その後ーエド視点ー
ギィー。
軋みが音を立ててドアの開いた事を伝えてくる。
以前、店主に何故直さないのかを訪ねたら
「全てが新しければ良いってもんじゃねえさ。」と。確かにな。
柔らかな光がテーブルを明るくする以外は店全体が薄暗い。
静かな話し声があちこちでしても誰も聞き耳を立てない。そんな約束のある店。
「すまん。誘っておいて遅くなったな。」
待ち人は、珍しく焦った表情で現れた。
「いや、俺も今来たところだ。
しかし、お前に誘われるとは思わなかったよ。」
1番奥のテーブルに陣取った我らは、まずは注文をして乾杯をする。
「まっ、お互いの無事に乾杯。」
俺の傾けた盃にハロルドが杯を合わせる。
「確か米酒とか言うものだな。美味いな。」
ハロルドは、初めてらしい。
「ああ、ラルの発案でこの店の店主と農産加工部の協力の成果なんだと。
まあ、美味いんだから文句は無いがな。」
それからお互いこれまでの話を交互にした。
俺のロダインでの出来事。
『冬の国』『夏の国』での出来事。
ため息をつく俺にハロルドが笑う。
「まっ、初めてラルと冒険へ出て俺も自分の未熟さを実感したところだ。
まっ、それでお前さんと乾杯をしたい気分になったって事さ。」
なるほど、中々本音が出ないから何の話かと思えばラルと冒険へ行って少し凹んだんだな。
「そんな気分の時はこの店で飲むしかない。俺はいつもそうしてるさ。」
エルドの街中にあるこの店は、ルルドの御大の肝いりで作られた『安全且つ息抜き用』。
「すまん。遅くなった。」
やっと来たか。コイツの最近の忙しさは憐れを誘うからな。目の下にクマがあるな。
「お前さんが一緒とはな。」
ハロルドに驚いているな。言わなかったからな。
一方、ハロルドはいつもの鉄仮面か。
「俺はそんなには忙しくないからな。」
嘘ばっかり。ギルド本部に溢れる希望者や依頼の件数を物凄い勢いでこなしてるらしい。
それを伝えると苦笑いがかえってきた。
「あの冒険からかえってからどうも自分が役立たずに思えてな。仕事でもこなさなきゃやってられないんだよ。」
ハロルドの愚痴にベルンが激しく同意する。
「あぁ、全くだよ。
『大森林』が消えて、森や草原が出来たのは良いんだ。だが、どうしても入れない場所がある。だからこそ調査隊を編成して準備してたんだよ。そしたら!」
バン!と机を叩くベルン。
流石酒に弱い。もう酔ったな。
「ああ、いつものあれだな。お疲れ様だ。」
と肩を叩くとベルンが大きくため息を零す。
「あっという間にラル殿とヤーン様が調査を終えていて。うぅ。」涙目だな。
いつもこれだからな。
ベルンよ。それはまさに徒労だな。
それから、大森林にどうやら未知の建物がある話やロダインの復興の様子の話をしていたらあっという間に夜更けとなり解散しようと持ちかけた。
すると、突然ベルンが真顔で俺の方を向いて頭を下げた。
何も言わないまま…ベルンはしばらくそのまま頭を下げ続けた。
俺は、顔を上げたベルンの目を見て微かに頷いた。そこに彼の気持ちの全てを見たからだ。
その後解散となり俺も自室へと戻る。
ラルの右隣の部屋だ。
奴は早寝だ。もう寝ただろう。
部屋に入ろうとすると珍しく夜更かしのラルが部屋から出て来て手招きをする。
首を傾げながらもラルの部屋に入ると、見事な散らかりぶり。
また何か研究してたな…ちょっと怖くてだいぶ楽しみなあの新発明かな。
「これ。」
それは紫色の液体入りで怪しさ抜群の瓶だ。
躊躇いがちに受け取りながらもラルを見ると久々に真顔。
「これは?」
クイッと飲むジェスチャーをするだけで何も言わない。
うっ、流石に俺も飲みたくはない。無いがあの顔のラルを見ると飲む以外無いな。
クイッ。
ま、まっずー!!!!
うう、
あ、熱い。身体が燃え上がる。
まさかの毒か?
息も苦しい…思わず跪く。
はー、どうしたら!!どうにもならない苦しさにラルを見上げると泣き出しそうな顔で覗き込んでた。
そこから記憶はない。
目が覚めた俺を覗いていたのはヤーン様。
珍しく人型で。
「喋るな。お前の飲んだものは劇薬。
ラルが懸命に作ったが、二度とは作れないものだろう。
夏の国から連れて来た『あの種の分身』の力を借りて、更にラルの魔力の殆どを使って作ったのだ。
ああ、言っておくが毒ではないぞ。
まあ、布団を捲れば分かる。取り敢えずラルはあの後お前の看病中に倒れたから隣の部屋にいる。呼んでくるから待っていろ。」
布団を捲った俺は、しばらく固まった。
だから、ラルが飛び込んできたのも気がつかなかったほどだ。
「あー良かった。目が覚めた。
あっ!!
成功だ!成功だ!皆んなに知らせに行こう!」
俺は、ラルがドアを乱暴に開けて出ていってもまだ、動けずにいた。
布団の上には、二本の足がある。
全く同じ足がある。
ベットの横には慣れ親しんだ義足が転がっていた。
部屋を出るヤーン様の最後のセリフが耳に残る。
「あれでお前の義足をずっと気にしてたらしい。
異名まで義足が付いてたしな。」