ロダインで事件勃発!ーエド視点ー
完全なる失敗だ。
なんたる事だ。
蛇の穴のNo.1だった俺がだ。
密偵どころか異名持ちになるなんて…
「エド殿。落ち込んでる場合ではありません。
蜂も大雪も日照りも何とか住人に被害無く乗り越えられたのもエド殿のおかげと皆喜んでおります。」
ぐっ!
それだよ。
宿屋の周りは既に人でいっぱいとは如何なものか?
俺は、ただ目の前の命を救うのに精一杯だっただけなんだよ。
蜂も大雪も日照りも全てが余りに酷く人々に襲いかかってたので密偵の身分を守れなかった。
「落ち込まないで下さい。皆んな感謝を表したいと集まったんです。」
いや、グレタ。
ほほを染めて喜んでる場合じゃないから!
宿屋も転々としたのにバレてるし。
「そんなにお嫌ですか?『義足の騎士様』と言う異名は?」
ぐっ!ぐっ!
グレタ!抉るなよ。
「あのな、分かってると思うが俺達は密偵だったはずだ。顔を知られては活動もままならない。ましてや異名持ちなんて最早密偵失格だよ。」
「エド殿。私は良いと思います。
無論エド殿の前歴は良く存じてますし密偵の何たるかも少しは理解しています。
でも、あの大雪や日照りです。あのままならロダインの民は大勢命を落としていたでしょう。ですから私は密偵であるより救命を一番に動かれたエド殿を尊敬します。」
キッパリとした落ち着いた声色に顔を上げると、グレタは決意のこもった顔をしてこちらを見ていた。
参ったな。
一本取られたか。
前職に引きづられたのかも知れないな。
「あれはラルの真似だけどな。
まっ、お前さんの言いたい事は分かったよ。
だが、同時に近衛隊が不味い動きを止めねばならない。このまま行けば民衆の声に王家が倒れるのは間近だ。
蜂も大雪も日照りも全ては、王家の責任となっているのだから。」
俺のセリフにグレタも考え込む。
ここ最近の住人の不満はギリギリまで膨らんでいる。
少しのキッカケがあれば暴発間違いなしだ。
近衛隊が、馬鹿な行動をしなければいいのだがな…
それから数日は、夜闇に紛れては街中で情報収集に励む。変装のスキルが一気に上がる日々だ。
そんなある日懸念していた事態が発生する。
良くある事だ。
近衛隊の誤認逮捕に住人の怒りが爆破したのだ。
逮捕の相手が悪かった…まだ14.5才の子供を不敬罪で捕まえたのだ。
子供は「王様より『救世主ラル様』や『義足の騎士様』の方がよっぽど良い。王様なんて要らないよ!」と。
軽口で済ますには、最後の一言が余計だった。
子供が逮捕されたのを聞きつけた住人が今や王宮前に集いその数は数万人にも登る勢いだと。
「エド殿。恐れていた事が起こりました。
このままでは必ずどちらかに犠牲者が出ます。」
しかし、俺達が駆けつければ火に油を注いだ状態となる。
これが密偵を忘れた報いなのか!
ジリ貧の思いで二人で話し合っているところに乱暴にドアを叩く音がする。
バン!
大勢の近衛隊が押し入って俺達を捕まえる。
迷って末に対抗はしなかった。
まっ、身を守る道具は着けているからな。
しかし愚か過ぎる。
これでは王家の寿命を近衛隊が潰すようなものだ。
王宮前に引き出されると、住人から怒声が飛び交う。荒々しいせめぎ合いが一気に加速を始める。
間違っていたか?
逮捕を逃れるべきだったのか?
暑い空気に包まれたその時、近衛隊が俺の耳飾りを引き千切る。
ま、不味い!!
『万能君』を取られるとこの男の刀の鯖になる。
ニヤリと笑う近衛隊隊長のアレッサが、刀を振り被る。
俺の半生を思えばこれもまた仕方ないが、これは一番不味いやり方だ。
だが、アレッサの血走った瞳には既に冷静な判断を期待は出来なかった。
俺は静かに目を閉じた。
ラル。すまん。
こんな足手まといな形で逝くなんて許してくれよ。
キラッと刀の光が反射したその時!!!
ドドーッン!!!
バッシャーン!!!
上空から大量の水が降ってきて一人の人間と犬が落ちてきた!
空中を駆けるように素早く犬が落ちて行く人間を受け止めると人々の飛び退いた真ん中に着地した。
「うーっ。ゲボッゲボッ。
あー、ヤバイよ。溺れるなんて考えた事なかったから『万能君』に入れるの忘れたよ。
えーと、あっ!!エド!!!」
叫んだのと同時にヤーン様ごとジャンプして俺を咥えて空中へと。
「エド。泉に見えたんだよ。
それにしてもこの人達はどうしたの?」
あまりの事態に詰めかけた住人も近衛隊も唖然とするばかり。
「喧嘩になりそうなんだよ。」
ボソッと呟くと。
「なるほど。
喧嘩には、水をかけるのが一番だもね。
だから効いたのかな。皆んなやめたものな。
よーし、更に水撒くぞ。皆んな行くぞー!
水魔法ヴォーク」
それはキラキラした水のシャワーのよう集まった者達に降り注ぐ。太陽の光を浴びて美しい虹をも生み出した。あまりの美しさに静寂に包まれた。
「やるじゃん俺。
虹久しぶりだな。うっほー!綺麗だな。」
ラルの呑気な声のせいなのか、この美しい風景のお陰か、下の連中からは怒気がきえていた。
ゴゴゴゴゴーーー!!
その時、王宮の大門が音を立てて開きドウェイン王が進み出てきた。
一同、一斉に跪く。
「皆の者、良く聞けー!
この騒ぎの責任を取り近衛隊は解散とする。
そして、王家はその役割を終えて王宮から去るものとする。」
一瞬の静寂の後、怒涛の歓声が上がる。
近衛隊の必死の抗議も全く聞こえない程の歓声が!
「えー。ダメだよ。
王様いないと皆んな困るよ。
王様ずっと俺達と力を合わせてやってきたんだよ。
あっ、俺はエルドのラルって言います。
あのな、魔王の封印の時もその後も王家達が協力してくれて超助かっんだよ。
なー、辞めないで頑張ってくれよ。
俺も応援するからさ!」
未だ空中から降りないまま、話し出したラルの言葉に住人も近衛と王様も黙って見上げた。
長い静寂が続いて…
「王様万歳!救世主様万歳!義足の騎士様万歳!」
一人の声はだんだんに広がりやがて一体となって響き渡る。
それから数分後、王様とラルと俺が硬い握手を交わし、住人の熱い声援を受けてひとまず事態は収拾した。
俺達もとりあえず宿屋へと戻る事にした。
流石の俺も怒涛過ぎて整理がつかない。
ベットに腰掛けて話し始めようとしたら、ラルが騒ぎ出した。
「ま、不味いよ。
『夏の国』にみんなを置いてけぼりにした!
それに次元の裂け目が!!」
ため息混じりのヤーン様が。
「落ち着けラル。
次元の裂け目は、お前さんが通過したら埋まったわ。それに後のものは夏の国の神が既に戻したと思うぞ。
まっ、後でハロルドには叱られろよ。心配掛けたぞ。」
まさかの置いてけぼりとは…
「あー、鳥人間さんに今一度会いたかったなぁ。」
意味不明のラルの言葉に疲労の押し寄せた俺は、いつものため息をついた。