第十二話
カイナスが持っているフレイムゴースト鍔元から炎が二つに別れて燃え盛っている。一つはそのままフレイムゴーストの刀身から大きく燃え盛り,一つはとぐろを巻きながら頭をもたげる大蛇のように太い炎が線となってカイナスを守るように螺線状に成って燃え上がっていた。そんな光景を目の当たりにしているエランには常人では分からない程の変化が出ていた。
エランは相も変わらずの表情だが瞳の奥には闘志が色濃く輝いていた。さすがにカイナスがここまで本気を出してくるとなればエランとしてもそれ相当の力を出して行かなければいけないのが必然だ。だからこそエランはイクスを右横に構えると左足を前に出していつでも踏み出せる準備をする。そんなエランとは対照的な体勢を取るカイナス。
カイナスは燃え上がるフレイムゴーストを右手だけで持っており,戦いの為に構えるのではなくて只単にその場に立っているだけに過ぎなかった。その事に違和感を覚えたのはエランだけではなくて遠くで見ているハトリとイブレも気付いていた。なにしろ本気を出したからと言って,ここまで余裕を越えて油断とも言える体勢を取っているのだから目がしっかりと肥えている者達にはしっかりとカイナスの体勢というか態度とも言える姿に何かしら感じているのは確かだ。だからと言って動かなければ何も始まらないとばかりにエランが動く。
イクスを右横に構えながらカイナスに突き進んでいくエラン。そのまま突き進んでいくと盗賊達とストブルは思っただろうが,エランは途中で右寄りに成りながらも駆け続けてカイナスを包むように燃え盛っている炎の大蛇を横切ると思える程にエランから見て右端へと駆けて末端にまで辿り着くとイクスを思いっきり振り抜いた。
かなり長いイクスの刃が時折ながら炎の大蛇を斬り裂きながらカイナスに迫るが,カイナスは一歩だけ退がり,上半身を後ろに反らしただけでイクスの刃を避けた。そしてここから反撃とばかりにフレイムゴーストを振り出そうとするがエランの姿を見失っていた。まさか横に薙いだだけで見失うとは思っていなかったカイナスに取っては少し驚くが未だに余裕があるのは間違いないようだ。そしてエランはというと。
イクスを振り出した時に踏み込んだ左足を支柱として身体を思いっきり左に傾けていた。これにより右足が左足と交差しても右足でしっかりと地面を捉えて踏み込む事が出来たので振り出したイクスとフレイムゴーストの炎を右側に見ながら駆け出す事が出来た。だが,当然ながら振り出されたイクスは勢いのままに回ろうとするがエランが駆け出した事により,イクスがしっかりと反動制御で回転する勢いを吸収していた。だからこそ余裕を見せているカイナスが見失う程の速さで目の前を横切る事が出来た。そしてエランの攻撃はここで止まる程に甘くはない。
炎の大蛇を横切るように駆け抜けたエランはフレイムゴーストの炎から少しだけ離れた場所で思いっきり左足を踏み込むと急停止した事により身体の重心を後ろにしたままに両手で持っているイクスを離した。これで両手が開いたエランは右腕を締めて左腕を伸ばすのと同時に後ろに向かって思いっきり振り出した。そのまま半回転した頃には傾いていた身体の重心が左足を軸に真っ直ぐに成っているからこそエランは右手も左手に沿うように振り出すとそのまま一回転して更に勢いを付ける頃にはイクスの準備も整っていた。
エランの手から離れたイクスは自分の意思で刃が進む方向を斜め上に向けるとそのまま半円を描いて刃を反転させた。だからこそエランが離した時に掛かっていた勢いを損なう事なく片刃であるイクスの刃が再びカイナスの方へと向いた頃には一回転して更に勢いを付けたエランが少しだけ落下してきたイクスを両手で握る。
回転で既に踏み込んでいる状態にある左足に力を更に入れてイクスを手にしたエランはカイナスに向かって再び駆け出す。だが,どんなに早く次の攻撃に入ろうとも先程までの戦闘を考慮すれば,このままイクスを振り出しても当たらない事は明白。だからこそエランは姿勢を落としてカイナスの膝を狙う。
