わらず礼儀正しいエラン達と違ってレルーンは夕食を見てはしゃいだ声を上げる。
「なんか今日の夕食は豪勢だよ,それにお肉がこんなにお肉」
「見れば分かるから落ち着いて食べな」
カセンネに注意されるがレルーンは肉料理が多い食事に心を躍らせているとエランがふと口を開く。
「明日に備えてしっかりと食べておけという意味だと思う」
「あぁ~,なるほどね」
エランの言葉を聞いて少しだけ肩を落とすレルーンにカセンネは呆れたように溜息を付いて夕食を口にした。そしてレルーンもすぐに夕食の魅力に惹かれて肉料理を口にすると美味しそうに夕食を食べたのでエランとハトリも夕食を口にする。
昨日より量と質が増した夕食を食べ終えたエランは食後の蜂蜜風味カステラを口に入れて満足げに堪能していた。レルーンも蜂蜜風味カステラをエランに負けない勢いで口に運ぶがハトリは夕食だけで充分な程に食べたので甘味を手にせずに,代わりに紅茶で食後の口を風味豊かにしていた。そしてカセンネはエランやレルーン程ではないが甘味を食べながら紅茶を飲んでいたのはカセンネも夕食だけでかなり腹が満たされたからだ。そんな二人を横にエランとレルーンは甘味を次々と減らしていく,やはりこの二人は甘味が入る所は別なのだろう。
最後の蜂蜜風味カステラを食べ終えたエランは指に残って居る甘味を舐めているとハトリが紅茶を手にしながらカセンネに向かって口を開く。
「それにしても戦場で紅茶なんてよく手に入ったですよ」
「うちでは別に珍しい事じゃないのさ。今日は明日に備える為にかなり早めに引っ込んだからね,だから仕舞い込んであった紅茶を出して団員達にも振る舞っただけの事さ」
「なるほどですよ,こうしたお茶も常備してあるのもヒャルムリル傭兵団の特徴ですよ」
「まあ,そんなところだね。こうしてお茶をしながらお喋りするのが好きなのもうちには多いからね」
「そうそう,こういう時間も必要だよね。はい,エラン」
エランと共に甘味を食べ尽くしたレルーンが紅茶を煎れてエランに渡すと,今度は自分の分を煎れて茶器から漂ってくる香りを楽しみながら紅茶を堪能するレルーン。紅茶を渡されたエランもしっかりと紅茶を味わって甘味で染まった口を濁して追出る甘味を堪能していた。
紅茶を堪能しながらもレルーンは口から言葉を出し,イクスも会話に参加してハトリも巻き込まれるとすっかり明日の事を忘れたかのように賑やかな雰囲気に成る。カセンネも時折ながらも会話に参加して場を楽しむので,エランは会話に参加しないものの場の雰囲気を充分に味わって瞳の奥で心地良い微笑みが湧き出していた。
明日の事があるので食後のお喋りを早めに切り上げるように団員達に命じるカセンネの言葉を聞いてエラン達も切り上げて昨日も世話になった寝床がある天幕へと向かった。エランとしてはお風呂があるのなら入りたいのだが,さすがのヒャルムリル傭兵団でもそこまで備えている訳ではない。というより戦場でお風呂に入るのはまず不可能と言えるからエランは何も言わずに諦めていた。そして寝床がある天幕へ入ると既に眠っている団員も居たのでエラン達は静かに別けてもらった寝床がある所に移動した。
寝床に天幕の上に敷く布を広げるとハトリが身体に掛ける布をそのうえに広げた。そしてハトリが枕を用意しているうちにエランはイクスを布の横に置いて身に纏っている鎧を鎧掛けに一つずつ掛けて行く。エランが全ての鎧を外した時にはハトリも上着を脱いですっかり寝る準備が出来ていたので,エランは静かに布団となる布の中へ身体を入れて枕に頭を預けるとハトリもすぐ隣に並べた枕に頭を預ける。それからエランは静かに口を開く。
「おやすみ,イクス,ハトリ」
