第二章 第一話
「困ったのですよ」
甘味処でエランがケーキをしっかりと味わっている向かい側に座っているハトリがテーブルに突っ伏しながら,その様な言葉を出すとエランは未だにケーキをしっかりと味わっているので代わりとばかりにイクスが声を発して来た。
「おいおいハトリよ,いつもやかましいお前が沈んでるなんて珍しいじゃねえか」
「やかましいのはイクスの方ですよっ!」
顔を上げたハトリがすぐさま威勢良くイクスに反論すると,すぐに沈んだ表情に戻り椅子の脇に置いてあった荷物が入ってる大きな袋から小さな袋を取り出してテーブルの上に置くと中身は少なく,袋の布地がかなりあまり余ってテーブルに倒れている。そんな袋を前にしてハトリが沈んで暗い表情のまま口を開く。
「見ての通り路銀がほとんど無いですよ」
「まあ,ハツミを発ってから毎日のように豪勢な宿に泊まっていたからな。領主様に貰った金も尽きたって事か」
「ほとんどその通りですよ」
イクスの言葉を聞いて肯定する言葉を力なく返すハトリだった。
エラン達はハツミを発ってから南東へと向かい小国を通り過ぎて,現在はハルバロス国の南西部に位置する大きな町の甘味処でくつろいでいたのだが,ハトリの言葉を聞いてエランも自分達が置かれている状況をしっかりと理解していたので口の中に有るケーキをしっかりと堪能したのでやっと口を開いてきた。
「ハトリ,どれくらい残ってる?」
「ちょっと待ってですよ」
エランの質問を聞いて財布としている小さな袋の中を確認するハトリは,すぐに残金を数えあげて残金を見ながらエランの質問に答える。
「青が五十枚ぐらいですよ,赤が三十枚ぐらいで金はもちろん無いですよ」
「少ない」
「あぁ,少ないな」
ハトリの言葉を聞いてエランとイクスは同じ言葉を発した。ちなみに,この世界ブレールースは全国家間で協定が結ばれており,世界共通の貨幣が使われている。
ハトリが言っていた青,赤,金は略称であり,正式な名称は価値の低い順から青レルス,赤レルス,金レルスと世界名から名前を取ってレルスという名称の貨幣が全世界共通で使われている。そして略称として色で呼ばれているのは硬貨の原材料に由来する。
青は青銅,赤は赤銅,金はそのまま金を原料とした,いわゆる金貨だ。そしてこれらの貨幣はそれぞれの国で作られている為に貨幣不足になる事は決して無い。そのうえ偽物の貨幣が出回る事も無い。その理由はそれぞれの国がきっちりと管理している為と,もう一つの理由が有る為だ。
仮に国の命令で極秘に偽の貨幣が出回ったとしたら,周辺諸国はそれを口実として侵略行為に出られるからだ。そして国の命令で無くとも偽の貨幣を極秘に造っている組織が他国に発見されると国の責任と統制力不足を口実として,これも同じく侵略行為を取れるからだ。これらの理由があるからこそどこの国も自国で偽の貨幣については厳しい取り締まりが行われている。
偽物の貨幣が流通すれば即ち,他国に侵略の口実を与える事になる。こうした形式が成り立っているからこそエラン達も含めて貨幣に疑惑を持つ者は存在しないし,国としても侵略や戦争を避ける為に貨幣の流通には厳しい目で管理をしているという訳だ。そしてそこには国家間ならではの諍いもあり,他国にワザと偽物の貨幣を流し口実を作って開戦,という戦略も有ったりする為に国によっては貨幣の流通には一際貨幣の流通に厳しい目で取り締まりや管理をしている国も有るという訳だ。これらの事が有る為にエラン達のような旅人から町や村に住む民まで安心して貨幣を使える状況が出来上がっている。が,今のエラン達にとっては貨幣の安全性より数が大事であり,その為にエランが口を開く。
「明日になったら冒険者ギルドに行って仕事を探す」
「そうするしかないですよ。それと一番安い宿を見付けているですよ,報酬が入るまではしばらくその安宿ですよ」
「うん,それは仕方ないから分かっている」
