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白銀妖精のプリエール  作者: 葵 嵐雪
第一章 フレイムゴースト
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第一章 最終話

 エラン達が居る洞窟の広場に最も早く到達したのはハツミ軍の荷馬車達だ。しかも荷台には兵士が何人か乗っており,荷馬車が列を成すように止まると兵士達が荷馬車に積んでいた荷物と一緒に降りてすぐに荷物を持って広場の壁へと掛け出す。

 荷物とは組み立て式の梯子であり,兵士達は手際よく梯子を繋ぎ合わせると壁に立て掛けてたら梯子の高さは壁の高さを超えるどころか丁度良い高さに調節されていた。どうやら以前の偵察で壁の高さまでもきっちりと計っていたようだ。

 ハツミ兵はその調子で次々と梯子を立て掛けると,しっかりと固定しているうちに次の部隊が到着して次々と奥の梯子から並び始めた。そして梯子の固定が終わると合図と共にハツミ兵が梯子を登りだして次々と広場の壁を越えて逃げ遅れた盗賊達に斬り掛かる。

 ハツミの兵が次々と壁を越えて盗賊達を掃討している間にエラン達はというと,やるべき事が終わったのですっかりと暇を持て余していた。だからこそ手際よく壁を登って盗賊達に斬り掛かっているハツミ兵を見てイクスが声を発する。

「おうおう,随分と手際よく壁を登ってくな」

「ハツミの領主であるラスリット様も只単に手をこまねいていた訳ではないという証拠だろうね」

 イブレがそんな言葉を発するとハトリは大きく息を吐いてから口を開く。

「なるほどですよ。あの領主様は誰かが焼却の盗賊団で首領をしているカイナスを倒した時の為にいろいろと手を考えていたという訳ですよ」

「まあ,ハトリの言う通りだろうね」

 イブレはそれだけ答えるとエラン達が居る所からほんの少し離れた場所から壁に立て掛けてある梯子を指差しながら話を続ける。

「あの梯子は入口から見ると円形の広場を両側から適切な間隔で立て掛けてあるからね。ハツミの兵はこういう事態を想定した訓練をしっかりとしていたんだろうね。そう考えれば手早く壁を登って盗賊に斬り掛かるなんて事は出来ないからね」

「つまりハツミ兵は前からこのような訓練をしてた」

「そう,エランが言った通りだろうね。とは言っても,これは僕の想像だけどね」

 イブレが最後にそんな言葉を付け加えて軽く笑うとハトリは溜息を付き,イクスはただただ沈黙し,エランはすっかり暇を持て余して自分の髪を確認するようにいじっていた。

 エランの白銀色に輝くような髪はカイナスとの戦いで散々炎の近くを通り,最後には炎に突っ込んで行ったのにも関わらず,焦げるどころか毛先までしっかりと綺麗に整っており,白銀色の艶も薄れる事なく綺麗な色をしているがエランが触っている所々に汚れが付着しておりエランはそれが気になったようだ。エランがそんな暇潰しような事をしているうちにハツミの兵は次々と壁を登り盗賊達を斬り伏せていく。

 ハツミ兵の幾つかは既に逃げ出して出入り口に殺到していた盗賊達を掃討して内部に侵攻していた。これだけ大きな洞窟にエラン達もこの広場まで来るまでに幾つもの脇道があったからには内部はかなり複雑になっていてもおかしくはない。なのでハツミ軍はかなりの人数を投入して人海戦術に出ていた。

 ハツミ側としては最初は一介の盗賊としか見ていなかったのだから情報収集がかなり遅れたものだからこそ,領主のラスリットと騎士団長のベルテフレは話し合って対策を講じる必要があった。その結果としてカイナスを倒した後の行動を兵に訓練をさせていた。それは見ているだけのエラン達にも充分に推測する事が出来たが一つ疑問を思い付いたハトリが口を開く。