「おやすみですよ」
「あぁ,明日は今日よりも暴れんだからしっかりと休みな」
寝る前の挨拶を交わしてイクスは完全に鞘の中に収まるとハトリは目をつぶって視界を暗くすると,エランはハトリを抱き寄せるように腕を伸ばして目をつぶり意識を眠りの湖に沈めていくのだった。
太陽が昇りだして世界を照らし出す頃,エランとハトリは一緒に目を覚ましてエランが上半身を起こすとハトリは大きなあくびをしながら起き上がってくる。まだ眠気が残っているハトリが眠たげに目元を擦ると見ていたエランは瞳の奥で清々しい微笑みを照らし出すと振り返ってイクスとハトリに向かって静かに口を開く。
「イクス,ハトリ,おはよう」
「おはようですよ」
「はいはい,おはようさん」
まだ寝ている団員が居るのでエラン達は静かに朝の挨拶を交わすとエランは立ち上がって鎧を身に着け始め,ハトリは着替えの上着を着ると布団代わりにしていた布を畳み始める。そしてエランが全ての鎧を身に着けた時にはハトリも布を畳み終えていたのでエランはイクスを持ち上げるとそのまま背負い,ハトリも必要最低限の物だけ取り出して立ち上がるとエランが歩き出したのでハトリも続いて二人は寝床の天幕から出て行く。
朝の日差しがエランとハトリの瞳に差し込み,二人とも目を細めるがすぐに目が慣れてしっかりと見開く事が出来たのでエラン達は再び歩き出す。その足でエラン達はヒャルムリル傭兵団の陣営地中央にある一番大きな天幕へと入って行くと,中に居る人数はまばらだがそこそこの人数が集まっていた。その中央でどっしりと座っているカセンネの元へエラン達が行くとエランが口を開く。
「おはよう,カセンネ」
「あぁ,おはよう,エラン,ハトリ,イクス」
「おはようですよ」
「おう,おはよう」
朝の挨拶を交わして昨日と同じく円形に座るエランとハトリ,するとハトリが周囲を見渡してから口を開く。
「レルーンはどうしたのですよ?」
という質問をカセンネにぶつけるとカセンネは優しい微笑みを浮かばせながら口を開く。
「レルーンならまだ寝てるんだろうね」
「今日の重要性が分かっているのか不安ですよ」
「分かっているから未だに寝ているのさ」
ハトリの文句にカセンネがここまで寛容な言葉を出してきたのだから,カセンネなりにレルーンを信頼している証なのだろうとハトリは溜息を付いてそれ以上の追求はしない事にした。するとイクスが声を発する。
「まあ,エラン達はいつも早起きだしな。朝も早いし今のうちにのんびりと行こうや」
イクスがそんな事を言い出したのでカセンネが軽く笑ってから同意するとエラン達はのんびりと朝の一時を過ごした。そして朝食の配膳が始めるとエラン達が居る天幕にまで朝食の良い匂いが漂ってきたので,まるで朝食の匂いに釣られたかのように少し眠たげに天幕に入って来たレルーンはエラン達の元までやって来て朝の挨拶を交わしてから腰を下ろした。
起きたばかりと言わんばかりに大きなあくびをするレルーンにハトリが文句を口に出すが,レルーンは陽気な笑い声で一蹴すると配膳係の団員が数十人分の朝食を持って天幕に入って来るなり,一人の団員が四人分の朝食を両手に持つとエラン達の元へやって来て朝食を配った。
朝食が来た事で一気に本調子に戻ったレルーンは元気良く朝食を口に運び出し,カセンネも朝食に手を伸ばした時エランとハトリは両手を合わせて口を開いた。
「いただきます」
「いただきますですよ」
こんな時でもいつも通りに礼儀正しいエラン達はしっかりと食事の挨拶をしてから朝食を口に運んで行く。さすがに朝食なだけあって昨日の夕食みたいな量ではないがしっかりとスタミナが付くような朝食となっており,肉料理にニンニクがしっかりと使われていた。朝から重そうな朝食に思えるがしっかりと似合う野菜も使われており,エラン達が朝食を食べ終わると腹八分目どころか腹一杯に食べたがしっかりと動けるような朝食に成っていた。そしてエランの楽しみが届けられた。
