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転生? いいえ、彼女にとってはただの侵入者です。


 ――ある日、自分の身体が自分のものでなくなった。自分の人生が他人のものになった。

 その恐怖を知りえる人が一体どれほどいるだろう。


 ある朝、私は意識は覚醒しているのにまぶたが持ち上がらないという現象に見舞われた。最初は特に気にすることもなかったが、いつまでも身体が動かない様子に段々と不安になる。

 やっと身体が動きまぶたが上がったかと思うと、私の口は勝手に、訳の分からないことを呟いた。


「うぅ……ん……あれ? 私たしか、トラックにはねられて死んだはずじゃ……」


≪はぁ? 何を言っているのかしら、私ったら≫


「うっそ、生きてる……? でもこの髪、私のじゃない……まさか、転生ってやつ?」


 私の髪は艶やかとも毒々しいとも言われる深い紫色だ。胸まで垂れている髪を一房つかみあげながら私の口は勝手にしゃべった。

 “とらっく”やら“てんせい”やら知らない言葉を話す“私”。不安と恐怖が濃厚になっていく。私の中に何者かが入り込んでいる。私の身体を操っている。

 ――――これは、私じゃない。


 私の身体は勝手に寝台から起き上がって、寝台のすぐそばにある姿見の前に立った。

 姿見に映る私の姿は昨日と寸分変わりはしない、強いて言えば右側の髪の毛がはねているが、私の姿のままだった。だけど映る表情が違う。私はこんなに下品に驚いてみせない。


「えっ……これ、『花君』のクローディア?!」


≪なんで私の名を……。いえ、そんなのどうでもいいわ。今すぐ私の中から出ていきなさい! 貴方のような汚らわしい下賤な民に、1分1秒たりとも私の中にいてほしくないわ!!≫


 必死に心の中で念じるが、私の中の侵入者には聞こえていないらしい。

 侵入者はショックを受けたような顔を鏡に浮かべた。


「よりによって悪役令嬢の……どうしよう、このままじゃ第一王子のファウストに殺されちゃう……」


≪……っ!! この!! 殿下を呼び捨てにするなんて、なんて不敬な!!≫


 私の婚約者であり、この世で最もお慕い申し上げている殿下の名前を、軽々しく呼び捨てにした。

 それだけで私は不安も恐怖も飛び越して、侵入者に対して激しい怒りを覚えた。


「とにかくデッドエンドだけは回避しないと……! ファウストには必要以上に近づかない。うん。たしかファウストもクローディアのこと毛嫌いしてたから、こっちから接触しない限り大丈夫よね……」


≪な……なんなのよこの女は!≫


 きっと私の身体が自由に動かせていたのなら、顔を真っ赤にして侵入者の頬を扇子で打っていた。令嬢としてあるまじき行為だが、それほど許しがたい言葉であった。

 殿下が、私を毛嫌いしている……? 私と殿下は婚約者なのよ?! 幼い頃からずっと、ずっとそばにいたのに……! 殿下の隣にたつため厳しい王妃教育だってきちんとこなしてきたのに……!


≪殿下が私を嫌うはずがない! 私は! 殿下に愛されているのよ!≫


 たとえ、花の一本たりとも貰ったことがなくても。手紙に書かれている字が殿下本人のものでなくても。私が話しかけると一瞬冷たい瞳をしても。

 ……殿下は、私の婚約者であり、唯一の御仁なのよ……っ。だって、私は本当に幼い頃から殿下の婚約者で、王妃になることが私の存在意義で、殿下の隣にたつために生まれてきたのだから……。


「はぁ……第二の人生は嬉しいけど、よりによって悪役令嬢か……。あーもう、キツい顔立ち。まんま悪役顔ね。先が思いやられる……」


 侵入者が何を言っているのかはよく分からなかったが、私の身体に不満があるらしい。悪役っていうのは明らかに悪い意味の言葉だ。

 突然、勝手に、身体を乗っといておいてなんていう言いぐさだろう。ならばさっさと私の身体から出ていってほしい。この身体の持ち主は絶対に私であり、私の人生は私のものなのだから。



