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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第二章 戦場の白銀妖精
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第二章 第五話

 タイケスト山脈から吹き下ろされた風がモラトスト平原を駆け抜けるとエランの髪が軽く噴き上がり,白銀色の翅と重なってエランの髪は独特な白銀色の輝きを煌めかせるとエランはイクスを軽く構え直して金属音を鳴らした。そんなエランが居るモラトスト平原にはハルバロス軍とディアコス軍の両軍とも布陣を整えて,未だに動かない戦況に兵士達は戦場ならではの緊張感に包まれていた。

 そんな中でエランはハルバロス軍の左翼,そのど真ん中よりも前に出ているのに至っていつもと同じで平然としている。肝が据わっているとはこのようなエランの事を言うのだろう。そして肝が据わっているのがエランの近くに二人居る。一人はエランの隣に居るハトリとエランの後方でヒャルムリル傭兵団を率いているカセンネだ。

 カセンネに関しては未だに動かない戦況にあくびをする程に緊張感の霧に包まれる事は決して無かった。それはエラン達も同じでエランはイクスを構えながらも身体の力を可能な限り抜いており,ハトリはすっかり暇を持て余した様に自分の髪をいじくっていた。そんな三人を除いてモラトスト平原には開戦前の緊張感が包み込んでいた。そして……月が満ちた。

「総員抜刀っ!」

 突如としてエラン達の後方から,そのような声が上がるとハルバロス正規軍は一斉につるぎを抜いてヒャルムリル傭兵団も槍を構えながらも傭兵団の一部は背中にもう一本の槍を背負っている。槍は見るからにして投擲用の槍に見えるのはカセンネなりに何かを考えた結果なのだろうから後ろを振り向いたハトリは何も言わなかった。そして剣を抜いたからには次の行動に出るのは必定,その為にエランは上半身の力を抜きながらイクスを右横に軽く構えつつ,足はしっかりと地面を踏み締めていた。そして再び後方から声が響いてくる。

「第一軍前進っ!」

 一斉にディアコス軍に向かって足を進めるハルバロス正規軍とヒャルムリル傭兵団。そしてエランも後方に居るヒャルムリル傭兵団の歩調に合わせてやや早足で前進する。そしてエラン達が居る左翼だけでは無く,中央と右翼も前進を開始した。時同じくディアコス側も第一軍を進める。

 契約で自由に動いて良いと承諾を貰っていても,たった一人で敵陣に突っ込む程のバカでは無いエランはしっかりとハルバロス正規軍とヒャルムリル傭兵団に合わせて前進する。右横に構えたイクスをしっかりと握り締めながら歩を進めるエラン,そんなエランに続くかの様にハルバロス軍左翼の第一軍が前進していく。

 エラン達の正面遠方に居るディアコス軍の右翼も前進してくるので両軍の第一軍は徐々に距離を詰めて来る。エランの瞳にも徐々にディアコス兵の姿がハッキリと見える様になってくる程にディアコス軍が迫り,迫る。こうして両軍とも前進して距離を詰めて来ると兵達にも緊張感が高まっているのをエランは背中越しに感じていた。そんな雰囲気の中でもエランは無表情のままイクスをしっかりと握り締める。

 両軍の距離が更に詰まる。まだ距離は有るもののどちらかが止まれば弓矢を仕掛けられる程に距離が詰まった時,第一軍を指揮する指揮官が声を上がるのと同時にエランが動いた。

「総員突撃準備っ!」

 いよいよ両軍がぶつかり合う為にそれぞれに剣や槍を構えた瞬間,エランは一気に左足を踏み込むとフェアリブリュームの力で跳躍力を一気に上げて前に向かって跳び出す。さすがにこのエランが起こした行動にはディアコス軍だけではなく,味方のハルバロス軍も驚いた程だが,驚いているうちにエランが一気に攻撃を仕掛ける。

 跳び出したエランは右横に構えているイクスを更に身体をひねってイクスを後ろに持って行く。そして詰まってきた両軍の真ん中に達した途端に右足に力を込めて着地をするエランは一気に魔力をイクスへと流し込む。エランから流れ込んで魔力によりイクスの刀身から多数の雷が発生するとエランは前方に進む力が消える前にイクスを一気に振り抜いた。

 イクスの剣閃が見て取れた,というよりはイクスの剣閃がそのまま残っただけではなく。剣閃は三日月型の雷撃となって放たれたので見ていた者にはイクスの剣閃が見えたと錯覚した。そしてエランはそのまま一回転して跳び出した勢いを消した頃には三日月型の雷撃がディアコス軍の最前列に斬り裂きながら食い込み,三日月型の雷撃に当たった者は斬り裂かれ,その周囲に居た者は雷撃によって瞬時に焼き尽くされて地面へと倒れ込むと三日月型の雷撃は消えた。

「全隊止まれっ!」

 奇襲とも言えるエランの攻撃を受けてディアコス軍の第一軍は足を止めた。なにしろエランの攻撃により第一軍の前列中央が一気にやられて今では地面に伏している。この状況に驚いたディアコス軍の指揮官が第一軍に停止命令を出したが,エランはここまで読んでいたからこそ前方に居るディアコス軍が一斉に止まるとエランは先程よりも跳躍力を上げると前方上空に向かって一気に跳んだ。

 前方に向かってかなりの高さにまで跳んだ事によりエランの髪が後ろになびいて広がり,そのままディアコス軍の上空を通過して真下に第一軍の最後方が見えると今度はイクスの切っ先を下に向けて,フェアリブリュームの体重変化によって一気に増加した体重が前方に進む力を消した途端に急降下を始めた。

