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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第二章 戦場の白銀妖精
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第二章 第八話

 まるで殴り込むかのようにヒャルムリル傭兵団の天幕に現れたのはメルネーポだ。しかも片手には何故か昼食をのせた板を持ちながらヒャルムリル傭兵団の天幕に現れたメルネーポが何かを探すように頭を動かしているとイクスが声を発する。

「おうっ,メルネーポの姉ちゃんじゃねえか,エランならここに居るぜ」

 イクスが答えた事でメルネーポはエランをやっと見付けたみたいで一安心したような顔を見せると周囲に向かって言葉を放つ。

「では失礼するぞ」

 そう言ってメルネーポはエラン達の所に向かって歩き出すと,完全に面白がっているレルーンが隙間を空けてもう一人が座れるようにしたのでメルネーポはエラン達の元へ辿り着くとレルーンが開けた所に座り口を開く。

「突然の来訪で驚かせて済まない。私はハルバロス軍副将軍のメルネーポという者だ,とは言っても名ばかりの副将軍なのでな気を遣わないでくれ」

「いやいや,メルネーポの姉ちゃんよ。いきなり来て,いきなりそんな事を言い出せば気を遣うのは当然だろ」

「んっ,そうなのか。なら私に構わず普段通りに振る舞ってくれ,と言えば良いか?」

「さっきと変わんねえよ」

「そうか,なら……」

 食事を自分の前に置いて考え込んでしまったメルネーポに団員達がざわつくとレルーンがいつもの笑顔でメルネーポに話し掛ける。

「とりあえずメルネーポ様で良いんですか?」

 レルーンにしては珍しく丁寧な言葉遣いをしたが,レルーンの言葉を聞いたメルネーポは微笑みを浮かべると片手を顔のまで横に振りながら口を開く。

「そんなに丁寧な言葉遣いをしなくていい,気軽にメルネーポと呼んでくれ」

「あははっ,そっか。私はレルーン,よろしくね,メルネーポ」

「あぁ,こちらこそよろしく頼む,レルーン」

「ってか,お前ら気さく過ぎるのもどうかと思うぞ」

「そうか?」

「別に構わないと思うよ」

「お前ら,さっきまで意気投合してたのにここに来て別々な反応をすなっ!」

 イクスの言葉を聞いて笑い出すレルーンに意味が分からなかったのか,またしても考え込むような仕草をするメルネーポ。またしても別々な反応をした為にイクスは呆れて黙り込む事にしたみたいで少しの間だけ静かになるとカセンネがメルネーポに向かって話し掛ける。

「副将軍って事はケーイリオン将軍の副官かい。そんな人物がこんな所にまで来るなんて何の用だい,って言うのは野暮ってもんかね」

 カセンネが話し掛けて来たのでメルネーポは考える事を止めるとカセンネとの会話を続ける。

「用事というほどの理由は無い,強いて言うならエランとの仲を深める為だ。それにエランには聞きたい事もあったからな」

「あははっ,それって私達と一緒だ」

「なるほどね,そういう事なら無礼講って事でここではお互いに立場ってモノを忘れようじゃないか,どうだい?」

「あぁ,是非そうしてくれ。私としても気軽に話す方が良いからな」

「そういう事だっ! 皆新しい客人だよっ! エランと同じように仲良くしなっ!」

『はいっ!』

 カセンネがメルネーポを受け入れるような言葉を周囲に飛ばすと承知したように団員達が一斉に返事をすると再び賑わいを取り戻す。それを見たカセンネが再びメルネーポに向かって話し掛ける。

「さて自己紹介が遅れたね。あたしはこのヒャルムリル傭兵団を率いてるカセンネって者だ。まあ,あんたもここに来る時だけは立場を忘れて気軽に振るまいな,そうすれば皆も自然とあんたを歓迎するだろうからね」

「分かった,気遣いに感謝する」

「いいって事さ。それよりもあんたもエラン達と一緒に食事をする為に来たんだろ,だったら昼食としようじゃないか。話はその後でも出来るからね」

「そうだな」

 カセンネがかなり上手く場を仕切ったのでエランはようやく昼食を頂けると判断したのでハトリと一緒に両手を合わせて呟くように口を開く。

「いただきます」

「いただきますですよ」

 食前の挨拶をしてから昼食を口に運ぶエランとハトリ,そしてレルーンのおかげですっかり馴染んでいるメルネーポもレルーンと一緒になって食事を口に運び,場を治めたカセンネも食事を口にしていた。するとすっかり暇を持て余したイクスが声を発する。

