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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第二章 戦場の白銀妖精
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第二章 第二話

 翌日,エランとハトリが同じ時刻に目覚めるとエランはすぐにベットから下りて狭い部屋にある小さな窓に取り付けられているカーテンを開けて部屋に明かりを取り入れると,それなりに明るくなった室内でハトリは大きなあくびをしながら背筋を伸ばす。そしてエランは窓も開けて朝ならではの独特な風を肌で感じるとハトリと同じく背筋を伸ばして朝が来た事を実感する。

 エランはより一層に目を覚ます為に浴室の隣にある脱衣所に備え付けてある洗面台で顔を洗うとすぐにハトリと入れ替わる為に洗面台を開ける。さすがに狭すぎて一人ずつしか使えないのが安宿ならではの特徴だ。それからエラン達は昨日の手紙に記してあったモラトスト平原を目指す為の準備を始め,終わる頃には朝食の時間に成っており,宿屋の女主人が食事を届けに来た。

 朝食を手早く済ませるとエラン達はすぐに宿を後にして朝市へと向かった。昨日のうちに見た地図でこの町とモラトスト平原の場所が分かっているが,そこで問題と成ってくるのが距離であり,エラン達が普通に歩いて行ってもモラトスト平原に辿り着くのは正午過ぎになるのは確実だ。

 モラトスト平原は地図上ではそれなりに広くハルバロス軍がどこに本陣を置いているのか分からないからには歩き回る事は確実であり,それに備えて保存食と昼食を買う必要があった。なのでエランが手早く昼食になりそうな露天と保存食を売っている露天を見付けるとハトリはエランの好みに合わせて昼食と甘味物,それと保存食を買うとその足で町を後にする。

 両脇を森に囲まれた道はそれなりに広いが馬車が通れる程ではなく,周囲の雑草も時折ながら道にまで伸びているので,ここが通商路ではなく旅人達が使う旅路だけに使われていない事が良く分かる。そんな路を進んでいくと周囲の木々が少なくなっているのに気付いたエランが口を開いてきた。

「木が少なくなってきた,もう少し歩けば平原に出るかも」

 そんな推測を言葉にしたエランに続いてイクスが声を発して来た。

「そういや平原に出たとしても,どうやってハルバロス軍の本陣を見付けるんだ?」

「平原に出た途端にハルバロスの旗が見えれば分かり易いですよ,けどそう簡単には行かないかもしれないですよ」

「んっ,何でだ?」

「平原と言っても地平線が見え続ける程に平らとは限らない」

 イクスの質問にエランがそう答えるとハトリが同意するように頷いた。そしてエランの言葉に納得したイクスが会話を続ける。

「なるほどな,平原と言っても起伏がある場所とかあるからな」

「それにですよ,平らだとしてもモラトスト平原は広いですよ。遠くに布陣していると点のように小さく見えるから見逃す可能性もあるですよ」

「ならどうすんだ,エラン?」

「まず森を抜けた所で昼食を取りながら,ハトリが買っていた地図に居る場所に印を付けながら進んでいく。詳しい事は実際に平原を見てみないと分からないから」

「そりゃそうだ。なら今はとにかく平原に出る事が大事って事か」

「うん,詳しい事は実際に平原を見てから決める」

「こればかりは実際に目の当たりにしないと分からないですよ。だから今は黙って進むしかないですよ」

 と言いながらハトリは視線をイクスに向けると,イクスもハトリが向けている視線の意味が分かったのか声を発する。

「はいはい,分かったよ。俺様は黙ってろと言いたいんだろ,ハトリよ」

「イクスにしては物分かりが良いですよ」

「一言余計な事を継ぎ足しやがって。まあ,ここは俺様が大人の対応を取ってやるよ,お子様のハトリには分からないだろうがな」

「イクスのくせに何を……」

 ハトリが反論している間にイクスが完全に鞘の中に収まってしまった為に,これ以上は何を言っても無駄だと理解したハトリは仕方なく黙り込むしかなかった。

 その間にもエラン達は歩みを進めており森の木々が徐々に少なくなって来るのを目の当たりにすると,エランが黙って歩いているので仕方なくハトリも黙って歩みを進めるのだった。そして日がかなり高くなった頃,ようやく少ない木々の切れ間から風になびく草が広がる草原が見えてきた。

 エラン達は完全に草原に出ると,エランはまず歩いてきた林の方へ顔を向けると大きな木を探したら近くにあったので,木の影が伸びて木陰に成っている場所に向かって歩き出して,そこに辿り着くと腰を下ろして座ったのでハトリも荷物を下ろして座り,前に置いた荷物の中から昼食を取り出すとエランに渡した後に自分の分を取り出すと荷物を横に退ける。それからエランとハトリは昼食を膝の上に置くと両手を合わせて口を開いた。

「いただきます」

「いただきますですよ」

 相変わらずこういう所は礼儀正しいエランとハトリだった。それから二人とも大きな葉を二枚使って包んである紐を解くと葉が開いて昼食が出て来た。包んであったのは一見すると白くて丸い物体が三つ,エランがそのうちの一つを手に取ると粘り気が強いのか手前に垂れるように曲がるとエランはそのまま手を上に挙げて垂れてきた部分から口にする。

 程よい塩気がエランの口内に広がるとそのまま咀嚼する。歯応えから原材料がすぐに分かった,まあ見た目からでも分かっていたのだが。イネ科のもち米に塩を混ぜて練り上げた物だ。他にもパンなどの麦を使った物も多く朝市で売られていたが,パンは喉が渇く為にエランが好まないという理由でハトリは昼食にこのような物を選んだ。

 昼食を平らげたエラン達はすぐに立ち上がる訳ではなく,エランは木にもたれ掛かりながらも木陰の心地良さを感じてるとハトリは荷物の中から朝市で買っていた甘味物であるイチゴのソフトクッキーを取り出すとエランとの間に置くとすぐに手を伸ばすエランだった。