 エランの目的はディアコス軍右翼の中央最後方に向けた攻撃,だから降下しつつもエランはイクスに魔力を注ぎ込み,イクスの刀身から先程よりも大きくて太い雷が刀身から刀身に走る。そんなイクスを地面に突き刺す様に切っ先を真下に向けながら一気に降下していくエラン。そしてイクスから数本の雷が真下に落ちると最後方に居る兵を焼きながら吹き飛ばすだけではなく,草原の草すらも焼き払った。そしてエランはイクスを地面に突き刺す様に着地する。

 次の瞬間,エランの周囲に居たディアコス兵は衝撃を受けた様に固まるとイクスから波紋状に雷撃が走り,次々と兵達は雷撃によって焼かれては地面へと倒れて行った。ディアコス軍の指揮官が気付いた時にはエランの攻撃によって中央は少しの兵だけを残して,ほとんどの兵がエランの攻撃によって倒れていた。あまりにも信じがたい光景を目にしてディアコス軍の指揮官は一時的に思考が停止するがエランはこんな好機を逃す程に甘くは無い。

 エランは一気にイクスを地面から抜き取るとそのまま左下に構えて,今度は右足に力を込めて跳び上がると一気に第一軍の最後方よりも後ろに居た馬に乗っている指揮官へと迫る。そして指揮官を右下に見える所まで跳ぶと一気にイクスを振り抜いたのと同時に天に向かって雷が昇った。そして馬と共に指揮官は地へと倒れていく。

 ここまで一気に指揮官を倒されるとは思っていなかったディアコス軍の第一軍は一気に混乱に陥った。そこにすっかり薄くなった中央を抜けてきたハトリが合流するのと同時に混乱しているディアコス軍にハルバロス軍の第一軍が一気に攻め込んできた。

「イクスが調子に乗っているのかどうかですよ」

「ハトリはどういう心配の仕方だ」

 合流するなり,そんな会話を交わすイクスとハトリ。まあ,ここまで呑気な言葉を出せるのもエランとイクスが一気に中央の兵を減らし,そのうえ指揮官まで倒してしまったからだ。そんなエラン達に合流するかの様にカセンネが両刃斧で中央に残って居る兵を斬り弾きながら進んでくるとエランに合流する。

「さすがはエランだね,最初から派手にやるじゃないかい」

「派手にした訳じゃない,効率を考えたらこうなった」

「確かに,これだけの痛手を与えればここはお終いだよ」

「うん,だから次に備える」

 エランが相変わらず短い言葉を発した後にディアコス軍の方を見ると騎兵だけで編成された。第二軍が既にエラン達に向かって来ていた。のにも構わずカセンネは呑気な声でエランに尋ねる。

「随分と飛ばしてくるね。それでエラン,どうするんだい?」

「ここの救援に来るから変わらない,向かって来た兵を全て斬り捨てる」

「ぎゃはははっ! 相変わらずのその発想は俺様は好きだぜ」

「イクスの好き嫌いはどうでも良いですよ,それにここの救援に来たのなら相手は上から攻撃をしてくるですよ。私達は大丈夫ですよ,そっちはどうなのですよ」

 カセンネの顔を見ながら,そんな言葉を発するハトリ。その言葉を聞いてカセンネは笑みを浮かべながら一回だけ右腕だけで両刃斧を宙に浮かせて左手で受け止めると口を開く。

「乗ったっ! 面白いじゃないかい,あたし達もここで第二軍を迎え撃つよ」

 カセンネはそうエラン達に告げると今度は背を向けて未だに戦っているヒャルムリル傭兵団に向かって大声を出す。

「皆よく聞きなっ! 今日は勝ち戦だっ! 正規軍より戦功を上げるよっ!」

『はいっ!』

 檄を飛ばしたカセンネは再び振り向き,こちらに向かってくるディアコス軍の第二軍に備える為に両刃斧を右肩に担ぐ様に構える。そしてエランはイクスを左上に構えながら歩き出し,最前線に立つ。そんなエランの後ろにハトリとカセンネが間を開けて陣取っていると遂に第二軍が突撃してくる。

 エランは真上に跳ぶと突っ込んで来る騎兵よりも上を確保する。そして体重変化によって浮力を得ているとディアコス軍の第二軍が突撃してくる。エランが跳び上がったところはしっかりと見られているので第二軍の先陣はエランに向かって手にした槍を突き出してきた。

 イクスを振り抜いて先頭の騎兵を斬り伏せると雷撃が地面に落ちる。エランはそのままの勢いで一回転して他の槍を避ける。そして次の騎兵を斬り伏せて雷撃が天を衝くと今度は駆けている馬の尻に一瞬だけ着地して,再び跳び上がって別の騎兵に斬り掛かるエラン。遠くから見ればさながら宙を舞う舞姫に雷の演出が加わったと言ったところだろう。だがエランが動く度に馬にまたがった兵が次々と倒されて雷撃によって馬は焼かれると,すっかり突撃の勢いをなくしていく第二軍は第一軍と合流して中央を突破された事により両側の援護に入る。

 馬上よりも上から攻撃をしてくるエランに対してカセンネはエランとは反対側の左側に寄ると相手が馬上であろうとも的確に両刃斧を振り抜いて,馬にまたがっている兵だけを確実に斬り弾いていく。そんなカセンネと共にマジックシールドで馬上から兵を落としつつ髪を自在に操り,マジックシールドを貫いて硬化させた髪で的確に敵兵を貫くハトリ。この三人の活躍もあり,騎兵の特徴とも言える突破力はすっかり削ぎ落とされて今では馬を走らせる事が出来ずに馬上から槍を突き出してくるだけになっていた。

 ディアコス軍の第二軍としてはこのまま第一軍の中央を突っ切って,騎兵の突撃力を殺さないまま再突撃と一撃離脱の戦術を取りたかったのだが,エランによって最前列の騎兵が馬ごとやられていた為に味方の骸や死骸となった馬が邪魔に成り,すっかり突破力を削ぎ落とされてしまった。だが馬上からの攻撃は有利なのは変わらない,やはり上からの攻撃は下に居る者にとっては戦い辛いのは確かだ。まあ,ハトリやカセンネを除いてだが。そしてそれ以上にディアコス軍として厄介だったのはエランだ。

