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彼女を否定できるほど、あなたは彼女を知っているんですか。


 ファウスト殿下を含め、取り巻きの男性方と関係を含めていくレティア嬢。

 レティア嬢やファウスト殿下に近づこうともしないで賤民と仲良くしている侵入者。

 私だけが怨嗟の声を上げながら苦しみにのたうち回っている。どうしてファウスト殿下を引き留めないの。どうしてレティア嬢に復讐しないの。私は、ファウスト殿下だけを愛しているのに。


 侵入者のいう婚約破棄の日は卒業パーティ。それが1ヶ月後に迫っていた頃、侵入者の身辺に変化が訪れた。

 普通であれば絶対に話もしない人間から声をかけられたのだ。侵入者が中庭でひっそり読書をしているときだった。


「失礼いたします、フォルクテンド公爵令嬢。不躾ながら、少々お話ししたいことがあるのですが」

「えっ……あ、申し訳ありません、……ローガ殿下でいらっしゃいますよね?」


≪ローガ、殿下……?≫


 ファウスト殿下よりも柔和な顔立ちに軟派な性格。第三王子のローガ殿下と私には因縁の関係があった。正確にはローガ殿下とファウスト殿下に、だが。

 貴族は大きく分けて3つの派閥に分類される。第一王子ファウスト派と、第三王子ローガ派、そして他の派閥より小さい第二王子リカルド派である。全員が側妃の母を持ち、正妃の子がいないためか、この十数年熾烈な王位継承者争いが繰り広げられていた。

 母親の後ろ盾が強いファウスト殿下と、鬼才とまで言われるほど頭のいいローガ殿下。ローガ殿下と同じ母を持つが凡才としか言われないリカルド殿下は、この二人に比べるとやはり力不足に見えた。ファウスト殿下も優秀な方だが、ローガ殿下には一歩及ばずいつも悔しげな顔をなさっていた。

 真っ向から対立しているファウスト殿下とローガ殿下の仲は悪い。リカルド殿下はローガ殿下とは仲がいいが、ファウスト殿下とはやはり、一線を引いていた。


 私は、というよりも私の家は、無論ファウスト殿下派だ。公爵令嬢である私を妻にすることで確実に王位を貰おうという企みがファウスト殿下の母君と私の両親の間で成立している。

 ローガ殿下はいわば敵の首領だ。幼い頃より私はファウスト殿下の嫉妬心を聞かされ、両親にローガ殿下への敵対心を植え付けられている。

 ……個人的な理由で嫌いでもある。正直、よっぽどのことがない限り話したくない相手だ。


「ええ、そうですよ。……クローディア様とお呼びしても? 昔はそう呼んでいましたよね」


≪っ冗談じゃないわ! 穢らわしい……私に話しかけないでちょうだい!≫


「あっ、はい。殿下の好きなように呼んでいただいて結構ですわ」


 侵入者はローガ殿下の美貌にぽうっとしながらそう答える。ローガ殿下は嬉しそうに笑うと、侵入者が腰掛けていたベンチに並んで座った。

 この身体が私のものだったなら全身に鳥肌が立っていただろう。思い出したくない思い出がよみがえってきて私は叫び出したくなる。一刻も早く離れてほしい。


「あの、話とは……」

「はい。兄上のことなのです」

「私に尋ねると言うことは、ファウスト殿下のほうですか?」

「はい。学園内で噂が広まっていますが……兄上は今、婚約者である貴女を蔑ろにしてレティア嬢と親交を深めている、というのは本当ですか?」

「……事実です」


≪違うっ、違うわ!! なんてことを言うの?!≫


 私が声の限り叫んでも、この口はいまや私のものではない。

 侵入者は、たいして悲しむふうでもなく、平然とローガ殿下の言葉を肯定した。やっぱりこいつには私の気持ちなんて分からないんだわ。この胸を引き裂かれそうな痛みすら、侵入者は感じていない。


「……では、貴女がレティア嬢に嫉妬して、彼女を痛めつけている、という噂は本当ですか?」

「私は、そんなことは一切していません。……信じてもらえないと思いますけど」

「おや、何故ですか?」

「“私”はそれだけ、人の信頼をなくすような、卑しい行為をしてきましたから……」


 侵入者の言っている“私”が、彼女が侵入してくる前、すなわち本物のクローディアのことを言っているのだというのはすぐに分かった。

 この女のよく使う手段だ。本物の私を否定し、愚弄し、卑劣なものと蔑みながら、己を正当なものにみせようとする。

 他の人間からは単なる“反省”や“後悔”に映るだろうが、私にははっきりと分かる。これは“否定”だ。


 たまらなく悔しい気持ちになる。この女は私を“ゲームブック”に書かれていることしか知らない。クローディアとしての人生を歩んできたわけではない。

 なのに何故、否定できるのだ。何故、今までの努力を踏みにじれるのだ。


「――変わりましたね、クローディア様」

「えっ……」

「今の貴女は、とても穏やかな目をしていらっしゃる」


 ローガ殿下は優しく微笑みながら私のこめかみから顎にかけての線を指でなぞった。

 ぞくりと背筋が恐怖で震え、次の瞬間烈火のごとき怒りが噴き上がった。


≪こんな外道ですら、私ではなくこの女を肯定するのか……っ! 私にっ、私にあんなことをした外道ですら!!≫


 口にするのもおぞましい。この男は、ファウスト殿下を貶めるために私を排除しようとした。

 人にあるまじき、悪魔のような手段で。涙と血にぬれた寝台で囁かれた言葉を、私は一生忘れないだろう。


 ――――『これで貴女は、兄上のものではなくなる』


 この、けだものですら、私を否定し侵入者を肯定しようというのか……っ!


「あり、がとうございます……」


 怒り狂っていた私は、侵入者の妙な反応に気付くのが一瞬遅れた。

 その動悸の早さ、頬の熱さに気がついたのは、侵入者が息せき切って「あの、」と続けたときだった。


「もし、よかったら……明日もこの時間、お話ししませんか?」


≪何を、言ってるの……?≫


 まさか、という思いが胸を占める。紅潮する身体とは対照的に、私は蒼白した。

 この身体の反応、誘うような文句、少し震えた声。私には覚えがある。私が、ファウスト殿下と対面したときと同じだ。

 まさか侵入者は、よりによってローガ殿下を……?


「ええ、喜んで。明日会えるのを楽しみにしています」


 私の時と違うのは、相手の反応だ。ファウスト殿下は素っ気なく、「明日は予定がある」と断った。ローガ殿下は満更でもなさそうに頷いた。


 今日までの日々を、私は“地獄”だと考えていた。

 甘かった。

 地獄に底など、なかったのだ。


 この三週間後、ローガ殿下が告白をし、侵入者はそれを受け入れた。

 私の心など置き去りにして、二人は恋仲になった。


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