先程の攻撃から数秒しか経っていないからカイナスは未だにエランの姿を見失っている事がエランにも確認が出来たからこそイクスを再び振り出して炎の大蛇を斬り裂きながらイクスの刃が進んでいく。だが体勢を低くし過ぎたのかエランの攻撃をまたぐようにカイナスは軽やかな動きで避けたが今までエランの攻撃が一度も当たっていないのだから当たる方が驚きと言える状態と成っているからこそエランは避けられても次の行動に出る。
今度は右足で思いっきり踏み込んで重心を後ろにしたまま急停止をしたエランは再びイクスから手を離すと先程とは逆に左腕を締めて右手を後ろに向かって力の限りに振り出して反転する。先程より速く半回転して身体の向きを逆にすると更に一回転して勢いを付けると刃を反転させてきたイクスが落ちてきているのを両手で掴むと今度はカイナスの首を狙ってイクスを右後ろにしながら再び駆け出す。
先程よりも速い速度でカイナスに迫るエラン,イクスの刃も先程と同様に炎の大蛇を斬り裂きながら進んでいくが今度もカイナスは上半身を反らすだけでエランの攻撃を見事に避けてみせたが,相変わらず速すぎる速度で攻撃をしてくるエランに対しては反撃が出来ないでいた。そしてエランはというと
ストブルがエランに目を向けた時にはエランは既に一回転しており,流れる髪がエランの身体に沿って舞う動く姿はどこか神秘的な魅力があった。その為に遠くで見ていたストブルが自然と口を開くのだった。
「……綺麗だ」
エランの姿を見て本人も無意識のままに出た言葉だろう。だが,その言葉を聞いていたハトリが口を出してきた。
「確かに戦っている時のエランは舞い踊るような美しさがあるですよ。けど今はハツミを悩ましてる盗賊団を壊滅させる為にエランは戦ってるですよ,そこを忘れないで欲しいですよ」
「へっ,えっ,あっ! はい,すいません」
すっかりエランの戦う姿に見惚れていたストブルはハトリの言葉で混乱しながらもなんとか我に返った。そんなストブルにハトリは嫌味を見せるかのように溜息を付いてみせると再び口を開いてきた。
「どうせ見るのなら戦いの奥にある深層を見るですよ」
「深層と言われましても自分には……」
ストブルとしては自分なりにエランが戦う姿から自分が得られるものは得ようと頑張っているつもりだったのだが,いつの間にか戦うエランの姿に見惚れていたのだからストブルは自分というものを心底思い知ったように感じていた。そんなストブルを庇うわけではないのだろうがイブレが話しに加わってきた。
「あまり難しく考える必要はないよ,目の前で起きている事象の見て考えるだけだからね」
「目の前で起きてる事象ですか?」
ストブルが尋ねるとハトリが割り込んで答える。
「見ていれば簡単ですよ。あのカイナスは何度もエランの姿を見失ってるですよ,それもあれだけ戦えるのには必ずそれを成せる何かがあるですよ」
「そう言われれば確かにそうですね。私も人の事を言えませんがあれだけの攻撃をここまで避けるのは至難の業です」
「そう,その至難の業にこそ,その業を成せる理由が存在している。エランもその理由に気付いているからこそ確かめる為にあのような攻撃をしているんだよ」
「あのようなとは?」
ストブルが再び尋ねるとイブレは軽く笑うだけだった。それを見ていたハトリが口を出してくる。
「相変わらず重要な部分で意地悪ですよ。けどですよ,それを考える事が自分を高める為に必要な事ですよ」
「はぁ,そんなものなんですかね」
「そんなものですよ」
ハトリがキッパリと言い切ったのでストブルとしては返す言葉が無かった。そして会話が一区切り付いたところでイブレが口を開いてきた。
「それにしても,さすがはスレデラーズと言ったところかな,炎だけじゃなくて他にもあんな能力を持っているなんてね」
「それがスレデラーズだからとも言えるですよ。それにですよ,あのカイナスもフレイムゴーストを少しは使い熟しているですよ」
