93 覇者の証
「覇聖鎚ゴルディオン! お前の力をここに開放しろ!!」
「覇聖具の真銘を謳った……!?」
神が与えし聖なる武器と、その中でも最高とされる覇なる聖なる武器との決定的な違い。
それは銘があるか、ないかだ。
名は、その存在自体を定義する刻印。
武器もまたみずからの名を与えられることで、その存在を強固とする。
神から聖なる名を与えられた覇聖具は、その名を呼ばれることで真の力を発揮する。
事実、真銘を呼ばれた覇聖鎚は、それをきっかけにハンマーの頭から眩い黄金の光を放った。
「見せてやる! オレが聖鎚の覇勇者に選ばれた理由! オレが聖鎚の覇勇者である証! あらゆるハンマースキルの頂点に立つ、究極ハンマースキルを会得したからだ!!」
眩い黄金に光るハンマーを、そのままに振り下ろす。
「ハンマースキル『イレイズ・オールエイジ』ッッ!!」
それは叩き潰す、という動作には見えなかった。
押し潰す、というべきだった。
何故ならハンマーの頭に触れたモンスター、デスコールの体が塵も残さず消滅していくから……。
「物質を消滅させるスキル……!?」
そのような効果ならば究極ハンマースキルの名を冠するに相応しい。
本来デスコールは無数の石炭の集合体で、急所がどこかもわからず構成素となる石炭を一つ二つ砕いたところで掠り傷にもなりえない。
しかし覇聖鎚によって丸ごと一つ残らず抹消すれば、生き残れる道理もあるはずがなかった。
「消え去れ! 光と共に!!」
覇聖鎚から放たれる聖なる光がデスコールを包み込んだ。
ハンマーの頭に触れただけでなく、あの光に触れたものすべてを消滅させようというのだろう。
徹底的に執拗に、欠片一つ残さずして生きた石炭デスコールは、この世界から綺麗に抹消された。
* * *
これにてドワーフの都を襲った多重の脅威は、完全に駆逐し終えたのだった。
* * *
「どうだ!!」
自慢げに胸を張るドレスキファ、張った胸が薄布越しにぶるんと揺れる。
戦闘終って、装備品の調整が行われている今、日頃から鎧で身を固める彼女も通常以上に薄着だった。
ともすれば色仕掛けかと疑われるような半裸の下に、勝利の美酒と酔いしれている。
「勝ったぜ! オレ一人の力で覇王級モンスターにな! これでオレとお前は同格、ドワーフの覇勇者は、人間族の覇勇者に少しも劣っていないことが証明されたぜ!」
「散々手こずった末にだけどな」
エイジもまた勝利後の解放感に抗うことなく酒をあおっているが、こちらは酔い方に節度がある。
「そもそもギャリコの作ってくれた魔鎧があったからこそデスコールの火炎に耐えて接近できたんだろ? 戦いの道具は装飾性より実用性だと身に染みてわかったかい?」
「うるせえよ! お前だってモンスターに勝てたのは、ギャリコが作ってくれた剣のお陰じゃねえか! そういう意味でもオレたちは同等だからな!!」
と酔いに任せて迫ってくるたびに、エイジの目の前で豪勢な胸がぶるるん震える。
アルコールに酔う前に、別の原因で悪酔いしてしまいそうなエイジだった。
「……っていうかお前なんでギャリコの作った剣で戦ってんの? 聖剣の覇勇者なら覇聖剣があるじゃん?」
「え? 今気づいたの?」
説明するのが厄介なので、できれば気づかないままでいてほしかったのだが。
「まあ、アレじゃない? 覇聖剣なんかよりギャリコが心を込めて作ってくれた武器の方を使いたいでしょ」
「わかる!!」
わかられた。
「もしかしてオレたち気が合うんじゃないか!? だよなあ、ギャリコ作の武器も防具も最高だよなあ! もしやお前いいヤツなんじゃねえか!?」
すっかり馴れ馴れしいのは、勝利の高揚感で気をよくしているからだろうか。
意外というか見た目通りに単純なドワーフだった。
「オレたちいい友だちになれるんじゃねえ!? お互い覇勇者同士なんだからさあ! これからはお互い仲良くやってこうぜえ!」
と片手で抱き寄せられる。
たとえ女でもドワーフ、しかも覇勇者となればかなりの腕力だ。
「あー、人間の覇勇者さん気を付けてくださいねー」
「ドレスキファ様酔うとおっぱい触らせようとしてきますからー」
「やっぱ潜在的に自分が女っぽくないこと気にしてるんですよねー」
と気だるげにアドバイスしてくるのは、青白赤黒の聖鎚勇者たちだった。
彼らもソフトハードプレートとの激戦を潜り抜け、達成感とアルコールの酔いに高揚している。
「ではこちらはこちらでー!」
「セルン姐さんを讃えてー!」
「「「「かんぱーいッ!!」」」」
しかも何故かセルンを中心にして盛り上がっている。
