Mr.Drunker
酒乱ですいません。いや、むしろ生まれて来てすいません。酒が引き起こす悲劇。いや、むしろ喜劇。勃起。
「カンパーイ」
各々が自分のジョッキ、またはグラスを近隣の人間とぶつけあう。
それは日本中で毎日見られる日常的な光景だが、本間にとってそれは未知の世界、未体験ゾーンだった。
居酒屋田吾作の個室二つをくっつけた空間に、ロックンロール研究会の部員と入部希望の新入生、合わせて四十人がごったがえしている。
どうしたらいいんだ。
さすがの本間も、乾杯が互いの飲み物が入った容器をぶつけあって敵意がないことを確かめ合う、催しのはじめに行われる行事だということは分かっている。
しかし頭で分かっているだけで、経験は皆無。どのぐらいの強さで、どのような表情で、なにより誰とやればいいのか皆目見当がつかない。
回りはほぼ全てが初対面。知っているのはロックンロール研究会の部長であるデビットこと福部芳郎と、クレオパトラのような風貌をしたきれいな女性だけ。
ああ、どうしたらいいんだ。
本間はレッドツェッペリンのライブを追いかけたドキュメントDVDを思い出した。
そこでジミーページは長い腕を振り上げるようにして、グラスをかかげていた。
あれを真似しよう。
本間は短い腕を精一杯伸ばして、シャウトした。
「カンペェーイ」
決まった。初めての乾杯にしては上出来。いや、かなり才能を感じさせるものだったのではないだろうか。
周囲を見回す。みんながあ然とした表情で見ていた。
「いまさら乾杯って。さっきやったじゃん。しかもなにかっこつけてんの」
本間の隣に座っている太めの女が誰にともなく呟いた。
「なんで腕振り上げてるんだよ」「ロックスター気取りかよ」
居酒屋田吾作の個室に嘲笑が渦巻いた。
ま、またやってしまった。
本間は赤らんでいく顔を止めることは出来なかった。
「だっせえ」「なに考えてんだよ」「空気読めよ」「俺の靴舐めろよ」「うんこたれが」「糞野郎と酒なんて飲みたくねえよ」
虚実入り混じった声が本間の鼓膜に襲いかかる。
ああ、もう駄目だ。逃げよう。席を立とうとした本間の肩をデビットの手が押し戻した。
「こいつおもしれえだろ。俺のダチなんだ。よろしく頼むよ」
デビットの一声で嘲笑ピタッとが止んだ。気がした。
さすがは部長だ。すごいや。
本間は潤んだ瞳でデビットを見つめた。
「じゃあ、今日は新入生歓迎会ってことだから自己紹介してこうか。まず俺から福部芳郎。部長やってます。後、the maracaってバンドでベース弾いてます。よろしく」
デビットが立ち上がって言うと、歓声と拍手が同時に沸き起こった。
「じゃあ次は・・・おまえから行けよ。おまえから順番にさ」
デビットが指したのはクレオパトラだった。クレオパトラはめんどくさそうに立ち上がり
「白井忍です。デビットと同じバンドでボーカルやってます。ちなみにデビットってのは部長のことね。デビットボウイに似てるから」
「付き合ってるんですか?」
いかにも軽薄そうな茶髪がアホ声で言った。
その問いに白井はフッと笑って、「秘密」とだけ答えて座った。
再び歓声と拍手が部屋を埋める。「じゃあ、次は俺だね。俺は・・・・」
部員が順に自己紹介をしていく。しかし、本間の耳には一切入らなかった。
やっぱり二人は付き合っているのか。いや、でも秘密って言ってた。付き合ってたら秘密にする必要なんてないんじゃないか。でも、付き合ってないのなら、なんで秘密なんて疑いを誘うようなこと言うんだ。うーーーー、分からない。
本間は目の前にある飲み物を飲んだ。それは初めて本間の体内にアルコールが入った瞬間であったが、本間はそれがアルコールであると気づかなかった。それほどに本間の心は乱れていた。
別に白井さんとデビットさんが付き合ってたって関係ないじゃないか。僕にはなにも、なにも関係ない。なのに、なのに、なんでこんなに苦しいんだ。
本間は目の前にある、余分に注文してあった生ジョッキやカクテルを飲みまくった。
なんだよ。ちくしょう。なにがデビットだよ。ふざけやがって。俺様の顔をぶん殴りやがって。
中生3杯、ジントニック2杯は本間の酒乱の血を呼び覚ますのに十分な量だった。
自己紹介は既に新入生に回っており、さっき白井に付き合ってるのかと問うた茶髪がにやけ面で発言していた。
「えーと玉口裕也です。趣味は・・ってか音楽ですよね。このサークル入ってるんだから。出身は神奈川県です。ちなみに今フリーなんで彼女募集中です。すっげ大事にするんでお願いします。ちなみに年上好きっす。ぶっちゃけ白井さんとかチョータイプっす。好きな音楽は、DR、とか、あっ、ドラゴンアッシュのことっす。あと、オレンジレンジとか、B'zなんかも結構聞きます。よろしく〜!!」
歓声、拍手。それにはやしたてるような口笛が響いた。
「つまんねーこと言ってるんじゃねえよ」
本間の口から発せられた重低音が明るい空気を引き裂いた。
「なにがドラゴンアッシュだ。なにがオレンジレンジだ。なにがB'zだよ。しょっぺえんだよ、てめえら。男ならハードロックを聞け!!レッドツェッペリンを聞けええええええええええええ」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
本間は目の前の長テーブルをひっくり返した。
女の子の悲鳴があがる。
「キャアー。ワタシのフレッシュサラダが」
「そんなもん俺がもっとフレッシュにしてやる」
そう言うと本間はパンツとズボンを同時に下ろしそのサラダの上に大便をひねり出した。
きゃああああ うおおおおおおおお おええええええ
本間は暴れまくった。自分がひねり出した糞を両手に持ち、女、男かまわずぶつけまくった。
居酒屋田吾作の個室は狂乱に包まれた。本間にとってそこはウッドストックだった。
「おめえいい加減にしろよ」
デビットは本間の胸倉を掴んだ。本間はその手を逆に引き寄せ、頭突き一発。デビットは意識を失い、その場に倒れこんだ。
そのデビットを本間は抱えあげ、イングヴェイマルムスティーンばりにギターに見立てて振り回した。
「オーイエス、オーイエス!!」
デビットのズボンを下ろし、チンコをトレモロアームに見立てて上下に動かす。
「イエーーーイ!!イヤーーーーーーーーオ!!」
デビットは何度も振り回されたため、口から泡を吹いている。
「うおおおおおお。一晩中いくぜぇぇ!!っておわあああ」
永遠に続くかと思われた狂乱は、元ラグビー部の居酒屋店員永田のタックル一発であっけなく終焉した。本間は頭を打ち気を失ってのびている。もちろん糞はついたままだ。
この事件は四月の悪夢として長く語り継がれることになる。
ロックンロール研究会の恥部として
伝説のバンドの幕開けとして