「そういえばですよ,カイナスを倒した後の訓練をしていた事は分かったですよ。けど肝心のカイナスをどうやって倒すかはどんな対策をしていたのですよ?」

 とハトリが疑問を言葉にして出すとエランとイブレは考え込むように黙るとすぐにイブレが何か思い付いたみたいでハトリの疑問に返答する。

「そういえばエラン達がハツミに着いた時に模擬戦でハツミ騎士団の百人を相手に戦ったそうだね」

「確かにかなり強引にエランを戦わせたですよ」

 ハトリがそのような言葉を出すとエランも理解したので口を開く。

「それが対策」

 相変わらず短い答えだがイブレは同意するように頷くがハトリは未だに理解が出来ていないみたいで首を傾げる。そんなハトリを見てイブレが話を続ける。

「一先ずエランの言葉を後回しにして,僕が初めてハツミに到着した時の事から話すよ」

「つまりですよ,イブレがハツミに着いた頃には既にカイナスを倒す対策を取っていたですよ」

「その通りだね。僕がハツミに着く前に既にフレイムゴーストの情報を確実に手に入れてたからハツミに向かったんだ。そしてハツミに着くとエラン達も見ただろうけど城門では検問が設けられてて長い行列が出来てた。僕は行列に並んで検問の近くまで辿り着くと看板が掲げられてたよ,その内容は簡単に言うと異常な程の強者つわものを求む,という感じかな」

「異常な程の強者ってなんだよ」

 イブレの言葉に興味を示したイクスがそのような言葉を発して来たが,イブレは軽く笑ってから話を続ける。

「ははっ,確かにどんな人物を求めてるのか分かり辛かったよ。だけどエランがハツミの騎士団と戦った事を思い出したら腑に落ちたよ」

「どういう事ですよ?」

「カイナスはたった一人でハツミの討伐隊を全滅させた。そんなカイナスを倒す為にはハツミの騎士団を百人ぐらい簡単に倒してしまう程の強さを持った人物を探していたんだよ。それに看板にはかなりの報酬額と追加依頼がある事も書いてあったからね,だからハツミの検問は盗賊団に盗まれた盗品を金銭に換えない為だけじゃなく,カイナスを倒す為の人物を探す為に作られていたんだろうね」

「なるほどですよ,検問で腕に自信がある強者を募りですよ,そうして名乗り出た者をエランと同じく百人の騎士団と戦わせてたですよ」

「まあ,そういう事だろうね。だから僕がエランを推薦したにも関わらずに騎士団長はエランを試した。そして領主様もそんな騎士団長を咎める事はしなかった」

「そういや,そうだったな。あの領主様は騎士団長からの報告を読んでも非礼を謝罪するだけで騎士団長に付いては何も言わなかったな」

 イクスがそのような言葉を発するとエランにも何となく二人の気持ちが分かったみたいで思わず口を開いて話を続ける。

「領主と騎士団長,立場は違えどハツミを想う気持ちは同じだからこそ私に対して非礼を詫びるだけで場を治めた。けどイブレ,どうして私達がハツミに行く事が分かったの?」

「またですよ」

「あ~……」

 エランの発言を聞いてハトリとイクスはそれぞれに反応を示すが問い掛けられたイブレはというと軽く笑いながら口を開く。

「ははっ,偶然だよ,偶然。それにエランがハツミの近くまで来ている事は知っていたからね。もしかしたらと思って動いていただけだよ」

「そっか」

「いやいやですよ,それで納得をしないで欲しいですよっ!」

「ってか,イブレの野郎はハツミに着く五日前に別れたばかりだから俺様達の行き先なんて知ってて当然だろうっ!」

「んっ,けどイブレは偶然と言ってる」

「そう偶然,偶然」

「うん,偶然」

 観察力と洞察力に長けているエランなのだが,イブレが偶然と言う事だけは鵜呑みにして全く疑いもしないものだからハトリとイクスはいつも最後には言葉を失い,イブレは少し楽しそうに笑うのが日常になってしまった。

 こればかりはイクスとハトリは毎回イブレとエランに不自然さを強調するのだが,エランは未だにその不自然さに理解が出来ないものだから首を傾げるだけで今もイクスとハトリが言っている事が理解していないので首を傾げるエランだった。そんなエランから気を逸らして落ち着いたイクスが話を戻してきた。

「まあ,イブレの事は放っておいて。要するに,あの領主様と騎士団長はカイナスを倒せる人物を探していたからこそ騎士団長はイブレからの推薦が有ったにも関わらずにエランを試した。まあ,領主様をあっさりと説得とは,さすが流浪の大軍師様って訳だよな」

「ははっ,イクスも意地が悪いね。そのあだ名はスレデラーズを探していたら勝手に言われるように成っただけなのに。けどイクスが言う通りにそのあだ名があったからこそ楽に領主様との謁見が出来てエランを推薦できたのも事実だからね,自慢はしないけど否定もしないよ」

「けっ,それが自慢だってんだよ」

「そこはイクスに同意するですよ」

「ははっ,二人とも手厳しいね」

 すっかり会話が日常会話に成った頃,一頭の馬が兵を乗せてエラン達の元へ駆けてくる音が響くと馬はエラン達の手前で馬首と前足を大きく上げて止まり,馬の前足が地面について馬を落ち着かせると乗っていたのがストブルだと分かり,ストブルは落ち着いた馬から下りると手綱を持ちながらエラン達の方へと歩み,エラン達の前に立つと口を開く。