「それにしても随分と好かれたもんだな,なあエラン」

「……イクス,茶化さない」

 しっかりと口の中に有る物を噛んで無くしてから喋るエラン。すると口の中に有る物を一気に飲み込んだレルーンが会話に参加してくる。

「確かにイクスが言った通りだよ,エランはすっかり愛され属性だよ」

「そんな属性を得た覚えは無い」

 食事中だろうといつもように素っ気ない返事をするエラン。するとメルネーポまでも食事の合間を縫うように会話に参加してきた。

「愛されているより,興味を持たれると言った方が正確ではないか?」

「えぇ~,私はエランを愛したい」

「変な癖を出さないで欲しいですよ」

 ハトリまでも食事の合間を縫って会話に参加してきたのでレルーンとイクスはここぞとばかりに喋り出す。

「良かったな,エラン。こんなにも愛されてよ」

「そうそう,エラン,私の愛を受け取って~」

「……受け取らないし愛されてない」

「だが愛されていないよりかは良いだろ」

「メルネーポの解釈はかなり間違ってる」

「そうか?」

「自覚が無いところはエランと似ているですよ」

「おっ,という事は似た者同士の愛情か」

「イクス,それだと私だけが置いてけぼりになるよ~」

「大丈夫,きちんと紙に包んで捨てるから」

「エランがいきなり酷い事を言い始めたっ!」

「レルーンが駄剣と一緒に調子に乗っているからですよ」

「ってかハトリ,さりげなく俺様の悪口を言うな」

「気のせいですよ」

「あははっ,だって,イクス」

「ってかお前も言われてんだよっ!」

「では間を取って何も無かった事にするべきだな」

「どこの間だよっ! ってかメルネーポもすっかり打ち解けやがったなっ!」

「うむ,それはなによりだ」

「そうだなっ! 良かったなっ!」

「イクス」

「んっ,なんだエラン?」

「食事中だから静かにして」

「はいはい,悪かったよ」

「そうだよイクス,食事中だよ」

「レルーン,お前が言うなっ!」

 イクスの言葉に思いっきり笑い出すレルーンに,すっかり場に打ち解けたメルネーポも陰ながら笑っている。そんな中でハトリは呆れたように溜息をついてから食事を再開して,カセンネはそんな場を楽しんでいるかのように微笑んでいた。そしてエランも瞳の奥で微笑みをなびかせて,その場を楽しんでいた。



 食事が終わると片付け担当の団員がメルネーポを含めたエラン達の食器を回収するとエランは甘味担当の団員が居る厨房の方へと気を向けており,食後の水を飲んで喉を潤したメルネーポがエランに向かって話し掛けて来た。

「そういえばエランに聞きたかったんだが,ケーイリオン将軍から次の契約を提示されて契約成立となったのか?」

 メルネーポの言葉を聞いてやっと厨房から視線を外したエランがメルネーポの方へ顔を向けると口を開く。

「うん,新たな契約内容で」

「へぇ~,ねえねえエラン,どんな契約内容だったの?」

 相変わらず陽気な声で興味を示してきたレルーンが少しだけ身体をエランに傾けながらそんな事を言い出すと,エランは契約内容をいつも通りに平然とした口調で口から言葉を出す。

「敵総大将カンドの討伐」

「っ!」

「……へっ」

 思いっきり驚きを示すメルネーポとすぐには理解が出来なかったレルーンが間の抜けた声を上げる。するとカセンネが笑い出した。

「はははっ! ケーイリオン将軍も随分と思い切った策に出たじゃないかい」

「これを策と言って良いのか分からないですよ」

 ハトリは思いっきり呆れた声でその様な事を言うが,その程度の言葉では一気に上機嫌になったカセンネを止める事は出来ないみたいで,未だに笑みを浮かべているカセンネにハトリは溜息をつく。するとメルネーポが少し身を乗り出すようにして会話を続けてきた。

「いや,考え方によっては上策かもしれない。なにしろ今日のエランはスフィルファを討ち取った手並みも見事だが,それ以前の戦いでも相当な数を打ち倒している。そこを考えて出した契約内容だとすればかなり納得が出来る」

「へっ,何で?」

 未だに話しについて行けていないレルーンがそんな疑問の声を出すとメルネーポはどのように話せば良いのか考えてしまったが,その代わりとばかりにカセンネが口を開き始めた。