「確かにそこは少しだけ誤算だったね。僕としてもフレイムゴーストの力に頼り切っていると思っていたけど,それだけだったのなら既にエランが本気を出して決着が付いてるからね」
「けどですよ,エランは何かを掴んでいるですよ。本気を出すのもそろそろと言った感じですよ」
「そうみたいだね」
「あの」
ハトリとイブレの会話が終わるのを待ってから口を出してきたストブル。どうやらストブルには先程の会話がどのような内容かも分かっていない事にイブレは気付いたので誤魔化すように軽く笑ってから口を開く。
「ははっ,そういえばすっかりストブル君に説明をするのを忘れていたよ」
「イブレの意地悪が度を超えているから忘れるですよ」
「ははっ,ハトリにそこまで言われると反省するしかないみたいだね」
「口だけの反省は意味が無いですよ」
「なら反省はせずに話しを続けようか」
「遂に自分の意地悪を認めやがったですよ」
ハトリの言葉を聞いて再び誤魔化すように軽く笑うイブレ。そんなイブレを見てハトリは何かを吐き出すように軽く息を吐き出すと戦っているエランへと顔を向けたのでイブレはストブルに顔を向けて話し出す。
「さて,お遊びの会話はこの程度にしてそろそろ本題に入ろうか」
「はい,お願いします」
自分の実力をしっかりと理解したストブルは持ち前の謙虚さでイブレの言葉に対して素直に返事をしてきたので,イブレもこれ以上はお遊びは出来た無いとばかりに軽く笑うとエランの方を指さした。
「まずはエランの動きをもう一度,しっかりと見るべきだね」
「はい」
返事をして再びエランが戦っている戦場に目を向けるストブル。そしてストブルが目を向けた時には丁度良く見やすい時だった。
エランは既にイクスを手放して半回転しており,丁度良く勢いを殺してストブルの目にもしっかりと捉えられる速度で動いていた。そこからエランは先程よりも早く一回転をするのと同時にイクスを手にすると先程とは一段階速い速度でカイナスに向かって駆け出したが,カイナスは少し動くだけでエランの攻撃を避けてしまった。そんな光景を目の当たりにしながらもストブルはエランの姿を追う。
エランは再びカイナスを取り巻く炎の端から少し離れた所で止まると再びイクスを手放して半回転をする。そしてエランが再び一回転をしようとした時にイブレがストブルに向かって話し掛けてきた。
「エランの動きを見て何か分かったかい?」
いきなりの質問にストブルは頭を横に振る。そんなストブルを見てからイブレは話を続けてきた。
「エランはあれだけの速度で攻撃をしているのだから,カイナスを取り巻いている炎に突撃して行っても炎の熱すら感じずにより深くカイナスに攻撃を加える事が出来るだろうね」
「言われてみればそうですね。するとエラン殿はわざと避けられる攻撃をしているのですか?」
「それはかなり違うね。エランはフレイムゴーストが持っているもう一つの能力に気付いたから,避けられると分かっている攻撃を続けているのさ」
「フレイムゴーストが持っているもう一つの能力ですか?」
ストブルがそのように尋ねるとイブレは深く頷いてから話しを続けてきた。
「そう,フレイムゴーストが持っているもう一つの能力。それは周囲感知と言えば分かり易いかな」
「周囲感知……ですか」
ストブルの言葉を聞いて分かってないな,と思ったイブレは頭の中で言葉を整理しながらフレイムゴーストに目を向けると何かを思い付いたのか,口元だけで笑うと再びストブルの方を向いて話しを続けてきた。
「人は五感を持っていろいろな事を感じているのは言わずとも分かっているね」
「えぇ,まあ」
「フレイムゴーストの炎は人が持っている五感と同じように,何かしらの感触を持ち手に伝えている,と言えば分かるかな」
「えっと,炎が感覚の一つに成っている,という事ですか?」
ストブルの言葉を聞いてイブレは満足げに頷いて見せる。そんなイブレの動作にストブルの表情に喜の感情が出ているのをイブレが確認すると話を続ける。