 木陰でまったりとした昼食を済ませるとエランはハトリから地図と魔術道具の羽ペンを受け取っていた。ちなみに羽ペンが何故に魔術道具かというと,羽ペンはいちいちインク壺でペン先にインクを付けないといけないが,魔術道具の羽ペンはインクがペン先となっている軸の中にインクを貯めており,ペン先を押し付けた力加減でインクが出て来る仕組みとなっている。当然ながら軸の中に入っているインクが乾く事もないし,ペン先が乾いてインクが詰まる事もないのは魔術道具ならではの特徴と言っても良いだろう。

 地図に先程歩いてきた道と現在地を記したエランは眼前に広がっているモラトスト平原を見渡すと,平原には多少なりとも起伏があり,小さいモノでは歩いても気付かない程度に盛り上がっており,大きいものでは丘になっている。エランはその中で最も高い丘を見付けると地図と羽ペンを一度ハトリに返したのでハトリは手早く取れる場所に仕舞い込んだ。そしてハトリが荷物の整理が終わるとエランは立ち上がり,ハトリも立ち上がって荷物を背負うとエランに向かって口を開く。

「まずはどうするですよ,エラン?」

 そんな質問にエランは先程見付けた最も高い丘を指差して口を開く。

「まずはあの丘に登って周囲を見渡す。後は望遠鏡で探せばハルバロス軍の本陣が見付かるかもしれない」

「分かったですよ」

 ハトリが返事をするとエラン達は歩き出した。歩いてみれば分かる事だが,モラトスト平原はそれなりに起伏があり,所々に坂道が存在している。だが旅をしている者ならば坂道を行くのは慣れているのはエラン達も例外ではないので,エラン達は一直線にエランが指差した丘を目指して歩みを進める。

 それなりに歩いたがエラン達は未だに丘の上に到達していないのは平原ならではの特徴と言えるだろう。遮蔽物並びに目印が無いからこそ目測でしか距離を測る事が出来ない平原なだけに見えていても距離的には多いというのも珍しくはない。それでもエラン達は黙って歩みを進めるとようやく目指した丘を登り始めた。

 丘の上に到達すると平原ならではの風が駆け抜けるのと同時にエランの髪が風になびいて白銀色の輝きを散りばめる。エランは左手で髪を押さえながら周囲を見渡すと広大な草原が広がり。左を見えれば木々などの遮蔽物が無いために,こちらも広大にそびえ立っているタイケスト山脈が見えた。

 タイケスト山脈から振り降ろされた風が他の平原を吹き抜け,エラン達が居るモラトスト平原も一気に駆け抜けて行っている。そんな風が一時的に止むとエランはハトリから望遠鏡を受け取って前方を中心に左右を見ていく,するとある一点で動いていた頭が止まると,その一点を見続けながらエランが口を開いた。

「見付けた」

 それだけの言葉を口から出すとエランは望遠鏡を畳んでハトリに手渡すとそのまま風が吹いてくるタイケスト山脈を背にして腰を下ろす。すると一陣の風がエランの髪を吹き上げながら駆け抜けていった。その間にハトリが地図と羽ペンを取る出していたのでエランは手を伸ばして受け取り,地図に印を書くとエランの背中から金属音が鳴り響いてイクスが声を発してくる。

「そこがハルバロス軍の本陣って事か」

 出て来るなり,そんな言葉を発して来たイクスにエランは一度だけ頷いてから口を開く。

「うん,ハルバロス帝国の旗が掲げてあったから間違いない」

「旗と行っても,どうせ派手に飾りを付けてある軍旗だろ」

「今はどちらでも良いと思う」

「イクスのくせに細かい事に五月蠅いですよ」

「うっせえな,どうせハルバロス軍として参戦するだから気にすんなよ」

「はいはい分かったですよ,気にしないですよ」

「……ハトリのくせに」

 イクスが苛立って刀身が振るえているのでエランの背中では小刻みに金属音が鳴っているのだが,平原の強い風がそんな音と共に吹き去って行ったのでエランとハトリはまったく気にせずにハトリはエランが持っている地図を見ながら会話を続ける。

「今はこの辺ならですよ,ここから更に南西に行った所ですよ?」

「うん,地図だけ見れば丁度,モラトスト平原の真北に布陣してるみたい」

「という事は,こんな平原のど真ん中に本陣があるという訳か」

 無理矢理会話に入って来たイクスの言葉を聞いてエランは首を横に振ってから会話を続けてきた。

「ハルバロス軍本陣もここと同じような丘の上に立てられてた」

「確かに起伏が有る平原なら丘の上に本陣を建てた方が戦況が見やすいですよ」

「なるほどな,言われてみりゃあ確かにその通りだな。それでエラン,真っ直ぐに本陣には行かないんだろう,どうするんだ?」

 イクスの言葉を聞いて再び首を横に振るエランにイクスは何か言おうとしたが今は黙る事にしたようだ。だからという訳ではないがエランは羽ペンだけをハトリに返すと地図を手に口を開く。

「一先ずはハルバロス本陣を目指す,その後で戦況が見やすい場所で戦況を見る」

「あぁ~,分かったよ」

「はいですよ」

 イクスとハトリがそれぞれに返事をしたのと既にハトリが荷物を仕舞い込んでいたのでエランが立ち上がるとハトリも荷物を背負って立ち上がる。そんなハトリの手には何かが握られていたので,エランが手をハトリに伸ばすと握っていた物をエランに渡した。それは方位磁石で針はしっかりと北と南を指している。これだけ広大な草原と起伏が邪魔と成って迷わないようにするのには必需品とも言える物だ。

 エランは地図の上に方位磁石を置いて確実な方向が分かると,そちらに向かってエランは歩き出してハトリもエランの横に並びながら歩を進める。



 エラン達が歩き始めてから,かなりの距離を歩いた頃にやっとハルバロス本陣が遠くに見えてきたのでエランは地図と方位磁石をハトリに返すと,歩きながらもハトリは器用に背負っている荷物を前に持ってくると地図と方位磁石を仕舞い込んで再び荷物を背負った。それからしばらくはハルバロス本陣を目指して歩みを進めるエラン達。