納得した言葉を発するエランにハトリはすっかり軽くなった財布に溜息をつきながら再び荷物に仕舞いながら頷くのだった。それからエランは残り少ないケーキからしっかりと甘味を堪能する為に再びケーキを切り取って口に運んでいた。ちなみにエランが言っていた冒険者ギルドとは。
旅人や旅をしている傭兵と言葉通りに各地を旅しながら冒険をしている者達に仕事を斡旋,仲介をしている場所である。旅をしている者なら誰しも足を運ぶ場所であり,仕事の内容もかなりの種類がある。
腕に自信があるなら国が出している募兵に応じる者も居れば,行商の用心棒から魔獣と呼ばれる人を襲う獣の駆除などがあり。他にも特定な場所に生息している植物や鉱石の収拾して届けたり,特定の物を作って納品などと多岐にわたる仕事を集めて仲介をしているのが冒険者ギルドだ。
当然ながら危険度が高い仕事の方が報酬が高いと決まっているのが世の中というものであり,エランが白銀妖精と呼ばれる切っ掛けとなったのも冒険者ギルドで募兵に応じて傭兵として戦場で幾つもの多大な戦功を上げた事による。つまり国から出している募兵に傭兵として参戦するのが多くの仕事を扱っている冒険者ギルドでは最も稼げる仕事の一つという訳だ。だからこそエラン達はまず冒険者ギルドで国からの仕事が出ているかを確かめるつもりのようだ。そんなエランが最後に残ったケーキの欠片を堪能すると軽く両手を合わせて口を開く。
「ごちそうさま」
エランが放った言葉が合図という訳ではないが,ハトリは荷物を片付けるついでに勘定を計算するとエランが立ち上がったのでハトリも椅子から下りて立ち上がると注文票の控えを手にして会計へと向かった。その間にエランはハトリがいつも背負っている荷物を手にハトリの後に続くと既に支払いを終えたハトリと合流してエラン達は甘味処を後にする。
外に出ると空は赤みを増し,太陽はまだ明るく照らしているが少し赤くなっている。そんな空を小鳥が群れを成して飛んでいくのをエランは目で追っているうちに荷物を背負ったハトリが口を開く。
「それじゃあ見付けた安宿に行くですよ」
「そうだね,安宿は早く埋まるから野宿はしたくない」
「そうなのですよ,安宿は早い者勝ちですよ」
「ってかお前ら,安宿って連呼して馬鹿にしてるんじゃねえのか?」
「そんな事はないですよ」
「現実と一般常識を重ねただけ」
「……そうか」
疑問を問い掛けたイクスだが反論するハトリとエランの言葉にまったく重みと理由が無いので,沈黙の後で返事をするだけで精一杯だった。とはいえ取るに足らない会話だけにイクスも余計な事を言ってエランを不機嫌にしたくないので,そのまま黙り込む事にした。
「ここですよ」
そう言ってハトリが手を差す建物は立派とも貧相とも言えない程,ごくごく普通の外見をした建物だ。とはいえ庭も無く,隣の建物と比べても同じぐらいで,ここが宿屋と言っても宿屋を示す看板が出ていなければ分からない程に近隣に並ぶ民家と同じで見分けがつかない程だ。だからこそ安いのだろうがエランは満足げに頷くと口を開いた。
「狭そうだけど充分」
「そうですよ,狭そうだけど見た目は悪くないですよ」
「お前らは悪質な営業妨害か」
エランとハトリの言葉を聞いて思わず声を発してしまったイクス。そんなイクスの言葉を理解が出来なかったエランは首を傾げ,ハトリはイクスを睨み付けていた。そしてイクスはこのままだとハトリから何を言われるか分からないのは,まったく気にならないがハトリがエランに告げ口をするのを阻止する為にエランの背中から金属音が鳴り響きイクスは鞘の中に完全に収まった。
イクスの言葉に反論をしようとしていたハトリはイクスが殻に籠もるように鞘に籠もったので仕方なくイクスを無視して宿のドアを開いて中に入り,ハトリの後に続くようにエランも中へと入った。
「誰か居るですよ~」
宿の中に入ると小さな玄関ホールがあり,すぐ先には受付はあるが人が居なかったのでハトリが中に向かって問い掛けるとすぐに返事が聞こえて来た。
「いらっしゃい,少しまっててくんな」