 なにしろ馬上から下を攻撃する訓練を積んでても馬上の更に上から来る攻撃に対して対処する訓練は普通ならしないからだ。そのうえイクスが放つ雷撃によって第二軍の兵は防御をする為に槍を横にしてもイクスによって斬り裂かれ,そこに大きな雷が落ちた様な雷撃さえも加わって来るモノだから対処どころか手の付けようがない。だからすっかり苦戦している第二軍を目の当たりにしたディアコス軍は第三軍を投入していた。

 今度は歩兵と騎兵の混合部隊だ。エランだけでも厄介なのにハトリとカセンネが騎兵を相手に平然と奮闘しているので歩兵と騎兵を混ぜた。そのうえ上手く行けば生き残っている騎兵と合流して一度離脱して再突撃による戦術を取れるからだ。だが,このような考えで簡単に騎兵達を合流させる程にエランは甘くない。

 迫って来た第三軍を最前線で見ていたエランは一度,ハトリとカセンネと攻め上がっていたヒャルムリル傭兵団と合流するとハトリ達に向かって口を開く。

「次が来る,騎兵は私がやるから歩兵をお願い」

「はいですよ」

「了解,任せときな」

 ハトリとカセンネもエランよりは退がっているが最前列で戦っている事には変わりないので迫って来る第三軍が見えていても不思議ではない。そして歩兵を前に第三軍がエラン達の戦っている地点へと到着すると歩兵がすぐに斬り込んできたのでエランは宙高くへと舞い上がる。そして前列に居る歩兵を全て無視して後方の騎兵へと斬り込んで行く。

 上空から一気に仕掛けるエラン。右上に構えたイクスを一気に振り抜くと馬に雷が落ちて毛と肉が焼ける臭いと一緒に血の臭いが漂う。倒れ逝く馬を足場にしてエランはイクスを左下に馬を蹴ると,先程斬り伏せた騎兵の右後ろに居る騎兵に向かって跳び上がる。

 今度は下から上に向かってイクスを振り抜き,雷撃が天を衝くとエランは勢いのままに一回転して更に上昇する。再びイクスを右上に構えると左横に居る騎兵へと狙いを定めると一気にイクスを振り抜き馬にまたがっている兵を斬り弾くと馬に雷撃を落とす。そして一回転して体勢を立て直すと再び倒れて行く馬を足場にして,更に左に敵に狙いを定めると馬を蹴って跳び出し再び敵兵と馬を斬り裂き,雷撃を落として地に向かって倒れさせる。

 このようにエランが騎兵を相手に奮闘どころか圧倒していると後方に居るカセンネも両刃斧を軽々と振り抜いて敵を斬り弾き,ハトリの髪によって貫かれては倒れて行く。ヒャルムリル傭兵団の団員達も複数人で陣形を組みながら攻撃を防ぎ,槍で貫いては敵を倒していく。この頃にはハルバロス軍も第二陣を投入しており,重装装備のハルバロス正規軍がかなり押し上がっており第一軍のハルバロス正規軍はヒャルムリル傭兵団より少し後ろで他の歩兵達と斬り合っている。とはいえさすがは重装装備のハルバロス正規軍だけあって未だに重傷者が出ていないのは流石というべきだ。

 後方でもかなりの奮戦している事が後押しして上空に居るエランの瞳にディアコス軍から第四軍が送り込まれてきているのを瞳に映す。第四軍も騎兵だけで編成されており,突撃は出来なくても上を取って戦況を有利にしようという算段だ。だがエランはしっかりと気付いていた。この段階でディアコス軍は致命的な失態を犯していた事に。だからこそエランは一旦退がってハトリ達と合流するとエランは真っ先に口を開く。

「ハトリ,カセンネ,ディアコス軍が次の部隊を投入してきた」

「おや,もう次が来るのかい」

「こちらの有利はそこじゃない」

「エランの言う通りですよ」

 カセンネの言葉を聞いてエランとハトリが別の言葉で返すとカセンネにも何となくだが察しが付いた。だからこそ目を細めてからカセンネはエランに向かって口を開く。

「なるほどね,これだけの戦力を投入したからには予備戦力は無いだろうね。つまり,ここで迎え撃って全滅させれば釣れるし。なにより流れが一気にハルバロス側へと変わる訳だね」

「うん,そういう事」

 今度はカセンネの言葉を肯定するかの様にエランは短い言葉を発する。そして今までの会話を聞いていたイクスが声を発してくる。

「さて,それじゃあ一気に片付けようぜ。なにしろ敵さんは俺様達に斬られる為に向かって来てるんだからな,一気に片付けて本命を釣り上げるとするかっ!」

「うん」

 まるでエランの意気込みを代弁するかの様にイクスが言葉を放つとエランは短く返事をする。それからエランは迫って来る第四軍を目にするとイクスに向かって短く言葉を放つ。

「イクス,行くよ」

「おうよっ!」

 気合いを入れ直すかの様にイクスが大声を上げるとエランは再び宙へと舞い上がるとこちらに突撃をしてくる第四軍を瞳に映す。混戦状態の戦場に突撃をしても無意味と言って良い程に効果は無いが,最前線に居る敵に大打撃を加える事は出来るだろう。最もそれはエランが居なければの話だ。だからこそエランは迫り来る第四軍に向けて動き出す。

 宙に舞い上がったエランはイクスを右横よりも少し上に構えるとイクスに魔力を注ぎ込むのと同時に最前線よりも前に出ていた。そしてイクスの刀身から無人の草原に幾つかの雷が落ちるとイクスの刀身に雷が走る。その頃には第四軍がかなり迫って来たのでエランは迫って来た第四軍の中央最前列に狙いを絞ると,身体を捻り一回転すると自然とイクスが横よりも後ろに来るので,エランは回転の勢いを活かして一気にイクスを振り抜く。