甘味は別腹と言わんばかりに籠を開けて中の甘味である白玉団子を手にして口にするエランとレルーン。その一方でハトリとカセンネは食休みとばかりに水を飲んでしっかりと水分を取っている間にもエランとレルーンは白玉に練り込まれた砂糖の甘みと少し弾力がある食感を楽しんでいる。
今朝の甘味係は朝食が重い事をあらかじめ知っていたみたいで,食後の甘味は腹に負担を掛けない白玉団子に変更した事をカセンネから聞くハトリ。そんな二人も甘味に手を伸ばして少しだけ食べると後はエランとレルーンがキッチリと平らげてしまった。そんな食事を終えるとレルーンがエランに話し掛ける。
「ねえねえエラン,今日は一緒に戦う訳だから出る時は一緒に行くから声を掛けてね」
そんな事を言ってきたレルーンに対してエランは水を口にして口の中に有る甘味を残り余さずに堪能していた。そしてエランが水を飲み終えると口を開く。
「朝食を終えたから行くよ」
そう言って立ち上がるエランにハトリが続く。
「はいですよ」
「それじゃあ大暴れと行くかっ!」
イクスが景気の良い声を発するとエラン達は歩き出したのでレルーンが慌てて声を上げる。
「えっ,えっ,ちょっと待ってよ,エラン」
そう言って慌ててエランの後を追うレルーンにカセンネは微笑みを浮かべながら溜息を付くのだった。
天幕を出たエラン達はそのままハルバロス軍が集まりだしている中央に向かって歩き出すと,レルーンが慌てて他の天幕に入ってすぐにハルバートを手にして出て来てから駆け足でエラン達と合流する。そんなレルーンが疲れたように口を開く。
「エラン,いきなり過ぎだよ~」
「そんな事を言っておきながらレルーンの姉ちゃんも準備万端じゃねえかよ」
イクスがそんな事を言ったのでエランが改めてレルーンを見ると手には身の丈よりも少し長いハルバート,鎧はしっかりと靴から肩まで身に着けている。鎧の見た目から重装備とは言えないが,レルーンの身体に合った鎧でどちらかと言えば軽装備に近い鎧で皮と金属を使っており金属の部分には薄緑色に塗られていた。横目でレルーンの姿を見たエランが歩きながら口を開く。
「イクスが言った通り。それに今日が激戦に成る事は昨日の段階から分かってるはず,レルーンなら昨日の段階で充分に準備はしてたと思ったから」
「それはそうだけどさ,ちゃんと声を掛けてよね~」
「ちゃんと行くって言った」
「それがいきなり過ぎだよ~」
「それでもこうして一緒に居るですよ,だからエランの性格に文句を言っても仕方ないですよ」
「そう言われた仕方ないか~。じゃあエラン,改めて今日はよろしくね」
「うん,こちらこそ」
そんな会話をしつつエラン達はハルバロス軍が集まっている中に入って行く。まだ布陣が敷ける程の人数が集まっていないのでエラン達はまばらに集まっているハルバロス兵達の隙間を歩きながら中央の最前線に向けて歩みを進める。
目的地である中央の最前線にもうすぐ辿り着くと思われた時,左側から女性達の声が聞こえて来た。
「副団長,やっと来たんですか」
「最前線の部隊は副団長を待ってますよ」
言葉の内容からヒャルムリル傭兵団員がレルーンに放った言葉だから,レルーンは空いている手を振りながら声が聞こえて来た方向に向かって声を上げる。
「分かった,ありがとう。今日は激しい戦いになるから頑張ろうね~」
