95 都を去りて
それから数日。
様々な準備のあと、エイジたちがドワーフの都を去る日が来た。
「またしばらく会えなくなるですねギャリコ」
「デスミス先生。またお世話になってしまいました……」
「最後ぐらい叔父さんと呼んでほしいのです。キミは本当に、鍛冶仕事以外は不器用な女の子なのですよ」
見送りにやって来たのはまず、この都市で最初に世話になったスミスアカデミーの教師デスミスだった。
ギャリコにとっては叔父でもある恩師。別れを惜しむ気持ちは一際濃い。
「キミたちの状況は、ワタシから兄へと報告しておくのです。キミたちは気兼ねなく、自分たちの目標を追い求めるといいのですよ」
「本当にお世話になりました」
エイジも、この好人物に心から謝礼せざるをえない。
「ギャリコお姉さま! お別れは嫌ですわ!!」
さらに向こうでは、ギャリコが既に別の人物との別れを惜しんでいた。
鍛冶学校スミスアカデミーの生徒ガブル。聖鎚院長の娘であることが発覚した彼女は、遭遇当初は『マイスター・ギャリコの再来』を自称していたが今では『マイスター・ギャリコの愛弟子』を自称している。
「アナタはスミスアカデミーで学ぶことがまだまだあるんだから、都を離れられないでしょう? 自分の研究を押し進めるのは、ヒトから教えてもらえることを全部修得してからよ」
「そういうことではなくて! ワタシはギャリコお姉さまと離れたくないんです! ずっと一緒にいてください!!」
完全に懐かれたようだ。
「そうは言ってもねえ。あのドワーフ勇者どもがドシドシ注文してきた魔鎧制作も、ガブルが代わりに引き受けてくれるってことで落としどころができたし。……でないとアタシあと数ヶ月はここから離れられない……!」
「アイツらは、モンスター退治に出かけたんだっけ?」
本来ドワーフ族を守るべき聖鎚の勇者たちは、豊かなドワーフの都のみを限定して守り、それ以外の集落がモンスターから襲われても徹底的に無視してきた。
しかしエイジが三覇王討伐に協力することに出した交換条件で、状況は変わろうとしている。
「あの事件は、今までワタシたちが目を背けてきたことに向かい合うための重要な機会でしたです……」
今いる中で最年長のデスミス教師が悔いるように語る。
「ワタシたちも心のどこかではわかっていたのです。自分たちが間違っていると。しかしドワーフの都の経済的重要性を言いわけに、自分たちの安全だけが大切と、誰も声を上げてこなかった」
「しかしそれでは、本当に大事なものすら守れないことがわかった」
中心都市の防衛に専従し、実戦経験が極端に乏しくなったドワーフ勇者たちは実際に防衛を行う意志と力を失っていた。
「自分たちの性根を一から鍛え直すためにも、彼らはモンスター被害の救援に向かいました。セルンさんの影響を受けてか、彼らも随分とやる気でしたよ」
「だってさセルン」
青の勇者セルンは少し離れたところで、会話を聞こえないふりしながら顔を背けていた。
「今までの彼らの振る舞いが大概におかしかったのです。これからの行動で汚名返上していくのは当然のことです」
「厳しいなセルンは。たしかに僕もそう思うけど」
ドワーフ勇者たちは多分の反省を込めてモンスター退治行脚へと旅立っていった。
都会暮らしに慣れた身で、山や森を分け入りのモンスター退治は相当な苦であろう。
しかし今まで果たすべきなのに果たしてこなかった義務を、今こそ果たすべき時なのである。
失地を回復するためにも、今こそ頑張り時であろう。
「それでも彼らは案外揚々と旅立っていたようです。何しろ向かった先でモンスターを倒し、ガブルの下へ持ち替えれば、最先端の素敵な防具に仕立て直してくれるですから」
滞在中、おはようからおやすみまでギャリコの傍を離れなかったガブルは、いつの間にかギャリコの魔剣や魔鎧作成の技術をある程度吸収してしまった。
本家ギャリコに及ばない緻密な部分はまだまだあるが、教えてもいないことを巧みに吸収してしまうガブルのバイタリティは天才を自称するに足る。
「お姉さま! ワタシ、一人でも研究を進めますわ! いつか再会した時、お姉さまの助けとなるように!」
「ハイハイ頑張ってねー」
元来はギャリコ一人で追い求めるつもりであった魔剣作りに、思わぬ共同研究者が加わって戸惑うことしきりだった。
ドワーフ勇者たちの魔鎧作りも、ギャリコ去りしあと彼女が一手に引き受ける手はずとなっていた。
「まあ、コイツがいてくれて助かったぜ」
最後にヌッとあらわれる巨体の影。
「聖鎚院長の娘ってことで無茶な注文付けにくいのが玉に瑕だがな」
「ドレスキファ」
ドワーフ族を代表する聖鎚の覇勇者ドレスキファ。
「なんだお前は都に残ったのか? 舎弟の勇者たちに働かせておいていい御身分だな?」
エイジがからかうように言うと、ドレスキファは覿面に顔をしかめて。
「いくら方針を変えても都を完全に空にするわけにはいかねえだろ。外回りしてる連中が覇王級辺りと遭遇して、手に負えなくなったらバトンタッチするっていうシステムだよ」
「まあ、順当なところだな」
他の人類種も大体そうした使い分けで勇者と覇勇者を回している。
ドワーフ族も遅まきながら他種族のやり方に合わせたと言ったところだろう。
「まったくお前らはよ。オレたちの何もかもをブチ壊してくれたよ」
勇者としての誇り、待遇、心構え。
そのすべてを。
「僕はそんなつもりでここへ来たんじゃないが。勇者が己のすべきことをしない理由があるならばブチ壊して当たり前だろう」
「まったく最後まで嫌なヤツだぜ」
ドレスキファの苦笑顔が、エイジからギャリコの方を向いた。
「ギャリコ、これからオレも、覇勇者として一から出直すつもりだ。このドワーフの都を守りつつ、強豪モンスターを倒してスキルを上げる」
「…………」
「そしてどれだけ時間がかかろうと、そこにいるエイジ並みの本物覇勇者になってみせる。そうしたら……、またオレのために鎧を作ってくれねえか?」
今ドレスキファが装着しているのは、ギャリコが大ムカデモンスターの素材で作った魔鎧。
デスコールの攻撃で大分ガタが来たものの、ギャリコとガブルの調整で何とか実用性を取り戻した。
それでも激戦で刻まれた傷は完全に消せず、歪な様相になっている。
以前の華美ばかり求めていたドレスキファなら、二度と纏おうとはしなかったろう。
「……考えておくわ」
それだけを言って、ギャリコはドレスキファとの別れの挨拶に代えた。
* * *
彼女にとっては第二の故郷と言えるドワーフの都への里帰り、楽しい思い出もあれば軋轢もあり、それらとの再会もこれにて終わり。
次なる目的地は、謎多き人類種、天人が住まう霊峰アスクレピオス山脈。