「お待たせしました皆様,エラン殿の読み通りに盗賊は四散している様なのでイブレ殿の策通りに兵を進めたので皆様は入口に止めてある馬車でお戻りください。後は私達が受け持ちますから」

「とか言って俺様達の功績を」

 イクスが何かを言い掛けた途端にエランの後ろから金属音が鳴り響き,エランの右手がしっかりとイクスを鞘の中に押し込んでいるものだからエランがイクスを鞘の中に押し込んで言葉を途切れさせた。その為に喋りかけていたイクスが鞘の中で暴れて小さな金属音が小刻みに聞こえてくるが,エランがしっかりとイクスの柄を掴んでイクスを鞘の中に押し込んでいる為にイクスは声を発する事が出来ない。その状態のままエランはストブルに話し掛ける。

「分かりました,後はお任せします。それと報酬であるフレイムゴーストはしっかりと頂いたので,その事をしっかりとラスリット様にお伝えするようにお願いします。それと私達は契約を果たしただけで決してハツミ騎士団が私達の功績を横取りしたとは思っていませんので,そのような誤解が無いようにお願いします」

「はい,それでは他の者にフレイムゴーストの件をラスリット様に伝えるように致しましょう。それと誤解というのはどういう事ですか」

「イクスが余計な事を言い掛けてですよ,それが誤解に成るとエランが思ったから言っただけですよ,そして分からなければその方が良いですよ,だから誤解については気にしなくて良いですよ。それよりもですよ,フレイムゴーストをちゃんと貰った件に付いての報告をお願いするですよ」

「はっ,それでは一旦失礼します」

 ストブルは左手に手綱を持ちながら右手で素早く敬礼して,すぐに馬を連れてエラン達から一度遠ざかっていくと,エランは背負っているイクスを押し込みながら外すとイクスが出られないように押し込みながら前に持ってくるとやっとエランが手を離したのでイクスの刀身が少し飛び出て,すぐにイクスが声を発して来た。

「おいおい,俺様は正当な権利を言っただけでだな」

「イクス,石打の刑」

「調子に乗って余計な事を言いましたっ! 猛省するので許してくださいっ!」

 エランの言葉一つで態度を一変させたイクス。まあ,エランとしてはスレデラーズであるフレイムゴーストが手に入っただけでも,ここまで戦った理由としては充分でそれ以上の事は望んでいない。だからこそエランはイクスの言葉を遮って誤解が生まれないようにストブルに釘を刺してハトリが念入りに釘を深く打ち込んだ,と言ったところだろう。そして面白がっているハトリが手にしている物をエランに渡しながら口を開く。

「エラン,丁度良い石を持ってきたですよ」

「うん,ありがとう」

「受けとんなっ! 充分過ぎる程に謝っただろうっ!」

 自分の謝罪を強調するイクス。そんなイクスを見てエランは手から石を落として口を開く。

「冗談」

「あのな,そんな冗談は刀身に響いて俺様の体調が悪くなるぞ」

「けどイクス」

「んっ,なんだ?」

「イクスの言い分も分かるけど,それを言わない事を含めた契約だから。次に同じような事を言おうとしたら容赦なく,すぐに石打の刑」

「分かりましたっ! 刀身の奥深くまで刻んでおきますっ!」

「うん」

 イクスの言葉に満足したのか、エランは満足げに頷くと再びイクスを背負う。するとこれまで静観していたイブレが面白げに軽く笑いだしたのでイクスとしては声を出さずにはいられなかった。

「おいおい、イブレよ。そんなに俺様が猛省しているのがおかしいのか?」

「まあ、それもあるけどね」

「あるんかいっ!」

 イブレの言葉に思わず大声を発するイクス。そんなイクスを軽く笑ったイブレが話を続けてくる。

「けどイクス、今の状態でこれ以上のものをねだるのは契約違反になるよ」

「ちっ、別に何かを貰おうと思ってた訳じゃねえよ。少しばかり威張っていじめようとしただけだ」

「それが悪い」

「すみませんでしたっ!」

 エランの一言で思いっきり謝るイクスにイブレは隠すように笑うがエランの隣に居るハトリは思いっきり笑っていたが,イクスとしてはこれ以上の失言は避けたいみたいで刀身を震わせながら黙り込んだ。そんなイクスに追い打ちを掛けるようにエランが口を開く。