これから激戦に成ると言っておきながらもレルーンの声は陽気さを失っていないので声を掛けて来た団員達も笑顔で手を振り返してくる。まあ,激戦に成ると分かっているから緊張したり,気負ったりするよりかは良い。それに激戦に成ると分かっていても陽気さを失わずに部下と接する事で余計な事を背負わせないようにしているのがレルーンらしい所だ。そんな事がありながらもエラン達が目的地に到着するとそこには既にメルネーポの姿があったのでエランがメルネーポに歩み寄って声を掛ける。
「おはよう,メルネーポ」
「んっ,あぁ,エランか,おはよう」
エランに気付いて簡単に挨拶をしたメルネーポはすぐに背を向けて部下と思われるハルバロス兵との会話をすると,すぐに会話を切り上げてハルバロス兵はメルネーポに敬礼をして何処かに行ってしまった。そしてようやくメルネーポがエラン達と向き合って口を開く。
「すまなかったな,なにしろ急増の一隊なだけにいろいろと確認作業が多くてな」
「うわ~,大変そうだね~」
「そういうレルーンの姉ちゃんは呑気にしてていいのかよ」
「あははっ,まだ大丈夫だよ~」
「大丈夫と言っている割には先程待っていると言われたですよ」
「そうだけどね~,見た感じ私が指揮する全員が揃った訳じゃないからね」
「こういうのを太平楽と言うですよ」
「それにしてもメルネーポの鎧は凄いね~,それに兜も重そう」
「無視しやがったですよ」
「あははっ」
ハトリの言葉を笑って流すレルーンだが,レルーンが言った通りにメルネーポが纏っている鎧は確かに凄いと言える。見た目からして重装な鎧はかなり重いだろうがメルネーポはそんな鎧を身に着けながらも平然としている。そのうえ右手には身の丈程のバルディッシュを持ち,左腕には顔が全て隠れる程の重厚な兜を抱えているのだから女性のメルネーポがいかにも重そうな鎧を身に着けて平然としているのだから,レルーンが言った通りに凄いの一言に尽きる。そんなメルネーポが少し照れくさそうに口を開く。
「私の家はハルバロス国では名家で知られているからな。私も幼少の頃から,このような鎧を身に纏いながら戦う訓練を積んできたんだ」
「へぇ~,そうなんだ」
メルネーポの言葉に感心するレルーンだが,エランはメルネーポの言葉を聞いてメルネーポが纏っている鎧の胸部には紋章が彫られていたので,その紋章がメルネーポの家系を現す紋章だと気付いていた。だが,そんな事よりもエランには気掛かりがあったのでその事についてメルネーポに尋ねる。
「メルネーポ,中央の布陣は?」
エランとしては自分がハルバロス軍の中央で戦うのだから,隣にレルーンとメルネーポが居るとしてもしっかりとした布陣を確認しておきたいから問い掛けた。するとメルネーポが指差しながらエランの質問に答える。
「エランを中央に左側にはヒャルムリル傭兵団,右側には私が率いるメルヘト隊が居て後続にはハルバロス軽装兵が居るからエランは遠慮せず前進してくれ」
「メルヘト隊という名前ですよ?」
「あぁ,まあ今回限りの急増部隊だからな。部隊の名称については深い意味は無い」
「なるほどですよ」
「軽装兵の数は?」
「左右に二千程だ。最も軽装兵のすぐ隣にはハルバロス正規兵が付いているからな,軽装兵は私達が前に出過ぎた時に補う為の兵力だ」
「つまり俺様達が出過ぎて正規兵が追い付けない場合に正規兵が到着するまで戦う為だけの予備兵って訳だな」
「そういう事だからイクスも遠慮は要らないから思う存分にやってくれ」
「ぎゃはははっ! こいつは随分と面白くなってきたな」
「この駄剣はまた騒がしくなってきやがったですよ」
「残念だったなクソガキ,戦いが始まればもっと騒がしくなるぞ」
「それぐらいは分かっているですよ」
「けど戦いの前にこのような場に成るのも悪くない」
