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弥陀の剣~解縛で人を救う~  作者: SHO探偵事務所長
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緊縛の歌姫

 事務所を出ると、既にそこにはタクシーが待機していた。


 所長は私に乗車を促した後に乗り込み、羽田空港に向かうように指示を出す。


 何故か途中で近所の小さな神社に一瞬寄ってお参りをしていたが、直ぐに戻ってきた。


 何か願掛けでもしていたのか、信仰に係ることなので突っ込まないでおく。


 荷物はビジネスバックパック一つだけの軽装だ。


 季節的には6月なのであまり寒過ぎることはないだろうが、私は着替えなんかも用意していない。


 社長は隣で黙々とノートパソコンを叩いている。ラップトップそのままだな。


 聞きたいことは山ほどあるが、話しかけても良いのか悩むところだ。


 「あ、あの。お忙しいところ恐縮ですが伺っても宜しいでしょうか?」


 所長はパソコンを叩く手を止め、こちらに顔を向けてにこやかに笑った。


 「もちろんです。何か気になることでも?」


 「ええ、まさかこんな急展開になるとは思わなくて、まだ整理が着いていないのですが、河原は今北海道で何をしているのでしょうか?」


 「そうですね、ホテルの部屋に閉じこもって酒浸りのようです。あまり良い状態ではありません。」


 「そんなことまで分かるんですか?」


 「はい。うちの所員は優秀ですからね。現地でもう一人の所員とも合流します。」


 「その方が見つけてくれたんですか?」


 「いえいえ、別の者ですが今回は必要になるかも知れませんので念のためです。」


 「はぁ。」


 何だか微妙にはぐらかされている気がするが、業種が業種なだけにあまり手の内を明かしたくないのも分かる。


 私もスマホで色々と事務所とやり取りをしながら作業に没頭している間に空港に着いた。


 ここでもあっさりと搭乗手続きを終え、新千歳空港に着陸した。


 事務所を訪ねてから僅か4時間で北海道にいる自分に驚く。


 まだ肌寒いが、今回は観光ではないので、そのままの恰好でさっさとタクシーを捕まえて河原が滞在するホテルに向かう。


 フロントに着くと、ブロンドの美しい白人女性が所長に声をかけてきた。


 「所長、こんばんは。呼んでくれて嬉しいわ。」


 「フランソワさん、急な呼び出しに応じてくれて助かったよ。今回は貴女の力が必要になりそうなんだ。」


 「フフフ、所長のお役に立てるなら地球の裏側にだって馳せ参じますわ。」


 「ありがとう。こちらが今回の依頼人の小室さんだ。小室さん、当所のスタッフのフランソワです。」


 紹介された私達は挨拶を交わす。


 フランソワという女性は美しいのだが、妖艶というか何というかこちらが委縮してしまう雰囲気がある。


 所作も優美なのだが、どこか陰があるというか、棘が隠されているような恐怖を覚えるのは何故だろう。


 「さあ、挨拶も終わったし急ごう。今回は急いだ方が良さそうだ。」


 所長に促されてエレベーターに乗る。


 所長は迷わずに27階のフロアを指定し、真っ直ぐに部屋の前に立つ。


 呼び出しベルを鳴らすが、一切反応がない。


 「やはりか。フランソワ、頼んでいいか?」


 「もちろんよ。」


 そう言うとフランソワさんは何やら私に背を向け、一拍置いたかと思うとドアを開けた。


 「どうぞ。」


 促されるままに部屋に入る。


 「友美!いるのか?私だ!小室だよ!」


 呼びかけながら部屋に入るが、乱れたベッドにもソファーにも見当たらない。


 「小室さん、洗面所ですよ。」


 慌てて洗面所のドアを開けるとそこには酒瓶を手にしたまま吐瀉物にまみれて倒れている友美の姿があった。


 「友美!」


 慌てて抱き起す。体は温かいので最悪の事態は避けられたようだが、意識がない。


 「フランソワ、服を脱がせてベッドに運んでくれ。一刻を争うぞ。


  小室さん、悪いが部屋のソファーに行っていてくれ。」


 フランソワさんが服を脱がせている間に所長はベッドの掛布団をどかし、着ていたスーツを脱ぎ捨てた。


 スーツの上からは分からなかったが、かなり鍛えられた肉体が白いYシャツ越しにも分かる。


 Yシャツを腕まくりしているとフランソワさんが裸の友美を抱きかかえて来た。

 