「そう,フレイムゴーストの炎はもう一つの感覚,第六感とも言える広域型の感覚だからこそエランの攻撃を少ない動きで時には最小限の動きだけで避ける事が出来るという訳だね」
「なるほど,それはエラン殿も分かっている事ですよね」
「そうだけど,何か疑問でも」
「えぇ,まあ,エラン殿はそこまで分かっていながら相手に避けられる攻撃を続けているのですか?」
ストブルがそのような質問をするとイブレは軽く笑って見せて,それからストブルの質問に答える。
「先程ハトリが言ったように,そのような事を自分でしっかりと考える事が自分を高める事に繋がってるからね。僕としても,それは自分で考えるべきだと思うよ」
「はぁ,そうですか」
イブレの言葉に身体から力が少しだけ抜けるストブル。期待とは違った言葉に高ぶっていた感情が一気に心の底に向かって少し転落したようだ。そんなストブルを見ていたイブレは顔をエランの方へ向けると満足げに目が緩んだ。すると横にいるハトリがふと口を開いてきた。
「講義をご苦労様ですよ」
「それはどうも」
ハトリの悪戯心が籠もった言葉を軽く流すイブレにハトリは大きく息を吐くと話し始めた。
「このまま掛かると思うですよ?」
「さあね,けどエランが未だに続けているからには確実に掛かるには何かしら足りないのか,まだ慣らさないといけないのか,まだ時間が掛かるのは確かだね」
「最後で誤魔化してきたですよ」
「ははっ,それぐらいは大目に見て欲しいな」
「あの」
ハトリとイブレの会話を聞いていたストブルが口を挟んで来たので二人は会話を中断するとストブルの言葉を聞いた。
「お二人にはエラン殿の意図が分かっているのですか?」
そんな問い掛けにハトリが軽く息を吐いたのでイブレから答えてきた。
「僕は何となく分かる程度だけどね。今までのエランが仕掛けてきた攻撃を振り返れば何となくエランが何を狙っているのかが見えてくる,と言った感じかな」
「中途半端ですよ」
「そう言われてもね。ハトリ程エランを理解する事は出来ないよ」
イブレがその様な事を言ったのでストブルの視線が自然とハトリの背中に向けられたので,ハトリも背後からの視線を感じ取ったみたいで仕方なく口を開く。
「今もそうですよ。エランの行動は布石に過ぎないですよ,それは戦術ではなくて戦略と言えるですよ」
「布石ですか,けど何の為に布石を」
その言葉を聞いてハトリはゆっくりと息を吐いてから話しを続けてきた。
「そんな事は決まっているですよ,あのカイナスを確実に斬り伏せる為ですよ」
「なるほど」
分かっているのか怪しいですよ,とハトリは思いながらも口には出さないのはこれ以上は話しても無駄だと判断したからだ。それと少し鬱陶しくて面倒臭くなったからとも言える。何にしても納得したストブルをそのままにしてハトリはエランの戦いに目を向ける。
戦況は全く変わっていない,攻勢に出続けるエランに対して防戦一方のカイナス。カイナスとしては全力で戦っているつもりだがエランの動きが速すぎて対応が出来ずに反撃に出られないでいた。そんなカイナスを畳み掛けるか為にエランは戦いながら更なる行動に出る事を決断すると落ちてきたイクスを左手で受け止めた後に両手で握る駆け出して走りながらイクスに話し掛ける。
「イクス,次で一気に速くする」
「はいよ」
短い会話をしているうちに左にあるイクスの刃がフレイムゴーストの炎を斬り裂いてカイナスに迫るがカイナスも反撃の糸口を探る為にあえて行動に出る。
防戦一方でやられっぱなしでは部下に示しが付かないという心配と攻勢に出続けるエランに苛立ちを感じるどころか溢れるぐらい貯まっているのだろう,だからこそカイナスは迫って来たイクスに対してあえて前に出ると身体を沈めた。