 上空にあるイクスから三日月型の雷撃が放たれるとエランが狙った通りに第四軍の中央最前列に居た騎兵を全て斬り裂くと,三日月型の雷撃はそのまま地面へと突き刺す様に止まり残っている雷撃が放たれた勢いのまま中央の後列に向かって一気に雷撃を放出する。この攻撃により第四軍の中央は一気に全滅する事になった。この事に驚かないのはハルバロス軍の左翼だけで,すっかりエランの実力を目の当たりにした所為で慣れたのでこの程度では驚かずに各自戦うべき相手と戦っている。そして中央が全滅した事によりすっかり勢いを無くした第四軍が最前線へ到達するとエランが一気に攻勢に出る。

 地上に舞い降りたエランは中央が全滅した事により集結をしている第四軍を前にして,両手で握っているイクスの柄に出来ている雷撃の球体から極小の雷が走る。エランはそんなイクスを左下に構えると集結が終わっていない第四軍に向かって一気に前に向かって跳び出す。

 第四軍の最前列は既に隊列を整えているのでエランはまず最前列へと斬り掛かる。既に狙いを定めた一騎の武器を持っていない左横に着地するとイクスを一気に振り上げて馬上の兵を斬り裂くのと同時に雷が天を衝く。それからエランはイクスを振り上げた勢いのままに上昇して一回転すると次の狙いを右隣の兵に定めており,身体を下に向けてイクスを天に向けると既に狙った兵の上空を取っているエランは身体を捻りながら一気にイクスを振り抜いた。

 イクスに斬られた兵が血飛沫を上げた途端に雷が馬に落ちる。舞い上がった血すらも焼き払った雷が瞬時に消えるとエランは倒れ逝く馬を蹴って後方に高く一回転すると倒した兵を飛び越えて手近な兵に狙いを定めると,エランは身体を横に捻り身体を半回転させて右後ろにあるイクスが刀身に雷を走らせる。一気に二騎も倒した事で次にエランが狙った敵は自分の番だと分からないままに,エランは一気に騎乗の兵を斬り裂きイクスは雷撃を落とす。

 突如として現れた上空から攻撃をしてくる相手にディアコス軍の第四軍も為す術を見いだす事が出来ずに次々とエラン達に斬り伏せられて行く。そして第四軍が投入する前に指揮官に伝令が届いていた。だからか第四軍の指揮官がディアコス軍の左翼全員に向かって号令を出す。

「撤退だっ! 右翼は総員撤退しろっ!」

 それだけ告げると真っ先に逃げ出す指揮官,そんな指揮官を見て我先にと次々にディアコス軍の右翼に居た兵は撤退どころか逃げ出していく。中には武器が邪魔だと言わんばかりに手にしている武器をうち捨てて逃げる兵も居た程だ。そんなディアコス軍に対してハルバロス軍側の指揮官が号令を出す。

「追撃禁止っ! 追撃はするなっ! 今は負傷者を下げて隊列を整えよっ!」

 逃げるディアコス兵を追わない様に号令を出すハルバロス軍。まあ,その理由はエラン達とヒャルムリル傭兵団団員にはしっかりと分かっていたが,ハルバロス正規軍にも前もって命令が出ていたのだろう,ハルバロス正規軍からも逃げるディアコス軍を追う気配は全く無かった。だからこそエランは逃げるディアコス兵を両脇に見ながらゆっくりと歩きハトリ達と合流する。その頃ハルバロス軍の中央とディアコス軍の中央はぶつかり合っていたが,そんな両軍の中をハルバロス軍だけに痛手を与えながら我が物顔で馬を走らせる一団があった。



 遊走騎馬隊を率いているスフィルファ=ロッサは的確に前に出ようとするハルバロス軍の横を突いて撤退へと追いやっていた。そんな戦場の中でスフィルファは大軍がひしめく中である光景をしっかりと目に留めていた。その為にスフィルファは遊走騎馬隊に命令を出す。

「遊走騎馬隊っ! このまま中央を突っ切り右翼側に出るぞっ!」

『はっ!』

 スフィルファの命令を聞いて一斉に返事をする遊走騎馬隊の隊員達。その中で副長を務めている者が馬をスフィルファに寄せると口を開いてきた。

「隊長,どうしました?」

 いきなり質問をしてくる副長。まあ副長だから隊長であるスフィルファの考えを知っておかなければ成らないという義務感と責務があったからこそ,いきなりそんな質問をし,スフィルファも副長を咎める事無く質問に答える。

「右翼が大きく撤退している。まだ今日の戦は始まったばかりだというのに動きが速すぎるぞ,何が有ったかは分からんが右翼の救援に向かうべきだろう。幸いか罠か分からないがハルバロス軍が動かないうちにな」

 スフィルファの言葉を聞いてやっと副長も前方の遠く,ディアコス軍の右翼とハルバロス軍の左翼がぶつかり合っている所に目を向けると確かにディアコス国の旗が大きく退がっており,ハルバロス帝国の旗は動かずにいた。

 遠く,しかもディアコス軍とハルバロス軍がぶつかり合っている中央では詳しい事が分からないからには行ってみるのが一番手っ取り早いのは確かだが,スフィルファが言った通りにハルバロス軍が何かしらの罠を張っている事も考えられるからには慎重になるべき場面だが,味方の窮地ならば急行した方が良いのは確実。例え罠だとして少数精鋭の遊走騎馬隊なら被害は少ないうえ,罠に掛かる前に脱する事も出来る。その様な考えが有ったからこそ副長は形式としてスフィルファに尋ねる。

