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98 故郷への立ち寄り

「リストロンド王国か……!」


 その名を聞いて、エイジはやや煤けた表情になった。


「当たり前のことだが、人間族の勢力圏にがっつり入ってるな。面倒なことが起きないといいが……!」

「おうこく、って何?」


 ギャリコからのいかにも素朴といった風の質問に、セルンが目を丸くした。


「ギャリコ、王国を知らないんですか? じゃあ、国を治める国王や王族のことも?」

「仕方ないよ。国って概念は人間族にしかないからね。ドワーフにおいては鉱山集落がもっとも基本的な集団の単位だ。他の種族も似たようなものさ」


 エルフならば森。竜人ならば谷。ゴブリンならば農場。

 各種族が集落として拠り所とする対象は様々だが、そうした寄る辺が何もないところに集落を作り、『国』と称して運営するのは人間族だけだ。


「経済、流通などを操る人間族ならではの振る舞いだな。人間族はみずから何かを生み出すのではなく、他種族の生み出した何かしらを流し回していくことを得意とするから、その中継地点に大きな集落を栄えさせるんだよ」

「それが、王国?」

「その通り。国王は血統によって代替わりし、民の営みを守る代表者だ」


 人間族の勢力圏にはそうした王国がいくつかあり、世界中へと広がる流通網のセンター的役割を担っている。


「リストロンド王国は、特に大きなセンター地点だ。王国の中でも歴史が古く、位置条件もいい。その首都に本店を構えるとは、クリステナの商会って実はかなりデカいんじゃないか?」

「えへへへへへ……、それほどでも……!」


 自分が褒められたように照れだす女商人クリステナ。


「実は、商会長を務めているのが私の祖父でして、私自身商会で働くのは生まれた時から決まっていたようなものでした。身内だからと言って甘やかされることなく、下積みから始めてようやく、ドワーフ族との商談を一手に任されるまでになったんです」


 その旅先でエイジたちと出会ったわけだった。


「親族経営か。まあ一番手堅い商いの仕方ではあるな」

「アタシの家族も似たようなことしてるから、なんか共感できるわ」


 ギャリコも鉱山集落の親方を父に持ち、その指示で鉱山の一区画を任された経験がある。

 どのような種族でも、真っ先に信用されるのは血を分けた家族だった。


「ドワーフ族との商談を何回か重ねて、実績を認めてもらったのか、新規開拓事案の天人との交渉にも参加できることになりました。その縁でエイジ様やセルン様との同行まで叶うとは、これは私の運が開けてきたのかもしれません!」