 日が低くなってエラン達の影が少し伸び始めた頃にやっとハルバロス本陣の近くまで辿り着いた。するとエランは立ち止まると周囲を見回して何かを探すような仕草を見せると,目的のものを見付けたのかハルバロス本陣とは違う方向へと歩き出す。そんなエランに黙って付いていくハトリに黙り込んでいるイクス,双方ともエランの意図が分かっているからこそ何も言わずにエランと共に歩みを進めるとハルバロス本陣から少し離れた小高い丘の上に到達するとイクスが声を発して来た。

「おぉ,おぉ,随分と派手にやってやがるな」

「戦争だから当然ですよ」

「……うん,そうだね」

 それぞれに言葉を発して来たエラン達の眼前に広がっているのは戦闘状態と成っているハルバロス軍とディアコス軍,その手前にハルバロス軍の兵がキッチリとした隊列を組んで並んでいる。その数はエラン達が居る場所からでは数え切れない程の数に及ぶ。そんな光景を目にしたからこそ,それぞれに特徴が出る言葉を発して来た。特に戦争ならではの喧騒と剣戟の音はエラン達が居る所まで届く程に両軍ともぶつかり合ってる。そんな光景を目にし,ぶつかり合う音を聞いたエランが口を開く。

「イブレの手紙に書いてあった通りに戦況は膠着状態に成ってる」

「確かにですよ,ハルバロス軍もこれだけ予備戦力を投入しないという事はですよ,ディアコス軍も同じと見て良いと思うですよ」

「うん,見ただけでも三分の二ぐらいは予備戦力として控えてるか,負傷者の手当に当たっているように見える」

「あぁ,エランが言った通りに戦況は中規模になってやがるな,他の兵は温存というより下手に出せないってところか」

「イクスの言う事も分かるですよ。これだけ広大な草原地帯で下手に戦力を投入すれば戦闘状態の前線が広がって消耗戦と成り両軍とも被害が増えるだけですよ」

「うん,ハトリの言う通りだけど……ちょっと気になる」

「何がですよ?」

「……」

 ハトリの問い掛けにエランは答えようとはせずに,戦場に目を向けながら何かを追っているように瞳を動かしている。そんなエランの様子を見たイクスが力の抜けた声を発してくる。

「あぁ~,こりゃあいつもみたいにダメだな,エランは何かを見付けたけど今は観察に集中してるからな」

 そんなイクスの言葉を聞いてハトリが会話を続ける。

「確かにその通りですよ,こうなったエランはしばらく黙り込むのはいつもの事ですよ」

「それにしても,こうして見ると両軍の特徴が良く分からあな」

「ハルバロス軍は重装装甲の重装備をしている兵が多いですよ。それに対してディアコス軍は騎馬が目立つですよ,地図で見る限りはディアコス国は草原地帯に建てられた国だから軍事としては草原地帯で育てた騎馬が中心となるのは当然とも言えるですよ」

「俺様は地図をしっかりと見てないから分からないけどな,ハトリがそう言うのならそうなんだろうな。それで,ハルバロス軍に重装装備兵が目立つ理由は何だ?」

「相変わらずイクスは上から言ってくるのが癪だけど説明して上げても良いですよ」

「そっちも言い返してきてるだろ。まあ良い,説明を聞こうじゃねえか」

「はいはいですよ。地図を見て分かったですよ,ハルバロス帝国はタイケスト山脈の他に西側に鉄鉱石や魔鉱石がふんだんに採れる鉱山を持っているですよ。おそらくですよ,タイケスト山脈の採掘地に西側にある採掘地と二つの採掘地を持っているですよ。その為に大量に採れる鉱石を軍備として使っているですよ」

「なるほどな,確かにそう考えれば筋は通るな。となると重装装備をしているのがハルバロス正規軍で他にいろいろな装備をしているのが傭兵達って事に成るな」

「まあ一介の傭兵や傭兵団にあれだけの重装装備だけを揃えるのは無理だから間違っては無いと思うですよ」

「イクスもハトリも的確な読みをしてくる様に成ったね」

 突如して聞き覚えがある声が聞こえて来たのでハトリと今まで戦場を見ていたエランが声が聞こえて来た方へ顔を向けるとイブレがエラン達の居る丘に登って来ていた。そんなイブレの姿を見て,やっとエランが口を開く。

「イブレ,来たよ」

「うん,待ってたよ。それでイクスとハトリが的確な推測を述べているうちにエランは何を見ていたんだい?」

「いや,その前にお前の事を説明しろよ」

 イブレの質問を無視してイクスがそんな言葉を発して来たのでイブレは軽く笑ってから口を開く。

「ははっ,僕も路銀が怪しくなってきたからね。エラン達と同じく今ではハルバロス軍の補佐軍師として働いているという訳さ」

「最初の部分が怪しいですよ」

「あぁ,最初の部分が怪しいな」

 言葉を合わせて,そんな言葉を発するイクスとハトリにエランは意味が分からずに首を傾げるのだった。そんなエランにイブレが先程とは違う事を問い掛ける。

「それでエラン,イクスとハトリが話していた事を聞いていたのかい?」

「それなりに」

 相変わらず短い返答だが,今回はあやふやな部分があるからこそイクスとハトリは出す言葉も無く,黙り込んでいると再びイブレが先程の質問をエランに問い掛ける。

「それでエラン,何を見ていたんだい?」

「騎馬……正確には騎馬隊かもしれない。赤い鎧を纏ってと馬に赤い鎧と馬具で揃えている赤い騎馬隊を見てた」

「さすがだね,早速ディアコス軍の遊走騎馬隊に目を付けていたなんて」

「ってかイブレよ,その遊走騎馬隊ってのは何なんだよ?」

 イクスがその様に尋ねるとイブレはエランの隣に移動すると戦場の一点を杖で指し示すと,そこにはエランが言った通りに赤い色の装備で整えられている騎馬隊が駆け抜けていた。