「レルーン,あんたも遠くからエランが戦っているところを一部始終見てたんだろ」

「それはもう始まった時からエランが私達の横を駆け抜けて行くまでしっかりと見てましたよ」

「見てたなら思いだしな,エランだけでディアコス兵を数多く倒していた事をだよ」

「ああ~,そういえばエランは最初から凄かったね」

「今までの話を聞いて出る言葉がそれですよ」

 あまりにも理解が遅いどころか話がずれそうなのでハトリが口を挟むとレルーンは笑って誤魔化した後にしょうがないとばかりに溜息をついたカセンネが話を続ける。

「まったくあんたはしょうがないね,要はあたしらが倒したディアコス兵よりエランが倒したディアコス兵が多いって事だよ。つまりエランはたった一人であたしらや正規軍よりも数多くの敵兵を倒したって事が重要なのさ」

「その正規軍を指揮していた私が言えた事ではないが,エラン一人の戦力は確実にハルバロス正規軍の数百人分に匹敵する程だ。そんなエランだからこそケーイリオン将軍はエランに敵陣を突破して総大将を討て,という契約内容を提示したのだろう」

「はぁ~,そういう事か~」

 カセンネに続いてメルネーポまでもがエランの実力を評価してうえで,しっかりと説明したのだが分かっているのか分かっていないのか,どちらとも言えない間が抜けた声で言葉を出してきたレルーンにカセンネは大きく息を吐いて右指を額に当て,メルネーポはまたしても考え込んでしまったのだが突如としてエランが声を出したので自然と視線がエランへと移るがエランは全く別なところを見ていた。

「甘味」

 エランがその言葉を発するとエラン達の前に甘い匂いを漂わせている籠が置かれるとエランは真っ先に籠を開けて中を確認する。

「カップケーキ」

 少しだけ声を弾ませて,そんな言葉を発しながら籠の中に手を入れたエランは言葉通りの甘味物を取り出すと真っ先に食らい付いたので,いつの間にか今までの話が流れてレルーンまでも籠の中に手を伸ばしてカップケーキを二つ取り出すとメルネーポに一つ渡すと,もう一つをすぐに口にしたレルーンにカセンネは仕方ないとばかりに溜息をついた。

 カップケーキを渡されたメルネーポはまじまじと見ているとレルーンがメルネーポに話し掛ける。

「甘い物は苦手なの?」

「いや,そんな事はないが,どちらかと言えば辛い物を好むだけだ」

「そっか~,けどうちの甘味はとても美味しいよ。エランだって喜んで食べてるし」

「エランは甘い物が好きなのか?」

「……甘味が存在しない世界では生きていけない」

「そんなにか」

「エランは大の甘党ですよ,だから甘味が出て来るここに居座る事になったですよ」

「なるほどな」

「ほら,あんたも遠慮は要らないから食いな。さもないとレルーンとエランに食い尽くされちまうよ」

「では遠慮なく」

 カセンネに促されてメルネーポもカップケーキを口にすると程良い甘さがメルネーポの表情を崩す。その間にもエランとレルーンは当たり前としてハトリもしっかりと甘味を堪能していた。カセンネもカップケーキをかじって甘さを堪能しているとすっかり暇を持て余したイクスが声を発する。

「そういやメルネーポの姉ちゃんよ,すっかり馴染んでいるけどそれで良いのか?」

「馴染んでいるのなら,それは良い事だと思うけどな」

「気さくと言うより随分と軽いと思うぞ」

「それならそれでも構わないぞ」

「構わないんかいっ!」

 イクスがそんな大声を発するとレルーンを含めた周囲から笑い声が上がった。するとカセンネがメルネーポに向かって話し掛ける。

「構わないのならいつでもうちに来な。エランもうちに厄介になるみたいだし,エランに会う為だけで来ても構いやしないよ。それに戦友や友人に会う為に理由なんて必要無いからね,会いたいから会う,それだけで充分だから好きにしな」

「はい,心遣いに感謝します」

 カセンネの言葉がよっぽど嬉しかったのか,それとも心に来るモノがあったのかメルネーポはしっかりとした言葉で感謝を述べた。そして良い所をカセンネに持って行かれたイクスが話題を変えて声を発する。