イクスとハトリのいつもやっている会話を聞いて,そんな事を言い出したメルネーポは自然と微笑みを浮かべていた。そんなメルネーポに同意するかのように笑顔のレルーンがメルネーポの傍によると口を開く。
「だよね~,今日の戦いが激しいモノになると分かっていても気分を沈めるのは良くないよね~」
「ふふっ,確かにレルーンの言う通りだな」
珍しくというかエラン達の前で初めて笑顔を見せたメルネーポにレルーンは自然と笑い声を上げてイクスも楽しげな雰囲気に笑い声を上げると,ただ一人だけハトリが疲れたように溜息を付いた。そしてエランはというといつもの無表情だが瞳の奥では場の雰囲気をしっかりと感じて微笑みをそよがせていた。それからエラン達は束の間だが賑やかなお喋りを楽しんだ。
エラン達がお喋りを楽しんでいると一人のハルバロス兵がエラン達の元へやって来てメルネーポに向かって敬礼しながら口を開く。
「メルネーポ隊長,メルヘト隊総員揃いました」
そのような報告を聞くとメルネーポの表情がすぐに軍人らしい鋭い表情になって一度だけ頷くと,今度は微笑みを浮かべてハルバロス兵に向かって口を開く。
「分かった。ところでラキソスはどうしてるか分かるか?」
「はっ,未だに中央の布陣が整っていないので指揮統率をしていると思われます」
「そうか,ならばメルヘト隊員達は今のうちに休むように伝えてくれ」
「へっ,休息ですか?」
メルヘト隊のハルバロス兵としては思い掛けない言葉だったのだろう,拍子抜けた声を上げると続いてメルネーポに確認するかのように質問するような言葉を出してきたのでメルネーポは微笑みながら一度だけ頷くとハルバロス兵の質問にしっかりと答える。
「あぁ,そうだ。今日はこのモラトスト平原では最も激しい戦いに成り,長時間戦い続ける事に成る事は分かりきっている。それに鍛え抜かれた我が隊員でも限界がある一人の人間だ,人間であるからには体力に限りがあるので一日中戦い続ける事なんて出来る訳が無い。だから今のうちに休ませておきたいという訳だ」
「はっ,承知しました。それとメルヘト隊を代表してメルネーポ隊長に感謝を申し上げます。それでは失礼します」
ハルバロス兵は敬礼を解いてメルネーポに深く一礼すると部隊がある方向へと駆け出した。そして今のやり取りを見ていたエランが口を開く。
「メルネーポは優しいね」
「なっ! エラン,突然何を?」
エランの言葉に思いっきり動揺するメルネーポなのだが,そんなメルネーポに向かってエランは言葉を続ける。
「しっかりと部下の事を考えて指示を出してるから」
「それぐらいなら副将軍として,いや今は隊長か,隊長として当然の事をやったまでの事だ」
「うん,その当然が出来るから優しい」
「それはそう言う訳では……」
エランの言葉に最後には顔を赤らめて下を向いてしまったメルネーポ,エランの言葉がかなりメルネーポを照れさせた事は確かなのでレルーンは少し悪戯そうな笑みを浮かべ,ハトリはエランならいつもの事とばかりに大きく息を吐いた。そして当のエランはというとメルネーポの反応が理解する事が出来ずに首を傾げている。すると今度は反対方向からエラン達に声が掛かる。
「レルーン,こんな所に居たのかい。まったくあんたは最前線での準備を指示しないで何をやってるんだい」
昨日と同じ鎧を纏い両刃斧を右肩に乗せているカセンネがそんな事を言いながらやって来るとレルーンは笑い出す。
「あははっ,まあ今の段階なら私が居なくても大丈夫かな~,とか思ったりしたりしたんで」
「最後は何を言ってるのかまったく分からないよ」
「あははっ,けどけど団長,私が居なくても今は大丈夫でしょ」