声からして女性なのが分かるが,奥で別の仕事をしているのだろう。返事をした後に急いだみたいで騒がしい音が少しの間だけ響いた後に見た目から中年女性でふくよかな体付きの女性が受付の向こうから現れた。宿の大きさと良い,先程の騒がしさと良い,この女性がこの宿屋を営んでいるのだろうと思ったエランがすぐに口を開いた。
「二人だけど部屋は空いてる?」
「二人だね……ベットは一つになるけど良いかい?」
宿泊室の名簿を見ながら宿屋の女主人が問い掛けてきたのでエランはすぐに返答する。
「大丈夫,とりあえず一泊,いくら?」
「五赤レルスだよ」
「ハトリ」
「分かってるですよ。はい,五赤ですよ」
「はいよ」
エランが値段を確かめてハトリに確認する頃には,ハトリは既に値段分の硬貨を受付に出していたので宿屋の女主人は金額を確かめるとエラン達に目を向けた途端に,女主人はエランを確かめるように見詰める。
頭の天辺から足の爪先まで受付の記帳台から身を乗り出して確かめるようにエランを見回す女主人にエランは首を傾げるだけだった。そんなエランの代わりにハトリが口を開いてきた。
「いったいなんなのですよ」
「あぁ,すまないねぇ。もしかしてと思って確かめてたのさ」
「何をですよ?」
ハトリが尋ねると宿屋の女主人はエランを軽く指差しながら口を開いた。
「あんたがエランかい?」
「名前はエランだけど」
「何でエランの事を知っているですよっ!」
首を傾げながら平然と答えるエランとは対照的にハトリは驚きの声を上げた。そんなエラン達を見て宿屋の女主人は一笑いしてから話を続けてきた。
「かなり男前の人に頼まれ事をされていただけさ。白銀色の髪と鎧を身に纏っている少女がエランという名前だったら,渡してくれって」
宿屋の女主人はそう言うと受付の記帳台に付いている引き出しを出して中を探り始める。その間に何らかの察しが付いたハトリが溜息交じりで口を開いてきた。
「はぁ,ここまで面倒な事をよくやるですよ」
ハトリの言葉を聞いて同意するかのようにイクスが鞘を何度か鳴らしたが,エランにはまったく何の事か分かっていないみたいで未だに首を傾げている。そうしているうちに捜し物が見付かったのだろう,引き出しを閉めた宿屋の女主人が一通の手紙をエランに差し出してきた。
「イブレっていう男前の人から,あんたに渡すように手紙を預かってるよ。あんたが言っていたエランならイブレって言えば分かるって聞いてたけど,その通りかい?」
「うん,イブレからの手紙なら受け取る」
「まったくイブレも毎度毎度ですよ。しかも今回はかなり回りくどいですよ」
エランの横で愚痴を漏らすハトリに目を向けていた宿屋の女主人だったが,エランが手紙を受け取る為に手を伸ばしてきたので女主人は視線をエランに戻すと手紙と一緒に部屋番号が彫られた小さくて薄い鉄板が付いた鍵を一緒に渡した。それから宿屋の女主人は再び商売の事で口を開いてきた。
「部屋は三階だよ。それとうちは夕食と朝食も提供してるけど,人によっては外で食べるのも居るからね。あんたらはどうする?」
「両方ともお願い」
「はいよ,食事は部屋に持って行くから出来るだけ待ってな。夕食は二十時,朝食は八時半ぐらいになるよ。それと重い荷物があるのなら案内がてら私が持って行くけど」
「荷物は小さくまとめられるから大丈夫,部屋も番号で分かるから平気」
「そうかい,それじゃあゆっくりして行ってくんな」
安宿ならではの家庭的な対応をしてる女主人にエランは頷くように頭を下げると,受け取った手紙をスカートの衣囊へと仕舞い込むと割り当てられた部屋があるだろうと思われる階段に向かって歩き始めたのでハトリもエランの後に続いて,その場を後にした。そして,これまた安宿特有の狭い階段を上って行き三階まで上ると廊下に出て鉄板に彫られている部屋番号を見付けると鍵を開けて中に入って行った。