イクスの刃が頭上を通過するのと同時にカイナスはフレイムゴーストを振るうがエランに掠りもしなかったのは,速すぎるエランの姿を確認してからの攻撃では遅い事は既に分かってるから見栄を張る為に勘でフレイムゴーストを振るったに過ぎないからだ。少しでも対等に戦っている姿を見せないと自分に失望した部下が去って行く事で盗賊団が小さくなる事を恐れたからだ。そんなカイナスの心境を全く読みもしないエランは炎の端から少し離れた場所に到達すると今までとは違った動きをする。
急停止を掛けたエランはイクスを真上に軽く投げて右足で思いっきり踏み込みそのまま軸足して,身体を左にひねりながら両腕を胸の前で交差させると身体が自然と半回転する。身体が半回転した頃には軸足と成っている右足から真っ直ぐになっているがエランはあえて身体はそのままに右手を横に左足を後ろに伸ばした。
エランが急速な半回転をしている時と同じくイクスも自らの意思で動いていた。エランの手から離れた軽い浮遊感を見せながら空中に舞い上がり,上昇する最頂点に達すると重力の錘子から解き放たれた刹那にイクスは自ら反転して刃の向きを反対側にしていた。そして再び重力が掛かるとイクスは引かれるままに落下してきた。
右手でイクスを受け取ると回転が速すぎて身体に纏い付いてる髪が自然と流れ落ちる頃には左手を伸ばして両手でイクスを握ると,今度は後ろに伸ばした左足を踏み込むのと同時に右足を離した。なにしろその頃には一直線に成っていた身体が少し後ろに倒れているからだ。
後ろに倒れそうな勢いだからこそイクスは反動制御で勢いを吸収するとエランの身体に掛かっていた負荷が消えた。次の瞬間には左足を思いっきり踏み込むのと同時に上半身を沈めて倒れそうな身体の重心を戻した。そこに右足を前に出して踏み込んだ瞬間,反動制御で吸収した勢いを放出してイクスを右横に構えながらエランはカイナスに向かって駆け出した。
先程に比べればかなり速い速度で距離を詰めて来るエランにカイナスは驚きながらもフレイムゴーストの炎を燃え上がらせる。さすがにここまでの速度で攻撃をしてくるとフレイムゴーストの感覚に頼るしかないようだ。そんなフレイムゴーストの炎をイクスの刃が斬り裂く。
先程とは打って変わって今度は二歩程を一気に退がるカイナス。そんなカイナスの眼前をイクスが通り過ぎて行くと,すぐにフレイムゴーストから伝わるイクスの感覚が消え去った。その事に戸惑っているカイナスに対してエランはというと。
先と同じく動いて既に半回転しており,身体に張り付いていた髪が流れるように離れる。その頃には既に両手でイクスを握っているエランにイクスの反動制御が発動するが吸収する勢いは先程よりも多かった。つまりエランの移動から攻撃に至るまでの速度が上がっているという事だ。その為に先程よりも少し速い勢いでカイナスに向かって駆け出すエラン。
イクスが炎の大蛇を斬り裂いた時には既にイクスの刃がカイナスに迫る程の速度で攻撃を仕掛けるエランだが,広域型の感覚を持つカイナスはいち早く横に大きくずれてイクスの刃を避けるがエランは今度も炎の端から少し離れた場所で急停止すると先程と同じく急速に半回転するとイクスを受け取った途端に先程よりも少し速い速度でカイナスに向かって駆け出した。
最初は一気に速くなったエランに驚いたカイナスだが,今では徐々に速くなってくるエランの攻撃に反撃をする余地を見いだせずに避けるだけの防戦一方にまたしても成ってしまった。その事に更にカイナスは苛立ちを貯め込む。そんなカイナスとは正反対にエランは攻撃を続ける。
移動距離を最低限にして反転する動きも少なくしたからこそイクスの反動制御に頼りながら攻撃を続けているように見えるエランだが,そこまでエランの動きは甘くはないと言える。なにしろ,かなりの速度で駆けているのを急停止して,そこから半回転して体勢を完全に反転させているのだから余程の姿勢制御が出来ないと,このような動きは出来るようなものではない。それを完璧に,そして続け様にやってのけているのだからエランの身体制御とも言うべき実力は見事しか言い様がないのは確かだ。そこにイクスの反動制御が加わってくるのだから見事どころか完璧に身体制御が出来ている証拠とも言える。