「確かに今回の一件で一番苦労したのは私とイクス。だけど苦労の報酬としてスレデラーズの一本であるフレイムゴーストを貰う約束をしっかりと果たした。だから傍目から見るとハツミ軍が目立って盗賊団を退治したと見られても仕方ないけど,スレデラースの一本と比較すれば安すぎる対価。だからそれ以上のものは求められない」

「そもそもですよ,スレデラーズの一本を報酬として出したのですよ。相手によってはスレデラーズを報酬に出すなんて輩はほとんど居ないと言っても良い程ですよ。たった一本のスレデラーズで数万の敵を倒し堅牢と呼ばれる城をも簡単に落とせると言われる程のスレデラーズですよ。価値を値段にすれば国が買えるとまで言われてるスレデラーズですよ,そんなスレデラーズをあっさりと報酬として渡しただけでも領主様はハツミの事を一番に考えている事がわかるですよ」

「あ~,はいはい,分かってるよ。ただちっとばっかし目立とうとしただけじゃねえか,それなのに長々とグチグチ言うなよ」

「契約だと私達の役目はカイナスを倒す事だけ,見た目としてハツミ騎士団に功績が移ろうとしっかりとした報酬を貰っているからには文句は言えない。最もあの領主様が契約違反をしてくれば別だけど」

「それはないだろ。あの領主様はどう見てもお人好しだ,そんな奴が今に成ってスレデラーズを欲するとは思えないしな。そして調子に乗ってちとハツミ騎士団に頭が上がらないように目立とうとした事は重々猛省していますので,そろそろ勘弁してくれ」

「うん,分かった。だからイクス……あまり調子に乗らないように」

「分かったから本当に勘弁してくれっ!」

 最後にはそんな叫び声を上げたイクスに笑い声を上げるハトリとイブレ。そしてエランも瞳の奥で楽しさの光が差し込み,いつもの無表情からほんの少しだけ微笑むような表情に成ったのはエランが成すべき事を全て終えて安堵した証明みたいなものだ。いつの間にかエラン達は和やかな雰囲気に成っており,もう一人少し安心したストブルが戻って来るなり笑顔で口を開く。

「随分と賑やかですね。それと既にフレイムゴーストに関しては伝令が出立したのでエラン殿達が戻られる頃にはラスリット様は報告を受けているでしょう」

「うん,ありがとう」

「それではエラン殿,カイナスを倒してくれた事にハツミ騎士団を代表してお礼を申し上げます。私は他の者達と同じくここに残りますので皆様は先にお戻りください」

「分かった,イクス,ハトリ,戻るよ」

「はいよ」

「はいですよ」

「それじゃあ洞窟の入口に待っている馬車に向かおうとしようか」

 エランの言葉に返事をするイクスとハトリ,そしてイブレは確認するような言葉を口にするとストブルに目を向ける。イブレの視線に気付いたストブルは一度だけ頷き,その後で大きく頭を下げた。そんなストブルを背にエラン達は歩き出す。

 広場はすっかりハツミの兵で埋め尽くされており,慌ただしく動く兵の邪魔に成らないようにエラン達は広場を抜けると洞窟の入口がある方からも声やら何かが慌ただしく動く音が響いてくる。どうやらハツミ軍は広場だけは無く,途中にある脇道にも突入したみたいで逃げる足音や戦う剣戟の音が聞こえてくる。エラン達はそんな音を全く気にする事無く歩みを進めるのだった。



 エラン達が洞窟から出るとハツミ領主の紋章が入った馬車と御者を担う兵士が待っていた。兵士がエラン達の姿を確認すると馬車のドアを開けてえ乗るように言ってきたからエラン達は馬車に乗り込むと兵士は御者の席に座って馬車を走らせ始めた。

 馬車はすんなりとハツミの町に到着すると速度を落としてゆっくりと町の中を進んでいく。エランは窓から見える町並みは賑やかで,中にはエラン達が乗っている馬車に向かって手を振る物まで居た。そんな光景を目にしたエランが口を開く。

「私達が焼却の盗賊団を壊滅に追い込んだ事は町の人達にまで知っているみたい」

「そうみたいだね,わざわざ領主様の馬車を出したのは領主様の細やかな気遣いみたいだね。ハツミを救ってくれたエランを無下に扱う事なんてしないのが,あの領主様らしい所と言えるからね」