部屋に入ったらすぐに狭い通路が短く続いており,途中にドアが一つあるだけで奥の部屋に辿り着いた。部屋には大きなベットが一つ置いてあるだけで,他には何も置いていない,というよりおけない程に狭いと言った方が的確だ。そして部屋から通路側を見ると大きめなドアが一つあり,エランが中を確認すると狭い脱衣所と狭い浴槽が備え付けてあった。まあ,安宿でお風呂があるだけでもかなり好条件な種類に入るだろう。それぐらい風呂付きというのは安宿では珍しい。そしてハトリはその事を知っていたからこそ,この宿を選んだ。お風呂好きのエランとハトリ自身も外に出ずにお風呂を堪能したかったからだ。
狭いながらも設備はしっかりしているようだ。まあ,その代わりって訳でもないだろうが設備以外の収納やら消耗品やらが置いていないのは仕方ない事だろう。そんな安宿の部屋でハトリは部屋の隅に荷物を置くと,エランも背負っていたイクスをベットの横に立て掛けた途端に金属音を鳴らしてイクスの刀身が姿を見せるなり先程まで気を利かせて喋らなかったので声を発して来た。
「いつもの事ながら俺様の気品に満ち満ちてる声に驚く奴が多いからな。ああいうエランとハトリしか居ない場合は黙り込んでいるのも寛大な俺様ならではだな」
「安値で売り飛ばしたい剣が何か言い出したですよ」
「このガキが,せっかく俺様が気を遣ってやったっていうのになんて事を言いやがる」
「はいはい悪かったですよ。ついでにですよ,その刀身に冗談という言葉を刻み込んでおきたいですよ」
「お前の場合は嫌味を大盛りに盛った冗談だろ」
「否定はしないですよ」
「しろよっ!」
「なら大盛りじゃなくて特盛りに訂正するですよ」
「そこを訂正するなっ!」
「イクス,ハトリ,やめて」
「エランがそう言うならやめるですよ」
「ちっ! 仕方ねえなっ!」
さすがにエランを不機嫌にしたくないので漫才のような会話を止めたイクスとハトリを確認するとエランは白銀の鎧を脱いで,いつの間にかハトリの荷物から取り出していた鎧掛けに鎧を一つ一つ掛けて行き,靴だけを残して全ての鎧を掛け終わると真っ白な服だけで見た目だけは滅多にお目にかかれない美少女に見えるエラン。そんなエランが一万の兵を相手にしても負けはしないイクスというスレデラーズの使い手とは思えない程だ。
鎧を脱いですっかり身軽に,まあ,鎧と言ってもかなり軽装な鎧だが,それを身体から外しただけでも開放感があるのだろう。エランは思いっきり背を伸ばした後にベットに座るとハトリがすぐにエランの隣に座ってきたのでイクスが再び声を発して来た。
「そういやあ,イブレからの手紙は何が書かれてるんだ。手紙の内容も気になるがイブレの野郎が的確にこの宿に手紙を渡していたのも不思議だな」
「そう言えば不思議」
イクスの言葉に同意するエランだがハトリだけは心当たりがあるみたいで,その事について口を開いてきた。
「この町は安宿が少ないですよ,なにしろ国境近くにある町だから商人や旅人が稼ぎやすい町ですよ。だからこの安宿も簡単に見付けられたですよ,そしてこの町にある安宿を全部一人で回るのは簡単な事ですよ」
「あ~,つまり,なんだ。イブレの奴は全ての安宿にエランに向けた手紙を配っていたって事か?」
「その可能性は充分に有るですよ,そして確率も高いですよ」
「いつにも増して面倒な事をしやがるな。そういやイブレとこの前別れたのはいつだった」
「六日前ですよ」
「そういやぁ,イブレの奴,なんか急ぎの用事が有るとか言って先に行ったんだよな?」
「その通りですよ,そしてこの町にある全ての安宿にですよ」
「手紙を渡し歩いたと言う訳か。相変わらず何を考えてやがんだか」
「本人に聞いても偶然で済ませるか笑って誤魔化すだけですよ。まあ,本心はこうした方が面白いとしか考えてないですよ」
「あぁ,確かにイブレの本心はそうだろうな,あの野郎はちょっとした遊び心に凄く手間を掛けやがるからな。これぐらいの事はちょっとした悪戯としか思ってないだろ」
「イブレならその程度の動機でやってもおかしくないですよ」
「イクスもハトリもイブレの何について話してる?」
「……」
「……」