エランの攻撃が徐々に速くなっているという事は急停止する時にエランの身体に掛かる負荷が徐々に大きく成っているという事だ。それでもエランの身体には何の異変すらないのは急停止した時に生じる反発する力を受けるのではなくて,受け入れて流しているから半回転する速度も上がっている。簡単に言ってしまえば反発する力の流れに乗って半回転をしているのだから反転する速度も,そこからイクスに貯まる反動制御の力も上がるのは当然と言える。そんなエランが速度だけにものを言わせて攻撃をしているのだから受けるカイナスとしては避けるのも精一杯になって来たとも言えるだろう。
攻撃と移動も合わせてエランの攻撃は既に高速攻撃の域まで達していた。そんなエランの攻撃がついにカイナスに届いた,とは言ってもイクスの切っ先がカイナスの胸部を微かに斬り裂いただけだ。掠り傷と言ってしまえばそれだけだろうがエランとカイナスの戦いが始まってからやっと血飛沫が飛んだ事には変わりない。だが,カイナスは傷ついた事でやっと頭が冷えたようだ。
イクスの冷たい刃がカイナスの鎧と服を斬り裂いて皮膚にまで達した事には違いないが,胸を横一線に斬り裂かれて鎧に傷跡を残し服を血で染めているのは間違いないが微かに飛び散った自分の血を見てカイナスは貯め込んでいた苛立ちが消えてやっとエランを敵として見る事が出来た。
カイナスはハツミの精鋭を八回も全滅させているからこそ,エランが目の前に立ちはだかっても今までと同じようにフレイムゴーストに焼かれる犠牲の羊にしか見えていなかっただろう。それだけカイナスはエランを見下して対等の敵とは見ていなかった。そんな心のどこかにあったエランを見下して余裕ぶっている部分があったからこそ防戦一方にまで追い込まれていた。だが,カイナスもハツミの精鋭を相手にしても引けを取らない程の実力者であり,かなりの実戦経験を積んでいるのは確かだ。エランの一撃でそんな自分を引き出したカイナスだがエランはカイナスの変化に気付く事なく次の攻撃を入れてきた。
イクスの刃がカイナスに迫るがここに来てカイナスの頭にひらめきが輝く。右から迫って来るイクスの刃が剣先だけだと気付いたカイナスはイクスの動きに合わせて左足を後ろに出すと軸足として後ろ退がりながら身体を一回転させる。回転に合わせるかのようにイクスが通り過ぎると今度は右足を前に出して元の位置にまで身体を戻した。完璧と言える動きでエランの攻撃を避けた事によりカイナスの心に余裕が出来た。その頃にはエランは既に反転してカイナスに向かって来ていた。
同じ要領でエランの攻撃を避けるカイナス。だが避けてばかりではいつまで経っても決着が付かないうえに徐々に速くなってくるエランの攻撃に対してどこまで避けられるかと考えれば,カイナスはやっと自分が追い込まれている事を自覚した。
徐々に速さを増してくるエランの攻撃に対してカイナスの避け方は少しでも遅れればどちらかの脇腹を斬り裂かれるのは時間の問題だ。だからカイナスとしてはなるべく早く反撃に転じないといけない。どこまでエランが速くなるのか分からないだけにエランの速さに付いて行けるだけの自信はカイナスには無かったからだ。だからこそカイナスはエランの攻撃を避けながら頭の中で思考を動かしながら高速で攻撃を仕掛けてくるエランの動きを見極めようとする。
二度,三度と数回程エランの攻撃を避けたカイナスの頭にふとある考えが跳び出すとカイナスはその考えを実行する為に機会を見極める為にフレイムゴーストをいつでも振り出せるようにしながらエランの攻撃を避ける。その一方でカイナスの変化に気付いていたエランはというと。
もう少しかな,と頭で思いながらも身体をしっかりと動かして攻撃を繰り出したエラン。イクスを右横に構えながら最初とは比べものにならない程の速度でイクスを振り出すがカイナスは完璧に避けたのでエランは今まで通りに炎の端から少し離れた場所で急停止するとイクスを離して半回転,再びイクスを左横に構えるように握り締めると重心を戻すのと同時に右足を踏み出したので反動制御が貯め込んだ勢いを一気に解き放つと再びカイナスに向かって駆け出す。