「あれが遊走騎馬隊でディアコス軍の騎馬隊から精鋭だけを集めた少数精鋭の部隊として活躍してる,ハルバロス軍としては厄介な存在としている騎馬隊だよ」

「まるであの騎馬隊が居るからハルバロス軍は苦戦しているような言い方ですよ」

「苦戦とは行かなくても,手が付けられないと言った方が正確だね」

「どうしてですよ?」

 ハトリがその様に尋ねると今まで戦場を見ていたエランがハトリの質問に答えるために口を開いてきた。

「あの騎馬隊が的確にハルバロス軍が打とうとしている戦略を潰してるから」

「そうなのですよ?」

「うん,さっきから見てたけどハルバロス軍が動くのと同時に戦略の要となる場所に突撃をしてハルバロス軍の軍略を潰してる」

「さすがはエランだね,見事な観察力で僕が言う事が無くなる程だよ」

 そう言って軽く一笑いするイブレ。そんなイブレを見てイクスが呆れたような声を発する。

「ってか,流浪の大軍師様にしてハルバロス軍の補佐軍師様がこんな所で呑気にしてて良いのかよ」

「イクスもなかなかいじめてくれるね。僕はハルバロス軍の本陣でエラン達を待っていたんだけど,なかなか来ないものだからね。本陣から出てみたらエラン達がここに居るのを見付けたから呼びに来ただけだよ」

「だとよ,エラン」

 イブレの話を聞く限りではエランを早くハルバロス軍の将軍に合わせたいように聞こえたからこそ,イクスはエランへと話を流すとエランはやっと戦場から目を離してイブレと向き合うと口を開いた。

「確かめたい事があったから確かめてた。でも,ハルバロス軍の将軍と先に謁見した方が良いのなら先にそちらに行く」

「まあ,僕としては既にエランが参戦する,という形で話を進めてたからね。エランが到着したのなら謁見は早い方が良いのは確かだね」

「分かった。ならハルバロス軍本陣へ行く」

「なら案内するよ,一応ながら僕が仲介役だからね」

「うん,なら行こう」

「はいですよ」

「やっと将軍様の面とご対面という訳だな」

 エランの言葉にイクスとハトリはそれぞれに返事をするとエランはイブレの顔を見ながら一回だけ頷くと,イブレが踵を返して歩き出すとエラン達はイブレの後に続いてハルバロス本陣へ向かって歩き出した。



 ハルバロス軍の本陣は既に木を組み合わせた高い柵で囲まれており,出入り口と成っている柵が途切れている場所には左右に三人ずつ見張りの兵が付いていた。エラン達がそんなハルバロス軍の本陣に着くと,既に身分の高い役職に就いているイブレに向かって見張りの兵が敬礼するとイブレは見張りの兵に向かって口を開く。

「誰かケーイリオン将軍に伝えてくれないかい,白銀妖精が到着したとね」

「はっ,分かりました」

 イブレがそう言うと伝令役も担っている兵が返事をするとすぐに本陣の奥へと駆け足で向かって行った。伝令役を見送ったエラン達はイブレの案内でハルバロス軍の本陣へと足を踏み入れる。

 本陣の出入り口付近には大きな天幕が並んでおり,そこには見張りの兵や各方面への伝令役や本陣の守備に当たっている兵士達が寝泊まりしているようであり,天幕の奥には伝令に使われる馬が休んでいる厩舎などが天幕と天幕の間から見て取れる。そして本陣の奥へ進むと小さいながらも少し装飾にこだわった豪勢な天幕が立ち並んでいた。どうやら,この辺が将軍職などが休む天幕なのだろう。そしてエラン達は一番奥の天幕まで進んで行った。

 天幕の前には二人の見張りが立ち並び,出入り口は屋根と成る布が伸びており,天幕に使われている布にも豪勢な装飾が施されていた。それなりに広い出入り口には布が掛けられており,エラン達が中を見る事が出来ないのも当然と成っていた。そしてエラン達が天幕の出入り口にまで進むと日陰を作る屋根が途切れて,見張りの兵が立っている所で止まるとイブレが見張りの兵に向かって口を開いた。

「ケーイリオン将軍との謁見は可能かい?」

 そんな質問をすると見張りの兵がイブレに敬礼をしてから答えて来た。

「はっ,既に中でケーイリオン将軍がお待ちです。皆様,どうぞ中へ」

「分かった,行こうか,エラン」

「うん」

 エランが短い返事だけをするとイブレが天幕の中に向かって歩き出したのでエラン達も続いて天幕の中に入って行った。

 天幕の中は予想通り広いが,通路と成る感触が良い布がひかれてる両脇には折り畳み式で背もたれの無い,戦場ならでは見る事が出来る椅子が並んでいた。そして通路と成る布の行き止まり,つまり一番奥には同じ椅子に座っている初老の男性がエランが入って来るなりエランをじっと見詰めてる。そんな視線を感じながらもエランは一番奥に座っているのだから,この初老の男性がイブレが言っていたケーイリオン将軍だという事はすぐに分かった。そしてケーイリオン将軍の両脇には二人の人物が立っていた。

 ケーイリオンの右側には重そうな重装鎧を纏っている女性が,左側にも同じような重装鎧を纏っている男性が立っていた。エランはそんな二人を確認しながらも,やはり気になるケーイリオンを気に掛けながら,その人の前にまで歩みを進めて止まるとイブレが片膝を付いたので,ハトリも同じように片膝を付いて将軍に敬意を払うが,エランだけは膝を付かずにじっとケーイリオンを見詰めていた。