「罠だとしたらどうします?」

 その言葉を聞いてスフィルファは笑みを浮かべると見るかに楽しげな雰囲気を出しながら答えてくる。

「罠だとしたら網を広げる前に打ち破るか,網を破って後退する。もしくは右翼を撤退にまで追い込んだ者が居たのだとしたら,これ以上の楽しみはない」

「一騎打ちならばくれぐれも慎重に」

「分かっている,だが最近はハルバロス軍に私との一騎打ちを申し出る程の強者とは出会っていないからな。私としては楽しませてくれる事を願うばかりだ」

「口うるさく聞こえましょうが相手をしっかりと見極めてからにしてください」

「分かっている,それにお前が口うるさく言ってくれるおかげで私は慎重かつ迅速に対処が出来ている事も理解している」

「そこまで仰るのならしっかりと自分を律してください」

「分かっているが久方ぶりに私の一騎打ちを受ける者が出るのならばやるつもりだ」

 そんなスフィルファの言葉を聞いて副長は大きく息を吐くとスフィルファは心配は無いとばかりに笑うのだった。



 エランはディアコス軍が撤退した事により,追撃禁止命令も出ているのでカセンネが命令を飛ばして隊列を整えているヒャルムリル傭兵団を背にしてイクスを右肩に預ける様に立っているとハトリが口を開いてきた。

「これで釣れたですよ?」

「たぶん来ると思う,それを見越しての撤退命令だと思うから」

 ハトリの問い掛けにエランがそう答えるとイクスが会話に入ってきた。

「まっ,すぐにディアコス軍の右翼が動く事は無いだろうな。なにしろ俺様達でかなり徹底的にやっておいたからな」

「はいはい,イクスがわざわざ自慢話をしなくてもしっかりと見てたですよ」

「自慢話じゃねえよ」

「それでエラン,釣れたらどうするですよ」

「俺様を無視して話を進めるな」

「一騎打ちを申し込んでくるだろうから受ける」

「エラン,お前もかっ!」

 まるで裏切られた様な声を出すイクスにハトリが大笑いしているとエランがイクスの柄を優しく撫でながら口を開く。

「イクス,冗談」

「エランの冗談は分かり辛いから本当に止めてくれ」

「分かった,考えとく」

「だから,それが分かり辛いってんだよ」

 更に笑うハトリにイクスは拗ねた様に舌打ちの様な声を出すとエランは瞳の奥で楽しげな微笑みを羽ばたかせていた。そんなエラン達の元へ指示を出し終えたカセンネがやって来て口を開く。

「戦いの最中なのに随分と賑やかだね」

「今だけ,力を無駄に入れるのは体力の無駄遣いと言ったのはカセンネ」

 エランがそう返すとカセンネは確かにと言わんばかりに一笑いすると,やっと本題となる話を切り出してきた。

「それでエラン,釣れたかい?」

「多分だけど釣れた。ここで撤退をしたからにはディアコス軍としては右翼に増援を送って右翼を立て直すしか無い,その間にハルバロス軍に攻められては立て直しも上手くは行かない。だから命令を出さなくても救援に駆け付ける」

「なるほどね,ならあたし達も少しは手伝うとするかね」

 カセンネはそう言うと振り返って左手を斜め前に出すとそのまま後ろに動かした。するとヒャルムリル傭兵団の一隊が動き出し,エラン達の右隣に整列した。整列したヒャルムリル傭兵団の一隊は両隣にかなりの間隔を開けて,空けた場所に後ろの団員が入り縦三列になって整列している。そして背中には今まで使っていた槍を背負い,手には今まで背負っていた槍を手にしていた。この光景を見てエランはカセンネに尋ねる。

「カセンネ,これは?」

「言っただろ,手伝うってね。とは言っても,どこまで通用するか分かったもんじゃないけどね」

「まっ,ここで気持ちだけってよりも良いんじゃねえか」

 最後にイクスがそんな事を言うとハトリは溜息を付き,カセンネは豪快に一笑いすると再び口を開いてきた。

「確かにイクスの言った通りだね。あたしらとしても少しはエランを手伝ったという事を示さないとね」

「けど……これだけじゃないよね」

「流石はエラン,と言っておこうかね」

「随分ともったい付けるですよ」

「まあ,あたしらもエランの活躍が見たいからね。それにエランが活躍してくれないと乗った意味が無いからね」

「抜け目が無いのか,チャッカリしてるのか分かったもんじゃねえな。まあ,慣れてきた俺様が言うのはなんだけどな」

「はははっ! 慣れてきたのならあたしから言う事は何も無いね」

「はいはいですよ,その辺にして少しは警戒したらどうですよ」

「今は大丈夫,まだ来ていない」

「エランがそれを言うですよ」

 ハトリとしてはイクスとカセンネに少しは緊張感を持てと言いたかったようだが,エランがしっかりと警戒している事を告げてきたのでハトリはエランに文句を言うしかなかった。まあ,この辺の空気を読まない所はエランらしいと言えばらしい。そんなエランがイクスに向かって口を開く。

「イクス,ディアコス軍の右翼が動かないのは確かみたいだから,今のうちに準備をする」

「あいよ」

 エランの言葉に短く返事をするイクス。そしてイクスの返事を聞いたエランはイクスを右肩から下ろしてイクスを握っている右手を伸ばすとエランはイクスに向かって口を開く。

「イクス,ブレイクスレッドホース」

「おうよっ!」

 エランが剣の名前を口にしてイクスが威勢の良い声で返事をした途端,エランの右手とイクスの柄を包み込む様に発生していた雷撃の球体が弾ける様に消えると,今度はイクスが白銀色の魔力が生み出す白銀色の蜃気楼みたいな空気に包まれるとイクスの刀身が光に包まれる。すると光に包まれているイクスの刀身が徐々に形を変えていく,より長く,より身幅が広くなって行く。それと同時にエランが握っているイクスの柄も光に包まれて徐々に太く,そして丸くなっていく。その為にイクスの柄を握っているエランの右手が形を変えるが大きく成っていくイクスを軽々と持っている事には変わりない。そしてイクスの刀身がいつもより少し長くなり,身幅はかなり広くなって元々は少し反っていたイクスの刀身が真っ直ぐになる。すると次の瞬間にはイクスを包んでいる光が弾け飛ぶとイクスの新たなる剣に変貌した姿を現す。