カイナスに迫るエランは今度も避けられると思っていたが,そんな予想は意外な事に外れた。イクスが炎の大蛇を斬り裂いた途端にカイナスが左横に構えていたフレイムゴーストを振り出してきた。ほぼ同時に斬り合うイクスとフレイムゴースト,そんな二本の剣が交差するとエランは急停止して止まり,カイナスはフレイムゴーストを振り抜いた体勢で止まり炎の大蛇が消え去った。
同時に斬り合ったので,どうなったのか分からない盗賊達やストブルは言葉を失って広場が静かになるとカイナスが動き出して燃え盛るフレイムゴーストを手に振り返るとエランも動き出して振り返った。そしてエランの手甲から一筋の血が流れた。
エランに傷を負わせた事を目の当たりにした盗賊達が一気に騒ぎ出すが,傷を負ったエランは普段通りの無表情のまま一筋の血が流れた左腕を目の前にまで上げるとまったく驚いていないイクスが声を発して来た。
「おいおい,大丈夫かよ」
「うん,剣先がちょっと当たっただけだから傷口はもう塞がってる。それとちょっと熱かった」
「そうかよ」
エランも普段通りの口調でそんな言葉を口から出していると,エランに一撃とも言えない程の掠り傷を与えたカイナスが叫んできた。
「お前の攻撃は単純なんだよっ! いくら速くても攻撃が来る方向と瞬間さえ分かればいくらでもやりようはあるんだよっ!」
やっとエランに攻撃を入られた事により部下にも示しが付いて調子に乗っているカイナスがその様な言葉を発して来たが,エランは相も変わらず無表情のままにイクスを右肩に担いでイクスに話し掛けた。
「イクス,理解したから本気を出すよ」
「おっ,やっとかよ。待たせられた分だけ暴れさせてもらうぜ」
「うん,本気でトドメを刺しに掛かるから充分に暴れて良いよ」
「よっしゃーっ! やっと本番だぜっ!」
イクスがそんな事を大きな声で発するとカイナスにも聞こえたのだろう,攻撃をしてくる気配は無いが口を出す気は充分にあるみたいで再び怒鳴るような声で言葉を出してきた。
「お前じゃ俺に勝てないって事がまだ分かんねぇのかっ!」
カイナスの言葉を聞いていたエランが珍しく声を張って反論する。
「あなたはその剣の事を理解していないし使い熟していない。だから私を斬る事も出来ないし,勝つ事も出来ない」
あまりにもはっきりと断言したものだから再びカイナスに苛立ちを与えるが,だがカイナスも伊達に戦闘経験が豊富という訳ではないのですぐに冷静さを取り戻したカイナスの動作からしっかりと観察していたエランが再び口を開く。
「私に勝つの言うのなら,本気に成った私の姿を見てから言って」
「だったらさっさと,その本気になった姿を見せやがれっ!」
エランにここまで言われてさすがに黙っていられなくなったカイナスがエランの挑発に乗ったような言葉を出すが,このような言葉を大勢の部下達が見ている前で言ったからには自分から仕掛ける訳にはいかないとばかりにエランの出方を窺っているとエランは見ている方が綺麗と思える姿勢で立つと右手だけでイクスを持ってそのまま真っ直ぐに右腕を伸ばした。そして囁くようにイクスに告げる。
「イクス,オブライトウィング」
「おうっ!」
イクスが威勢の良い声で返事をするとイクスが白銀色に輝いたのはエランから大量の魔力がイクスに注ぎ込まれているからでそこからイクスが更に輝くと,今度はイクスの両側から膨らむように白い物が生み出される。そして白い物は更に膨らみ続けて限界に達した途端に開きイクスから一対の白い翼が生えた。イクスから生えた翼が羽ばたくように動くとエランとイクスの周囲に羽根が舞い落ちる。舞い落ちる白い羽根に包まれるエランとイクスの姿はどこかしら現実味が薄れた雰囲気に包まれていた。それからイクスから生えた翼は刃とは反対方向へと伸ばして止まった。