 お互いに視線を向けて頭の天辺から爪先までしっかりと見ていると,ケーイリオンの方から口を開いてきた。

「儂が今回の戦いでハルバロス軍の総大将を務めているケーイリオン=メルヘスだ。そなたが噂に名高い白銀妖精だな」

「確かに白銀妖精と呼ばれる事は多々ありますが,自ら名乗っている訳ではないので改めて挨拶をさせて頂きます。私が白銀妖精と呼ばれてるエラン=シーソルです,以後お見知りおきを」

「うむ。そうか,エランという名はイブレ殿から聞いていたが,良い名前だな」

「はい,ありがとうございます」

 エランとケーイリオンはそれだけの会話をすると再び黙り込み,お互いに視線を向けている。すると,いつまでも膝を付かない事に苛立っていた,ケーイリオンの右隣に居る女性が鞘に収めているつるぎに手を掛けながら荒げた声でエランに向かって言葉を発する。

「いつまで突っ立っているつもりだっ! 無礼だぞっ!」

 今にも剣を抜きそうな勢いで威勢の良い声を発して来た女性にケーイリオンは右手を出すだけで制止させると,今度はその女性に向かって口を開いてきた。

「メルネーポ,今は黙っておれ。お前の言い分は正しいが儂の意図とは違う,だがいつかお前にも分かる日が来るだろう」

「ですが」

「メルネーポっ!」

「はっ」

 強く名前を呼ばれたので気圧されてしまい,反射的に返事をしてしまった手前だからこそ,ケーイリオンの右側に立っているメルネーポという名の女性は仕方なく剣から手を離すのだった。そんなメルネーポを確認したケーイリオンは再びエランに目を向けると今度はエランが口を開いてきた。

「イクス」

 イクスを呼ぶとエランの背中から金属音が豪快に鳴り響くとイクスの刀身が鞘の中から現れるとすぐさまイクスは声を発する。

「おうよ,そろそろ俺様の紹介か」

 相手がこれからの雇い主であり上司になるかもしれないのに,そんな事を全く気に掛けないイクスは相変わらず上からの物言いで言葉を発して来た。ケーイリオンはそんなイクスの声を聞いても全く動じる事も無かったが,メルネーポともう一人の男性は驚いた仕草を見せる。

 イクスの事が有ったのにも関わらず,再び黙り込んでお互いに視線を向けるエランとケーイリオン。少しの間だけエランとケーイリオンはお互いに黙り込んで相手を見ているとケーイリオンが口を開いてきた。

「噂では白銀妖精はスレデラーズを持ち,数千はもちろん一万の兵を相手にしてもひけは取らないという。その声を発する剣,イクスと呼んだ剣がスレデラーズか?」

「おうよ,俺様がスレデラーズの一本,イクスエス様だ」

 エランが口を開く前にイクスが調子に乗って声を発して来たのでエランは仕方なく黙り込む事にした。そしてケーイリオンはというと偉そうな言葉を発して来たイクスに対して不快感を抱くのではなく,逆に面白いものを見ているような瞳をしている。それから,ふと微笑んだケーイリオンはイブレに向かって口を開いてきた。

「なかなかのものを見させて貰いましたぞ,イブレ殿。それはさておき,イブレ殿がどのように白銀妖精と出会い,信頼を得たのかを聞きたいものだ」

「ケーイリオン将軍,誰にも話したくない事は一つぐらい有るものです」

「そう言われては追及は出来んな。さて,エランよ,そろそろ本題に入って良いか。そなた達の事は先立ってイブレ殿から聞いておるから,後はエランとハトリ,其方達の意思次第だ」

 ケーイリオンがそんな言葉を発するとエランは頭だけを下げて右手を胸に当て,前に垂れた白銀色の横髪が揺れて止まるとエランは口を開いてきた。

「ここに来た時点でハルバロス軍として参戦する意思は出来ております。後は契約内容と要望を聞き届けて貰えるかです」

 エランの言葉を聞いて満足げに頷いたケーイリオンは話を続けるために口を開く。

「先に要望から聞こう」

「はい,ハルバロス軍として参戦しますが,配置場所並びに行動について自由に決めて良い事を契約内容に入れてくださるようにお願いします」

「ふむ,つまり儂の命令通りには動かないという事か?」

「先程といい,無礼が目立つぞっ!」

「止せ,メルネーポ」

「しかしハルバロス軍として参戦するからには」

「分かっておる。だからこそ儂はエランに問うただけの事よ」

「そうは仰っても」

「メルネーポっ!」

「はっ,分かりました」

 再び剣に手を掛けそうな勢いでエランに食らい付いたメルネーポを静止させるケーイリオンは不機嫌に成っているメルネーポを気にしながらもエランにも気の掛けた言葉を発する。

「すまんな,エラン。どうもこやつは見極めが足らぬのだ,そこも含めて許してくれ」

「構いません,私の言い方にも誤解を生みそうな言い方でしたので謝罪します」

「うむ,先程は少し遊び心が出てしまいあの様な質問をしてしまったが,エラン,そなたの本音を聞こう」

「はい,もちろん命令とあれば従いますが,命令も含めて細かい事は私自身のやり方で戦場で戦わせて欲しいのです」

「なるほど,儂の戦略に合わせて自信の戦術で戦いと解釈して良いか?」

「はい,その様に受け取って頂いて結構です」

「うむ,分かった。ならばエラン,ハトリ,両名を傭兵として雇い入れる事をここに契約を成立するのと同時にエランには命令を下す。ディアコス軍の遊走騎馬隊,隊長にして赤き疾風と呼ばれているスフィルファの討伐を命じる」