「そういう事をハッキリと言うんじゃないよ,まったく。確かに今は大丈夫だけど戦いが始まる前にはしっかりとしときな」
「はいは~い,分かってま~す」
「まったく,あんたはそういう所はしょうがないね。あたしは戻って全隊をまとめておくけど,レルーンあんたもあまり遊んでんじゃないよ」
「了解です」
と言いながらカセンネに向かってしっかりとした敬礼をするレルーンにカセンネは思いっきり溜息を付いて見せ付けるとヒャルムリル傭兵団が布陣している所に戻って行った。そんなカセンネを見送ると無駄に闘志をたぎらせているイクスが声を発して来た。
「エラン,俺様達もそろそろ準備した方が良いんじゃねえか?」
「うん」
イクスの言葉を聞いて短い返事をしたエランが一人離れて誰も居ない最前線よりも前に出ると右手を斜め上に上げて口を開く。
「イクス」
「はいよ」
鞘から一気に飛び出したイクスが半回転してイクスを握る為の柄がエランの右手に来るとエランはしっかりとイクスを握り締める。それからエランは右腕を伸ばしたまま右手を下げて肩から一直線になると再び口を開く。
「イクス,オブライトウィング」
「おうよっ!」
エランの魔力が一気にイクスに注がれるとイクスは白銀色の光りに包まれると,今度は光が動き出して少しずつ形作る。それから白銀色の光が翼のような形に成ると弾けるように光が消えるとイクスの刀身から一対の翼が生えて一回だけ羽ばたくと羽根がイクスを中心に舞い落ちる。その羽根は地面に落ちる前に次々と消えて行き,イクスから生えた翼が刃とは反対方向に向かって一直線に伸びた。
これでイクスの準備が整ったので今度はエランの準備をする為にエランは口を開く。
「抜刀,フェアリブリューム」
エランの中で剣が抜かれると剣から白銀色の光を放ち,エランの魔力が全身から放出される。白銀色の魔力はそのままエランを包み込むように留まるが,ある程度の魔力が放出されるとエランを包み込んでいた魔力が動き出す。エランの背中に魔力が集中するとそこから楕円形に斜め下に向かって伸びて行くと魔力が形作り,楕円形の淵だけを残して弾け飛ぶと半透明な魔力が楕円形の中に広がる。そして淵から線が縦と横に伸びて昆虫の翅のような紋様を描くと弾けるように白銀色の翅を包んでいた魔力が飛び散った。エランの背中からは翅が生えて,イクスからは翼が生えて翼を広げるように伸びている。そんなエランの姿を見てレルーンがは感心したような声を上げる。
「へぇ~,昨日はちょっとしか見てないけど,これが白銀妖精と呼ばれるエランの姿なんだ。エラン,凄く綺麗で素敵だよ。もちろんイクスも素敵だよ」
「ぎゃはははっ! そうだろそうだろ,遠慮せずにもっと言っても良いんだぞ」
「イクスの声でエランの華麗さが台無しですよ」
「このガキが」
「あははっ,確かにね」
「そこは肯定するのかよっ!」
イクスの声を切っ掛けに笑い声を上げるレルーンとメルネーポ,そしてハトリはその通りと言わんばかりに何度か頷いた。エランが振り返ってハトリ達と向き合うと何かに気付いたので口に出す。
「布陣が整ってきた」
「へっ」
「んっ」
エランの言葉を聞いて振り返るレルーンとメルネーポは整列し始めているハルバロス軍を目の当たりにした。そしてエランは再び振り返ると真正面に展開しているディアコス軍へ目を向けるとディアコス軍もかなり布陣が整ってきていた。それを見てエランが口を開く。
「ディアコス側も整ってきた」
エランがそう言うとレルーンとメルネーポは,また振り返ってエランの言葉を確認するかのように眼前に広がるディアコス軍を目の当たりにするとレルーンが今までとは違って声に鋭さを持って口を開く。
「それじゃあ,そろそろ始めようかな」