 先程までの原形を留める事無く変貌したイクスは刃長だけでもエランよりも長く,身幅,つまりは刀身の横幅もかなり伸びてイクスを地面に突き刺せばエランの身体が隠れる程に広くなっている。片刃なのは変わりないがそれでも巨大と言った方が的確なイクスをエランは右手で軽々と持っているのだから,流石のカセンネも驚いているが次の瞬間には冷静さを取り戻して口を開く。

「なかなか凄いじゃないか」

「おいおいカセンネの団長様よ,見た目だけで俺様の力を見抜けると思ってんなら大間違いだぜ」

「確かに,なら昨日も言った通りに特等席でしっかりと見物させてもらうよ」

「そこは手伝うとは言わないのですよ」

「エランが戦っている最中に手を出す方が邪魔だろうね」

「ハッキリと言い切ったですよ,でも間違いでは無いですよ」

「はははっ,そいつは良かった。少しは手伝うけど白銀妖精とまで呼ばれたエランの実力,楽しみにしてるよ」

「おうよっ! 特等席でしっかりと俺様達の勇姿を目にしやがれ」

「またイクスが調子に乗り始めたですよ」

 またしても緊張感とは無縁の空気が広がるとエランの周囲は賑やかに為ったが,当のエランは会話には参加していないのはしっかりと戦況を見極めようとしているからだろう。何にしてもエラン達の準備が終わった頃,ディアコス軍の本陣では……。



 ディアコス軍の本陣,その一番奥の天幕にはディアコス軍の将達が集まってそれぞれに難しい顔をしていた。そんな天幕に一人の兵が儀礼の挨拶と共に入って来ると一番奥に座っている者の前で膝を付いてから口を開く。

「右翼の撤退を終了しました。犠牲と負傷者は多く,戦える者はほとんど残ってはおりません。幸いな事にハルバロス軍からの追撃が無かったので戦死した兵は少ないですが,負傷者はかなりの数に成りますけど薬が足らず,このままでは犠牲が増えると衛生兵が申しておりました」

 口早に報告をする兵に一番奥に座っているディアコス軍の総大将,カンド=サトワサは閉じていた目を開くと報告をした兵に向けて言葉を発する。

「ご苦労,負傷者は迅速に下げて治療に専念させろ。その代わりに全ての予備兵力を右翼に回す,その方は後方の兵を右翼に集まる様に各部隊の隊長に伝えて回れ。これは厳命だという事を忘れるな,これで以上だ」

「はっ,では失礼致します」

 カンドの命令をしっかりと聞いて伝令の兵は天幕を後にすると同席にしていた将の一人がカンドに向かって口を開く。

「カンド将軍,それだけで良いのですか。ハルバロス軍は軍列を整え次第,右翼に攻撃を仕掛けてきますぞ」

「分かっている。誰か居るかっ!」

 カンドは大声を出して外に居る兵を呼び付けると,すぐに一人の兵が天幕内に入ってくるとカンドの前で膝を付いて頭を垂らす。カンドはその兵に向かって口を開く。

「スフィルファが何処に居るか,戦っている所在は分かるか?」

 カンドがその様な質問をぶつけるとあらかじめスフィルファの動向を監視していた訳ではないが,どこで戦っているのかをしっかりと確かめていたので兵はしっかりとカンドの質問に答える。

「はっ,今は中央におりますが右翼が撤退するのを確認したようで,遊走騎馬隊は撤退した右翼の救援に向かっているようです」

「流石はスフィルファと言った所だな,私が命令を出す前に動いている。このままスフィルファに任せとおけば,ハルバロス軍が攻め入る前に右翼を立て直す事が出来るだろう。成ればこちらが打つ手は一つ,ここに居る各将は後方の予備兵を従えて右翼へと迎え,早急に右翼の立て直しハルバロス軍の攻撃に備えよ,良いなっ!」

『はっ』

 カンドが命令を下すと真っ先に報告をした兵が天幕から出て行くと,カンドの元へ集まっていた各部隊の将軍達もカンドの命令を聞いて各々の武器を手にして天幕から出て行く。そして一人残ったカンドは思考に耽る。

 昨日までは互角に戦っていたのに今日に成って一気に右翼を崩すとは,これもケーイリオンの奴めの企みか。だがどうやって,こんなにも早く右翼を崩す事が出来た? 昨日と今日では何かが違うはず,それは何だ……まあ,良いだろう。このままスフィルファに任せておけば情報も持ち帰ってくるはずだ。一つ確実な事はこちらには兵力に余力が無くなったという事だけか,今のうちに拠点から兵力を出して貰うとするか。

 そんな結論に達したカンドは座っていた椅子から離れて天幕の隅に置いてあった机の前に座すると何かを書き出す。そしてそれが書き終わると再び大声を出す。

「誰かここへっ!」

 先程とは別の兵が天幕内に入ってくると先程の兵と同じくカンド前で膝を付いて頭を垂らすと口を開く。

「何か御用でしょうか?」

「うむ,其方にはこれを持って後方の要塞に向かって貰いたい」

「手紙ですか?」

「あぁ,救援要請だ。今のうちに兵力を増しておいた方が良いのでな,早馬を使って早急にこの手紙を届けてくれ」

「はっ,承知しました」

 兵はそう返事をすると両手を差し出しカンドから手紙を受け取り,そのまま鎧の下に有る懐に丁重にしまうとカンドに一礼をして天幕から出て行く。兵を見送ったカンドは再び思考に耽る。