 イブレがそんな事を言うと外の向かって手を振ったら若い女性達が喜びの声を上げたので,ハトリは溜息を付いてから話に加わる。

「私達は契約を果たしただけですよ。確かにハツミの人から見れば少しは英雄視されるかもですよ,それでもきっちりと報酬を貰っているからには目立つ事は控える筈だったですよ」

「ぎゃはははっ,別に良いじゃねえかよ。報酬はともかくとして俺様達がハツミの役に立った事には間違いはないんだからよ,賞賛は素直に受け取っておこうぜ」

「この駄剣はまた調子に乗っているですよ」

「別にここで騒ぐくらいは良いじゃねか。なあ,エラン」

 同意を求めてきたエランは視線をハトリ達に移してから一度だけ頷くと口を開きだした。

「町の人達から直接何かを言われている訳じゃないから構わない。イクスもあまり大声を出さなければ問題は無い」

「だとよクソガキ」

「エランがそう言うのなら駄剣の遠吠えぐらいは我慢してあげるですよ」

 エランの右側に座っているハトリがエランの右側に立て掛けてあるイクスの刀身を睨み付ける。そしてイクスも目はないにしろ睨むような雰囲気をハトリにぶつけるのだった。イクスとハトリがそんな事をしているとイブレがエランに向かって話し掛けて来た。

「疲れたのかい,エラン?」

「疲れてはいない。そもそも全力を出したのはほんの少しだけ,後は時間稼ぎの為に相手に合わせて戦っていたから。けど……」

 そう言葉を斬った後にエランは再び視線を外に向ける。馬車が進むだけあってかなり大きな通りに両側には店や工房が建ち並び,人々はエラン達が乗っている馬車を見る度に指差したり,手を振って礼の言葉を大声で叫んだりとすっかり英雄の帰還とも言える様な賑やかさに為っているのを見詰めている。エランはそんな人々を見て,イブレは微笑みならエランを見ているとハトリが口を開いてきた。

「エラン,確かに私達は契約を果たしただけですよ。だけどエランの働きによってハツミの人達に笑顔が増えたのも事実ですよ。だから笑顔の賞賛を受け取っても良いと思うですよ」

 ハトリが微笑みながらエランにその様な事を言うとエランはハトリの方に顔を向けてハトリの顔を見ると瞳の奥に微笑みを華咲かせながら口を開く。

「うん,そうだね。ありがとう,ハトリ」

「お礼を言われる程じゃないですよ。ただ私もエランも初めての経験だから,思った事をそのまま口に出しただけですよ」

「……うん」

 少しの沈黙を置いて短く返事をしたエランは右手を伸ばしてハトリの頭を優しく撫でる。ハトリも微笑みを浮かべながら素直に撫でられている。そんな光景をイブレは微笑み中に嬉しさを交えて見守るのだった。



 馬車が領主城に着くとすぐに門は閉められて馬車は左回りに動きを変えると城の大きなドアの前で止まり,待っていた兵士達が馬車のドアを開けるのと同時に城のドアを開けて城の中に入るように促して来たのでエラン達はそのまま城の中に入ると一人のメイドが待っており,城のドアが閉まるとメイドが口を開いてきた。

「無事のお戻りなによりです。そして一足先に城の者達を代表して御礼を言わせて貰います,此度の一件を見事に成し遂げてくれた事に感謝致します」

「……うん」

「どうもですよ」

 メイドの言葉を聞いて返答に困っていたエランの代わりにハトリが口を出してきたのでエランは少し安堵する。そしてハトリの言葉を聞いたメイドが身体を横に向けると城の奥を手で指しながら口を開く。

「それではラスリット様がお待ちかねですので,そちらにご案内致します。ラスリット様もエラン様達の働きに大層感謝されておりますので,是非ともラスリット様にご報告とご無事に帰った顔をお見せ下さい」

「ありがとうですよ」

「それじゃあエラン,ラスリット様の元へ行こうか」

「うん」

 ハトリがメイドの言葉に応えるとイブレがラスリットの元へ行く事を促してきたのでエランは短く言葉を返す,そんなエランの言葉を聞いてメイドは自ら先頭に立って歩き出したのでエラン達もメイドに続いて歩き始めた。そしてエラン達は大きな転送装置が内蔵されている柱に辿り着くとメイドが中に入るように促して来たのでエラン達が柱の中に入ると最後に入って来たメイドが口を開く。

「一等賓客歓迎室」

 足下の魔方陣が光るとエラン達の姿が消える。そして別の場所に転送したエラン達の足下に光っていた魔方陣が消えるとメイドが外に出るように促して来たのでエラン達は外に出るとエランは近くにあった窓から外を見る。城の城門どころか町の城壁から城門まで見えるからには,ここが城の上層部だという事がすぐに分かった。