「それでメルネーポの姉ちゃんは明日の事を考えたのか?」

「んっ,あぁ,私なりに考えが有るが,まずはエランが明日はどうやって戦うのかを先に聞いておきたい」

「もっともだな,俺様達は一度聞いたがメルネーポの姉ちゃんを含めてここに居る連中には話してないからな,なあエラン」

 メルネーポがエランの意見を聞きたいという理由から話をエランへと流すイクスにエランは口の中に有る甘味をしっかりと堪能した後に水を飲んで口の中をスッキリさせる,という手順を踏むのは甘味の時には周囲を全く気にしないエランらしいと言える。そんなエランがやっと口を開く。

「イクスから話してもよかった」

「いやいや,いくら甘味があるからと言ってもそれぐらいは話してやれよ」

「分かった,ハトリ」

「はいはいですよ,エランの甘味はしっかりと取り置いておくですよ」

「うん,じゃあ,明日は中央の最前線に立って中央の味方と一緒に押し上げる。中央を一気に押し上げて最短距離でカンドを討ちに行く」

「ぎゃはははっ! 何度聞いても俺様好みの戦い方だな」

「イクスが勝手にはしゃいでいるのは放っておいてですよ,これらを聞いてどうするですよ?」

 ハトリがイクスの愚痴と共にその様な疑問を放り投げるとカセンネから口を開いてくるが,その前に自分の話は終わったとばかりに甘味に手を伸ばすエランは再び甘味で口を塞いだ。

「なかなか面白い話を聞かせてもらったよ。レルーン,やる事は分かってるだろうね」

「もちろん分かってますよ」

「ならあたしは行ってくるから,その間にやっておきな」

「分かりました」

「それでメルネーポ,あんたはどうするんだい?」

「私の心は既に決まっている。これは私のワガママだがケーイリオン将軍なら充分に聞き届けてくれるだろう,それにエランに紹介したい物も居るしな」

「んっ」

 口の中をカップケーキで満たしているエランは声だけ出して返事をするとカセンネとメルネーポは同時に立ち上がった。そしてカセンネから口を開く。

「それじゃあレルーン,後は任せたよ」

「はいはい,行ってらっしゃ~い」

「では,私も失礼させてもらおう。カセンネとは途中まで一緒だろうからな,同行させてもらおう。それでは,ご馳走になったな」

「うん,メルネーポもまたね~」

 陽気な声でカセンネとメルネーポを送り出すレルーン。その一方でエランはカセンネとメルネーポを見送りながらも口をしっかりと動かして甘味を堪能しており,隣ではハトリものんびりとカップケーキを食べていた。そして残ったレルーンはカップケーキが無くなるまでエラン達と呑気な一時を過ごすのだった。



 昼食と食後の甘味を食べ終えたエラン達はレルーンとも一旦別れて,午前中も居た戦場を見渡せる丘の上に登っていた。そして丘の上に立つと戦場へと目を向けるとハルバロス軍とディアコス軍の戦いが繰り広げられていたが。違和感を覚えるエランはしっかりと戦場を観察するとある事に気付いたので自然とそれが口から出た。

「ディアコス軍は一部しか戦ってない」

「んっ,どういう事だ?」

 エランの言葉にイクスが問い掛けるがエランは答えないままに戦場を見ていると隣で座っているハトリもエランが言った意味が分かったみたいで口を開く。

「エランの言った通りですよ,ディアコス軍は両翼を退げて右翼が徐々に中央の舞台と入れ替わっているですよ」

「つまりディアコス軍はハルバロス軍が勢い付いたのに攻めて来ない事を読んで,戦力を温存する為に右回りに戦う兵を入れ替えてるって事か?」

「そう,ディアコス軍は円形の陣形を右回りに回す事でハルバロス軍の中央とだけ戦っている。それに騎兵の突撃をしている為に回転が速いからハルバロス軍は大した攻撃が出来ないままに次の相手と戦わないといけない」

「さすがはエランだね,見事な観察力だよ」

 イブレの声が聞こえて来たのでエランが身体ごと声が聞こえて来た方へと向けるとイブレが丘を登ってくるのが見えたので,早速とばかりにイクスとハトリが言葉を出してくる。

「サボり軍師様が来やがったぞ」

「この軍師はサボるのが仕事ですよ」

「ははっ,すっかりイクスとハトリにいじめられるように成ったね。けど僕から言わせて貰えれば僕の仕事が終わったから,ここに来たらエラン達が居ただけだよ」

「その言葉を信じて良いのか分からないですよ」

「あぁ,まったくだ」

「イクスもハトリも酷いな」

 微笑みながらそんな言葉を出してきたイブレは杖を地面に突きながら丘の上に登るとエランの隣に並んだ。それからイブレもエランと同じように戦場を見渡すと,疲れたように息を吐くとエランが口を開く。