そう言ってエランの元から離れてヒャルムリル傭兵団の先頭集団に向かって歩き出すレルーン。それと同じくメルネーポが口を開く。
「では私も檄を飛ばしに行くとするか」
バルディッシュを地面に突き立てて短い髪を整えると顔まで覆う程の兜を被って,バルディッシュを地面から引き抜きレルーンとは反対方向へと歩き出すメルネーポ。そんな二人を見送ったエランとハトリは眼前に広がるディアコス軍を見て,エランは戦闘が始まる前の独特な雰囲気の中で静かに戦う意思を昂揚させていた。
レルーンがヒャルムリル傭兵団の最前線部隊に辿り着くと思いっきり声を上げる。
「皆始まるよっ! 今日はエランと一緒に戦うからには最も大きな戦功を上げるから思いっきり気合いを入れて戦うよっ!」
『はい』
レルーンが檄を飛ばすのと同時に手にしたハルバートを掲げるとヒャルムリル傭兵団の最前線部隊が一斉に返事をする。そんなレルーンに続くかのようにメルヘト隊の前に立ったメルネーポが檄を飛ばす。
「メルヘト隊全員聞けっ! 今日こそモラトストの地でディアコス軍との決戦だっ! 私と共にハルバロス軍に大勝の謳歌を捧げるぞっ!」
『お―――っ!』
メルヘト隊もメルネーポの檄に応えるかのように声を上げる。そして二人が檄を飛ばしている間にハルバロス軍とディアコス軍の布陣が完全に整った。後はどちらが先に動くかだが,そんな中でイクスが声を発する。
「随分と盛り上がってきたじゃねえか」
「この剣は黙って戦う事が出来ないですよ」
「ぎゃはははっ,そいつは確かに無理だな。この状況だ刀身がたぎるってもんだ」
「それで上手い事を言ったつもりですよ」
「イクス,ハトリ」
「おう」
「はいですよ」
「動く」
エランの言葉を聞いて黙り込むイクスとハトリ。ハトリは黙り込むだけではなく,いつでも動けるように体勢を整えるとエランもイクスを右下に構えた。そして静寂が戦場に広がり独特な雰囲気を築き上げるが,それを崩すかのようにラキソスの声がエランの所まで響く。
「中央全隊前進開始っ」
エランを含めたハルバロス軍の中央が一斉に動き出す。エランとハトリも両脇に居るヒャルムリル傭兵団とメルヘト隊に歩調を合わせて前進する。こうしてエランがハルバロス軍に参戦してから二日目の戦いが始まる音が響くのだった。
さてさて,お送りした第九話でしたが……しんどい。ってか,この気候の所為なのか持病の所為なのか分かりませんが,これを更新している今はしんどいっす。まあ,それでも頑張ってなんとか更新する事が出来たので一安心しております。
さてはて,今回はいろいろと会話やらなんやらでいろいろと繋ぐ話に成りましたね~。やっぱり一つの戦場を描くとなるといろいろと書く必要があると思ったので,ついいろいろと盛り込ませた結果となりました。まあ,この方が戦略や戦術を含めて戦場を思い描ける事が出来ると思ったので,ついいろいろと書きました~。まあ……これで内容が分かりやすくなってば良いんですけどね。
さてさて,終わりでは遂に戦いの火蓋が斬って落とされたのですが,話としては中盤の佳境と言ったところですね……中盤なのに九話も使っているのはどうなのだろうとか思ってしまいましたが,どうやら,この第二章はかなり長くなりそうなので,その辺も含めて気長なお付き合いをよろしくお願いします。さて,懇願したところでそろそろ締めますか。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そしてこれからも気長によろしくお願いします。更に感想もお待ちしておりますので気軽に書いてください。
以上,いろいろとあって心が折れていた葵嵐雪でした。