「ちょっと待ってください!! アナタたち何故私を中心に盛り上がってるんですか!? ドワーフの勇者ならドワーフの覇勇者を盛り立ててくださいよ!」
「何言ってるんすか! 今日のMVPはセルン姐さんっすよ!」
「ワタシ、セルンお姉さまに惚れてしまいました! お姉さまになら抱かれてもいい!!」
「出たぞヂューシェの百合っ気がーッ!!」
あちらもあちらで盛り上がっていた。
覇王級一挙三体という絶望の上に絶望を重ねたような事態だったが、何とか一般市民に被害を出すこともなく鎮圧。
後始末も滞りなく進んで、気が緩むのも仕方がないと言える。
そこへ……。
「ぬがーッ!!」
「あいたッ!?」
酔い乱れるドレスキファの頭を、半ギレ気味のギャリコが思い切り叩いた。
半ギレでお怒りの模様。
「どうしたのギャリコ? そんなにお怒りで?」
勝利の宴にも参加せず、今までどこにいたのか。
「魔鎧の調整してたのよ! このバカが無防備で炎の中に飛び込むもんだからあちこち大損壊よ!!」
「元の素材が勇者級モンスターなんですから、覇王級の攻撃に早々耐えられるわけがないんですわ!! オーバーホールで下手したら廃棄処分ですわよ!!」
一緒になってガブルまでご立腹だった。
まあ作ったばかりの魔鎧を速攻でオシャカにされたら製作者側は怒りたい気分にもなるだろう。
「おまけにデスコールは塵も残さず消しちゃうし! また覇王級の素材が手に入るかと期待してたのにまったくアテが外れだわ!」
「今回まともに手に入ったのはソフトハードプレートの残骸だけですわよ! まったく覇勇者はやりすぎますわ! 節度をもってぶっ殺してくださいませ!!」
無茶なことを言う。
「いやぁ……! でもさあ、装着者を守るのが鎧の役目だし、そういう点では大成功だったんじゃない? ドレスキファが勝てたのもほぼ魔鎧のお陰なんだし……!」
みずからももう数え切れないほどギャリコの剣を折ってきたエイジも強くは言えないのだった。
「まあ、いいデータが取れたって点は収穫だったわ」
ギャリコも素直に認めた。
「どうよドレスキファ? 装飾ばっかりがド派手な鎧と、モンスターの攻撃を確実に弾いてくれる鎧。どっちがお気に召した?」
「それは……!?」
「アタシがアンタの注文で鎧を作りたくない理由、今日のでわかってくれたならアタシも助かるわ」
執拗にギャリコを求め続けたドレスキファと、ドレスキファを拒み続けるギャリコ。
その擦れ違いの正体を、互いに把握できれば彼女らも前に進めるはずだった。
「アタシはこれからもエイジのパートナーのつもりだけれど、アンタがアタシの作りたいものに納得してくれるなら、アンタの注文も傍ら受けてやってもいいわよ」
「ギャリコー!!」
覆い被さるようにギャリコに抱きつくドレスキファ。
「ありがとう! ありがとうギャリコ! じゃあオレのために早速モンスターの攻撃に耐えられて装飾もビカビカなサイコーの鎧を!」
「アタシの話聞いてたの!? アタシは機能性優先で行きたいの!! 両方の美味しいとこどりとか欲張りなこと考えるな!!」
とさらに宴もたけなわとなる。
ともかくも史上最大の窮地を完璧に乗り越えたドワーフの都は、安堵と喜びに全体を挙げてのお祭り騒ぎだった。
「ギャリコさん!」「ワタシたちの分の鎧も!」「作ってください!」「どうか!」
聖鎚の四勇者までギャリコに群がる。
「ドレスキファ様の活躍、聞き惚れました!」
「これからは実用性こそトレンド!」
「オレたちもそんなカッコいい鎧が欲しいです!」
「デザイン性も重視して!」
やはりギャリコは、ドワーフ一の鍛冶師として引っ張りだこの状態なのだった。
その腕をエイジは一人で独占していることに、申し訳なさと同時に優越感も感じてしまう。
「ああもうわかった! わかったけど! アタシにはまず先にやらなきゃいけないことがあるの!」
「「「「「やらなきゃいけいないこと?」」」」」
ドワーフ勇者たちは一斉に首を傾げる。
「エイジの魔剣キリムスビの完成よ。刀身は作れたけれど。付属品の作成が直後のゴタゴタで先送りになってるから」
特にエイジのためだけに作られた魔剣キリムスビには、鞘すらまだ作っていない。
なので今エイジは必殺の魔剣を、抜き身でぶら下げている状態なのだった。
「キッチリ鞘まで作って、それで魔剣キリムスビは完成するのよ! 仕事は最後までやり遂げないと、アタシの職人としてのプライドが許さないわ!!」
しかしこの時、誰もが気づいていなかった。
そのちょっとした最後の仕上げが、さらなる大きな困難の入り口になろうとは。