「イブレ,疲れてる?」

 直球の質問にイブレは微笑みをエランに向けると,そのまま頭を横に振った後に再び視線を戦場に戻してから口を開く。

「別に疲れてる訳じゃないよ,エラン達がさっきまで話していた事に対応していたからね。それで少しだけ頭を悩ませてるだけだよ」

「んっ,さっきの話が関係してくるのか?」

 イクスが横槍を入れるかのように質問をするとイブレは軽く笑ってから答える。

「ははっ,関係してるから少しだけ困ってるんだよね」

「さっきから要領を得ないからハッキリと話すですよ」

「ハトリもさっき言っていたようにディアコス軍は両翼を退げて中央だけが戦っている状態だからね。けど,ハルバロス側としてはディアコス軍に両翼を出して少しでも相手の数を減らしたいけど,そう簡単に行かないからこそ総大将として指揮を執っているカンドは僕達から見れば手強い相手だよ」

「そこを何とかするのが軍師の仕事ですよ」

「ハトリも手厳しいね,これでも充分に仕事をしてきたところだよ」

「どんな仕事をしてきたのかをじっくりと聞きたいですよ」

「ハルバロス軍が動き出した」

 ハトリがイブレに嫌味をぶつけているとエランが突如として,その様な言葉を発してきたのでハトリはひとまず会話を中止して視線を戦場に向けると確かにハルバロス軍の右翼最前部隊が動き出していた。するとイクスが声を発して来た。

「そういや今までは俺様達が倒したスフィルファに邪魔されて,まともに戦略を活用が出来てなかったんだよな」

「イクスの言う通りだよ。けど今となってはスフィルファは居ないからね,こちらとしても充分に戦略を活用が出来るという訳さ」

「動き出したハルバロス軍はどうするのですよ」

「それは見てのお楽しみでね」

「ここに来て無駄な茶目っ気を出してきたですよ」

「ったく,どうせいつもの通りに流されるんだから今は見てようぜ」

「まったく,イクスの言う通りですよ」

 文句を言いながらもハトリはエランと同様にしっかりと戦場の様子を見る事にした。すると動き出したハルバロス軍の右翼最前部隊が右にずれて中央に向かうにつれて中央が退がって右翼の部隊が中央の最前線と入れ替わった。まるで紙の束にもう一枚の紙を重ねるように見事な部隊運動によって,今まで戦い続けるしかなかった中央の最前線を退かせる事に成功した。だがハルバロス軍の動きはそれだけではなかった。

 中央がかなり後退すると中央の部隊は半分程になったのは負傷者の手当のする為なのは分かるが,同時に左翼の最前線に居る部隊が動き出した。そして中央の最前線に居る部隊に近づくと中央は右後ろに後退するのと同時に今度は左翼が中央の最前線へと入った。そして中央に居た右翼の最前線に居た部隊は右翼の最後方へと退がった。まるで左右に置いた紙束を中央の所へ,交互に置いては戻すように中央の最前線で戦っている部隊が入れ替わる。これこそがイブレ達が作り上げた戦略だ。

 ディアコス軍が両翼をかなり退げて中央でしか戦わないと判断したからこそ,ハルバロス側も戦力の疲労を抑える為に中央の部隊を両翼から入れ替える事で負傷者を少なくするのと同時に体力の温存に図った。ディアコス軍に両翼を広げて戦うだけの兵数が残って居ないと考えたからこその戦略と言える。けど中央でしか戦わなくなったディアコス軍に対しては有益な戦略なのは確かだ。ここで敵に会わせて全力で戦っている真似さえ出来れば明日には全力で動かせる兵が多く残るのだから。それが分かったからこそエランはイブレに向かって話し掛ける。

「これは明日に備えた布石」

「そう,こうすれば明日にはエランと一緒に中央を押し上げる兵数が増えるからね」

「それでイブレは今のディアコス軍はどう見てる」

「おそらくだろうけど,時間稼ぎだろうね。僕達が居るハルバロス側が積極的に攻めて来ないのなら,既に援軍要請を送っている援軍が到着するまでここで時間を稼ごうという算段だろうね」