 エランが窓がから外を見ているとメイドが声を掛けて来たのでエランは再びメイドの後を移動するとメイドに続いて歩き始める。そして一際豪勢な装飾が施されている廊下を少し歩くと,これまた豪勢な装飾を施してある両開きのドアに辿り着いたのでメイドはドアを大きくノックして少し大きな声で口を開く。

「エラン様達をお連れしました」

「すぐに通してくれ」

「畏まりました」

 ドアの奥からラスリットの声が聞こえて来たのでメイドは片方のドアを大きく開くとエラン達を中に入るように手で促す。そしてエラン達は部屋の中に入ると,これまた豪勢な造りの部屋に成っていたが,部屋を気にするよりも真っ先に奥に座っていたラスリットが立ち上がってエラン達の方へと歩み寄ってきたのでエランとしては少し対応に困っていた。そんなエランの前にまで歩いてきたラスリットはまず口を開いてきた。

「エラン殿,イクス殿,見事な戦いぶりは報告を受けております。まずは見事に契約を成し遂げてくれた事にお礼を申します」

「報告を受けた,ではなく見ていたの間違いでは」

 突如としてイブレがそんな事を言ったのでハトリは驚き,イクスも声を発する。

「おいおいイブレよ,それはどういう事だ」

「はははっ,イブレ殿は察していましたか」

「えぇ,最も気付いたのは途中からですけどね」

「一体何の話なのかそろそろ教えて欲しいですよ?」

 ハトリがそう言ったのでラスリットは苦笑いを浮かべながらハトリの質問に答える。

「実を申しますと,エラン殿達が盗賊を奥に押し上げた頃合いを見付けて映像送信装置を持った兵がイブレ殿達が居る後ろからエラン殿の戦いぶりを送らせていたのです」

「映像送信装置ですよ?」

 ハトリがそのような質問をするとラスリットは領主にも関わらずに礼儀正しく一礼してからエラン達に背を向けて歩き出し,部屋の中にあるテーブルの奥に置いてある四角い水晶のように透明な箱の上に手を置いた。その透明な箱は両脇の柱で角度が変えられるように成っており,斜め上を向いている状態で置かれていた。そして箱の隣には鏡のような物が置かれておりラスリットは箱に手を置きながらハトリの質問に答えて来た。

「この箱は映像受信装置という魔術道具で鏡の方が映像送信装置と言います」

「それを使っていたですよ」

「はい,これは鏡に映った映像を箱の方に送る魔術道具で使用者の魔力によりますが,強い魔力を持つ者が鏡に魔力を送れば,遠くにある箱の方に鏡に映ったものを見せてくれるんです。イブレ殿が言った通りに斥候として乗り込んだ魔道兵にこの鏡を持たせてここからエラン殿の戦いを見ていたという訳です」

「なんか覗き道具に思えるですよ」

「ハトリ」

「いえいえ,お気になさらず。実際には盗み見ていたのと同じようなものですから」

 ハトリの言葉にエランが注意の為に名前を呼んだが,当のラスリットは全く気にしないどころかハトリの言葉を肯定するような言葉を発したのでエランとしては何も言えなくなってしまった。そんな中でイブレが口を開く。

「まあ,こうした映像を操作する装置は珍しいからハトリ達が知らないのも無理はないよ。けど大きな都市を治めている方がこうした装置を持っている場合もある。なにしろこれがあれば自らの足で出向かなくても治めている都市を安全に見て回る事が出来るからね」

「イブレ殿の言った通りですが,今回はエラン殿の戦いぶりがどうしても気になりましてね,この魔術道具を使った次第です。お気を悪くしたのなら謝ります」

「その必要はありません。焼却の盗賊団を掃討が出来るか出来ないかは領主であるラスリット様にとっては大問題なのは承知の上ですから気にしないで下さい」

 ラスリットの言葉を遮ってエランがそんな言葉を口から出したのでラスリットとしては安心したような表情を見せる。まあ,ラスリットの心境としてはエランが言った通りなのは間違いないから一応にこうした装置を使う名分は立っている。それにエランとしても実際に戦っているところを見ていたのなら細かい説明をする必要が無いので助かった,という気持ちがあるので特に気にしていないのは本当だ。