突如として会話に疑問を投げ込んで来たエランに対してイクスとハトリは返す言葉もなく,ただ黙り込むしかなかった。そんなイクスとハトリに対してエランは首を傾げて何の事かと考え始めようとした途端,イクスが何かを思い出したみたいで慌てて声を発する。
「そういや,イブレから手紙は読まなくて良いのか。イブレがわざわざエランに渡すように頼んでおいた手紙だからな早めに読んでおいた方が良いんじゃねえか」
「イクスの言う通りですよ。エラン,早く手紙を読むですよ」
いきなり手紙を読むように急かしてきたイクスとハトリにエランはまだ首を傾げてイクスとハトリの態度が急変した事について考えようとしたエランだが,イブレがわざわざ自分の手に渡るように託していった手紙なだけに,と思っているエランも手紙の内容が気になったのでスカートの衣囊から手紙を取り出して蝋印を指で破くと中に入っていた紙を取り出して目の前に広げると並んでいる文字を朗読する。
「エランへ。そろそろハトリがお金が無いと騒いでいる頃だと思うから,稼げる場所を探しておいたよ。少し詳しく書いておくからしっかりと読んでから来て欲しい。エラン達が居るハルバロス帝国は東の隣国であるミケナイ王国と休戦協定を結んでいるから,今はこちらも南の隣国であるディアコス国とは全面的に争っている状態だね,とは言ってもほとんどは小競り合いが続いているだけで両国とも大規模な戦いになるのは希なんだけどね。そしてその希な事が今は起こっている状態だよ。最初は小競り合いに両軍が一気に援軍を一カ所に集中して送ってしまったからね,小競り合いで戦っていた両軍の兵が一気に増えた為に両軍とも更に兵を掻き集めて援軍として送るだけじゃなく,いよいよ本国に居る将軍まで軍を率いて出陣した状態に成っているんだよ。その為に両軍とも小競り合いが一旦止まるとディアコス国にあるモラトスト平原に両軍が大規模な布陣する状態に成ったんだ。だから今ではモラトスト平原にハルバロス軍とディアコス軍が大規模な布陣を敷いているけど,聞くところによると戦況は膠着状態に成っているみたいだよ。まあ,詳しい事は実際に行ってみたいと分からないけどね。だからエラン,モラトスト平原に布陣しているハルバロス軍の本陣に来れば,すぐに雇って貰えるように手配しておくよ。ちなみにハルバロス軍として参戦するのにはしっかりとした理由があるよ。簡単に言ってしまえばハルバロス軍がかなりの数になる傭兵を雇い入れているから。そんなハルバロス軍に対してディアコス軍はほとんど傭兵を受け入れていないし,無理に行ったところで報酬は安いだろうね。だからエラン,モラトスト平原に布陣しているハルバロス軍の本陣で待っているよ。イブレーシン=シャルシャより」
手紙の朗読を終えたエランは手紙を見ながら何かを考えているようにも見えたのでハトリは黙っていると,その事を全く気に掛けていないイクスが声を発して来た。
「ハルバロス帝国とディアコス国との戦争と来たか。まあ,この二国が大規模な戦争をやり始めてもまったく不思議とは思わねえけどな」
イクスの言葉を聞いていたハトリが大きく溜息を付くと仕方ないという感じでイクスに向かって口を開く。
「それはそうですよ,両国ともタイケスト五国に数えられる国ですよ。そんな国同士がぶつかり合っても不思議ではないですよ」
「タイケスト山脈があるから」
ハトリの言葉を聞いていたエランが呟くように,そんな言葉を口から出すと手紙を折り畳んでベットの上にそっと置いた。それを切っ掛けとした訳ではないが,切りが良かったのでイクスが会話を再開させる。
「そういやあ,エランの鎧もタイケスト山脈で採れた物を使ってるんだったな」
「うん,イクスの鞘にも」
「タイケスト山脈と言えば金脈や銀脈はもちろん珍しい鉱石が採れる事で有名ですよ。そしてハルバロス帝国とディアコス国を含めたタイケスト山脈を取り囲む五国をタイケスト五国と呼ばれてるですよ,だからこの辺では知ってて当然と言った感じですよ」
「まあ,話だけなら俺様達がハルバロス帝国に入ってからいろいろと聞いてるからな。タイケスト山脈での採掘地を巡って各国が争っているとか,協定を結んで休戦しながらも各国の動向を探り合ってるとかな」
