解縛~アフターサービスも万全~
フランソワさんの手によって中からドアが開けられ、中に入ると友美はソファーからこちらに狂気の眼差しを向けて来た。
「やっと来たわね。さっさとこの女を連れて帰ってよ!お酒も飲ませてくれないんだから!」
これが治るなら確かに月に約1億円なんて安いものだ、としみじみ思ってしまった。
社長が即決してくれた理由も分かる。
「可哀想に。苦しいだろうね。でも、もう大丈夫だよ。」
所長は優しく友美に語り掛けると、一歩下がった。
『キィィン!』
という高い音がした気がする。ほんの僅かな音なので幻聴かも知れない。
しかも、一瞬所長の姿がブレた気がしなくもない。
疲れているのかな、と思わず目をこすって開けると愕然とした。
所長が友美をお姫様抱っこしているのだ。
しかも、友美は意識を失っているようだ。
「所長さん!一体友美に何をしたんですか?」
慌てて詰問するが、所長は落ち着き払ってゆっくりと友美をベッドに横たえて答えた。
「ちょっとね、河原さんを縛っていたしがらみの糸を断ち切ったんですよ。
目が覚めたら元彼とのことは想い出になっているでしょう。」
「はぁ・・・」
何やら訳の分からないことを言っているが、堂々とした態度に何も言えなくなる。
「これで私の仕事は終わりです。請求書の方は事務所にお送りさせて頂きます。
これからの河原さんの活躍を楽しみにしております。」
そう言って所長とフランソワさんはスタスタと去って行ってしまった。
私は部屋で眠っている友美を見守りながらソファーで疲れた体を休めていた。
長い一日だった。所長たちはこんな時間に帰れるのだろうか?
どこかに泊まったのかな?等と考えている間に眠ってしまった。
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翌日、何か揺れるので目が覚めると、友美が私を揺さぶっていた。
「起きてよ小室さん。私、目が覚めたら凄くスッキリしてて、一日も早く歌いたいの!」
一目で分かった。友美の顔は憑き物が落ちたように輝いている。
一緒にスターダムを駆け上がるのに必死で頑張っていたあの頃と同じキラキラした目だ。
私が支え続けると誓ったあの時の。
「ねえ、小室さんってば。私、今回のことですっごく迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい。
でも、見放さないで頑張ってくれてありがとう。
もうあんな奴のことは忘れて前に進むわ。小室さん、また一緒に頑張ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。俺が心底惚れた歌声がまた聴けるんだ。嫌だって言っても離れないぜ。」
そう言うと友美は目を潤ませながら抱き着いてきた。
ああ、ヤバい。私が惚れたのは歌声だけじゃなかったのかも知れない。
(佐藤目線)----------------------------------
今回は良い仕事だった。
尋ね人は私の能力を使えば簡単だし、前途ある若い(しかも美しい)女の子を救えたのは何よりだった。
それにしても酷い呪縛だった。真っ黒な太い糸で雁字搦めになっていた。
愛憎の絡むしがらみはやっぱり厄介だ。
まあ、お陰で相棒も良い仕事を出来たと喜んでくれている。
ただ、このまま終わりでは再発の可能性がある。我がSHO探偵事務所はアフターサービスも良いのだ。
『ねえ、悟さん。私こんな場所嫌いだわ。』
『姫、しばしご辛抱を願います。仕事は最後まできっちりとやり遂げねばなりますまい。』
『は~悟さん、いつになったら普通に喋ってくれるのかしらね。どっちが天正産まれか分からないわ。』
『無理を仰らないで下さい。仮にも神に向かってタメ口で話すほど図々しくはないですよ。』
『私が良いって言ってるのにねぇ。』
北海道での仕事を終えた2日後、私達は今六本木のクラブにいる。座って5万円の高級店だ。
付いていてくれるホステスさんには悪いが、私の意識は全くそちらに向いていない。
白鞘に納められた日本刀を抱えているのだが、基本的に私以外には見えることはない。
先ほどからの会話もその日本刀と念話として交わしているので、余人に聞かれる心配もない。
私の視線の先には河原友美の元カレが悪友と美女を侍らせて豪遊している。
もちろん、その金は河原友美から巻き上げたものだ。
『まあいいわ、確かにあの男が遊ぶ金欲しさにまた纏わりついたら、せっかく断ち切ったしがらみにまた彼女が縛られてしまうものね。』
『ええ、それでは幸せにしたとは言えませんからね。
あの男もまだまだ彼女に未練があるみたいですよ。真っ黒で太い糸でガチガチです。』
『思えば可哀想よね。両想いは両想いなのにお互いを不幸にしかできないなんて。』
『全くです。本当に男女の仲は難しいですね。』
『あら、だから悟さんは周りに素敵な女性が沢山いるのに皆と距離を取っているのかしら?』
『私のことはいいでしょう。さ、ホステスさんにも悪いしさっさと終わらせて帰りましょう。』
『はいはい、そうね。こんな場所からはさっさと出ましょう。』
『では、お願いしますね。姫。』
お勘定をお願いして、伝票が来るまでにトイレに行くと言って席を立った。
さりげなく男に近付いて間合いに入る。
全身に気を巡らせて限界まで強化し、最高速度で抜刀と納刀を行う。
男に纏わりつく黒く太い糸が断ち切られ、同時に男は意識を失った。
傍目には男が酔っ払った末に眠ったように見えるだろうし、私の動きを目視できる常人はいない。
動きを止めずにトイレに行って用も足さずに席に戻り、勘定を済ませて店を出る。
見送りに来てくれたホステスさんにはお詫びの気持ちを込めてチップを多めに弾んでおいた。
『さ、帰りましょう。あまり祭神が留守にしていてはまずいですからね。神無月にはまだ早い。』
『は~い。ご褒美はマカロンがいいなぁ。』
『畏まりました。近くに良いお店があるので買って帰りましょう。』
マカロンを買ってタクシーを捕まえて乗り込み、国立の自宅兼事務所に帰る。
そのまま事務所には入らず、近所の神社に寄る。
鳥居で一礼して潜ると日本刀が突如和装の美少女に変わる。
『毎度思うけど、祭神を手に持っていて留守の本殿に礼をするのって変な感じよね。』
早くも私の手からマカロンを受け取ってパクつきながら軽口を叩く。
「習慣の問題ですから。」
そう言ってマカロンの味に満面の笑みを浮かべる美少女を微笑みながら見つめてしまう。
相変わらず美しいけど、こうしてみるとやっぱりまだまだ可愛いところもあるな。
なんてちょっと不敬なことを考えてしまう。
「この度もご助力頂きありがとうございました。お陰で2つの若者を解縛することが出来ました。」
『お互い様だから気にしないでって言ってるでしょ。
私だって刀の姿でとはいえ結界の外に出て美味しいお供えまで貰えるからありがたいのよ。』
「そう言って頂けると助かります。今夜は遅いので、また明日の朝参りますね。」
『うん、ありがとう。悟さんがいつも来てくれるから私も助かってるんだからね。』
「有難いお言葉です。今後とも末長くよろしくお願いします。」
そう言って鳥居で一礼して、今度こそ事務所に戻って最上階の自室で休むことにした。
何とか一話部分書き終わりました。
次からは少し主要登場人物の過去を振り返りも入れてみようかと思います。