 エランの言葉を聞いたラスリットは箱から手を離して再びエラン達の前へと歩み進むと微笑みを浮かべながら口を開いた。

「それと先程入った報告ですが,盗まれた品は食料品以外はほとんど回収が出来るので商人達に還元が出来ます」

「それはなによりです」

 エランがそう答えるとラスリットは大きく頭を下げて口を開く。

「なにもかもエラン殿のおかげです。ハツミを代表して感謝を申し上げます」

 まさか領主であるラスリットが自ら頭を下げて感謝を述べるとは思っていなかったのでエランは出す言葉を思い付かないでいるとイクスが声を発して来た。

「領主様よ,こちとら報酬があっての仕事だ。俺様達はその仕事をこなし報酬を貰ったからにはハツミにどれだけの影響があっても感謝は要らねえよ。エランもそれで構わねえだろ」

「うん,なのでラスリット様,どうぞ頭を上げて下さい」

 イクスとエランの言葉を聞いてやっと頭を上げるラスリットは感謝から来る微笑みで満ち満ちている。そんなラスリットの顔を見てやっとエランも安堵した。が,こうなってくるとイクスが調子に乗ってくるのは自然の成り行きとも言えるからこそイクスは声を発する。

「まっ,俺様達のおかげで全ては上手く行ったようなもんだ。感謝はもう要らねえが追加の報酬なら大歓迎だぜ」

「また調子に乗り始めたですよ」

 ハトリがいつも様に釘を刺そうとするが,それよりも早くラスリットから意外な言葉が出て来た。

「追加報酬でしたら既に考えていたところです。とは言っても大したものは出せませんが,エラン殿達を賓客として迎え入れます。今日だけでなく気が向くだけ,この城に留まり疲れを癒やしていって下さい」

「本当ですよっ!?」

 信じられない提案にハトリが驚きと疑問の声を上げる。エランも内心では驚いているもののいつもの無表情で分からないままだが,イクスは驚きよりも提案の良さに思わず声を発する。

「ぎゃはははっ,言ってみるものだな。まさか俺様達を賓客扱いで迎え入れてくれるなんてな,その器のでかさにこちらが感謝ってところか」

「私自身は自らの器が大きいとは思っておりませんが,この待遇が報酬とは別の感謝の証として受け取って貰えればよろしいかと」

「だとよ,エラン。もちろん断る理由はねえよな」

「イクスが調子に乗り続けてると断って処罰」

「調子に乗った俺様がすみませんでしたっ!」

 エランがそんな事を言ったのでイクスが速攻で謝ると賑やかで和やかな雰囲気となりエランもどこかで心地良さを感じていた。そして一通り笑ったハトリがエランに尋ねる。

「そうなるとですよ,エラン。この提案を受け入れるですよ」

「うん,感謝の印としてなら受け入れて厄介になるつもり」

「ええ,いつまでも,この城に居て下さい」

 エランが言葉に出した承諾の言葉を聞いてラスリットは嬉しそうにそのような言葉を発したのは,エランは否定するだろうがエランは確かに英雄に相応しい事を成し遂げたのだからラスリットとしてはエランの事が少しは理解が出来てきたのだろう。言葉には出さないものの心の中ではそのような想いがあるからこそエラン達を喜んで迎え入れるという訳だ。

 こうして話がまとまり掛けてたところでイブレが口を開いてきた。

「ならエラン達は好意に甘えていると良いよ。僕は明日にでもハツミを出るつもりだからね」

「イブレ殿,遠慮は要りません」

 ラスリットはエランと同様にイブレにも感謝の印として逗留して貰いたいのだろうが,イブレは断った理由を告げる。

「別に遠慮をしている訳ではありません。僕は充分ここにお世話になりましたし,旅をする目的があります。その為にまた旅を続けるだけです」

「ですが」

「それに私はエランを推薦しただけの事,功労者であるエランを充分に労って下さい。私はここで充分に休ませて貰いましたし,やるべき事を終えました。だから旅を続ける,それだけの事です」

「そうですか……そこまで仰るなら仕方ありませんね」

 イブレの言い分に最後にはラスリットが折れたが,確かにイブレはエラン達より前にハツミに来てエラン達を待つ為にこの城に厄介になっていたのだから,エランが目的を達するまで目にしたからには留まる理由が無いのも確かだ。

 そんなイブレがエランに向かって口を開く。

「そういう事でエラン,僕は南東に向かうよ。またいつか,どこかで出会うだろうからそれまでさよならだね」

「うん,イブレ,またね」

「とか言っておきながら私達がハツミを起った翌日には会いそうですよ」

「毎度毎度,めんどいことをしやがるからな」

 エランはすっかりイブレの言葉を鵜呑みにしてしばらくはイブレとは会えないと思っているだろうが,ハトリとイクスはまったくそんな事を思っていないので言葉を聞いてもイブレは笑って誤魔化すだけだった。