「それは当然ですよ,各国ともタイケスト山脈にある鉱山地を欲しているから常に争いが絶えない地域ですよ。各国をそこまでさせるのが金脈はもちろんの事ですよ,珍しい鉱石が採れるからですよ。その鉱石は鉛よりも軽く鋼よりも堅く加工するのにも容易い鉱石が数多く採掘が出来るからですよ」
「そういや,イブレの野郎がタイケスト山脈で採れる鉱石に付いて話してくれた事があったな。なんて名前だったか覚えてねえけどな」
開き直るように堂々と声にして発して来たイクスが言い切ると今度はエランが口を開いてきた。
「イクスの鞘にはモリブデン,私の鎧にはオリミスと呼ばれる鉱石が使われてるってイブレが言ってた」
聞いただけではどんな鉱石なのか全く分からないが,エランもイブレがそれらの鉱石を使ってイクスの鞘とエランの鎧を作っているところを見た訳ではないので詳しい事は分からないが名前だけは覚えていたようだ。そしてエランの言葉を聞いていたハトリが何かを思い出すように指折りながら会話を続ける。
「確かですよ,オリミスにモリブデンにクロジルコと呼ばれている鉱石が貴重で重宝されているですよ。他にも珍しい鉱石が採れるみたいですよ,けどですよ,この三つがタイケスト五国ではかなり重宝されて市場にある程度は出回っているけど値段がかなりの値が付いていると聞いたですよ」
「ハトリの話を聞いて思い出したけど,その三つの鉱石は採掘されてもほとんどが国の物にされて軍備に使われているか,国からの依頼で名のある鍛冶師が加工して国に渡すからほとんど市場に出回らない。例え出回ってもハトリが言った通りにかなりの高値が付くってイブレが言っていたような気がする」
最後は少し怪しくなったがエランが言った事にはほとんど間違いは無い。タイケスト五国の全てがハトリが言っていた鉱石を国財として国庫で管理をしている。その為に市場では品薄の珍しい商品として出回るから高値が付いて丁重に扱われている。そしてこれらの鉱石を販売しているのも国からの直営店だ。
国が営んでいる販売店から貴重な鉱石を販売している為に,その売り上げも直接国庫に入るという訳だ。その為にタイケスト山脈で採れる貴重な鉱石は国の為に使うだけではなく,国の財源になるからこそタイケスト山脈を取り囲むタイケスト五国は絶えず掘削地の領土を巡って争っているという訳だ。
イブレがどのようにして鉱石を手にしてエランの鎧とイクスの鞘を作ったのかはエラン達には分かりはしないが,今は目の前に迫っている問題を解決する方が先決な事を思い出したイクスが声を発する。
「それでエラン,折角イブレから稼げる場所を教えてもらったんだ。どうするんだ?」
イクスがその様に尋ねるとエランはハトリに顔を向けて口を開く。
「確かこの辺りに地図を買っていたはず」
「この辺りだけじゃなく,タイケスト五国が記された地図もしっかりと買ってあるですよ」
ハトリがその様な言葉を発するとベットから立ち上がって隅に置いてあった荷物の中を探るとすぐに二つの巻かれた羊皮紙を持って再びベットに座るとベットの上に二つの羊皮紙を広げた。そのうち一つを見えたエランは口を開く。
「こっちはタイケスト五国の地図」
「はいですよ,ここが今居るハルバロス帝国ですよ。そして南にあって敵対しているディアコス国に東にあるミケナイ王国,その下にフライア帝国に南にあるブラダイラ王国ですよ」
地図を指を置きながらタイケスト五国をなぞるように指を動かしていくハトリ。エランもハトリの指を追いながら地図を見ていたので各国の場所がしっかりと分かった。簡単に説明するとこうなる。
タイケスト山脈を中心にして北西にハルバロス帝国,北東にミケナイ王国,西にディアコス国,東にフライア帝国,南にブラダイラ王国。と,このような感じで各国がタイケスト山脈を取り囲むように位置しており,中でも最も大きな領地を持っているフライア帝国は目を引くが,今は関係ないとエランは口を開く。