「イブレが軍師らしい事を言っているですよ」

「あぁ,どうやらサボるだけの軍師じゃないみたいだぞ」

「イクスもハトリも,そろそろ勘弁してほしいな」

「しっかりと仕事をしてるみたいだから仕方ないですよ」

「しょうがねえな,これからもキッチリと仕事しろよ」

「ははっ,仕事はいつもしっかりとキッチリにしていたんだけどね」

 軽く笑いながら,そんな事を言ってくるイブレにエランは視線を戦場から話してイブレと向き合うと口を開く。

「それでイブレ,明日はどうなるの?」

 向き合うなり,そんな質問をぶつけてきたエランにイブレは微笑みを向けると優しさと戦う覚悟を掻き混ぜた雰囲気を出すと,しっかりとエランの瞳を見ながら口を開く。

「エランの考えはしっかりとケーイリオン将軍に伝えてあるよ。けど,まだエランと一緒に最前線で戦う部隊は決まってけどね。それも早いうちに決まるだろうね」

「うん,私もそう思う」

「なるほどね,エランには一緒に戦ってくれる当てがあるみたいだね」

「うん,それからイブレに聞きたい事がある」

「なんだい?」

「ディアコス軍が撤退するとなれば,イブレは何処に撤退すると思ってる」

「まず間違いなくゼレスダイト要塞だろうね」

「要塞という事はここの兵糧庫も兼ねているですよ?」

「さすがはハトリだね,その通りだよ。だからハルバロス側としては敵の兵糧庫を攻める事は出来ないし,要塞だからこそ援軍も送りやすいから撤退もしやすいという訳だね」

「それ以外の理由は?」

 エランはかなり要塞の事が気になったみたいでそんな事を言い出してきたのでイブレは話に出て来たゼレスダイト要塞について知っているだけ話し始める。

「ゼレスダイト要塞はディアコス国の国境沿いにある要塞の一つだよ。ディアコス国は見ての通りに平原地帯が広がっているからね,だから国境沿いには当然の様に要塞が幾つも建設している。そしてこのモラトスト平原から最も近いのがゼレスダイト要塞といいう訳だよ。だから兵糧や援軍を出すにもゼレスダイト要塞を預かっている将軍の一声で決める事が出来る。そして撤退した兵で戦える者を使って要塞の守備に当てる事も出来るという訳だよ。まあ,僕から言えるのはこれぐらいかな」

「分かった」

 相変わらず短い返事だけをするエランにイブレが優しく微笑むと聞き覚えがある声が聞こえて来た。

「やっぱりエランここに居た。って! その格好いい人は誰っ!」

 エランを探していたのだろう。レルーンが丘を登って来るなり,エランの隣に立っているイブレに驚きの声を上げるとレルーンは急いでエランの元へ行き,すぐさまエランの手を取ってイブレから少し離れるとエランの顔と自分の顔を近づけて小声で話し始めた。

「ねえ,エラン,エラン,こんな所であんな人と一緒なんて,もしかしてあの人はエランのいい人なの?」

「……イブレは良い人」

「やっぱりそうなのっ!」

「いやいや,レルーンの姉ちゃんよ。エランは全く意味が分かってないし,エランとはそんな関係じゃねえよ」

「へっ,そうなの?」

 改めてエランに尋ねるレルーンに,エランはレルーンの質問が何を意味しているのかと考える仕草を見せる。エランなりにレルーンの質問を理解しようと努力しているみたいだ。すると立ち上がってエラン達の所にやって来たハトリが口を挟んで来た。

「レルーンの声はこっちまで聞こえて来たですよ。それから察するにレルーンが思いっきり勘違いしている事が分かるですよ」

「えっ,でもエランはいい人って」

い人と間違えているですよ」

「そっちの意味で捉えていたのっ!」

「だから言ったじゃねえか,エランは全く意味が分かってないってな」

 イクスがそう締めくくるとレルーンは軽く笑い出して何事も無かったかのようにエランを解放すると再びエランの手を取って,今度はゆっくりとイブレの元に戻りながら口開く。

「あははっ,何か勘違いしてごめんね。けどけど,そこの人凄く格好いいよ」

「ははっ,どうもありがとう」

 レルーンの言葉を聞いて社交辞令として礼の言葉を口に出すイブレだが,レルーンの言葉に反応したのはイブレだけではなかった。

「おいおい,レルーンの姉ちゃんよ。もうちょっと男を見る目を養った方が良いぞ,イブレを見てそんな事を言うなんて見る目が無いと言っているようなもんだぞ」

「確かにイクスの言った通りですよ。イブレの何処を見たらそんな言葉が出て来るのか知りたいぐらいですよ,だからレルーンは見た目だけじゃなく垣間見える人柄も見えるようにした方が良いですよ」