 何にしても話がまとまったのでラスリットは再度エラン達に感謝の言葉を述べるのと同時に今晩も夕食を一緒に,と提案してきたのでイブレも含めてエラン達は快諾した。ついでだが,ここでイクスが更に剣をねだったのはどうでも良い事だろう。



 翌日,エラン達はイブレを見送った後にハツミの町を見て回った。なにしろハツミに到着してからゆっくりとハツミの町を見て回る機会なんて無かったからだ。そのうえ今回は城に招かれたからこそ宿代の心配もない。だからこそエランはゆっくりと甘味を堪能し,ハトリもゆったりとした時間を過ごす事が出来た。久しぶりの和やかな時間を堪能するエラン達。

 それから二日間,エラン達はラスリットの言葉に甘えて贅沢で和やかな時間を過ごした。けれども旅の感覚を忘れてはいけないとばかりに三日目にはラスリットに翌日に旅立つ事を伝え,旅に要りような物を買い揃えた。

 そして翌日,ラスリットは城の東門まで見送りに来てくれた。だが,それだけではなく,路銀の足しにして欲しいと言ってかなりの金銭が入った袋をエラン達に差し出したのだが,さすがにこれ以上は甘えられないと断ったが,ラスリットも諦めなかった。

 エランのおかげでラスリットとハツミの名目は保たれ,危険分子を排除し,盗品は出来る限り商人に返されてハツミの町は以前の活気を取り戻す事が出来たのだから。と感謝に感謝を重ねた言葉と大金を前にして黙っていられないイクスが後押しした為にエランはラスリットが出してきた金銭を受け取る結果となった。

 ハトリが手早く受け取った大金を荷物にしまうと,再び荷物を背負うハトリを目にしたエランはラスリットに別れの言葉を口にして,ラスリットは名残惜しそうにエランに別れの言葉を伝える。そしてエラン達はハツミの城を出て,しばらく歩くと検問が排除された城門を抜けると開拓の為に草原となっている。

 草原を歩きながらハトリはエランに尋ねる。

「そういえばエラン,次はどこに行くですよ」

「とりあえず東,運が良ければイブレと出会えてスレデラーズの情報を得られるかもしれないから」

「イブレと会うのに運は要らないと思うですよ」

「それに関しては俺様も同感だな」

 ハトリとイクスの言葉を未だに理解が出来ないエランは首を傾げる。やっぱりイクスとハトリが言いたい事を理解するのが無理みたいだ。そんなエラン達が歩いていると風がエランを横切ると白銀色の髪が静かに大きく流れるとゆったりと元に戻って行く。旅だったからこそ味わえる,この感覚。

 エランは再び旅だった事を実感しながらも目的のスレデラーズを手に入れる為に歩み続ける。全ては最強のつるぎと成り,エランが祈り願う事を実現させる今は果てが見えない旅を続けるエランだった。




 さてさて,ようやく第一章が終わりました~。何というか,振り返ってみればいろいろと含みを持たせた第一章だったな~。とか思っている次第でございます。

 さてはて,第一章が終わったのは良いのですが……第二章のプロットが上がってない。もう私の中では,こうなったからには第二章のプロットを書きながら本編を書く速度を上げてやろう,とか思っている次第でございます。

 まあ,何というか第二章のプロットも中盤の佳境に入りそうな具合なので,プロットを書きつつ月二回の更新を目指して頑張ろうかなとか思っている今日この頃でございます。まあ,そんな感じなのでこれからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 さてはて,予定やら言い訳も終わり,本編も一区切り付いた事を切っ掛けにおねだりをしたいと思っております。この白銀妖精のプリエールは読んでみてどうだったのか,感想を頂ければ良いなと思っております。

 まあ,無理にお願いする気はありませんが,特に何も無いと第三章ぐらいで白銀妖精のプリエールを打ち切って,新しいのを書こうかと思っている次第でございます。私としても読者の方に楽しんで下さるものを書いているつもりですが,反応が無いという事はどうでも良い作品なのかな,とか思っているので,その辺も含めてよろしくお願いします。さて,書く事も無くなってきたのでそろそろ締めたいと思います。

 ではでは,ここまで読んでくださりありがとうございます。そしてこれからも気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 以上,七年ぐらいのブランクがあったので調子を落としていたけど,調子が戻って来たのでようやく本腰を入れて小説を書きまくるか,とかほざいてる葵嵐雪でした。

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