「承知しました,と言いたいのですが遊走騎馬隊については簡単に聞いたのですが,その隊長については詳しくは知りません」

「ふむ,そうか。ならイブレ殿」

「はい,何でしょう」

「後でエランに詳しく説明をしてやってくれ,其方の仕事は他の者にやらせよう」

「はい,分かりました」

 イブレの言葉を聞いて頷くケーイリオン。それから再びエランに向かって話を続けてきた。

「これで良いか,エラン」

「はい,それでは契約内容はその様に受け取ってよろしいですか?」

「いや,其方の働き次第では次の仕事を頼むかもしれん」

「承知しました。それでは,その赤き疾風を討ち取った際の報酬はどれぐらいに成るのでしょう」

「先程から無礼が過ぎるぞっ! いくら重役を頂いたからと言って」

「止めよっ! メルネーポっ!」

 三度ケーイリオンからの制止する声が掛かったのでメルネーポは出しかけた言葉を引っ込めるのと同時に手にしようとしていた剣から手を遠ざけるのだった。その代わりにメルネーポはエランを睨み付けるとメルネーポの態度に気付いていたケーイリオンが大きく息を吐くとメルネーポに向かって口を開く。

「メルネーポよ,何か言いたい事が有るのならエランの働きを見てから言うのだな。今のお前では何も見えてないうえ,何一つして理解が出来ておらん。だがエランの働きを見ればお前にも理解が出来るだろう,それまでは黙っておれ」

「はっ,そこまで仰るのなら今は黙っておきます」

 言葉ではケーイリオンに従うような事を言っていてもメルネーポの表情には納得が行かないと分かるぐらい,不満を垂らしてる顔をしながら目を閉じてエランを見ないようにするメルネーポ。そんなメルネーポにケーイリオンは軽く息を吐くとエランに顔を向けて口を開いてきた。

「さて,エランよ。傭兵として契約を結ぶのなら報奨金を出すのは必然な事,そしてスフィルファを討ち取った時には一金レルスを出そう。後は戦況によっては働いてもらい追加報酬を出す,という内容で良いか?」

 ケーイリオンが契約内容と報酬を明確に示したためにエランが口を開いた。

「はい,私の方はその契約内容で構いません」

「ならば契約成立だな」

「はい,契約の成立です」

 お互いに契約成立を確認するかのように言葉にして口から出すと,エランは下げていた頭を上げるのと同時に今まで黙っていたイクスが喋り出した。

「ってか,たった一人斬るだけで一金レルスも出すなんて随分と太っ腹だな。それに俺様達の力を見せ付ければ追加報酬が出るってもんだから報酬も期待が出来るってもんだな」

「イクス」

「これで路銀に困らないどころか大儲けって訳だ」

「イクス」

「それにしても簡単に金レルスを出すなんて随分と儲かっているんだな」

「イクスっ!」

「まあ,そのおかげで俺様達の懐が……」

 メルネーポが黙った事で契約がすんなりと成立した事に調子づいて,一気に喋り出したイクスだが,エランがメルネーポに睨まれている事と契約が成立したとしても場をわきまえてエランがケーイリオンに敬意を払っていた事もあり,いつまでもイクスを調子づかせる訳には行かないエランはイクスの柄を掴んで無理矢理鞘の中に押し込んだので喋る事が出来なくなったイクス。まあ,エランが三度に渡ってイクスを黙らせようとしたのだが,この場の雰囲気を全く気に掛けないものだからエランとしても仕方なく,イクスを鞘の中に押し込んだとも言える。

 何にしても,これで契約が成立したので後はイクスに余計な事を喋らせないようにエランはイクスの柄を掴んで鞘の中に押し込んだままエランはケーイリオンに一礼をすると口を開く。

「それでは私達はこれで」

「うむ,ではエラン,頼んだぞ」

「はい,必ずやご期待に応えましょう」

「では退がって良い」

「それでは失礼致します」

 イクスを鞘に押さえつけながら一礼するエランと場をわきまえて今まで黙り込んでいたハトリ,そしてイブレがそれぞれ一礼するとエランはイクスを押さえ付けながらケーイリオンに背を向けたのでハトリとイブレも立ち上がってエランに続いて歩き出して天幕を後にする。

 ケーイリオンが居る天幕から出た後でもエランはイクスを押さえつけながら周囲を見回すと,イブレが手招きをしながら先に歩き出したのでエランとハトリはイブレの後に続いて歩いて行った。するとエランが望んだように誰も居ない天幕の影に辿り着いたのでエランはイクスを押さえ付けながら背中に手を回して背負っていたイクスを下ろした。

 それからエランはイクスを押さえ付けながら膝を上にまで持ってくると,満面の笑みで鎖を手にしているハトリから鎖を受け取るエラン。そこから手際良く,イクスが出られないように柄と鍔と鞘に鎖を絡めて縛り上げたら,鞘の中で暴れているイクスにエランが口を開く。

「イクス,場をわきまえなかったから監禁の刑」

 エランの言葉を聞いて更に暴れて金属音を鳴らしてくるイクスにエランがトドメを刺す。

「イクス,あまり暴れると明日までこのまま」

 その言葉を聞いたイクスが驚いたように大きく動くと金属音が鳴り響き,そして静かに成った。そんなイクスを見て頷いたエランは鎖で縛られたイクスを背負うとイブレに向かって口を開く。

「イブレ,赤き疾風に付いていろいろと聞きたい」

「うん,分かっているよ。イクスも静かに成った事だし,さっきまでエランが居た丘で話をしようか」

「何故,丘に向かうですよ?」

 ハトリがその様に尋ねるとイブレは簡単に答える。

「あそこなら戦場がよく見えるから」

「それを答えとして受け取って良いのですよ」

「まあ,エランがいきなり大役を受けた事は知られない方が良いだろうし,いろいろと説明するのにも戦場を見ながらの方が分かり易いだろうからね」

「最初っから,そこまで答えて欲しいのですよ」

「ははっ,ハトリなら僕の意図を分かってくれると思ってね」

「面倒臭かったの間違いではないですよ」

「それじゃあ,行こうか」

「無視しやがったですよ」

 何にしてもエラン達はイブレからより詳しい話を聞く為に先程までエラン達が居た丘の上にまで戻る事に成ったのは決まったので,エラン達は再びハルバロス本陣の近くにある小高い丘に向かって歩き始めるのだった。