「ははっ,イクスもハトリも容赦なく言ってくれるね」

「事実だからしょうがねえだろ」

「真実は曲げられないですよ」

 相変わらず言いたい放題のイクスとハトリの言葉を聞いて軽く笑うイブレを見て,レルーンも一笑いしてから会話を続けてきた。

「あははっ,その人はエラン達と仲が良いんだね。っと,まだ名乗ってなかったね。私はヒャルムリル傭兵団の副団長をしているレルーンです。エラン達と一緒によろしくお願いします」

「これはご丁寧に,ヒャルムリル傭兵団の報告は聞いているのでこちらこそよろしく。私は流れ軍師をしているイブレーシン=シャルシャという者で,今では軍師としてハルバロス軍に加わっている者です」

「イブレーシン? どっかで聞いたような気がするな~」

「それはそうですよ,イブレはスレデラーレが最後に取った弟子ですよ。そして流浪の大軍師と呼ばれる程の頭を持っているけど私達を困らせて喜んでいる変人ですよ」

「えっ! あのスレデラーレの弟子で大軍師と呼ばれてる人っ!」

「やっぱりハトリが最後に言った所だけは抜けてやがるな」

「へっ,何か言ったっけ?」

「いえいえ,何も言ってません」

「私の代わりに勝手な事を言うなですよっ!」

「あははっ,仲良しなのは分かったよ」

「仲良くねえっ!」

「仲良くないですよっ!」

 同時に同じ意味の言葉を叫ぶイクスとハトリに,イブレは満足げにレルーンは面白くてそれぞれに笑い声を上げる。その声を聞いていたエランも意味は全く理解していないが瞳の奥では楽しさの波が打ち寄せていた。場が賑やかに為った事で自然と話が変わってくるので真っ先にイクスが声を発する。

「そういやレルーンの姉ちゃんよ,俺様達を探していたみたいだけど何か用があるのか?」

「そうそう,さっき団長から決まったって聞いたからエランに話しておこうと思ってね。それでエラン達を探してたんだよ」

「何が決まったんだって聞くまでもねえか,さっきまでその事について話してたんだからな」

「へぇ~,そうだったんだ。でも念の為に言っておくと,明日は私達もエランと一緒に中央の最前線に配置される事になったから。明日は私も一緒になって戦うよ」

「そんな事だとは思っていたですよ」

「僕が聞いている報告でもヒャルムリル傭兵団はエランと共に戦功を上げたからね,ケーイリオン将軍がエランと一緒にした方が良いと判断しても不思議ではないよ」

「それに団長なりにコネがあるみたいですからね~。エランと一緒に戦えるだけでも嬉しいけど,それで一稼ぎが出来るから私としても文句なしだよ」

「そういや,あの団長様はハルバロス軍を贔屓しているって総大将様から聞いたな。そのコネには総大将様も関わっているって事か」

「まあ,私も少しはハルバロス軍の将軍を知っているからね~。多分だけど,イクスが言った通りだと思うよ」

「何にしてもですよ,これでエランと一緒に戦う最前線が決まったですよ。けどヒャルムリル傭兵団だけだと兵数が少ないですよ」

「うん,ハトリの言う通りだね。僕としても,もう一隊はエランと一緒に戦う部隊を付けたいところだね」

「だよね~,せっかくエランと一緒に戦うんだから仲良くなれる人が来てくれるとありがたいな」

「気にするところが間違っていると思うぞ」

「え~,イクス,そんな事ないよ~」

 イクスの言葉に呑気な声で反論するレルーンを見てハトリは溜息をつき,イブレは優しく微笑んだ。そして肝心なエランはというと戦場に見ていて話は聞いていたが何の反応すら示さなかったが,瞳の奥では明日の戦いに対して更なる闘志が煮え立っていた。だからエランは戦場から視線を逸らすとレルーンの方を向いて口を開く。