突如として剣であるイクスから翼が生えた事にカイナスを始めとする焼却の盗賊団とストブルがエラン達に視線を注ぐ,変化したイクスが生み出している雰囲気にすっかり呑まれたようだが,そんな周囲を全く気にせずにエランが続いて口を開く。
「抜刀,フェアリブリューム」
エランがその言葉を口に出した途端にエランの身体が白銀色の光に包まれる。そして白銀色の光はエランの背中に集まり始め,背中から楕円形の形に伸びる。エランを包んでいた白銀色の光が全て背中に生えるように楕円形の形をしているものに集まり,今度はガラスが割れるようにエランの背中から白銀色の欠片が飛び散り地面に落ちるとエランの背中には昆虫の翅みたいな形をした楕円形の翅が生えた。
楕円形の羽は輪郭だけが白銀色の光が濃く輝いており,輪郭の中は透明ながらもしっかりと見える白銀色の光で出来た膜が張っているように見える。すると輪郭の濃く輝いている所から幾つもの白銀色に輝く線が出始めると白銀色に輝く線は縦に横にと伸びていき時には交差しながら縦と横の線だけで何かの模様みたいなものを作り出してエランの背中から生えた翅は髪を掻き分けながら斜め下に広がるように翅が開いた。
エランの背中から生えた翅が完全に広がると今度は地面に落ちた翅の欠片が白銀色に輝き出すと丸くなり,白銀色の光球となりエランの周囲に徐々に上がってくる。見ている者はその光景に誰しも目が奪われただろう,ハトリとイブレを除いて。そして白銀色の光球はエランの周囲を高速で回り出すと今度は一気にエランの翅と同化した。その時に魔力が一気に動いた衝撃でエランの髪が軽く舞い上がる。そんなエランの姿は妖精そのものと言って良い程だ。だがエランはエランでしかない。
舞い上がった髪が落ちるように流れるとエランはイクスを右下に向けて構えた。それと同時にイクスの翼が一度だけ羽ばたく。これでエランの戦闘準備は完了したと言いたいのだろう。それを証明する為では無いにしろカイナスが再び炎の大蛇を出して自らを包み混んでいる。これで両者とも再戦の準備が整った言える。そしてすっかりやる気を出しているイクスが声を発してエランに語りかけてくる。
「この戦いも,よいよ最終幕だな」
「カーテンコールは決して無いけどね」
イクスの言葉にそんな言葉を返すエラン。その言葉を聞いただけでもエランはいよいよ決着を付けるつもりなのが言わなくてもイクスには分かっていた。だがらこそ威勢の良い言葉を発する。
「なら終わりにしようか,エラン」
「うん,これで終わりにする」
エランも自ら決着を付ける言葉を口にする。何にしても,いよいよ真の実力を発揮する事には変わりない。エランが白銀妖精との異名を持つ事になった実力が今ここに真価を発揮する。
さてさて,なんとか更新が出来ましたが,更新する日付はあらかじめ決めていた訳では無くて偶然にも先月と同じ日付に更新したに過ぎないです。まあ,更新状況から既に月刊誌並の更新速度でありながら内容としてどうかと思いますが,文字数が多いのでそれなりに読み応えはあると思います(笑) まっ,笑い事では無い事は確かですけどね。
さてはて,何にしても本編もようやく佳境に入り始めた所ですね~。何にしても長かった,ってか,第二章のプロットが進まないので,それを理由にして長くしてみた~,的な事も有るので第二章のプロットも速く上げたいんですけど,第二章は三部構成でまだ最初の一部が終わった所なのでまだまだ先が見えない状態です。まあ,プロットの進み具合によってはプロットを書きながら第二章を始める予定でおりますので,何にしても気長にお待ちくださいな。
さてさて,いろいろと言い訳を書いた所でそろそろ書く事も無くなってきたので,そろそろ締めたいと思います。
ではでは,ここまで読んでくださり,ありがとうございます。そしてこれからも気長なお付き合いをお願い申し上げます。
以上,もう本当に月刊誌では無いのに月一更新になってるな~,と自覚だけはある葵嵐雪でした。