「こうして見るとタイケスト山脈を取り囲んでいるのが良く分かる」
「そのとおりですよ。それにタイケスト山脈から採れた鉱石によりにですよ,城砦は強固になって軍備も充実してるからタイケスト五国に攻め入る国なんて無いですよ」
「強固な要塞に充実した軍備と来てるんだ。そりゃあ,簡単にはタイケスト五国に割って入るなんて国が出るはずもないよな」
イクスがそんな事を言うとエランとハトリは同意するように頷くとエランが会話を続けてきた。
「タイケスト五国の位置は分かった。イブレが言ってたモラトスト平原は?」
エランが尋ねるとハトリはもう一つの羊皮紙を重ねるように置くとそこにはハルバロス帝国とディアコス国の地名から町の名前までしっかりと細かく書かれた地図を広げてハトリは一点を指差す。
「ここが今居る町ですよ。モラトスト平原は……ここですよ,この町から国境を越えて南東に行った場所ですよ。ディアコス国の中央北部にある平原みたいですよ」
「……森が途切れてる」
地図を見ていたエランが呟くように,そんな言葉を口から出すとハトリもしっかりと地図を見回して見ると確かにハルバロス帝国とディアコス国の国境は森や林に沿って線が引かれていた。地図を見る限りでは森や林がある方がハルバロス帝国,草原が広がっているのがディアコス国と成っている。ハトリもそれは確認したがエランが言った意味が分からないのでエランに向かって口を開く。
「森が途切れてるのがどうかしたですよ?」
「納得が行った。ディアコス国はほとんど草原地帯になってるから,そんな場所に兵が集まれば戦略も数を頼りにするしかない」
「なるほどですよ。土地柄として遮る物が無いから伏兵や奇襲が出来ない地形とも言えるですよ」
「うん,だからイブレが手紙に記した事にも納得した」
「何にですよ?」
「戦況が膠着状態に成ってる事。戦略として打つ手が限られている地形だからこそハルバロス軍は数多くの傭兵を受け入れて数で押し切ろうとしているのかもしれない」
「そうなのですよ?」
ハトリが尋ねるとエランは首を横に振った。そんなエランにハトリは意味が分からないと言った表情をするがエランは構わずに話を続ける。
「地図から見て膠着状態に成っている理由は分かっても,実際に行ってみないとどのような手を打っているのかは分からない。それにイブレの手紙から両軍とも将軍職が出向いているからには大規模な布陣はしていても,余力を残した中規模な戦争に成っているかもしれない」
「なるほどですよ。それでエラン,そこまで読み解いたからには行くのですよ?」
「うん,イブレが居るからには冒険者ギルドで仕事を見付けるよりも報酬が良いのは確かだろうから」
「確かにイブレが居るからには着いた早々に厄介な仕事を押し付けられそうですよ」
「そうかもしれないけど,その分だけ稼げる。だからイクス,ハトリ,明日の朝に出発してハルバロス軍として参戦する」
「ぎゃはははっ! 面白そうじゃねえかっ! それでこそ俺様の刃が騒ぐという物だっ! エラン,思いっきり暴れてやろうぜ」
「その前にいろいろ確かめる」
「おいおい,俺様が折角やる気を出してるんだぜ。思いっきり暴れるのが筋ってもんだろう」
「どんな筋ですよ」
「クソガキは黙ってやがれっ!」
「駄剣は静かにするですよっ!」
とうとう騒ぎ出したイクスとハトリ。ハトリはベットから下りて直接イクスに怒鳴り,イクスも相変わらず騒がしく怒鳴り散らし,すっかり怒鳴り漫才と化している。エランはそんなイクスとハトリを無表情ながら瞳の奥では楽しげな輝きを示していた。その為にイクスとハトリは怒鳴り漫才を続ける結果となった。
三十分後,怒鳴り疲れたイクスとハトリ。イクスは疲れたと言わんばかりに鞘の中に完全に収まり,ハトリは未だに呼吸が荒く,疲れたと言わんばかりにベットに両腕を後ろに付いて休んでいる。そんなハトリを脇目にしながらエランはハトリがいつも背負っている荷物の中を覗き込む。