 丘の上に登ると戦場がしっかりと見えたが,見えた理由はそれだけではない。空の西の方にそびえ立つタイケスト山脈に少しだけ日が隠れ,空が少しだけ黒さを増したからこそ両軍とも戦いながらも機会を見ては所々で撤退を始めているので土埃が消えているからだ。それでも未だに前線では激しい戦闘が繰り広げられているのがエラン達の居る場所からはハッキリと見えた。

 丘の上では先程より冷えた風がエランの髪を揺らすと白銀色の輝きを散りばめながらエランはイブレに向かって口を開いてきた。

「それでイブレ,私が知っておく事は?」

 と尋ねるとイブレは少し考えた仕草をした後に口を開いてきた。

「そうだね,まず遊走騎馬隊については覚えてるよね」

「うん」

「あの赤い色で統一された騎馬隊ですよ?」

「そう,その騎馬隊を率いているのが先程の話に出て来たスフィルファ=ロッサ。精鋭部隊を自由に動かせる事を許された人物だよ」

「ちょっと待つですよっ! 部隊を自由に動かせるって事が正規軍にあり得るですよ」

「まあ,普通はあり得ないし,正式に自由に動かして良いとされている訳ではないんだよ。正確にはスフィルファが自由に遊走騎馬隊を動かしている事を黙認されているって事だね」

「つまり,それだけの実力を持っているという事?」

「そう,エランの言う通りだね」

「はぁ~ですよ」

 ここまでの話を聞いてハトリが感心したような声を出していたが,エランにはまだ気になる事が有るのだろう。エランは戦場に目を向けると既に遊走騎馬隊の姿は見付けられなかったので,今日の所は撤退して休んでいると推測するエラン。そんなエランが会話を再開させる。

「それでイブレ,そのスフィルファという人物は?」

「さっきの戦いで見た通りに,混戦状態の戦場でも的確な情報を集めてハルバロス軍よりも早く動いて戦略を潰す事が出来る程の頭を持っているよ」

「あの遊走騎馬隊を自由に動かしているという事はですよ,それだけ的確にハルバロス軍の戦略を潰したのがスフィルファという事に成るですよ」

「ハトリの言う通りだね。それに部隊を自由に動かせるのには理由が有るのは当然だね」

「部隊を自由に動かせる事が黙認されてても,部下から慕われていないと付いて来ないから,それだけの人望を持っている人物」

「そう,部下からも慕われてるからこそ遊走騎馬隊はスフィルファの命令通りに動くからこそ手早くハルバロス軍の戦略を潰せる。それに反してハルバロス軍は重装装備の重装兵が多くを占めているからね,装備が重い分だけ足が遅くなる」

「つまりですよ。足が遅いハルバロス軍ではどんな手を打ってもですよ,兵が動き終わる前にスフィルファが率いている遊走騎馬隊に一番大事な部分に突撃されて手が砕かれる,という事ですよ」

「ハトリが言った通りだからね。ハルバロス軍も対抗策として傭兵を掻き集めて足が速い騎馬隊やスフィルファが率いている遊走騎馬隊を撃退しようとしてるんだけどね。今のところは見ての通りさ」

 日が徐々にタイケスト山脈に沈むにつれ,タイケスト山脈の影がディアコス国の平原に伸びてくるが,未だにエラン達が居るモラトスト平原には届いていない為に周囲はあまり暗くならず,空は徐々に黒く染まっていく下で未だに前線の所々ではぶつかり合うハルバロス軍とディアコス軍。

 両軍とも前線から少しずつ撤退している為かディアコス軍の予備戦力までもがエランが居る所からも見える程に見通しが良くなった。そんな両軍を見てエランが口を開いてきた。

「イブレ,両軍の数は?」

「傭兵を入れた総数としてハルバロス軍が二万四千,ディアコス軍は一万九千。さすがにディアコス軍の領地だけ有って地の利はあちらにあるうえ,足の遅いハルバロス軍を足の速いディアコス軍が掻き乱すという形で戦いが進められているからね。五千ぐらいの差なんて無いと同じ,そのうえ傭兵を受け入れない事でディアコス軍はハルバロス軍よりも統一が取れた動きをしているから足の速さを活かした戦い方をしてる。だから数で劣っていても膠着状態に成るって事だね」

「普通ならこの地形で五千の差は大きいですよ。それを対等にしている大きな要因の一つが遊走騎馬隊の隊長スフィルファという事ですよ」

「まあ,そういう事だね。だからこそケーイリオン将軍はエランにスフィルファを討ち取れという内容で契約をしたんだろうね」

「そういえばですよ,あの時はお互いに見極め合っているから付き合っている方が疲れたですよ」

 ハトリがその様な愚痴をこぼすとイブレが軽く笑ってから会話を続ける。

「ははっ,それは仕方ないよ。なにしろ僕がエランならスフィルファを倒せると前もって言ってあったからケーイリオン将軍としては自らの目でエランを確かめたかったんだろうね」

「その前にエランが勝つ事を前提で話を進めてたですよ」

「まあ,その通りだね。それでエラン,少しは遊走騎馬隊を見たからには勝算は出来たかい」

「今の時点だと釣り出しても他の騎馬をどうするかで悩んでる」

「あぁ,そういえば,まだ話していない事が有ったね」

「相変わらず変な所で間が抜けているですよ」

「その言い方は酷いな,せめてうっかりさんと言ってくれないかな」

「ここでカワイコぶっても気持ち悪いですよ」

 ハトリがそんな事を言うとイブレは軽く一笑いする。そして落ち着いた所で,やっと肝心な事を話し始める。

「スフィルファは強者と判断したら,その者と一騎打ちをするのを好む性格なんだ。だから遊走騎馬隊にそれなりの痛手を加えればあちらからエランに一騎打ちを挑んでくれるよ」