 所長は寝かせた友美の鳩尾(みぞおち)辺りに手を当てると、目を閉じて凄い汗をかきながら集中している。


 その表情はまさに鬼気迫るものがある。


 思わず近付いて何をしているのかを問い質したかったが、フランソワさんに目で制されたので大人しく待つ。


 「フランソワ、水!」


 慣れているのか、フランソワさんはホテルの冷蔵庫から水を取り出して所長に渡す。


 所長は鳩尾に手を当てたまま水を一気に飲み干した。


 すると、不思議なことにそれまでぐったりと横たわるだけだった友美の体から大量の汗が吹き出し始めたのだ。


 その後もどんどん水を飲みながら手を当て続けている。


 所長も河原も大量に汗をかいているが、河原の方が圧倒的だ。


 暫くして河原の汗の量が減り、所長の表情からも鬼気迫るものがなくなった。


 所長は手を離して友美の体に布団をかけ、最後に水をまた飲むと大きく息をついた。


 「ふぅ、これで河原さんのお体は一旦大丈夫でしょう。かなり酒毒が回っていたので危ないところでした。」


 許されてベッドサイドに寄ると、確かに普通に眠っているようだ。顔色も良い。


 所長がソファーで休んでいる間にフランソワさんの指示のもとフロントへの連絡、部屋の清掃と服のクリーニングの依頼などがテキパキと進んでいく。


 私が友美の事務所のマネージャーということでホテル側もすんなり動いてくれた。


 その他フランソワさんが下着やら当座の服やらを買ってきてくれた。


 すっかり部屋が落ち着いたところで所長にお礼を言う。


 「本当にありがとうございます。あのままでは窒息死していた可能性もあるので、お二人のお陰で本当に助かりました。」


 「いえいえ、我々としても間に合って良かったです。」


 「しかし、まるで超能力のようでしたが、気功か何かなんですか?」


 「まあ、そんなところです。日本では『怪しい』と思われがちなのでご内密に願います。」


 「分かりました。それにしても凄かったです。あんな大量な汗を人間かくんですね。」


 「体に毒が回っている場合は水分を大量に与えて、体外に排出するのが一番ですからね。」


 「ううん・・・・ふぁ」


 こちらの興奮冷めやらぬ状態に似つかわしくない気の抜けた声が聞こえた。


 友美が目を覚ましたのだ。


 「友美!大丈夫か?」


 「あれ?小室さん?なんで?う~ん、確か私は・・・そうよ!なんでここに小室さんがいるの?」


 「こちらの方々に探して頂いたんだ。見つけるのが一歩遅かったら死んでたかも知れないんだぞ!」


 その後は大変だった。裸であることに気付いた友美が騒ぎ出したのだ。


 いかに大変な状態だったのかを言い聞かせ、何とか冷静さを取り戻し、服を着て話ができるようになるまで2人は別室で待機していてくれた。


 そして、改めて友美と所長とフランソワさんと私の4人で話をすることにした。もっとも、フランソワさんは話には基本的に加わらないようだ。


 空腹だったのでルームサービスを頼み、食事をしながら話すことにする。


 友美はまだ所長に対して警戒心全開だが、裸を見られたことが関係しているのかも知れない。


 「ほら、友美からもちゃんとお礼を言わないと。命の恩人なんだから。」


 「そうね。佐藤さん、フランソワさん、助けて頂いてありがとうございました。


  何だか体が凄く軽くなった気がします。」


 友美は一瞬嫌そうな顔をしたが、直ぐに営業スマイルを取り戻して礼を言った。


 「体中に溜まっていた毒素を一気に抜きましたからね。体の方は文句ない健康体になったはずですよ。」


 「体の方は?」


 「ええ、心の方はそう簡単ではなさそうですね。」


 友美の笑顔が凍り付く。


 「あなたに何が分かるっていうの?私の苦しみなんて誰にも分らないわよ。」


 「友美、この方はそういう悩みを断ち切って下さる専門家なんだよ。」


 「はぁ?カウンセラーか何かってこと?」


 「いえいえ、私は単に人を幸せにしたいと願うしがない探偵ですよ。」


 「人生相談に乗る探偵ってこと?変わってるわね。」


 「私にはちょっと特殊な力がありましてね。人を苦しみから解放して幸せになるお手伝いをさせて頂いています。」


 「特殊な力?なんかどんどん詐欺めいて来たわね。」


 「信じる必要はありません。私も依頼がない場合は動きませんから。」


 「困ります!困ります!見つけたら歌手に専念できるように協力してくれるって言ったじゃないですか?」


 「私は河原さんを幸せにするお手伝いをさせて頂く、と申し上げたはずです。」


 「何を勝手に私抜きで話してるの?私の幸せは私が決めるわ。歌手としての成功も彼の愛も全部掴んでやるんだから!