 一先ずは手を打った,問題は現状の兵力で何処まで持ちこたえる事が出来るかだな。いざとなれば総力戦と成ろう……だが,なんだ,この違和感は。まるで戦場では思いも寄らない化け物が出現したような感じがする。その様な事が有り得ようも無い事は充分に承知しているが,この違和感が消える事は無い。ケーイリオンめ,何を企んでいる,もしくは何かをしたのか。……何にしても右翼が戦力を送る前に撤退させなかったのは私の落ち度,この失態は増援が来たら数倍にして返してやるだけの事だ。

 戦場から伝わる空気にその様な事を考えるカンド総大将。未だに白銀妖精と呼ばれるエランの存在は知らないものの,戦場から伝わってくる空気がカンドにスレデラーズを持つエランの存在を教えていたがエランの参戦を知らないカンドとしては。未知なるモノとの遭遇をしたとも言える違和感を感じながら大幅に兵を失った右翼をどうしたものかと,そちらを考える事に専念する事にした。



 ハルバロス軍の左翼では未だに待機命令が出ており,エランもスフィルファの到来を待ち構えていた。それはエランの右に布陣しているヒャルムリル傭兵団の一隊も同じで有り,未だに動かない戦況がハルバロス正規軍だけではなくヒャルムリル傭兵団にも緊張感を与えていた。そんな中でエランだけは巨大に成ったイクスを右肩に担ぐように持ちながらのんびりとしていた。だからかすっかり暇を持て余したイクスが声を発してくる。

「随分と待たせやがるな」

「それだけハルバロス軍の中央が奮闘している事だと思う」

「まあですよ,味方の奮戦が有るからこそ私達は充分に英気を養いスフィルファを待ち構える事が出来るですよ」

「あ~,はいはい,それだけ味方のハルバロス正規軍が頼りになるって事だな」

「イクス」

「今度のお仕置きは何なのか楽しみですよ」

「ちょっと愚痴っただけで物騒な事を言い出すなっ!」

「私はイクスが余計な事を言わなければ充分」

「いや,エラン,分かってるから,それぐらいは俺様でも分かってるから」

「うん,知ってる」

「だから分かり辛いし,止めてくれって」

「考えた結果,こうなった」

「何も変わってねえよっ!」

 エランの言葉に思わず大声を出すイクス。イクス自体が巨大になったからと言ってイクスの声量まで大きくなった訳ではないのでエラン達の会話はしっかりとヒャルムリル傭兵団の所にまで届いていたので,団員の中にはすっかり緊張感が解けてエラン達の会話を聞いて笑い声を上げる者まで居た。そしてそれはカセンネも例外ではなかった。カセンネも緊張感が溶けるように豪快な笑い声を上げて一笑いするとエラン達の会話に混ざってきた。

「あんたらもこんな時だってのに変わらないね」

「気負ってても仕方ないから」

 カセンネの言葉を聞いてエランは相変わらず短い言葉で返すとカセンネは納得したように一度だけ頷くと会話を続ける。

「まあ,あんたらのおかげでこちらも適度に力が抜けたからね,そこは感謝しとくよ」

「そいつはどうも,それもこれも俺様のおかげだな」

「またイクスが調子に乗ってきたですよ,褒めすぎ注意と書いて張っておいた方が良いですよ」

「俺様は何かの輸送品か」

「そうならないのが残念ですよ」

「この,おわっ!」

 イクスが何かを言い掛けた途端,エランが右肩から地面に向けてイクスを振り下ろしたのでイクスが驚いた声を上げるとエランは右側を見ながら口を開く。

「来た」

 エランの言葉を聞いてカセンネとヒャルムリル傭兵団に再び緊張感が走ると,ハトリは未だに緊張とは無縁で,エラン達の右側に三列の隊列を成しているヒャルムリル傭兵団の隙間から遠くを見ると確かにエラン達に向かって来る赤い装備だけの騎馬隊が土煙を上げながら駆けてくる姿を目にする。騎馬隊は見ただけで少数で赤い装備で整えてあるから,あれが標的の遊走騎馬隊だという事は誰かが言わずとも分かった。するとカセンネが右側に隊列を成している一隊に向かって声を上げる。

「投擲隊っ! 構えなっ!」

 カセンネの言葉を聞いてエランと同様に突出しているヒャルムリル傭兵団は槍を投げるような体勢を取る。するとカセンネが投擲隊と呼んだ一隊のすぐ後ろに付くと,エランは逆に投擲隊と離れるように距離を取る。そしてエランがある程度だけ離れると目測ながらもしっかりと距離を測ったカセンネが大声を上げる。

「放てっ」

 カセンネの言葉を合図に投擲隊が一斉にこちらに向かってくる遊走騎馬隊に向かって投擲用の槍を投げる。かなりの数の槍が遊走騎馬隊に向かって飛んで行く。

 遊走騎馬隊を指揮しているスフィルファからもヒャルムリル傭兵団が投げた槍をしっかりと見る事が出来たのですぐさま命令を出す。

「全隊右走回避っ!」

 スフィルファの号令で遊走騎馬隊は一斉に進路を右に向けて,飛んで来る槍を回避しようとする。それでもかなり引き付けてから槍を投げたモノだから幾つかが遊走騎馬隊の隊員に突き刺さり落馬する。そこまでしっかり見ていたスフィルファがすぐに声を上げる。

「全隊進路を戻せっ! それと何騎程やられたっ?!」

「二騎程度です」

 スフィルファの号令と質問が入り交じった言葉を聞いていた副長が被害報告すると再びスフィルファが号令を出す。

「このまま突出している部隊に突撃するぞっ! それが挨拶代わりだっ!」

『はっ』

 スフィルファの命令を聞いて遊走騎馬隊の全員が一斉に返事をするとヒャルムリル傭兵団の投擲隊に向かって突撃を開始するのと同じくしてカセンネが投擲隊に向かって次の命令を出していた。