*  *  *



 侵入者が私の中から出ていくことはなかった。それどころか私の身体を使って好き勝手やっている。

 失態をしでかした役立たずの侍女を簡単に許したり、汚らしい貧民の子供と一緒に遊んだり、浅ましい血の入った大嫌いな弟と共に出かけたり……。考えられないことだ。

 

 何よりも許せなかったことはファウスト殿下を意図的に避けているところだ。

 体調不良だ公務だなど適当な理由を付けて、殿下からの呼び出しを断る。学園内でも殿下のクラスの前は通らない。自分のいた場所に殿下が訪れたら気付かれないようにその場を去る。

 おかげでろくにファウスト殿下の御姿をこの目に写していない。私は殿下の婚約者なのよ。叫ぶも、誰も気にとめてなどくれなかった。


「おい」


 寂しさに打ちひしがれていたとき、腕を強く引かれた。声だけで分かる。ファウスト殿下だ。ほんの少し言葉をかけられた、それだけで涙が出るほど嬉しかった。

 さすがに直接呼び止められて避けるわけにもいかないと踏んだらしく、侵入者は無機質な笑みを貼り付けて殿下の方へ振り返る。


「何かご用でしょうか、殿下」

「……お前」


 探るように私――いや、侵入者の目を見つめる殿下。その眼差しに温度はなかったが、私は侵入者に嫉妬した。こんなにも長い時間見つめられたことなど、私にだって数回ほどしかない。

 それでも私の胸は期待に高鳴った。もしや殿下は私に気付いてくださるのではないか。私の身体を操る卑しき侵入者ではなく、身動きのとれない私の存在に目をとめてくださるのではないか。

 こう、言ってくださるのではないか。「お前は誰だ。本物のクローディアを返せ」、と。


 母も父も、誰も彼も侵入者が起こした変化を訝しがりながらも、最後は受容した。評価した。

 ――それは、私に対する紛れもない否定だ。私などが入れ替わってもどうでもいい、むしろ私よりも侵入者の方が都合がいい……そう言われているに等しい。

 期待の裏側で、恐怖が襲ってくる。殿下にだけは否定されたくない、愛する殿下にだけは。


「私をどう思っている?」

「え……お慕いしておりますが」

「そうか。……もういい、下がれ」


 期待と恐怖、殿下はどちらにも答えることはなかった。いつものようにス、と目線を外すと、足取り早く行ってしまう。

 殿下は侵入者の存在に気付いてくださったのだろうか。あまりにも短いやりとりの中で察することは不可能だった。


「……何あれ、感じ悪っ。俺様キャラって総じて自己中よね」


 侵入者が誰にも聞こえないような声で呟く。言葉の意味は分からずとも、その口ぶりから毒づいていることは分かった。

 私はこのときだけは、侵入者に罵詈雑言を浴びせかけるのを忘れた。心臓がきゅうと締め付けられる。


≪返して、ください≫


 いつもの高圧的な態度ではなく、懇願するように侵入者に語りかける。侵入者は気付かない。今まで一度だって彼女は、私の気持ちなど顧みたことはない。

 返してほしい。戻りたい。戻って、殿下の足下に頭を垂れて縋りたい。失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした、殿下を心からお慕い申し上げていますと、許しを乞いたい。

 だって、殿下に許されなければ私は生きる価値などないのだ。


 生きる価値などないのだ。



*  *  *



 あれ以来、殿下には声をかけられていない。夜会の招待すら来なくなった。

 ――許されなかったのだ。


 殿下を見かけることが少なくなった代わりに、私の大嫌いな弟や、それに連なる下賤な民達が侵入者を取り囲んだ。

 鬱憤をため込んでいく私とは対照的に、侵入者は私の人生を謳歌しているらしい。“心の優しい公爵令嬢”と呼ばれてご満悦そうだ。“シナリオ”を変えるために着々と味方を増やしている。