「そう思ったところに落とし穴ってよくあるよね」


 調子に乗る相手には釘挿すことも忘れないエイジだった。


「大将」


 そこへ、傭兵風の男が他の馬車からエイジたちの乗る馬車へと乗り移ってきた。


「おお、レストじゃん。どうした?」

「一応知らせとこうと思ってよ。リストロンド王国に着いたところで、オレはアンタたちとお別れだ」


 クリステナ隊商を護衛する傭兵隊。そのリーダー格にあるレストの前歴は聖剣院の兵士。

 しかも元勇者であるエイジ直属の部下だった。


 エイジが聖剣院を出奔したことで、みずからも聖剣院を辞職し、傭兵へと転職していたのだが。


「そう言えばこの仕事辞めるって言ってたよね?」

「ああ。元々アンタにもう一度お目にかかりたくて選んだ仕事だしな。その用事が済んだ以上、あちこち旅してまわるのは終わりだ」

「家族の元へ戻るか」

「ああ。カミさんと子供もリストロンドに住んでる。向こうに就いたら傭兵稼業から足を洗って。毎日家に帰れる仕事を探すよ」

「有能な人間は簡単に転職できるねえ」


 レストが何より家族を優先する男であることは、聖剣院時代から変わっていない。

 そんな彼が一時的にとはいえ愛する家族を離れた理由に、自身の都合が関わっていることからエイジはほんの少し心が痛んだ。

 しかし、すぐに思い直した。

 彼らはエイジから憐れんでもらうほど弱い人間ではないのだから。


「それより、アンタらこそリストロンドに着いたらどうするんだ? 次期覇勇者の最有力候補が訪問なんて知れ渡ったら、国を挙げての大歓待になるぞ?」

「だよなあ」


 エイジのことを秘密にしたとしても、一行にはもう一人、現役勇者であるセルンというビッグネームが存在する。

 彼女の訪問もまた先方にとっては特報。ヘタに歓迎されては引き留められ、旅立ちが何日も遅れかねない。


「出発までどこかに引き込もって息を潜めるのがベストだろうなあ。王族の関係者に勘付かれることだけは絶対に避けたい……!」

「だろうな。だったら大将、ウチで匿われないか? カミさんも久々にお前に会いたがってるし、あのキャピキャピした嬢ちゃんたちのことも気に入るだろうよ」


 ギャリコやセルンのことを眺めて、レストは言う。


「旦那を優良な職場から離れさせたって、怒ってない?」

「ないない。お前さんも、ウチら夫婦の馴れ初めは知ってるだろ? カミさん自身大の聖剣院嫌いで、スッパリ縁が切れて清々しているぐらいだよ」


 ならよかった、と密かに思うエイジだった。

 それならば、かつての仕事仲間の厚意に甘えようかと思った、その矢先……。


「トラブルだ!」


 レストと同じく、商会に雇われた傭兵の一人が馬車に飛び込んできた。

 傭兵隊を仕切るレストへ報告に来たらしい。


「モンスターでも現れたか? ならちょうどいい、昔を思い出して聖剣院の不良コンビ復活と行こうじゃねえか」

「不良コンビって僕とキミのこと?」


 戸惑うエイジだが、傭兵の報告は彼らの予想とはまた違ったものだった。


「進行方向からやってくる集団がいまして。まず間違いなく人類種。恐らくは全員人間族です」

「はあ?」


 拍子抜けする報告に、レストは気の抜けた声を出す。


「そんなの切羽詰まった口調で報告することかよ。同族の集団なんて、挨拶して擦れ違えばそれで済むことじゃねえか」


 レストの指摘ももっともなことだ。

 しかし、報告者が戸惑いがちに付け加えるには……。


「それがどうも……!」

「何?」

「追われているみたいで……!」


              *    *    *


 馬車から出て我が目で確認してみると、たしかにその一団は、一人を追いかけながらエイジたちがいる方へと向かっていた。


「たしかにあれはキナ臭いな……!」

「先頭で必死に逃げているの。……ありゃ女か? それを男が大勢で追いかけて……。追手の方は見るからに腕っぷしが強そうだな?」


 一目見ただけでは判断の付きにくい状況だった。

 あの女性が何の理由で追われているかもわからない。しかし追手が盗賊の類であれば黙って見過ごすことはできない。


「どうするクリステナさん? この隊商を率いているのはアンタだぜ?」

「もちろん介入します! あの女性がどんな理由で追われているのだとしても、か弱い女性を見捨てたなどと噂が広がったら商会のイメージダウンになりかねません!」


 善行にも商人らしい打算的な動機が絡むのは安定的だった。


「エイジ様、レスト殿! 荒事であれば私も……!」


 聖剣を実体化させようとするセルンを、エイジは押し留める。


「軽はずみなことをするな。聖剣は、どんな理由があろうとも人類種に向けてはならない刃だ」

「その通り。人間族を代表する勇者様が、傭兵ずれの仕事を横取りしてはいけませんなあ。そこでデカい尻をどっりし沈めて見守っててくれや」

「僕はもう勇者じゃないから遠慮なく暴れるけどね」

「結局聖剣院の不良コンビ復活かよ。まあいいさ、人類種相手なんだから加減を間違うなよ!」

「殺したら現場の責任者であるレストのせいにしとく」

「やめろよ!!」


 そうしてエイジとレストは修羅場へ向けて駆けだしていった。


              *    *    *


 そして……。


「結局皆殺しにしてしまったか……」

「いや生きてる生きてる! 半殺し状態でのされてるけど全員ちゃんと生きてる!!」


 追われている女性を庇う形で駆けつけたエイジとレスト。

 二人はまず、何故集団で一人の女性を追いかけ回しているのか理由を問いただそうとしたが、男たちの集団は聞く耳もたず。


「この無礼者が!」「下賤の者が首を突っ込んでいい問題ではない!」などとやけに偉ぶった口振りで払いのけようとするため、やむなく受けて立った。


 相手がどんな手錬だろうと、迎え撃つは世界最恐の害悪モンスターとの修羅場を重ねてきた旧勇者チームのメンバーである。

 勝敗の結果は最初から明らかだった。


「うーん、戦ってみて益々わからなくなったんだけど。この人たち追い剥ぎの類じゃ絶対ないよね?」

「だよなあ。身なりも綺麗だし。ぶちのめされる前の吠えようは、いかにも偉そうだったぜ? とても食うに困って盗類に身をやつしたようには見えねえ」


 見た目以上の複雑な状況が匂ってきて、嫌な予感が満載のエイジたち。

 その全貌を解き明かす手段はただ一つ。追われていた女性から話を聞き出す以外になかった。


「で、彼女は?」

「忍び足で逃げようとしてるよ」


 指摘されて「ヒィッ!?」と悲鳴を上げる女性。

 よく見ると、これがなかなか見目麗しい妙齢の美少女だった。


「お願いッ! 何も言わずこのまま私を見逃してッ! コイツらを打ちのめしても、すぐまた次の追手がやってくるわ!!」


 その言葉に「絶対面倒事だ」という確信を持ったエイジとレスト。


「レスト君、確保」

「あいさー」


 これ以上面倒を拡大させないために、とりあえず女性の身柄を拘束した。


「ああッ!? やめて! 私はアイツのところに行かなきゃいけないの! リストロンド王国の誇りにかけて!」

「王国の誇り?」


 その仰々しいフレーズに、エイジたちはますます戸惑った。


「私の名はサラネア! リストロンド王国の王女よ! わかったらこの手を離して、私をヤツのところに向かわせなさい!!」

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