「投擲隊は退がりなっ! 後は任せたよ,エラン」

 そう言って速やかにカセンネは投擲隊を率いて味方が整列している所に投擲隊を引っ込ませるとエランだけが遊走騎馬隊の前に立ちはだかった。その報告は副長を通してスフィルファへと伝えられる。

「隊長っ! 突出していた部隊は交代しましたが代わりに一人の兵がバカでかい剣を持って待ち構えておりますっ!」

「挑発か,実力を持っているのか,それともただのバカかどれにせよこのまま進めば分かるだろう。全隊,このままその兵に突撃して粉砕しろっ!」

『はっ』

 遊走騎馬隊は速度を緩める事無く,エランへと突っ込んで行く。そんなエランをハトリはカセンネと共に見ている。ハトリでなくても,この状況でエランの側に居る事は邪魔でしかないという事は分かる。そしてエランは突撃してくる遊走騎馬隊に対してイクスを右下に構えるとそのまま動かずに遊走騎馬隊が突撃してくるのを待っている。エランに言わせればこれが迎撃態勢という事だ。そして遊走騎馬隊の右側がエランに向かって突撃槍を突き出した瞬間。

 エランは一気にイクスを振り上げて最初の一騎を馬ごと斬り裂くとそのまま宙に舞い上がり一回転すると,回転の勢いをそのままに半回転して次の騎兵にイクスを振り下ろすとイクスの刃は騎兵と馬を通り抜けて,エランはそのまま回転を続けて続け様にイクスを振り続ける。そしてエランと遊走騎馬隊が交差するとエランが地に足を付けるのと同じく遊走騎馬隊の騎兵と馬が血飛沫を上げながら少しだけ馬は駆けると地面へと倒れて行った。

 流石にこれは驚いたスフィルファはすぐに声を上げる。

「何騎やられた?」

「おそらく十五騎程度かと」

 流石に数が多くて瞬時には数えられないので推定数をスフィルファに告げると,スフィルファは笑みを浮かべて次の号令を出す。

「全隊右舷に大きく回って味方の右翼中央より前に出た場所で停止しろっ!」

『はっ』

 遊走騎馬隊の兵達が返事をすると遊走騎馬隊は右回りに大きく回って,スフィルファの命令通に撤退した右翼中央をかなり後ろにした地点で停止すると,今度は馬を回して全機をエランの方,つまりハルバロス側へと向けた。

 ここまではエランの予想通なのでカセンネを含めたヒャルムリル傭兵団は全く動じていないが,ハルバロス正規軍には緊張感が走っていた。そんな中でエランは巨大な剣と成ったイクスを右肩に担ぐように持ちながら更に前に出ると,遊走騎馬隊が二つに割れて道を作る。

 その道を真っ赤な鎧を身に纏い,兜も真っ赤に染め上げて赤毛の装飾をなびかせながら馬具にも赤く染めており,赤毛の馬に乗った騎兵が一人,堂々たる態度で悠然と進み出る。その騎兵はタイケスト山脈から振り下ろされた風が兜の赤毛と馬のたてがみをなびかせて,風が赤く染まったかのように見える程の存在感を出していた。

 そんな騎兵と対峙するかのようにエランの髪も白銀色の輝きを散りばめさせながらなびく。すると騎兵がハルバロス軍に向かって大声を上げてきた。

「私はディアコス軍,遊走騎馬隊隊長のスフィルファ=ロッサだっ! これよりハルバロス軍に一騎打ちを申し込むっ! 誰か受ける者は居るかっ!」

 イブレが言った通りにエランがディアコス軍の右翼に大打撃を与えた事と先程の交差でかなりの数を斬った事により,スフィルファが最も得意としている一騎打ちを申し出たのだからエランとしても予測の範囲内だ。だからこそエランは更に前に進み出ると大きく息を吸って珍しく大声を出す準備する。そしてエランが大声を出す。

「受けたっ!」

 それだけ言って更に前に出たエランはすっかり似つかわしくなったイクスを右肩に預けるように進み出るとスフィルファも馬を進めてくる。両方とも鋭い目で視線を交差させながら歩みを進めるのだった。




 さてさて,この白銀妖精を書き始めてから一年が経ちましたよ。ってか,一周年ですよ,これが。まあ,あまり反響というか手応えがほとんど無いので私一人が浮かれているように思えるのは気のせいだと思い込む事にしておきましょう。さ,寂しくなんてないんだからね。

 はい,ちとツンデレをやったところで一周年を祝って……何もしません。ってか,一周年という事は各話の横に更新した日付が有るので最初っから分かっている事ですからね~。それに,やっぱり更新が遅いのか,話数が少ない所為なのか,全くもって反響が無いですからね。私としてもどうしようもないですよ,これが。

 さてはて,自虐的な発言はこの辺で止めにして素直に一周年を祝いましょうか。そんな訳でここまで気長にお付き合いしてくださった方には心から感謝を申し上げます。そして,これからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。それでは,かんぱ~い……何に? もちろん一周年に,そしていつまで続くか分からない白銀妖精のプリエールに,そしてっ! 作者こと私に……は要らないです。

 さてさて,一周年という事で少しは先の事を書いておきますか。まあ,このまま反響が無いようなら以前にも告知した通りに第三章で打ち切りますっ! まあ,引き際は大事だよね~って事で。ちなみにそれなりに反響が出たら当然続けて書きます。私の頭では第五章ぐらいまで出来てますから。もうこのまま書き続ければ何章ぐらいまで行くのか分からないぐらい,頭の中ではいろいろと出来てますから,それなりに反響が出たのなら幾らでもやって行こうと思っております。さてはて,いろいろと書いた事ですし,そろそろ締めますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 以上,安かったという理由で積みゲーに成りそうなゲームを勢いだけで買ってしまった葵嵐雪でした。

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