「レルーン,ありがとう」

 そう言って再び戦場に視線を向けるエランにレルーンは戸惑いの声を上げる。

「えっ,何っ,どうしたのエラン?」

 最後には疑問を投げかけるレルーンだが,エランはそれに答えようとしないどころか戦場を見入っているように黙って戦場を見ているとハトリが口を出す。

「エランなりの感謝ですよ,だからそんなに深く考える必要はないですよ」

「そっか~,うん,こちらこそありがとね,エラン」

「……」

 レルーンはそんな言葉を投げかけるがエランが全く反応しないので,レルーンは何事かとハトリとイブレの顔を見るが,ハトリは気にしなくて良いとばかりに首を横に振りイブレは微笑んで気にする必要はないと伝えてきたのだが,やはりレルーンには伝わらなかったようなのでイクスが代わりとばかりに声を発する。

「とりあえずレルーンの姉ちゃんよ,何かを気にしてるエランは最低限の事しか話さないからな。その他にも無口になる時があるから気にするな」

「あぁ~,そうなんだ。そういえばエランって口数が少ないよね」

「今頃になって気付いたですよ」

「あははっ,まあね。最初は見た目が可愛くて,もの凄い実力を持っているから興味を持ったんだけど,エランって知れば知る程分からない部分があるよね」

「ってか,昨日今日の付き合いで全部分かる方がどうかしてるぞ」

「昨日知り合ったばかりでエランの事を理解している方が変ですよ」

「あははっ,確かにイクスとハトリが言った通りだね。だからかな,なんかエランの事をもっと知りたいと思ったよ」

「……」

「……」

 レルーンの言葉を聞いて黙り込むイクスとハトリ。その代わりとばかりに今度はイブレがレルーンとの会話を続ける。

「まあ,エランはあんな感じだけど,一緒に居る時には仲良くしてくれたらエランも喜ぶと思うよ。まあ見た目では分からないと思うけど,そこは気にしなくても大丈夫だからね」

「えぇ,私もエランとは仲良しになりたいから大丈夫ですよ。少しの間だけでも一緒に戦うんだから気に入った相手とは仲良くしたいからね~」

「その言葉を聞いて安心したよ」

「えっと,イブレさん,でしたっけ?」

「イブレで構わないよ」

「ならイブレってエラン達のお兄さんみたいだね」

「かなり違うけど,似通っている所はあるかな」

「あははっ,そうなんだ」

「私としてはこんな兄弟は断固拒否ですよ」

「とりあえず俺様を含めるな」

 やっと言葉を出してきたら,やっぱりイブレに対しては厳しい言葉を発するイクスとハトリにレルーンは笑ってみせる。そんなレルーンを見てハトリは溜息をつき,イクスが黙り込むと話だけは聞いていたエランは瞳の奥に悲しさの影を映していた。そんなエランに気付かないままに,すっかりいつもの調子に戻ったイクスとハトリはイブレを交えてレルーンと楽しく会話をしている。すると聞き覚えがある声がエランの耳に入ってきた。

「やはりここに居たのか,エラン」

 声を聞いて振り返るエラン。そこにはメルネーポの姿があり,その隣には見覚えがある男性が立っていた。ケーイリオンと最初に謁見した時にメルネーポと一緒にケーイリオンの隣に居た男性がメルネーポと一緒にエランが居る丘へと登ってくるのだった。




 さてさて,ツイッターで予告しておりながら,すっかり更新が翌日になってしまいましたが,何とか今月中に更新する事が出来て一安心しておます。そしてツイッターの予告を見て楽しみにしてくれた方には心よりお詫び申し上げます。まあ……そんな人が居たのか分からないけどねっ!! まあ,何にしても無事に更新が出来たのでお許しくださいな。

 さてはて,実を言いますと,今回はどこまで書こうかと思いっきり悩んだんですよ。まあ,長く成り過ぎないようにと考えていたんですけどね,実際に書いていたら短く成って,それで追加でいろいろと書いていたら,すっかりいつも通りの文字数になった次第でございます。まあ,今回の話は私の作品では少しだけ短い方ですね。

 さてさて,すっかり会話だらけの話に成りましたが,ちといろいろと企みが少しだけ頭を出している話ですかね。まあ,会話の中とか,それ以外とか意外といろいろな私の企みに気付くかもしれませんね。まあ,その企みを実際に話として書くのはかなり後になりそうだけどねっ!! ってか,数年後になってそうだよ,これがっ!! と,まあ,いろいろと書いたところでそろそろ締めましょうか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。そしてこれからも気長によろしくお願いします。更に感想などもお待ちしておりますのでお気軽にお書きください。

 以上,集中力以前に気力が死んでて最終チェックが出来なかった葵嵐雪でした。

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