余談だが,ハトリが背負っている荷物の袋には収納魔法が掛けられており,エランとハトリにしか袋の中身を確認する事すら出来ない。それ以外の者が見れば中身の無いただの大きな袋でしかない。そんな荷物からエランは身に付けている服と同じ物を取り出すとハトリに向かって口を開く。
「それじゃあ,イクス,ハトリ,私はお風呂に入ってくるから」
いつの間にか,というよりもイクスとハトリが怒鳴り漫才をしているうちにエランは浴槽にお湯を満たしていたので入浴の準備は既に整っていた。だからエランは無表情ながらも足取り軽くお風呂に向かい,ハトリはそんなエランを呆然とした瞳で見送るのだった。
お風呂をしっかりと堪能したエランが出た頃には夕食が届いており,エランとハトリは夕食を取るとハトリが一足早く夕食を食べ終えたのでお風呂に向かった。というよりもお風呂の準備が出来ているのならすぐに入りたかったのだろう,なにしろイクスとあれだけ怒鳴り合っていたのだから。けど安宿ならではの浴槽の狭さに一人ずつしか入れないので長風呂のエランが出るのを待っているうちに夕食が届いたので先に夕食を手早く済ませただけの事だ。そして……夜が更ける。
いつもより少し長風呂をしたハトリは寝室に戻って来るなり,大きなあくびをしたのでエランはベットを軽く叩くとハトリから洗濯物を受け取って荷物の袋に仕舞っている間にハトリはベットに潜り込んでいた。そんなハトリに続くようにエランは掛け布団をめくり上げてベットに座ると口を開いた。
「おやすみ,イクス,ハトリ」
「ああ,明日からは面白そうだから今日はじっくりと寝な,エラン」
「おやすみですよ」
エランの言葉にイクスとハトリが返事をするとエランはベットの横に置いてある照明装置を切って,部屋の明かりを消すと暗闇が支配する中で窓からカーテンを通り越して月明かりが部屋の中に差し込む。そんな中でエランはベットに潜り込むとベットの中央辺りに居るハトリの元にまで進むとハトリを抱きしめるように腕を伸ばした。
エランは片腕でハトリを軽く抱きしめながら,片手でハトリの頭を優しく数回撫でるとハトリは目をつぶりながらも嬉しそうな表情で身体を少し動かした。そんなハトリを見えていた眼を閉じるエラン。
心地良い温もりを抱きながら漆黒の谷に意識をゆっくりと落として行くとエランとハトリは寝息を立て始めたのでイクスは金属音を鳴らさないように鞘の中へ刀身を完全に沈めるのだった。
さてはて,いよいよ始まりました第二章ですが……現時点では未だにプロットは完成していません。いやね,頑張って書いてるんですけどね~。なにやら細かく書いているようで,その為か終わらない終わらない。既に九万字を突破してるのにね~。いやはや……どないせいとっ! まあ,その辺は頑張って書いて行こうと思っております。
何にしてもいよいよ始まった第二章ですよ。まあ,第一話なだけにいろいろと説明が長くなってしまいましたが,始まったからには頑張って書いて行きますよ~。まあ,今回のように想定外がなければですけどね。
いやね,本当なら四日ぐらい前に更新する予定だったのですが,一日を掛けて大きなPCデスクを組み立てたり,その反動で筋肉痛になったり,買い物にかなりの時間を使ったり,通販で買ったゲームが届いて誘惑に負けたりと。ここ数日でかなりの時間が取れなくて,すっかり更新が遅くなりました。まあ,その分だけ頑張って行こうかと思います……明日からねっ!!
まあ,そんな訳で予定としては月末に第二話を更新する予定ですので,これからは時間を取られないと思うので頑張って書いて行こうと思っている次第でございます。さてはて,そろそろ書く事も無くなったので締めますね。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございました。これからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。
以上,到来した夏の暑さに未だに終息を見せない感染症に自分を守る為にどうやって対策をして行こう,とか刹那の瞬間だけ考えた葵嵐雪でした。