 侵入者の独り言から段々と分かってきた事実がある。

 ここは『花咲く君に』という物語の世界らしい。“ヒロイン”と呼ばれる子爵の庶子が、“攻略対象”と呼ばれる美男子たちを籠絡していく。私はその中の“悪役令嬢”として登場し、“ヒロイン”を虐め、殺そうとした結果、“攻略対象”であるファウスト殿下に婚約破棄を突きつけられその場で殺されるそうだ。

 ……侵入者が私の身体を得てがっかりしていた理由は分かった。私の末路はそれはそれは悲惨なものだろう。


 だけどそれが何だというのだろう。私はその末路に悲しみを感じるとはいえ、変えるつもりなんかは毛頭ない。私はファウスト殿下のことを心から愛しているし、ファウスト殿下を浅ましくも籠絡しようとする邪魔者にも制裁を加えて当然と思っている。

 物語の中の私は何も間違ったことなんかしていない。だからきっとファウスト殿下に殺されても、後悔なんてしない。……それなのに侵入者は、勝手な判断で私の人生をねじ曲げようというのか。


「ついに明日はヒロインが編入してくるのね……。“高慢ちきな令嬢”っていうイメージは取り払ったし、弟とも仲良くなったし、ファウストにはこれ以上嫌われないようにしたし……大丈夫、大丈夫」


≪……かえして≫


「ヒロインを虐めなきゃファウスト殿下に殺されることもないはず」


≪かえしてよ≫


「……はぁ……。ほんとなんで悪役令嬢なんかに転生しちゃったんだろ……」


≪わたくしの人生をかえしてよ!!≫


 自分の身体が自分のものでなくなった。自分の人生が他人のものになった。

 その恐怖を知りえる人が一体どれほどいるだろう。

 この憎悪を知りえる人が一体どれほどいるだろう。



*  *  *



「もうあのヒロインちゃんなんなの?! あの子も転生者よね……逆ハー狙いの台詞回しだったし……。だからってわざわざ私を悪役令嬢に仕立て上げなくてもいいじゃない!」


 侵入者の独り言通り、季節外れの編入生であるレティア子爵令嬢が“攻略対象”を籠絡していっている。“逆ハー”というのはどうやら複数の男性に色目を使い、特別な関係を持つと言うことであるらしい。貞淑であるべき令嬢とは思えない振る舞いに、心の中で私も呆れてしまった。

 死を免れたい侵入者はレティア嬢には近づきもしなかったが、いつの間にかレティア嬢を虐めているという噂が立っていた。卑賤な弟以外の“攻略対象”に睨まれるようになり、途方に暮れている。

 その中にはファウスト殿下もいた。目の前でファウスト殿下がレティア嬢に愛を囁いているのを聞く。それは心が壊れてしまうほどの拷問だった。

 レティア嬢に復讐したいのに、私の身体は私の意思では動いてくれない。侵入者も動かない。私は何もできないまま、ただ、ファウスト殿下が私以外の人間に心を傾けていく様子を見させられるだけだった。


≪愛してます≫


 婚約者なのに、何故。


≪あいしてます≫


 結婚するのに、何故。

 私は、貴方の隣にたつべき人間なのに、何故。


 ――――『お前は王太子に嫁ぐためだけに産み落としたのよ』


 そう、ですよね、母様。


 ――――『女であるお前など、それ以外に価値がなかろう』


 存じております、父様。


 わたくしは、殿下をあいしていますから。愛して、結婚して、王妃としてファウスト殿下を支えます。

 それだけが産まれ、生きてきた意味なのですから。


ルイです。お久しぶりです。

もうブームは過ぎているとは思いますが、悪役令嬢ものです。ただし、本物のほうの。

全5話予定で、4話まで書き終わっています。4話が悪役令嬢視点、最後1話が別視点となります。


悪役令嬢ものは結構好きです。書くとなるとざまぁ部分が上手く書けずに毎回執筆が止まるんですが……。

この作品も3話目までは1年前ぐらいに書き終わってました。お蔵で埃かぶっていたので、メンテはしましたが矛盾点あるかもしれません。感想欄にて教えていただけると幸いです。

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