「分かった」

「というかですよ,そこまで分かっているならハルバロス軍から強い者をスフィルファにぶつければ良いだけの話に聞こえるですよ」

「それが出来ないからこそケーイリオン将軍はエランに期待しているんだろうね」

「どういう事ですよ?」

「ハルバロス帝国が隣国のミケナイ王国と盟約を結んでからディアコス国との全面戦争に入った事は手紙に書いてあったよね」

「確かに手紙に記してあったですよ」

「両国が全面的に争うように成ってからスフィルファの名がハルバロス帝国に響き渡ったんだ」

「となるとですよ,スフィルファは若い将なのですよ」

「いや,まだ大隊長ぐらいだと聞いたけどね。まあ,正確な年齢は知らないけど二十代後半だと聞いてるよ。その年齢で精鋭部隊の隊長に選ばれただけじゃなく,黙認されているとはいえ部隊の指揮権全てを委ねられる程の実力者という事もね。そのうえハルバロス帝国の侵攻が始まってからスフィルファは一騎打ちで名だたるハルバロス軍の猛者を次々と倒して負け無しと来てる。そんなスフィルファを相手に一騎打ちで勝とうなんて思っている者なんてハルバロス軍には居ないからね。逆にスフィルファが一騎打ちを挑んでも逃げるように成ってきたのさ」

 イブレの説明を聞いてすっかり呆れた顔に成っているハトリ。まあ,エランの実力を知り尽くしているハトリからしてみれば,一騎打ちで負けが続いているハルバロス軍が弱く思うだけじゃなく,挑む度胸すら無くしてしまった腰抜けに思えても仕方ないだろう。だがハルバロス側としてはそれなりの理由がある。

 イブレが言った通りにハルバロス軍も最初はスフィルファとの一騎打ちを受けて立っていた。それでも負け続けたという事はスフィルファは部隊を率いる実力だけでは無く,一騎打ちでもかなりの実力を持っているのを示している。なのでハルバロス軍としては将来を担う者を下手にスフィルファの相手をさせて失うよりも,一騎打ちを避けるように成ってきた,という経緯が有ったからだ。それから軍の上層部達はある事を考えて実行した。

 それが傭兵を多く雇い入れて,腕が立つ者を見付けてはスフィルファにぶつけて倒して貰おう,という他力本願な戦略だ。聞いただけでは腰抜けの戦略とも聞こえるだろうがハルバロス軍としては将来を担う腕利きをここで潰されるよりは,多額の報奨金を払ってでもスフィルファを討ち取る事が出来れば失うのが少しの軍資金だけに過ぎないのだから。有望な人材を失うよりも断然と良い戦略と判断した。まあ,雇った傭兵が負ければ軍資金が減る事も無いのでハルバロス側としては好都合な戦略とも言えるだろう。そしてそんな戦略を取ったハルバロス帝国だったが未だにスフィルファを討ち取ってはいないという現実がある。

 結果としてはスフィルファの名を広めるだけの結果と成ったのはイブレの説明を聞いただけでも充分に分かる事だろう。そして説明が終わったイブレがエランに向かって口を開く。

「さて,話す事は話したと思うけど,エラン,他に聞きたい事は有るかい?」

「一つだけ」

「何が聞きたい」

「傭兵の寄宿陣営はどこ?」

「それならハルバロス陣営の左側後方にあるよ」

 イブレは杖でハルバロス軍が多くの天幕を張っている一点を示してエランに具体的な場所を指し示すと,エランはイブレに向かって口を開く。

「うん,もう大丈夫」

 そんなエランの言葉を聞いてイブレは微笑みを浮かべながら頷くと,確認するかのように会話を続けてきた。

「なら僕はそろそろ戻るけど,エランはどうするんだい」

「私はもう少しここに居る」

「エランが居る所に私が居るですよ」

「分かったよ,それじゃあね」

「うん,またね,イブレ」

 エランがそう言うとイブレは背を向けて歩き出したのでエラン達はイブレを見送るとエランは再び戦場へと目を向ける。

 日の半分ぐらいがタイケスト山脈に沈むとタイケスト山脈の影もかなり伸びてきて,空も漆黒の中に小さな光が輝き出す。そんな空の下で未だに戦っている所もあるが,両軍のほとんどが既に撤退しており,今では休息に入っている。

 エランは明日には立つ事に決まった戦場が完全に静まるまで戦場を見ており,そんなエランの隣で時折ながら少しだけ心配な表情をするハトリに気付かずにエランは戦場に目を向けていた。その瞳の奥では戦場に立つ者として闘志を燃え上がらせる炎を揺らめかせながら。




 さてさて,何とか今月中に二回の更新が出来ました。まあ,かなりギリギリですけどね。そこは結果良ければ全て良しって事で。まあ,そんな訳でお届けした第二話ですが如何でしたでしょうか。今回もいろいろと説明が多い話と成っているので読み易く成っていれば良いと思っております。

 それはさておき,こうして更新が終わって振り返りますと……なんかいろいろと予定外の事が連発して書き進める事があまり出来なかったな。とか思う一ヶ月でありました。いやね,最初は快調に進んでたと思うんですよ。それが途中でいろいろと他にやる事が一気に多くなって,月の中頃が他の用事でほとんど小説やプロット等を書けなかった覚えがあります。

 何にしても,無事にこうして更新が出来たので私的には一安心ってところですね。まあ,一昨日,昨日とかなり頑張ったので,それはもう,左足がこむら返し起こして未だに左足のふくらはぎが痛い程にねっ!! とはいえ,こうして更新が出来たからには今日の所はしっかりと養生して明日からはまた,未だに完成していないプロットを書き続けたいと思っております。さてはて,何かいろいろと書いた所でそろそろ締めますか。

 ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 以上,北米版のマンイーターというゲームを買って,プレイしてみて分かったけど,これは日本では決して販売されないな~。とか思ってしまった,葵嵐雪でした。

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