  こないだだって電話来たのよ。応援してるって。困ってるから助けてくれって。


  いつも迷惑かけて悪いって思ってるって。愛してるのは私だけだって。」


 ああ、また友美がヤバい目つきになっている。何かに取り憑かれたような目だ。


 彼氏(元彼氏?)のことを考えてる時はいつもあの目になる。


 その後また失踪したり、酒におぼれたりするんだ。


 「なるほど、良く分かりました。小室さん、行きましょう。」


 「え?」


 「今後の善後策を決める必要がありますので。フランソワ、彼女が変なことをしないように見ていてくれ。」


 「分かったわ。」


 「あ、ああ。」


 私は気が抜けた返事をして


 「もうほっといて!ちゃんと歌えばいいんでしょ!」


 思わず振り返って言い返そうと思った。『実際ちゃんと歌えてないじゃないか!』って。


 でも、言い返す前に所長さんに手を引かれて廊下に連れ出されてしまった。


 「ちょっと佐藤さん、友美を助けてくれるんじゃなかったんですか?」


 「落ち着いて下さい。もちろん助けますよ。実際にお会いして何をすべきか良く分かりました。」


 「では?あの男を忘れさせて歌に集中させて頂けると?」


 「ええ、それが一番彼女にとって幸せでしょう。今の元彼への執着は悪縁以外のなにものでもありません。」


 「だから言ったじゃないですか!」


 「はい。ですが、人の人生を人の意見だけで左右することはしないようにしているのです。


  信じなかった訳ではありませんが、気を悪くされたなら謝ります。」


 あっさりと頭を下げられて頭に昇った血が降りる。


 「いえ、いいんです。それよりも何故一度部屋を出る必要があったんですか?助けて頂くのに何か準備が必要なのですか?」


 「それは単純に契約の問題です。私が現在正式にご依頼頂いたのは捜索までですので、依頼は完了しています。


  彼女の治療はサービスで問題ありませんが、この先はご契約が必要です。」


 「ああ、それはそうでしょうね。急いで進めて欲しいです。」


 「畏まりました。既に先ほど東京で紹介した牧原に依頼書を作成させております。後は確認サインして頂くだけで良いのですが、ご覧頂けますか?」


 そう言ってホテルの喫茶店でノートパソコンの画面を見せてきた。


 何でホテルの喫茶店のコーヒーはバカ高いか。空間利用料が入っているのと、普通は経費でしか行かないからだ。


 中身をざっと読むと、イニシャルコストについては捜索に含めてくれるので無料。


 但し、報酬は今後彼女が芸能活動で稼ぐ報酬の5%を毎月支払う、というものだった。


 ざっと彼女が事務所にもたらす毎月の売上平均は20億円、毎月1億円の報酬ということだ。


 「これはちょっと高過ぎませんか?」


 「そうでしょうか?このまま放っておけば稼ぐどころかマイナスです。成功報酬なのですからこれ位は妥当だと思います。」


 確かに痛いところを突かれた。このままでは活動休止、スキャンダルが表に出れば損害賠償もあり得る。


 「分かりました。でも、このレベルだと社長の判子が必要になります。」


 「それでは、社長にお電話して場所を指定して頂ければ弊社のものが伺って判子を押して頂きます。」


 社長に電話をして事情を説明する。条件には合意してくれたので赤坂の事務所にいると伝えると、所長も電話をかけた。


 その間に現状を報告していると、社長が驚きの声を上げた。


 今まさに書類を持った男が目の前にいるというのだ。いくら何でも早過ぎる。


 社長から電話で判子を押したと聞くと、所長も聞いたらしく、満足気に頷いていた。


 「さて、それでは参りましょうか。愛憎・妄執に雁字搦めにされた緊縛の歌姫を解放しに。」


 そう言って所長は友美の部屋のドアをノックした。

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