Cold World
保健室で目覚めた本間。勃起!!
ここはどこだ。このベッドは、このパジャマは一体なんだ。
「あら、目が覚めたのね」
本間の目の前に白衣を着た女性が立っている。
「なかなか起きないから、心配しちゃったわよ」
一体この女性はなにを喋っているんだ。本間は周囲を見回した。
本がぎっしり詰まった棚に、薬品らしきものが並んだラック。ドアを開けてすぐのところに机と椅子が置かれ、本間が今寝ているベッドが窓際に配置されている。
この景色は見たことがある。それもなんども。そう!!保健室だ。
本間は中学生の一時期、俗に言う保健室登校児だった。
じゃあ、この人は森先生!?
やさしくて、いつも弱音を吐いた僕を励ましてくれた森先生。笑顔で包み込んでくれた森先生。でも僕はもう高校生。いやもう大学生のはず。
「森先生なんで大学に?ひょっとして僕を心配して来てくれたの」
本間はうれしさのあまり白衣の女性に抱きついた。
「先生、先生。うれしいよ、先生とまた会えるなんて」
本間は中学生の時のように森先生の胸に顔をうずめた。こうすると森先生は太い腕で本間を抱きしめ、頭をやさしく撫でてくれたのだ。
「ちょっと、やめなさい。だれか、だれか助けて」
「先生先生。なんで?昔みたいに良い子良い子してよ」
本間に細く長い手が伸び、本間の体は強い力でベッドに叩きつけられた。
「なにやってんだよ。糞ボウズ」
彫りの深い長身の若者が本間を見下ろしている。
この人は・・・デビット!!
あ、ああああああああああああああああああああああああ
本間は全てを思い出した。殴られるまでの一部始終をはっきりくっきりと。
じゃあ、森先生はなんで。
床に座り込み、震えている白衣の女性は森先生・・・ではない。それは見たことない女性若い女性だった。
おわわわわっわわわわっわあわわっわわわわっわわわわわわ
僕はなんてことを。本間は羞恥心やら罪悪感やら性的興奮やらでパニックに陥った。
「違うんで。ちちいちちちちち違うんです。あ、ああああああああ、いやああああああああ」
「おい、落ち着けや」
本間の頬に張り手が飛んできた。
鋭い痛みで本間は我に返った。
「ああ、すいませんでした」
本間はベッドに額を擦りつけんばかりに頭を下げた。
「なんでお前があやまんだよ。あやまらなきゃいけないのはこっちだぜ」
「いえ、とんでもありません」
本間は背筋を正し、恐縮した。
「本間だろ。本間史明。臨床心理学科一年。見学の電話くれたのお前だろ」
デビットは本間の学生証を振りながら言った。
「勝手に財布開けて見ちまった。ごめんな。まじでやばかったら親とかに連絡しなきゃいけないからさ」
「すいません。ありがとうございます」
本間は再び深く頭を下げた。
「だからそういうのいいっての。悪いのは俺なんだから。詫びといっちゃなんだけどさ、今度サークルで飲み会があるんだよ。そこに来いよ。奢ってやる。んでみんなに紹介してやるよ」
本間は緊張で固くなり頷くしかなかった。
「ああ、後遅くなったけど、俺、ロックンロール研究会の部長やってる福部芳郎っちゅうもんだからよろしく頼むわ」
そう言って、デビットこと福部芳郎は部屋から出て行った。
かっこいい。かっこ良過ぎる。
本間は同性愛的恍惚感に浸った。
「あ、あの。具合よくなったんだったら、出て行ってもらえますか」
怯えた目で白衣の女性が言った。
「ああ、すいませんでした」
そう言いながら本間は少し得意気になっていた。デビットが飲み会に招待してくれた、その高揚感がある種の万能感を本間に与えていた。
僕が抱きしめたせいでこの女性はこんなに怯えている。
本間の中に眠っていたサディスティックな一面が芽を吹いた。
ポケットについた名札をちらりと覗くと、大友可奈子と書いてある。
「今すぐ出て行きますよ、大友さん」
大友可奈子の体がびくっと震えた。
それを見て、本間の中にえもいわれぬ快感が走った。
この女性は僕を恐れている。僕もデビットさんのようにかっこよく立ち去ろう。
見られていることを意識して部屋を出て行こうとする本間に大友可奈子が声をかけた。
「あの、パジャマは置いていってもらえますか。それとこれ」
大友の手には股間部分に大きな染みを作った本間のジーパンがあった。大友はそれを汚物でも扱うかのように親指と中指でつまんで本間に投げてよこした。
目の前の屈辱を契機として、本間を今まで支配していた強気の虫がどこかに雲散し、いつもの本間がねぐらに帰ってきた。
「あああ、すいません。ごめんなさい。今すぐ着替えます」
もたつき、転びそうになりながらズボンを脱ぐ本間。それを大友可奈子は、零下49度の瞳で見つめた。